夢と現実
次の日、昼頃に起きた真琴は、休日ということもあり、まずはシャワーを浴びた。昨日はすぐに寝てしまったので、白装束男の事は夢だった気がしてならなかった。当然、百日参拝は一日目から行かず、昼間からスマホを弄り回しながら動画などを見て過ごした。
そのままうだうだと過ごしていると夜になり、お腹がすいた真琴はコンビニに出かけた。おにぎりとスープを買って帰ってきたが、部屋に入ると驚くことに、そこには昨日見た白装束の狐耳男が部屋のど真ん中に鎮座していた。
腰が抜けて立てなくなった真琴に男は話しかける。
「何故来ない……」
「えっと……、あ……あの……ッ、夢じゃ……な……かった……」
しどろもどろになって答える真琴に男は再度声をかけた。
「何故来ないのじゃ……百日ぽっちで許してやろうとしたのじゃぞ……?」
「もしかして貴方は、あの神社の神様ですか!?ごめんなさいっ……、ごめんなさいッ……」
「分かれば良い……、明日から毎日参拝しろ。具合が悪いときは来なくても構わぬ。わしは寛大じゃ……」
そう言うやいなや、神様はもやの中に消えていった。
真琴は暫くポカーンとしていたが、ハッと我に返った。
「夢じゃなかったんだ……」
それからというもの、真琴は来る日も来る日も参拝に足繁く通い出したが、とある日の会社帰りに雨に降られた。しかし、濡れていても参拝はかかさなかった。身体は冷え、次の日には風邪を引き熱を出した。
「ゴホッ、ゴホッ……」
食べるものもなく家で臥せっていると、もやと共にまた神様が現れた。
「あ、神様……、今日はその……行けなくて……ゴホッゴホッ……ご……めんなさいッ」
「良い良い、最初こそ駄目だったが、そなたの真面目さには一目置いておる。なぁに、風邪くらいのことで怒ったりはせぬ。安心するが良い。そしてわしのことは、今後は恋神と呼ぶがいい」
「……あ……ありがと……ございます……ゴホッ、恋神様……」
「ときにそなた、名は何という?」
「ゴホッ……園田……真琴……と言います……」
「そうか、真琴と言うのじゃな……。して、真琴は今日何か食べたか?」
「い……いえ……」
「それはいかん、供物ではあるがこれを食べよ」
恋神は手に大きなリンゴとミカン、いなり寿司を持っていた。
「ゴホッ……供物だ、なんて……頂け……ませ……んっ!ゴホッ、ゴホッ……」
「ではこうしよう、半分ずつじゃ……」
一瞬もやがかかったと思うと、恋神の手にあったリンゴは皮が剥かれ綺麗に半分に切り分けられ、食べやすいように更に一口サイズになっており、ミカンは一房ずつになり半分の大きさになった。いなり寿司はどこから出したのか2枚の笹に分かれて置かれていた。
「ささ、くるしゅうない。食すがいい……。これでも食べぬとあらば、あと百日参拝を増やそうぞ……」
「えっ……、ゴホゴホッ……」
恋神はけらけらと笑うと、美味しそうにいなり寿司を頬張った。
さすがの真琴も二百日参拝は辛いと思い、同じようにいなり寿司を食べてみたが、今まで食べたいなり寿司は何だったのかと言えるほど、美味かった。そして、リンゴ、ミカンも口にしてみるとこれらも食べたことのない甘さで、美味いという言葉では語り尽くせぬほどに身体に染み渡った。
「良い食べっぷりであったのう」
恋神はけらけらとまた笑うと、今度は真剣な眼差しで真琴を見つめると、ずいっと近くに寄っておでこをおでこに当ててきた。
真琴は思わず「ひゃ……」と声を漏らしたが、恋神はまた、けらけらと笑うばかり。
「さ、熱はもう引いたようじゃ。身体を温かくして寝るが良い」
そう言われて布団をかけられると、ふわっと身体が軽くなり、瞬く間に真琴は眠りについた。