第01話 無能と罵られた日
夜風が冷たく肌を撫でる。
月明かりが石畳の上に影を落とし、王都の煌びやかな街並みは、遠い世界のように滲んでいた。
人々の笑い声や音楽がどこかから聞こえ、祝祭の名残が残る中、レイ=グランは一人、ゆっくりと足を引きずるように歩いていた。
王宮の門をくぐったその瞬間から、何もかもが遠ざかっていく。重たい扉が閉じる音が背後で響いたとき、ようやく自分が『捨てられた』ことを理解した。
胸の奥に、鈍く重たい痛みが広がる。
その痛みは、じわじわと全身を侵食し、足元から体を蝕むように広がっていった。
「……ははっ」
喉の奥から漏れた笑いは、ひどくかすれている。
震えた声が、夜の静寂に吸い込まれるように消えていく姿を、静かに感じる事しか出来ない。
息は白く、かじかんだ指が震える。
寒さか、悔しさか、それとも涙なのか――何が震えているのかも、もう分からなかった。
「……俺は、無能、か。」
小さく呟いた言葉が、自分自身への刃のように胸に突き刺さる。
嗤う声が耳の奥で何度も木霊する。
魔導審問官、王族たち、貴族たち、そしてセシリア──あの翠の瞳が、冷たく自分を見下ろした光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れなかった。
「お前に魔術の才能はない」
「これ以上、王国の恥を晒すな」
「終わりにしましょう。あなたは私の婚約者ではなくなったの」
「……ふふっ、期待してた私が馬鹿だったわ」
「レイ、あなたって本当に惨めね」
一言一言が、針のように突き刺さり、胸を抉る。
呼吸が浅くなり、肺が締めつけられるように苦しく感じる。
胸を押さえながら、とにかくゆっくりと歩く。
しかし立っているのがやっとだった。
耳鳴りがひどく、目の前の景色が滲み――足元の石畳に、ぼんやりと涙の雫が落ち、月明かりで淡く光る。
「……なんで、俺ばかり」
言葉が震え、喉の奥で引っかかり、嗚咽が混じる。
足元の影が揺れ、夜風が髪を乱して吹き抜けた。
そのたびに、記憶の中の言葉が何度も繰り返される。
許嫁だったはずのセシリアの、あの冷たい瞳──笑みさえ浮かべながら言い放った、あの残酷な言葉が耳に刺さるようだった。
「終わり? 馬鹿なことを言うな……俺が……終わってたまるか……!」
レイは拳を握りしめた。
爪が食い込み、血が滲む。歯を食いしばり、震える唇からかすかな呻きが漏れる。
情けない、惨めだ、それでも膝を折ることだけはしなかった。
足元の冷たい石畳に涙が落ちる音が、やけに大きく響いた気がした。
「……くそ……くそっ!」
荒い息を吐き、肩が震える。
寒さが骨まで染み、胃が痛む。
それでも、背を丸めることはしなかった。誰にも頼らず、誰にも期待されず、ただ一人、無能と罵られ、捨てられたこの場所で、レイは自分の存在を必死に支えていた。
「絶対……見返してやる。俺を見下した奴らを、笑っていた奴らを……必ず泣かせてやる。」
吐き出すような言葉が夜に溶ける。
声はかすれ、空気に消えたが、それは確かに、彼の胸の奥で小さな炎として燃えていた。
「セシリア……お前もだ。俺を、あざ笑ったお前も──絶対に後悔させてやる。」
震える声で、誰にも届かぬ呪いのように、言葉が夜に散っていく。
足は重く、喉は渇き、視界が滲む。
けれどレイは足を止めなかった。
よろめきながらも、一歩、また一歩と、足を前へ踏み出す。夜空に月が浮かび、その白い光が、彼の影を長く引き伸ばしていた。
「……絶対に、強くなってやる。世界で一番の、最強の魔術師になってやる……」
静かなその呟きは、夜空にかき消される。
だが確かに、あの瞬間、レイ=グランという少年は、無能の烙印を押されたまま──それでも、確かに、強く生きようとしていた。
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