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第12話 崩壊する王都

 レイとリリィが出会っている頃、レイを『無能』と蔑んだ、国は滅びを迎え始めていた。


 月が沈みかけた夜明け前、王都エルザイムは燃えていた。

 石畳の街路には瓦礫が転がり、家々は崩れ、赤い炎が夜空を焦がしている。

 人々の悲鳴が重なり、泣き声と怒号、そして叫びが夜気に溶けるように響いており、夜空に昇る煙は黒く濁り、火の粉が舞い散り、燃え残った家々の屋根が崩れ落ちるたび、耳を裂くような音が響いた。


「うわああっ!」

「誰か助けて!」


 逃げ惑う民衆に倒れ伏す騎士たち。

 血に塗れた石畳が、月明かりに鈍く光り、王国の象徴であった高い塔が、無残に崩れ落ちる音が轟いた。

 その破片の下で、人々の叫びが絶え、瓦礫の隙間から伸びた手が、力なく崩れ落ちていき、灰の臭いが鼻を突き、焼けた木材と血の匂いが混じり、呼吸すら苦しくさせた。


 セシリア=ローゼンは、石造りの回廊の影で膝を抱えて震えていた。

 ドレスの裾は破れ、頬には土埃と涙が混じり、指先は震え、胸の奥で何かが軋む音がする。

 恐怖で心臓が締め付けられ、喉が詰まり、息を飲むたびに冷たい痛みが胸を刺した。目の前で、兵士たちが次々に倒れ、引き裂かれ、無残な肉塊となって崩れ落ちていく光景が、現実のものとは思えなかった。

 彼女は夢だと思いたいと願っていたのだが、それは、夢でもなく、現実なのである。

 震えながら、彼女は目の前に起きている光景を、逸らす事が出来ない。


「いや……いや、こんなの……!」


 泣き叫ぶ声、助けを求める声が四方から響く。

 その声に混じって、この国では『英雄』と呼ばれた男──グレイ=ローレンスの名が、痛々しい叫び声と共に響いた。

 セシリアが叫ぶ。


「グレイ様!お下がりください、危険です!」

「……下がれるわけがない…… 王都が……人々が……!」


 掠れた声で、必死に剣を振るうグレイの姿が、炎に照らされて浮かび上がる。

 だが、その剣は振り下ろされるたびに鈍く弾かれ、火花を散らし、魔物たちの爪や牙が彼を嘲笑うかのように押し戻していく。

 圧倒的な力の前に、グレイの振るう剣はただの金属の塊に過ぎなかった。


「なんでだ……なんで、あいつらが……!」


 グレイが唇を噛み、血が滴り落ちていく。

 目は虚ろで、焦点を失い、手は震え、汗と埃にまみれた顔には絶望の色が濃く滲んでいた。背後で兵士が呻き声を上げ、崩れ落ちた瓦礫の下から手が伸びるが、誰も助けることはできない。

 魔物たちは嗤い声を上げ、狂気の咆哮が響き渡った。

 魔族の群れが王都を蹂躙し、炎と死が街を覆い尽くしていく。その光景は、悪夢のようであり、しかし確かに現実だった。


 セシリアの胸の奥で、何かが崩れる音がした。

 かつての婚約者、あの少年──レイ=グランの名が、何故かふと頭をよぎる。

 どうして彼の事を思いだしたのか、セシリアはその時理解出来なかったが、ただ、あの冷たい瞳を、あの最後に向けた視線を、今も忘れられずにいた。

 あの時、切り捨てたはずの存在が、なぜか今、この状況の中で、胸の奥を締めつける。


「どうして……どうしてこうなったの?」


 セシリアが振り向けば、瓦礫の影で膝を抱えて泣くエルナの姿が見えた。

 エルナの名を呼ぼうとしたが、声が出ない。

 喉が詰まり、恐怖に言葉が奪われ、目の前で、王国はまるでおもちゃのように崩れていく。

 嘗ての栄光は、灰と炎の中に飲み込まれ、無様に焼け落ちていく姿を、セシリアは泣きながら見つめていた。


 「――誰か……誰か、助けて……!」


 誰の声かも分からない叫びが、夜明け前の空に虚しく響くが、その声に応える者は、誰一人として現れなかった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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