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第一部 6

 だいぶ日も短くなってきた十一月。楓は最近、しきりにおしゃれ情報誌などを読みあさっている。もちろん買うのは弘人だ。

 コンビニや書店のレジで買うのは非常に恥ずかしいのだが、楓の頼みを無下にする事もできないので仕方なく買っている。ただし、一月(ひとつき)に買って良いのは三冊までと決めさせた。

 こういうものは種類が多いので買い始めるときりがない。そしていくら楓の頼みでも、いつまでも我が儘を聞いてやる事はできない。

 弘人は生活がかかっているのだ。その辺を楓にも理解してもらわなければ。

 楓もそのところを理解したようで、最近はあれやこれやとおねだりをする事はなくなった。

「ねえねえ弘人、こんなのどうですか?」

 夕飯の支度をする弘人の所へ楓が駆け寄ってくる。

「ん?ぬおっ?!」

 振り返った弘人の目の前には奇抜なファッションをした楓がいた。遙か頭上にそそり立った襟を持ち、胸元が下腹部近辺までV字にカットされた水色のワンピース。体の線に沿ってぴったりとしたその服は、見た事もないようなデザインだった。

「わっ、胸っ、胸っ!・・・・あちっ!!」

 もう少しで見えてしまいそうな過激なデザインに弘人は急いで視線を逸らす。そしてその勢いで持っていたフライパンから焼いていたソーセージが一本、弘人の足に落ちる。いくら服装が自由になるからといって、恥じらいを捨てたのかこの幽霊は?

「あ~、やっぱりダメでしたか?今年の秋のファッションショーに出てたんですけれど、ちょっと過激すぎましたか?」

「ダメ。全然ダメ!そういうのはデザイナーの個性を強調するから認められるのであって、普段からそんなの着てるヤツがいたら馬鹿だと思われるって!」

 弘人がそう突き放すと、楓は不満の声をあげながら雑誌の所へと戻って行った。

 まったく、俺をからかっているのかと思う弘人であったが、瞬きをする度に楓の姿がフラッシュバックしてくる。

 弘人は段々と脳裏に浮かんでくる、楓の胸の谷間の記憶を必死に振り払おうと勢いよく首を振った。

「じゃあ、弘人はどんなのが良いんですか?」

 雑誌を片手に、四畳半でちょこんと座った楓が弘人にそんな事を言う。

「え?いや、普通で良いよ俺は・・・・。俺は素朴な女の子が好き。」

「素朴・・・・ですか?」

「そう。」

 焼き上がったソーセージを皿に移して四畳半へと運ぶ弘人を再び楓が呼ぶ。

「今度は何・・・・ぶっ?!」

 そこにはジャージにドテラ姿の楓がいた。弘人は思わず吹き出す。おかずの皿を置いた後で良かったというものだ。

「素朴・・・・。」

 そう言って楓はドテラの袖に腕を引っ込めてパタパタと振る。

「お前なぁ、いくら何でもそれは極端すぎないか?ウケ狙ってるだろ、お前・・・・。」

「そんなことないですよぉ。もう、弘人は文句ばっかり。」

「あのなぁ・・・・。いいのっ、俺はいつも通りの楓がいてくれれば。」

「え?やだっ、そんな事言ってぇ・・・・恥ずかしいですよお。」

 先程の服装の方がよっぽど恥ずかしいと弘人は思った。

「じゃあじゃあ、弘人は女の子のどんな服装にグッとくるんですか?」

「そうだなぁ、男としてはやっぱり水着姿とかが一番だろう?」

「やだっ、オヤジです弘人。」

 当たり前だ、わざと言ってやったんだから。そう思って弘人は内心で舌を出す。

 そして出来合い物のサラダを皿に移して四畳半に入った時に、楓がいないのに気付いた。

「あれ、楓?」

 怒らせてしまったのかと心配になった途端、不意にすぐ背後から楓の呼ぶ声がした。きっとまたおかしな服装で脅かすつもりなんだろう。

 そうはいくかと、弘人は心積もりをして振り返る。

「・・・・・・・・。」

「えへへ・・・・水着・・・・。」

 そこには水着姿の楓がいた。しかも、何故か紺色の地味なスクール水着で。

「おっ、お前・・・・何でビキニとかじゃないんだよ?!」

「やっ、だってそんなの恥ずかしいもの。」

 一体どういう基準で恥ずかしいとかそうでないとかを決めているんだろうか。弘人にはまったく理解できなかった。

 しかし・・・・。

 弘人は楓のスクール水着姿に一瞬ドキッとした事は確かだった。身体のラインが美しく、スレンダーな楓をより細く見せている。そして形の良いバストがやはり弘人の頭に焼き付いた。

