第四十四話 船酔い注意
あらすじ 無様に攫われた!以上
「帝国の喝采、蝶が舞い蜜を撒く……本当にそう通達があったのですか?」
エーリオと双子姉妹は港街エマルジョンに残って後に王宮に帰る予定だった。全ては女神である光喜が無事に王宮につくまでの囮。
しかし朝早くエルマンジェンの兵士が宿にやってきて、一枚の手紙をエーリオに渡す。
街を守る滞在兵士が頷いた。彼にはこれ以上に内容を知る事が出来る権限がないので、ありのままを命令通りにエーリオに渡したに過ぎない。
これは手渡された手紙の内容はそのままの意味ではない、暗号だ。
遠く離れた場所にも言葉を伝える魔法具で、特殊な音を操り遠くに居る者に、送信と受信の伝達が可能な道具だった。
原理は地球のモールス符号とほとんど一緒。違いは科学の機械か、魔力が伴った魔法具かだけ。
万が一に備え、解読する者に内密な情報を知られるのを防ぐために、伝達の内容は暗号によって隠されている。
事情を知らないものなら、何の意味があるのか分からない文字だろうが、エーリオはガレット帝国唯一の女神の騎士として、暗号の解読を叩き込まれたので意味を汲み取れる。
『女神が攫われた、我らがそちらに行き合流するので動くな』
という途方も無い内容にエーリオは顔を青くした。
自分が最も危惧していた事態が現実となった、光喜は女神を除いても沢山の恩がある。
詳しい事は恐らく、御自らエマルジョンにいらっしゃる皇帝と、女神の守護者のカラクから聞けばいい。
しかし、このままじっとしている訳にはいかない。少しでも力が必要だ。
手紙の最後に蜜を撒くって書いてあった、蜜は武器。お前の武器を運ぶ―――魔術具を皇帝が持ってくる。
自分はまだ選びきれていなかったが、贅沢を言っていられない。それ以前に時間がない。
一刻でも早く光喜を助け出さないと、彼女は原罪の霧を浄化する道具でも政治の道具にしてはなるものか。
手紙を握り締めて、双子姉妹が血の気が引いているのを他所にエーリオは駆けはじめた。
体をじっとしているのが怖いのもある、でも戦の前に自分の武器を調えておかないと。始まる戦に向けて。
エーリオは全速力で宿をでると、真っ直ぐ目的地に行く。迷いなど無い。
娼婦が支配する夜の街、遊郭にはいり全速力で駆け抜ける。
形相を変えて走るエーリオにちょっかいをかける所か、彼に衝突したくないので娼婦も客も彼に道を譲り渡し彼の走り去った背中を不思議そうに見つめた。
そして小さな路地にたどり着くとノックもなしに小さな家の扉を開いた。
魔具師ザーネの根城だ、こんな無礼な態度では気難しい彼女の機嫌を損なう。なんて頭からすっ飛んでいるエーリオ。
荒い息をつき、部屋を見渡す。
荷物が無い……。
家、いや店の中には沢山の怪しい薬品やら工具が散らばっていたのに、跡形も無くなっている。
「そんな…引っ越したのか」
彼女は一つの場所に長くは留まらない、風のように現れて消えていく。
微かな希望に縋って前回、魔具師ザーネが寝ていた寝室の扉を開くが。
やはりカーペットの一枚もないただの空き部屋に変わっていた。
ドアノブを掴んだままエーリオは力を握り締める。
土の精霊と契約した事によって飛躍的に上昇した肉体能力で、ドアノブから嫌な軋み割れそうな音がするが気にも留めない。
諦めて宿に戻ろうと後ろを振り返ると、玄関のドアに一枚の紙と紙を縫い付けるために小さな小刀が刺さっていた。
駆け寄って紙を手に取り、読む。
『は~い、ボウヤ。来ると思っていたわ、でも残念。私は此処にはいないのよ。
この街にはもう飽きちゃった、次の街に移動するからまた会いに来なさい。
そうそう、貴方の唇は美味しかったわよ。そのお礼は無愛想に刀を寄越した場所においてあるから役に立てなさいな。
今度はベットでゆっくり交流を深めましょう。 ザーネより』
エーリオは数秒だけ呆然としたが、カラクが刀を拝借した柱をエーリオは調べる。
するとカラクと同様に柱の一部がスライドした、其処を覗くと弓が鎮座していたので手を伸ばして持ち上げた。
重い…金属製?
