第五話 欺瞞の宴
あらすじ 俺が女神だってよ?以上!
そんで現在真っ暗な真夜中よ。窓から覗く空は真っ暗にして満天の星屑たちが頭上をきらめいている。
「いい月だね…って月が二つあるよ」
カラクの話を聞いて一眠りでもしようかとも思ったけど、結局一睡も出来ず暇な時間を一人で潰していた。空には黒…よりは灰色の月と言ったほうがしっくりくる月と見慣れた白い月が仲良く間隔を開けて上がっていた。
うわーっ異世界って感じ…実際あんまりそういうの感じなかった。空飛ぶ獣とかいたけど周りの人とか普通に会話できたからね。
夕方のときよりもずっと気持ちが軽い、思ったより早く地球へ帰れそうな朗報を聞いたから。もう自分の単純さにほれぼれ。
まだ体と性別が変わった問題は未解決、それもこの調子なら案外簡単に済みそうな期待もしていいかも。
うん、うん。俺の運気はいい方向へ向かっているぞ!
イスに座っていた俺の部屋のドアがノックされた。立ち上がり警戒しながらドアに近づく。
「誰だ?」
「エグゥテの者です、村の皆が女神様にお会いしたがっておりまして」
はい、はずれ。 これで何人目かな?自称エグゥテの者。
「悪いが疲れている」
と俺が言うと。
「お顔を拝見していただくだけでも」
これもお決まりの台詞。俺を連れ出すのに賞金でも掛かっているのかよ。
「下がれ、貴様の指図など受けん」
ドア越しに強気にそして高圧的に怒鳴る、これで大概の人は下がる。
カラクはエグゥテ関係者には事前に女神には近づくなってお達しがあるのだって、だから不躾に近づいてくるのはパネトーネの手先。
あの成金趣味いい加減に学べばいいのに、同じ手で軽く10回は失敗しているぞ。
しぶとく粘る奴もいるけど、部屋についている呼び鈴の紐を引っ張れば、外に待機しているエグゥテの警護の人がやってきてくれるので引き取ってもらって一件落着。
今回のやつはあ~でもないこーでもない、と話しを続けるので呼び鈴を鳴らす。
ドア越しから数秒して警護の人たちの足音が聞こえて、不審者がしょっ引かれたの聞き耳を立て確認した後、元いたイスに座った。
あーあ、こんなの後何回繰り返せばいいのかね?カラクは深夜に決行するって言ってたけどまだかな?
暫くぼんやりと窓の外を眺めていると遠くに見える庭から光が点滅しているのが見えた。
光喜はその光に目を凝らし見つめる。
…1回、…3回、…2回。
一定の規則を持って点滅は繰り返す、1回点滅したあと続けて3回点滅、次は2回点滅するのは合図だ。
モールス信号みたいだけどカラクからの決行の時間。
俺は立ち上がって上着を着る、そして剣を持って部屋のロウソクを全て消した。
今度は俺が合図をする番、俺のいる部屋の明かりを消すと「了解」の合図。外で点滅していた光も消えるのを見届けて俺は呼び鈴を引っ張る。
ドアの向こうに人の足音が聞こえるとドアをゆっくり開く、此処が一番俺の緊張所。向こう側に立っているのがエグゥテの人じゃなかったら俺は攫われる危険もある。
剣の柄を握ったままドアの隙間、相手が見える程度に開けて確認。よし、警護の人の格好、彼らの顔は事前に覚えていたので間違いない。
光喜がドアを完全に開けると呼び出された警護たちは膝をついて頭を下げる。
村の屈強の男たちが子供の光喜に膝を折る、彼らとしては女神って「だけ」でありがたがる。俺は身も心も甘ったれな子供なんだけど。
「ご案内いたします」
光喜は頷いた。俺たちが無論向かう先は祭りがたけなわの中心へ、いざ行かん。
そのころ村では中央に位置づけられた広場で、大きな焚き火をしてその周囲にエグゥテの民が踊る。女神に感謝する踊りらしい、サークルを作って老若男女が楽しそうに舞う。もちろん楽器を奏でる人もいて酒や豪快な料理が並んでいた。
半分作戦、もう半分は心底女神の光臨に感謝と感動して踊っている者が笑顔で騒いでいるのに、長老の娘巫女2人のヨミとマリはブッスリ不機嫌顔。
その原因は彼女らを見れば一目瞭然だった。
パネトーネのどう見ても皇子様なんて形容が似合わない、蛙男の左右に双子姉妹を侍らされていた。
