第三十六話 女神のお披露目、騎士のお披露目
あらすじ ズボンでよかった、でなかったら俺こけているね以上!!
神剣を入れた宝石が煌びやかな腕輪以外、後は全てモラセスが用意した物を着て広くて長い廊下を歩く。
俺にはどれだけ金のかかるかさえ分からない衣装を身にまとい、これまた格式ばった鎧を着込んで不機嫌そうな顔をしているカラクと礼服で光喜の後ろを歩く双子姉妹。
扉は左右に控えている兵士が開けてくれ、光喜はただ歩くだけで左右に並ぶ兵士や使用人、または宴に参加しない人々が膝ついていくのを視界の端で捕らえても無言のまま歩みを止めずに宴がすでに最高潮になり皇帝モラセスが待つ謁見の間へ向かう。
俺の全身に視線を浴びてる…。
家が道場で武術をやっているので光喜だって、何もやっていない一般よりも他人の気配には敏感だ。まあこりゃ爺っちゃんの教えで他の道場がどんな風に教えるのかはしらないけど。
他人の気配には敏感になるように多少は幼少の頃から鍛錬されている光喜は、今はその鍛錬を恨む。
視線が自分から剥がれない、そして気になるのが実に鬱陶しい。
高貴な人物は気安く素顔を晒してはいけない、というのでカラクに俺の賓客室から出た時に一枚の薄い布を頭から被された。
あれ?これって俺の化粧から装飾品まで全て無駄じゃね?って聞いてみたら。
「闇の使徒と間者に狙われて死ぬか、攫われたいのなら自由にしろ」
って脅されちゃ~被るよ?顔を隠すのは重要なのね。
折角マリとヨミが丹念に髪飾りやネックレスや化粧をしてくれたのは申し訳ないが、命には代えたくない。
まさしく現在進行形で俺はウエディングドレス&ベールで完璧に花嫁状態。何だ?この茶番。
ハネムーンはオランダに行く気はネェよ!
神秘のベールを文字通り被った俺は、先がピラピラしているけど風とかで吹っ飛ばされないかと心配してたのは最初だけで、今は堂々と歩く。
遠目からは俺の顔はベールで隠されているが、俺からはベール越しに周りが見えるので問題はナッシング。……古い?
謁見の間に続く最後の扉をくぐると、魔術師部隊の兵士たちが膝をついて光喜が通り過ぎるのを待つ。
様々な部隊が光喜に見てもらうために謁見の間に続く廊下配備されていた、最初は歩兵から弓兵に代わり、騎馬兵なんかの様々な兵士を見てきた、最後の謁見の間にいる兵士は皇帝直属の騎士団が光喜を守るために壁に立っている。
モラセスが力を入れている魔術部隊の礼服は、体のほとんどが隠れるまでローブで身を包み、顔がかくれるまでフードを深く被っていた。
その中で魔術師の1人が光喜を見つけると笑みを深し、他者に見られるのを隠すために俯く。
一つだけ違う視線だった魔術師に一瞬だけカラクが反応したが、眉を顰めただけで深く追求せずに光喜の後を追う。
女神ご一行はモラセスが待つ謁見の間に着いた、大きな扉が左右に開くと立ち止まらずに玉座まで進む。
皇帝であるモラセスが玉座の段に登らず、他の貴族や騎士たち同様に膝をついている。いつもルールは俺だって言いそうなモラセスがそう畏まっているのは不自然に思えておかしくなってしまった。
勿論、ガレット国最高の位である皇帝陛下が膝をついているのだ、皆平伏して女神を迎えている。
(え~っと最初に何をやるんだっけ?)
