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後編



 【宵闇に花は咲く】は、花をテーマにした乙女ゲームだ。

 神花と呼ばれる神秘の花による加護で繁栄してきた世界が舞台。

 前世のオディールは自分の名前を主人公につけるタイプだったので、ゲームの主人公にあるデフォルト名は覚えていない。

 主人公は、淡いピンク混じりの柔らかい茶色の髪に、深い緑色の目をした可愛い十六歳の女の子だ。

 彼女は天涯孤独の身であったが、幼い頃の数年だけ銀髪の美しい青年に育てられた記憶があった。

 彼が花を愛でていたので、自然と花を好きになっていく。

 青年が姿を消してからも、庭には季節の花々が咲き誇り、世話をする主人公の心を癒やしていた。

 十六歳になったある日、主人公は小さな黒い種を道端で見つける。

 主人公の住む村に来た商人の落とし物かと思い拾った瞬間、種は光を放ち虹色に輝く芽を出した。

 この世界で、虹色の花といえば神花のみ。

 騒然となる村から、商人に連れられて向かったのは花の都。

 そこで、主人公は神花を咲かせられる唯一の存在である花乙女では、と言われるのだった。

 花乙女として、花の都で暮らすことになった主人公は、神花を守護する騎士や傷つき孤独を抱える少年貴族、隠し事の多い流浪の楽士と懐かしい面影を感じる神花の守護者と出会い、恋に落ちていく。


 金太郎飴ストーリーの多かった頃の乙女ゲームとは違い、昨今は全ルートをクリアしてようやく真相がわかる作りのものが多い。


 たとえば、イルミルートでは、神花は一輪しか存在しないとわかる。

 では、主人公が拾った種とは?