もう欝ですクスリください、お医者様みたいな目をヨミとマリはしている。しかも先ほどから同じ事を聞かされ続けているのでもう堪らない。
「ですから、私の宮殿へ行けば女神殿も安泰であり、かつ安全に過ごせるという…」
自分の城や周りの自慢話ばかりだ。つまり女神である光喜を此処へ連れて来い、そして自分の家に行くように説得しろと。
彼なりの巧妙な話術をくししている処だった。
でも双子姉妹は第三者から見ると彼女らの顔は「こいつ早く死なないかな?」とか聞こえそうな表情である。
彼女らの躁鬱を晴らすように大きな太鼓が広場にいる者に知らしめるように大きな音をたて全ての場にいる全ての人間は太鼓のなったほうへ顔を向けた。
ヨミとマリも瞳に魂が還った、待ちわびたかの人を見つめる。
長老の館から数人の警護僧に囲まれた少女の姿を確認するやいなや、人は全て膝をついた。
広場には上座がある、一族の長である長老も一国の皇子であるパネトーネさえ上座の下に座っている。その場に座るべきもっとも尊き位のものはすでにいる。
ゆえにその場に座ることはパネトーネがいくら駄々をこねようが許されない。
絶対君主の皇帝でも、神教の頂点にたつ賢者でもなく、すでに人と一線を脱している者。
つまりは神。
警護僧に守られて広場に歩んでいく女神のためにあるのだった。
女神の登場に双子姉妹は瞳を輝かせ、エグゥテの民は己の神に打ち震え、パネトーネは野心を胸に燃やす。
皆の注目の的である光喜は無言で上座に座った。
パネトーネが近づこうにもそこは既に公然の場、初対面の頃と同じくいきなり自分より高位の者に掴みかかったら何より女神を優先するエグゥテの民と争いになる。
自分の兵を連れているとはいえ、エグゥテの民から女神を奪おうとして剣を抜くような自体になると女神の後ろ盾なくして弁解の余地はない。何をいっても自分の失脚は免れぬだろう。
パネトーネは指のつめを噛む。
目の前に皇帝へ玉座に至るための最高の駒がいるものを!
どんな手を使って取り入ってやろうかと余りよろしくない頭脳を巡らしていると片足のない長老が杖をついて立ち上がった。
それを見て膝を突いて礼をとっていた人たちが楽な姿勢で座る。
女神である光喜に向かって一礼をとると、長老が女神さん来てくれてありがとう、原罪の霧なんとかしてね。という意味の言葉を長々と口上する。その間、広場にいる男数人が暗がりにまぎれて移動しているのを、何食わぬ顔でチラリと見ると言葉を続けていく。
そして、上座にいる光喜は。
(うわ~退屈…早く終わらないかな?)
無表情の中、実につまらない心境にいた。全てコレがお芝居であることを知っている、さっさと終わらして地球の家に戻りたいものだ。
ちらりと上座のすぐ側にいるカラクの顔を見る。カラクも光喜を見つめていて小さくうなづく。
丁度、長老の口上も終わりを告げ、若いエグゥテの女性がヤシの実を半分に割ったような器をエグゥテの民やパネトーネとパネトーネの兵士に配っていく。
器の中には白く濁った液体、祝いの酒が入っていた。
パネトーネと彼の兵士たちは奇妙な顔をしているがヨミとマリもそ知らぬ顔で器を持って、全ての人々に渡るのを待つ。
最後に銀の器に入った酒を光喜に差し出すと、長老が器を高く掲げ。
「女神とノア・レザンに栄光あれ」
言い終わると器に入った酒を一気に煽る。それにパネトーネとパネトーネの私兵以外の人は一斉に長老の後へ続き酒を飲んだ。無論赤子や幼児はご法度だけど小学生くらいの子供は大人と同じ量を一気に飲んでいく。
光喜も銀で出来た器に入っている液体を飲む。爽やかで甘い。
実は光喜の器だけ只の果実から作られたジュース、心でウマっとか呟いて周りを見ると案の定、パネトーネは酒を嫌がっていた。
大方、女神に仕えると世界を巡回する民とは聞こえがいいが、奴のエグゥテに対しての位置づけなんて浮民と同等だろうよ。それが口にする物を王族である自分がするなんて死んでも御免なんて思っているんだろうな。
(でも呑んでくれなきゃ作戦にならない)
心の中で中々酒を飲まない蛙、いやパネトーネに痺れを切らし。一つ舌打ちをすると。
