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第一話 來りて歌え ③

【プレイボール】


「オゥーイ! 新しい仲間だぞ〜‼︎」

 オゥーイ! と黄金卿の男・ゴルドはミケと、ライメイと、ライメイが気絶させちゃった仲間と共に野球広場へ戻ってきた。迷子になっていた途中でライメイが見つけた看板は、どうやらこの野球広場へ導くためのものだったらしい。土を踏み倒して区切っただけの駐車場にミコシを停め、


地面を下へ下へ掘るように展開したすり鉢状の簡易スタジアムは、モルタル敷きの階段が客席の代わりとなっているのか、すでに階段の半分ほどがこのあと始まるという試合の見物客で埋まっていた。残りのもう半分にも続々と人が入ってきており、この後に行われる試合を観に来ているのだそうだ。

 楽しい試合観戦。と言うわりには誰もがどこか緊張した面持ちをしていて、それがどうにもミケには奇妙に思えた。

 観客たちは皆ゴルドと同じユニフォームを着ており、中にはユニフォームの上から市で見た看板のマークが入ったエプロンを着ている者もいた。どうやら、仕事が終わってそのままここを目指してきたらしい。皆ゴルドの姿を認めると口々に彼の名前を呼んだ。どうやら彼は相当な人気者のようだ。その人気者の彼が連れている小さな客人たちには、ゴルドに向けられる明るい声とは気色の異なる意識を感じた。

 ミケは球場の人たちの視線に、市の人々の目を思い出していた。

 企業(コーポ)と疑われた時の、あの敵意の籠った視線。

 あれと同じものが自分たちに向けられている。

 やはり何かおかしい気がする。

「ライメイ」

 事と次第によっては隙を見て逃げた方がいいかもしれない。

 ミケがそう目配せすると、ライメイは小さく首肯した。

 そんな二人のやりとりなどつゆ知らず、ゴルドは堂々と階段を一段ずつゆっくり降りてゆく。

「ここは昔、採掘場でよ。今じゃ球場。オレたちの聖地みてェなモンだ」

「セイチ?」ライメイは意味をミケに尋ねた。

「大切で、神聖な場所。おれたちで言う社だよ」

「大切で、神聖……」

「ああ、そうさ! ここだけじゃねえがな! 特に、あの茶色い地面のとこはグラウンドっつーオレたちの大っ事なホームなのさ!」

 ゴルドの指し示した場所では、ゴルドと同じユニフォームを着た者たちが、幅広の鍬のような器具で毛並みを整えるように地面を(なら)していた。二人は市の雑貨店で似たようなものを見たのを思い出した。農業用具だと思っていたが、あれはこの星ではトンボと呼ばれる地面を均すための道具だったらしい。

 トンボが引かれた後の地面は艶やかな光沢を帯び、まるでこの星の黒牛の毛並みのようにしっとりとした輝きを放っていた。

「あれが、セイチ、ホーム……」

 ほう、と感心したライメイは、ぴた、と足を止めた。

 傍らのミケもライメイと同じようにぴたりと足を揃えて留まる。

 ここがこの星の人々にとって尊い場所ならば、それを前にして二人のやることは決まっていた。

「シツレイシマス」

「シツレイシマス」

 礼。そう、礼。礼は全てにおいて最も重要とされる宇宙共通の概念だ。

 その型は様々でも、相手に対して敬意をもつという心そのものは変わらない。

 ライメイとミケがグラウンドに向かって礼をしたその時、球場にどよめきが走った。

「グラウンドに礼を……⁉︎」「誰に言われるでもなく……⁉︎」「なんてハキハキした気持ちのイイ挨拶なんだ……!」

 挨拶の基本は、あかるく、いい声で、さわやかに、つつましく。

 いち、にの、さん、で顔を上げた二人の晴れやかな表情に、二人のうち一人は能面、もう一人は唇の上まで面隠しをしているがそれでもなお伝わるさっぱりとした礼の波動に、球場の人々はオオッ、と嘆息をもらした。

 ──只者ではない。

 しかし、何者かわからない──。

 あの者たちは一体敵か、味方か。ざわめく人々だったが、ゴルドが一声かけるだけでその動揺は収まった。

 ひょうきんな印象の男だが、球場の人々には一目おかれているらしい。

 その彼が二人を歓待しているからか、観客たちは彼の肩でノックアウトしている仲間の姿にも、その後ろでどう見ても何かしらの関係があるであろう外星人のライメイとミケにも追求はせず、固唾を飲んで二人を『新しい仲間』としてにこやかに迎えてくれた。

 頑張って‼︎ とまで声をかけてくれる者までいる。

 そういえばここにいる全員がゴルドと同じユニフォームを着ているが、対戦相手を観にきた者はいないのだろうか。

 ゴルドのチーム=ゴールデン・ゴッズを讃える応援歌を背に聴きながら、ミケは何か嫌な予感を覚えていた。

 階段の終わり、二人はいよいよグラウンドの上に降り立った。この星の人々のホーム=グラウンドの中心となる浅く山形になったピッチャーマウンドには、ゴルドの仲間と思しき数人が集まっていて、何やら話し込んでいる様子だった。きっとなかなか戻ってこない仲間の心配をしているのだろう。──ほとんど無理矢理連れてこられたが、広場までの道中、ミケの運転するミコシを牛に乗って先導していたゴルドが言うには、皆気のいい奴らだと言う。『とにかく気のいい奴らで優しくて働き者で仲間思いで牛にぶつかれたくらいじゃびくともしない頑丈で腕っ節の立つ奴らだから怒らせたら相当マズイことになるがお二人さんみたいに気のいい外星(そとぼし)の人らにゃ悪さしないだろうよ!』とのことだ。つまり、絶対怒らせちゃいけないタイプの相手をミケたちはやっちゃったらしかった。「会うのが楽しみだナー」前を行くゴルドの指示通りミコシを走らせながらミケの顔色は刻々と悪くなっていった。

