第02話 王宮を追われて
夜風が冷たく肌を刺し、石畳を踏む足音が静かに響いていた。
薄暗い路地裏に、レイ=グランの影が細く伸びていく。
その背は小さく、寒風に晒され、かすかに震えていた。
肩をすぼめ、吐息を白く漂わせ、俯きがちに歩くその姿は、まるで傷ついた獣のようだった。
王都の街灯が、石畳の上にぼんやりと光を落としている。
煌びやかな街並みは、今や別世界のように遠く、手の届かない幻のようにさえ見えた。
王宮の塔の明かりは、星のように高く瞬き、かつて自分がいた場所がいかに遠い存在だったかを痛感させる。
胸の奥がじんと痛む。まるで、自分の存在が否定された証のように、その光が冷たく輝いて見えた。
「――寒いな」
かすれた声が、夜の静けさを裂いた。
吐息は白く滲み、かじかむ手が小さく震えてしまう。
指先に力が入らず、拳を握ることすら出来ない。
けれど、その震えが寒さからくるものなのか、悔しさなのか、涙のせいなのか、もう分からなかった。
心臓の奥で何かが鈍く、ひたひたと痛んでいた。
「何も残らなかったな……」
ぽつりと、独り言のように呟いた。
その声さえ、自分自身の耳に虚しく響いてくる。
何も持たず、何も残さず、ただ一人、街の外れへと歩を進めるしかない。
誰一人として寄り添う者はいない。
レイの事を『無能』と罵られ、追放された少年に、声をかける者などいるはずもないのだ。
その時、不意に背後から声が飛んできた。
「おい、あれ、追放されたガキじゃねえか?」
振り返ると、数人の青年が路地裏に佇んでいた。
彼らはかつて王国の誇りとされた元騎士団の訓練兵たちだった。
だが、その目に宿るのは、かつての仲間への情などではなく、軽蔑と嘲笑だった。
「無能のレイ様が、こんなところをうろついてやがる!」
「何の用もないくせに、王都を歩くなよな!汚らわしい。」
「ほら、見ろよ、惨めったらしい顔しやがって」
冷たい言葉が夜風に乗り、レイの耳を刺す。
指先がわずかに震え、拳が握りしめられる。
けれど、振り返ることはしなかった。
ただ、沈黙の中で足を前に出す。靴音が、無駄に大きく石畳に響いた。
「ほら見ろ、尻尾巻いて逃げやがった!」
「無様なもんだな!」
「これで本当に、王国のゴミ掃除も終わりだな!」
背後から笑い声が響く。ひどく冷たい音だった。
胸の奥にじわりとした痛みが広がり、目の奥が熱を帯びた。
けれど、レイはその痛みを顔に出さなかった。
悔しさも、怒りも、心の奥底へと押し込み、ただひたすらに前を向く。
足音だけが、夜の静寂にぽつりぽつりと響き続けた。
「――見返してやる」
声はかすかに震え、喉の奥で途切れ、けれど確かに息として夜空に溶けていった。
それでも、その言葉はレイの胸に残り、心臓の奥で鈍い熱を帯びていた。
「必ず……見返してやる……!笑っていた奴らを……俺を切り捨てたあの女も……セシリアも……みんな、後悔させてやる!」
握りしめた拳が小さく震え、震えた唇から漏れた呟きが、夜風に消えていく。
王国の光が遠ざかり、足元の影が長く伸びていく。
背中に冷たい夜風が吹きつけ、肩がわずかに震え、その震えが寒さからのものか、憎しみからか、もう分からなかった。
だが確かに、胸の奥に小さな炎が灯っていた。
ちっぽけで、弱々しい、けれど確かに存在する火種。
誰もいない暗い道を、一歩、また一歩と、レイは進んでいく。
行き先も分からず、帰る場所もなく、ただ胸の奥に宿った小さな炎だけを頼りに、闇の中へと歩み続けた。
夜空に浮かぶ月が、彼の背を淡く照らし、石畳に残る足跡を冷たく白く染めていった。
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