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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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勇気の代償

 

 聖鎧を纏った老兵は無敵の強さを誇った。

 

 偵察の者たちが恐れ、近づけないほどに。

 

 早馬で追っても追跡出来ず、やっとのことで聖鎧らしき戦跡についてみれば惨状。

 

 異形のモノたちの遺骸が、そこかしこに散らばっている。

 

 遠くではまだ戦いが続いており、異形のモノ達が聖鎧に蹂躙されていた。

 

 偵察という任務でありながらも、ともすればともに戦えると思っていた。

 

 状況を観察し、把握し、そして、近づいてはならないことを知る。

 

 聖鎧は、お伽話に出てくる竜をイメージさせた。

 

 人が竜になり、そして、人を守る。

 

 そういった伝説が新たに生まれるかもしれない。

 

 偵察の者たちが生きて帰れて、しかも、人間の世界が続けばの話だ。

 

 異形のモノ達を肉塊に変えつつ進む聖鎧は、後続からは見えない。

 

 聖鎧の戦いを目にできるのは、僅かな偵察隊のみ。

 

 後続の隊列は進んではいるものの、南の地に壁を作らねばならないのだ。

 

 南の地にも資材はあるだろう。だが、運べる資材は運ぶ。足りないという事はあってはならないのだ。

 

 騎馬隊が前衛に、食料や資材を運ぶ馬車が続き、歩兵が最後に並ぶ。

 

 人と人とが争うときに、隊列を組む。そういう場合は有効だろう。

 

 異形のモノ達の前に歯が立たない騎士達が前衛でなんの意味があるのか。

 

 隊列の中の食料や物資が襲われた時、歩兵が駆けつける。だが、それも異形のモノ達であれば蹂躙される。

 

 だがしかし、隊列は作らない訳にはいかない。

 

 北の城より南の海へ。

 

 その途中、避難している民衆が食料欲しさに襲ってくるかもしれない。混乱に乗じて、空き家になった民家で盗みを働く野党も増えているという情報もある。

 

 人は窮地でも団結しきれはしない。

 

 最後を感じた時に、己の満たされていない物を満たそうという者も多いのだ。

 

 恐らくは聖鎧が異形のモノ達を倒してくれているはずだ。

 

 聖鎧ならば勝てるだろうと信じきっている。だが、聖鎧が異形のモノを倒し、無人になった村や村が安全かといえば、そうではないのだ。

 

 心を壊された人間もまた、人間の敵になる。

 

 幸い、ここまで進む間に異形のモノとは遭遇していない。

 

 異形のモノ達の侵攻が遅いのか、それとも、聖鎧の功績か。だが、隊列の進行は遅い。異形のモノへの恐怖が漂っている。

 

 聖鎧が異形のモノと戦っているかどうかもわからないのだ。

 

 ただ、走り去っただけかもしれない。

 

 その後を追い、報告するための任務をおった者たちは居る。しかし、そう度々は戻っては来ない。

 

 そしてまだ、一度目の報告もない。

 

 聖鎧が異形のモノと戦っていることを信じて、聖鎧が倒されていない事を信じて進むしかないのだ。

 

 先頭を行く騎士達は、その事を知っている。

 

 後続の兵士や義勇の者たちは、聖鎧を信じ、いや、勇者を信じて進んでいる。

 

 一番恐怖に取り憑かれ、しかし、決定をくださねばならない先頭の足が鈍っているのだ。

 

 後続に悟られてはならない。

 

 士気の低下に繋がり、ひいては、資材や食料を持ち出し逃げ出す者もいるかもしれない。

 

 皆が逃げ出し僅かな人数ともなれば、聖鎧が異形のモノを撃退していても南に壁を作れない。

 

 みんな知らない。少年が一人で何時間も逃げ回れたことを。

 

 一つの村で逃げまわり続け、異形のモノを留められたことを。

 

 異形のモノが苦手な物を見つけたことを。

 

 錆びた剣でも関節の継ぎ目ならば刺さったことを。

 

 民衆が逃げる時間を稼げたことを。

 

 聖鎧がたどり着くまでの時間を稼げたことを。

 

 だから、歩調は変わらない。

 

 ゆっくりと慎重に、恐怖と向かい合いながら、隊列は南へ進んで行く。

 

 隊列の遅さに不満を漏らすものも出始め、また、ゆっくりではあるが休まない事に不満を漏らすものもいる。

 