 さて、いよいよその絶対怒らせちゃいけないタイプの相手とのご対面である。



 「おーぅい!」とゴルドが土埃の立ちそうな太い声を出すと、マウンドに集まっていた彼の八人の仲間がわらわらと集まってきた。

 どうやら彼らは事が起きる前、彼らはこの後の試合に備えて守備練習をしていたらしい。強打を捕る練習をしていたところ、うっかり場外へ飛んでしまった打球を追いかけて行方知れずとなってしまった仲間を探しにいったゴルドの安否すらもわからず、途方にくれていたらしかった。ひとまずゴルドの無事に安堵し、次に彼の肩で寝こけている仲間を見てギョッとし、次にとりあえず友好的に振る舞うミケと表情のわからないライメイを見て混乱し、そのうち察しのいい何人かが早くもバットやトンボを頭の高さにそろそろ……、と掲げ始めた。

 星の民とはなるべく揉め事を起こしたくない。今からでも逃げておくか……? と逃走経路を練るミケの肩を、ゴルドががっちりと掴んだ。逃げられない。

「実はこのニイチャンたちに助けられてよぅ!」

 それからゴルドは事の経緯をとても紳士的な内容にアレンジして話してくれた。


 が、

「こんな子どもにぶつかっただけで気絶……? もしかして頭でも打ったんじゃ……」

 日頃、体長4m超の牛と取っ組み合いのトレーニングをしている黄金卿人が、貧弱な他星人とぶつかったくらいで気絶はおかしい。いい加減な嘘の穴に気付いちゃったらしい勘のいい一塁手(ファースト)によって仲間内にざわめきが起こり、その不安は仲間内に瞬く間に伝播していった。

「確かに……。元々どっか打ちどころ間違えてるような奴だったが、頭打って気絶となりゃ大事(おおごと)だな……」と二塁手(セカンド)。「もしかして、死──⁉︎」

 死、という言葉に捕手(キャッチャー)兼監督兼応援団長のゴルドがきゃあ、と悲鳴を上げた。「ヤダー!」

 突然の仲間の一大事。

 そこからは素晴らしい連携プレーで事態が拡大していった。

「医者だ! 医者を呼べ!」と右翼手(ライト)

「そうだ、客席にもぐりの医者が居ただろ!」と気づきの中堅手(センター)

「服も脱がせた方がいい!」鋭く遊撃手(ショート)が。

「早く医者を呼んで──!」レフト(左翼手)の切羽詰まった声に、

「バカ! こういう時は救急車だ!」三塁手(サード)が素早く提案し、よし! と監督兼応援団長のゴルトがファストコールをかけようとしたところで

「ちょっと、ちょっと待ってくれ!」とミケが待ったをかけた。嘘も方便だが、ここまでだ。

 ミケが見るにライメイが締め落とした黄金卿人はそれほど深刻な状態ではないどころか、今はただ単純に眠っているように見える。幸いなことに目立った外傷も無いのだ。

 ここは一度腹を括ろうと、ミケはとうとう事の次第を白状した。



「……と、言うわけで、てっきり敵の襲来だと思って……」

「すまなかった」

「すまない……」

 ついでに俺もライメイも子どもじゃない……、と補足してミケはライメイと一緒にごめんなさいした。

 ついでに子どもじゃないとは言ったが子どもと思って許してもらえるならありがたいとミケは極力かわいい顔をしてみることにした。ミケは己の顔の使い方を完璧に理解しているところがあった。

 誠心誠意、申し訳ないとは思っている。

 しかし、相手の心に謝意が慰めとなるよう、伝え方の工夫をするのは義務である。

 ミケが、キョトンとしているゴルドたちにもう一押しニコッとすると、それが契機になったか、ゴルドたちはガッハッハ! と大笑いし出した。

「締め落としたのか! その小さな身体でオレたち(黄金卿)を⁉︎ やるな、旅の御仁!」

「ライメイだ」

 ──ライメイ! 

 ──寝技のライメイ!

 とゴルドの仲間たちは口々に囃し立てた。何がそんなにおかしいのかわからないが「まるでオオタニじゃないか!」の一言で、なるほど、とミケはひとまず承服することにした。この星のよくわからない部分は今のところ大体『オオタニ』でどうにかなっている。

「な、言ったろ? 気のいい奴らだってよ!」ガッハッハ! とゴルトは丸い腹を楽しそうに揺らす。

「ああ、確かに気のいい方々で……」

 ふぅ、と冷や汗を拭いながら、なぜか歓迎ムードのチームの面々とミケたちは握手を交わした。

 敵だと騒ぎになっても困る。しかし、ここまですんなり話がいくのも奇妙だ。

 市でも感じたが、黄金卿人はやたらに自分やライメイに対して友好的なのはなぜか。牧歌的な星だとはギジロクの情報で聞いていたが、それにしても事故とは言え仲間が傷つけられたと言うのに、こんなにもあっさり許すとは妙ではないか? これも『オオタニ』か?

