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第一部 10

 日溜まりがぽかぽかと気持ちのよい日。本日は一月の四日。乎耶と楓は日の当たる四畳半で、テーブルを部屋の隅っこにどかして大の字になっていた。

「はぁ~、あたたかいのお・・・・。」

「あったかい~・・・・。」

「お?なれは日の暖かさを感じることできようか?」

「気分、気分♪」

「なんじゃ、精進が足らぬのう。」

「てひひ~・・・・。あれ?何か頑張ると温度とかわかるようになるの?」

「いや、ならん。言うてみただけじゃ。」

「あう~~?・・・・ま、いっか。気分、気分♪」

 大の字になったまま乎耶が伸びをするのを見て、楓も同じように伸びの真似事をする。

「む~、ねむいのう・・・・。」

「ごろごろ、のんびり~♪」

 猫が二匹いる・・・・。弘人はベッドで頭に氷嚢(ひょうのう)を乗せてそう思っていた。

 風邪などひくのは何年ぶりだろうか。しかもせっかくの正月休暇だというのにだ。大晦日、三が日と掻き入れ時なので釣具店は大忙しだった。しかも忘年会・新年会を兼ねた職場の大宴会で大騒ぎして、寒い中薄着のまま初詣に担ぎ出されてしまった。

 楓は姿を見えないようにした状態の乎耶が相手をしてくれたので良かったが、正月早々弘人は二人の前でだいぶ醜態を晒したようだった。

 乎耶は面白がっていたが、楓は呆れていた。弘人は酔いが醒めてから随分と楓にお小言を言われてしまったものだ。

 元旦にそんな調子で、その日から仕事。三が日の掻き入れ時が終わってようやく今日から弘人はお休みとあいなった。しかし、元旦の無理と仕事の忙しさが祟ったのか、今日の朝になって急に熱が出てきた。

 楓に「節操がないからバチが当たったんですっ。」などと言われて怒られてしまった。

 弘人がこの何日間かは乎耶がいることで安心して、仕事中や宴会中などに楓の相手をまともにしてやらなかったことに腹を立てている様子である。

「しかし、良い家族を持っておるのう弘人は。」

「本当です。良いお母さんでしたね・・・・。」

 乎耶と楓がベッドの中の弘人を見てそんな事を言う。弘人は気恥ずかしくて寝たふりをして誤魔化していた。

 弘人が熱を出したと聞いて、弘人の母親が正月のおせち料理を持って様子を見に来てくれた。弘人の実家はここからそんなに遠くない。それでも来るにはちょっと時間のかかる距離である。

 突然やって来たので、乎耶の高下駄などを慌てて隠し(消し)たりしたものだ。そして乎耶も慌てて姿を消した。

 色々と弘人の面倒を見た後、帰り際に「そろそろ身を固める事を考えなさいよ。もっとも、最近いい人でも見つかったような顔してるわね。そのうち紹介しなさいね。」などと、弘人と楓には非常に痛い一言を残して帰っていった。

 母は鋭い。

 そして楓と乎耶はその様子を黙って見ていた。弘人の母親は気さくな、面倒見の良い人物である。

 日向で寝転びながら、楓は生前母親と過ごした時を思い出していた。自分にもあのような時があったのだ、と。

「時に楓、なれは弘人と添い遂げるつもりなのであろうや?」

「えっ?う、うん・・・・。」

 乎耶のその言葉に、楓だけでなく弘人もドキリとしていた。弘人は寝たふりのまま、聞き耳だけ立ててみる。

「我はのう、本来ならばなれを強引にでも黄泉に連れて逝こうかと思うたのじゃが、なれ等の暮らしをみて考えが変わったのじゃ。」

「え?」

「そうじゃ、変わったのじゃ。・・・・・・・・うむ、決めた。話しておく事にしよう。」

 寝転んだまま、また伸びをする乎耶。大欠伸(おおあくび)を一つした後静かに、しかしとんでもない事を話し始めた

「本来、死したる者は黄泉に参るのが常。しかし我はどうにも気になってな。そもそものなれの運命の先を辿ってみたのじゃ。」

「ええっ?!そんな事ができるの?!」

 楓が驚いて跳ね起きる。弘人もまた同時に跳ね起きていた。

「あ、弘人。大丈夫ですか?まだ起きちゃダメですよ。」

「ふん、どうせ狸寝入りでもしておったのじゃろ?」

「あ、いや・・・・。」

 視線を泳がせ、ボリボリと頭を掻く弘人。

「まあ良い。弘人、なれにも関わりのあることじゃ、聞くがよい。」

 薄笑いを浮かべて、乎耶も起きて正座に座り直す。つられて二人も正座になった。

「運命の先と言うても、それは暫定的な結末でしかないのじゃが、その者がどの様に生きるかを知る標にはなる。我は晦日に黄泉へと行った際、楓の本来の運命の先を見て参ったのじゃ。鬼と化した魂に引き寄せられ、ねじ曲げられる前の本来の運命の先をじゃ。」

