第18話 終焉を告げる一撃
夜空に滲む月光が、瓦礫の広場に淡く降り注いでいた。
焔の匂いと血の気配が満ちる中、崩れた石の上でグレイ=ローレンスは膝をつき、息を荒げている。
破れた鎧の隙間からは止めどなく血が滲み、肩が大きく震え、泥にまみれた手で地面を掻きむしる。
かつて王国の英雄と讃えられていたその男は、今やただの敗残者。
瓦礫にまみれ、嗚咽を漏らし、誰にも見向きもされない無力な存在に堕ちていた。
「くそっ……こんなはずじゃ……っ! 王国を、皆を、救うはずだったのに……!」
嗄れた声が震え、血に濡れた唇が引きつり、絶望に満ちた瞳が虚空を彷徨う。
胸の奥から込み上げる後悔と無念が喉を締めつけ、声を詰まらせる。
だが、その声は誰にも届かない――届くはずがなかった。
思い出すのは、かつて自分が蔑んだ少年の姿だった。
──あれは十年前。
王宮で、魔力の素質がないと判断された少年をグレイは見下し、冷笑を浴びせた。
貴族の血を引かぬ、王国の片隅で育った彼を、『無能』と罵り、容赦なく排除しようとした。
あの日、あの場にいた者たちの中でも、グレイは最も強く彼を否定した存在だった。
だがそれ以前、グレイはレイ=グランの訓練教官であり、魔術と剣術を教えた師でもあった。
少年だったレイにとって、グレイは憧れの存在であり、その背中を追いかけていた時期も確かにあった。
「……レイ……お前……」
掠れる声でその名を呼んだ瞬間、重い足音が広場に響いた。
空気が張り詰め、冷気が肌を刺し、場を支配する圧が全てを飲み込む。
月光の下、黒い外套を翻し、影のように立つレイの姿。
その瞳は深淵のように冷たく、感情の色を宿さず、ただ無慈悲な光が沈んでいた。
「お前……いつからそんな目を……」
グレイの声が途切れる。
だがレイは一瞥をくれるだけで、何の感情も示さず、興味すらないように視線を逸らし、背を向けた。
そのまま歩き出そうとする背中が、広場の瓦礫の上を静かに遠ざかっていく。
「ま、待て、レイっ! お前に何ができる……!? 結局、無能なままじゃないのか!?」
必死の叫びが夜空に響き渡り、その中でグレイの声は震え、絶望と恐怖が滲んでいた。
しかしその瞬間、レイの足が静かに止まり――場の空気が張り詰め、時間が一瞬止まったかのような感覚が広がる。
「――黙れ。」
低く、鋭く、冷たい刃のような声が落とされた。
その一言が夜気を震わせた刹那、レイの指先がわずかに動き、闇の奔流がその場の空気を裂いた。
黒い魔力の塊が凝縮され、鋭い閃光となって放たれ、音を置き去りにしてグレイに叩きつけられる。
「う、ぐあっ……!」
血を吐くような呻き声が広場に響き、グレイの身体が無造作に吹き飛ばされる。
瓦礫に叩きつけられ、血が弧を描き、砕けた石の上でその体が折れ曲がっており、口から赤い液体が溢れ、瞳が虚ろに開かれたまま意識が遠のいていった。
声にならない呻きが喉の奥で震え、血混じりの息が途切れる。
誰も助けようとしない――誰も、その絶望の声に耳を傾けない。
遠巻きに見ていた兵士たちは、息を呑み、凍りついたように動けずにいた。
「……」
リリィが肩を揺らし、小さく吹き出すように笑った。
その赤い瞳が月明かりに妖しく光り、レイの冷たい横顔を覗き込むように見つめた。
「ふふっ……ひどいなあ、レイは……ほんの少しの情けも残さないんだね?」
「……無駄な言葉は必要ない」
レイの声は低く、冷たく響き、余韻のように広場に残り、彼はそのまま再び背を向け、ゆっくりと歩き出す。
その背中には、かつての少年の影はなく、ただ冷たい闇を纏った存在としての威圧感が漂っていた。
リリィがその後を軽やかに追いかけ、肩をすくめながら唇に笑みを浮かべる。
「さて、じゃあそろそろ魔物の本拠地に向かう? あなたのその冷たい背中、見てるとぞくぞくするわ」
「はぁ……好きにしろ」
「ふふっ……そうする」
そんなやり取りが交わされる中、崩れた広場には再び、凍りつくような沈黙が訪れた。
ふと、何かに気づいたのか、視線を再度レイに向ける。
「ところで、レイ……さっきの男の人、知り合い?」
「……かつての師だ。だが、もう関係はない」
「ふーん……あれで? 意外と情も薄いのね」
「違う。情が残っていたら、とっくに殺されていた」
「あらあら……怖いね、ほんとに」
そんな二人のやり取りに誰も耳を傾けない。
ただ、レイとのやり取りを楽しそうに笑う、彼女の姿が映し出されていたのだった。
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