「ま、コイツァちょっと働きすぎだからよ、寝かせてやるくれぇでちょうどいいんだ」

 階段下に造りつけられたベンチに仲間を寝かせて、ゴルドはやけに静かに呟いた。

「元々、情けねぇオレの代わりを張ろうとしてくれただけなんだからよ」と、バッテリーの片割れは震える自分の右肩を忌々しげに触る。

「その……、信用してもらえるかわからないが、一応船医の俺が見た限り今は眠っているだけだ」

「ああ、大丈夫さ。わかってる」

 安心した、と言うよりは、どこか諦めたような物言いにもミケは鳩尾をざらりと舐められたような気になった。

 なんなんだ、この星は。

「しっかし、こんな小柄なニイチャンがオレたち黄金卿人を一捻りタァな……。こいつは期待が持てるぜぇ」

 外野手の一人が、牛の角でできたバットを首の後ろに担ぎながらウキウキする。

 それに応じる中堅手(センター)の選手も頼もしげにライメイの肩を叩いた。

「だな! ライメイだったか?」

「ああ、ライメイだ」

「イイねぇライメイさん! アンタなら殺人(﹅﹅)ライナーもキャッチできるだろうよ!」

「サツジン?」

 殺人と言ったか?

 野球で聞くはずもないようなフレーズにミケは敏感に反応した。

 気のせいだろうか。聞き間違えたと思いたい。『ライナー』とは、バッターが高く打ち上げる放物線状の打球・フライとは異なり、地面と平行に低く飛ぶ直線の打球のことだ。低く飛ぶには速度が要る。ライナーの弾道は山なりに飛ぶフライよりも鋭くなる。もし直撃したらちょっと痛いくらいじゃすまないだろう。当たりどころによってはそれこそ『殺人』的だ。きっとそれのことを言っているのだ。ライメイの反射神経と頑強さなら問題はないはずだが──。

 混乱している間にも、もうすぐ試合が始まるからとゴルドと仲間たちはライメイを連れて最低限の野球知識の伝授と試合の準備を始めている。嫌な予感がする。嫌な予感がする。

「なあ、あんた、さっき『殺人ライナー』て言ってなかったか?」

 不穏な発言をした中堅手(センター)にミケは言質を確認する。否定してくれ。

「おう、言ったぜ?」それが何か? と中堅手(センター)はあっさり発言を認めた。

「……『殺人』って、比喩だよな? その……、本当に人が死ぬわけじゃないよな? これから始まるのはただの野球だよな(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)?」

 食い下がると、中堅手(センター)はミケの剣幕に動揺し、それから、

「は? 当たり前だろ? 『殺人ライナー』なんだから死ぬ時は死ぬだろよ」

 そう言って中堅手(センター)は防弾チョッキを着て守備位置についた。

「え……」言葉を理解するより早く、ミケはバットを手にしたライメイの元に駆けつけた。

「ミケ?」

「帰るぞ! ライメイ!」

「待て、もうすぐ試合が──」

「いいから!」

 呑気に今さらバットの持ち方なんて教えてもらっているライメイに、ミケは腕を突き出した。



 野球は自分を含め、最低18人が必要な多人数スポーツだ。

奇妙なことに巻き込まれているようだが、野球は黄金卿の名物だというし、自分とライメイの2人ではライメイに体験させられないものだと思ったから、ミケはこれはある種幸いと、大人しくゴルドについて来た。自分だけじゃ、ライメイに野球を体験させられないからだ。

 これはライメイの記憶と体を取り戻すための旅だ。だが、ミケにとってはライメイの好きなものを探すための旅でもあった。彼らが旅する目的はいくつもあったが、その中でも、ライメイに様々な星の文化に触れてもらい、愛するものを見つけてもらうことは、ミケにとってとても大きな意味を持っていた。ライメイに楽しんで欲しかった。それが、彼が生きていく道となるから。

 だが、

「逃げよう! ライメイ!」

「どうした、ミケ?」

 彼の身に危険が及ぶのなら別だ。

「殺人野球だ! こんなのだめだ!」

「サツジンヤキュウ? 何を言っている」

 本当に何を言っているんだろうな、とミケは頭の外で考えた。

「俺にもよくわからない! でも危険なんだ!」

 帰るぞ! とライメイに手を伸ばそうとするミケをゴルドの仲間たちが阻んだ。

「困るぜ、ミケさんよ」

「オレたちも必死なんだよ」

「野球は9人いないとできねえんだ」

 ずぅ、と聳える3m超の黄金卿人がミケとライメイとを分かつ。

 まるで険しい城壁のような体躯に隠されてライメイが見えなくなると、ミケはいっそう不安になった。

「アンタらがうちの仲間に変なことしなけりゃこうはならなかったんだよ」

「なっ……!」

「出るとこ出てもいいんだぜ」

「なら俺がでる‼︎ 俺が出るから‼︎ ライメイ‼︎ ライメイを返して‼︎」

「安心しろ、ミケ。ルールは完璧だ」

「そうじゃないんだ! ライメイに何かあったら──!」

 こうなったら力ずくでも、と武器を抜こうとしたミケの腕をあの内野手が掴んだ。「ぐっ……!」「ミケ?」

「物騒なモン持ってるじゃねえか」

「悪いがこれでも一応刃物の持ち込みは禁止でね。暴れるなら拘束させてもらうよ」

「服も脱がせた方がいい」

「ゃっ、ライメイ‼︎」

 その時、ミケの悲鳴をかき消すように場内に轟音のブーイングが響いた。いつの間にかさっき降りてきた階段いっぱいに観客が満ちていた。野球の試合には2つのチームがいる。にもかかわらず、その全員がゴルドたちと同じユニフォームを着て、一死乱れぬ動きをしているさまは異様だった。丸太のように太く大きな肺をいっぱいに共鳴させながら放たれる黄金卿人たちの怒号めいたブーイングは、多くの修羅場をくぐり抜けたミケさえも思わず硬直してしまうような不気味さを放っていた。轟く地面に膝が揺れ、姿勢を崩したミケをゴルドが抱きかかえた。

