第一部 序~1
プロローグに代えて~夏の夕暮れに~
都会の喧噪の中で、彼はゆっくりと横断歩道を渡っていた。仕事も一段落して、担当の編集者と別れての帰り道。夏の終わりを告げる夕暮れのヒグラシがカナカナと鳴いている。
「ヒグラシ・・・・、か。よく考えてみたら、べつに夏の盛から鳴いてるんだよな。」
ちょっとセンチメンタルになりかけた自分に呆れる。
べつにそんな柄じゃないだろうに。
大滝弘人というのが彼の名前。28歳の釣具屋のお兄さん。
釣り好きがこうじて入社した釣具店で、もう永い事勤務している。
最近は釣りの腕をかわれて雑誌の取材に協力(店長の口利きもあったのだが。)もするようになってきた。
今日は群馬県の渓流でフライフィッシングをやってきた。今はその帰り道。
雑誌の取材協力といったって、今回の取材自体がボツになればそれで終わりなのだが。
普段通る事のない通りの途中で、今日の釣果はなかなかの物だったと感慨に耽る。
釣り具の入ったリュックを背負いなおし、点滅を始めた信号を見て慌てて横断歩道を渡り終える。
「あっちぃ~。」
走り終えると、夕方になっても低くならない気温のせいで一気に汗が噴き出す。
「とっとと店に帰ろう・・・・。」
一人呟いて勤め先の店へと急ぐ。
今日は別に取材だからといって休みを取ったわけではない。店に戻って店長に今日の収穫だとか現場の情報だとかを報告しなければならないのだ。
あと幾つか信号を渡れば店に辿り着く。クーラーの効いた店内が待っている。
「あっ、すいません!」
急ごうと思ってリュックをまた背負いなおした時に、釣り竿のケースの肩ひもが逆にずり落ちた。
それだけならなんて事はないのだが、事もあろうに信号の横断歩道の隅に座り込んでいた人の荷物を弾き飛ばしてしまった。それは白い小さな花瓶。
慌てて謝りながら、なおも勢いよく転がって行こうとするその花瓶を拾い上げる。幸い花瓶は割れていなかった。欠けてもいないようなので胸を撫で下ろす。
「すいませんでした。」
「いえいえ、どういたしまして。」
頭を下げて花瓶を渡すと、穏やかな女性の声が帰ってきた。
少し老けた感じの女性の声。
しかし、こんな交差点で何を座り込んでいるのかと不思議に思ってよく見ると、相手の女性の手には数本の菊の花が握られている。
「あ、しまった・・・・。」
とっさに弘人は辺りを見回してそう呟いてしまった。
ここは以前から事故の多い交差点。女性の持っている菊の花と、弘人の弾き飛ばした花瓶・・・・。
状況は少し考えれば明らかになる。
「すいません!とんでもない事を!!」
取り乱しながらも何度も頭を下げる。その度に女性の方は穏やかに許してくれた。
今日は娘の命日なんだと、寂しげな言葉を聞いた後、罪滅ぼしにと献花の手伝いをして、女性の隣で一緒に手を合わせる。
「もう十年になります。あの娘、18で逝っちゃったから、生きていればあなたと同い年なんですねぇ。一緒に手を合わせてくれて・・・・大滝弘人さんでしたね。あの娘も喜んでいると思うわ。」
そう言って女性の見せてくれた娘の写真。そこにはカメラに向かって両手でピースをする、可愛い女の子が映っていた。
不謹慎にも自分好みの娘だなと思ってしまってから反省に顔が赤くなる。
「あら、惚れちゃったかしら?でも残念ね、あの娘はもうあっちにいるのよ。」
弘人の顔色を見て勘違い(半分はあたっているが。)したのか、女性はふんわりと笑った。
寂しげな色を隠すかのように。
バツが悪くなりそうなので、「急ぎますから。」といってその場を後にする。横断歩道を渡る時、何度も振り返ってはその度に頭を下げながら。
こういった場合、終わったからそれじゃあという風に立ち去るのも気が引ける。でも必要以上にその場にいても仕方がないのだ。
そう割り切って、弘人は横断歩道を渡りきるともう後ろを振り返る事をしないようにした。
交差点ではまだ女性が花瓶に立てかけた写真に向かって話しかけている。
「良かったわね、優しい人で。あなたも生きていればあんな人と結婚して欲しかったわねぇ。・・・・なんて、こんな事を言っても仕方がないのね。かあさん、後どれくらいすればあんたに会えるのかしらねえ。お父さんは手術したばかりで今年はこれないから、病院で祈るって言ってたわよ。お父さんも今日は一日泣き顔ばっかりじゃ、あんたが悲しんじゃうって言って無理に笑ってるわよ。」
道行く人が一端は何事かと振り向くが、事情を知れば無言でその場を立ち去る。
弘人もそんな中の一人にしか過ぎないはずだったのに、まさかこの後にあれほどまでに不思議な『縁』が出来るとは、弘人は思いもしなかったのである。
こころでぎゅって抱きしめて
(1)
目の前が暗くなる気持ちで、弘人は眉間に指をあてて考え込んでいた。
これは夢か?それとも俺の頭が暑さにやられてしまったのだろうか?
