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第39話 陰謀の爪

 町の片隅――日が傾く頃、石造りの路地裏に少女の泣き声が微かに響いていた。


「お願い……やだ、やだよ……帰りたい……」


 小さな身体を縄で縛られたまま、薄暗い礼拝堂の地下へと連れて行かれる子供。

 その背に、銀装束を纏った神官が冷たい眼差しを向けていた。


 「神の意思に背くな。これは“選ばれし贄”にのみ与えられる光栄だ」


 その言葉に、子供はただ怯え、涙を流すしかなかった。

 しかし――その声を、誰かが聞いていた。


「――やめなさいッ!」


 怒声が鋭く響いた。

 屋根の上から様子を覗いていたリリィが飛び降り、路地を駆け抜けて広場へ飛び込む。

 その背後から、雷光を纏う影が追うように現れる。ルーラだった。


 「……最低。ほんとうに、この子を生贄にするつもりだったの?」


 冷えた声に怒気が混じる。

 リリィが前へ出ようとした瞬間、ルーラがそっと手を挙げ、微笑んだ。


「リリィちゃん、今だけは足並み揃えてあげる。だって、ボクたち、味方でしょ?」

「……あんたの味方になった覚えはないけど、やることは同じみたいね」


 リリィが火の魔力を練り上げ、空気が熱を帯びる。

 ルーラは一歩前に進み、冷たい紫電をその身に纏わせ、空気が張りつめ、周囲の神官たちが魔力の圧に目を見開く。

 そして、ルーラの唇が静かに詠唱を紡いだ。


「この怒り、空に問う──鳴け、魂の雷――《轟哭雷サンダーノクス》!」


 叫びと共に、雷光が地を這うように奔った。

 咆哮のような炸裂音とともに黒い稲妻が奔り、神官たちの足元を激しく撃ち抜いた。

 槍のように鋭く尖った雷が数本、地面を貫いて弾ける。

 その一撃で地面は抉れ、魔力の奔流に巻き込まれた神官たちが叫び声を上げて飛び退いた。


「な、なんだ!? この魔術は……っ!」

「『聖域』で子供を殺そうとした者が、聖なる何かを名乗る資格なんてないわ!」


 リリィが叫び、風と炎が彼女の周囲に立ち昇る。

 その隙に、ルーラがしなやかに動いた。

 雷光が燃え残る中をくぐり抜け、縛られたままの子供のもとへ駆け寄る。

 縄を焼き切り、少女を優しく抱き上げる。


「……もう怖くないよ。大丈夫」

「う……わぁあぁああんっ!」


 腕の中で震えていた少女が、ようやく声をあげて泣き出す。

 ルーラはその髪を撫でながら、小さく呟いた。


「一人じゃないってこと、ちゃんと教えてあげなきゃ……ね」


 リリィもまた静かに頷き、魔力を静めながら神官たちを睨みつけた。

 その背後、教会の尖塔が静かに鐘を鳴らしており――だが、その音は、誰の心にももう“神聖”とは響いていなかった。

   

