第二十一話 味方が一番手に負えない
あらすじ ばれて欲しくない相手に女神だってばれた…以上
街の上空でカラクは身を縮こませて顔を、眼帯のある目を押さえて震えていた。
眼帯の下から止まらぬ血と激痛。痛みに対して訓練されたカラクでさえ耐えきれない痛み。今のカラクにとってそよ風ですら激痛を与えた。
「ぐうううぅぅぅ」
歯をくいしばって痛みが遠のくのをひたすら待つ。
グルルル…
ヒポグリフが心配そうに鳴いた。
苦笑いをして大丈夫だという意味を込め、カラクはヒポグリフを撫でる。そのまま眼帯を押さえていた手を外し、空いた手で手綱をとって踵でヒポグリフの腹を軽く蹴る。
主の命令にヒポグリフは出来るだけソッと飛び進む。
まだカラクの眼帯の下は酷い痛みが残っているが目的は果たした。迅速に行動しないと折角の激痛も意味がなくなる。
なんせ相手は光喜、同じ場所にじっとしてくれる可能性は余り高くなかった。
(それほど遠くではない、まったく手間の掛けさせる)
心で呟くと一つの場所向かって急降下し始めた。
***
「畜生」
シナモンはいざ短剣を光喜の首に当ててもそれ以上力が込められない。死んだ妹アナナに光喜を重ねすぎた。
光喜もどうしたらいいのか分からずじっとシナモンを見つめていた、シナモンは俯いていたから表情までは窺えない。
「畜生…アナナは最後までアンタを信じていたんだ、死ぬ最後まで」
ポロポロとシナモンの顔から大粒の涙がこぼれた。
剣を持っていない片手は光喜を壁に押し付けているが、段々と力が抜けていき、すでにもう腕が下に落ちないように掴んでいるに過ぎない。
何となく光喜はシナモンが自分を傷つけないと少しだけ感じていた。根拠はない、しいて言えば雰囲気?みたいなので。
どうやって穏便に説得しようかと考えるが交渉なんて今までやったことはない。
頭のよろしくない光喜にとってどうやって言葉を選んでいいかさっぱり分からなかった。火に油を注ぐ可能性が俺ではダントツに高いのが悲しい。
別に女神が嫌いなままでも全然構わない、ただ人を傷つけないと考えてくれたら嬉しい。其れだけが光喜の望みだった。
2人に暫し沈黙がおりるが、そんなのは上空で目撃したカラクには全く関係のない話だ。
やっと引いてきた痛みに、邪魔な血を腕で拭い下を見ると人の顔が認識できるほど下降した。
そしてここら辺だと周囲を見渡す、少女と青年が人気の少ない階段でいるのを発見。見慣れた少女に目を凝すと間違いなく光喜だった、だがホッと安堵などできない。
青年に短剣を突きつけられているのだから。
自分の内から殺意が抑えきれないほど湧き上がる。
ヒポグリフの上で抜刀し光喜と青年の死界となるべく場所を選び、音を抑えて降り立つ。壁の角の向こう側には2人がいて、カラクは身を隠し二人を窺う。
下手に攻撃すると攻撃した振動で、光喜に押し当てられる短剣が光喜をきりつけかねない。
だからと言って青年と話し合いで解説する選択肢は最初から除外、青年を殺す事しかない。
カラクの中で12通りの殺害方法を頭で描く、光喜が聞いていたら「ちょっと落ち着け」といわれるだろう。
そしてすごく凶悪な顔をしていたのでカラクを目撃した子連れのご婦人が、ヒッなど小さな悲鳴を上げた。
しかも眼帯からダラダラ血を流して刀を抜刀いるので凶悪犯以外の何者でもなかった。
「ママなにあれ?」
「見てはいけません!!逃げましょう!!」
なぞ子供に指を指されようがカラクの耳には入ってこない。
(一度で首をはねるか…)
カラクの頭ではシナモンは何度殺されたのでしょう?
