第1話 事故と美少女
晴れに晴れた雲一つない晴天。
こんな気持ちの良い朝は、性格を変えるのにぴったりな朝である。
遡ること三年前。
俺、黒川悠は中学校の入学式の自己紹介で盛大にやらかした。中二にすらなっていないのに厨二病を発症していた俺は、「夢はダークサイドに堕ちることです」とわけのわからないことを言って笑いを取ろうとした。
案の定クラスメイトからは冷えた目を向けられ、拍手を送ってくれたのは担任の先生だけだった。それからというもの、俺はぼっちを謳歌し、趣味はゲームに漫画にラノベ。加えて多少の勉強。どこにでもいるような陰キャ代表となったわけだ。
しかし俺は変わる。
高校の入学式というおめでたい日に俺は変わるのだ。
中学校の同級生が誰も目指していないと思われた高校をわざわざ選び、高校デビューの準備を整えた。
俺がやることは、自己紹介で普通のことを言うだけ。それさえすれば、中学校のようにぼっちになることはないはず。うん、完璧だ。
「——ん……んんっ!?」
おいおい大丈夫かよ。ちょっと待て、赤信号だぞ。そのまま行ったら——。
学校へ向かう途中の道、その横断歩道に差し掛かった時だった。
俺と同じ制服を身に纏う女子高生と思われる人物が、横断歩道の信号が赤にも関わらず、そのまま渡ろうとしていたのだ。
周囲を見る——誰もいない。
つまり、あの子を止められるのは俺だけということになる。
そして右側からはバイクが猛スピードで飛ばしてきていた。
「やばいっ! 君ぶつかるよ!」
声を出してみたが、気付かない。
イヤホンをしているのか、音楽に夢中のようだ。
俺はいつの間にか走っていた。
「————え?」
すると女子高生がやっと自分が今どこにいるのか気付いた。しかしその場所は既にバイクの車線上で、回避できない位置だった。
「危ないっ!」
「きゃあっ!?」
俺は後ろから駆けて、彼女を手前に引っ張った。
すると、入れ替わるようにして俺が前に出てしまった。
視界がスローモーションになった。
あ、これ……やば……。
後にインタビューされたのなら、俺はこう語るだろう。
『Q・B・K——急にバイクが来たので——』と。
次の瞬間、俺はバイクに突き飛ばされ、そして彼女の悲鳴が空に轟いた。
後続車が停車し、先程まではいなかった人が集まってくる。
痛みで何がどうなっているのかよくわからなかったが、自分の意識が徐々に薄れていくのを感じた。
俺が覚えているのはここまでだった。
◇ ◇ ◇
端的に言えば、俺は高校デビューに失敗した。
全治二ヶ月。足の骨折により入院を余儀なくされ、最低限歩けるようになるまでは一ヶ月かかり、そこからは松葉杖で補助ありの生活を一ヶ月続けて完治ということだった。
そうして四月の入学式から一ヶ月が経過し、友達のいないゴールデンウィークも病院で過ごし、俺は満を持して松葉杖をつきながら学校へと初登校した。
ガララと教室の扉を開いた。すると一斉に俺へと視線が送られた。
「誰?」「あんなやついた?」「そういえば入学式からずっと休んでるやついたじゃん」「なんか怪我してる」
などなど、色々な声が聞こえてきた。
しかし、誰も直接俺に喋りかける人などいなかった。
そのまま歩きづらい足を進め、事前に担任から伝えられていた自分の席らしい場所へと座った。
ホームルームが始まると、先生が俺が今日初登校したことを発表してくれて、自己紹介の機会をくれた。
「黒川悠です。入学式の日にバイクに衝突されました。これから皆さんに追いつきたいと思います。よろしくお願いします」
無難な挨拶をすることができた。
が、ホームルームが終わっても俺に話しかけてくれる人はいなかった。
既に仲良しグループができており、俺の居場所はどこにもなかったのだ。
◇ ◇ ◇
憂鬱な授業が進み、昼休み。
足を動かすのは大変だが、教室は居心地が悪かったので、俺は弁当を持ってどこか落ち着ける場所はないかと探し回った。
さすがに階段を登って屋上に向かうのは大変だったため、綺麗な中庭へと向かった。
しばらく歩くと木陰にベンチが置いてある場所があり、そこに座って弁当を食べることに決めた。
そうして母が作ってくれた弁当から卵焼きを箸で取り、口に入れようとした時だった。
「——佐鳥さん! 好きです。俺と付き合ってください!」
背後から告白じみた声が聞こえてきて俺は振り返った。
すると、男子生徒の一人が女子生徒に手を差し出し、告白をしていたのだ。
見るとその男子生徒はイケメン風で、女子生徒も見るからに可愛い子。見た目的にはお似合いにも見える二人だった。
俺はその様子を遠目で見ながらどうなるのかと結末を見守った。
「ごめんなさい。その告白に応えることはできません」
「そう、か……それなら友達からどうかな? 連絡先を交換して、少しずつ仲良くなるなら……」
「そちらもご遠慮します」
告白が失敗した男子生徒が諦めきれず、次の提案をしたのだが、それすらも断られてしまった。
「──っ。言わせておけば、このアマが!」
「きゃっ、何をするんですか!?」
その瞬間、男子生徒の態度が一変。
激情に任せて女子生徒の腕を掴んだのだ。
俺はそれを見てドキッとした。
あの、交通事故に遭った時のような感覚だ。
「モテてるからって上から目線で言いやがって! 舐めてんじゃねえ!」
そして男子生徒はその女子生徒に手をあげようとしているのがわかった。
ヤバいと思い俺はベンチに立て掛けていた松葉杖を持ち、片足で必死に二人がいる場所へと向かった。
「少しくらい痛い思いをしなきゃな」