    ▽


 やや遅れて到着したレイは、崩れかけた神殿の外縁に足を踏み入れ、瓦礫と焼け焦げた装飾の残骸を、しばし無言で見つめていた。

 焦げた石壁。裂けた大理石の床。

 祭壇の中央には、神の名のもとに誰かを捧げようとした痕跡がまだ生々しく残っていた。

 その中心にいた子供は、ルーラの腕の中で静かに泣き、少し離れたところでリリィが教会の騎士たちを睨みつけ、睨み返されていた。

 レイは、ゆっくりと一歩だけ歩みを進める。


「……教会と、貴族がつながっていた。やはり……そういうことか」


 低く、絞るような声だった。

 背後では、解放された子供が母親のもとへ駆け寄り、泣きながら抱きついていた。

 人々の歓声すら混じっていたかもしれない。

 だがその光景は、レイの中に溜まった怒りを、ほんのひとかけらも静めなかった。


「レイ……落ち着いて」


 リリィの声が届いたのは、その魔力の圧が広場全体を包み始めた頃だった。

 彼の背から吹き出すように、黒と紅が混じる魔力が滲み出る。

 風が止まり、空気が震える。

 まるで世界が息を呑んだようだった。


「……俺に、『使われる側』を選ばせるな」


 静かに呟かれたその言葉と同時に、足元の石畳に無数の魔法陣が浮かび上がる。

 その構造は緻密で、数重の層をなしていた。雷光のような紋章、黒焔の渦、収束と拡散が同時に作用する歪な魔術式。

 レイは剣を抜き、その刃を魔法陣の中心へ突き立てる。


「ちょ、落ち着きなさいよバカ!」


 リリィの声も聞こえないのか、詠唱を続ける。

 そして、詠唱が紡がれる。


「――答えは要らない。ただ、拒絶する。《滅雷葬哭陣テンペスト・グレイヴ》」


 瞬間、夜空が震えた。


 黒き雷が天から奔流のように降り注ぎ、礼拝堂の上空に幾十もの光の柱が突き刺さる。

 続けて、雷が爆ぜる。剣の先から放たれた雷閃は空を割り、そして――神殿の塔ごと、教会の上層部を飲み込むように、すべてを焼き尽くした。


 ――ドォオオン――!!


 耳を裂くような轟音が夜空を揺らす。

 塔が、ゆっくりと傾いたかと思えば、崩れる。

 建材が飛び、爆風が押し寄せ、あたり一面が煙と瓦礫に包まれた。

 人々の悲鳴。逃げ惑う騎士たち。

 何が起きたのか理解できない聖職者の呆然とした顔。

 レイはその中心で、ただ静かに立っていた。

 焔と雷をまとった剣を手に、息ひとつ乱さず――その瞳に浮かぶのは、怒りですらなく、ただ『断絶』だった。


「英雄だと?神の器?……冗談じゃない」


 彼の呟きは風に紛れ、静寂の中に溶けていった。


     ▽


 しばらくして――沈黙が瓦礫の間を漂い、冷たい風が廃墟を吹き抜けていった。

 その中で、ルーラは風に煽られる髪を指先で押さえながら、隣を歩くレイの横顔をじっと見つめていた。


「怒ってるレイ……やっぱり綺麗だね。静かに燃えてるみたい。そういうところも、全部好き」


 それはまるで、崇拝のような囁きで、同時に呆れたような息が、少し遅れて聞こえた。


「……ほんと、よくそんなこと言えるわね。正気?」


 振り返りもせず、リリィが言った。

 語気は軽いが、その奥に滲んでいるのは怒りでも嫉妬でもなく――もう言っても無駄だという、深いため息のような諦めだった。

 ルーラは肩をすくめて、小さく笑う。


「でも……『今だけは』味方でいさせてって、ちゃんと約束したよね。ボク、嘘はついてないよ?」


 広場の向こう、子供が母親にしがみついて泣き笑いしている。その光景に、ルーラはちらりと目を向けた。


「……誰かを助けたいって、少しでも思ったボクを、レイはちゃんと見ててくれた。それだけで、今日はいいの」


 その微笑みは、どこまでも危うくて、どこまでも一途だった。

 リリィはもう、何も言わなかった。

 冷えた視線だけを、ルーラの背に投げると、ただ無言でレイの歩みを追う。

 レイは――言葉ひとつなく、燃え残る瓦礫の中を歩き続けていた。

 その背中に、教会の権威も、貴族の支配も、英雄の称号すらも追いつけない。

 彼の歩みの先にあるのは――かつて『無能』と嘲られ、『神』に仕立て上げられそうになった男の、選び続けるただ一つの真実。

 その手に握るのは、名声でも赦しでもない――ただ一振り、己の意思で振るうための剣だった。



読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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