 最終的に主人公とイルミを出会わせる為に、神花が運命を運んだと締めくくられ、皆に祝福された主人公は花乙女の任を解かれ、イルミと結ばれた。


 そして、花騎士の最高位である神花騎士に憧れを抱くエミリオルートでは。

 主人公への恋心を自覚した際に、現在の神花騎士から神花は花乙女を栄養として咲き続けると伝えられ、苦悩する。

 愛する少女と花騎士の使命に翻弄されるのだ。

 ちなみに、このルートで少年だったヴォルフが神花に触れたことが明かされる。

 ヴォルフの歪みの原因か? という考察が生まれたりした。

 最終的には、主人公の持つ新たな芽に希望を託し、神花を枯らすことを選択する。

 主人公の種は何なのかは不明だが、未来を信じる力が奇跡を起こしたとされ、主人公は犠牲のない新たな花乙女となる。


 流浪の楽士リュゼルートでは、謎に満ちたリュゼが初代の神花騎士だと判明する。

 彼は荒廃した世界を救う為に、初代の花乙女となった愛する姉を神花に捧げたのだ。

 その後悔と苦しみを抱えて長い間放浪していたが、十年前に体に衝撃が走り黒い種が胸からこぼれたという。

 その種こそが主人公が芽吹かせたものだった。

 リュゼは紛失した種の行方を追い、花の都に行くことにする。

 そこで主人公と出会い、二人の想いにより種は花開く。

 神花に捧げられた初代花乙女の魂が目覚め女神となり、犠牲のない世界が訪れ、主人公とリュゼは二人で新たな世界を知る旅に出るのだった。


 最後は、主人公を数年間育てた本人である神花の守護者ルイゼットだ。

 彼は始まりの種を天界で管理していた神人と呼ばれる、前世でいうところの天使のような存在だ。

 彼が落とした種が人間の犠牲で花開き、穢れてしまった責任として大地に降り立ち神花の守護者となる。

 しかし、自分のせいで多くの女性が犠牲になるのに耐え切れず守護を放棄した時期がある。

 それが主人公を育てていた期間だ。

 彼は主人公と暮らすうちに、花を愛する心を取り戻していく。

 だが、主人公を愛すれば愛するほど、自身の罪に苦しめられていった。

 そうして生まれたのが、彼のなかにある罪と闇を凝縮した存在――月影げつえいだ。

 月影はルイゼットを責め立て、そして世界を揺らし、姿を消した。

 この出来事がリュゼに影響を与え種を作った原因になる。

 そして、自身の罪深さに主人公を巻き込みたくないルイゼットは花の都へと戻るのだ。

 ルイゼットルートは、他のルートのように奇跡が起きない。

 奇跡を起こすのは、人間だからだ。神人であるルイゼットには出来ない。

 主人公と再会したルイゼットに、月影は再び近づき、主人公を不幸にしたくないのならば、世界を壊せば良いと囁く。

 そして、神花の存在しない世界を作るべく暴走したルイゼットに、主人公は相対する。

 主人公はルイゼットへ愛を告白し、再生した世界で巡り合うと約束し、破壊の運命を覆し新たな世界でルイゼットと出会う、というエンディングだった。

 世界を支える希望と犠牲となる絶望があわさり、朝と夜の間の時間である宵闇が作品名となったわけだ。


 ――つまり、だ。

 ルイゼットルートだけは、歓迎したくないエンディングなのだ。

 世界、破壊されてないけど、新世界になっている。

 今に満足しているオディールにとっては、辛いエンディングだ。

 ちなみに、制作陣曰く。

 月影がルイゼットの闇を深めなければ、あるいは、月影が孤独でなかったのであれば、ルイゼットは主人公との愛を信じ、今の世界に希望を持てたかもしれない、と。


 その、世界の危機が目の前にいる。

 オディールは、目を閉じ、そして脳裏に両親を思い浮かべた。

 想像の両親は、輝く笑顔で頷いている。


「恋をしたいなら、迷わず、ぶつかりなさい」


 想像のなかで両親に背を押されたオディールはすぐさま席を立つと、店の外へと向かう漆黒の青年を追いかけた。

 そして、がっと黒衣の袖を掴んだ。

 振り返った青年の目は髪と同じ色で、大きく見開かれていた。

 青年が口を開く前に叫んだ。


「好きです! 私と結婚してください!」


 彼は、月影は世界の危機だ。

 だが、その前にひとつの事実がある。

 オディールは、月影にひと目惚れしていたのだ。



 そうして、場所はカフェに戻る。

 オディールの座る席、テーブルの向こうには落ち着かない様子の月影が座っていた。

 視線を彷徨わせ、店員が彼の前にケーキセットを置くと、びくりと肩を震わせる。


「どうしたの? 可愛いひと」

「か、かわ……っ?」


 うっとりと自分を見つめてくるオディールに、月影は頬を染めて狼狽えた。

 クールな見た目に反して、反応が可愛い。好き。


「そのケーキ、美味しそうね。私が食べさせてあげる」

「い、いや、自分で……っ」

「まあ、残念……」


 しゅんとするオディールに、月影は混乱しているようだ。

 逆にオディールは上機嫌である。

 両親を見て、恋に憧れていた期間が長かった。

 それが月影にひと目惚れしたことにより、私は恋してる! という気持ちから万能感が体中を巡っているのだ。