高貴なものが下位の者への挨拶をしなければならない、上位の者の許可がないと頭を上げてはいけない上に、発言も許されないのがこの世界の常識だから。
モラセスに呼び出された後に教えてもらった挨拶の方法を、思い出す。
たしか…まずはこうやって……。
光喜は白い手袋に包まれている手を上げて、横一直線に動かすとまずはモラセスが頭を上げた。それに倣って広い謁見の間に集った上級貴族と皇帝直属の騎士が立ち上った。
カラクと双子姉妹はその場で立ち尽くし、光喜だけ玉座の一番下の階段にいる皇帝モラセスの所へ歩む。
モラセスはいつもの薄着ではなく、これまたキッチリした服を着ていた。多分こんな機会でもなけりゃ好んで着ないな。
宝石の装飾品は嫌味でない程度につけているのはいつもだけど、凄く生地が長い。
上等の生地をふんだんに使えるのは権力と豊かさの象徴だって、貧しいと服なんて必要最低限に切り詰めるからね。
モラセスの近くまで行くと、モラセスが手を指し伸ばすので光喜は彼の手に自分の手を乗せる。
本当に結婚式だ、父親から新郎へバトンタッチして神父の前に行くみたいに見えなくともない、でもコイツと結婚する気はミジンコレベルでありえない。
皇帝にエスコートされる女神は、皇帝と共に玉座の前まで連れて行かれて、座らせられた。
黄金のイスに座るのは緊張する光喜だったが、思った以上に快適でない。
ちょっと残念、硬い玉座にいつかはモラセスが痔にならなければいいな。なんて失礼な心配をした。
モラセスが玉座の前に立ち、集っている王族や上位貴族をふりかえった。
そして猛々しい声で皆に宣言する。
「これより我らのガレット国において、女神の御身をお守りする騎士を女神直々に選んで頂いた、その者はここで女神に仕える至福を胸に永遠の忠誠を改めて誓え!!!」
ごくりと皆が息を飲む、なんせ神話の世界であった女神が目の前に現れかつ、その女神にエグゥテの民以外の人間が近づけるなどありあえない事だ。
そして最高神に仕える栄えある者は、子孫や未来永劫と語り継ぐだろう、選ばれた人間や家にとって永久の誇りとなるだろう。
騎士であるものは自分を、王族の血を引いている者や上位貴族は自分の配下を、選んでくれるのを祈っていた。
王族や貴族は自分が選ばれなくても、女神とかかわりがあると無いのでは天と地の差がある、これから理由をつけて近づけばいい。
女神の信頼を得るのは将来を約束されているのと同義だから。
「ガレット国最高の栄光を手にした騎士の名はパネトーネ第二皇子直属騎士、エーリオ・ダトー・ミント!!」
周囲から喚声があがる、皇帝直属の騎士が択ばれるならしも、お世辞にもいい評判あると言えない第二皇子パネトーネから女神の騎士が上がるなんて誰も予想していなかった。
光喜が通ってきた玉座から真っ直いけばある扉が開く、一人の男が立っていた。
女神を称えて白く美しく飾られた鎧が光り反射して眩しい、カラクの評価では無駄な装飾品が多い鎧を着たエーリオが立っていた。
相変わらずの爽やか系の顔に良く似合っている、謁見の間にいる全ての視線が彼に降り注ごうともエーリオは顎を引き、視線をさ迷わせず堂々とした足取りで玉座の階段下まで来て膝をつき頭を下げた。
女神である光喜の代わりにモラセスがエーリオに問う。
「女神の騎士として命が尽きようが御身をお守りする覚悟はあるか?」
「はっ!!」
エーリオも淀みのない声で答える。尚もモラセスは続け。
「絶対なる忠誠を誓いたて、更なる女神の繁栄に身を捧げるならば騎士として任命しよう」
「このような大任を任せていただきエーリオ・ダトー・ミントは身と忠誠を捧げ、女神様に刃向かう全ての哀れなる者からお守りすると誓います」
モラセスは大きく頷き。
「では貴公を正式にガレット国で唯一女神の騎士と認めよう。それに伴い爵位を男爵から伯爵に任命する」
「有難き幸せ!!」
光喜は心の中で呟いた、よかった…と。
エーリオを俺の騎士にすれば、気安いのは知っていたからエーリオが騎士になってくれて嬉しい。本人も断ることは無いと分かっていたがパネトーネの関係でエーリオの家の位が降格していたのを今思い出した。
これで天国のエーリオのお父さんも喜んでくれるだろう。
エーリオが女神の騎士と伯爵を命じられると、謁見の間にいる全ての人々が拍手喝采をエーリオに送った。
一気に騒がしくなる謁見の間だったが一人の醜い男が、エーリオの横に躍り出た瞬間に全員が驚きざわめく。
醜い男はパネトーネ殿下だった。
モラセスの兄にして、外見も能力も劣化と囁かれているコンプレックスの塊の男であり、光喜が以前あった時と同じく装飾品を飾れる場所は全て飾っている虚栄心に光喜は眉を眉間に寄せる。
その指輪一つの宝石で砂漠となったあの街の人に、何人分の食料を届けられる?そもそもこの男が早く動けば食料が無く森へ入る人も、エーリオの部下も動く死体にならずともよかったのではないか?
