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最初の救済(?)対象

冒険者ギルドの掲示板の前。昭島有は、張り出された依頼書を見上げることもなく、ただ立ち尽くしていた。手の中には、たった今受け取ったばかりの安っぽいギルドカード。ランクはF。ジョブは無職。ステータスは全部5。そして、使い道の分からない変なスキルが4つ。

これを持って、どうやって年間更新料を払い、どうやって生きていけばいいんだ。


「…詰んでる」


人生ならぬ異世界転移冒険者生活、開始数時間で早くも詰みかけている事実に、眩暈がしてきた。他の冒険者たちの活気ある声が、遠くの雑音のように聞こえる。

その時、ギルドの扉が、ドォォンッ!という音を立てて開かれた。


「うわっ!?」


思わず肩を震わせた昭島がそちらを見ると、入口を塞ぐように立っていたのは…巨大な男だった。

身長は2メートルを優に超えているだろう。全身の服がはち切れんばかりに盛り上がった筋肉。鍛え上げられた首、厚い胸板、力強く太い腕と脚。顔立ちも精悍で、いかにも屈強な戦士といった雰囲気だ。


(でけぇ…! マッチョだ! なんかすごい威圧感…!)


先ほどのゴブリンから逃げたばかりの昭島は、その巨体と筋肉に思わず後ずさった。体が本能的な恐怖を感じて硬直する。これがこの世界の基準の強さなのか…俺、絶対無理じゃん…


マッチョマンは、周囲の冒険者たちの視線を集めながら、ギルドの中へと入ってきた。その歩みは力強いが、どこかぎこちないような、不自然な感じもする。そして、彼はまっすぐ、依頼掲示板の方へと向かってきた。


(うわぁぁぁ! こっち来るな! 怖い! 絶対近寄りたくない!)


昭島はできるだけ存在感を消し、柱の陰に隠れようとする。まるで小学生が怖い先生から逃げる時のようだ。

マッチョマンは掲示板の前に立つと、その巨大な指で依頼書をなぞっていく。普通の冒険者なら簡単であろう依頼にも首を傾げているように見える。そして、低い、しかし意外に響く声で呟いた。


「…やはり、『呪い解除』か『浄化』に関わる依頼は、このランクにはないか…」


(呪い…?)


その単語に、昭島はピクリと反応した。そして、マッチョマンが次に呟いた言葉を聞いて、さらに耳を澄ませる。


「…この体…慣れない…早く、元に…13歳の身体に…」


(え…? 13歳…? このマッチョマンが?)


俄かには信じがたい呟きだった。しかし、彼のどこかぎこちない動きや、時折見せる表情の幼さのようなものに、改めて注目すると…確かに、巨体と筋肉の奥に、本来の年齢とは違う雰囲気が隠されているような気もしてきた。


そして、彼の言葉から推測される状況…呪いによって、本来の姿ではないこの体になっている? もしかして…元の姿は13歳の、女の子なのか?


そして、昭島の中で、自分のスキルが脳裏をよぎる。


『美少女又は美女にするスキル』。無機物以外は全て適用。触れる時に念じるか常時発動(レベル不足で不可)。不可逆。病気、傷、呪い等の身体的に負荷になっているものが上書きされる。美少女又は美女化しても対象の数値または技量に変化はない。

呪いによる「身体的な負荷」…この巨大なマッチョマンの体は、まさに呪いによる負荷ではないか? そして、それを「上書き」して、「美少女または美女に」する…?


つまり、このマッチョマンにスキルを使えば、彼(彼女?)を美少女にできる可能性がある…?


(いやいやいやいやいや!!)


全身から冷や汗が吹き出した。確かに、助けを求めている(らしい)人が目の前にいる。そして、俺はそれを解決できる(かもしれない)方法を持っている。


しかし、相手は2メートル! マッチョマン! 怖い!

それに、もし本当に13歳の女の子だとして、それを勝手に美少女に上書きして、一生その姿でいさせる? 怖いし、倫理的にもヤバすぎる!


もし、美少女になったとしても、マッチョマンの力がそのまま残ったらどうなるんだ? 美少女がドスドス歩いたり、拳骨で壁を壊したりするのか?