「弘人、こういうのもやっぱりダメですか?」

「いや、いい・・・・じゃなくって!も、もういいからっ。早いとこ俺はメシを食ってしまいたいんだ。」

 顔を真っ赤にして食卓に座る弘人を見て楓がクスリと笑う。

 一瞬弘人が楓から視線を逸らせた間に、楓は普段の服装に戻っている。それを見て弘人はその状態が楓は一番可愛いのに、と考えていた。

「そ、そのままでいる方が楓は可愛いよ。無理にいろんな服装で着飾らない方が俺は好きなんだけれど・・・・。ま、まあ、おしゃれするのは女の子の特権だもんな!ははは、何言ってんだ、俺・・・・。」

 しどろもどろでそんな事を言う弘人。楓はそんな弘人を見て少し残念そうな表情になって笑った。

「あのですね、本当はもう少し弘人に構ってもらいたくて・・・・。」

「へ?だっていつもこうやって・・・・。」

 よく解らないと言いたげな弘人を見て楓はゆっくり首を振った。

「だって私、女の子なんですよ?ずっと一緒にいるのに、何もされないなんて、ちょっと女の子としては寂しいかな・・・・なんて。」

「えぇ?!だってそれは・・・・。」

「うん、わかってます。でも、それでも・・・・えへへ、私って我が儘ですね。弘人が一緒にいてくれるだけでも十分幸せな事なのに、それ以上の事を望んだりするなんて。」

 それは違う。十分な幸せをもらっているのは自分の方なのだと弘人は言いたかった。だが今それを言っても楓には何の慰めにもならないかも知れなかった。

 そう思って弘人が楓にある『提案』をしようとした時、珍しく玄関のドアが叩かれた。二人はビクリとする。

 こんな時間に来客とは、どうしたのだろうか。再びドアが叩かれる。

「はいはい、今開けます。」

 楓がいても普通の人には見えないのだ。いつぞやに楓が言っていた『空気を振動させて声を伝える』というヤツでもやらない限りは騒ぎになる事はないだろう。

 そう考えて、弘人は玄関へと向かった。

「はい?」

 ドアを開けると、そこにはこの部屋を借りている先の大家さんの奥さんがいた。

「あらぁ大滝さん、夜分にすいませんねぇ。」

「どうしたんです?」

「いえね、さっき新しく隣りに部屋を借りたいという方が見えたのよ。でもね、その方がちょっと・・・・。」

 まさか、ヤクザとかそんなやばい道の人間なんだろうか?弘人は一瞬考えた。ただでさえあり得ない生活を送っているのだ。これ以上あり得ない環境を作られても困る。

「いえね、修行であちこちをまわっているお坊さんらしいんだけれど、何ヶ月かお隣の部屋に住まわせてくれっていうのよ。」

「はぁ?!」

「それでね、元の住所のわからない人に貸すのも怖いと思ってたんだけど、良く話を聞いたら大滝さんの知り合いだっていうものだから、それで確認に来たのよ。」

 弘人の知り合いで坊主・・・・。

 そんな人間は一人しかいないではないか。

「あの、もしかして桐生院源抄さん?」

「あらっ、やっぱり知り合い?良かったわぁ、今は家にいらしてるんだけど、家のヒトが大滝さんに確認とって来いってやかましくて・・・・。」

「そうですか。源抄さんは若いのに立派なお坊さんだから、心配はいらないと思いますよ。何なら俺もそっちに行きましょうか?」

 大家の奥さんはそれは助かるといって帰っていった。

 弘人は仕方なく、源抄のいる大家宅へと向かう事にした。

「どしたんです?」

 奥に引っ込んでいた楓が正座をしたまま、弘人を見上げて首を傾げる。

「この前山の寺で会った源抄さん、覚えてるだろ?」

「はい。」

「その源抄さんが隣りに引っ越してきたんだって・・・・。」

「本当に?!」

「ああ、それで今大家さん家にい・・・・。」

 源抄の名を聞いた途端、喜んだ楓は隣の部屋とを隔てる壁に突進していた。