「くそっ! あんたたち最初からライメイを──」

「頼む、ミケさんよ。ただの人数合わせだ。ライメイさんは絶対あぶねえ目に合わせねえからよ。ただ、オレたちの星の運命がかかってんだ。頼むから、この一試合だけでいい、助けてくんねえか」

 ゴルドの命乞いのような悲痛な囁きは、その大きな体とは不釣り合いに小さく、けれど、この暴力的なまでの怒声の中でミケの耳にしっかりと届いた。

「星の運命……? どういうことだ?」

「話したら、あんたもオオタニみたいに助けてくれるか?」泣き出しそうな顔でゴルドはミケをライメイの側に降ろす。

「助ける?」

 瞬間、破裂音。

 次いで静寂。

「おいでなすった」

 突としてゴルトの声が低くなった。

 つい先程まで嵐のように巻き起こっていた場内のブーイングも、今や死に絶えたように、

しん、と沈黙の奴隷と化している。

 立ち込める物々しい雰囲気にミケもライメイも口を閉じ、ゴルトたちがそうするように、彼らもまたすり鉢状のスタジアムの最上段、逆光を背に立つ対戦者達を見上げた。

 黄金卿の形ではない。

〈あれが、対戦相手……〉

 照り付ける黄金卿の白銀の太陽を覆い隠すように、異邦の強襲者たちはこちらを見下ろしている。

 遠目にもわかる肩に脚にその腕に、機装化拡張を施した禍々しいそのフォルムはまさにサイボーグ球団。

 ザザッ、という耳障りな音がして、それから拡声器を通した蟲の羽音混じりのダミ声が球場に響いた。

「なんだァ⁉︎ 今日は8人しかいねぇと思ったが、まさかそこの小っこいのがチームメイトだってのかァ? おいおい頼むぜぇ、親善試合だからって手ェ抜いてもらっちゃあ困るなア!」

 金骨隆々としたサイボーグ集団を従えた企業(コーポ)の男は、ライメイの姿をみるなり高笑いした。

「手加減しないぜ?」

「望むところだ」

 斯くして、ライメイとゴルドたちの戦いが始まった。





 とにかく暴れて仕方がない、ということで、ミケは先刻自分が黄金卿人にしたのと同じように黄金卿人によって少々手荒に縛り上げられていた。「あぶな、危ないってミケさん!」「離せ! ライメイが! ライメイが‼︎」「おい誰か牛用の鎮静剤持って来い! 怪我すんぞ!」「離せ! 企業(コーポ)が相手なんて聞いてないぞ!」「だめだぁ、昨日の看取りでぜんぶ使っちまったよぉ」「ライメイ!」「じゃあもう牛持ってこい! 乱闘でも起こしたらこのニイチャン、コーポに殺されるぞ!」「ライメイ‼︎」

 晴れ渡る空に響く、パリッと揃った黄金卿人たちの応援歌をはねっ返す勢いでミケはとにかく暴れた。よく両手両足を拘束されてこんな暴れられるもんだと、ゴルドの牧場の従業員だという牛飼い兼黄金卿野球の担い手面々は半ば感心しながらひとまず彼を落ち着かせるために、ゴルドと話し込んでいたライメイを連れてくることにした。ミケの剣幕たるやまるで仔牛を奪われたかのようだ。打席で企業(コーポ)投手による|わざと頭を狙ったヤバいビーンボールを間一髪で避けている仲間たちの方がまだ安全に思えると、打順待ちのチームメイトは冷や汗を拭う。「あんなピッチャー退場させろ!」「うちの野球退場とか無いんだよねぇ」「なんでだよ‼︎」「野球に怪我は付き物だから……」「殺人は怪我の延長じゃないだろ‼︎」「なんて血の気の多いお子さんだ……」「子どもじゃない‼︎」

 ただ、こちらも牛飼いのプロだ。暴れ牛の対応には慣れている。

「ほーぉら、ミケさん、ライメイ、ライメイさんだよ〜」ライメイさん元気だね〜慌てな〜い、と外野手がライメイをミケの隣りに座らせた。

「ミケ、大人しくしろ」

「だってぇ……、ライメぇイ……」

「許してくれ。ミケのためでもあるんだ」

「ぇ……?」

 しゅん、と大人しくなったミケの様子に、牛飼いウン十年のベテランたちはやっと落ち着いてベンチに座ることができた。自分の打順がくるまで、あるいは守備が始まるまでアップをするつもりだったが、ミケを取り押さえるだけで十分過ぎるほどの準備運動ができた。仲間を締め落としたのはライメイの方だと聞いたが、罷り間違って絞めたのがミケの方だったら、仲間の命は無かったかもしれない、と未だ眠りこけているピッチャーの、使われなかったアイシングで火照った体を冷やしながら一息ついた。やあ、おそろしい、おそろしい。


 ミケは怒っていた。ライメイを危険なゲームに担ぎ込んだゴルドたちにも、ゴルドたちの企みに気づかずライメイを危険に晒してしまった己にもだ。

 ただでさえ『殺人ライナー』とかいう怪しげな単語の飛び出す競技で、しかも相手がよりによって企業(コーポ)だなんて。

 ミケは泣き出したいような後悔に打ちひしがれていた。

「オイ、急にニイチャンが静かになったが誰か鎮静剤打ったか?」

「打っとらん」

「なら暴れすぎて頭でも打ったか……」「もぐりだけど医者呼ぶ?」「呼ぶかも」「ばか、こういう時は救急車だ」「服も脱がせた方がいい?」

 ミケはライメイになだめられながら非常に後悔していた。


 ライメイは賞金首である。企業(コーポ)に着せられた汚名と、彼の持つDLCには法外な懸賞金が懸けられており、またDLCの力があれば星を生かすも殺すも自由にできると考えられていた。

