第二十六話 やっぱり味方が一番手に負えない
あらすじ エーリオが敵と誤解しているみたい、以上!
カラクも双子姉妹も身構えるからエーリオますます警戒を強めたじゃないか…。特にカラクには常々もっと穏便に事を運ぶように動けないのかと思う。シナモンの時だって即攻撃に移ったのはいかなものだろう?
シナモンの時はまあ、俺に短剣を突きつけられてた状態だったから誤解もあって百歩ゆずろう。しかしエーリオと戦う理由も得も全く無い。
「武器を下ろしてくれ、俺たちはアンタが思っている怪しい者じゃない…ってコラ!!」
カラクは光喜が説得しようと話かけている途中でエーリオに向かい駆けながら刀を構える。エーリオは眼に殺気を滲み出しカラクに向かって矢を放った。
矢は光喜の目にも留まらぬ速さで射られているが、カラクは身を屈め避け刀が届く距離までドンドン詰めていく。
エーリオも一寸も狂いのない動作で次の矢を矢筒から抜いて弦に矢を乗せ、矢を弓幹に固定すると弦を体の一部のように引き狙いを定め、すぐさま矢を放つ。
矢の軌道を見つつ次の矢を取り出そうと矢筒に手を伸ばす。
心でエーリオは舌打ちをした。想像以上にカラクという男は素早い。刀の大きさから速さより力を重視した剣士と思っていたのが間違いだった。遠距離からの攻撃できる弓の最大の利点をこのままでは直ぐに詰められる、逆に言えば接近戦では勝ち目は無い。
自分に迫る矢を避けず、刀を振り下ろしカラクの顔を狙った矢を叩き落とす。エーリオとの距離はあと数歩。
カラクは踏み込み刀を横に振り払いエーリオの胴を狙って一撃を繰り出すが、エーリオは後方へバク宙をしてカラクの一撃をかわし、風の動きの少ない洞窟に空気を引き裂く音が耳にこびりつく。
バク宙をしつつも矢筒からまた一本矢を引き抜き着地と同時に矢をカラクに向けた。
すげ~と光喜は状況を忘れエーリオの身体能力に見入っていた、先ほどのバク宙も体にバネがあり新体操選手みたいに綺麗に無駄なく空中で一回転をしたのだ。しかもちゃんと距離までとって戦闘に慣れた感じがカッコイイ。
軽量型とは言えど鎧を装着したまま見せた身軽さに感心したのはカラクも同じだった。
「ほう、土の精霊か?だが魔術師としては初心者だな」
「ご名答。だけど負ける気は無いよ」
ギリギリと弦を引いて殺気立つエーリオを他所に、途端に戦闘体勢を解きカラクは刀を自分の肩に担ぎエーリオに背を向け歩く。
「君は僕を馬鹿にしているのか?」
静かに矢を構えエーリオはカラクに問う、背中に冷たい殺気を感じつつもカラクは顔だけ振り返り。
「これだけ戦えるのならば足手まといにはなるまい、光喜フードを取れ」
コイツは…。単純にエーリオの実力を知るためにケンカ売ったんかい!でも本気の殺し合いだったろう!ざけんな二度としないでくれ。俺は平和主義の万歳国、日本の生まれ育ちなんだよ。刃渡り5.5センチ以上15センチ未満の刃物を持ち歩くだけで犯罪なんだぞ!!お前たちなんか即刻お縄で臭い飯だかんな!そこんとこ分かっているのかカラクさんよ!!