 晦日といえば12月30日。確かにその日、乎耶がフラリといなくなっていた。心配はしたが、そのうち戻ってくるのだろうと放っておいた日だ。

 最近は弘人が仕事をしている間に楓と遊んでいる(勿論姿を消して)が、それ以外にもあちこちに足を伸ばしている様子だった。

 遊んでいるのか他に用事があるのか・・・・それは判らない。しかし、心配するような事ではないと解っているのに、何故か弘人も楓も乎耶がいなくなると変に心配になってしまうのだった。

「良う聞くがよい。我もそうそう口にする事は憚られる故に・・・・。」

 弘人と楓は一度互いに顔を見合わせて固唾を呑む。自分の運命を他者から教わるのはあまり気持ちの良いものではない。しかし楓は本来自分が歩んでいたであろう道を知りたかった。弘人もまた、本来の楓の人生にまで自分が関わる事になっていたと聞けば知りたくなった。

「何とも面白いものじゃった。楓が本来生きておれば、なれは十八の夏、あの交差点をわたりきったところで弘人に出逢うておるのじゃ。」

「ええ~~~っ!!」

 楓と弘人の声が重なる。

「だって俺、その頃ってあの辺りには全く縁が無くって、一度も行ったことなんか無かったぞ?!」

 弘人は慌てて正座をしていたベッドの上から這い出して楓の隣りに座った。

「ふむ、それが鬼によって曲げられた運命というものじゃ。弘人はその日、大学の見学のためにその交差点を通るはずじゃった。」

 そう言われて弘人は考え込んだ。そしてあることを思い出してパンッと手をうった。

「そうだ!確か滑り止めの大学を下見しに行こうと思ってた時があった!」

「本当ですか、弘人?!」

「じゃろう?」

「ああ!で、家を出たら何故だか急に行く気が失せて、友達ん家へ遊びに行った時があった!確か・・・・うん、ちょうど楓が俺にくっついてきた季節と同じ頃だったと思う!」

 乎耶が弘人の言葉を聞いてウンウンと頷く。

「でのう、そこで出逢ったなれ等は何度か連絡を取り合った後、翌年には同じ大学で再会するはずだったのじゃ。」

「なにぃ~?!」

 驚愕する弘人と楓。それもそのはず。乎耶の言う通りであれば、交差点で交通事故に遭わなくとも弘人と楓は出逢っていたことになる。

「大学で再会したなれ等の運命の先は一つとなって続いておった。本来なら今は契りを交わし、子を生し育てておる頃じゃ。その先は野暮であるから見てはおらんぞ。」

「うわ~っ!うわ~っ!!弘人、弘人ぉ~!!!」

 顔を真っ赤にして悶える弘人と楓を見て、乎耶が悪戯っぽく笑う。

 そして大騒ぎを聞きつけて、お隣の源抄が駆けつけてきた。

「弘人さん、楓さん、乎耶さん、どうしました?!」

 源抄が玄関のドアを激しく叩き、困惑した声が聞こえる。

 弘人は慌てて玄関へ行くと源抄を招き入れた。


「なるほど、そういう事でしたか。しかし乎耶さん、そのような人の運命に関わること、おいそれと話して平気なんですか?」

 源抄が加わり、落ち着くためにと取りあえず茶を啜る。乎耶と弘人も同じように茶を啜った。唯一人、茶を飲めない楓だけがまだ顔を真っ赤にしている。

 いま皆が飲んでいるのは紅茶。弘人の家に住み着いてから、乎耶は紅茶だのコーヒーだのと色々『新しい発見』をしているようだった。

 特に紅茶はダージリンがお気に召した様子で、近頃はティーカップを持つ姿も様になってきている。コーヒーは一度飲んで仰天したらしい。二度と飲むものかとご立腹であった。さすがにその様子はお子様である。