大きな弓、しかしそれだけでは驚かない。一番気になるのは手と矢を支える弓の部分から、果ては弦すらも金属だった。
エーリオは試しに矢を添えない状態で、弓を左手にもって弦を右手で引………引けない。
弦はまるで地面に根を生やした木のようにびくともしない、いくら精霊で強化された腕力をもってしても無理だ。
どうしてコレを僕に…。
魔具師ザーネの魔法具である、粗悪品ではないはず。
よく弓を見ていると、金属の弦の直ぐ隣に何かがつけられている。触り引っ張ってみると普段使っている弦がでてきた。
作りからして必要な弦を引っ張り使え、使わない時はどちらかの弦を収納できる仕組み。
状況によって金属の弦と通常に使っている弦が、一つの弓で使え分けられる使用。
うん凄い性能。でも普通の弦はともかく、金属の弦を引けても普通の矢は多分、矢を撃った瞬間に金属の弦によって粉砕するだろう。
矢の羽根が付いている部分、矢筈が砕ける光景は想像に難しくない。
弓は銀色をして金属の輝きを放つ。どうしたものかと考えているエーリオの目に、スライドした柱の空間の隅で矢もセットに横に置いてあった。
なる程、同じく金属製の矢なら敵を貫ける。矢の細工も素晴らしく殺傷力を高めるだけではなく飛距離も出せるように細かく手を加えている。
これを数日の内に作り上げたザーネは本当に天才と賞賛できるが、ただ一つ。
「僕が弦を引けないって問題を取り除けばね」
何かの考えがあって、ザーネは僕に託したはず。ありがたく弓と矢を貰い手紙を持って宿に戻ろうとしたが、手紙には小さく端の隅に足して書いた続きがあった。
それを読んだエーリオは、苦笑いをして彼女の人柄が少し分かった気がする。
***
光喜を乗せた小さな船は、地下水の通路から抜け整備されていない自然の河を流れのまま進む。
基本には原始的にオールを使って手漕きで動かすんだけど、地下水の流れが強くて何もしないのに進むので楽ちん。
それに小さくても帆もついて張っているので、風の力も利用して流れが穏やかになっても風とオールで頑張れば目的地までは着くだろう。
王宮がある城下街から離れ、プラリネの部下もホッと一息入れている。
そんな中光喜だけが、黒いオーラをだして海賊の頭であるプラリネを野生の猫の如く警戒していた。
「俺どこに連れて行かれるん?」
贅沢を言うつもりは無いが小汚い船は小さく床に直接、箱に敷き詰められていたクッションを置いて、その上に腕を組み光喜は遠慮なく座る。
隣には当然のように海賊の頭であるプラリネがドーンとお座りになられているのを、俺は呆れ顔で行き先を聞いてみた。
「おれ達は海賊って言っただろう?海賊だからこのまま河くだって海に行くに決まっている」
プラリネの返答に、光喜は「あっそう」と返事を返した。本当にこの男の掴み所が分からない。
「つか、何で俺を攫ったんだ?ガレット帝国を敵に回してまで」
「海賊は大事なモノほど欲しくなるんだよ」
光喜は睨む、ただの趣味や遊びの為に。
「それはお前の部下を殺すほどか?」
王宮に忍び込んだコイツの手下全員が、俺を攫う時に無事小船に逃げ込んでいない。箱に入っている間に外から何人逃げ延びたのか確認していたのを知っている。