心でぶつくさ文句を呟きながらもエーリオが攻撃してきたら堪らないのでフードをカラクに言われた通りに外し、そして手にしているライトで自分の髪を照らした。現われる純白の髪にエーリオは構えていた矢を地面に落として呆然とした。
「ま…さか、そんなっ」
マントのフードを後ろへ持っていきエーリオの愕然とした表情を見て一般の人の反応はこうかと興味深げに見る光喜と、カラクも自分の刀を鞘へ戻す。
光喜の周り人は神経ぶっとい人ばっかりだったので新鮮なエーリオに微笑ましく感じる。正直ちょっとばかりテレビに映っている有名人の気分になるのもあるけど。
はっと自分の立場を思い出したエーリオは自分の弓を置いて、その場に跪く。
「御前をお騒がせして申し訳ありません」
「いいよ、お互い怪我もなかったし。カラクが襲い掛かったのが原因だろ?」
突然カラクがエーリオに立ち向かっていった時はビックリして死ぬかと思ったよ、それよりも…。
「エーリオは俺たちを先回りしてたんだ?やっぱり俺たち怪しかった?」
「それは…数ヶ月前、やたら遺跡を嗅ぎまわる不審な旅人があの森へと入っていたという報告がありました。それから程なくしてから異常な砂漠化と森な成長と異変にこの辺りは変貌して…女神様ご一行を再び不審者が現われたかと思い違いをしてしまいました…このたびの非礼をお許しください!!」
今度は土下座だよ。俺はエーリオに小走りで近づいてエーリオの前に膝をつき肩に手を置いた。
「頭を上げて、別に気にしてないし悪いのはコイツだもん」
親指をカラクに向けて指す、フンと反省の色など全く無いカラクは鼻を鳴らした。
「その数ヶ月前に現われた旅人は間違いなく闇の使徒だな、封玉を壊したか」
俺に手を引っ張られて立ち上がったエーリオがカラクに頷く。
「遺跡の入り口は蔓で覆われていますが、入り口を壊された後が以前探索しに行ったときに見つけました」
「よく森に入って無事だったな、エーリオは」
光喜は感心してエーリオに聞いた、俺たちだってあの蔓から逃げるのには必死だった。いや半分以上は俺が放火した火から逃げていたんだけど。エーリオは表情を曇らせ苦笑いを溢す。
「あの森は賢いんです。獲物を森の奥深くまで誘い込んでから攻撃を仕掛けます、僕は何とか脱出できましたが…沢山の兵を失ってしまいました」
今度はカラクが腕を組み、エーリオに訊ねる。
「ならば敵討ちだな。お前はこの溶岩洞には詳しいか?」
「大体は分かりますが遺跡の近くは詳しくありません」
「では土の精霊に探らせてみろ、何処に何が繋がっているか分かるはずだ」
「……すみません、僕まだ契約をしたばかりなのでまだ精霊を呼び出せないんです」
何とも頼もしいエーリオにカラクは堂々と使えんと言い放った、俺が思うにカラクはもっと他人を気遣う心遣いを学ぶといいと思います。
「お恥ずかしい」
苦笑いをするエーリオに先ほどまでの影はもう無かった。誤解が解けた俺たちは遺跡に向かうのを再開する。最初の時の様にカラクを先頭に歩き、俺はエーリオの隣をカラクの背中をみつつ歩く後ろには双子姉妹が続く。
俺が女神と知ったエーリオは原罪の霧を浄化するのにお供させてくれと頼み込みカラクももとより使うつもりだったらしく俺も賛成した。
「エーリオ聞いていい?」
光喜が隣のエーリオに話かけた。
「なんでしょう?」
「さっきカラクはなんでエーリオの精霊が土の精霊だって分かったんだ?あいつ魔力なしだろ?」
ちょっと間があってクスリとエーリオは笑った。
「それはですね、僕の身体能力が体格を超えて高かった為です。土の精霊は魔法が得意でない分、身体能力の上昇や大地を通して周囲を探るなどの能力があります。きっと彼は沢山の精霊持ちと戦ってきたのでしょう、それで分かったのだと思います」
ふーんと返事をエーリオにした。
「モラセスもそうなんだ」
金髪のホスト皇帝を頭で思い描く。
