第27話 去りゆく背中
王都を離れ、崩れかけた城壁が遠ざかっていく。
その背後に残るのは、瓦礫と焦げた石と、泣き声すら途絶えた沈黙だけだった。
夜明け前の空はまだ青白く、薄雲がたなびく中、光が差し始めていた。
レイは前を向いたまま、一言も発することなく歩き続ける。
その背は静かで、冷たく、そしてどこか痛ましいほどに孤独だった。
リリィは一歩後ろからその背中を見つめる。
金茶色の瞳が細められ、風になびく髪の隙間から、ふと鋭く問いかけるような視線が向けられる。
「ねえ、レイ……あの王都の人たち……『助けてください』って泣きついてたじゃない?それでも、あなたは見捨てるんだ?」
軽く投げかけたような口調の裏には、試すような、あるいは探るような響きが潜んでいた。
レイはその問いにすぐ答えず、無言のまま歩を進める。
だが数秒後、吐き捨てるように、低く応じた。
「……自業自得だ。」
「ふふっ……その無慈悲さ、ほんと嫌いじゃないわ。」
リリィは肩をすくめて微笑む。
だがその笑みにも、わずかな棘が混じっていた。
「でもさ……本当は、少しは心が動いたんじゃない?十年前のこと、思い出してたでしょ。あの夜、王宮であんたがどれだけ酷く罵られたか――私は直接見てないけど、あれは同情するわよ」
レイは立ち止まりもせず、冷たく一言だけ返した。
「……黙れ。」
その鋭い声に、リリィは一瞬だけ笑みを深くする。
風に舞うその声は、夜明け前の静けさの中で不釣り合いなほど響いた。
「図星、って顔してるわよ?」
レイは答えない。だが、内心で確かに何かがざわついた。
十年前――王都のどこかで、子供のように声を殺して泣いた夜。
悔しさを飲み込み、唇を噛み、ただ『強くなる』ことだけを誓った。
(……それで、本当に何か変えられたのか?)
レイの心に、僅かな問いが差し込む。
それでも彼は歩みを止めることはなかった。ただ、視線を前へと向ける。
「……考えるな……今は――それだけだ」
その呟きは誰に向けられたものでもなく、ただ自分自身に言い聞かせるようなものだった。
けれど、リリィの耳にはしっかり届いていた。
彼女は足を止め、ほんの一瞬、虚空を見つめた。
(ほんとは、ちゃんと傷ついてるんだ……あんたも)
胸の奥が少しだけ疼く。
そして、再び歩き始めるレイに追いつきながら、問いを投げる。
「ねえ、レイ……結局、あなたは何がしたいの?王国を壊して、それで終わり? それとも、次はどこを壊すの?」
レイは立ち止まり、リリィを一瞥する。
「必要なら、潰す……それだけだ。」
「ほんと……何も変わらないのね。ブレない男って、ある意味、怖いわ」
リリィは肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべた。
けれど、その瞳の奥には、明確な『何か』が宿っていた。
「でも、どこへ行っても、私はついていくわよ。だって、見捨てられないもの。退屈も嫌だけど、それ以上に……あんたを、見てたいから」
その言葉は、これまでとは違う『色』を帯びていた。
リリィの瞳には冗談ではない真剣さが宿り、足並みを合わせるその横顔は、いつになく静かだった。
レイは小さく息を吐き、答える。
「……好きにしろ。」
それ以上の言葉はなかった。だがリリィには、それで十分だった。
レイの隣を歩きながら、彼女はふと、小さく呟く。
「ほんと、不器用……だけど、そんなところも、嫌いじゃないのよね」
冷たい風が頬をかすめ、二人の影が朝焼けに伸びていく。
崩れた王都はすでに遠く、世界は静かに新たな一歩を踏み出していた。
孤独な背と、その隣に並ぶ一人の少女――まだ言葉にならない感情が、確かにそこに存在していた。
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