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第24話 終焉の残響と新たなる一歩


 黒雷と魔炎が消え、砦には静寂が戻っている。

 先ほどまで咆哮していた風はぴたりと止まり、血と硝煙の残り香だけが、湿った空気にじっとりと残っている。

 ルーラの倒れた身体は、まだ微かに黒い余熱を纏っていたが、それもやがて風に溶け、静かに掻き消える。

 あの狂気じみた笑みも、どこにも残ってはいなかった。


「……行くぞ」


 レイの短く抑えた声が砕けた石壁に低く響く。

 彼は振り返ることなく、ただ足音だけを残して砦の出口へ向かい始めた。

 セシリアはルーラの倒れた姿を見つめたまま動けなかった。

 その表情には恐怖もあったが、どこかに彼女のために怒ってくれたレイへの安堵すら滲んでいる。


「で、置いていくの?」


 リリィが軽い口調で言いながら、レイの隣に並ぶ。

 口元に浮かぶ笑みは無邪気に見えながらも、その視線は鋭く、倒れた少女をしっかりと観察していた。


「……いつもそうだ」

「ん?」

「勝手に現れて、勝手に暴れて、勝手に消える……それがあいつだ」


 レイの声は淡々としていて、それでいてどこか疲れていた。

 その背中は、世界のすべてを拒むように硬く、冷たい。


「……ふぅん」


 リリィは興味深そうに目を細める。


「でも、ちょっとだけ、あの子に対して『躊躇』したように見えたけど?」

「気のせいだ」

「ほんとに?」

「……急所は外している……それだけだ。勝手に死なれても、後が面倒だ」

「ふふっ、ずいぶん理屈っぽい言い訳するのね。らしくないわよ?」


 リリィは肩をすくめながら、すっとルーラに視線を送り、すぐにまたレイに視線を戻す。


「ねえ、レイ。ほんとは少し、可哀想だと思ったんじゃない?」

「……」

「自分の気持ちが届かなくて暴れる――なんて、まるで捨てられた子犬みたいじゃない……まあ、最近のあなたを見てると、そういう奴に優しいわけじゃないけど」


 リリィは口元に笑みを浮かべ、ちらりと横目で彼を見やった。


「でもさ、ふとした時に、ちょっとだけ『痛む顔』するでしょ……ああいうの、見逃さなのよ、私」


 その言葉に、レイの足が一瞬だけ止まる。

 しかしすぐに何もなかったかのように再び歩き出した。

 セシリアが沈黙を破るように、震える声で呟く。


「でも……あの子、死んじゃうかもしれない……なのに、見捨てるの……?」


 レイは答えない。

 ただ「関わるな」とだけ、低く短く告げた。


 その冷たさに、セシリアは言葉を失った。

 涙を堪えるように唇を噛みしめ、立ち尽くす。


「彼女は『壊すことでしか愛せない』タイプなのよ」


 リリィが淡々と語りながら、セシリアの肩に手を置く。


「そういう人間はね、同じくらい壊れてる誰かじゃないと、受け止められないのよ。あなたには無理……レイも……絶対に無理ね」

「それでも、私は……」


 セシリアの声がかすれ、リリィは少しだけ優しい表情を見せる。

 だが次の瞬間には、また皮肉めいた笑みを浮かべ、再びレイの隣に戻っていった。

 砦を出ると、冷たい夜風が三人の頬を撫でた。

 静かに流れる空気の中、彼らはしばし月を仰いだ。


「で、これからどうするの?王都に戻る?それともまた、あっちの『地獄』へ?」


 リリィが無邪気に問う。


「……王都へ」


 レイは答える。


「セシリアを戻す。それだけだ」

「ふぅん、それだけ? 王都の人たちは? 魔族は? 国そのものは?」

「知ったことか」

「やっぱり」


 リリィはくすりと笑い、レイの隣に並ぶ。


「あなたって、ほんと変わらないわね。冷たいし、言葉足らずで……でも、だからこそ、信じられるのかも。不思議なもんよね」


 セシリアがためらいながら口を開いた。


「……ねぇ、王都の人たち……あなたのこと、英雄って呼び始めてる」


 その言葉に、レイは微かに眉を動かすが、否定も肯定もしない。ただ、夜空を見上げたまま、低く呟く。


「英雄、か……そんなもの、なりたくてなれるもんじゃない」


「でも、なっちゃってるわよ?」

リリィが肩をすくめる。


「勝手に言ってればいい。俺は、誰かを導く器じゃない」


 その言葉は冷たく突き放すようだったが、その横顔には、ほんの一瞬、遠い過去を振り返るような翳りが差した。


 そして、ぽつりと続ける。


「……それに、『救う』なんて言葉は、俺には似合わない」


 リリィは一瞬だけ黙り、そして小さく笑った。


「うん、確かに。あなたが救ってやろうなんて顔してたら、きっと気持ち悪いわ」


 セシリアが顔を伏せたまま、小さく囁く。


「それでも……私を、助けてくれたよね」


 その言葉に、レイはわずかに目を細めたが、視線は空から動かない。


「……あれはただの戦術的判断だ。囚われたままじゃ足手まといだっただけだ」

「ふぅん、またそうやってごまかす」


 リリィが横から口を挟み、レイを覗き込むように言う。


「でも、その『足手まとい』をわざわざ助けに行ったのは、あなた自身じゃない……彼女が勝手に『ついてきた』わけじゃないわよ。むしろ『拾った』のはあなたでしょ?」

「……」

「ねえ、レイ。あなた、自分のことを『何者でもない』なんて言いながら……誰よりも他人に手を伸ばすわよね。すっごい不器用だけど」


 レイは何も言わない。ただ、月明かりの下で、静かに歩を進める背中には、どこか迷いのようなものがほんの一瞬、揺れていた。

 リリィはそんな彼の後ろ姿に視線を向けたまま、ふっと笑う。


「まあ、そういう面倒くさいところも……嫌いじゃないけどね」


 風が吹き抜け、砦の残骸が音もなく沈んでいく。

 夜空に瞬く星は淡く、静けさの中に次なる嵐の予感を秘めていた。

 レイの背中は変わらず、ただ真っ直ぐに夜を切り裂くように進んでいた。

 セシリアはその背を見つめながら、心の奥に芽生えた小さな感情に気づき始めていた。


 ――それが希望なのか、執着なのか、まだ自分でもわからない。


 けれどその背中だけは、もう二度と見失いたくない。



読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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