残った部下が全員捕まって牢屋に入れられるなら、まだいいけど。恐らく違う、もう俺の立場が偉く高みにあるのを学習している。
じっとプラリネが俺を見つめた、そして苦笑いしながら俺の頭を撫でる。
うわ~犬か猫みたいな撫で方。
ムカついたから俺はプラリネの手を弾いて除けた。それには気にも留めていない。
「俺はてっきり、女神は人間の生死に興味ないもんだと思っていたけどな」
ニッといい男笑をして光喜に自問自答するように呟くプラリネに、光喜は眉を顰めた。ついでに何処にもっていたのか小さな袋からヒマワリみたいな乾燥した種を食べ始める。
ポリポリいい音をさせて食うヤツだ、下水を通って食欲が低下してなかったら俺も欲しい。
つか俺が他人の生死を気にしないなんて、言い掛りも甚だしい男だコイツ。
「何でそうなるんだ?ああ…俺を神話の女神と一緒にしているんだな?俺は神話の女神みたいなパーフェクト神様じゃないぞ」
そもそも神様ってガラでもないよん、地球に帰れば俺はごく一般的な中学生なんだぞ。お前たちは信じるか?
光喜は力を抜いてだら~んと足を伸ばし、クッションに体を預ける。
「はっはっ、そりゃ王宮から此処に来るまでの道のりで、十分に証明してくれたもんな?」
音がなるくらい俺の肩を笑いながら叩く、プラリネに俺はイラッときちゃう。ついでに尻にしいてあるクッションの一つをプラリネに叩きつけたけど、プラリネはまだ笑っていた。
はい、思いっきり罵倒して暴れましたとも。俺の態度でまだ夢を見ていられるのは双子姉妹レベルが必要だろうよ。
「お姫様がじゃじゃ馬でもな、女神って事が重要で価値があるんだよ。それは王も賢者も同じ……ほら飲め」
部下が運んできたジュースらしき飲み物を俺に差し出す、俺は素直に受け取った。だって長旅から帰ったばっかりで、その後攫われーの……最後には滝にダイブ。
疲れているし、喉も渇くもんよ!あ~散々だよ今日の俺って。
「おおっ美味い」
「今が旬のコンタミ島にしかない果実で珍しいでしょう、お姫様お気に召しましたか?」
ジュースは美味い、プルルとは違った味わいがある。イチゴとバナナのミックスした感じ?俺の舌が甘さを求めて一気に飲み干す。
光喜の喉の動きを見つめていたプラリネは、手にしていた食用の種が入っていた袋を河に投げ捨てた。
「さてと、撤退は迅速さが命。お姫様も滝で受けたショックも大丈夫のご様子」
小船は逃走用に急遽用意した物で、中々汚れている。光喜とは違い直に座っていたプラリネは下半身のゴミを払い立ち上がった。
息を大きく吸うと、大声で部下に呼びかける。
「よっしゃ!行くぞ!舵とっている奴以外は船に捕まれ!!」
同時にプラリネは手を掲げる、そうするとプラリネの前に精霊を召喚した時の魔方陣みたいなサークルが現れた。
何のことか分からない光喜は呆然と見ているだけ、チラッと此方を見たプラリネは大きな手を伸ばし、光喜の手を取り抱きしめて座る。
「げっ止めろ!!キモイ!!」
「まーまー暴れなさんな、俺の抱擁は高いぜ?」
金貰ってもお断りじゃい!!
