第03話 妹の最後の言葉
夜の闇が一層深くなり、王都の明かりが遥か遠くへと消え去っていく。
風が冷たく吹き抜け、レイ=グランの頬を切り裂くように過ぎていった。
彼は足を止め、ひとり佇んだ。
見上げた夜空には、冴え冴えと輝く月が浮かんでいる。
その光は残酷なほどに白く、冷たく、まるで彼の肩を嘲るように淡く撫でた。
足元に落ちる影がかすかに揺れる。
ふと、背後で小さな足音が響き、その音は静かで、それでいて確かに耳に残るものだった。
振り返ると、そこには少女が立っていた。
金茶の髪が夜風に揺れ、華奢な肩がわずかに震えていた。夜気に包まれたその姿は、どこか幻のようにも見えた。
「……レイ兄さま」
静かな細い声が、夜の静寂に溶けていく。
その声を聞いた瞬間、レイの胸の奥が強く締め付けられた。
エルナ――自分の妹。
伏せた睫毛が震え、唇が何かを言いかけては止まる。夜風に震えるその姿が、何かを訴えているように見えた。
レイは思わず彼女に歩み寄ろうとした。
けれど、その一歩を踏み出す前に、エルナの瞳がゆっくりと上がり、そこに宿る冷たい光が、彼の心を一瞬で凍らせた。
「……何で、兄さまなんかが、ここにいるの?恥ずかしくないの?」
突き刺さるような言葉が、夜気に乗ってレイの胸を抉った。
「王国の恥さらしのくせに、まだ生きてるんだ……みっともない。もう私の兄なんかじゃない……二度と、私の前に現れないで!」
「エレナ……」
「私の名前を呼ばないで!」
レイは息を呑み、名前を呼んだが、それでも彼女は拒否をする。
鋭い目つきでレイを睨み、話を続けた。
「消えてよ……!無能な兄なんて、もう、いらないの!」
怒鳴るような声が夜の街に響き渡り、小さな肩が震える。
夜気に吐き出されたその声は、レイの胸を突き刺し、体を震わせた。
エルナは震える手を強く握りしめ、瞳に涙を滲ませながらも、睨むような強さを宿した視線で言い放った。
「私の人生の邪魔をしないで……兄さまなんて、私の恥よ!」
その言葉は刃となり、レイの胸を何度も何度も切り裂いた。
次の瞬間、エルナは踵を返し、レイの前から駆け去っていった。
金茶の髪が夜風に揺れ、華奢な背中が遠ざかっていく。
小さな足音が石畳を打つ音は、やがて夜の闇に飲まれて消えた。
残されたのは、冷たい風と、胸を貫く痛みだけだった。
レイはその場に立ち尽くし、拳を震わせ、歯を食いしばった。
唇を強く噛みしめ、血の味が広がる。
息が乱れ、肩がかすかに上下する。
誰にも必要とされない。誰一人として、彼を必要としていない。
この世に、自分の居場所などないのだと、改めて突きつけられた気がした。
――ここまで頑張ったのは、妹のエレナの事もあった、はずなのに。
「……ああ、そうか。お前も、か。」
低く漏れた声は、かすれていた。
それは諦めではなく、深い絶望の奥で燻る、決意の炎のようだった。
胸の奥に残るのは、悔しさ。
そして、必ず見返してやるという、焦げつくような誓いだった。
――絶対に、後悔させてやるッ!
レイはそう心の奥で呟き、滲む視界のまま、闇の中を再び歩き始めた。
足元の石畳が冷たく、乾いた音を立てる。
その背中を照らすのは、冷たく白い月の光だけだった。
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