「我も楓の件をどうにか納めぬと黄泉に戻れぬでな。多少のことは構わぬであろう。我を放り出した『ぢぢい』にもどうにも腹の虫が収まらぬよって。」

 そう言って乎耶は一気に紅茶を飲み干すと、新しい紅茶を自ら湯飲みに注ぐ。

「なんだ、その『ぢぢい』てのは?」

永槻祭如(ながつきのさいじょ)(のかみ)じゃ。我ら永槻祭如(ながつきのさいじょ)(のひめ)を統べる存在じゃ。」

 乎耶が思い出して渋い顔をする。

「そうですか。で、大体のことは分かりました。お二人のその運命の先とやらが一つになっていたとして、今のこの状況を打破する手掛かりになるのですか?」

「いや、ならぬ。じゃが法尉よ、焦りたもうな。我が見てきたのは何も運命の先だけに非ず。彼等の過去の道もまた見てきたのじゃ。」

「過去の道・・・・ですか?」

「左様じゃ。」

 まだ顔を赤くしている楓。弘人も楓も乎耶の話を聞いてお互いに顔を見ることも出来ないくらいに恥ずかしくなっていた。もし本来の道を歩んでいたとしてもお互いは出会い、結婚して子供を儲けている頃だという。

 そしていま、弘人と楓は生きている人間と幽霊ではあるが、共に寄り添い暮らしている。

 これを天命というのだろうか?弘人はそう考えていた。

「さて、大滝 弘人、篠崎 楓・・・・。心の用意は良いか?これから話す事が最も肝要な事じゃ。これを聞けば、何故楓が成仏せずにいま弘人の元におるのかが何となく理解できよう。また、これから為すべき事も朧気ながら目指せようというもの。」

 改めて弘人と楓に向き直る乎耶。

「なれ等の過去を見てまいった。長きこと故、掻い摘んで申す。なれ等の『縁』の始まりは遙か昔、我が・・・・生きたよりも昔の世になるであろう。なれ等は同じ豪族の一族に生まれ、一族の政略のために婚約を交わした。じゃが二人は一族が婚約を決める以前から常に共にあり、魂の底から愛し合うておったのじゃ。しかし一族の派閥争いが起こり、その諍いによって、なれ等は夫婦の契りを断たれてしもうた。死の間際、今生でなくば来世で、来世でなくばまたその来世で必ず再び相見え、夫婦になろうと約してなれ等は息絶えたのじゃ。」

 そこで一息ついて、乎耶は紅茶を啜る。

「私達が昔夫婦だったの?」

「それが前世ってやつなのか?」

 にわかには信じられない表情で二人は乎耶を見つめた。

「それが前世ではない。それから何度もなれ等は生まれ変わり、出逢うておる。しかし、その度に何かしらの邪魔が入り、なれ等は夫婦として添い遂げてはおらぬ。」

「なんだって?!」

「そんな・・・・。」

 弘人達の驚きを聞きながら、乎耶はなおも続ける。

「なれ等の道は分かたれ、結ばれ、また分かたれ・・・・。悲しい事よのう。今生まで添い遂げる事は出来なんだ・・・・。そして今生も、鬼と化した魂に道ねじ曲げられ、今に至る。」

 また一口、乎耶が紅茶を啜る。源抄は瞑想するが如くして聞いている。

「俺達は、昔からお互いを求め合ってたのに結ばれなかったって事か?」

 弘人に質問に乎耶は黙って頷く。

「ああ、どうしよう・・・・どうしよう・・・・。私、もう死んじゃってます。また、弘人と一緒になれないんですね・・・・。弘人ぉ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・。」

「楓、ばか、そんな事・・・・。」

 泣き出した楓をギュッと抱きしめ、弘人もまた泣いていた。

 その様子を乎耶が見て苦笑する。

「ほんに、気の早い事じゃのう。何もせぬうちにもう諦めてしまうのか?先程、我はなれ等の運命の先を見て何と申した?」

「一つに繋がってるって言ってたな・・・・。」

「そうじゃ。一つに繋がっておった。」

「でも、それは運命がねじ曲げられる事が無かったらの話でしょう?」

 絶望ともいえる表情を浮かべた楓と弘人に対して、乎耶はまたあの悪戯っぽい表情を浮かべる。

「なんの、運命の先とは刻々と変化するもの。我はあくまでも運命がねじ曲げられなかったとしたらの話をしたまで。なれ等のねじ曲げられた後の運命の先は・・・・まだ分かたれてはおらんかった。楓、なれが霊体となった今もであるぞ?これをどう見るか。それはなれ等次第じゃ。」