 月影はケーキにフォークを使い、ちまちまと口へと運んでいる。

 ちらちらと、オディールを見ながら。

 舞台では様々な曲が奏でられていたが、オディールの意識は月影に全て注がれていた。


「そろそろ、お名前が知りたいわ」

「げ、月影だ」

「まあ! 不思議な響き! でも、好き!」

「す……!?」


 目を丸くする月影に、オディールは頬を膨らませた。


「あら、私の熱い眼差しがわからないの?」

「……今まで、俺に気づく人間は、いなかった。だから、初めてでわからない」 


 そう、月影はルイゼットの影だ。

 実体はあるのに、誰にも気づかれない。

 生まれた後も、居場所がない存在だった。

 さっきまでは。


「私は貴方に夢中よ? 店員も、周りの方も、貴方を認識してるもの」

「うん……」


 月影は戸惑いの連続で、困惑している。

 オディールは畳み掛けるなら、今だと確信した。


「ねえ、月影さま。貴方は、どこに住んでいらっしゃるの?」

「……俺に、居場所など、ない」

「まあまあ! では、我が家に来て! 一緒に暮らしましょう!」

「は……?」


 間の抜けた声を出す月影に、オディールは蕩けるように微笑む。


「私は月影さまに恋している。でも、月影さまは違うでしょう?」

「あ、ああ。出会ったばかりだし」


 世界の危機が、至極真っ当なこと言った。


「なら、我が家で一緒に過ごして、私を知ってもらいたいの。それで、いつか恋におちて?」

「い、いや。それは……」

「居場所がないのなら、私が居場所になるわ。暖かい庭でお茶して、食事も一緒。ね、楽しそう!」


 嬉しさ全開で言うオディールを見つめ、月影はくしゃりと顔を歪める。


「何故、俺にそこまで……」

「貴方に恋をしたから。恋って、すごいんだから!」


 自信たっぷりなオディールに、月影はそれ以上拒否を示さなかった。




「なるほど、出会って三日で婚約者に……大変でしたね」

「あ、ああ。そう、なのか……?」


 ティンバリー公爵邸の庭で、月影はイルミに労しげに見られ、首を傾げている。


「ええ、三日で婚約ということは、養子先やら国の承諾書やらを強行したわけです」

「た、確かに、目まぐるしく連れ回されたな」

「オディール姉さんは、決めたらすぐ行動に移りますから。でも、優しいひとです。幸せにしてあげてくださいね」

「それは、当然だ」


 はっきりと頷いた月影に、イルミは安心したように笑い返す。

 そう、三日だ。

 たった三日で、オディールは月影を恋に落としたのだ。

 そもそも、月影はひとの好意に免疫がない。

 押して押して、押しまくったオディールが勝利したのは当たり前だったのかもしれない。

 自身の押しの強さに、両親との血の繋がりをひしひし感じたオディールであった。


「月影お兄さま、お姉さまといつ結婚するの?」

「は、いや、その」

「だめよ、可愛いキャスリン。私は、まだ十四歳だもの。あと、二年待たなくちゃ」


 頬を染め、体をくねらすオディールはぴっとりと月影にくっついた。

 四人のお茶会は、オディールにより甘い空気になっている。


「月影さまあ」

「う、うむ」


 すりすりと甘えるオディールに、月影は真っ赤になり挙動不審だ。

 イルミは頭を抱える。


「オディール姉さんのそういう姿を見るのは居た堪れない!」

「お黙りなさい!」

「お姉さまたち、仲良しね!」

「キャスリン、天使!」


 賑やかなお茶会で、月影がかすかに微笑んだのを惜しくもオディールは気づかなかった。



 両親は月影を連れ帰ったオディールに、にこやかに笑いかけた。


「よく、婿を探したわね!」

「うんうん。後は任せなさい!」


 あっさり月影を受け入れた両親に、オディールは満面の笑みを浮かべ、月影の混乱は増すばかりだ。


「月影さま、これこそが愛の力よ!」

「愛……」


 そうして三日で婚約は整い、養子を受け入れた家との絆も深まり、月影はティンバリー公爵家の一員となったのである。



 月影と婚約し、一年が過ぎ。

 オディールは十五歳となった。

 彼女は薔薇園を訪れ微笑む先には、簡素な服装をした月影がいる。

 庭師と一緒にしゃがみ、鋏を使い薔薇の手入れをしていた。

 真剣に剪定をしている姿は様になっている。

 しばらく様子を見ていると、月影がオディールに気づいた。


「オディール! 来ていたのか!」


 一年前には考えられないほどの明るい笑顔を、月影は浮かべている。

 庭師に鋏を渡し、オディールに駆け寄る姿は無邪気ですらあった。


「見てくれ。あの一画は俺が世話したんだ!」

「知っているわ。月影、すごく楽しそうにしていたもの」

「ああ、最近のオディールは領地の勉強で忙しいから、美しい薔薇を見て元気になってほしくて」

「まあ、嬉しい!」


 頬を染め、オディールは月影を見上げた。

 月影もオディールを愛おしく見つめる。

 庭師は、仲良きことは素晴らしいとそっと離れて見守った。


「私が十六歳になるまで、あと一年。待ち遠しいわ」

