五十日目
そうするうち、折り返し地点である五十日目が訪れた。朝、会社に着くと明日からは土日で会社もお休みなのが原因か、週末の雰囲気が漂っていた。
「おはよう!まこっちゃん、今日帰りに一杯飲まない?」
そう話しかけたのは会社の上司、ディレクターの岩谷健也だった。
「おはようございます。岩谷さん……すみません。僕用事があって……」
「最近、随分早く帰るんだね。イイ女でもできた?」
「いえ、全然そういうんじゃないので……」
「そういうんじゃないなら決まりだね!今日の帰り、一緒に飲めるの待ってるよ!」
「ちょっ……、岩谷さぁん……困りますよ~……」
岩谷に強制的に決められた飲み会に出るのは、それは絶対に避けたい。何故ならば、岩谷は実はゲイ疑惑が有り、相手を酔い潰れさせてお持ち帰りという手段を執る、という噂が絶えないからだ。
それに、参拝が第一で恋神が大好きなのに、ちょっかいをかけられたくない。考えに考えた答えは「ちゃんと好きな人がいる」と告げることであった。
昼時になると、社内に余計にソワソワした感じが漂っていた。なんと言っても週末だ。今日が終われば2連休なのだ。真琴は思い切って岩谷を昼食に誘った。
それが断りの挨拶とは露知らず、岩谷は嬉しそうに付いてくる。
真琴は会社近くにある洋食屋に岩谷を招き入れると、メニューを開いてお勧めを話した。
「ここは初めてですか?」
「入ったことはなかったな」
「それじゃ僕のお勧めを言いますね。チキンライス、オムレツのバターライス添え、ホワイトシチューのロールキャベツ、豚肉のオイル生姜焼きです」
「どれも美味しそうだなぁ」
「僕はホワイトシチューのロールキャベツにします」
「岩谷さんはどれにしますか?」
「俺はオムレツのバターライス添えにしようかな」
注文が終わり、真琴は単刀直入に切り出した。
「岩谷さんはゲイだと聞きました。誰にも言いませんし、本当のことを言って下さい」
岩谷は喉をゴクリと鳴らすと覚悟を決めたように話出した。
「そうだ。俺はゲイでまこっちゃんに心惹かれてる」
「僕は今大好きな人がいます。だから、岩谷さんの気持ちには応えられません。ごめんなさい。そして僕もゲイです。だから、この話はここで終わりにしてお互い内緒にしましょう」
「自分がゲイだと何故俺に?もし俺が裏切ったら?」
「岩谷さんがそこまで悪い人とは思えなかったからです。嘘をつきたくもなかったし。もし周りに言いたければそうしてください。僕が岩谷さんを軽蔑するだけで、僕は大丈夫なので」
「そんなことはしないさ。逆に俺は酔い潰れた相手を持ち帰って抱いてた。最低な男さ。まこっちゃんみたいな勇気が俺にはなかった。でもなんか、目が覚めた思いだよ。逆にありがとうな」
「お礼を言われることなんかしていませんよ」
「いや、俺にとっては大きな一歩を踏み出せそうな気持ちだよ。お礼に昼食は奢らせて欲しい」
「えっ、いやいやいや、自分の分は自分で払えるので!お礼だけ受け取っておきます」
「そういうところが可愛いんだよな、惚れ直しそうだから今日は素直に奢られてくれ」
「えっと……、あの……」
「いいんだ俺の門出の日なんだ、礼くらいさせてくれ」
「う~ん……え~と……」
「ここで奢らせないと追いかけ続けるぞ」
「あ……じゃあ、すみません。今日はご馳走になります。有難うございます。」
「はっはっは、分かりやすいな。いっそ清々しいほど気がないのが前面に出てる」
「なんだか、すみません……」
このやりとりを恋神は透かし鏡で見ていた。
この透かし鏡は便利な物で、自分がそこにいなくとも、見たい人が今どこで何をしているのか見えるのだ。
「くっくっく、真琴は自分のことを説明するのは苦手な部類かと思ったが、そうでもないようだ。わしに操立てして相手を振りよった。つくづく愛いやつよのう」
恋神はそう独りごちると、着物の袖で透かし鏡を拭った。