そう考えると光喜の腹は煮えくり返ってしまう。我慢する気も無い。
勢いあまって、エーリオがいる場所に飛び出たので蹈鞴を踏んで止まった。
「めっ女神さま!!お久しぶりでございます!わたくしパネトーネでございます!ますます美しくご活躍を聞き及び益々の……」
「パネトーネ殿下、いつ貴公の口上を許した?」
冷たい声でモラセスはパネトーネの言葉を遮る。
一瞬だけパネトーネは皇帝であり、弟のモラセスを睨むがまた光喜に視線を戻して愛想笑いを浮かべた。
上位の者のゆるしなく発言するのは確かに無礼な行いだ、だが己に転がり込んだ幸運をパネトーネは我慢が出来なかった。
「お許しください、我が配下の者が女神の騎士に選ばれた光栄を是非、この場で女神さまにお伝えした…」
必死に女神に縋る姿の兄に対して、モラセスはくっくっくっと喉を鳴らして笑う。何がおかしいとパネトーネは睨むが笑いは止められない。
「残念だが、パネトーネ殿下…貴方の騎士は全て取り上げさせていただく」
凍りつくパネトーネ、でもすぐに復活して弟である皇帝に噛み付く。
「なっっ何の権限があって!!」
皇帝であっても相手、パネトーネは前帝の血を受け継ぐ者。むやみに扱ってはいけなくて、今日のこの日まで我慢していたが。
こいつから権力を取り上げる口実と女神のおかげで実行できそうだ。
モラセスの楽しそうな顔に宰補のニーダと皇帝直属騎士隊長のカートンは黙ってみていたが前者はため息、後者は苦笑いをした。
この皇帝はただいまノリノリである、ノンストップなモラセスに光喜は期待を膨らませる。
やったれー!モラセスGOGO!ホスト!
なんて心でエールさえ送っている有様。
顔を真っ赤にして怒るパネトーネに、静かにモラセスは口を開く。
「この者は自己の管理し、支配しているはずのヴァニーユ周辺に対して何か一つでも対策を講じたか?」
「へ?あの田舎が何か?」
こいつ!!今の今まで何も知らなかったのか!!?自分の統括地だぞ!!
リアルに血管が切れそうになった。光喜は立ち上がって怒鳴りそうになったのだけど、エーリオが鋭い目で俺を制した。
正面から殺気に似ている覇気を叩きつけられ、体は動かなかったけどおかげさんで冷静になれた。
そうだ、一番このパネトーネの発言に頭に来ているのはエーリオなんだ、俺が怒鳴る権利はない。
部下を失い、民を失いそれでも助けようとして努力していたエーリオが一番辛いのに。
復讐はモラセスがしてくれる、それをただ黙って聞くしかない。
「何をおっしゃる、あの周辺の被害がどの位か貴公なら答えられるはず。我らの城下街に大勢避難してきたのをご存知無いのか?」
言葉を詰まらせるパネトーネ、さっぱり関心が無いので実際の所全く知らない。
何故あんな規模も小さく、辺境に感心を向けなければいけないのだ。っと放っておいた。
己にとって興味があるのは金と権力のみ、他などどうでもいい。
だから自分の統括している街すら内容は分からない、何度かしつこく訴状が届いたが読む前に暖炉に放り込み済ませた。
ぐうの声もでない、楽しそうに高みから見下ろすモラセスにブルブルと指を向ける。
「あんな辺境の街がどうなろうと関係ないだろう!」
何たる暴言、拷問にあっても女神の御前において発言してもいい言葉ではない。
知恵ある貴族はパネトーネの失脚を確信して口元を隠しながらあざ笑い、パネトーネを支持していた連なる者は、失望して次の後ろ盾を模索している。
「では、パネトーネ殿下」
挑発的な目で自分の腹違いの兄を見る、モラセスの視線は下等生物を見る目だ。
公式な場所で王族であるパネトーネの発言に、少しばかり頭に来ているらしい。腐っても王族、女神の前で醜態を晒してくれたお礼はおつりはいらんのでたっぷり受け取れ。
「貴公が辺境といって捨て置き放置し、強大となった穢れた者の元へ女神が浄化に向かい、随分と危険な思いをされたそうだな?」
「御意、私たちが懸命にお守り申し上げましたが、尋常な数でない敵と戦いました」
モラセスがパネトーネの横で膝を突くエーリオに視線を向けると、エーリオは小さく頷き、皆に聞こえるように口上をした。
コイツ何言うか!?自分の部下だろう主を立てろ!せっかく女神の騎士となったのに役立たずが!!