 異形のモノ達の恐怖に直面せずに北の城へ避難した者の中には、ただ北から南への荷物運びと、その後の建築程度に考えている者もいる。

 

 誰もが緊張感を維持しているわけではない。

 

 異形のモノがいつ現れるか分からない状況ではあるが、晴天に恵まれのどかな道を進む行軍は、気を緩ませるには十分だ。

 

 恐怖と緊張の中では人は誰かにすがり、その言葉に従うことで安心する。しかし、安穏としたのどかな状況の中では、人は自分の欲求を優先する。ましてや、今から恐怖と緊張の極地へ行こうとするのならば、人の歩は進まない。

 

 結果として、気概が残っている者たちが声をかけ、離脱者を出さないようにと心がけないとならなくなる。

 

 もし聖鎧がただ走り去り、異形のモノ達が目前に現れたとしたら。

 

 聖鎧の真の姿を知る者たちに緊張の緩みはない。しかし、勇者伝説を信じ、聖鎧が起動したと聞いた有志達は違う。勇者の後を行けば安全だ。ただ進み、南に壁を作ればいい。壁を作ってる間も勇者様が守ってくださる。

 

 お伽話や神話と思っていた聖鎧。それがみんなの敵を倒してくれている。

 

 尾ひれが着き、膨らんだ勇者物語が真実であると思い込む者たちにとっては、この行軍での緊張の緩みは仕方がないことかもしれない。

 

 大変なのは、やはり先陣を進む者たち。

 

 後続がだらけるのを叱咤激励し進ませ、しかし、自分たちはもしもの時の為に前を気にしなければならない。

 

 調査団は未だ戻らず。

 

 すれ違ってしまったのかもしれないと思いつつも、それならば北の城から追って報告が来るだろう。

 

 聖鎧にもしものことでもあれば、それもまた、報告があるはずだ。

 

 騎士達は待ち続けていた。それゆえ、時間が過ぎるのを遅く感じる。

 

 まだかまだかと思うばかりに焦る。

 

 行軍は進む。しばらくすれば調査団の報告を得るだろう。そして歓喜して足を早めるだろう。

 

 聖鎧がただ動くものに牙を向けているだけとも知らず、我らが勇者と崇め勇んで進むだろう。

 

 聖鎧が動いているうちに後続がたどり着けば、その結果はどうなるか。

 

 高位の騎士のみが想像できる結果と、行軍に参加する殆どの者との想像とはまるで逆。

 

 だが、騎士は追いつかねばならないと自分に叱咤する。

 

 壁を作らねば、今の脅威が去っても次が来るからだ。

 

 苦悩は聖鎧に追いつくまで続くだろう。

 

 聖鎧に追いつくまでには、しかし、かなりの日数を必要とするだろう。

 

 

 

 

 

 南から中央にかけて、異形のモノ達は侵攻した。

 

 しかし、西や東の村に被害が無いわけではない。

 

 南の村と同じように、南の地に出来た道から現れた異形の者たちは住民たちを襲っていた。

 

 しかし、南の村は開かれた村。対して西と東の村は閉ざされていた。

 

 村の周囲に壁があり、それらが異形のモノの侵攻を妨げていた。

 

 元々は人々が争う際と、山賊が多く出る地域で有ることが壁の理由だ。

 

 人間の世界と言っても狭い。恐らくは、海を超えれば多くの世界があるのだろう。だが、ここで暮らす民衆にとっては、ここが唯一の世界。

 

 村から、村から、追い出された、逃げ出した者たちが山賊となり見知った相手のはずの民衆を襲う。

 

 日々の糧を得るために、畑を荒らす。

 

 最初はただの柵程度だった。しかし、それらは簡単に壊され、畑は荒らされ続ける。

 

 柵など何度でも作り直せる。しかし、それにも限度がある。我慢の限界を超えた民衆は、城壁のような壁を建てた。

 

 山賊となった者達との隔たりを本格的にしたのだ。

 

 幾つもの門は普段は開放されているが、夜には閉まる。

 

 門番は自警団。小さい村の長でさえ、領主気取りになる。

 

 そんななか、異形のモノが現れた。

 

 村の外で異形のモノと出会った者たちは、笑顔で挨拶しながら殺された。

 

 危険を感じた他の民衆は村に逃げ込み、騒ぎは暴動となった。

 

 暴動を騎士が鎮め、迎撃を指揮する。

 