 ミケはお尋ね者である。かつてライメイを抹殺するよう企業(コーポ)から業務命令を受けていたが、それを反故にしてライメイの仲間として寝返ったのだ。ライメイが知る限り、ミケの社会ステータスは反逆者であった。

 賞金首とお尋ね者。二人はこの宇宙にその名を知らぬ者はいないと言われるほどの極悪人として流布されていた。

 さてしかし。賞金首と言うからには当然その賞金を出す者がいるのであって、お尋ね者と言うからには当然尋ねる者がいるのだ。それが世に言う《企業(コーポ)》という宇宙の経済、さらに言えば宇宙の平和を保つ星間連盟(連盟)の実権を影で握る超宇宙規模経済団体であった。宇宙に八百万程度存在するコロニーの多くに支社を持つ企業(コーポ)

 『コーポ』とは辞書的には世にある数多の〝企業〟を指す言葉だが、この宇宙では『コーポ』『企業』と言えばもっぱら宇宙の実質的支配権を握るあの企業(コーポ)のことを指していた。

 今や企業(コーポ)を敵に回すということは、宇宙そのものを敵に回すことであった。ライメイは目覚めた時より企業(コーポ)によって宇宙の敵とされており、ミケは企業(コーポ)の出した業務命令(勅命)、つまり宇宙を裏切って、ライメイの相棒となったのだ。企業(コーポ)を敵に回すとどうなるか。ミケが知らないはずもなかった。

 二人は銀河を企業から隠れながら旅しなければならなかった。

 そこでミケが作ったのが、モブ(NPC)MODと呼ばれる特殊な認知迷彩であった。

 こそこそ動き回るのには限界があるし、隠れるために二人に必要な情報を捨てなければならない。得られるものを捨てるくらいなら、二人は情報を得る方を選ぶ。ただ、無闇に身を危険に晒すことはしない。公共の敵として、誠心誠意の嘘を吐くまでだ。

 もしMODを展開している彼らの正体がわかるとしたら、そいつは漏れなく企業(コーポ)管理職(ニンジャ)もしくは強化ヒラ社員ということだから、問答無用で敵とみなして退職させて(倒して)しまっていい。でなければ、二人は容赦無く殺されてしまうのだから。



 で、そのライメイの正体を見破る能力を持った企業(コーポ)管理職(ニンジャ)と思しき者がいま目の前に、まさしく《敵》としてライメイの前に立ちはだかっていることにミケは激しい怒りと、動揺と、後悔を以てのたうち回っていた。

 ライメイ! と叫びたいが、もしあのピッチャーマウンドに立つリクルートスーツの者が企業(コーポ)の管理職や強化ヒラ社員であった日には目も当てられないことになる。ビーンボールがすぐさま鉛玉に変わってもおかしくないのだ。どうかあのピッチャーがただのバイトであってくれと、苦し紛れに目深に被らせたヘルメットに祈った。

 どうか、どうか《罪人のライメイ》だとバレませんように。

 どうか、ライメイが無事にベンチまで戻ってきますように。

 そしてどうか、星の人々とライメイが交戦しませんように。


「ハッハア! その顔! その小っせえ体! どうやら助っ人外星人のようだな!」

 ピッチャーマウンドに立つ企業(コーポ)チーム・背番号1は高笑いした。

「なら話は早ェ‼︎」

 ビシュッ! と投球フォームに入るかと思いきや、奴は野球帽を鋭く脱ぎ、キッチリワックスで整えたリクルートヘアーのテカリから企業(コーポ)IDを示すQRコードを展開した! 

 アイサツだ!

 ライメイの拡張視野(オフティクス)は瞬時にそれを読み取り、ピッチャーの等身大ホログラムとしてバッターボックスの前に顕現させた。

 挨拶は、あからさまに・いじきたなく・さっき(殺気)をこめた・つくりわらいで。

 これは企業(コーポ)式の挨拶としてこの銀河における業界人(コーポ人)ならば誰もが会得している挨拶マナーである。

「許せねえ! 企業(コーポ)の野郎!」「神聖な黄金卿のピッチャーマウンドにQRコードを出現させるだなんて!」「はしたないぞ!」

 客席からの痛烈な批判! サラリーマンは気にしない!

 ライメイの前に君臨したホログラムは15°の角度で鋭くライメイにお辞儀した!

「お世話になりますッ! オレは『企業(コーポ)愛用串カツチェーン本店所属バイトリーダー・ビーンボールのテツ』‼︎ ただいまキャベツおかわり自由‼︎」

「よかった! ただのバイトリーダーだ!」

 ミケはほっと胸を撫で下ろした。

 危ないところだった。正社員なら見破られていたかもしれないがアルバイトなら大丈夫だ。見破ったところでアルバイトに正社員ほどのカルマは無いので格上のライメイに挑むはずもない。

 しかしあのお辞儀の見事なキレはコーポナイズが効いている。もしかするとバイトから正社員登用を狙っているのかもしれない。バカな。中途採用(シード)ならまだしも、バイトリーダーをしていれば企業(コーポ)の醜悪さがありありとわかるだろうに。まさか、叩き上げ根性があるというのか?

