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第00話 絶望の始まり



「――お前には、魔術の才能がない」


 ――その言葉が、すべての始まりだった。


   ▽


 薄暗い王宮の大広間、冷たい石床に反響するのは、魔導審問官の声だけだった。

 無数の視線が、ひとりの少年に突き刺さっている。

 まさかそのような出来事を言われるとは思っていなかった少年は、静かに呆然と、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。


「レイ=グランーー魔力適性、ゼロと判定する。」

「……え?」


 淡々と読み上げられた宣告に、大広間の空気が凍りつく。


 「ゼロだと……?」

 「なんだ、やっぱり『無能』だったか。」

 「これで王国の足を引っ張ることもなくなるな。」


 ざわめきと嘲笑、冷たい視線が少年の身体を切り刻むように降り注ぐ。

 足元が揺れ、視界が滲んでいく。

 それでも、レイ=グランは歯を食いしばり、ただ唇を噛み噛みしめる事しか出いなかった。

 震える膝を、必死に支えてるようにする事しか出来なかったのである。


 そんな少年――レイの元に、一人の少女が姿を見せる。


「……レイ」


 静かに、けれど突き刺すような声が耳を打つ。

 振り向いた先に立っていたのは、かつて自分の婚約者の少女――セシリア=ローゼン。

 いや、既にこの時点で彼女とは婚約者ではなくなってしまったのだが。


 彼女はこの国の王族の血筋の持ち主。

 そんな彼女と婚約を結べるなど、すごい事だった――そう、信じていた。


 金糸のように輝く長い髪が、わずかに揺れ、月明かりを受けて淡く光を帯びていた。

 翠玉のような瞳は、かつて誰よりも優しく、温かく微笑んでくれたはずだった。

 けれど今、その瞳は冷たい氷のように硬く、深い湖底のように暗く沈み込み、レイを見下ろしている。

 瞼はわずかに伏せられ、けれど睫毛の影が長く、彼女の表情に無慈悲な陰りを落としていた。

 口元は僅かに引き結ばれ、笑うでもなく、哀れむでもなく、ただ『終わり』を告げる者の冷たい線を描いていた。


「もう……終わりにしましょう」


 小さな吐息のように紡がれる声。

 その声音は淡々としていて、抑揚もないのに、どこか決定的で、残酷で、ひどく冷たかった。


「あなたは私の婚約者ではなくなったの……さようなら」


 視線が合うことはなかった。

 セシリアはまるでもう関係のない、『他人』を告げるように、僅かに視線を逸らし、淡く揺れる金髪の奥で、その瞳はすでにレイの存在を『価値のないモノ』として見下している。


「……ッ」


 唇を噛みしめたその瞬間、レイの胸の奥で、何かがぷつりと音を立てて切れた。


「……ああ、そうか。」


 崩れ落ちていくのがわかった。

 王国の期待も、家族の誇りも、かつての友人たちの笑顔も。

 そして、自分が持っているはずだった未来も――すべてが、今この瞬間に、灰となって消えていった。

 それでも、レイは膝をつかなかった。

 嗤う者たちの前で、立ち尽くしたまま、ただ震える足を必死に支え続ける。

 唇を噛みしめ、血の味を感じながら、震える胸の奥で、何かが崩れ、そして、何かが生まれる感覚があった。


 「ああ……わかった。」


 かすれた声で、その一言を絞り出し――それが唯一、残された誇りだった。


 そして彼は、王宮の門をくぐり、凍てつく夜の空の下へと歩み出す。

 誰一人として、彼の名を呼ぶ者はいなかった。

 誰一人として、彼の背を追う者はいなかった。

 ただ、冷たい月の光だけが、彼の影を静かに見下ろしていた。


 その白い光の中で、少年の瞳だけが深く、深く沈んでいく。


 ――必ず、取り戻す。

 ――この手で、あの日を、あの言葉を、あの絶望を。


 そう誓った少年の名は、レイ=グラン。

 その十年後、彼は『世界最強の魔術師』として、その名を知らぬ者のいない存在となる。

 だが、このときの彼を知る者たちは、まだ誰一人として、その未来を想像していなかった。


 静かなる復讐が、ゆっくりと幕を開けようとしていたのである。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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