「つまり、これから先の事はお二人の努力次第、という事ですか?」

 瞑想したままの源抄が乎耶に訪ねる。乎耶は何も言わず、ただ頷くだけだった。

「じゃあ、もしかしたら楓と俺は結ばれる事もあり得るって事か?」

「なれ等次第じゃがの。それもあり得るという事じゃ。」

「でも・・・・でもどうやって・・・・?私は死んでから幽霊になって、もう身体もないし、生き返るなんて事出来ませんよ?」

 それについての回答は乎耶からはなかった。しかし、弘人の顔には希望の光が見てとれる。

「楓、目の前にいいお手本がいるじゃないか。」

「え?」

 困惑する楓に笑いかけて、弘人は乎耶を指差した。

「これ、指さすでない。縁起の悪い・・・・。」

 指差された乎耶が煙たい顔をする。弘人の言いたい事は分かっているようだ。

「乎耶には実体がある。この前言った通りだ。」

「あ、・・・・・・・・あっ!!」

 死後の黄泉の世界に逝って、永槻祭如女となった乎耶には実体がある。

「さて、乎耶。ここまで誘導されておいて聞かないのも何だから聞くが、何で乎耶には身体がある?ごく普通にそこに存在して、茶を飲んだり出来る?」

 ようやく弘人が質問した乎耶の謎。ここまで至るのに何故こんなにも時間を要すのか理解できなかった乎耶は満面の笑みを浮かべる。

「ようやく聞いてきたのう。いつになる事やらと気を揉んでおったが。それを聞いて如何とするつもりじゃ?」

「そりゃもちろん、楓も実体を持つ事ができるんだろって事だ。」

 わかっていて聞き返すなと言いたげに弘人が答える。楓もまた、神妙な面持ちで頷く。

「結論から申せば・・・・。」

 紅茶を啜りながらの乎耶を凝視して、息を呑む二人。

「楓が実体を持つ事は出来る。」

 その言葉を聞いた瞬間に、弘人と楓の表情がパッと輝く。源抄も興味深げに見ている。

「じゃがそれは我のように永槻祭如女となるか、または黄泉にて特別の役を仰せ付からねばならんのじゃ。我は黄泉へと逝ってから、永槻祭如女となるために百有余年の修行を要した。我は流行病で命を落としての。悲しみに暮れ、現世を彷徨うておる中、永槻祭如守が我を拾い上げてくれた。我は己のように彷徨うてしまう魂が増えぬようにと、永槻祭如女となったのじゃ。そのような役を持たねば、現世にあってこのような実体でなれ等に(まみ)える事はできぬ。」

「百年・・・・。」

「永い・・・・ですね。」

 輝いた二人の表情が途端に暗くなる。楓が永槻祭如女になったとしても、百年後には弘人はもう生きてはいないだろう。

「例え楓が永槻祭如女となろうとも、弘人の側で暮らす事は叶わぬ。役を全うするためには一人の側におる事は出来ぬのじゃ。」

 暗くなった弘人と楓に乎耶が追い打ちをかける。

「じゃあどうすれば・・・・。弘人・・・・。」

「楓・・・・。」

「乎耶さん、何か他の手立てはないのですか?」

 落ち込む二人の代わりに源抄が乎耶にくいさがる。源抄としても、弘人と楓に協力すると約束した以上は責任がある。そして法尉としての意地もあった。

「ない・・・・わけではなくもないが・・・・。」

 何とも曖昧な返事をする乎耶。他の道があるのかないのか今ひとつハッキリしない。何か返答に迷っているようだ。

「・・・・まあよい・・・・平安京から大津の宮へと至ると内の海がある。なれ等の言うところの琵琶湖であるか?その『最も深きところ』にある祠が眠っておる。そこは佐荷辰衛守(さかときのえもり)という神を奉る祠でのう。古き神故、今ではもう忘れ去られておろう。かの神に願えば、過ぎ去りし過去を再び己がものとする事ができるということじゃ。例えそれが死したる者を黄泉返りさせる願いであっても、叶わぬ事はないであろう。我も聞き伝に依るのでな、真は如何なるかはわからぬが・・・・。」

