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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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乖離

 

「聖鎧は、どうした?」

 

 王の声が広間に響く。

 

 安堵の中にも不安が疼いているような声。

 

「南の村を越え、海岸線に向かった模様です。今だ健在とのこと」

 

 うむ、と返事をし額を手で覆う。

 

「あれを使うことになるとはな……」

 

 何度目の言葉か。

 

 何度目の後悔か。

 

 聖鎧は人を喰らう。いや、適合者以外は喰らう。

 

 どんな理由で適合するのかはわからない。

 

 だから、試すしか無い。

 

 使いたいと思っても、使えるものではない。

 

 使いたくないというのが本音だろう。

 

 人喰いの箱に何人の忠誠を犠牲にすれば目覚めるのか。

 

 だが、目覚めれば、その力は絶大。

 

 人に対しては確かに絶大であった。だが、異形のモノに対抗しうるかは半信半疑だった。

 

「異形のモノにも聖鎧の力は有効な様子。ですが……」

 

「――人をも殺す、か」

 

 報告を続けようとする騎士を遮り、王が呟いた。

 

「そのように報告を受けております」

 

 僅かな沈黙。

 

 続けよという王の言葉に従い、騎士は頷く。

 

「海に近い南の村では、聖鎧に近づいた調査団の数名が死亡致しました。聖鎧にとって近づくもの全てが敵として認識されている模様です。壁の建設に向かった行軍には、聖鎧に近づく事を禁ずと伝令をだしておりますが、その返事は未だ返ってきておりません」

 

「行軍の指揮はレヴィアスだったな。あやつならば聖鎧の事実も知っておろう……」

 

 ため息を一つつき、領主たちを集めよと命じた。

 

「まだ、動いておるのだな……」

 

 北の城から見える南の景色。

 

 背後は高い山々。その山を超えると、断崖絶壁のように海になる。

 

 南から吹き込む風が乾き冷やされ、北の空で凍り、大地を雪で包む。

 

 北の城から見える景色は、世界が純粋であるかのように見せかける。

 

 純白で、色のついていない世界。

 

「もう、時間は残されておらぬな……」

 

 聖鎧が発ってから数日。

 

 聖鎧が果たして七日で元の姿になるか。

 

 もし、そのまま戦い続け、人間に被害を与える事態になったら。

 

「――ゆるせよ。騎士よ」

 

 王ははるか遠く、遠くの誰かに向かって、つぶやいた。

 

 懇願。決断。

 

 誰も聞き届けることの無い懇願。

 

 王は目をつむり、まるで黙祷するかのように立ち尽くしていた。

 

 どのくらい時間が経っただろうか「まもなく」と側近の声。

 

 王は踵を返し、城の奥へと戻った。

 

 沈痛な面持ちの王に対して、集められた領主たちは、心持ち足取りが軽かった。

 

 聖鎧の事は知っている。

 

 だが、恐ろしいと言われた聖鎧も、起動に立ち会った領主の命を受け、南へ向かった。そして異形のモノ達を殲滅している。

 

 自分たちの国は守られる。

 

 自分たちの世界は守られる。

 

 自分たちは、守られる。

 

 表面上だけ見れば勇者が降臨し、侵略者を撃退している。

 

 王の言葉を、真摯に考えるものは少ない。

 

 誰かを褒めるでも無いだろうが、事態が収拾に向かっている事を宣言されるに違いない。

 

 そういった空気が有る。

 

 領主たちが次々に王が執務室にしている間へ集まる。

 

 中央と違い、それほど広くはないが、城は城だ。狭い場所ではない。しかし、妙に息苦しい。

 

 既に並んでいる領主たちも、面持ちが硬い。

 

 王の表情のせいだろうか。

 

 痛々しいまでに沈痛な面持ち。

 

 いい知らせなわけがない。と誰もが解ってしまう。

 

「集まったな」

 

 王の側近の騎士が頷く。

 

 王は立ち上がり、一歩前に出た。

 

「まだ戦力を残しておる者たちはおるな?」

 

 領主たちが窮する王の問い。

 

 勇者に続き進軍せよと言われてはいたが、自らの領地を守るための戦力を残した者は多い。

 

「全ての領主は武装せよ。剣を掲げ全ての軍を率い南へと向かうのだ。聖鎧の器を回収せよ」

 

 ざわめき。

 

 何故、勝利の後に武装なのか。

 

 王の鬼気迫る表情の前に、誰も問を口に出せない。

 