それともこれはドッキリ番組のイヤガラセか??
思いつきそうな事柄を肩端から頭の中で詠唱していく。
「あの~、聞いてます?弘人さん?」
状況にそぐわない、可愛らしい声が部屋の中に響く。
一人暮らしの平長屋。そんなに広いワケじゃないから普通声が響く事もないのだが、『彼女』の声は明らかに『響いて』いた。
自宅に帰って、今日の渓流での釣果をパソコンに打ち込んでいる最中、突然耳元で聞いた事のない女の子の声が聞こえた。
驚いて辺りを見回しても誰もいない。テレビはついていないからテレビとも違う。隣の部屋の住人は引っ越してしまって、誰も隣には住んでいない。
空耳かと思ってパソコンに向き直ると、再び女の子の声が。
「なっ、誰だ?」
振り返って部屋中を見回す。玄関、台所、今いる四畳半、襖がなくて丸見えの寝室、トイレと浴室。どこを見ても人などいやしない。当たり前だ、一人暮らしなんだから。
しかし、部屋を一週ぐるりと見回して再び自分のいる四畳半に視界が戻ると、いきなり目の前に女の子がいた。
ぱっちりとした瞳に長めの髪を両脇で縛った髪型。ツインテールとでもいうのだろうか。キャミソールに薄手のカーデガンを羽織り、ミニスカートをはいた可愛い女の子だ。
「わっ?!」
「さっきは母がお世話になりました。お母さん、結構天然入ってるんで、ボヤッとしててお礼も満足に言いませんでしたよね?失礼しました。」
ちょこんとお辞儀をしながらの第一声がそんな、ごく一般的な言葉だった。
それでもこの状況は一体どうした事かと、弘人は眉間に皺を寄せる。
状況が理解できなくて、脳がハングアップしそうになっている。
そしてさっきの一言。
「あの~、聞いてます?弘人さん?」
『何をだ?』と聞き返す前に弘人が聞きたいのは、『お前は誰だ。』という事と、『ここで何をしている?』という事。
そして更に弘人を混乱させるのが、この娘の登場の仕方とセリフだった。
母親?お前の母親など知らない。しかもお前は何故ここにいる?
どうやって入って・・・・いや、ここに立っている?
というよりお前は一体誰だ?