「そっ、それが本当なら、楓と俺は!」

「もしかして・・・・!」

 弘人も楓も乎耶の話に再び希望を抱いた。だが、ティーカップに視線を落としたまま更に語る乎耶。

「じゃがそれは弘人と楓、なれ等が訪れても何の意味もない。」

「どういう事です?これは弘人さんと楓さんに関わる事ですよ?」

「佐荷辰衛守は弘人と楓が訪れても来世で相見えよと言うのみであろう。」

 源抄は乎耶の答えに首を傾げる。なら一体どうすれば良いのか。

「佐荷辰衛守は子を失うた親の願いを聞き入れた事があると聞き及んでおる。じゃから楓の両親を弘人が説き伏せて、佐荷辰衛守に願掛けをさせれば或いは・・・・。じゃがのう、それにはそれなりの苦行が待っておる。しくじれば黄泉返りを願われた魂も、願をかけた者の魂も消えて無くなってしまうであろう。楓には両親を犠牲にするやも知れぬ行に臨む覚悟はあるか?弘人には楓の両親にその事をうち明けて説き伏せる事ができようか?」

 そうである。楓が生き返るという事は、いかに現在弘人と楓の縁が深かろうと何の理由にもならないのである。

 楓が生き返るというのは、楓の血縁である両親が望む事にこそ理由があるのだ。弘人が楓の生き返りを望む事は佐荷辰衛守にとっては聞くに足りぬ事であると乎耶は言う。

 それでは弘人と楓は今何をするべきなのか。二人が添い遂げようとするならば、為すべき事は一つしかない。だがそれは、何も知らない楓の両親を巻き込み、あまつさえその命を、いや、魂までも危険に晒すという事なのだ。

 これが一体どういう事であるか、理解した楓は潰されてしまいそうな苦しみに苛まれていた。弘人もまた同じである。現時点で無関係な状態である楓の両親に、頼めるはずもなかった。

「どうすればいい・・・・?どうすれば・・・・。」

 弘人はそっと楓の肩を抱いた。

「私、弘人とずっと一緒にいたい。弘人と結婚して、ごく普通でいいから幸せな暮らしをしたい。でも、だからって自分のためにお母さんやお父さんを危険な目に遭わせるなんて出来ないよ・・・・。」

 楓はそう言いながら弘人の胸に顔を埋める。

「このまま楓が弘人の側ですごせば良い。霊体である以上、多少の不都合は我慢すればよい。そう考える事も出来る。しかし、我は永槻祭如女。迷うた魂を黄泉へと誘うが務め。じゃから我は楓がこのまま霊体でいる限り、黄泉へと連れて逝く義務がある。じゃからここにおる。我でなくとも、他の永槻祭如女が参って楓を黄泉へと連れて逝こう。」

 空になったティーカップにまた紅茶を注ぎ、溜め息混じりに乎耶は言う。

「楓が黄泉返りを果たし、弘人と共に生きるか・・・・。楓が諦め、黄泉へと参り弘人と離れて眠るか。二つに一つ・・・・。諦めたとしても来世でまた逢う事叶うやも知れぬ。しかし、今生のように強い想いで、再び一つになる事が出来るとは限らぬ。」

 今生のこの機会を生かすか、来世での幸運を願って諦めるか。乎耶は容赦のない選択を迫ってくる。

 しばらくの間、弘人と楓は言葉もなく見つめ合っていた。その瞳には複雑な想いが虹のように交錯している。この数ヶ月間の楽しかった想い出、苦労した想い出・・・・。これからどうすればいいのか。そのために何が必要なのか・・・・。