 王の言葉だ。従うのは当然。

 

 しかし、腑に落ちない。

 

 領主同士が目配せして、どうしたら良いのかと混乱している。

 

「なにをしている。王の勅命ぞ」

 

 側近の声が急かすも、ざわめきは収まらない。

 

 たまらず一人の領主が口にした。

 

「なぜ武装なのでしょうか? 脅威は去ったのでは? 王の命に逆らうつもりはございません。しかし、出来れば理由をお聞かせ頂ければと」

 

 普段なら、下手な物言いは不敬罪だ。

 

 領主の中には、自分たちが前衛にまで出るのだからと、領民に安心させるのだろうと思うものも居れば、領民の不安を駆り立てることになると思う者も居る。勇者の勝ち取った勝利を、横取りかとまで思うものまでも居るだろう。

 

 

「何故理由がいる。王の命ぞ」

 

 領主は側近に言われると言葉も無い。

 

 王は普段なら、納得できる理由をくれる。だが、今日の王はどこか違う。

 

 王はそれ以上言葉を口にせず、領主たちもそれぞれ退出した。

 

 全ての領主が退出し、王と側近のみが残る。

 

「お前も下がって良い。暫くはひとりにしてくれ」

 

 側近も一礼して部屋を出る。

 

 深いため息を付く王。

 

「……終われば良いのだが」

 

 王のつぶやきが、妙に部屋に響いていた。

 

 

 

 

 

 援軍が通り過ぎ、村は静けさに包まれていた。

 

 誰もいない。

 

 行軍から抜け出て、村に残った者もいないのだろう。

 

 レイモンドは足早に家へと向かった。

 

 村のはずれ近くにある家。

 

 さっきから体がおかしい。しかし、痛いとか辛いとかじゃない。妙に軽い。

 

 走っても疲れない。

 

 勝利がもたらした高揚感か。

 

 興奮で体が軽いのか。

 

 一歩一歩が軽く、跳ねまわってる感じ。

 

 それがずっと続いている。

 

 家だ。

 

 ドアを開くも、誰もいない。

 

 避難した後、戻っていないらしい。

 

 行軍は村よりも南へ進んだ。

 

 もう安全なはず。けど、逃げた人たちはどうなったか。

 

 安堵の中に生まれる不安。

 

 俺が生きていて家族が死んだら、なんのための囮だ。

 

 歯がゆさを振りきって走りだす。

 

 密集した森。洞窟。北への道。

 

 北への道を進み逃げたのならば、行軍と出会っただろう。異形のモノに追いつかれていなければ。

 

 密集した森に逃げ込み隠れた、もしくは、まだ逃げ続けているなら、まだ遠くまでは。だが、それも追いつかれていなければの話だ。

 

 自分が意識を失った後、どのくらいで援軍が来てくれたのかわからない。

 

 みんなが殺された後に来たのかもしれない。

 

 悪い想像ばかりが浮かぶ。

 

 いつも通っていた道、しかし、今は妙に寒々しい。

 

 異形のモノが残っていたらと考えると、背筋に寒気が走る。

 

 行軍が通り過ぎたということは、敵はもういないはず。

 

 行軍が強くて、凄く強い騎士が異形のモノを倒して通り過ぎたのなら、もしかして隠れてるのもいるかもしれない。

 

 悪い想像がどんどん膨らむ。

 

 意外な事に悪い想像で頭がいっぱいになっても、体の軽さは健在だった。

 

 まず、森へ。

 

 洞窟は森からはずれた場所にある。入口は見つかりづらい場所。だからまず、手近な森を確認する。

 

 妙に冷静だった。

 

 いつもなら、最初にリリを心配して洞窟に駆けつけただろう。

 

 自分でも信じられないくらい、冷静。

 

 さすがに、あれだけの戦いを切り抜けた後なら、こうなるのだろうかと納得する。

 

 森もまた、レイモンドにとっては、いつも来てる場所だ。

 

 田畑で採れないような山菜やキノコを採ったり、小さな弓を使っての狩猟。子供の頃から遊び慣れた場所でも有り、生活のために必要な場所でも有った。

 

 普段でもなれた足取りで進めるが、今日はやっぱり違う。

 

 妙に足取りが軽く感じる。

 

 殆ど手を使わず、逃げるだろう道を探索する。

 

 普段なら息切れしてもおかしくない距離を走ってるのに。

 

 森に、異形のモノは居ない。

 