「私の祝福の酒が口に合わないか?」
上座からわざと不機嫌そうな声を出してパネトーネに訊ねると、慌ててパネトーネが酒を一気に飲み干す。いきなりの展開に戸惑っていたパネトーネの兵士たちも状況を察すると酒を飲み始めた。
タダで振舞われた酒だ、飲まなきゃ損という心境も片隅にあり、兵士たちは全員酒を飲み空ける。
皆が飲み終えるとエグゥテの女性たち数十人が立ち上がり、巨大な焚き火を中心に踊り始めた。マリとヨミもそうだがエグゥテの民は皆肌が褐色にして炎に肌が妖艶に栄え、エキゾチックな色香がある。
しかも彼女たちは薄い布に、へそ出しの生足を惜しげもなく踊り始めた。
女性たちは皆若い娘たちばかり、パネトーネの兵士たちは露骨に鼻の下を伸ばす、飢えた狼の前にいる羊当然に兵士たちは夢中で彼女らをガン視。
音楽の演奏もはやし立てるようなリズムを奏でる、特に数十個の太鼓の音は人々を一種の集団催眠させていくのを光喜は感じた。
酒もまわり兵士たちは彼女らの踊りに夢中だ、頃合を見て踊っていた女性たちが兵士に近づいて手を取ると中央へ引っ張っていく。兵士も陽気になったのか彼女らの踊りに参加して妙な踊りを踊り始めた。
盛り上がっていく広場全体を見つめ、光喜は心の中で「そろそろか…」など心の中で呟くと、ジュースの入っている器から手を離しそっと剣を握った。
ドン ドカドカドカド…!!
突如、宴に割って響いた爆音と振動。
最初に何かの大きな音、その後に聞こえてくるのは沢山の生き物の足音と振動。そして足音は広場に向かっているようで音が段々と大きく近くなっていく。
踊っていた女性も兵士たちも立ち止まり、音のした方向を騒然としながら耳をすます。
突如、生き物が広場に飛び込んできた。
人の輪を掻き分けて広場に乱入してきたのは馬、それも数十頭の列をなした馬が砂煙を上げて、駆け抜けていく。
エグゥテの民や踊っていた女性たちは素早く身を翻して疾走していく馬を避けるが、酒のまわった兵士はその場に立ち往生していた。
「ヒィィィィ!!」
馬の足が自分の体スレスレに掠めていく、馬の巨体に怯えたパネトーネは一歩も動けないまま、うずくまり頭を押さえて叫ぶ。騒ぎのドサクサに紛れ、ちゃっかりヨミとマリはパネトーネの頭を2人同時に足で踏みつけ、素早い動きでその場を去った。
それまで静かに傍観していたカラクが立ち上がり、光喜に向かって走る。
混乱する人の群れをすり抜け真っ直ぐ光喜の上座へ上り、光喜を抱き上ると一息もつかず光喜を抱いたまま走り出した。
片腕に抱いたままカラクは指笛を鳴らす、物陰からカラクのヒポグリフが飛び出してきた。
突然の騒動には不似合いなほど旅荷物を腰に左右乗せているのはご愛嬌、ヒポグリフが地上に足が着く前にカラクは光喜を抱えたまま飛び乗った。
ヒポグリフの綱を強く叩き、すぐに上昇していく。光喜が下を見たときにはすでに遥かかなた上空にいた。
「拍子ぬけするほどうまく行きすぎ」
余りにも作戦通り行き過ぎて光喜は逆に気持ちが悪い。
「所詮その程度だ」
今でも地面にはいつくばっている、であろう皇子様をカラクは思い出して鼻で笑う。
エグゥテの振舞った酒はワザワザ極寒の土地で、滞在するときに生体機能を保つために飲むエグゥテ特製の度の強い酒だ。彼らは飲みなれている、あの程度の量では問題ではないのだが、パネトーネと兵士には毒だ。
長年にわたってエグゥテの民が改良に改良を加え呑みやすく爽やかな喉越しなので気づかなかっただろう、さらに踊らされたので体にアルコールがまわる速度が加速した、兵士たちが多少腹に食い物を入れていたからなんだというのだ?というアルコールの強さだ。
兵士さえ機敏に動けなくすれば主格のパネトーネなど問題ではない。
ベロベロになった所でパネトーネ達が乗ってきた馬の縄をはずして、後ろから爆竹を投げて脅かすと馬たちは集団で同じ方向へ逃げる。
それを広場の方向へ向かわせればいい。
後は見てのごらんだ、エグゥテの民は事前に知っているし、逞しい彼らがその程度で怪我などしない。鍛えていてもベロベロに酔っている兵士なら別問題かもしれないのだけど。
