第19話 遅すぎた涙、途絶えた絆
「に、兄さまっ……!」
風に紛れてかすかな嗚咽が耳に届く。
振り返ると、崩れた街角の影で、エルナ=グランが涙に濡れた頬を震わせ、震える声で何度も叫んでいた。
「兄さま……お願い、行かないで……! 私、ずっと後悔してたの……あの時のこと、ごめんなさい……っ!」
エルナが何度も叫んでも、レイの足が止まらない、その声は届かなかった。
ただ冷たい背中が夜の闇に溶けていき、エルナの嗚咽が夜空に響き、絶望と後悔が瓦礫に積もるだけだった。
崩れた王都の片隅、瓦礫に腰を落とし、埃にまみれたエルナ=グランは泣きじゃくっていた。
すすり泣きが止まらず、喉を詰まらせ、涙で赤く腫れた目を必死に擦るが、その震えは止まらない。
指先は土と血にまみれ、何度も何度も地面を叩き、壊れた指輪の欠片を握り締めていた。
「どうして……どうして、あんなふうに……! 兄さま……!」
声がかすれ、嗚咽が喉を締め付ける。
後悔が胸を抉り、焼けるような痛みとなって広がっていく。
あの時、もっと素直に寄り添っていれば。
あの時、あんな酷い言葉を投げなければ。
あの時、兄の手を、あの手を握っていたなら──もしかしたら、仲の良い兄妹でいられたかもしれないのに。
「わ、私、ただ、怖かっただけなの……! 兄さまが『無能』だって言われるのが、家の恥だって……だから、だから、あの時……っ!」
「……」
震える声で何度も何度も呟く。
指の間から落ちる涙が土に染み込み、泥と混ざり、もう何もわからなくなった。
周囲には誰もいない――ただ遠くで瓦礫が崩れ落ちる音、夜風が吹き抜ける音、そして自分の泣き声だけが響いていた。
しかし、リリィの声が、淡々と彼女の背後で落ちる。
「――泣いたって遅いのよ。自業自得じゃない?」
その声は無情で、冷たく、唇に浮かんだ薄い笑みが月明かりに照らされていた。
赤い瞳がエルナを見下ろし、まるで壊れた人形でも見るかのような冷めた視線が注がれる。
エルナはその言葉に顔を上げ、嗚咽混じりにリリィを見つめたが、何も言い返せなかった。
ただ、膝を抱えて小さく震え続けた。
リリィは話を続ける。
「あなたが誰で、何者なのか私は知らないわ。レイと出会ってまだ少しだもの。けどね、私からみたら、あなた都合が良すぎ」
「え……」
「――彼の手を振り払ったのは、あなた自身じゃないの?」
「あ……ぁぁあああぁああっ!」
冷たい視線を向けながらそのように発言したリリィの姿を聞いた瞬間、まるで壊れた人形のように叫び出した。
声が掠れ、途切れ、崩れ落ちたように泣き伏すエルナの姿は、夜の王都の崩れた瓦礫の中に、ただ一人、取り残される。
風が冷たく吹き抜け、誰も彼女を助ける者はいなかった。
すべては、遅すぎた――取り戻せない絆が、ただ虚しく夜風に散っていった。
遠く、歩み去るレイの背中が月明かりに照らされ、その輪郭は揺らぎもせず、冷たく、決して振り返ることはない。
その隣に、リリィは立つ。
「……余計な事、したかしら。けど、腹が立って――」
「……悪いな、リリィ」
「えっ……い、今、あなた私にあ、謝った……!?」
「……」
まさか『悪い』と言われるとは思っていなかったリリィは驚き、レイに目を向けるが、彼はそれ以上何も言わず黙々と歩き続ける。
驚いた顔をしたと同時に、リリィは静かに笑い、頬を赤く染めながら歩き続けるレイを追いかけるように足を動かしたのだった。
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