と、最低な言葉をぶつけ、綺麗な女子生徒の顔を傷つけようとした。
「──っ」
掴まれて逃げられない女子生徒は目をつむった。
「や、やめ──ぐへあ!?」
俺は女子生徒の代わりに顔面にパンチを喰らい吹っ飛ばされた──わけではなかった。
その手前でこけてしまったのだ。
顔面からコンクリートの地面にダイブしてしまったためかなり痛い。片足が使えないだけで、ここまで不自由だとは……。
「いだい……」
「な、なんだコイツ! ——ちっ……クソっ」
見られていたことに驚いたのか、その男子生徒は女子生徒を殴る手前で手を止めていた。
確かにこのことを先生に報告でもすれば、この男子生徒も居場所をなくすだろう。
そうして彼は俺を見るなり、すぐに校内へと戻っていった。
「あ、あの……ありがとうございますっ」
うつ伏せ状態で倒れていたので女子生徒の顔は見えないが、俺にお礼をしているようだった。
ともかく立ち上がらないと……。
「ぁ——」
「これ、ですよね?」
体を起こすと、その女子生徒は俺の松葉杖を持っていた。そうして俺の下まで近づくと優しく松葉杖を渡してくれた。
ふと、顔を見上げると彼女の顔が目に入った。
切り揃えられた肩まである髪は太陽の光を反射するほど艶があり、色白な肌に唇には薄くピンクのリップが塗ってある。
ああ、これなら告白されても納得だな、と思った。それほどの美少女というわけだ。
「ありがとう……それじゃ」
「ちょっと待ってくださいっ!」
俺はベンチに戻って弁当を食べようとしたのだが、美少女に止められた。
なんの用事があるのかと思ったのだが、彼女はブレザーのポケットをゴソゴソしはじめて——、
「手当てさせてください!」
と、ハンカチと絆創膏を取り出したのだった。
◇ ◇ ◇
俺は現在ベンチで美少女を隣にして、転んで出来た顔の傷の手当てをしてもらっていた。
夢のような状況に俺は汗が止まらなかった。何やら良い匂いがするし、ここまで歳が近い女子と近づいたのは初めてだった。
「あ、動かないでくださいっ」
「うん……」
目の前に可愛い顔があるため、直視できず横を向こうとしたのだが、手当てのためにグイッと向きを戻された。
「——はいっ、これで出来上がりですっ」
可愛い笑顔をしながら、最後に絆創膏を貼ってくれた。
「どうも……じゃあ俺は弁当食べるから」
少しぶっきらぼうに言ってしまったが、これ以上俺と関わると、彼女の未来が危険だ。どんな催眠術を使って手籠めにしたんだと言われかねない。
「ふふんふんふん、ふふんふんっ、ふふふんふーん♪」
突然隣から鼻歌が聞こえてくる。
ド下手な鼻歌である。リズムもへったくれもない。女性版ジャ◯アンである。
いつになったら帰るのだろうと、ちらっと横を向いてみた。
すると、なぜかこの美少女が自分の弁当箱を取り出し、俺の隣でパクパク食べ始めたのだ。
「おい〜〜〜〜っ!?」
「どうしたんですか? 早く食べないとお弁当が冷えますよ?」
俺の気も知らないで楽しそうに食べやがって……。
もう知らん。俺だって好きに食べてやる。
そうして、さっき食べようとして食べられなかった卵焼きを掴んで口に頬張る。
……うまい。
「やっぱり卵焼きは甘い方がうまいよなぁ……」
「何を言ってるんですか。卵焼きはしょっぱい方が美味しいに決まってます」
こ、こいつ……。
俺の独り言に勝手に介入しやがって……。
「…………」
俺は返事を返さなかった。しかし、美少女は強メンタル。勝手に会話を続けるのだ。
「あの……とっても気になってたんですけど、その足……どうしたんですか?」
一番触れられたくない話をこうもしてくるとは。
このお陰で俺は高校デビューを大失敗し、こうしてぼっち飯にしけこんでるというのにこの顔だけ良いやつは……
あれ、今思えばさっきの男子、俺と同じ考えの持ち主だった!?
「…………入学式の日、赤信号の横断歩道を渡ろうとしてた女子高生がいたから、危ないと思って俺が止めた。でも、その代わりに俺がバイクにぶつかってこうなった」
なぜかわからないが、あの日のことを彼女に話してしまった。
別に今となってはもう一ヶ月も前の話。高校デビューを失敗したのは、特にGWを挟んだのがよくなかったように思う。
「…………ぇ…………え、え…………」
「ん、どうかした?」
すると目の前の彼女はわなわなと口を震わせ、箸で掴んでいた唐揚げをぽろっと弁当箱に落とした。
「ぁ……いや……違うんです……私……顔を出さなかったんじゃなくて……どこにいるのかも連絡先も知らなくて……だから、ずっとずっと探してて……」
俺にはわからない意味不明な言葉を発していく彼女は、目がうるうるとしていた。
「——女子高生っ……その女子高生私なんですっ!!」
「————ぇ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
けど、段々とその言葉の意味を理解していき、そして俺は深く息を吐いた。
さっきは事故のせいで高校デビューを失敗したなんて言ったけど、実際はあの子どうなったのかとずっと心配をしていた。だから、
「…………そうか。元気そうで良かった」
苦手な笑顔を送ってみた。
すると彼女はなぜか弁当箱を前に出し、俺に感謝を告げて——、
「ずっとお礼を言いたくてっ! なのに私ったら何もできなくてっ! だから……だから……このお弁当全部あげますっ!!」
「弁当かーいっ」
想像とは違う答えが返ってきて、絶対こいつおかしいと思いながらも、自分が助けた相手がこうして元気でいるところを見て、どこか安堵した自分がいた。




