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物語tips:ヤオサン事件

 20年前、ヤオサン市の最後のブレーメン居留地(ゲットー)が反亜人(あじん)主義を掲げる民衆、ギャング、退役軍人などに襲撃され純血のブレーメン1200名が惨殺される事件が起きた。しかし一方で、軍警察と都市防衛隊が到着したときには2000人近い民衆の死体も積み上がっていた。

 ソラはこの事件を生き残った記憶があった。そして2振りの刀で人を切って回ったことを後悔している。ヒトはこれを事件と呼ぶがソラにとっては「絶滅作戦だった。

 一方で、実際にはヒトも大勢殺されているので一方的な虐殺、という言い方はできない。

ブレーメンの聖剣 第2章 慟哭 「4」

挿絵(By みてみん)


「あーみてみて、これかわいい」

 ニロの言葉。この30分で4回目

「えーこっちのが、よくない?」

 フェイフェイの言葉。この30分で5回目

 身の回りで必要なものの他、情報通信端末(パル)の機械と回線の契約のため、駐屯地(ちゅうとんち)からソリドンブルグのモールまでやってきた。はずだった。それなのにソラはかしまし娘×2のウィンドウショッピングに付き合わされている。ニロはアヤカも律儀に誘おうとしたが外出していて会えなかった。

 (あわ)い色合いの商品が揃っている雑貨店。その隣にはお茶の自動販売機と、窓の横に丸テーブルと椅子のセットが並んでいる。外見は広いショッピングモールだったが、中を見渡すと意外に窮屈で窓の外には広大な都市が広がっている。

 ソラのブレーメンの聴覚は壁のすぐ向こう側を、ガタガタとモールの外壁を揺らして走り去るモノレールを捉えていた。狭い窓越しにまばらな乗客を乗せたモノレールが走り過ぎ去った。周囲のビルがそのままモノレールの線路の支柱を兼ねており、街全体がひとつの創造的アイデアをもとにまとまって建てられている。

「ん? ソラ君、他に行きたい所あった?」

 ニロがぬいぐるみの棚から顔を上げた。

「ううん。べつに。僕は大丈夫」

「そ。フェイは見た目によらず可愛いもの好きだからね。あと30分は動かないよ」

「僕はただ、パルと服の着替えを買いに来ただけなのだけど。買い物ならそれこそサイバーネットの通販で頼んだほうが早くない?」

 ウィンドウショッピングの楽しさがわからない。必要なものを買って帰る方が効率がよくていいのに。一瞬だけフェイフェイに睨まれた気がしたが、彼女はすぐに目の前のぬいぐるみと会話を始めた。プリン頭越しに、カバともサイとも形容し難い生き物が見えた。

「ちっちっち。女心がわかってないねぇ」

 ファストファッションの店で適当にみつくろった服がソラの両手の紙袋の中にあった。ビニール袋には洗剤やら漂白剤が入ってる。基地であれ学校であれ制服の洗濯とアイロンがけは必須らしい。

「パルは、私に任せて。部隊の通信担当としていいのを選んであげる」

 ニロの眼鏡がキラリと光った。その眼鏡越しにニロの青く透き通った瞳を見て、

「その眼鏡、変じゃない? 度が入っていないみたい。おしゃれのメガネ?」

「うん、そだよ。よくわかったね。これは伊達メガネ。そして私の両目は、義眼なの」

「あっ、えっと、ごめん。気に触ること聞いちゃった」

 まてまて=両目? 見えてるのか?