「源抄さ・・・・!あれ、いないですよ?」

「アホウ、壁から尻だけ出して何やってんだお前は?!まだ大家さん家にいるんだって。早とちりするなよ。それに、そんな失礼な事二度とするなよ?!」

「えへへ、弘人の他に私のこと見える人って源抄さんだけだから、嬉しくってつい・・・・ゴメンナサイ。」

「まったく、『自爆霊』め。」

「あう、それは言わないで下さいよぅ~。」

 弘人は身なりを整えると家を出た。当然楓もついてくる。

「あんまり騒いで源抄さんに迷惑掛けるなよ?源抄さんが大家さんに変な目で見られるからな。」

「はぁ~い。」

 弘人の横で楓が軽い返事をする。

 一抹の不安はあるが、この手の約束はきちんと守ってきた楓なので大丈夫だろうと思った。それに楓が喜ぶのもよくわかる。

 その後、弘人と楓は源抄と再会した。しかし、喜んだのも束の間。源抄は別の件でも仕事を抱えており、そのための逗留だったのだ。


「どうも、お久しぶりですね。お二方とも元気そうで何より。」

 紫色の法衣を纏った源抄が弘人の部屋をぐるりと見回す。そして楓を見てニコリと微笑んだ。

「源抄さんもお元気そうで。」

 楓もニコリと微笑んで返す。よほど嬉しいのか、声がいつもより響いて聞こえる。

「でも源抄さん、群馬のお寺はどうしたんです?大家さんも『前の住所』がわからないって。」

 弘人は大家夫人に言われた一言を思い出していた。

「ああ、その事ですね。あの寺はだいぶ前から廃寺なんです。私が勝手に手入れをして、勝手に逗留させて戴いていただけの事。」

「そうだったんですか?!」

「まあ今後の目処が立てば、また戻ろうとは思っています。ご本尊の如来様も私がしばらくいなくなったくらいでは怒る事はありますまい。」

「はあ・・・・。」

 てっきり源抄の寺だと思っていた弘人は少し脱力感を覚える。まさかあの手入れされた寺が源抄の不法占拠で成り立っていたとは、思いもしなかった。

 源抄は呆気にとられる二人を見てカラカラと笑う。

「そ、それで・・・・どうしたんですか突然、隣りに引っ越してくるなんて。」

「いえ、ちょうどこちらの方で厄介な仕事がありまして、どうせならお二人の近くの方が何かと都合が良かろうと。それに、ちょっと楓さんのお力もお借りしたくて・・・・。」

 弘人は自分の住所と連絡先を源抄に伝えてあった。楓の事で何か判ったら連絡をもらえるようにと。

「私の?!でも、私何もできませんよ?」

「そうそう、コイツのできる事といえばアホなボケをかます事くらいですよ?」

「あ~、弘人ひど~い!」

 二人のじゃれ合う様子を見て、源抄がまた笑いだした。

「いやはや、相変わらず仲がよろしいですね。拙僧はそんな楓さんだからこそ、力を貸して戴きたいのです。」

「へ?」

「実は・・・・。」

 源抄が事の次第を弘人と楓に説明し始めた。

 何でもここからしばらく行った湾岸の貨物倉庫で、近頃霊的な事件が起きているという。それは倉庫内のごく限られた範囲内で事故が頻発し、大勢の怪我人が出ているというものだった。

 そこは普段何の危険性もない場所で、周囲に危険を起こすような施設も装置もないそうである。しかし、そこでフォークリフトの転倒、作業用天井クレーンからのコンテナの落下、しっかりと梱包して積んであったはずの商品の荷崩れなどによって怪我人が続出しているという。

 幸い、まだ死者は出ていないが、事をおう毎に被害が大きくなっているので、不安に駆られた社長が源抄に依頼してきたのだという。

 しかし、事故の頻発には原因があるはず。現在調査はされているのだが、明確な理由は今ひとつはっきりしていないそうだ。それだけなら建築の専門家などが呼ばれるはずなのだが、実は社長にはその場所に源抄を呼ぶ理由が一つだけあったのだ。