そうと決まれば、カラクは地面を蹴って2人に近づく。
シナモンからは背後になっているのでカラクの接近には気づかなかったが、光喜はばっちり目撃した。
ひえええええ!!こえぇぇぇぇ!!
ブルルと凶悪犯…ではなく自分の守護者カラクを見て光喜は震えあがる、顔から血を流し鬼の形相で近づく変態に恐怖した。
しかも刀を構えてシナモンを切りつけようとしているのに大きく目を見開き、叫ぶ。
「止せ!!カラク!!」
シナモンは光喜が叫び背後に誰かがいると察して顔だけ振り返る、そこには刀を振り上げているカラクが目に入った。
壁からシナモンは光喜を突き飛ばして横の階段の方へ倒した。
勢いよく突き飛ばしたので階段の角で光喜の脛にクリティカルヒット。
「ぐおおおおおぉぉぉ!!」
汚い唸り声を上げる光喜をほって。次にシナモンはカラクの太刀を避けようとするがカラクが速すぎて、背中を切りつけられた。
服はあっという間に真っ赤に染まる。首が刎ねられるよりは随分マシだが軽傷とも言いがたい。
身を捻り、カラクと対峙したシナモンの額に脂汗が浮き出る、カラクはシナモンへ視線を反らずに階段の角で脛を打ち唸る光喜を片手で起こし、自分の後ろへ乱暴に移動させた。
「いててて…おい!お前ら何でバトルモードに入っている!!」
階段の角に弁慶を打ちつけた光喜は赤くなっている足を擦り、視界を上に上げるとカラクとシナモンが剣を向け合っている状況に一瞬ひるんだ。
「怪我はないか?」
カラクが後ろを振り返らず、光喜に問う。
「脛打った以外は大丈夫だ。それよりカラク待て、シナモンは敵じゃない!刀を下ろせ」
光喜の言葉にシナモンは顔をしかめた。
捉えようには侮辱だ、自分にとって悪神である女神にそういわれるのは。でも光喜が言ってくれたのならば少しばかり複雑な心境になってしまう。
ポタポタと背中から滴る自分の血よりも痛みより熱く感じ、一滴一滴自分の命が流れていくのが分かる。
息も荒く、シナモンの頭はもう微かにぼやけて来た。間違いなく失血しすぎだ、もとより自分は魔術師であり剣士ではない。
魔法の後方攻撃ならともかく前線で戦うのは向かない今の相手との距離では魔法を発動する前に切りつけられる、これならばもっと魔力だけではなく体も積極的に鍛えていればよかった。
深くはないが広く傷を負い、長引けば長引くほど不利になる。
カラクの後ろにいる光喜も慌てる。
贔屓でなくカラクの方が強い、こいつの強さは近くで見てた。それにあの失血だ、早くしないとシナモンが死んでしまう。
カラクが光喜の声に反応しないなら、次は困ったときの爺ちゃんに頼るしかない。
「爺ちゃん!」
≪ワシは手を貸さんぞ?≫
殺生な!!
「何で!?」
≪当然じゃわい、なんで契約者を傷つけようとした小童を助けなければならんのじゃわい≫
「爺ちゃん!!俺とシナモンは仲良くしていたよ?」
≪小童が女神と気づくまでの間はのう≫
ぐう…!そりゃそうだけど。
≪フム、仕方ないわい…手助けはせんが、助言は与えてやるわい≫
光喜の顔が明るくなる、精霊王の助言は期待できるではないだろうか。
≪あやつ(カラク)は乳が好きじゃわい≫
顔から地面に激突するかと思うくらい、がっくりした。
でも、確かにカラクは三度の飯より乳がすき。そして特に自分の乳が好きであった。
しかしながら光喜にとって恥だ、それでもシナモンの命には代えられない!
ドちくしょう~~~~~!!!
