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犬権保護法 第8条  作者: 8ツーらO太!


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38 ヒト用に作られた共生派の国で

 筆記具は翌朝、朝食と共に届けられた。犬用ペンと紙がそれぞれ一匹丸ごと焼かれた魚の腹と目玉焼きの中に仕込まれていたのだから恐れ入る。

 ネーナは、こういうことをするのは初めてではないと言った。深くは語らなかったが、彼女はホーリーの仲良しだというのだから、ホーリーにいろいろさせられていたのだろうなとあたしは悟った。

 分解された犬用ペンを組み立てると、あたしはすぐにホーリーへの返事を書いた。書く内容はもう決めていた。


 ホーリー、あたしもあなたのことが知りたい。あなたと、あなたの兄さんのことを。そしてこの国の置かれている状況を。

 一昨日、話の途中で逃げたこと、謝りはしないけれど少し後悔しているわ。

 あの時、あなたがあたしに何か助けを求めたかったのだとしたら、あたしはあなたの話を最後まで聞くべきだった。


 あたしはネーナに返事の手紙を渡した。ネーナはそれをエプロンのポケットに入れた。そんな隠し場所で大丈夫かと尋ねると、帰りは身体検査されないのだと彼女は言った。

 昼食時、ホーリーからは長文の手紙が返ってきた。


 お返事ありがとう。わたしと兄さまはね、半分しか血の繋がらない異母兄妹なの。だからわたしたち、瞳の色が違うでしょう。

 わたしの母さまはわたしが三歳のころに亡くなり、兄さまの母さまも同じ時期に亡くなられた。流行り病に罹ったの。民も大勢亡くなったわ。それもあって、わたしと兄さまは子ども時代のほとんどを城の中で過ごした。妻を一気に二人も失った父さまは、子どもまで失ってしまうのを恐れて、わたしたちを外に出したがらなかった。

 その父さまも、わたしが十一歳のころに亡くなったわ。原因は内臓の病気だって聞かされてるけど、本当のところはわからない。診断したのは共生派国の医師ではなく、国内で漢方薬を扱う調剤師だったから。

 我が国は当時、共生派・反人派問わず、どの国とも正式な国交を開いていなかった。ただ闇ルートで貿易だけを行っていた。だから民は病気にかかると偽造の身分証明書を使って共生派国の病院を受診した。けれど、名も顔も国外に知れている王にその手は使えない。

 共生派国の医師に診てもらえていたら、父さまは助かったかもしれないの。もしかすると、二人の母さまたちも。

 だから兄さまは、共生派国の医療を国内にもたらすべく、その第一歩として、共生派国の医師が出入りする反人派国と同盟を結んだ。ホッカイドー・モンベッツの反人派国イタク・リキンテと。


 便せん一枚にびっしりと書かれていた文字はそこで終わった。

 あたしは瞠目していた。イタク・リキンテは、あたしたちが旅の目的地としていた国だ。その国と、自分が今囚われているシュテファニッツが同盟国だったなんて。

 あたしはホーリーへの返事として、アキラの病のことを除くあたしたちの家出生活の経緯を書いた。

 夕食時、彼女から返事が来た。手紙はこう始まっていた。『その話、他の誰かに知られては駄目よ』

 しかしその一文を読み終えたとき、ノックもなく不躾に出入り口のドアが開いた。ネーナがあたしを庇って注意を引くように出入り口へと駆け寄り、あたしはその隙に、読み終えていない手紙を暖炉脇に積まれた薪の隙間へと押し込む。

「アイリ、お前に土産だ」

 グラーフラートはネーナを押しのけるとあたしの立つ暖炉の前までやってきて、夕飯の乗ったローテーブルの空いたスペースに包みを置いた。そしてその結び目をほどき、長方形の白い箱をあらわにした。促されてあたしは、嫌々その箱を開ける。どんな変なものが入っているのか、と懐疑しかなかった。