グルグルと思考回路が回り、まったく結論が出ないまま混迷していく。
「あの~・・・・。」
何か言いかける女の子の言葉を遮り、掌を顔面に押しつけるようにして、黙っていろと意思表示をする。
「あう・・・・。」
女の子は自分の行動を遮断されたようにビクリと立ちすくんだ。
その機を逃さず、弘人は思いつく限りの言葉を女の子に投げつける。
「・・・・・一体どこから入ってきた?玄関の鍵はかかってるのに。それからお前は誰だ?何しに来た?なんでここにいる?それよりも何故、俺の名前を知っている?何故、俺の住んでる所を知っている?それから・・・・。」
たたみ掛けるように弘人の言葉が女の子に突き刺さる。
「あう~ん。そんなにいっぺんに聞かれてもぉ~・・・・(泣)。」
「あのな・・・・。」
困ったような仕草で『イヤイヤ』をする女の子を見て、弘人の方がいっぺんに脱力する。
「聞くなら一つずつにしてください・・・・。」
「そうか。ならまずはお前は誰だ?」
「私?あ、そうか。自己紹介がまだでしたね。ゴメンナサイ・・・・。」
「いいからっ、早く答えろ。」
「きゃうっ?!」
弘人の押し殺した苛立ちに、いちいち反応する女の子。それが更に弘人の苛立ちを助長するのだが、ここは一つ大人になって冷静にならなければいけないと弘人は思った。
「私は篠崎楓といいます。」
ごく普通に答える女の子、もとい、楓。
「そうか、一体どこから入ってきた?」
「?」
不思議そうに首を傾げる楓。
首を傾げたいのは弘人の方なのだが。
「それは・・・・弘人さんにくっついて一緒に来ました。」
「なっ・・・・、どこから?」
「えっと、さっき弘人さんを見つけてからずっと。釣具屋さんで働いてるんですね。」
つまり弘人は自分が勤め先でも、部屋に帰って来てからも、今まで誰かが一緒にいるのに気が付かなかったと言う事になる。
自分がとんだ間抜けである事に気が付いた弘人は一瞬呆然となる。しかし、それで終わってしまってはいけない。
「そ、それで何しに来たんだ?」
「あ、それはお礼を言いに・・・・。」
「何の?」
弘人の疑問は至極当然の物だった。しかし楓は困ったように俯いてしまう。
「何だよ、どうしたんだよ。」
「あの・・・・。お母さんの花瓶、拾ってくれてありがとう。あのまま転がってたら、今度はお母さんが跳ねられてたから・・・・。」
お母さん?花瓶?お礼?
はたとそこまで考えて、突然ある条件の下にすべての状況が一気に理解できた。
それはあまり考えたくないという事だけは確かだが。
彼女の声がやたらと響いて聞こえるのも納得がいく答えだ。
「まさか・・・・。」
一人でたじろぎつつも、確かめようという勇気はなかった。
「まさか・・・・なんですか?」
不覚にも一言漏らしたところを楓が鋭く聞いてくる。
「いや、なんでもない。」
弘人はそう言って冷や汗を垂らしながら視線を逸らす。セオリー(?)通り祟ってくるとかならまだしも、こんなアホな事があってたまるか。
しかし。
「考えてる事、分かりますよぉ?私の事、ゆ~・・・・。」
「わぁ!言うな、言うなーーー!!」
両手で両耳を塞ぎ、わざと大きな声で騒ぐ弘人。昔からおばけが怖いとかそう言った事はなかったのだが、いざ目の前にいるとなるとやはり・・・・。
今、目の前に・・・・幽霊がいる・・・・。
しかもこんなごく普通の、どこにでもいそうな女の子が、だ。
「あの、騒ぐとお隣さんが迷惑では?」
「お前が言うな、お前が!」
両耳を塞いでいるのに聞こえてきた事を弘人は気付きもせずに、楓のちぐはぐで一般良識的な発言にツッコミをいれる。
「隣は引っ越していないから大丈夫だ。」
「そうですか、良かった。」
そして弘人は幽霊に対して照れ隠しをしている自分に気が付き、自分を極力落ち着けようと大きく深呼吸を数回。その様子を小首を傾げて見る楓。
それを横目でちらりと見た弘人は、あの女性、つまりは楓の母親が見せてくれた写真の事を思いだした。
「なあ、お前ちょっとピースしてみ?」
「はい?こうですか?」
直立の姿勢で右手を挙げてピースする楓。