「そうだな。純白のドレスは君に相応しい」

「ふふ! 嬉しい!」


 抱きつくオディールを、月影は慌てて離した。


「だめだ、泥で汚れる!」

「貴方といられるなら、泥ぐらい……」

「その、もっと身奇麗にしてから、くっついたりしたい、から」


 月影の素直な様子に、オディールの胸が高鳴る。


「月影、可愛い! 素敵! 愛してるわ!」

「う、うん」


 オディールは愛する幸せに酔いしれた。

 月影は、一年の間にとても表情豊かになり、常にオディールをときめかせている。


「俺、あと少ししたら、部屋に行くよ。だから、待っていて」

「もちろん! お茶を用意するわね!」

「うん」


 月影は幸福に満ちた表情で、オディールを見つめた。




「俺、しばらく留守にする」

「え……?」


 部屋に来た月影は、いきなりそう言った。

 部屋にオディールと月影の二人きりだ。


「償いを、してくる」


 ぽつりとこぼした言葉に、オディールは息を呑む。

 そうだ。

 この一年幸せ過ぎて、忘れていた。

 月影は、ルイゼットを苦しめた過去がある。

 愛する彼は、真っ直ぐにオディールを見つめた。


「オディールと出会って、俺はすごく幸せだ。だからこそ、過去を清算したい。何の憂いもなく、君と幸せになりたいんだ」

「月影……」


 月影の目には闇はなく、ただオディールを愛する熱がある。

 彼は、幸せになる為に、離れるのだ。

 未来に希望があるからこそ。

 だから、オディールは微笑んだ。


「貴方を信じてる。行ってらっしゃい」

「ああ。行ってきます」


 月影の笑みを、胸に焼き付けた。



 それから、時間はまた流れ、オディールは十八歳になった。

 ゲーム開始の時間軸だ。

 月影は帰ってきていない。

 ただ、花乙女が現れたという噂を耳にした。

 彼女の名前は、エリメアというらしい。

 今も親しく交流しているイルミから教えられた。


「エリメアさんって良い人なんだ。街で迷子になった子の親御さんを一緒に探してもらったんだけど。花乙女だって知って驚いちゃった!」

「そう、えっと。彼女は、楽しそうだった……?」


 気になり、イルミに探りを入れてしまう。

 イルミは頷いた。


「うん。たまに話すんだけど、懐かしいひとに会えたって嬉しそうだったよ」

「そ、そうなんだ」


 彼女はルイゼットと再会したようだ。

 ドキドキと胸が騒ぐ。

 月影は、どうしているだろう。

 神花の守護者と接触することになるからか、手紙は出せないと言っていたのを思い出す。

 ルイゼットの立場を考えれば、接触した後にオディールを危険に晒せないと考えたのだろう。

 イルミやキャスリン。そして両親は、姿を消した月影には触れてこない。

 ただ、結婚式を延期したいと言ったオディールの意思を尊重してくれた。

 イルミが帰った後に、オディールは薔薇園に向かった。

 庭師は月影が世話をしていた一画を、今も大事に残してくれている。

 ここに来ると、くるくると表情が変わっていく月影を思い出せるのだ。

 始まりはひと目惚れ。

 そして、一年を共に過ごし、恋は愛に変わっていった。

 オディールは、月影の面影に胸が温かくなった。

 大丈夫。

 強く思う。


「愛してるわ、月影」


 だから、貴方も頑張って。

 信じる気持ちが奇跡を起こすのだ。



 神花が消失したという話は、瞬く間に花の都を掛け巡った。

 人々は平穏が崩されるのを恐れたが、神花のあった場所に光の柱が現れたと発表され、そこから天界と道が繋がったのだと知ると歓喜に湧いた。

 神々の祝福が、世界に満ちたからだ。

 女神が現れ、祝福の言葉を人々に贈ったことも、皆から恐怖心を消した一因だろう。

 女神はピンクが混じった艷やかな茶色の髪と、深い緑の目を持つ少女の姿をしているらしい。

 女神のそばには、白銀の髪を持つ青年が寄り添い、世界を見守っている。

 そんな新たな神話が生まれ、人々は穏やかな生活を取り戻したのだった。



 オディールは、とあるカフェで紅茶を飲んでいた。

 柔らかな曲を聞きながら、穏やかに微笑む。

 そして、誰かが近づくと口を開いた。


「おかえりなさい」


 カップを置き、顔を上げるとさらりと揺れる黒髪が視界に入る。

 黒衣に身を包んだ青年は、揺れる黒い目を細めた。


「ただいま、愛するひと」


 そして、伸ばされた手を取り、オディールは立ち上がる。

 青年に体を委ね、口を尖らせた。


「もう! 今日から忙しいわよ」

「うん、準備をしなくては」

「純白のドレスに、タキシード。用意するものがたくさん! でも……」


 オディールは愛情を込めて見つめる。


「まずは、帰りましょう。皆、待ってるのよ。ふふ。月影、愛しているわ」

「これからは、ずっと一緒だ」


 そして、二人は光の柱が見える都を共に歩く。

 これからの幸せを話しながら。

 輝く未来を、歩むのだ。



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