 すぐさま門は閉鎖され、壁の上から矢を射るも、異形のモノ達には通じない。

 

 異形のモノは獲物を求め、森へも侵攻した。

 

 森へ、丘へと逃げ、逃げ場を失った山賊たちは村の門を叩く。

 

 決して開かないとわかっていても、一縷の望みをかけて村の門へ詰め寄る。

 

 しかし、山賊たちはそのまま扉の一部となった。

 

 異形のモノたちは、壁さえ登る。

 

 どうやってかは解らないが、壁に手足をかけて登ってくる。

 

 だが民衆にとっての幸運は、不運な山賊たちが多く居たことだった。

 

 わざわざ壁を登り射るかどうかもわからない餌をさがすよりも、死にものぐるいで挑んでくる餌を選んだのだ。

 

 壁に張り付いた異形のモノもまた、地に降り餌を貪った。

 

 そして、異形のモノが村の外で虐殺を行う間に、村の人間は家の窓に板を打ち付け、ドアに机を立てかけ、全ての出入り口を塞いだ。

 

 人間相手ならは多少は有効だろう。

 

 しかし、相手は異形のモノ。

 

 ふたつ目の幸運は、西と東に散った異形のモノ達が少なかったことだろう。

 

 山賊を虐殺し、食い殺した後、異形のモノ達は元来た方向へ戻っていった。

 

 得られる餌を得たあと、その場を後にしたかの様に。

 

 異形のモノは去った。

 

 また来るかもしれないという恐怖を村に染み込ませて。

 

 次に来た時には、自分たちがああなるのかという恐怖。

 

 それは村の中でさえ聞こえていた。

 

 村の外で行われる虐殺。

 

 山賊の悲鳴と苦悶。

 

 村長のとろこへの外の監視役からの報告。小さな村だ、そんなものはすぐに広がる。

 

 家に閉じこもって居ても響き聞こえる断末魔が、耳についてはなれない。

 

 人が死を間近にして泣き叫ぶ時の声。

 

 助けを求めてすがり、だが、助けを得られない時の絶望の怨嗟。

 

 村は自らを仮死とし、息を潜めて異形のモノ達が通り過ぎるのを待つ。

 

 明日を生きるために、今を屍として過ごす。

 

 地下室を持つ家はそこへ、屋根裏をもつ家はそこへ。誰もが逃げ込んで息を潜める。

 

 食事なんて出来ない。

 

 食べ物を食べて、、その食べたものの匂いに、異形のモノが気づくかもしれない。

 

 誰ひとりとして、危ない橋を渡らない。

 

 村で迎撃を指揮した騎士達もまた、息を潜めていた。

 

 兵士達も、自らが放った矢がめり込みもせずに弾かれた事を目にしている。

 

 敵いっこない。

 

 そう思わせる圧倒的な恐怖を、異形のモノ達はもっていた。

 

 異形のモノが去った後も、恐怖は続く。

 

 いつまた訪れるか解らないという恐怖。

 

 終わっていないということは、始まる可能性の恐怖が残るのだ。

 

 数日の静寂ののち、民衆は恐る恐る外に出た。

 

 乾いた血と肉塊。

 

 食い散らかした。そういう表現がにあう。

 

 だが、食い散らかされたのは人間。

 

 凄惨たる光景だが、民衆はこらえて森へ向かった。

 

 静かに伐採し、村の壁を補強する材料をこっそりと集める。

 

 今はこの村の近くに異形のモノは居ない。しかし、居るかもしれないという恐怖。

 

 まるで通夜のように静かに、材料集めと運びこみは行われた。

 

 そして、村は天井まで作られ、一つの閉鎖空間となった。

 

 誰も入れない。誰も出れない。

 

 閉ざされた村となった。

 

 そして、そんな村に行軍がたどり着いた。

 

 調査団の報告は受けた。

 

 異様なまでの聖鎧の強さ、速さ、そして、残虐さ。

 

 聖鎧は南の村を抜け、海岸部まで到達しているという。

 

 南の村は既に安全圏。

 

 聖鎧が取りこぼした異形のモノは、囮役を引き受けた足に自信があるものが、聖鎧の進む方向へとおびき出した。

 

 全ての異形のモノが排除できたわけでない。しかし、安全で有ることは確かめられたと報告された。

 

 報告に、行軍は浮き足立っていた。しかし、同時に奇妙だとも感じていた。

 

 南の果てで調査団と遭遇した異形のモノ。

 