「いや、そうじゃなくて、こう。両手で・・・・。」
弘人はあの写真と同じポーズを楓に要求する。楓も素直に従う。
「あ・・・・。」
そこには写真で見た女の子が確かにいた。少ししか見ていないのにハッキリと覚えているのだから間違いない。
そして目の前にいる楓を見た瞬間に、不覚にもまた『可愛い』とか思ってしまった弘人がいた。
「そ、それで?一体俺にくっついてきて何をしようって言うんだ?説明して貰おうか。」
額の冷や汗を拭いながら、弘人は楓に対して忘れかけていた当初の目的を果たそうとする。彼女が幽霊だという事で、すっかり脱線しそうになってしまった。
「あ、それ・・・・は・・・・。」
言い難い事なのだろうか、モジモジと俯く楓。その仕草につられて弘人も楓の足元に視線が行く。
足がちゃんとある。というかちゃんと見えている。どうやら幽霊の足がないというのは実際には違うらしい。
「なあ、お前が死んだ時に靴は履いてなかったのか?」
「はえ?」
また脱線するのは解っているのだが、ちょっとした疑問を弘人は口にする。
「お前靴下だよな。死んだ時は裸足だったのか?」
「いいえ、ちゃんと履いてましたよ?どうしてですか?」
「いや、靴下だから・・・・。」
そう言って楓の足元を指差す弘人。太股まであるストライプ柄のソックスが健康的な脚線美を醸し出している。いや、健康的とかはこの際、まったくもって論外なのだが。
それを見て楓はまた不思議そうに小首を傾げる。
「だって、家にはいる時は普通は靴脱ぐでしょう?私にだってそれくらいの常識はありますよぉ。失礼だなぁ。」
怒られてしまった。弘人は何気なく玄関を見る。しかし当然、幽霊の脱いだ靴などあるはずもない。
「あ、脱いだ靴はどこやったとかのツッコミはナシで・・・・。」
ちょこっと舌を出しで戯ける楓。
「はぁ?!・・・・まあいいや。それで、説明は?」
「あ、えっとですね・・・・。」
一度脱線したおかげで楓はどうにか話し出した。何故ここにいるのか、何故弘人にくっついてきたのか、何をしに来たのか。
楓の話はこうだった。
ちょうど十年前の今日、楓は交通事故で死んだ。最初は自分が死んだ事すらも解らなかったが、いつも最後に記憶のあるこの交差点から離れる事が出来なかった。
その後、しばらくして両親が花を献げに来た。その時に何度呼びかけても両親は自分に気が付く事はなく、そのまま帰ってしまった。その時に両親についていこうとしても、おかしな『力』が楓を引き戻し、交差点から離れられなくなってしまっていた。
そして楓は自分が死んだ事を悟ったのだ。
その後何度か交通事故があり、何人か死人も出た。それなのに死んだ他の人はみな、どこかにフラリといなくなってしまった。
自分だけが交差点に縛り付けられて、道行く人はみな自分の事に気が付く事はない。
ごくたまに楓に気が付いたような、そんな人が振り返るが、気のせいだろうと肩をすくめて立ち去ってしまう。
この十年間、たったひとりぼっちでずっとあの交差点にたたずんでいた。
楓の両親が自分の命日に花を献げに来てくれる事がだけが唯一の救いだった。それでも両親には楓の呼びかけは届かなかったらしい。
そして今日、母親が花を献げに来てくれた時に、弘人が起こしたハプニング。
本当だったらそのまま楓の母親も車に跳ねられ、死ぬか大怪我をするところだったという。
「冗談はやめてくれ・・・・。」
弘人は楓の母親の事を聞いた瞬間にそう呟いた。
自分のせいで誰かが死ぬなんて冗談じゃない。そう思って怖気が走った。
ところが、弘人がとっさに転がる花瓶を受け止めてくれたので、母親は事なきを得た。そのお礼を言おうと思ったら、今度は何と、楓は弘人の行く方へと道(?)が開けているのを発見してしまった。
しばらく考えたが、段々と道が狭まってくるのを感じた楓は、ようやく交差点から逃れられるまたとないチャンスと思い、弘人を追いかけてきてしまった。
弘人の勤め先で弘人の名前を確認。それはもう、楓は今までにないくらい一生懸命に呼びかけた。
母親の事もお礼を言いたい。そう思って何度も何度も呼びかけていたら、弘人が部屋に帰ってきて一段落した時に突然、楓の呼びかけに反応した。