光喜が口に出して悪態をつく前に、自分の背中を船の柱に押しあて、光喜をがっちり腕と胸の中に閉じ込めるとプラリネが出した精霊召喚の魔法サークルから一匹の魚が飛び出た。
よく見ると、魚といっていいのだろうか。何かいままで見てきた精霊の中でも、異彩を放つ精霊が出てきた。
小型のイルカの大きさもある鯉、しかし胸びれと腹びれ果ては尻びれの部分がなんと、鳥の羽になっている。背びれと尾びれは普通だけどインパクトの強いヤツ。
俺んちの庭に泳いでいる錦鯉とは違い、原種の鯉に近く色は銀に見える鋼色、太陽の反射で黒にも銀にも見える。
巨大な鯉が空中で停止して、俺とプラリネの頭上に悠々と空中で泳いでいる。
「やれ!テクスチャー」
プラリネの合図と共に、身を翻して河に飛び込んだ。光喜を抱きしめるプラリネの手にも力が篭る。
飛び込んだ際に光喜の顔に少し水しぶきが飛び、何よりも奇抜な精霊の形態にびっくり。
精霊ってニーダさんのは微妙だけど可愛いイメージがあった。いや、魚好きにはあの精霊も可愛く見えるでしょうけど。
そうして暫く誰もが無言の静寂に小船が包まれたのだが、小船が不自然に動き始めた。
段々船が加速している、流れる風景と河の流れが一致しない。でも船の速度だけ上がっているのか、心なし船首が浮いている感じ。
何したんだ?プラリネの野郎ぉ!!
「一気に海まで行くぞ!テクスチャー!ガレット帝国のぬるい水軍に追いつかれるな」
プラリネに応えるように、更に速度が上がる。
やっぱ船首上がってるぅぅぅ!完全に上がってるうぅぅうぅ!!目の錯覚じゃありません船のウィリー状態。バイクでやってください!そんで俺が乗車していない状況で頼みます!!マジで怖えぇんだよ!!
あれ?もしかしてモーターボートだったけ?ノア・レザンにもあったんだ?
「あるかい!!ガソリンもねぇのによぉぉぉぉ!!」
色男の胸に顔を押し付けて俺は自分ツッコミを入れる。やっぱり自分のツッコミ根性は何処でも発揮できている俺に賞賛。
もう体裁とか状況とか恥とか関係ねえよ、まだカラクならともかく抱きつきたくも無い野郎にしがみ付くしか俺に生きる道はない。
冗談じゃなく船首が上がり続けると、お空を飛ぶかしら?一歩手前まで反りあがっている危険な中でもプラリネは笑っていた。
一度コイツの脳内を調べてみてぇ!ろくな分析結果でないだろうがね!
飛沫を左右にあげ、狭くない河を暴走族よろしく猛スピードで駆けるのは異様。
河に釣りをしていた、名も知らぬ初老の男性が高速で海に向かう小船を見て銜えていたパイプを河に落とした。
俺は後どのくらいイタリア系色男(憎い)に抱きしめられんとならんのじゃ!
「安心しろ、船についたらゆっくり休ませてやる。暫くは我慢してくれ」
ガレット帝国でも一番に人が集まる河に王宮と城下街が築かれている、生半可な水の量ではとても生活してはいけない。
王宮と城下街を支えている河は広く、深い。日本が自分の基礎となっている光喜からすると川というよりは小さな海の感覚。
もう少し下流したらプラリネの船までたどり着ける。
ただ海賊船ではあるが。
「………うえっ酔うぅ……酔った……気持ちわるい……」
光喜が揺れに段々と気分を悪くする、心なしか顔色も青い。
慣れない揺れに胃の中から今朝食べた軽食が「突撃―!」と敵陣に攻め込む勢いで食道を逆流してきた。
「勘弁してくれ、お姫様」
「ゴメン、無理」
プラリネは空を仰ぎ見る、「おお女神よ…」と本人は腕の中に居るのに呟き。胸に感じる生暖かい何か……に心が泣きそうになった。
こんばんわ、もうちょっと展開を進めたかったのですが、プラリネの正確や特徴を出す為にダラダラ展開。
海賊船に乗せるまで進めたかったです、つかカラクだしてない!?
それと世間はお正月ですね、太りそうで怖いです。みなさんも気をつけてください(笑)お正月って子供の頃は楽しかったのに今はそれほど楽しめないのが残念です。