「そうですよ、皇帝陛下は即位される前まではよく穢れし者の討伐や魔獣を狩りに出かけてました。かつては黒い鎧を愛用なされて漆黒の覇者とも呼ばれていたのですよ」
エーリオは誇らしげに語るが通り名が中二病みたいで恥ずかしいじゃん。
「……?穢れし者って何?」
「原罪の霧にとり憑かれた者の呼び名だ」
今度は光喜の質問にカラクが答えた。再び俺がふーんと返事をするとライトをプラプラ揺らしながら進んでいく。
エーリオも自分が持って来たランプを合わせると中々洞窟の中は明るくなった。歩くには不自由しない。俺の持ってきたライトを一応双子姉妹やエーリオに使ってみるかと渡してはみたのだけど、機械文化が余り発達していない彼らには何で光るのか原理すら分からないので気持ち悪がられた。
俺としては便利な魔法具との違いが分かんない…使い慣れたほうがいいなら別にいいけど。
「な、エーリオ」
「何でしょうか女神様?」
「敬語やめねぇ?ついでに女神様も」
「そんな恐れ多い事です」
エーリオの慎ましいこの言葉聞いた?カラクさん?ついでにホスト皇帝にも聞かせてぇ。でも敬語って余り好きじゃない。
「んじゃ命令。俺に女神と呼ぶの禁止、そして敬語を使うべからずオッケー?」
「御意…いや、心得た光喜」
俺とエーリオは笑い合う。
「そうだ、そいつを調子に乗らせるとトラブルを引き起こす」
カラクが前方から口を挟んだ。うるせえ!!って大声で言いたいけど本当のことだ。
そういった意味ではカラクに大変お世話になっている。凶鳥では俺が先走って正面に降りたし、魔法では爆弾級の暴発させるし、シナモンの時には勝手に襲われているし。
実の所、地球でカラクと暮らし三日目に俺の中学校で放課後にクラブをやってない暇なヤツらを先生が集めて図書室の整理をするのを手伝うはめになった、光喜も強制参加させられ終わる頃には外はすっかり日が沈んでから開放されて友達と数人で学校から家に下校した。
途中までは友達と明るい街灯があったから平気だっただけど、友達とも別れ俺の家につづく暗い田んぼ道を歩いていると後ろから変質者に追いかけられた。
一人になって気付いた後ろの男の存在に俺は肝を冷やしながら歩く。女の子って夜道は危険ってテレビで言っていた体験を自分でするとは思わなかった。
長い一本道をひたすら一定の距離を保ってずっと付いてくる男からの無言のプレッシャーに耐え切れずに走って逃げたら後ろの男も追いかけてきた。
武器は腕輪の中に仕舞ってある、その腕輪は家に居るカラクが持っているので手元にはない。お前家が道場なんだろ?返り討ちにすれば良いじゃんなんて考えたやつ一歩前に出ろ!相手は武器持っているかもしれないんだぞ!!ナイフやハンマーを持っている殺人鬼だったらどうする?
うちの爺っちゃんや親父くらい強ければ素手でも考えるが、俺は武器なしで見知らぬ相手と戦えるほど達人じゃない。
グリエの爺ちゃんに助けてもらっても、ノア・レザンなら精霊の力が浸透しているから正当防衛で何とかなっても地球でそれは無理でしょう?
いや~本当に一目散に俺は奇声を上げながら逃げたっけな。別の意味で凶鳥と同じくらい怖かった。
いつもより大分遅くなっても帰らない俺を心配した(男の俺だったらほっといただろうけど)姉貴がカラクに見て来てくれと頼み、ダッシュで逃げる俺と学校へ向かうカラクと一本道で遭遇してカラクが俺の背後にいる男に気付き…一瞬で終わった。
カラクは追い掛けてきた変質者の顔を掌全体で掴み、指の握力で絞める。プロレスの「ブレーン・クロー」……「アイアン・クロー」の方が有名かな?とにかく片手で変質者を掴み上げ。俺は警察を携帯で呼んだ。
犯人は隣の市の大学生だった、バイクで遠出をしていたら俺を見つけて一目惚れしたとかしないとかの若気の至りだったらしい。もし次俺に顔を見せたら股についている息子を蹴り上げてやる、そこの痛みと恐怖は俺も経験しているぜ。
