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犬権保護法 第8条  作者: 8ツーらO太!


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35 黄金色の乙女

 本を作者順に並べて保管し、その検索機能を備える。そして探し出した本を読むスペースを備える。図書館とは、たったこれだけのために膨大な土地と維持・管理費を要する場所だ。ゆえに共生派の国々からは絶滅した。

 だからあたしは、目の前に堂々と建つ神殿風の建築物を見て、漫画の世界みたいだと興奮した。現代人がデザインとしてあまり選ぶことのない豪華な石柱も、繊細な彫刻も、当時のヒトや犬たちにとっては何か意味があったに違いない。

 誰かや何かにとっての意味が、そのモノの命を長らえさせる。さしあたりホーリーにとって”父の功績”という意味を持つこの図書館は、姫殿下たるホーリーの生きている限り、絶滅することはないのだろう。

 観音開きの扉を開けてあたしたちは中へと入る。エントランス横のカウンターにいたシェパードが用聞きのために腰を上げたが、ホーリーはそれを制して奥へと進んだ。

 壁のようにそそり立つ本棚の間をホーリーについて歩く。静謐な空間。絨毯敷きの床が爪音を起こさせないだけでなく、本たちの無言の圧力が生き物を黙らせているせいだ。

 ホーリーは階段を二階へと上がり、国史のコーナーで足を止めた。閉館間近なこともあり、周囲には誰もいなかった。

「わたし、国史の棚の本は全部読んだわ」

 ごくごく当然のように彼女は言った。国史といっても背表紙を見るに、政治的歴史のみならず制度、風習、言語、信仰、言い伝えなど多岐に渡るようで、パッと見の目算でも千冊はあった。

「全部読むくらいしないと立派な姫になれないぞって父さまが言ったの。だからあたし、全部読みさえすれば立派な姫になれるんだと思ってた」

 なれなかった、と言外に彼女は言っている気がした。

「でもね、わたしがここの本を全部読んだ意味ってきっと今日のためにあったんだわ」

 ホーリーはずらりと並んだ本の背表紙のひとつに鼻先を触れさせた。すると、その本は本棚の奥に吸い込まれていく。

「こっちよ、姉さま」

 ホーリーは閲覧コーナーへと歩いていく。そこにはサイコロ状の防音ブースがいくつも並んでいて、古風な内観の中、その一画だけが宇宙船の一部のように未来的に見えた。

 あたしはホーリーについてブースのひとつに入った。すると、正面に置かれたデスクの奥の壁に三十センチ四方ほどの穴が開き、中から、先ほどホーリーが鼻で触れた本がアームに掴まれて現れた。

「この本はね、この国のとある占い師が二十年前に書いたとされる未来予知の本なの。わたしがこの本を読んだのは五年前、十歳のとき。もちろん占いなんて信じていなかったわ。非科学的だし、根拠がわからないもの。ただ娯楽として読んだだけ」

 ホーリーが本の表紙にじっと目を凝らすと、アームは動き出し、本のページを捲り出した。おそらく共生派国のライフナビと同じ、思念で動くシステムなのだろう。

 反人派国は共生派国からすると確かに技術的後進国ではあるが、シュテファニッツに関しては、決して古代犬の国ではないのだと、あたしは今日一日で思い知らされている。むしろ彼らは、犬である自分たちに必要な技術のみを輸入し、自国の文化に溶け込ませているという点で、犬にとっての最適解を持つ先進国といえるのかもしれない。

 アームは、とあるページを開いて止まった。そこには横書きで書かれた文字と挿絵があった。共通語ではなくシュテファニッツ語で書かれているようで、文字の方は読めなかったが、挿絵の示すものは見てとれた。

「垂れ耳の犬……」

 挿絵は影絵のような描かれ方をしていた。つまり、黒く塗りつぶされたシルエットが描かれているのだ。ゆえに、正面を向いて座った犬の容貌や表情はわからなかったが、耳の形と毛の生え方、体つきでシェパードではないことはわかった。

 ホーリーは語り始めた。

「三十年に一度の厄災が我が国を襲い、太陽を奪う。玉座には半月の王と半月の姫が座すも、照らされぬ月は輝けず、数年間の闇夜が続く。それを防ぐは黄金色の乙女。朝日を背負い訪れる。月を輝かせ、民を導き、厄災を必ず退ける。忘れてはならない。太陽とはすべての国々が欲し奪い合う命の源。失えば死。黄金色の乙女を探し求めよ」

 ホーリーの顔が、隣に座るあたしに向けられる。

「わたしね、この”黄金色の乙女”って姉さまのことだと思うの」

「……はあ」

 フィクションを横っ面に叩きつけられた衝撃で、思わず間の抜けた声が出た。

「だってそうよ。挿絵だって垂れ耳だし。今朝ソリで朝日を背負って”訪れ”たし」

「訪れたんじゃなくて誘拐されたんだけど」

「同じよ。それに朝日を浴びた姉さまの毛並みはちゃんと黄金色だったわ」

「もとはクリーム色よ」

「関係ないわ。乙女でしょう?」

「乙女……」

「だから、今まで交尾し―――」

 そういう意味か、と瞬時に悟ってあたしはホーリーの鼻に頭突きした。

「したことないわよ!」

「くしゅん! ……乙女なのね。やっぱり黄金色の乙女は姉さまのことだわ」

 ホーリーはどうしてもあたしに頷かせたいようで、目をぎらぎらさせて迫ってくる。

「姉さまがこの国を救うの」

「そんな馬鹿な。あたしはただの学生よ。それに、この国は平和そうじゃない」

「今はまだね」

「まだ、って」

「とある反人派国との同盟が破棄されそうなの」

 ホーリーは硬い声音で淡々と言った。「いいえ、正確にはこちらから破棄する。だから多少の血も流れる。兄さまとあたしはもう、覚悟を決めているわ」

「血……知らない、あたしには関係のないことよ!」

 片頬をフィクションで張られ、もう片方を鉄臭いノンフィクションで張られた気がして、あたしは急に恐ろしくなり、閲覧ブースを飛び出した。どこへ行こうというわけではない、ただこの場でホーリーから与えられるプレッシャーが苦しい。

 二階フロアを駆け抜け、階段を下り、司書らしきシェパードにぶつかりそうになりながらそれを避け、エントランスまで走る。そして足元のボタンを押して観音開きの扉を開ける。開き切るのを待てず、隙間へ鼻先を突っ込むように飛び出ると、何かに弾かれ、あたしは無様に転がった。

 何か、ではない。誰か、だ。

 ようやく戻ってきたらしい嗅覚が、視覚よりも先に、そこに立つ相手を認識する。

「ごきげんよう、我が妃」

 グラーフラートの青い瞳があたしを冷たく見下ろしていた。

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