冒険者ギルドとヤバすぎる自己紹介
「うわああああ! なんでだよ! 美少女になったのに襲ってくるのかよ!?」
見た目は可憐な美少女。中身は凶暴なゴブリン。その美少女ゴブリンが、手に鉄棒(元棍棒)を振りかざして追いかけてくるという悪夢から、俺、昭島 有は必死に逃げ回っていた。
狭いながらも木が生い茂るエリアに飛び込み、茂みを駆け抜け、時には転びそうになりながら、とにかく走った。
美少女ゴブリンの耳障りな「キィッ!キィッ!」という叫び声が追いかけてくる。美少女の声で聞くゴブリンの鳴き声は、二重の意味で精神に来るものがあった。
どれくらい逃げただろうか。息は切れ切れで肺が焼けるように熱い。足は鉛のように重く、全身が悲鳴を上げている。
それでも足を止めなかったのは、後ろから追ってくるのが美少女であるにも関わらず、そこに一切の情け容赦がないゴブリンだと分かっていたからだ。
幸いにも、美少女ゴブリンは木の間に何度かぶつかったり、俺のように地形をうまく利用できなかったらしく、徐々に追いつかれるペースが落ちてきた。
そして、最後に大きな岩陰に滑り込むように隠れた俺を、見失ったようだった。しばらく周囲を探す気配がしたが、やがて諦めたのか、叫び声も足音も遠ざかっていった。
「…はぁ、はぁ…死ぬかと思った…」
岩にもたれかかり、荒い息を整える。全身が痛い。擦り傷だらけだ。異世界に来て最初にしたことが、わけのわからない美少女から逃げることになるとは思わなかった。
どうする、これから。腹は減ってるし、喉もカラカラだ。持っているスキルは全部変なのばかりだし、戦えない。このまま野垂れ死ぬのは嫌だ。
よし、とにかく人がいる場所を探そう。村でも街でもいい。そこで何か情報を集めたり、このスキルでどうにか生きていける方法を探すしかない。
体力の回復を待ち、再び歩き出す。今度はより慎重に、周囲を警戒しながら。美少女ゴブリンがまだ近くにいる可能性もあるし、他の危険なモンスターがいるかもしれない。
太陽が傾き始め、辺りがオレンジ色に染まってきた頃。
遠くに、立ち昇る煙が見えた。
「…! あれは…!」
希望だ! 人間の生活の営みを示す煙だ!
力の限り、というわけにはいかないが、ペースを上げて煙の方向に歩き続けた。
しばらく歩くと、土の道が見えてきた。間違いなく誰かが通っている道だ。その道をたどっていくと、畑が見え、やがて低い木の柵が見えてきた。小さな村か、あるいは町の外れだろう。
「助かった…」
安堵のため息をつき、崩れかけた木の門をくぐる。
村の中は、素朴ながらも活気があった。畑仕事から戻ってきたらしい人々が歩いている。彼らは俺を見て、少し怪訝そうな顔をしたが、特に声をかけてくるでもなく、それぞれの家に入っていく。
ボロボロの格好だし、怪しまれるのは当然か。
どこに行けばいい? 情報収集、仕事探し…となると、やはり冒険者ギルドだろう。ゲームやラノベの知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
村人に道を尋ねようかと思ったが、コミュ障陰キャの性質が発動して、どうにも声をかけられない。キョドりながら村の中をうろついていると、少し大きめの、剣と盾のマークが描かれた看板が目に入った。
「冒険者ギルド…! あった…!」
吸い寄せられるようにその建物に近づく。少し古びているが、しっかりした造りだ。ここなら、何か手がかりが得られるはず。
意を決して、ギルドの重そうな扉を開ける。
中からは、ガヤガヤとした話し声と、酒の匂いが流れ込んできた。
室内には何人もの冒険者らしき人々がいて、酒を飲んだり、仲間と話したりしている。いかにも異世界の冒険者ギルドといった雰囲気だ。
入口で少し立ちすくんでいると、受付カウンターの中に座っている女性がこちらを見た。年齢は二十代後半くらいだろうか。顔立ちは整っているが、どことなく疲れているような、全てに対して諦めているような表情に見える。いかにもテンプレの受付嬢という感じだ。
「あの、すみません…冒険者登録、したいんですが…」
恐る恐る声をかけると、受付嬢は感情の読めない目で俺を見た。
「新規ですね、名前と…えっと、持ってるスキルか何か、証明できるものは?」
やはりそうなるか。ステータス画面を見せるか? いや、アレ見せたら、ただの役立たずだってバレるだけだ。スキル? いやいやいや、あのヤバすぎるスキル群をどう説明しろと!?