なんて言いそうな顔をして、パネトーネがエーリオを睨むのだがエーリオは無視をする。
「その上、女神様の御身を危険に晒す闇の使徒の影がありました。パネトーネ殿下には何度も訴状を書き、対策を願い出たのですが…」
楽しそうに口を吊り上げた、モラセスにニーダは「終わったのう…」と呟いたが周囲は彼らに集中していて誰も聞いてない。
「ならば闇の使徒を野放しにしていたのか?いくらパネトーネ殿下…いや、我が兄であろうとも異教徒に堕ちたとも取られる行為ぞ!!」
闇の使徒に対して各国の帝国は厳しい、自分の神である女神の死を願っている集団だ。でなければ闇の使徒というだけで処刑の対象にはならない。
まさか田舎の街に闇の使徒の影があったなんて、夢にも思わないパネトーネはカエルの様な顔を青くしていく。
闇の使徒に対しては迅速に対策を講じる、これは女神への忠誠の証。それを放っていたのは寧ろ闇の使徒を支援している、なんぞ見方を変えればそう映る。
誰も知らずに完全に暗躍していたのならば、追及しないがエーリオは訴状に書いてパネトーネに送っているのだ。
知らぬ、分からぬ、存じ上げぬ、ではもう通らない。故意的に無視をしていたのだと思われても…仕方がない。
反論もできず、味方は1人もいない。窮地に立たされていく彼は最も口にしてはいけない言葉を発してしまった。
「黙れ!黙れ!薄汚い平民から生まれた分際で!!私の母は大公の娘だぞ!!」
一瞬だけモラセスは笑みを崩しそうになる、だが皇帝はただ高みにいる者の姿勢を崩さず。玉座の前に立ち続けた。
帝国に爵位は簡単に分けると公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五つ。大公は王族の血を引く者が名乗れる公爵以上の位だ。
実際にパネトーネの母は前皇の遠い親戚だった、モラセスへのコンプレックスも発信源はここ。
現在の皇帝であるモラセスは、自分の母親を侮辱されて、少しばかり気分を害していたが口にするであろう予測の範囲。
まさに自分の予想した筋書き通りに動いてくれる兄に祝福を送りたい気持ちにさえさせてくれる兄を見ると。
少しだけ後ろの光喜を振り返り、合図を送る。
ベールに包まれて表情は窺えないが、光喜は小さく頷いた。
あれこれ喚くカエルの皇子さまを光喜は睨むと、静かに立ち上がった。
さて、これからが俺のオンステージ、観客は沢山いるのでテンションが上がってきた!!
皆が静かに傍観していた女神に、緊張が走る。
光喜は子供だが、この世界では神。
彼女以上に尊い存在はなし、彼女より清廉潔白な存在はない救いの女神。
当の本人の光喜はベールの下で「うへへへ覚悟しろウシガエル!!」とか思っていても。
女神として初デビューの光喜でした。
パネトーネをイジメるのが楽しくて、長くなってしまいます。
次でかえるの皇子さまが失脚して、ストーリーも次のトラブルのフラグを立たせます。