「どーして謝るのよ。すぐ謝るのね、君。私は生まれつき視神経に腫瘍があってね。全摘出。だけど、財団の支援があって、最新式の電子義眼を無償提供するから軍に入って可変戦闘車(ジャガー)の操縦手になってくれって」

「その交換条件、ひどくない?」

 しかしニロは、笑っていた。

「君がそんなに真剣に悩まなくてもいいのに。義眼自体は本物っぽく動くただのボール。その日の気分でいろんな色の義眼を入れ変えられるの。出し入れはグロいから見せられないんだけど。視覚センサーは両目の横にあるこれ。ほくろに見えるでしょ? これで300°の視野があるの。すごいでしょ。昔のブレーメンと同じぐらい視野があるんだってさ。ま、見えすぎると頭が疲れるからこうしてメガネを掛けて視野を制限してるってわけ。ちなみに、可変戦闘車(ジャガー)の火器管制システムととも無線同期できるから、敵の観測とか通信の中継も担当してるの」

「すごい」

「誰でもできるってわけじゃないの。私がブレーメンの因子を受け継いでいるからこそ、脳を駆使して戦闘支援ができる。普通のヒトじゃ10分も経たずに脳のグルコースが枯渇しちゃう」

「ブレーメンの因子?」

 ついぞ知らぬ言葉に、ニロは察したように胸を張った。

「フェイ、おいで~」

 小さな背丈のプリン頭がテケテケと戻ってきた。

「なによ、あたしまだぬいぐるみを選んでたんだけど、ってちょっとなにするの! 離せ!」

 ニロはひょい、とフェイフェイの脇腹を持って抱え上げた。フェイフェイは小柄とはいえ、ニロは細い腕で軽々と持ち上げている。さっきも、宿舎でも見たな、こういうの。

「ブレーメンの因子ってのはね、つまり私たちブレーメンの混血はブレーメンの能力の一部をそれぞれ受け継いでるってこと。私は判断力と腕力。だから脳を可変戦闘車(ジャガー)に接続しても操作ができる」

「……腕力は、たしかに」

「腕相撲ならヨシギ隊長にだって負けないよ。ちなみに、フェイは受け継いでるのは胆力」

「胆力?」

 ブレーメンはそんな能力を持ち合わせていただろうか。フェイフェイはニロの腕から逃げようともがくか──すぐ横は地上まで5階分の吹き抜けになっている。

「敵の目の前でも物怖じせずに突貫(とっかん)してトリガーを引くことができる。ほらフェイの可変戦闘車(ジャガー)は機関砲装備でしょ」

 なるほど──だから落ちたら即死の高所でも危なげに騒ぐことができるわけだ。

「だーもう、あたしはネコじゃないんだから」

 ぬるりと、フェイフェイはニロの(から)め手から這い出た。

「えーでも、男の子とモールでショッピングしたいって言ってたじゃん。フェイ。ちょっとはしゃぎ過ぎじゃない?」

「ちが、ちがうったら! ほらさっさとコイツのパルを買って帰るよ!」

 フェイフェイは熱くなった顔を手で仰いだ。慣れた手付きでポシェットから冷却シートを広いおでこに貼った。

「あーん、まだジェラート食べてない」

 なんだかんだ仲がいいんだな、この2人。

 電気店街はモールの4階にあった。通信端末とバッテリーを収めたパルの本体は筆箱ほどの大きさで、通信会社のを買い、腰のベルトに装着した。一方で操作端末は好きな会社のを選べるとのことだった。ニロのおすすめで入った店で、チョビ髭の店員がにこやかに対応してくれた。