 その強さ、残虐さ、そして数。

 

 それらを聞いたから、人間たちは王都さえ捨てて北へと逃げたのだ。

 

 しかし、南の村での被害は軽いとも思える。

 

 人と人のの争いでは家屋は壊され、金品は略奪される。だが、ここでは人が居なくなっているだけ。

 

 目的は人間。だから、村の建物自体は無事なのだろう。それゆえ、被害が軽く見える部分もある。

 

 だが、人が殺されたにしては、それらを感じない。

 

 南の村に入った時の戦いの傷跡。

 

 恐らくは異形のモノ達が振るったであろう爪あとが、そこかしこに残っている。

 

 傷跡は壁に、地面にと残っているが、戦場特有の血の匂いがしない。

 

 人が死ねば、血を吹き、肉が残る。だが、奴らは肉を喰らう。

 

 全てを喰らい尽くしたとしても、その欠片は残り、腐るだろう。

 

 腐臭はするはずだ。そして、血の匂いは村中にこびりついているはずだ。

 

 しかし、それがない。

 

 平和な人間世界の騎士といえど、その程度の勘は働く。

 

 ここで誰かが足止めしたのだと。

 

 いったいどうやって?

 

 どんな方法で挑み、足止めしたのか?

 

 どんな風に戦えば、足止め出来たのか?

 

 この村から撤退したという騎士も居るが、その騎士さえも不思議そうにしている。

 

 方法は、誰かが考えたのだろう。

 

 人々が救われたのなら、なによりだ。いや、救われたのだろうか。

 

 その場で喰われたとは限らない。異形のモノがどれほどの知恵を持つかわからないのだ。

 

 民衆が捉えら得られている可能性もある。

 

 調査団は聖鎧を追う一方で、民衆の現在を把握しようと動いている。

 

 どうして異形のモノが、ここで足止めされたのかも調べるらしい。

 

 報告は北の城の王へとなるだろう。だが、前線であるこの行軍にも知らせを貰えると聞いた。

 

 だからでもある。聖鎧は、異形のモノを撃退したとわかる。

 

 民衆が逃げ延びたと思える。

 

 村の外では、別の匂いが、別の物の残骸が転がっている。

 

 それらが民衆が捕まっている事を、わずかに否定している。

 

 捕まえ、どこかに留め置くのであれば、あれほどの数は転がっていないだろう、と。

 

 村に入る前に躊躇したのは、それのせいだ。

 

 これが異形のモノか。

 

 幾つもの肉塊に散らばったソレは、原型をとどめているものは少ない。

 

 だが、原型をとどめているものを調べるのにも躊躇する。

 

 もしまだ息があれば。

 

 そう考えると、調べようとした途端に襲われるかもしれないという怯えが湧き出す。

 

 行軍が近づくのを待って、一気に襲ってくるかもしれない。

 

 聖鎧が、こいつらを倒したのだ。

 

 だから大丈夫なはずだ。

 

 根拠の無い信頼を頼りに、一人が肉塊に手を伸ばす。

 

 硬い甲羅の表面はぬめりとした体液に覆われ、それは異形のモノの全身を包んでいる。

 

 継ぎ目の部分にあたる関節らしく場所は、幾つもの腱が固まっており、ナイフで切って見ようとしても跳ね返される。

 

 腱の目に合わせてナイフをねじ込み、こねくり回して中を見ようとすると、死後硬直か、それとも腱を動かした反応か、異形のモノの体がピクリと動いた。

 

 声を上げて飛び退くと、周りの全員に緊張が走る。

 

 杞憂とわかるも、やはり怖い。

 

 たとえ瀕死であろうとも、一匹でも残っていれば隊列は全滅するだろう。

 

 伝え聞いた異形のモノの力ならば、人間の隊列など一捻りだ。

 

 油断は命取りになる。安全であることを確かめつつ進まねばならない。

 

 高位の騎士は、それゆえ、聖鎧の恐ろしさも感じる。

 

 牙をむく相手がいなくなれば、異形のモノがいなくなれば、聖鎧の牙の行く先はどこか。

 

 殆どの者は、隊列が牛歩である理由を異形のモノへの警戒であると理解している。しかし実際のところは、聖鎧にたいする警戒でも有る。

 

 この隊列自体も無駄かもしれない。

 

 異形のモノが絶え間なく押し寄せてきているのであれば、聖鎧は倒れるまで戦い続けるだろう。

 

