第三十一話 女神
あらすじ カラク…。
「うわあああああぁぁぁぁ!!」
光喜は何もかもを忘れて悲鳴を上げた、そうしなければ自分を保てないほどの衝撃な光景。
カラクは光喜を蔓から庇うために盾にした刀を先端が鉤爪のようになった蔓は貫通し、刀はもろくも貫かれて割れた。
刀を盾にしても蔓は、カラクの腹を刺して背中まで突き破った。
カラクの手から刀を落とすと、蔓も最後の力を振り絞ったのかカラクの腹に残した鉤爪の先端を残して崩れていく。
地面に膝をつき手で腹を刺している鉤爪の先端を引っこ抜くと、全身の力を抜いてカラクは倒れそうになる。俺は走ってカラクの崩れ落ちる体を支えた。
たくさんの血がカラクの腹から流れ出た、傷の上から手で押さえても抑えてどうにもなるものでもない。
分かっているけど、どうすりゃいいんだ?ほかにどうすれば。
「馬鹿が…最後…まで、油断するな……といったはずだ…」
カラクが口から血を吐きながら俺に言ってくる、後ろの髪を纏めている紐が切れて真紅の髪が血で染みた背中と一体化した。
カラクが 死ぬ?
最悪な言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
「……カラク?」
そっとカラクの腹に手をのけてみるとベッタリとカラクの血が付く。当然だカラクも俺と同じく血をめぐらせて生きている生物なのに、その時の俺は異常なモノに見えた。
俺の視界が滲む、瞳から涙がボロボロ流れて止まらない。体だって震えている。
うそだ!うそだ!!こんなの嘘だ!!
俺は大きく目を開けて現実を否定したい。
だってコイツは俺を何度だって助けてくれて、誰よりも強くて、俺の兄貴みたいな奴で、誰よりも本音を晒せて。
もうカラク俺の側に居ない、そんな明日なんか想像もつかない。一緒に暮らしていたのは地球を含めて一週間と少しなはずなのに。
俺は怖くて心細くてカラクの頭を抱え込んで抱きしめた、震えているのは自分でカラクはもう痛みに唸ることすらしない。
≪女神よ!!お主が錯乱してどうする!?その守護者を見殺しにするのか!!?≫
初めて聞くグリエ爺ちゃんの本気の怒鳴り声がして顔をあげた。
≪空を見よ!霧の塊が迫って来ておる!≫
呆然とした目でゆっくりと上を見ると霧はもう直ぐ地上と接触しようとしていた。
≪女神が触れても大丈夫じゃが…守護者たちがあれ程の霧に触れるとどうなるか分からんわい!!≫
そういえばシナモンも霧に触れたら記憶が吹っ飛ぶとか言っていた、こんな状態のカラクではどうなるんだ!?
はっと光喜は正気を取り戻す。
カラクは俺を守ってくれたんだ。今、カラクを俺が助けないでどうする?
≪霧に向かって神剣を投げよ!霧は神剣と一体化するために近づいているじゃわい!!≫
俺は神剣を掴むと、カラクの方を一瞬みて迫り来る原罪の霧に向かって駆けた。
俺も霧もお互いに近づく、そして渾身の力を込め投げやりのように剣を切りに向かって投げた。
霧の球体に剣が中に吸い寄せられると、霧は動きを止めてその場に停止する。
たかが俺の腕力で投げた剣、そんなに高くなげられなくて、もうちょっとでカラクたちに霧が接触する寸前だったのだけれども止まってくれた。
霧は神剣を中心にして自らの意志のように剣に吸収されていく。その光景を見届けるため空を光喜は睨みつけた。
徐々に霧の黒い球体は小さくなり消え、全ての霧を吸収し終わり空は眩しい青空を取り戻し、其処から神剣は重力に従い地面に落ちた。
目の前に落ちた神剣を俺は拾う、剣を見ると柄に純白な宝石の飾りがついていた。また一歩神剣の本来の姿に近づいた様だった。
俺は剣を握ったまま、カラクの方を振り返る。そこには双子姉妹が小さなビンを取り出してカラクの傷に傾けていた。
中から眩しく光る液体がカラクの体に注ぐ、そして暫くカラクの様子を見ている双子姉妹が力なくうだれた。
一瞬にして光喜は悟った。双子姉妹が何をしようとして、何で気を落としたのかも……。
ほんの少しの数秒ですら光喜にはスローモーションに見え、自分の心臓のバクバクした音が他の音を全て消す。
カラクに向かって全速力で走る、エーリオがまた錯乱しかけている光喜を抱きとめて引き止めた。
今の光喜はカラクに近づけると、壊れてしまいそうでエーリオは怖かった。
光喜はエーリオなど視界に捕らえず、彼の肩越しに倒れて血を広げていく自分の守護者しか入っていない。
何が何だかわけも分からず、光喜は目の前が真っ赤に染まる。
すると、光喜の何処にそんな力があったのかエーリオは吹き飛ばす。エーリオは受身も取れず木に体を衝突させた。
少し遠くで見ていた双子姉妹は光喜が自分たちの知らない「何か」の力でエーリオを弾いたのに驚く。
双子巫女は自分の主の恐ろしいほどの絶対的な力が、魔力とは少し違う「何かの力」、それが光喜から溢れ出さんとしているのに恐怖した。
「カラク!カラク!!」
光喜は倒れているカラクに覆いかぶさる、カラクの腹に顔を押し付けて出せる限りの声で泣く。
カラクの血の匂いとまだ暖かい温もりに搾り出すような声でわめいて泣き、カラクの服を握り締めてどんなことをしたって生かしたいと足掻く。
≪よせ!女神!呼ぶでない!!≫
爺ちゃんの声がした気がするが、知ったことか。
気がついたら、俺は真っ暗な世界に居た。
《助けたい?》