「腕時計サイズ、本サイズ、手帳サイズ、メガネサイズどれになさいますか、お客様」

「じゃ、いちばん人気なやつで」

「でーしたらお客様! 最近売出中の(キューブ)タイプはいかがでしょう」

 ソラの返事も待たず、チョビ髭は店内の水槽に浮かぶ正四角形の水晶体を指し示した。

「これただのガラスじゃ」

「いえいえいえいえ、最新鋭の技術を投入して作られました量子エンタングルメント端末でして複数の個人データ端末と──」

「これ、すごく高いので普通のでもいいです」

 財団から払われる給料の、およそ20ヶ月分の値段だ。

月賦(ローン)支払いももちろんありますよ、お客様」

 助けを求めるように──ニロを見たが両手で“かっちゃえ”のサインを出している。続いてちょび髭の店員も手をこねてソラの返事を待っている。

「あの、あっちの腕時計サイズでいいです。いえそのハイエンドモデルじゃなくて普通ので」

 それならヨシギから渡された支度金の残りで買うことができる。

 意気消沈を営業スマイルで覆い隠すちょび髭からパルの基本操作と通信端末の通信同期をしてもらい、店を後にした。

「じゃ、ソラ君、腕を出して」

 ニロは、ポシェットから文庫本サイズのパルを出し、コツンと角を軽く突き合わせた。とたんに連絡先から彼女の個人サイトまですべてが繋がった。パルに視差(しさ)を利用した立体映像が見えた。ヒト用のせいか像がややぼやけている。しかし円周上にニロから渡された情報が並ぶ。

「こんどサーバー契約もやってあげる」通信オタクのニロは嬉々(きき)として、「個人サーバーを契約したら色々な情報をアップロードして、色んな人に見てもらったり情報をあげたりできるの。大丈夫、オンラインで申請できるし、ソリドンブルグ・サーバーならそんなに高くないから」

「そ、そう? ありがと」

「ほら、あんた、腕 出しなさいよ」

 フェイフェイも右腕の腕時計型のパルを出した。薄いが前腕部のほとんどを覆う大きなサイズだった。連絡先を交換すると、画面いっぱいにプロフィールと彼女のおすすめのスイーツ店の動画が流れ始めた。

「なんか普段の雰囲気と違う」

「うっさいボケ!」

「でもこのお店──」

「あたしはヤンキーじゃないって」

「──ジェラートのお店。さっき食べたいって言ってた。案内してくれたお礼におごるよ」

 フェイフェイは顔を真赤にして背を向けてしまった。手で顔をあおいでいる。

「まあまあお2人とも、仲良くしようね」ニロはフェイフェイと腕を組み、ソラとは手を組んだ「そのジェラートはここから3駅だから、すぐつくよ。ね、行こ行こ」

「手……なぜ手四つ(てよつ)なの。力試し?」

「あはは。やだなぁ、もう恥ずかしがっちゃって」

 モノレールの駅まで、3人で手を繋いで空中回廊を歩く。眼下には一方通行の5車線の道路が正確に南北へ伸びている。ゴミ1つさえ落ちていない清潔な街。荒野に点在する衛星都市とはまるで違う。

「ソラ君、案外初心(うぶ)なのね」

 ニロは、ソラとフェイフェイの腕を引っ張りながら楽しそうだった。

「そうかな」

「今度 同じ学年に編入するけどさ。実際、ソラ君は何歳なの?」

「えっ、わかんない」

「わかんないってこと無いでしょ」フェイフェイが口をとがらせる。

「もしかして10歳くらい?」ニロが期待するような目を向けた。

「あんまり覚えていないんだ。時間の感覚が曖昧で。前、話したけど僕は20年前の事件の生き残りで。だから今は25歳くらい。たぶん」

「えーめっちゃ年上じゃん」フェイフェイが目を丸くする。

「でも、ブレーメンって成長が遅いって聞くし。隊長だってああ見えて60歳超えてるし」ニロはどこか納得していた。

「ヒトの寿命は70歳くらいでしょ。ブレーメンは150年は生きられるから、僕の年齢はヒト基準ならまだ12,3歳くらいの成長だと思う」

「えー意外と年下ってこと」フェイフェイの頭上に疑問符が浮かぶ。

「私は、そのほうが好みかも」ニロの顔がだらしなくゆるむ。

「あくまで例えだよ。ともかく──」駅に滑り込んできたモノレールの座席に3人揃って座った「──もう僕は仲間なんだしあまり気にしないで。みんなのために頑張るって決めたから」

