閑話 崩壊の果てに①【グレイ視点】
王国が完全に崩れ落ちた日、グレイは廃墟の中心で、ただ静かに膝をついていた。
砕けた石畳の上に座り込み、風に晒された老いた体は、もはや何かを支える力すら残してはいなかった。
目の前に広がるのは、かつて栄華を誇った王都――自らが誇りとして仕えてきた場所の、無惨な成れの果てだった。
「……ああ、終わったのだな」
呟きは風にかき消され、自らの耳にさえ届かない。
ただ、口の中で言葉が崩れ落ちるように消えていくだけだった。
記憶の中で、十年前の一場面が幾度となく再生される。
あの名を――『レイ』と叫んだ瞬間。
だが、彼は振り返らなかった。
いいや、振り返る理由など、最初からなかったのだ。
あの少年はすでに、自分たちの手の届かない存在になっていた。
「……あの時、私は――」
喉が詰まり、言葉が途切れる。
彼が『無能』と呼ばれ始めた時、恐怖と保身に駆られ、庇うこともできず、むしろ率先して突き放した。
罵倒し、失望し、あまつさえ、自らもその口で“無能”と断じた。
「結局……私は、己の名誉のために、お前を切り捨てた」
声にした瞬間、胸の奥が鈍く疼いた。
あの夜、王宮で行われた追放の決定。
己は、何も言わずに従った。
反論もせず、抗議もせず――ただ、黙って見送った。
――そして、十年が過ぎた。
レイは、何も言わずに戻ってきた。
王国の崩壊と共に、その姿を現し、もはや誰も逆らえぬ力を携えて。
(あれは、もはや人ではなかった……)
後悔すら、もはや遠い感情に思えた。
残っているのは、深い疲労と、何もかもを失った空虚な魂だけ。
「これが……報い、というものか」
かつて信じていたもの。
名誉、忠誠、王、国――それら全てが、いま目の前で崩れ去った。
「私は……国のために生きてきたつもりだった。だが、違ったのだな。守っていたのは……自分の立場と、名声だけだった」
王が沈黙し、民が絶望し、そして、誰一人、自分を顧みる者もいない。
(これが……私の選んだ結末か)
「……レイ、お前だけが、正しかったのかもしれんな」
声にすればするほど、己の愚かさと無力が剥き出しになる。
あの少年が、どれほどの怒りと孤独を抱えていたか――
それを見抜けなかった自分こそが、最も罪深かったのだ。
風が吹き抜ける瓦礫の中、彼は静かに目を伏せた。
全てが終わった王国の亡骸の中で、ただ一人、己の罪と向き合いながら座り込む。
――それでも、生きている。
誰にも必要とされず、何の役目も残されていない。
だが、それでも、彼はまだ息をしている。
それがグレイに与えられた、最後の罰だった。
かつて“師”と呼ばれた者に相応しい、残酷な贖罪だと感じた。
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