「誰だ?」
俺はカラクの体から顔を起こす、真っ暗な世界にぽつんとカラクと俺だけがいた。
そして知らない声で話しかけられた気がしたので探してみたけど、周囲には天も地もなくただ広がる真っ暗な暗闇の中にいて、俺の声だけが山彦みたいに響く。
《助けたくないの?》
確かに再び声がした。だけど姿は見えない。
声は冷たく、機械から発せられたみたいに感情を感じさせない音質で、男女の区別すらつかない。
「アンタ何者なんだ?カラクを助けてくれるのか!?」
《できる》
「お願いだ、カラクを助けてくれ」
《条件があるわ》
「叶える、何だってやるから!」
《封印をといて》
「何の?」
《貴方の××…》
最後は掠れて俺の耳では聞き取れなかった、そして意識が遠のく。
「「光喜様!!」」
双子姉妹が光喜に叫ぶ、カラクに覆いかぶさった後に、光喜がカラクの周辺に誰も近づけさせまいとしているのか「何か」の力を使って自分たちを遠ざけた。
間違いなく「未知の力」を光喜は使っている、その証拠にカラクを守るように光が光喜から発せられ今では太陽に匹敵するほど直視できない。
≪いかん!女神め…呼んでしもうた≫
「精霊王?」
マリは目に飛び込んでくる凶器のような眩しさに光喜から顔を背けて、手で光りを遮ろうとするが上手くいかない。そこに精霊王グリエの声に驚いた。
なぜならば常に光喜の側にいる炎霊の声が自分の側から声が聞こえた、それはつまり精霊王の炎霊グリエすら近づけないという証。
≪くるぞ≫
グリエは静かに呟いた、意味を理解する前に光りが爆発した。
余りに凄まじい光の氾濫に、マリとヨミは顔を伏せてその後は世界が白く染まった。
***
光喜は涼しい風に髪を撫でられ、目を覚ました。
いつのまに移動したのか目を開いて直ぐに見えたのは何処かの天井だ、そして外には木の葉が風に揺られて音がなっている。
自分の意識ない間にモラセスの住む王宮まで運ばれたのかと、体を起こした。
砂漠となったあの街ではこの緑の色と匂いは無縁であったはずだ。
しかし王宮に比べてここのベットは驚くほど質素。そしてこの部屋は見覚えがあるような…。
ぼ~と体をすごく動かした責か体が重たい、何もやる気がしないのでベットの上で座って何もない空間を見ていたが。
俺はそれどころではない、という現実を先に思い出した。
カラク!!
あれから窓の外を見ると時間がかなり経っている、いやもう次の日になっているのではないか!?空の太陽が真上になっている、俺たちが原罪の霧を封印し終わった頃はもう夕方に近かった。
俺はベットから飛び起き走って部屋の外へ出ようとした、が。
バタン!
いい音を立てて鼻を打たなかったのが奇跡に思えるほどの勢いで、顔から床へダイブした。足が動かなかったわけじゃない、平衡感覚がおかしくなった。
正確には俺の感覚を狂わせているのは体の……いや目の位置が違うのだ、いつもより高くなっている。
随分前に流行った女の人がはいていた靴……なんだっけ?厚底?ってやつだろうか、アレをつけて歩いている感覚だった。
最初は高さが違うから油断してたけど、同じ失敗を繰り返さないのが俺よ!嘘だけど。
立ち上がり、ちょっと何時もの視線とずれた感覚が脳を混乱させるがドアまで走り、ドアノブに手を掛けると。
先に俺よりもドアノブが動いてドアが開いた。
「まだ寝ていろ」
そこにいたのはカラクだった、光喜は驚いて限界まで目を開き口を大きくあけてカラクを見つめた。のだったがカラクが平然と「寝ていろ」なんていったもんだから俺も思わず。
「お前こそ寝ていろ!」
ケロリと俺の前に堂々と出ているんだ?死んだなんてミジンコの大きさほど思っていなかったが、包帯グルグルの集中治療室へ搬送されるほどの重症だったはずだ。
俺は問答無用でカラクの服をねじり捲り上げた。
無い!全く何にも無い!傷が綺麗さっぱりなくなっている。あるのは割れた腹筋だけ、ちくしょう羨ましいな。
「はっ?」
俺は一度カラクの顔を見て、再び傷を見るがやっぱりない。
「はい?」
カラクと俺の間に沈黙が落ちた。
「――――!!」
「落ち着け」
カラクの手が俺の口を塞ぐ、訳分からん事が怒涛の連続で起こってもう悲鳴を叫ぼうとした。
「いいか?まず俺は大丈夫だ、ご覧の通り無事だった。それは理解したか?」
俺は口を塞がれたまま頷いた、そういえばカラクに光る液体を双子姉妹がカラクにかけていたのを思い出した。アレでどうにかなったのかもしれない。
「離すぞ?」
手を外された俺は大きなため息をついた、安堵したため息だ。夢でなくて本当にカラクは無事だった。
コツンと俺はカラクの胸に頭をついて、泣きそうになった。
目の前で人が死ぬのは、お婆ちゃんが患った病気で死んだの以外に体験したことはなかった、凄い衝撃。内臓が口から出てくると思うほどの苦しみはもう二度としたくない。
「よかった……」
もうカラクは俺の家族だ、一緒に暮らして一緒に飯を食って、一緒に家に帰る家族だ。
本当によかった……。
「ああ…それともう一つ、お前に知ってもらわないとならない事がある」
俺の手をカラクが有無を言わさない力で引っ張ると、浴室へ連れて行く。俺はカラクの真意が分からなくて黙って手を引かれていった。
浴室に着くと大きめな鏡がある、俺をその前に立たせて背中を押した。
当然の結果、俺がうつ……どなた?