 それは以前、その場所で怨恨による殺人事件があったという事。

 金を貸した、返さないでいがみ合っていた社員が、コンテナの落下事故に見せかけて殺人を犯してしまったのだ。

 犯人は金を借りた側の社員。被害者は言うまでもなく金を貸した社員だ。

 そして事故にあって怪我をしているのは皆、何かしらの借金を抱えている人間だという。

 これまでに何人かの霊能者を称する人物に見てもらったが、まったく役に立たなかったらしい。

 そこで、その世界では名の通った源抄に白羽の矢がたったという事なのだ。

 これは、他の霊能者からの推薦、紹介もあったという。

 そして実は今日、源抄は現場へ一度赴いてきた。そして強い霊波動を感じ、原因であろう社員の霊も朧気ながら確認してきたのだ。

「何か悲しい波動を感じますが、恨みというものではないと感じられます。しかし拙僧はまだ未熟故、楓さんがいれば、もしやと思い・・・・。」

「で、でも~・・・・。弘人、どうしよう。」

「そりゃあ、俺は怖いけど・・・・。源抄さんに協力できるならした方が良いと思う。」

「申し訳ない。お願いできますか?」

「そりゃもう、源抄さんは唯一の俺達の理解者ですから、協力しないと。」

 弘人の答えに源抄が合唱して頭を下げる。弘人もまた深く頭を下げてしまった。

 しかし。

「やだやだ、ちょっと!二人で勝手に話を進めないでください!!」

 待ったをかけたのは楓。

「何だ、協力したくないのか?以外と薄情な・・・・。」

「そうじゃなくって!あのっ、私だって源抄さんに協力したいです。・・・・でも・・・・その・・・・。」

 楓の様子に『?』を浮かべる二人。

 そして弘人は気が付いてしまった。

「まさか楓、お前・・・・怖いのか、幽霊のくせに?!」

「だってだって~。」

 鳴き声になる楓。

「アホか~い!!」

「きゃう~ん!だって私、他の幽霊さん達とお話なんてした事ありませ~ぇん!!(泣)」

 自分が幽霊のくせに他の幽霊が怖いとは、呆れたものである。

「拙僧、何か・・・・はやまったのでは・・・・?」

 弘人に叱られて泣き顔の楓を見て、源抄は額に指をあて、考え込んでしまった。


「では、弘人さんの次の休日に合わせて。」

「はい。」

 玄関先で弘人が源抄にお辞儀をしている。

 結局、楓は弘人が源抄に協力するならばついて行くしかなかったので、渋々承諾せざるを得なかった。

 楓の心はやはり、弘人のように自分を認識でき、力になってくれる源抄には是が非でも協力したいのだが、如何せん他の霊と話す事など初めての事なのである。それが楓にとってどうしても不安だったのだ。

「楓さん、申し訳ありませんがここは一つよろしくお願いいたしますよ。」

「はい~・・・・頑張ってみますぅ・・・・。」

 源抄は楓にも深々とお辞儀をして隣の部屋へと入っていった。どうやら今晩からここに住み込むようだった。

 源抄を見送って、弘人は楓がつかんでいる袖の部分にそっと手を触れた。

「楓、頑張ってくれよな。」

「う、うん。」

「なに、楓はその現場で相手の幽霊に話しかけるだけで良いって源抄さん言ってただろ?心配する事ないんじゃないか?」

「うん。あのね、私は弘人がいてくれるからそれで良い。でも、今度会いに行く人はどんな境遇なんだろうって思うと、すごく不安になります。すごく切なくなります。」

「そっか。」

 弘人は楓がつかんでいる袖の部分を優しくたたく。それ以外に、弘人が楓にしてやれる事はなかった。

 その代わり、先程言いそびれた『提案』をしようと思った。

「なあ、楓。話は変わるんだけれど・・・・。」

「はい、何です?」

「その、ちょっと前から考えてたんだけれど・・・・。」

 そう言って弘人は誰もいないのに楓に耳打ちするような話し方をした。隣りに源抄がいるからかも知れない。

「えっ?!でも・・・・。」

「いや、だからそれは楓がいつでも俺に触れられるようになってから言おうかと思ってたんだけれど・・・・。よく考えたら、もういつ言っても良かったんだと思って。」

 言ってから恥ずかしくなって、弘人はボリボリと頭を掻いた。楓は真っ赤になってボゥっとしている。

「なあ、どうする?」

「え、そんな急にどうするって言われても・・・・。ひ、弘人がそうしたいなら・・・・私はそれでも・・・・。」

 煮え切らない答えをする楓。それでも否定しないという事はOKなのだろう。しかし、弘人は楓のはっきりした答えを求めた。

「じゃあさ、楓はどうなんだ?俺は、そうしたいんだけれど・・・・。」

 弘人がはっきりと意見を言うので、楓もはっきりとしなくてはいけなくなった。

「ずるいです、そういう言い方・・・・。わっ、わた、私は・・・・あの・・・・私も・・・・そうしたいです。」

 恥じらいながらもOKを出す楓。

 弘人が耳打ちをして楓に提案したのは、『二人で寝られる大きさのベッド』を購入しようかという事だった。

 別にダブルベッドを購入したからといって、お互いの温もりを感じられるわけでもないし、何が起きるわけでもない。しかし二人にとって重要だったのは、『一緒に寝られる』という事だった。幽霊である楓と普通の人間である弘人。彼等が一緒に寝るというのは、端から見たらおかしな話である。ダブルベッドである必要性もない。

