表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/74

第01話 無能と罵られた日


 夜風が冷たく肌を撫でる。

 月明かりが石畳の上に影を落とし、王都の煌びやかな街並みは、遠い世界のように滲んでいた。

 人々の笑い声や音楽がどこかから聞こえ、祝祭の名残が残る中、レイ=グランは一人、ゆっくりと足を引きずるように歩いていた。

 王宮の門をくぐったその瞬間から、何もかもが遠ざかっていく。重たい扉が閉じる音が背後で響いたとき、ようやく自分が『捨てられた』ことを理解した。

 胸の奥に、鈍く重たい痛みが広がる。

 その痛みは、じわじわと全身を侵食し、足元から体を蝕むように広がっていった。


「……ははっ」


 喉の奥から漏れた笑いは、ひどくかすれている。

 震えた声が、夜の静寂に吸い込まれるように消えていく姿を、静かに感じる事しか出来ない。

 息は白く、かじかんだ指が震える。

 寒さか、悔しさか、それとも涙なのか――何が震えているのかも、もう分からなかった。


「……俺は、無能、か。」


 小さく呟いた言葉が、自分自身への刃のように胸に突き刺さる。

 嗤う声が耳の奥で何度も木霊する。

 魔導審問官、王族たち、貴族たち、そしてセシリア──あの翠の瞳が、冷たく自分を見下ろした光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れなかった。


「お前に魔術の才能はない」

「これ以上、王国の恥を晒すな」

「終わりにしましょう。あなたは私の婚約者ではなくなったの」

「……ふふっ、期待してた私が馬鹿だったわ」

「レイ、あなたって本当に惨めね」


 一言一言が、針のように突き刺さり、胸を抉る。

 呼吸が浅くなり、肺が締めつけられるように苦しく感じる。

 胸を押さえながら、とにかくゆっくりと歩く。

 しかし立っているのがやっとだった。

 耳鳴りがひどく、目の前の景色が滲み――足元の石畳に、ぼんやりと涙の雫が落ち、月明かりで淡く光る。


「……なんで、俺ばかり」


 言葉が震え、喉の奥で引っかかり、嗚咽が混じる。

 足元の影が揺れ、夜風が髪を乱して吹き抜けた。

 そのたびに、記憶の中の言葉が何度も繰り返される。

 許嫁だったはずのセシリアの、あの冷たい瞳──笑みさえ浮かべながら言い放った、あの残酷な言葉が耳に刺さるようだった。


「終わり? 馬鹿なことを言うな……俺が……終わってたまるか……!」


 レイは拳を握りしめた。

 爪が食い込み、血が滲む。歯を食いしばり、震える唇からかすかな呻きが漏れる。

 情けない、惨めだ、それでも膝を折ることだけはしなかった。

 足元の冷たい石畳に涙が落ちる音が、やけに大きく響いた気がした。


「……くそ……くそっ!」


 荒い息を吐き、肩が震える。

 寒さが骨まで染み、胃が痛む。

 それでも、背を丸めることはしなかった。誰にも頼らず、誰にも期待されず、ただ一人、無能と罵られ、捨てられたこの場所で、レイは自分の存在を必死に支えていた。


「絶対……見返してやる。俺を見下した奴らを、笑っていた奴らを……必ず泣かせてやる。」


 吐き出すような言葉が夜に溶ける。

 声はかすれ、空気に消えたが、それは確かに、彼の胸の奥で小さな炎として燃えていた。


「セシリア……お前もだ。俺を、あざ笑ったお前も──絶対に後悔させてやる。」


 震える声で、誰にも届かぬ呪いのように、言葉が夜に散っていく。

 足は重く、喉は渇き、視界が滲む。

 けれどレイは足を止めなかった。

 よろめきながらも、一歩、また一歩と、足を前へ踏み出す。夜空に月が浮かび、その白い光が、彼の影を長く引き伸ばしていた。


「……絶対に、強くなってやる。世界で一番の、最強の魔術師になってやる……」


 静かなその呟きは、夜空にかき消される。

 だが確かに、あの瞬間、レイ=グランという少年は、無能の烙印を押されたまま──それでも、確かに、強く生きようとしていた。



読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