目の前の鏡には明らかに俺じゃない女の人が立っていた、俺が女になった時の特徴そのままに引き継いで。
純白な髪に穢れを知らない肌と青いパッチリとした瞳はそのまま、髪の毛の長さが前はクルンと巻く感じのクセ毛だったのが長くなった分少し真っ直ぐになってウェーブしながら俺の肩よりずっと下へ流れている。
一見して前の姿より数年は成長した女の子から乙女へ変貌した俺が鏡の前に立っている。
小さい顔に長くなった肢体、可愛らしいから美しいとの境目にある乙女。
すごい綺麗な人になっている、俺どうしよう自分なのにドキドキしちゃう。
俺は鏡の前に手をつきマジマジと「また」変わった自分の姿を見つめた。
前は俺と同じチビな(うるさい)15歳だったのに今はすっかり18歳くらいの大人になる一歩手前の女性になっていて、俺はゆっくりカラクを振り返って顔を見つめた。
多分どうしたらいいのか分からなくて助けを求めているサインだろう、無意識に。
「お前は変わっていない」
カラクが俺の揺らぐ目を、真っ直ぐ見つめて言ってきた。
「何も変わっていない」
カラク…。
俺の胸を揉むな!!!!!!
「変わってないですね!!俺の胸の大きさは!!お前はやっぱり一度死んで来い!!」
「何を言う!?大きさだけではない!弾力も形も完璧だ!これが微塵でも崩れるなんて乳への冒涜だ!!」
意味が分からん、普段クールなくせに乳の話になるとアクティブになるな!後ろから掴むな俺の胸を!!
「声が聞こえたんだけど、光喜は目を覚ましたのか…い?」
エーリオが浴室のドアから顔を覗かせた。そして真っ赤になる顔。
「お邪魔だったかな?」
俺の胸を揉んでいる(現在進行形)カラクと俺はニャンニャンしているのだと勘違いしたらしい。
「お邪魔してください……いい加減俺の胸から手を外せ!」
カラクの手を振りほどいて、狭い浴室でカラクへ蹴りを入れようとしたが腕でガードされた。こいつの筋肉で守られた腕に俺の足に痛みが走る。
理不尽。
「2人とも元気そうだね」
ため息混じりに苦笑いを溢して、2人を見つめるエーリオは呟いた。
うーっとカラクに唸っていた俺は、エーリオの声で頼まれたものを思い出した。
「そういえば俺の腕輪どうした?俺は頼まれていたんだモールドさんの息子さんに」
「え?」
素早く反応したのはやっぱりエーリオだった。それで俺に腕輪を差し出したカラクから俺は腕輪を受け取る。
「神剣も後でしまえよ?お前以外には腕輪は操作でないのだからな」
そういって俺とエーリオを置いて浴室から出る、俺たちも狭い浴室にいる理由がないからカラクに続いてベットがある部屋に戻った。
開けっ放しの窓からサワサワと葉の音がする。
そして改めて見渡すとここは間違いなくモードルさんの宿だ。
「砂漠は?」
俺は窓に手をつき、窓の向こう側の景色を見て息を呑んだ。
森だった、原罪の霧に憑かれた森ではなく生命感溢れる豊かな森。
何処を見ても砂漠であった頃の面影すらない、まるで違う世界へ来たようだ。
「これは君が蘇らせてくれたんだよ」
エーリオが俺の真後ろで話しかけたので俺はエーリオを見つめる、エーリオは優しい眼差しで言う。
「ありがとう、皆を救ってくれて」
エーリオは頭を下げて感謝を表すが、俺はやっぱりついていけなかった。
光喜が少し大人の女性になりました、モテモテな予感もしてきました。
ラブにはならないですけどね…。