後は弘人が楓を認識するまでにまったく時間がかからなかっただけ。もう怒濤のように現在の状況がある。
と、つまりはこれが楓なりの現在の状況説明だった。
何故弘人の方に道が開けて、何故弘人が楓を認識出来たのかは解らないと言う。
「・・・・で?今度は俺から離れる方法は?」
「それが・・・・解らないんです。もうどこにも私の行ける『道』が無くなっちゃってて、弘人さんの回りにしか私のいる『場所』がないんです。」
迷惑な・・・・。
一般的な言葉を用いて表現するならば、『地縛霊に憑依された』という事になるだろう。
「お願いです、しばらく一緒にいさせて下さい!」
「アホか!!」
両手を組んで、嘆願する楓に即座に言い放つ。幽霊に憑依されて嬉しい奴などどこにもいない。いたらその顔を拝んでみたい。
弘人は楓の肩をつかんで家の外へとつまみ出そうとした。だが幽霊相手にそんな事が出来るわけもなく・・・・・。
「おわっ?!」
「きゃうん?!」
弘人の腕は楓の身体をすり抜け、スカッと空振りした。そのまま弘人は楓の身体を通り抜けてすっ転ぶ。
「いてぇ~・・・・。んなっ?!」
尻餅をついて楓を見上げる。楓は弘人の腹部を貫通する形で立っていた。
「大丈夫ですか?・・・・あ・・・・、いやん!」
楓は一度弘人を気遣おうとしたが、真下から見上げる弘人を見て慌ててミニスカートの裾をおさえた。
そしてさっと弘人から飛び退き、ぺたんと座り込んで弘人を潤んだ瞳で睨みつける。
「見ましたねぇ~!」
「ピンクの水玉・・・・じゃねぇって!あ・・・・アホウ!不可抗力・・・・て言うかそういう問題じゃないだろうが!!」
寝そべったまま楓の抗議に逆ギレする。
いきなり憑依しておいて、さらに一緒にいさせてくれと頼む幽霊など聞いた事もない。しかもごく普通の恥じらいを見せる幽霊など、弘人は想像もしなかった。
「と、とにかく出ていけ。俺は取り憑かれるなんてまっぴら御免だからな!」
その言葉を聞いて、慌てて楓が両手を組んですり寄ってくる。
「そ、そんな事言わないで下さいよぉ~。私、他に行くところがないんです~。」
「馬鹿、親御さんの所とか自分の墓とかあるだろうが!」
「行き方が解りませぇ~ん。お願いですから置いてください~。」
泣きそうな瞳でにじり寄ってくる楓。ジワリジワリと後退りする弘人。
生きている時の記憶はあるから自分の住んでいた家への行き方はわかる。しかし肝心の弘人からの離れ方が解らないらしい。
「えうぅぅ~・・・・。じゃあ弘人さんに見えないようにしてそばにいますぅ・・・・。」
「それもやめろ・・・・。」
見えるか見えないかではなく、居るか居ないかなのだ。
どうにもならず、弘人は途方に暮れた。取り憑かれ、その霊を見る事ができてしまった弘人。しかもその相手は随分とお間抜けで、どこにでもいそうな女の子。それにどうやら自分が招き寄せる原因を作ったようだ。
そして彼女の話を聞いて、少なからず同情してしまっている自分もここにいる。
しばらくの沈黙の後、ようやく開いた弘人の口から発せられたのは・・・・。
「ったく、どうしようもないんだったら許すしかないじゃないか。」
だった。
それを聞いた楓は歓喜の表情を表す。それは弘人が写真で見た、あの笑顔と同じだった。
その可愛さに、一瞬どきりとする弘人。
「きゃう!ありがとうございますぅ!」
相当嬉しかったのだろう。尻餅をついたまま壁にもたれている弘人に抱きつく。いや、抱きつこうとする。
「はややっ?! 」
当然お互いに触れられないのだから、楓の身体はそのまま弘人を壁もろともすり抜けてズッゴケるかたちになる。
ビックリする弘人の目の前には楓の小さな可愛いお尻だけがあった。
「弘人さん、いきなり部屋を暗くするなんて気が早いんですね♪」
「アホかい!人の身体突き抜けて何やっとんじゃ!」
弘人の言える、精一杯のツッコミが部屋に響き渡った。
そしてこの奇妙な『同居人』となった篠崎楓と、果たしてこれからどう接していけばいいのか不安になる弘人であった。
つづく