「えっと…名前は、昭島 有です。スキルは…あの、幾つかありまして…」
「どうぞ」
受付嬢は手に持った羽根ペンを、インク壺にトントンと付けながら促す。逃げられない雰囲気だ。腹を括るしかない。
「一つ目は…『ハズレ』、です」
俺がそう言うと、受付嬢のペンがピタリと止まった。そして、無表情のまま顔を上げて、俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「…は? それは、どういう…?」
「いや、俺にも分からないんですけど…なんか、使うと、ハズレる、みたいで…」
「…………」
受付嬢は何も言わず、数秒間、俺を観察するように見た後、諦めたように用紙に何か書き込んだ。ハズレとでも書いたのだろうか。
「…はい、次。まだあるんですか?」
「はい…えっと、『女の子が自分の話を喜んで聞いてくれる』…というスキルです。」
俺の次の言葉に、受付嬢は眉をピクリとも動かさず、ただ疲れたような目で俺を見つめ返した。
「……あの、それは、冒険に、何か役に立つんですか…?」
「いや、多分、全然…」
「…………はい、次…」
受付嬢は深々と溜息をつきたいのを我慢しているのが伝わってくる。書くのが面倒くさそうに、ゆっくりとペンを進めている。
「まだあります…『セクハラ(発言も含む)しても嫌悪感を抱かれない』…です。」
今度は、受付嬢の目の奥に、僅かに警戒の色が宿った気がした。顔は無表情のままだが、視線が痛い。ペンを持つ手も、少し硬直しているように見える。
「…………あの…それは、使用しないようにお願いしますね、冒険者として以前に、人として…?」
ああ、やっぱりそうなるか! 人間として否定された!
「いや! 使う気はないんで! ただ、スキルとして、あるだけで! 説明義務があるかなと思って…!」
「……分かりました」
受付嬢は冷たい視線を向けたまま、用紙に何か(おそらく「要注意人物」「危険人物」的なこと)を書き加えた。これはもう、完全にやらかした雰囲気だ。
「…で、最後は?」
いよいよ最後だ。このスキルが、俺の唯一まとも…いや、全然まともじゃないが、可能性のあるスキルだ。しかし、一番説明に困る。
「最後は、『美少女又は美女にするスキル』、です」
その言葉を聞いた瞬間、受付嬢は持っていたペンを完全に机の上に置いた。そして、心底理解できない、といった表情で俺の顔を見上げた。
「…………は? 何ですか、それ?」
そりゃそうなるわな! 俺だってそう思ったよ!
「えっと、あのですね…触った相手を、問答無用で美少女とか美女に変えられるスキル、です。無機生物なら何でもいけて…」
一生懸命説明したが、受付嬢の顔には「コイツ何を言ってるんだ?」という疑問符しか浮かんでいない。周りの冒険者たちも、何か騒がしい奴がいるぞ、という目でちらちら見ている。公開処刑だ。
「…………そのスキルで、今まで何をされたんですか?」
受付嬢の質問は、疑念と疲労が入り混じった声だった。
「い、いや、まださっきゴブリンに使っただけです! 本当に危なかったんで、咄嗟に…!」
「……分かりました。登録は可能です。ランクは一番下の『F』になります。くれぐれも、その…『美少女にする』スキルでトラブルを起こさないようにお願いします。あと、『セクハラ』スキルも…」
「は、はい…善処します…」
もう善処するしかない。
受付嬢は溜息と共に、安っぽい素材でできたギルドカードを俺に渡してきた。
「では、こちらがギルドカードです。依頼はそこの掲示板で。本日は登録だけなら無料ですが、ギルド更新料が年間でかかりますので、依頼をこなすか、他の手段で稼ぐかしてください」
「ぎ、ギルド更新料!?」
思わぬ出費(?)に驚きながら、俺はギルドカードを受け取った。
こうして俺は、使えるスキルのない、レベル1、ステータス全部5、しかも変態(疑惑)という最弱冒険者として、異世界のスタートラインに立ってしまったのだった。
目の前の掲示板には、なんだかんだで命を危険に晒しそうな依頼ばかりが貼られている。
俺、本当に生きていけるのか…?
今気づいたが、受付の人…全然喜んで聞いてくれてないんだが?もしかして、キャバのガチの痛客のように自分が話し続けてないといけないのだろうか?そう考えると憂鬱である。
あっ、ギルドカードを見てみよう。
昭島 有
無職
ステータス
Lv.1
ちから:5
かたさ:5
はやさ:5
きよう:5
ちせい:5
こころ:5
うん:5
スキル一覧:『ハズレ』 『女の子が自分の話を喜んで聞いてくれる』 『セクハラ(発言も含む)しても嫌悪感を抱かれない』 『美少女又は美女にするスキル』
無職?なら、ジョブチェンジすれば多少は強くなれるのでは?期待がちょっと持てそうだ。