第09話 無限の可能性
森の奥で、レイは深く息を吐く。
喉が焼けるように痛み、血の味がじわりと口の中に広がった。
冷たい空気を吸い込むたびに、胸の奥が軋むように痛む。
震える指で必死に地面を掴み、指先の感覚が消えかけるほどの寒さの中で、爪の間に入り込んだ泥を擦り落とした。
土と血と汗が混じり合った匂いが、鼻腔に重くのしかかる。
体中が痛み、寒さが骨の奥にまで染みて、意識がぼんやりと薄れていく。
だが、レイは必死に目を開け、顔を上げた。
視界は涙で滲み、月光が白くぼやけて見える。
それでも、その光はどこか冷たく、無慈悲でありながらも、確かに自分を見つめているように思えた。
夜空の下、ひとりきりで震えながら、それでもなお戦おうとする自分を、月が見届けているような気がした。
「俺は……ゼロじゃない……。ゼロのはずが、ないんだ……!」
呟きは小さく、震えていた。だが、その声には微かに熱がこもっていた。
消え入りそうな声でありながら、胸の奥から無理やり絞り出すような、必死の言葉だった。
レイが思い出すのは、あの審問の日――魔力測定の石盤に手を置いた瞬間、確かに一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、淡い光が瞬いたあの刹那のことを。
誰も気づかなかった。
いや、誰も見ようとしなかった。
誰も、認めようとしなかった光だった。
だが、自分だけは見た。あの一瞬の光を、確かにこの目で捉えた。
「『無限』だ……俺の中には、『無限』の何かがある……!」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かが弾けたような感覚――心臓の鼓動が強くなり、耳の奥で血が流れる音がざわつく。
レイの身体の奥底、血の流れのさらに深くで、熱のようなものが脈打っていた。
それはただの幻覚ではない。
確かにそこにある、確かに自分の中で生まれつつある、何か強大なもののうねりだった。
恐怖と痛み、怒りと絶望、すべてを糧にして、何かが目を覚まそうとしている――手のひらがじんわりと熱を帯び、空気がわずかに震えるような錯覚があった。
肌の表面がざわめき、髪が微かに逆立つ。
息が詰まりそうなほどの熱が、胸の奥から溢れ出しそうになっていた。
「……俺は……!」
言葉を吐き出した瞬間、レイの背後で小さな気配が動いた。
微かな枝の軋みと、土を踏む音が静寂の中に滲み、心臓が跳ね上がり、反射的に視線を向けると、そこには獣の影があった。
さっきの魔物よりもさらに大きく、筋肉質の体躯が月光を受けて黒く浮かび上がっており――牙は鋭く、目は血のように赤く光り、獰猛な輝きを放っていた。
湿った鼻息が白い霧となって夜気に漂い、唸り声が低く、地を這うように響き、木の陰からゆっくりと這い出すその姿を前にして、レイの心臓は猛烈に脈打った。
恐怖で膝が震える。背中に冷たい汗が流れる。
「……またかよ……っ!」
声がかすれ、喉が乾ききっていた。
それでも、不思議とレイの足は震えていない。
心の奥で眠っていた何かが、確かに目を覚まし始めているように感じながら、恐怖を押し流し、震える手を無理やり動かし、血と泥にまみれた指を広げる。
胸の奥で熱が高まり、拳の奥で何かが脈打つ感覚があった。
冷たい夜気の中で、レイの体温だけが、ひどく鮮烈に感じられ――熱が、光が、力が、今にも溢れ出しそうとしていた。
「――俺は、もう……無力なんかじゃない!」
吐き出した言葉は、かすれた声だったが、確かな響きを持っていた。
震える唇が歯を噛み、目には涙が滲んでいる。
それでも、その瞳は夜空を映し、月明かりを宿し、奥で確かな光を灯していた。
獣が低く唸り、牙を剥いて地面を蹴り、飛びかかろうとする気配を見せる。
だが、レイは一歩も退かず、その場に立ち尽くしたまま、全身で生を掴もうとしていた。
「来いよ……!俺は……負けない……!」
声が震え、呼吸が浅くなり、体中が痛みで悲鳴を上げていた。
それでも、その言葉は確かに夜の闇に響く。
絶望と孤独の淵で、彼はようやく知る事になる――自分の中に眠る力が、ただの『ゼロ』ではなく、『無限《∞》』へと繋がる可能性だということを。
胸の奥に灯ったその光は、小さなものだったかもしれない。だが、それは確かに、レイにとっては希望の焔だった。
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