≪無理はせんでいいとお爺ちゃんは思うぞ…≫
「だったら手助けしてくれジジィ!」
≪やぁーじゃわい≫
子供みたいな声で拒否る爺ちゃんにやるしかないのかと決意が固まった。
もう…こうなったら自棄だ!!
カラクの背中を足掛かりにして、カラクの長身を昇る。
強制的にシナモンみたいに肩車をする。カラクの肩に光喜が乗っかると、ぎゅっとカラクの頭を抱きこんだ。
女になった俺の必要ないほどでかい乳をカラクの後頭部に押し付け、ついでに視界を奪うため両手でカラクの目を塞ぐ。
2人あいだに先ほどの殺伐とした空間がぽか~んな空気になった。
ああ!分かっているさ!どれだけ俺が場違いなことやっているかというのは!!
「さっさと逃げろ!」
お願いだからシナモン、俺の捨て身を無駄にしないで。
≪くわっくわっくわっ!本当にやりよったわい≫
うるせえぇぇぇぇぞ、ジジイ。
シナモンは光喜の言葉に我に返ると、魔力を集め強い突風をカラクと光喜に向けて放った。
カラクはとっさに素早く肩から降ろし光喜を突風から身を挺して守る。
突風は強い風だったが、ただの風で攻撃魔法ではなく砂煙が煙幕となりその隙にシナモンは裏路地へ消えた。
風が止むと光喜はカラクの体から砂埃の汚れを軽くはたくが、カラクの方から絶対零度の冷風をビシバシ感じた。
チラっと見るとすんごい迫力ある顔で睨んでいました。
2人の間に沈黙が落ちる、かえって怒鳴られたほうが心理的にいいのだけど。
よく俺の母さんがこんなパターンの叱り方したよな~、なんてのんびり過去を振り返る暇なくカラクに米俵よろしく肩に抱き上げられて、カラクは刀を鞘に戻すと指笛を吹いてヒポグリフを呼ぶ。
重い空気の中で俺は今日本当に肩に縁のある一日だと半ば現実逃避をした。
ヒポグリフは鷲の羽根を大きく羽ばたき、地上に着陸する。
どうしてかな?ヒポグリフも俺に顔を心なしか合わせてくれない気がした。
怒られている心理が働いているのかヒポグリフでさえ、俺に怒っている錯覚に陥っているなこりゃ。
カラクから発せられる無言の重圧で俺は潰れそう、ヒポグリフの上まで俵にされずにちゃんとカラクの前に騎乗して俺の街へのお忍びは終了した。
終始無言を貫くカラクに王宮へ帰ると、どんなお叱りが待っているのか想像して大きなため息をつく。
こんなお叱りでした。
俺とモラセスは大きなソファーの上に座らせられてニーダさんと双子姉妹に左右真ん中からガミガミ怒られました。
「女神さまも陛下もお怪我がなかったからよろしかったもの、お2人に何ぞでもあれば一国の騒ぎになりましょうぞ!」
ニーダさんは美人だけど怒ると怖い。
最初は事の発端であるモラセスが怒られていたけど、話が進むにつれ無謀にも犯人を追いかけていった光喜の行動に主点がいって今度は光喜が中心となって怒られる。
モラセスは流石皇帝の器なのか、はたまた単に怒られ慣れているのか。
全然堪えている様子はなく、足まで組みリラックスの余裕綽々だ。
すげ~この迫力に押されてない、人の上に立つ立場か彼の神経を太くさせるのか、もって産まれたものだろうか。
どっちにしてもその態度は三人の神経を逆なでするから止めてくれ。
結局お説教が2時間近く続き、やっと開放されたのが夕食前。
はあ~など大きなため息をつく光喜にモラセスは何でも無い様に平然としていた。いいなその神経があれば人生楽しそうだ。
気がつけばもう21話です。はやいものです、まだ全然ストーリーは進んでいないのが不思議ですが。
それではご感想などお待ちしております。