 しかし群馬での一件以来、弘人も楓もお互いを大切な相手であると再認識してしまったのだ。だから弘人は楓とできるだけ普通の人と同じ生活をしたいと思った。

 そこで思いついたのが一緒に寝る事。ただそれだけならば、普段から楓の寝ているベッドのすぐ下で弘人が布団にくるまっている生活と変わらない。もっとお互いの距離を近くしたいのならばダブルベッドが一番よろしかろうと、そう考えたわけだ。

 しかしそこで楓の了解も取らずに勝手に事を進めるのはよろしくないと思い、今まで言えずにいたのだ。お互いにいつでも触れられるようになったなら、言う機会もできるだろうと思っていたのだが、そこまで待たずとも楓が良いと言ってくれれば良かったのだから、ちょうど今は良い機会だったのだろう。

「えへへ、おっきなベッドに二人で寝られたら、きっと素敵ですね。私、弘人となら一緒に寝ても良いです。弘人なら、お嫁さんになっても良いと思います。ううん、弘人じゃなきゃダメです。・・・・なんて、幽霊の私じゃあダメですもんね。」

「そんな事はないよ。おれは楓とならって思ったから言ってるんだ。前にだって何度か触れ合う事ができたろ?だからそのうち、いつでも抱き合って眠れるようになるって信じてる。それに、楓はずっと俺と一緒にいてくれるんだろ?だったら、良いじゃないか、他の誰に認めてもらえなくても、俺の嫁さんになってくれれば。」

 そういって弘人が笑った瞬間、楓がボロボロと泣き出した。

「弘人・・・・私、嬉しいです。こんな私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれて。私、いつでも弘人のお嫁さんになります!」

「じゃあさ、今すぐ俺の嫁さんになってくれよ。」

「・・・・・・・・はい!」

 そう言って飛びついてきた楓の唇が弘人と重なる。ほんの少し、楓の唇の柔らかさが弘人には感じられた気がした。

「あ、いま・・・・キス・・・・しちゃった、の?」

 楓も感じたのだろうか。自分の唇に指をあてて確認するような仕草をする。

「そう、だな。ははは、普段は触れないのに、都合のいいもんだ。」

「クスッ、本当です。」

 そう言って楓は弘人の胸に顔を埋めてくる。シャツ越しに、わずかに楓の感触が伝わってきた。

 弘人はそっと、楓の肩を抱いてみる。しかし、そこに楓の感触を感じる事はできなかった。まだまだ、物には触れても命ある者にはなかなか触れられないという事らしい。

 弘人は構わずに、楓を抱きしめる格好だけをした。楓もそれを知ってしばらく動かないでいた。

 そのうち、きっといつでも触れ合える時が来ると願って。

「大変、弘人!結婚式とか、どうしましょう?!」

「け、結婚式・・・・?!どうするったって・・・・。」

「結婚しないと私、弘人の奥さんになれません。どうしましょう・・・・。」

「あ、あはははは・・・・はぁ・・・・。」

 また始まった。弘人は楓を抱く姿勢のまま乾いた笑いを漏らす。それでも、弘人はそんな楓が愛おしくて堪らなかった。

 しかし、結婚式といったって一体どうすればいいのか。幽霊と結婚式とは・・・・。そもそも聞いた事がない。

 弘人もこれにはどう頑張っても良い考えが浮かばなかった。源抄に頼んだ方が良いのだろうが、たぶん今の状況では反対されるのがオチだろう。

「結婚式はさ、きちんと俺達の周りに山積みの問題を片付けてからの方が良いんじゃないかな。楓がきちんと成仏して、ご両親の了解も得て、本当の意味でずっと一緒にいられるようになってから。楓が本当に幸せになれるように。」

「でも・・・・。ううん、そうですね。弘人の言いたい事、解ります。焦っちゃダメですよね、こういう事は。」

 ちょっと残念そうな楓の表情に、弘人は胸がチクリと痛んだ。

「それでも、俺の心の中ではもう楓は俺の嫁さんだ。そう思ってて・・・・いいか?」

「はい!私にとって、弘人ももう私の旦那様です。そう思ってて・・・・いいですか?」

「大好きだよ、楓。」

「大好きです、弘人・・・・。」

 結婚の事は一時お預けにはなったが、この際そんな事は大した問題ではなかった。今は二人がこうして一緒にいられる事自体が幸せだった。そしてこの時、弘人と楓は誰にも替えられない『パートナー』となったのである。

 外からは鈴虫の音が聞こえ、秋の夜長はゆっくりと、二人を包んで過ぎていった。


つづく


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