 それは、道の敵へも及ぶかもしれない。そうであれば、聖鎧の背後に壁を建てられる。しかし、聖鎧が内陸で戦い続けていたら、近くに現れた動く人間たちはどうだろうか。敵とみなすかどうか。

 

 また、敵に勝ち続けるとも限らない。

 

 聖鎧が倒されていたら、その後の脅威は避ける方法はない。逃げ惑う隊列の者たちが容易に想像出来る。

 

 油断は無い。だが、油断していないとしても、襲われたら終わりだ。

 

 自らの律して、恐怖を退けながら行軍は進む。

 

 誰も気づかない。

 

 異形のモノ達の残骸の中で、一人の少年が五体満足な状態で死んでいることに。

 

 油と体液で泥になった土に埋もれ、少年が息絶えている事に。

 

 その少年が、異形のモノ達の侵攻を阻んだ事に。

 

 行軍が進む場所は、地面が硬い場所。

 

 それゆえ、少年の遺骸はそのままだった。

 

 もし誰かが気づいたとしても近寄らないだろう。

 

 異形のモノの残骸の中に埋もれる人間。

 

 下手に近づき、異形のモノが一匹でも動けばと思えば怖さが勝る。

 

 キョロキョロと物珍しいと見回す有志達もいるが、それでもやはり気づきはしない。

 

 泥に沈んでいるということも有る。五体満足であることは驚くべきことだ。それは、異形のモノ達に喰われていないということ。だが、沈んでいる事で、それは見えない。

 

 有志は有志だ。行軍に参加したのは義勇の為だけではないだろう。騎士が死に、兵士が死に、その武器や防具が捨て置かれれば、拾って金に替える者もいる。騎士となれば装飾品もあるだろう。

 

 行軍している間は律儀におとなしくしているが、いざとなればわからない。

 

 そういった者は、例え異形のモノの体の一部でさえも、売り物と考える。

 

 金になりそうなものはないか。そういう視点で周りを見回す。

 

 そういう輩でも、やはり気づきはしない。

 

 貧相な鉄板の軽鎧は兵士達の鎧に及ばず、剣においては折れて、何処に行ったかわからない。

 

 意識を刈り取られるほどの痛みを感じる攻撃を受け、そして泥につっぷした少年。

 

 最後に手を伸ばしたのは焚き火。その焚き火も既に消えている。

 

 聖鎧と異形のモノとの戦いで、その焚き火の痕跡も踏みにじられていた。

 

 既に何か有ったであろう程度にしかわからない。

 

 行軍は今現在の最大の功労者であろう少年の遺体には、全く気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……大丈夫かな?」

 

 少女のつぶやきが、岩肌に僅かに木霊し、闇に消えていく。

 

 まっ暗な洞窟。

 

 差し込む光も、ここまでは届かない。

 

 洞窟の最深部にあたり、地底湖のほとり。

 

 地下水の冷気が、空気さえ冷やしている。

 

 入口からはどのくらい離れているだろうか。

 

 入口は人が立って入れる大きさ。だが、途中で広いところもあれば、這いずってなんとか通れる場所もあった。幾つかの分かれ道もあり、ともすれば迷宮とも言えるような洞窟。

 

 村の人間にとって、この洞窟は使い慣れた場所であった。

 

 途中までは普通に入れることもあり、食料の保管等にも使われていたのだ。

 

 だが、枝分かれした後の最深部へは、あまり人は訪れない。

 

 別に怪物が現れるわけではない。危険な生物といえば、蛇や蜘蛛くらいだろう。それでも、気をつけていれば大丈夫な程度の毒だ。それらは稀に入口付近にも出没するため、対する対処法も民衆は熟知していた。

 

 そんな最深部の地底湖のほとりに、数十人という人間がいる。

 

 この洞窟に逃げた民衆は、皆ここに集まっていた。

 

 枝分かれした先はいくつもあれど、何処がどうなっているか全てがわかっているわけではない。

 

 行き止まりもあれば、地上につながっている場所もあるかもしれない。

 

 何人もの人たちが洞窟を調べた。そして、この地底湖は発見された。

 

 地底湖には特徴がある。

 

 この地底湖の水は飲用にも利用できるほど綺麗だ。

 

 そして、その周りに咲く光を必要としない苔の花。

 

 自らが僅かな光を放ち、地底の湖畔に咲くゆえに妖精の花とも呼ばれている。

 

 それが妙薬として珍重されているのだ。

 