 だが中身を見た瞬間、拍子抜けした。

「ケーキ?」

 白いクリームの上に赤い大きな苺の乗った、三角形のショートケーキだった。グラーフラートは得意げに言う。

「そうだ。モリオカピの有名な店で買ってきた。これならお前の口に合うだろう?」

 グラーフラートと顔を合わせるのは昨夜の夕食ぶりだった。あたしはそのときのことを思い出す。口に突っ込まれたくなければ自分の意思で食えとこの男に言われたあと、あたしはサーモンとマッシュポテトの前菜を口に入れた。それが食べたかったからではない。数ある料理の中で一番手前の器に盛ってあり、ひと口サイズで食べやすかったからだ。その後も、グラーフラートが食べろと小言のように命じるたびに、あたしは適当なものをひと口ずつ口にした。スープ、魚のソテー、パン、チーズ、フルーツ。どれも完食はしなかった。

 それをこの男は、料理の味のせいだと思ったというのか。

「心配するな、ケーキだけじゃない。城のコックにニーポンのレシピと調味料を与えた。明日からはお前好みの料理が出てくるぞ」

 あたしは唖然とした。反人派の王族というものは、どこまであたしたちの常識と乖離しているのだ。

「いらないわ」

 あたしはグラーフラートから顔を背けた。男は驚愕の様子で目を見開き、それから表情を険しくした。

「何故だ」

 あたしは答えるのを諦めていた。言っても通じないのだろうと思った。

 向かい合ったままの圧迫感に耐えかねて、あたしは窓辺へ行き、まだカーテンの引かれていない掃き出し窓から静かな暗闇を見つめた。

 窓の反射で、グラーフラートが背後に立つのがわかった。

「お前は今、何を考えている?」

 耳に届く声は、鋭利な矢というより木のスプーンのようにまろやかな質感だったが、それもすべて上辺を取り繕っただけの作り物に感じた。彼という生まれながらの鋼鉄が、本物の木になどなれるわけがない。

「お前と話がしたい」

「……あたしは話したくないわ」

 窓越しに真意を見透かそうとする青い目を避けて俯いた。

「ではどうすれば話したくなる?」

「あたしを解放してくれたら」

「解放とは何だ? ヒト用に作られた共生派の国で、自らをヒトと思い込んだまま窮屈に暮らすことか?」

 瞬間、世界から音が消えた。時が止まった。

 男の言葉が鋼鉄の矢のごとく、真っ直ぐあたしの胸を貫いていた。

 致命傷だった。

 そこから先、男が何を語り、自分がどう反応したのか覚えていない。ケーキと一人分の夕飯を残したまま男とネーナは出ていった。

 あたしはそのまましばらく無為に時を過ごし、ふと思い出して暖炉脇の薪の間から手紙を引っ張り出した。くしゃくしゃに折り目のついたそれを手で伸ばし、あたしは紙面に目を走らせる。


 その話、他の誰かに知られては駄目よ。あなたの立場が危うくなるわ。

 聞いて。世界はもともとヒトの支配するものだった。だからヒトは基本的に、ヒトの住む共生派国を善として、反人派国を悪とする。

外交上は独立国と認めていても、ヒトの遺伝子に刻まれた無意識の本能が、ヒト以外を食物連鎖のいただきから排除しようとする。そしてそれに伴う矛盾行動として、ヒトが必要とする限られた犬だけをヒトとみなし、人権を与える。あなたがそうされているように。

 けれどわたしたち犬が本当に守られるべきは犬権よ。そして犬権を尊重されて生きていくためには、ヒトの占める狭い頂に食らいつく必要がある。

 遡上そじょう派はね、そんなわたしたちとヒトとの間に割って入り、もはや戻ることなどできない旧態依然とした尊人攘犬国を再び興そうとする第三勢力よ。つまり彼らは、頂に食らいつく犬を蹴り落とし、犬をヒトとみなして必要とするヒトたちを追い落とそうとしている。


 ホーリーからの手紙は、こう締めくくられていた。


『ねえアイリ、その歌舞伎町のヒトたちって本当に、信頼に足る善人かしら』

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