「油断するな!」ミケはバッターボックスのライメイに向かって叫んだ。

 ミケの忠告に呼応するように、ライメイはビーンボールのテツにお辞儀する代わりに、バットの矛先を遥か彼方の黄金卿・ザ・サンに掲げた。

「……なんの真似だ」

 お辞儀にお辞儀を返さない。これは役員クラスでも許されざる行為だ。場内はざわついた。

「予告ホームランだ」

「なにィ⁉︎」

 ライメイの宣誓に動揺したのはビーンボールのテツではない。黄金卿人だ。

 助っ人外星人による、初打席でのホームラン予告。それはこの星では特別な意味を持つ行為だった。

「ゴルドとの約束でな」

「舐めやがって‼︎」

 お辞儀のシカトに加え、ホームラン予告。ビーンボールのテツの怒りは最高潮に達した。

 ゲームはまだ1回表、ツーアウト。ビーンボールのテツはその名の通り、打者の頭を意図的に狙った球を投げて二度とバッターボックスに立ちたくない気持ちにさせるプロとして黄金卿野球を荒らしてきたが故、自らがこんな脅しめいた真似をされるとは予想していなかったし、実際初めてのことであった。このまま絶妙に直撃を避けたビーンボールで黄金卿側の選手を引退に追い込み続けるのが彼の役目であったが、その役目は今、彼の感情によって己のための目的に上書きされた。必ずあの助っ人外星人の頭をぶち抜いてやる、と。

 要あらば感情で役目を放棄する。これが企業(コーポ)のアルバイトだ。これが正社員志望のテツが今もなおバイトリーダーに甘んじている理由だった。

「打てるもんなら……」

 ずあ……! と左足を地面と水平に不気味に振り上げ、

「打ってみなア‼︎」ビュウッ‼︎ トウキュウ‼︎ まさかり投法だ‼︎

 ビーンボールのテツのビーンボールがライメイのこめかみを襲う‼︎

 もはやキャッチャーを必要としない自分本位の危険球‼︎

 これではバットの振りようがない‼︎

 しかし!!!!

「いいコントロールだ」

 ライメイはゆらりとバットを地面と水平に、その黒い眼と同じ高さに構えた。

 《カタナ技・霞の構え》だ。

「だが遅い」

 風。

 のちに音。

 カタナのようにバットを構えたライメイへ、後光を与えるように円錐型の雲が生まれた。ライメイの突き(スイング)が音速を超えたのだ。

 ひゅん、と光のように風が吹いて、人々は風下に目をやった。白く(まばゆ)く輝く太陽に、小さな黒い球体が一瞬だけ重なって見え、すぐに見えなくなった。

 そのあと、後ろでパン、という軽い音がして、やっと事実に音が追いついたことに気がついた。

「ホームランだ……」

 誰かが呟いた。

 瞬間、歓声。

 ウオオオオオオオオ‼︎

 歓喜と興奮に人々は立ち上がり、抱き合い、湧き上がる感情のままにこの歴史的な瞬間を祝った。黄金卿人にとって特別な意味を持つ、助っ人外星人による初打席でのホームラン予告。それはある種、この試合での勝利よりも、黄金卿の人々が欲していたものであった。

 鳴り止まぬ思い思いの歓声は、ライメイがバットを軽やかに放ってダイヤモンドを回り始めると、自ずと一つの言葉に収束した。


  《ライメイ! ライメイ‼︎》


 誰もがその言い慣れぬ響きを口にすることを喜んだ。


  《ライメイ! ライメイ‼︎》


 黄金卿にない名前。それがこの青空を満たしていくことに、誰もが喜びと希望を覚えた。

 喜びはやがて旋律をさそい、歌となり、黄金卿の人々の喉を震わせ、球場にこだました。


「やりやがったな、ライメイ……!」

 ト、とホームベースを踏むライメイをチームメイトが走って迎えに行く。

 約束通りの初打席・予告ホームラン。

 その偉業を成した助っ人外星人を見つめて、ゴルドはこれから起こる未来への決意に、静かに打ち震えた。



「負けた……」

 ビーンボールのテツは膝をついた。

 打者の即死を狙った危険球。それをあんな見事に打ち返された。それも、予告ホームランで。

 悠々とダイヤモンドを回る打者を、黄金卿人たちが祝福する声が遠く聞こえる。

 バイトリーダーでありながら、交通費をもらっているのに徒歩通勤していたテツはこの黄金卿始末が自分に任された最期のチャンスであった。これが上手くいけば今までの交通費ピン跳ねを帳消しにしてもらえるばかりか、正社員として企業(コーポ)に雇用されるはずだった。しかし、このザマだ。テツは目の前が真っ暗になった。退職だ。

 テツは早上がりした。


 ──ピッチャー、戦闘不能!

 ──チーム=ゴールデン・ゴッズの勝利‼︎


 高らかな審判の声に、球場はさらに沸いた。


「……これ、野球か……?」

 ミケはベンチで呆然と胴上げされるライメイを見つめた。



 ☑︎球場にいく





【オファー】



 高く高く、歓喜の瞬間を真上から隈なく見下ろしていた太陽は、いまやとっぷりと暮れていた。

 あのライメイの予告ホームランであっという間に終わった試合は、その後駐車場の閉鎖時間いっぱいまで歓喜の余韻に浸るかと思いきや、ゴルドの一言でさっと引いた。

 ピッチャー兼チームリーダーを勤めていたテツが失脚した後、企業(コーポ)側のチームはあっという間に散り散りになって球場を去った。所詮、腰掛け目的のバイト集団。最低賃金・安かろう悪かろうを地で行く末端企業(コーポ)の下請けに忠誠心など求める方が愚かしい。