 すこし浮つきすぎた言葉だったか。右隣に座ったニロは肩でぎゅうぎゅう押してくるし、それに押されて左に座ったフェイフェイにぶつかる。

「んーブレーメンとお友達になれて嬉しい」ニロがぎゅうぎゅうする。

「あたしは、別に。いいけどさ」フェイフェイはまだ顔を手で扇いでいる。

 ふたりも、ヨシギも悪いヒトじゃない。居場所とは食う寝る住むところだと思っていたけれど、信頼できる仲間の隣も悪くないと思う。

 モノレールから見えるソリドンブルグの景色は、何百年も前から建っている古びたドヤ街に住んでいたせいかどれも新鮮だった。天高くそびえる摩天楼には、それぞれの階で沢山の人が暮らしたり仕事をしたりしている。幅広い一方通行の道路は、10台に1台は反重力機構を備えた高級車だった。

「たくさんのヒトが住んでいるんだね」

「そうね。連邦(コモンウェルス)の南部でいちばん大きい都市だから」ニロはすっと手を伸ばしてソラのパルを操作した「ここで色々な情報を調べられる」

 ふわり、とOSのロゴマークが浮かぶ。固い書式(フォント)で“義式ver.216”と(つづ)られている。可変戦闘車(ジャガー)の操作パネルにも同じOSのロゴが浮かび上がるのを思い出した。

「あったよ。最新データによると、ソリドンブルグの人口は1058万人。財団が居住許可を出してる数だから数字は正確だと思うよ」

「便利だ」

「ね、でしょ。なんでも情報をサイバーネットから引き出せるの。都市ごとのサーバー群に繋がっていて、他の都市のサーバーは、ちょっと時間がかかるの。わかる?」

「ええと、図書館みたいな? 他の図書館の本を見たかったら取り寄せるのに時間がかかるみたいに」

「んー♪ さすが聡明なブレーメン。理解が早くて助かる」

「じゃあ、“ブレーメンとは?”……っと。『この唯一大陸(タオナム)における先住民であり……』」

 しかしすぐ横からニロがパルを操作して画面が切り替わった。

「だめだめ。そんな陰謀論丸出しのまとめサイトなんて見ちゃ」

「まとめ?」

「これで……よし。初心(うぶ)なソラくんにピッタリのフィルタリング設定をしておいたから」

「そ、そう? どうも」

 オタク(ギーク)丸出しなニロとは違って、フェイフェイは巨大な街頭広告を見ながら目につくセール情報を脳裏に焼き付けているようだった。

 ソラもフェイフェイといっしょに外を眺めたが──すぐ次の駅に着いてしまい、別の巨大看板が視界を覆った。

「救世のノヴァ。あのアイドルグループをよく見るよね」

 ソラは精一杯の雑談のつもりだったが、

「あたしあれ、嫌い」フェイフェイはぷいっとそっぽを向いてしまった「軍の広報アイドルグループか何かでしょ。乳丸出しで見ててイライラする」

 デフォルメされた可変戦闘車(ジャガー)のぬいぐるみに5人ばかしの美少女が寝そべって横たわっている。パルをかざすと軍の求人サイトへアクセスできた。第3師団の情報サイトがデカデカと表示され、第1,第2師団についてはかなり端の方に小さく書いてある。

「えっと、ちゃんと服は着てるみたいだよ」

「乳のほとんどが見えてるでしょ。あそこまでさらけ出すなら乳輪まで出せっての」

「おっさすがフェイちゃん、ロックだね」ニロが囃し立てると、「大きいお乳に敵愾心(てきがいしん)マシマシだから。アヤカ嫌いの28%はそれが原因」

「よけーなこと言わなくていいって」

 フェイフェイは顔を真赤にして反論した。意に介さずニロはソラの耳元に口を近づけ、

「救世のノヴァ。1人は男の子なんだって」

 広告看板を見ようとしたが、すでにモノレールは発車した後だった。ニロとフェイフェイはすでにジェラートを何種類 トッピングするかで熱い議論を交わしていた。

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