それに足である馬が草原に逃げれば彼らが城へ戻るまで時間が稼げる。エグゥテの民が飼育している馬は主以外乗せないように躾けがほどこされており、明日くらいにパネトーネがわがままを言って無理に乗り落馬するだろう。
かく乱と足止めを同時に行えた光喜とカラクは悠々と夜の空を飛んでいく。
「ふぁ~…」
面倒な問題が片付いたのと、地球へ帰れるという安堵から光喜はカラクの腕の中で大きな欠伸をした。この世界に飛ばされる前に昼寝をしてから睡眠をとってない。
規則正しい生活をしていた光喜にとって、とても体内時計に従順している、夜になったら寝ろという指令に逆らえなかった。
「眠たかったら寝てもいいぞ」
「ふ~ん…そうする…目が開けてられな…ん」
完全にカラクに体を預け、剣を自分のベルトに紐をしっかりと括り付けて落とさないように固定した。少し引っ張ったりして確認した後に完全に目をつぶり、眠りの世界へ旅たつ。
2人の上には二つ浮いている月が優しく光喜の眠りを包むように輝いていた。
***
光喜が眠りに誘われ、寝息を立てている頃。首都の中心にある一際高く広く美しく造られた城の一角に男が一人、夜風にあたって月見酒を楽しんでいた。
男は露出している上半身に黄金の首飾りが酒を飲む動作に揺れて光る、男の体はとても鍛えられ何も着ていない上半身は引き締まり筋肉が美しく鍛え上げられていた。
「よい季節になったとはいえ風邪を引かれましょうぞ。皇帝陛下」
男の後ろから声をかけたのは妖艶な女性、二十代後半の大人の女だった。
「いいじゃないか?ニーダ宰補殿、我が腹違いの兄弟の成功を祈っての杯じゃないか?」
ニーダと呼ばれた女性は呆れた顔をする。
「まったく皮肉な方よの。エグゥテの民は聡明で屈強な神の民が女神を易々と渡すはずはない、お分かりじゃろうて?」
「だろう、野心とプライドだけは高くても他はさっぱりな男には何も出来まい」
皇子を宰補という地位でありながら、王族…身内を見下した発言にまったく気にした様子もなく皇帝は酒を嗜む。
「弟の俺が皇帝になったのがよほど気に食わんのだろうよ」
楽しそうに笑う皇帝を見てニーダはため息をつく。
「もし女神を連れてきたら如何するおつもりで?パネトーネ殿下の発言力は強くなり、我々も女神のご意向といわれれば無視もできますまい」
皇帝は喉を鳴らして笑う、酔っているのか楽しんでいるのか。
「この俺が容易く女神を渡すものか…」
獣に似た覇気を含ませ、皇帝である男は嬉しそうに呟いた。
同時刻、広い城の敷地の一つにある食用の家畜を集めた人気の少ない場所に音もなく移動するものが人知れず移動する。
家畜小屋に黒い霧状の物体が蛇のような無音で這い。頑丈な扉で守られている家畜小屋に黒い霧は壁と扉の僅かな隙間に滑り込み、易々と侵入した。
意思を持つかのように黒い霧は真っ直ぐ家畜小屋に全て入ると、家畜小屋は暫し無音であったが。
突如、腹の底から震えるような破壊音が響く、巨大な何かが家畜小屋の壁を突き破って踊り出でる。
「ギャギャギャ!!」
その巨大な生き物はこの世のものとは思えない耳障りな鳴き声を上げると走り出した。足を止めるような障害物は全て破壊し、なぎ倒していく。
壁や扉などは物の数に入っていない、壊される建物から飼われている家畜たちが飛び出していくが気にも留めず唸りながら進む。
騒ぎは蜂の巣を突っつくように広まり、城を守る兵士たちが次々と飛び出てくると。
巨大な生き物は口をあけて標的を変え兵士たちへ向かって走り出した。
大きな体からは信じられない速度で兵士たちに突進していく、兵士は剣を構える暇さえなく蹴られ、踏みつけられ絶命していった。
「ギロロロロ!!」
踏みつけた兵士を蹴り捨てると、恐ろしい鳴き声を上げたモノは次の獲物に狙いを定め襲い掛かる。
まるで人形のように無力な兵士たち、数秒後には血の池をつくるだけのモノとなり。
其処には月に向かって吼える獣の咆哮だけが響いた。
この小説の方向性が明らかになってきました。
展開が陳腐なのはスルーでお願いします。