瞬間記憶恋愛
恋愛の思い出は写真や手紙が美しい。
どこかの誰かがそう言っていた。この言葉をどう捉えるかは各々の自由だが、俺はその言葉に偽りはないと思っている。
よく一人の人格は何才までに形成されるだとか、周りの環境や人間関係で性格が変わるだとか、はたまた人はそうそう変わらないだとか言われるが、それは第三者の戯言だろう。
偉い見識の研究者が発表した論文には書かれていたとか、専門化の意見や、長年の統計、その他諸々の外部情報が全く役にたたない。
人の感情ほど、わからない。いや、正確には答え合わせができないと言ったほうが近いかもしれない。さらに言うならその答え合わせをする意味が無い。それは、自分が他人をわかった気になる為の自己満足だからだ。
そんなことを考えてるいる俺はただの捻くれ者であり、めんどくさい天邪鬼である。
そんな俺のところに今日も仕事の依頼がきている。仕事といっても本業ではなく、気まぐれで始めた副業であり、ほんの少しの罪滅ぼしだ。
依頼者は30代のシングルマザー。不慮の事故で夫を無くし、生きる希望を無くしていた時に偶然俺のことを知り、どうにでもなれという思いで依頼してきたのだ。まぁそういう依頼者が多いのも事実だ。
そろそろ依頼者がくる。
「浦城 要さんの御宅でしょうか?」
表札のないアパートの一室に、この名前を訪ねてくるのが依頼者である証だ。
「あの…本当なんですか?」
「本当というのは?」
「その…写真があればあの時に戻れるというのは…」
「はい、正確にいうと戻るというのではなく、その時の感情の記憶を貼り付けると言ったほうが正しいかと」
「貼り付ける…?その…なんでもいいです…もうこの感情を少しでも楽にできるのなら」
「はっきりいいますが、勘違いして欲しくないのは、俺はあなたを楽にするカウンセラーではないです」
「はぁ…」
「あなたのその時の記憶を完全に貼り付ける、ただそれだけです、あとはあなた次第」
「あぁ…はい」
「それではお持ちした写真を出していただけますか?」
「はい」
俺は写真の記憶を引き出しその当事者の感情をトレースし、共感覚のように貼り付けることができる。
「まず最初の一枚いきますね」
俺が手を握っている間、依頼者にはその当時のそのままのリアルな感情の記憶が張り付いている。俺は一回手を放す。
「嘘…ほんとにあの時に戻った…」
過去を思い出すことは誰もがするだろう。だが、それは今の自分があっての過去なだけで、その過去自体が真実の過去ではない。美化されたものや、都合よく改変されたもの。
「そうです、ではどんどんいきますか」
強く決心したことも、時が経てば薄くなることもある。そのこと自体がなかったことになることも。
「そうだ…私は…」
今の自分が不幸だと思い、辛い現実が続くと良いことなんてなんにも無かったと負の改変をしてしまう。
「ずっと幸せだった…」
忘れてしまったものを思い出す、辛いことを忘れる。その繰り返しの中で人は帳尻を合わせる。
「あい…あなたが生まれたとき…絶対守るって…」
人は人からの励ましや支えで生きている。自分一人で生きていると思ったら大間違い。
「強い母親になるって…」
ただ決めるのは自分、動くのは自分、奮い立つのは自分。
「では最後にご主人の写真を」
俺は霊能者でもないし、宗教の教祖様でもない。
「愛佳、ずっと見守ってる、大丈夫だ、愛してる」
背中を押すのは愛する人。
「達也…ありがとう…私も愛してる」
彼女は泣き崩れたが、それは悲しみだけではなかった。自分の負の気持ちを涙で洗い流そうとしているように見えた。
「浦城さん、ありがとうございました」
「俺は何もしてませんよ、それじゃ報酬をもらいます」
俺は彼女の写真を一枚撮った。
「ほんとにそれだけでいいんですか?」
「はい、これはあなたの処方箋であり、俺の罪滅ぼしの証ですから」
彼女は不思議そうな顔をしていた。
「それと最後の達也…夫の…」
「偽りのない記憶ですよ」
答え合わせは意味が無い。必要なのは今の感情と、本当の自分。答えは自分で決めていい。
「ありがとうございました…なんとかがんばれそうです」
「そうですか」
今日も依頼者はお礼と前向きな気持ちを吐露して帰っていったが、俺には関係ない。ただ、美しい記憶に罪はない。それだけは偽りのない、偽りようがない事実だ。
短編ですが、続きも書く予定です。