 そして・・・・。

「楓、考えはまとまった?」

 弘人が限りなく優しい瞳で楓に語りかける。楓もゆっくりと頷いた。

「それじゃあ一緒に言おう。いいね?」

「はい・・・・。」

 お互いの手をギュッと握りしめて、弘人と楓は同時に口を開いた。

 それは・・・・。


「共に生きます。」


 弘人と楓の声が重なった。

「どんなに悩んでも、楓への想いは変えられない。これまで過去一度も添い遂げられなかったとしたら、来世もきっと。だったら・・・・。」

「はい。今の機会を大切にしましょう。これまで越えられなかった運命を変えて、これからずっと・・・・来世でも、またその来世でも共に生きられる道を創りましょう!」

 弘人と楓の瞳は、今までの何よりも強い意志を感じさせている。

 源抄は穏やかに、乎耶は苦笑いを浮かべて二人を見ていた。

「やれやれ、ようやく決心がついたようじゃのう。永槻祭如女としては不本意じゃが、一つここは手を貸そう。我、乎耶としては喜ばしきこと故。」

「拙僧も、法尉としてだけでなく、友人として尽力いたします。弘人さん、楓さん、最後まで諦めずに頑張りましょう。」

「ええ、ありがとう源抄さん、ありがとう乎耶。」

「私達、絶対に諦めません!」

 どんなに生まれ変わっても、どんなに愛し合っても結ばれる事の無かった二人は、今生で奇妙な出会いをし、再び心を通わせている。

 そして弘人と楓の言葉は過去の自分たちの運命を変えたいという熱意に溢れていた。それが綿々と続いてきた二人の宿命を変える力となるのだろうか。

「ならば、これからせねばならぬ事が一つできたのう。楓の両親に会うてみねば。法尉よ、なれの力の見せどころじゃ。奮起せいよ?」

「言われずとも。それよりも乎耶さん、先程言っていた佐荷辰衛守という神ですか?かの神に会うための手段はあるのですか?」

「ふふふ、任せておくがよい。安心してたもれ。」

 何やら得意そうな乎耶。源抄はそれを見て席を立つ。

「では拙僧は部屋に戻って今後の事を考えます。もし楓さんのご両親の元へと行かれる時には拙僧も同行します。声を掛けてください。」

 源抄は弘人と楓の礼を聞くと帰宅した。楓の両親を説得できるよう考えを巡らせると言って。

「さて・・・・弘人、楓。なれ等は楓の両親の元へと行かねばならん。楓の黄泉返りのためには両親の願いが必要じゃ。じゃがその前に、弘人は楓との仲を許してもらわねばのう。」

「え?楓との仲?」

 意外な事を言われたように弘人が一歩退く。乎耶はそれを見て溜め息をつく。

「当然じゃ。親の許し無くて契りを交わすなどできまい?」

「いや、今はもうそういう時代じゃないんだが・・・・。」

 照れているのか、弘人は視線を泳がせて頭を掻く。

「弘人はまったく無粋だのう。娘がせっかく黄泉返っても、すぐに嫁に行ってしまうのでは両親が不憫じゃて。」

「いや、まあそうだけど・・・・。」

「ああもうっ、煮えきらんのう!なれは男じゃろうがっ!」

「うっ・・・・はい・・・・。」

 楓に言われるならまだしも、何故か乎耶に圧される弘人。楓はそれを困ったようにみて笑っている。

「ほれ、楓も何か言ったらどうじゃ。なれも嫁に行くのは生娘のうちがよいじゃろ?」

「や、やんっ、乎耶ちゃん・・・・そんな事・・・・。は、恥ずかしいよぉ・・・・!」

 からかっているのか真剣なのか。楓にも躙り寄る乎耶。楓も楓でクネクネと身体をよじらせて恥じらっている。

「で、でもぉ・・・・いざ両親に会うって事になると恥ずかしいなぁ~・・・・。」

「おい楓、恥ずかしいとかそういう問題じゃ・・・・。」

「そうじゃ、生娘のうちにハッキリさせておくのじゃ。」

「いや乎耶、そういう問題でも・・・・。」

「何を申す弘人。(めと)女子(おなご)は生娘の方が良かろう?・・・・はっ、まさか!よもや楓、なれはすでに・・・・・?!」

「そっ、そんな事ないよぉ~~~。」

「乎耶、楓、お前ら・・・・。」

「そっ、それでは・・・・。はっ!楓、なれはとうに弘人に身体を許したのか?!我が側におるというに、何と大胆な・・・・!」

「いやぁ~ん!してない、してない!たすけてぇ~っ!」

「これっ、消えても我には何処におるかわかるのだぞ?・・・・・・・・ほれ、つかまえたっ!」

「きゃぁ~っ?!」

 まったく、今までの緊張感は何処へやら。当初の話題から脱線して戻ってこない乎耶は何やら期待に満ちた目で楓を見ている。

「いい加減にしろ、マセガキめ・・・・。」

 いつのまにか、弘人の熱はさがっていた。どうやらコイツらの馬鹿さ加減に、風邪もどこかへ逃げ出してしまったようだ。

 しばらく続く楓と乎耶の赤面ものの話を、そっぽを向いて聞かないふりをしながらも、ついつい聞き耳を立ててしまう弘人と源抄であった。


つづく

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