 軽快に走るも、しかし、しっかり索敵はしている。

 

 地面にも、誰かが殺されたような形跡はなかった。

 

 普段なら多少怖がりながら進むだろうが、なぜかいける気がする。

 

 森の奥までは流石に行けない。これ以上行けば迷う。

 

 鬱蒼としていて、なおかつ、誰も踏み込めないような密集度。

 

 陽が落ちてこないにも関わらず、植物が隙間なく伸びている。

 

 さすがにこの先には行ってないだろう。

 

 草をかき分けた形跡もない。

 

 早々に見切りをつけると、足早に洞窟へと向かう。

 

 洞窟の入口は強固だった。

 

 見つけづらいところでもあるが、それ以上に、村の財産だ。

 

 それゆえ、他の者に入られて荒されでもしたらという事もあり、入口は頑丈に作られている。

 

 頑丈ではあるが、しかし、扉は外側からは鍵がかけられるが、内側からは扉を閉めるだけしか出来ない。だからみんな、奥へと逃げ込んでいるはず。

 

 森を走りぬけ、街道を越え、洞窟の有る岩場へ。

 

 岩の隙間のような入口。

 

 しかし、しっかりとした出入り口で塞いだために、逆に目立つ気もする。

 

 普段なら、誰かがここで見張りをしているはず。

 

 他の村や村への体裁的には、ここは食料保存庫。

 

 他の場所でもそうだが、不作の時などは食料をめぐって諍いが起きる。

 

 通貨は大きい村でしか通じず、小さい村では食料等で物々交換が普通だ。

 

 妙薬を考えないとしても、ここは村の財産が保管されていると言っていい。

 

 レイモンドが洞窟の入口にたどり着くのには、多少の時間がかかった。

 

 入口には何もない。

 

 扉は壊され、何か嫌な感じだ。

 

 異形のモノが来たのだろうか。

 

 武器は伐採斧だけ。心もとない。

 

 灯りも作れず、暗い洞窟に入れば敵を見つける間も無く自分は死ぬだろう。

 

 だが、ここに逃げ込んだみんなが心配だった。

 

 伐採斧を握る手に力が入る。

 

 逃げった伐採斧の柄が、メキッと割れて刃の部分が落ちる。

 

 使いすぎたかと、拾って割れてない部分に持ち直す。

 

 薪を作るのに枯れ木を運び、散々使っている。刃こぼれもしているだろう。

 

 こんな武器で、異形のモノとやりあうことになるのか。

 

 入口から中の様子に耳を済ます。

 

 片目だけ閉じ、片目で周囲を警戒する。

 

 洞窟に入った時に、閉じていた目を開けば、多少は見えるはず。

 

 息を整え、自分を落ち着かせる。

 

 なんとかなる。なんとかなる。なんとかなる。

 

 レイモンドは、洞窟に飛び込んだ。

 

 先ほどまで開いていた片目を閉じ、また、逆の目を開けて。

 

 見える。

 閉じていたことで開いた瞳孔が洞窟の中を見通す。

 

 自身が驚くほどに視野が効く。

 

 入口は確かに狭い。

 

 異形のモノは通れないはず。

 

 だがもし、異形のモノも体の小さいモノがいたらと考えると寒気がする。

 

 体の小さい異形のモノがみんなを傷つけていたらと考えると寒気がする。

 

 食料貯蔵の場所を過ぎると、人が這いずって入れるほどの小さい隙間。

 

 そこを抜けると幾つかの枝分かれの道があり、そのうち1本が地底湖に続く。

 

 レイモンドが貯蔵庫を抜けた時、目の前に動くもの。

 

 それらが振り向く寸前、レイモンドは物陰に入る。

 

 それらは触肢を揺らし、何が来たのかと探っている。

 

 異形のモノ。

 

 入っていた。洞窟に入っていた。

 

 もしかしたらもう、先に行ってるかもしれない。

 

 胸が熱くなる。興奮でか、緊張でか、怒りでか。

 

 家族の笑顔が脳裏によぎる。

 

 いつも優しい母親と、厳しくも正しい事を教えてくれる父親。

 

 そして、甘えてくる妹の顔。

 

 もしみんなが殺されていたら。

 

 もしみんながまだ生きていたら。

 

 じっとしてなんて居られない。

 

 体中が沸騰した様に熱い。

 

「うおあぁぁぁぁぁっ」

 

 レイモンドは後先を考えもせず、異形のモノに斬りかかっていった。

 

 


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