そして、一番怖いのは…スキル説明にあった「病気、傷、呪い等の身体的に負荷になっているものが上書きされる」に加えて、「美少女化したときに過去を混乱する」とか「自分が美少女になったことに驚いて、直前までマッチョマンだったことを忘れる」みたいな、未知のヤバい効果があったらどうする!?


逡巡している間にも、マッチョマンは次の依頼へと目を移そうとするが、その動きがさらにぎこちなくなり、ふらついた。


「…っ、また…」


小さく苦痛にうめく声が聞こえる。見ると、マッチョマンの額に汗が滲み、顔色が少し悪くなっている。呪いが進行しているか、あるいは反動のようなものが起きているのかもしれない。


(まずい…このままじゃ、この人…いや、この子…どうなるんだ?)


恐怖よりも、目の前の困っている状況をなんとかしたい、という気持ちが、昭島の中で僅かに勝り始めた。


俺しかいないのかもしれない。この「美少女化スキル」なんていう変なスキルを持つ俺しかこの「呪いでマッチョマンになったらしい元女の子」を助ける手段を持たないのかもしれない。

でも怖い。触るのが怖い。スキルを使うのが怖い。使った結果が、もっと怖い。


マッチョマンが依頼掲示板から離れ、ふらつきながらギルドの出口に向かおうとする。その足取りは来た時よりも明らかにおぼつかない。


今だ。助けるなら、今しかない。この機会を逃したら、もう会えないかもしれない。それに、助けるって言っても、美少女にするだけだし…いや、それが一番ヤバいんだけど!


頭の中がぐるぐる考えで埋め尽くされる。恐怖と、ほんの少しの使命感と、スキルの持つ不確定要素への不安。

次の瞬間、昭島の体は勝手に動いていた。


「あ、あのっ!」


半ば叫ぶように声をかけながら、マッチョマンに駆け寄る。マッチョマンは驚いたように立ち止まり、その大きな体で昭島を見下ろした。


その精悍な顔に、僅かな警戒の色が浮かぶ。


(ひぃぃぃ! 怖い! でも、ここで止まったら…!)


逃げ出したい衝動を必死に抑え、昭島は震える手で、マッチョマンの、盛り上がった力こぶのある腕に…触れた!


「…っ!!」


触れた瞬間、全身の力が一気に抜けるような感覚が昭島を襲う。そして、触れられたマッチョマンの体が、眩い、温かい光に包まれた。


光はどんどん強くなり、マッチョマンの巨大な体を覆い隠していく。周囲の冒険者たちも、その異常な光景に気付き、ざわめき始める。受付嬢も驚いた顔で見ている。


光が収束し、消え去った後。

そこに立っていたのは、先ほどの巨大なマッチョマンではなかった。

いたのは、昭島よりも少し背が高いくらいだろうか。すらりとした手足、引き締まった身体。そして、驚きに見開かれた、大きな瞳の顔立ち。

まさしく、文句なしの美少女だった。


新しい服が、その体に自然にまとまっている。元のマッチョマンの服が変化したのだろうか?

美少女は、自分の体に何が起きたのか理解できていないようで、呆然と自分の手を見つめている。

そして、その口から、戸惑いの声が漏れた。 

どこから出したかは分からないが手鏡を出して、美少女は自身の姿を確認する。


「え…? 嘘!私…元の身体に…?いや、美少女になってる!?」


その言葉と共に、美少女は顔を上げ、きょとんとした表情で昭島を見た。

その瞳には、呪いや苦悩の陰は見られない。あるのは、突然の自分の変化に対する、純粋な驚きだけ。

そして、美少女になったばかりのその口が、次の言葉を紡ぎ出した。


「…あれ? なんだか、力が…身体が軽い…あれ? なんか…すごい筋肉痛みたいな感じ?」


美少女はそう言いながら、無意識に右腕を軽く曲げ伸ばしするような仕草をした。その細く美しい腕の筋肉がかすかに、しかし明らかにモリッと盛り上がったのを、昭島は確かに見た。

見た目は可憐な美少女。中身は…やっぱり何か変だ。そして、力もそのまま残ってる?

昭島は、自分が引き起こした新たなイカれてる状況を目の当たりにし、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


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