しかし恐怖よりも一番印象に残っているのは変質者の足が地面に届かないまで持ち上げ顔面を掴み締め上げるカラク。とてもシュールな光景だった。
あーっやな事思い出した、迷惑をかけている点ではカラクには頭が上がらない。そしてあの変質者を思い出すたび……俺は。
「死にたい…」
「え?!」
光喜の発言に驚くエーリオ。
***
その頃、モラセス皇帝が住む王宮のある首都の城下街で数人の騎士が混雑した裏路地を、小走りで歩いていく。誰もが気配を消して昼でも建物が日の光りを遮り陰気な印象を持たせる狭い通路を、影に紛れて進む。
人目を避けるように立てられた古く汚い建物に騎士たちが立ち止まり、お互いの顔を見合わせ頷いた。
騎士は自分の腰に提げていた室内での戦闘を予想して小さい剣を抜くと一人のドアの横に張り付いた騎士がゆっくりとドアノブに手を掛けて開く。
微かな隙間までドアを開くと一気にドアを乱暴に開けて騎士たちが室内へなだれ込むが。
部屋は無人だった。次に騎士たちは部屋の隅々まで物をひっくり返し捜索してくとタンスの下に地下へ続く階段を発見。
見張りを部屋に1人残して騎士たちは階段を下ってみるが階段は地下下水にでた。
下水は首都の何処にでも続いている、無駄に深入りするのは危険だ。それ以前に少数部隊では探索するには全く数がたりない。
「隊長」
先頭に立っていた男に後ろの騎士が指示を仰ぐため窺うが、隊長と呼ばれた逞しい中年の男はため息をつき。
「こりゃひと足遅かったな、またハズレかよ。闇の使徒の連中みんな仲良く首都からとんずらだした後か。頭痛いぞぉ~お偉いさんに結果報告がよ」
「いい加減にしろよ」と呟く隊長に部下の騎士は剣を下ろした、皇帝陛下の勅命で闇の使徒を粛清しにきたのだが…失敗に終わった。使徒が集まる他の隠れがも奇襲をかけたのだが全て無人だった。
皇帝陛下直属の騎士である彼らに失敗は許されない。どんな理不尽でも。
罰を受けるわけではないが失敗は自分たちの評価を落とす、エリート部隊である彼らは少しばかり士気を落としてしまった。
「バーロー!誰が警戒を解けと言った。自分のベットにおねんねするまで気を抜くな!!」
「はっ!!」
「もっと人数が必要だ、一度城に戻り暇なヤツをかき集めてドブ掃除と行くぞ」
隊長の喝に後ろの部下たちは持ち直し、もと来た道を隊長につづき戻っていく。
シナモンたち闇の使徒はどうやら奇襲を逃れたようだ、それを壁の影から顔を出してシナモンが騎士たちを見ていた。
(危なかった…)
カラクによって背中を切りつけられたシナモンは命からがら使徒の集まる密会所へたどり着き、使徒であることを兵士に知られたと伝えると、首都で暮らす使徒たちに地下下水を使って逃げろという通達をしていた。
傷を負ったシナモンも使徒を逃がすために最後の密会所に行き、使徒の皆が集まる城下街の外へ逃がす途中で騎士たちがやってきた。
まさに間一髪、傷を負った自分が精鋭部隊の騎士相手にどれだけ時間稼ぎできるか…。シナモンの後ろには数人の使徒が身を潜めて騎士が出て行くのを待っている。
「よし、いいぞ。行こう」
皆が頷き合って歩き出す、シナモンも足を踏み出すと背中の傷が疼いた。
傷が疼くたびに光喜を思い出す。……闇の使徒の司祭に光喜のことを報告はしていない。
女神がどんな外見でどのような性格か…女神を排除するには是非とも知りたい情報だろう、でもシナモンは兵士に切りつけられたと言っただけで光喜のことは黙っている。
何故?とは思わない、女神は嫌いだが光喜は嫌いではない。もう一度だけ会いたいとすら思っている自分が情けないが本音だった。
(あいつはアナナとは違うのに…)
邪念を捨てるように顔を振ると仲間と一緒に暗闇の中を歩いていく。
エーリオ意外にあっさり和解しました。
ストーリー上ぽっと作った騎士の隊長が思ったより気に入ってしまったので後からちょいちょい出してみようかと思案中です。