 だから、ここまでの道のりに不安はなかった。

 

 異形のモノが入口を見つけ無いように、最後に天の岩戸のように入口を閉めた。

 

 入口の扉は既に作ってあった。

 

 村の名産ともなりうる妙薬の原料がある場所を、山賊等に巣食われてはかなわない。また、他の村や村の者が入って見つかれば、権利争いで戦いが起こるだろう。だから、危険だからという理由で入口に鍵をかけたのだ。

 

 利権を秘匿し守るための扉と鍵が、自分たちの命を守る為に使われるとは考えていなかった。

 

「お父さん、お兄ちゃん――大丈夫だよね?」

 

 泣き出しそうな顔で見上げる顔に、父親は困っていた。

 

「レイは強い子だ。大丈夫。きっと大丈夫だよ」

 

 レイモンド・アスレイ。少年の名だ。聖鎧が到着するまで、みんなを守った少年の名前。

 

 恐らくはダメだろう。そう思いながらも、大丈夫と言わねばならない苦しさ。

 

 いつでも笑顔で、何があろうと諦めない少年だった。

 

 異形のモノ達が迫り来る。

 

 民衆は怯え、戸惑い、混乱し、暴動が起きた。

 

 みんな、どうすればいいかわからずに、ただ逃げ惑った。

 

 家の屋根に登る者もいれば、酒蔵に閉じこもる者も居た。

 

 道端で天を仰ぎ、泣き叫ぶものも居た。

 

 そんな中、レイモンドと髭面の男、ガインが洞窟へ逃げろと叫んだのだ。

 

 遠くで見ても、異形のモノの体の大きさはわかった。

 

 あれなら、洞窟の奥へは入れない。

 

 洞窟の中で王の軍勢を待てば、助かるかもしれない。

 

 そんな意図があったかどうか、レイモンドとガインは村中に声をかけた。

 

 ふたりとも、ただの農夫だ。ただ、ガインは一応は村で発言力があった。

 

 今民衆が隠れている洞窟は、ガインが見つけ、探索し、妙薬を見つけたのだ。

 

 もちろん、レイモンドは小柄で冒険心もあり、ガインが見つけた洞窟探検に同行した。

 

 もともと発言力があったのに、その功績だ。

 

 村が農作物以外で潤ったのは、二人の功績と言っても良い。

 

 村では洞窟はガインの洞窟とまで言われ、領主からも一目置かれる存在であった。

 

 そして、責任感も人一倍の男であった。

 

 多少いい加減な部分もあるが、それが、周りにとっては気安さになっていた。

 

 頼りになる男。

 

 だからこそ、レイモンドと共に村に残り、囮を引き受けたのだ。

 

 洞窟に詳しい者は他にもいる。俺なら大丈夫だ。

 

 その根拠の無い自信で他の者をおしのけ、ガインは囮役になった。

 

 レイモンドにだけ任せるわけには行かない。そういう気概もあっただろう。

 

 みんなが止めるなか、レイモンドとガインは避難が始まったのを横目に、自警団の小屋へ向かっていったのだ。

 

「だいじょうぶ。きっと大丈夫」

 

 父親が少女の頭をなでる。

 

 無事に帰ってきてねと言葉をかけた時、兄は優しく微笑んで頭をなでてくれた。

 

 それを思い出し、涙ぐむ。

 

 少女さえも、兄が死地に赴いたことを解っていた。

 

 命がけで囮を引き受けた事を知っていた。

 

 だが、分かりたくない。

 

 なんで兄が、なんで。なんで。なんで。

 

 母親も少女を抱きしめる。

 

 少女の泣き声で悲壮感を綴られたか、自分たちの未来を悲観する者たちが泣き始める。

 

「――静かにしろ」

 

 異形のモノに気取られたくないと感じた誰かが叱責する。

 

 しかし、泣き声は止むことはない。

 

 薄ぼんやりとした光りに包まれ、地底湖の冷気を感じながら、数十人は身を寄せあっていた。

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 

 少女の言葉だけが妙に響く。

 

 他の声は、いや、声ではない。うめき声、泣き声。そういった声だ。

 

「リリはお兄ちゃんを信じてるよね?」

 

 少女は、うんとだけ答える。

 

 母親は頭をなで、「お兄ちゃんはきっと大丈夫」と言った。

 

 ダメだと思っていてもなお、それは自分自身に対しても言わねばならない言葉だった。


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