 脅威の去った球場で、いつまでも興奮覚めやらぬ人々をゴルドは手際よく整備して帰宅させ、仲間たちに休養の指示と打ち上げの場を用意してやって、ミケとライメイを伴って自身の牧場まで引き上げていた。あれだけの興奮があったのだ。人々もなかなか帰ろうとはすまい、とミケは踏んでいたが、思いの外観客も仲間たちもすんなりとそれぞれの家に帰った。「おいおい、家族に吉報を伝える一番乗りがここに居たんじゃいけねえよ!」あの一言は非常によく機能した。さすが黄金卿一の牧場主といったところか。牛も人も扱うのがとにかく上手なようだった。

 その彼が運営する黄金卿いち広いと讃えられる牧場を、ミケはぼう、と眺めていた。

 暮れゆくオレンジ色の太陽の光陰に、地平線まで広がる砂色の麦の穂先が金色に揺れている。

 この星の夕暮れは美しい、黄金の色をしている。

 髪を撫でる柔らかな風に、聞き慣れた足音が混ざった。そ、と眼を閉じる。

「おれのためってどういうことだ?」

「話すから、断らないでほしい」

 振り返ると、ライメイも同じようにあの黄金の地平線を見つめていた。

「むちゃくちゃだな、スラッガー」

 ふ、と呆れ笑いを零すと、少しだけ強く風が二人の間を吹き抜けていった。



 さわ……、と風に波打つ麦の穂がしゃわしゃわと心地よく鳴って、まるであの昼間の喝采を思い出させるようだった。

 球場で耳にした、己の名前を口にする人々のあの独特の叫び方。

 あの不思議な声の重なりが、ライメイに確信をもたらした。

「そうやって監督との約束も納得させるつもりか?」

「ああ、納得してもらう」

「強情だな」

 日が傾く。一層眩しさをました低い低い光線が、ミケの背負う逆光を濃くする。眩さと、暗さ。強いコントラストにミケの表情はライメイにはほとんど見えないが、声の様子から微笑んでいるのがわかる。もう、己のわがままを許してくれていることも。

「ゴルドと約束したんだ」

「ははっ! もうすっかり仲間みたいじゃないか!」

「予告ホームランを打ったら仲間を締め落としたことをチャラにしてくれると」

「ああ、やっぱりまずかったよな、あれ」

 笑って済むレベルじゃないとは思ってたよ、と、逆に安心したとミケは愉快そうに笑った。

「で? まだ他にわるい約束してあるんだろ?」

「ああ。──この後の企業(コーポ)との試合に全部勝ったら、その賞品を俺たちが貰えることになってる」

「賞品? 肉一頭分とか? いや、保存の利く麦の方がいいかな? 換金率も麦の方が将来性がある。それか──」

「《DLC》」

「……」

「黄金卿と企業(コーポ)で星間大会を開くことになってるんだそうだ。その優勝賞品が《DLC》らしい〉

「……」



 DLC。《DLC》(Data Library Core)は、喪われたライメイの記憶と機能を有する彼のための特別なコアだ。これを体に取り込むことで、ライメイは己が失ったものを少しずつ取り戻している。

 どうしてそうなっているのかライメイ自身にもわからないが、ライメイの記憶と機能は結晶化され、砕かれ、数多の破片なってこの宇宙中に散らばっていた。その破片はひとつひとつが強大な力の結晶であり、ある星では古代の遺物とされ、ある星では神の雫と謳われ、またある星では厄災の象徴として、祀られ、崇められ、畏れられていた。ライメイの機械の体に宿るコアの他に、ライメイしか体に取り込めないこのDLCにも企業(コーポ)から法外な懸賞金が懸けられているのは、その強大さ故と思われている。実際の用途はライメイたちにもわからない。ただ、ライメイの身に宿るコアと同様、DLCにも人を狂わせる力が宿っていることは確かであった。ライメイたちの旅の探し物は、このDLCだ。未開の星にわざわざ碇を降ろしたのも、ミケの探査機にDLCの反応が見られたからだった。

 なぜそんな貴重なものがこの星にあるのかはわからないが、なぜそれが大会の優勝賞品となっているのかは明白だった。金になるのだ。いや、出し方によっては金以上の価値を持つものになる。それが、DLCの持つ魔性性だ。ライメイは、優勝の暁に彼のDLCを貰う(﹅﹅)約束を取り付けたらしい。

 馬鹿な。

 ミケには信じられなかった。優勝の見返りにDLCをと言うことは、ゴルドにとっては強大な力そのものたるDLCよりも『優勝』することに価値があると言っているようなものだ。なぜそんな死に物狂いで優勝する必要があるのか。仮に優勝することにどれほどの価値があったとして、DLCをそう易々と外星人に明け渡すだろうか? まさかDLCの価値を知らないのか?

 まさか。

 とても裏がないとは思えない取引の内容に、ミケは閉口した。

 そんな取引をいつの間にしたんだ? もしかして、ルールを教えてもらう一瞬の間で?

