4、クラウスの贈り物
ある日クラウスがエレナの部屋にやってきた。
彼女が呼んでもないのに彼がやってきたのは初めてだったし、いつもと違う、ぎこちのない雰囲気を醸し出していた。
だからエレナは、一体何が起こるのだろうと緊張したのだった。
何かと思ったら、クラウスは遠慮がちな仕草で、あるものをエレナに差し出したのだった。
クラウスが差し出したのは小さな小箱。光沢のある青色のリボンの掛けられた、上品な色合いの白い箱だった。
エレナは最近クラウスのことを避けていたし、しばらく顔も見ていなかった。
しかしこの時は、驚きのあまり、そんなことも忘れてしまい、クラウスの顔をじっと見てしまった。
「これ、私に?」
「はい」
とクラウスは頷いた。
エレナがリボンをほどいて、その箱を開けると、そこには首飾りが入っていた。
彼女がとり出して見ると、それは部屋の明かりに反射してきらきらと光った。
それはシンプルな装飾の首飾りだった。豪華な見た目ではないが、エレナにはそれが安物でないことがわかった。
銀色の簡素なデザインのチェーンに、透明な小さな宝石がいくつも付いていて、それが輝いている。
「これってそんなに安物じゃないよね。その、よく買えたね。アルバイトでもしてたの?」
エレナは気になってクラウスにそう聞いたのだった。
「いいえ。そんなことをする時間ありませんよ。ずっと貯めていたんです」
「私の出している給料から?」
「はい」
クラウスは頷いた。
王女とはいえ、この塔に幽閉されているエレナが自由に使えるお金は多くない。
クラウスに給料として出せる額もそれほど多くはなかった。
もしこの首飾りを買おうと思って貯金したら、プライベートに使える額なんてほとんどないはずだ。
「なんでこんなこと。私に、私なんかにしてくれるの?」
「なんでって……」
クラウスは戸惑ったような表情をした。
「私って、王女だけど、それ以外に何も出来ない。王女であることですら、今はもう誰もそんなふうに思ってない。だったら、私になんの価値があるの? こんな私、見捨てるのが普通でしょ。こんな贈り物を渡す価値があるとは思えない」
そんなエレナの言葉にクラウスは首を振った。
「そんなことないですよ。エレナ様は私にとっては……」
クラウスはその先を口にできず、代わりに誤魔化すように、
「でも、この首飾り、王女様が身に付けるには質素すぎますよね」と苦笑いして言った。
確かに、それは王女が付けるにしては地味すぎて、彼女にはふさわしいとはいえない代物だった。
でも今の彼女にとっては、それはどんな高価で豪華な宝飾よりも輝いて見えた。
「そんなことない」
エレナは首を振った。
エレナはその首飾りを持ち上げて、天井の明かりにかざして見たりしながら、嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。
彼女は久しぶりにそんな気持ちになったような気がした。
彼女は先ほどまで暗いたて穴の底でうずくまっているような気分だったけど、それが今は急に明るい場所に引き上げられたような気持ちだった。
贈り物自体もとても嬉しいし、彼女が疑っていた、クラウスが親しく付き合っている女性がどうやらいないということにもほっとしていた。そんな相手がいたら、この贈り物を買うための貯金なんてできるはずがないのだ。
彼は私が疑ったような交際をすることもなく、ずっと私のために働いてくれていたんだ。それなのに私は、ありもしないことで勝手に疑って、ひどい態度をとっていた。
それなのになんで私を見捨てないんだろう。
彼女は嬉しいような申し訳ないような気持ちで一杯になって、自然と涙が溢れてきたのだった。
こんな贈り物をもらうには値しないような人間なのになんで。
「でも嬉しい」
そう、エレナは微笑んで呟いたのだった。
クラウスは、涙を流しながら笑顔を見せるエレナを見て、ほほ笑ましいものを見るような表情を浮かべた。
「なんで笑っているの?」
エレナはそれを見て不服そうに言った。
「すみません」
でもエレナは、クラウスのそのような自然な笑顔を初めてみたような気がした。召使いとしては決して見せなかった表情だ。
彼女はその笑顔がとても眩しく感じたし、もっと見たいと思った。
それからのエレナはずいぶん変わった。
もう前のようにクラウスに強く当たることはなくなった。
なんで変わったのか、それはエレナのクラウスにやる眼差しを見ればすぐにわかった。
クラウスを見る彼女の目は日々輝きを増し、同時に、たまに寂しい表情をするようになった。まるでどこか遠く、とても手の届かない場所にあるものを見るような。
驚くことに、最近のエレナはクラウスのやっている家事を手伝ったりするようになった。
クラウスが自分の仕事だからと断っても、「私がやりたいの」と言って、無理やり手伝った。
エレナはクラウスと一緒に過ごす時間が増えて楽しいと感じていた。
彼女はそうしてみて、前から自分はこうしたかったのだと気づいたのだった。
クラウスの方も、エレナと一緒に家事をするのを楽しんでいるように見えた。
エレナは二人での暮らしも悪くないし、ずっとこのままでもいいかなと思いはじめていた。
そんなある日だった。
二人は耳慣れない音を聞いたのだった。
それは、塔の入り口の扉が叩かれる音だった。
塔を誰かが訪ねるのは初めてのことだった。
クラウスがその扉を開けるとそこに立っていたのは、国の有力者であるライヒスブルク公爵の召使いだった。そしてそのすぐ後ろには、ライヒスブルク公爵自身が立っていた。