 ああ、とミケは合点がいった。球場からゴルドの牧場までの道中だ。牧場で今日の立役者をもてなしたいと、ミケのミコシをゴルドが先導をすると申し込んだ際、ミケが遠慮して帰らないようにだかなんだかあれこれ理由を付けて、ゴルドは自分の車にライメイを同乗させたのだ。無論抵抗したが、ライメイもゴルドと話したいと、ミケを置いて彼の助手席に自ら乗り込んでいた。そうなると、もうミケはライメイの後を黙ってついていくしかなかった。ライメイを危険から遠ざけたい。でも、ライメイを星の人々から遠ざけたいわけじゃない。

 ただあんな無味乾燥のドライブは二度とごめんだ。

「ありがとう、よくわかったよ。で、おれのためって言うのは?」

 思い出して苦い顔になる前に、ミケは次の説得材料を促した。

 聞くと、ライメイはやっと本題に入ったとばかりに一度深く息を吸って、それから期待に膨らむ胸を落ち着かせながら、静かに話し始めた。

「ミケの星について、何かわかるかもしれない」

「……おれの?」

 不意打ちに、ミケは瞠目した。 



 ミケは星を失っている。どのようにして、なぜ。形は残っているのか、人々は生きているのか、文化は残されているのか、それさえも不明だった。ライメイが聞いても、ミケは困ったように笑って、小さく首を振るだけだった。

 帰る方法を、そこで生きてゆく方法を失ったということは、星を失ったと言うに等しい。彼は星へ帰る道と星の復興のために、賞金目当てでライメイのコアを狙っていたと語った。

 二人はこれまでさまざまな星を巡ったが、ミケと同郷の者はおろか、ミケの星を知る者は誰一人としていなかった。

 この広い広い、重力でさえ己の存在を見失う宇宙で迷わず生きていくには、帰る場所が必要だ。どれだけ迷っても、最期に戻れる故郷があること。心に抱く星があること。それが、導のない星の海で、己を見失わないための灯台となり、道標となり、()となるのだ。

 ミケもライメイも、二人でそれを探していた。

 その片割れの故郷に繋がるものが見つかるかもしれないと、ライメイは小さな可能性をこの星に見出したのだ。



「……ありがとう」

 ミケは、さっき言った礼とは全く異なった意図と響きでありがとう、と口にした。

「ごめん……、でもおれの星は……」

「この星には歌があるんだ」

 歌、とライメイは確信をもって繰り返した。

「ミケも聞いただろう? あの球場で。《応援歌》とゴルドたちは呼んでいた」

 ハッとミケが眼を見開くのライメイは感じた。



 ライメイは試合終了直後、観客の声が響く球場でのゴルドとのやりとりを思い出していた。

 試合前にも少し聞こえた、妙な間の取り方と抑揚のついた名や言葉の羅列の仕方。言葉も波の付け方も違うが、この独特の洋式にはライメイにも心当たりがあった。

「なあ、ゴルド。あれはなんだ? なぜ歌いながら名前を呼ぶんだ?」

あれ(﹅﹅)? 『らーいーめいっ』ってやつか?」

「ああ。歌いながら名前を呼ぶことに、どんな意味があるんだ?」

「あれはな、『応援歌』って言って、チームとか、選手を応援する時に歌う歌だよ。『勝てますように』とか『打てますように』『怪我しませんように』って気持ちを込めて、まあ、おまじない──お祈りみたいなもんだな。この星じゃ、そうやって祈る時には必ず歌にするんだよ」

「祈るために……」

「ああ! 祈るために歌う。歌はオレたちの魂さ!」

おまじない(﹅﹅﹅﹅﹅)で、歌う(﹅﹅)……!」

「ガッハッハ! なんだ、そんなに気に入ってくれたのか?」

「それはこの星だけか? 誰が始めた? 他に、他にそういう星に心当たりはないか?」

「そうだな〜、オレも他所の星のことは詳しくないから噂程度だけどよ。ウチ以外にも、お祈りで歌う星は……。いや、立ち話もなんだし、興味があるなら寄ってくかい? ここじゃ、ちと騒がしいから、ウチの牧場でよぅ。──オレもあんたに頼みがあるんだ」

 こうして、情報を人質にした取引は始まったのだった。



「ミケも、ご飯を作る時や、俺が寝る時に歌うだろう? おまじないとも言っていたな?」

「はは……、なんだ、聴いてたのか」

 今度から金取るかな、とミケは笑った。

「こそっと歌ってたのに……。エッチだな!」

 ハッハッハ! ミケはさらに笑う。

 日が沈む。あの黄金の地平線は今や失せ、濃い藍色の夜がじわじわと麦畑の稜線を飲み込み、空を均一な黒に染め上げようとしていた。

「歌はいろんな星にあるよ。ここにこだわらなくていい。──DLCの保管場所はゴルドが知ってるのか?」

「俺がミケ以外で耳にしたのはここが始めてだ」

「これからいくらでも見つかる」

「だとしてもこの星を素通りすることはできない」

「やけに食い下がるな」

「ミケだって、もし賞品のDLCが偽物でも、確かめないでここを去ることはしないだろう?」

「……」

「ミケは偽物だってわかってても本当に偽物かどうか確証が得られるまでは、その可能性を諦めないはずだ。それが俺のためだから。可能性を捨てることは俺の未来のためにならないから」

「ライメイ」

 次々と繰り出される言葉を止めようとミケはライメイを呼んだ。しかし、続く言葉が見つからない。

 ライメイの真意がわかるから、それが彼のしたいことだから、止めることができない。

 沈黙を、軽やかな風が撫でてゆく。

「俺もだ。俺も、可能性があるなら諦めたくない。ミケが俺を諦めないみたいに、俺も、ミケの可能性を諦めたくない」

 黄金だった空はとうとう夜空となった。渚のように晴れやかな音を立てる麦の海に立つ二人を、空と同じ色の穏やかな風がすっぽりと覆う。

「だからミケも、俺と一緒に来てほしい」

 起きている間中働き詰めだった目を優しく労るような濃紺の空に、遥かな彼方を指し示す、眩い一番星がきらきらと瞬いていた。




 NEXT ◻ゴルドについていく



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