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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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苦悩

 森を進む速度があまりにも速く、木の葉が掠るだけで刃物の様に服を裂いている。


 レイモンドを追うシュリアは、次第に距離を離されている。


 ラースニアとラースアムの中間に位置する、以前にレイモンドがニアスを見つけた近くだ。


 全力で追っているシュリアが、距離を詰められず、ましてや、離されていく。


 そして、レイモンドの気配がどんどん薄くなっていく。


 距離が問題ではなく、レイモンドが戦闘態勢に入っていると感じる。


 シュリアが追ってきているのが解るのだ。


 そして、敵と認識されている。


 今のレイモンドはいつものレイモンドではなく、まるで異形のモノ。


 誰かと出逢えば、即座にその誰かは肉塊と化すだろう。


 気配は薄いものの、森全体を覆うような殺気が漂っている。


 シュリアでさえ焦りを感じるくらいの殺気。


 ふと、シュリアの感覚が危険を感じ、瞬時に伏せた。しかし、伏せたと思った瞬間になびいた髪の一部が切り落とされる。


 既に遠いと思っていたレイモンドの攻撃が、シュリアの頭上を通ったのだ。


 近いのか遠いのか、シュリアの感覚でさえも捉えきれない。


 殺気が濃すぎて、何処から攻撃が来るかが感じ取れない。


 ただ、勘に従って伏せただけ。それで命を繋げられた。


 少しでも動けば、次が来ると思ったが、しかし、シュリアは伏せた姿勢のまま、手で地面を押し飛ばすように後ろに飛んだ。そして、そのまま後ろに有った木を蹴り飛び、高枝に飛び移る。


 下を見ればシュリアが居た所が一文字に裂けている。


 僅かでも止まれない。


 巨大な殺気がシュリア自体を包み込んで、レイモンドの気配を感じ取らせない。


 木から木へと飛び移る際にも、惰性で飛ぶような速度にならないように小刻みに飛ぶ。そうしないと、狙われてしまう。そして、少しでも隙をみせれば、一瞬で死ぬ。


 そう感じずには居られれない殺気。


 レイモンドがシュリアに対して発する様な殺気が、あまりに濃すぎて森中が静まり返っている。


 シュリアは接近戦になれば、身の軽い自分のほうが有利だと思っていた。しかし、レイモンドは姿も見せず、そして、シュリアよりも速く動き、そして、鋭利に攻撃を仕掛けてきている。


 対峙して初めて解るレイモンドの技量。


 しかし、いつも見ていたレイモンドとあまりに違う。


 常に戦うことで、高まっていったレイモンドの技量。それは、いつしかシュリアをも超えていたのか、それとも理性という枷が外れた全力がこれなのか。


 シュリアが移動する度に、大木と言って良いような太い木が倒れていく。まるで線を引いた様な切れ方で、木がズレ、そして倒れていく。


 レイモンドが飛び出した時、武器は持っていなかった。しかし、恐ろしいほど鋭利な何かが木を切り倒していく。


 回避に専念するしかないシュリアが飛び移る度に木が倒れ、そして、森の奥へと移って行く。


 あまりの攻撃力と機動力。


 シュリアは自分が遅くなったと感じてしまうほど、レイモンドの速度が上がっている。そして、飛び移る木々を次第に予測するかのような攻撃が混じりだす。


 飛び移ろうとした木が目前で倒れる。しかし、まだ捕まる所があれば、そこで姿勢を直し、次の場所へと飛び移る。だが、やはりそこも予想されているのか、木に線が入り、倒れていく。シュリアは倒れる木を足場に飛び移る。


 休む暇は全く無い。そして、レイモンドの姿は見えない。


 一体どうやって切り倒しているのか、それさえもわからない。


 シュリアは木々の間を飛び続け、レイモンドの動きを捉えようとする。しかし、木々は切り倒されて行くばかりで、レイモンドの姿を見ることが出来ない。


 まるでシュリア自身が木々を蹴り倒しているかの様に、木は倒れていく。


 そして、ついにシュリアは倒れていく木の一部に、つま先状の穴が開いているのを見つけた。レイモンドもまた、木々を飛び移っている。そして、それは、シュリアの死角をつき続けている。


 追っていた。そして見失った。その瞬間から、追う立場と追われる立場は逆転していたのだ。


 巨大すぎると思った殺気も、近すぎて感覚が鈍っている。レイモンドは既に至近距離に居た。


 全身が甲殻に包まれ、まるで鎧。そして、その鎧は泥にまみれ木の葉で擦れることによって茶褐色と緑に着色され、保護色になっている。そして木々を切り倒しているのは手刀。しかし、それも普通の手刀ではなく、爪のような形になっている。


 普通の指の爪が剥がれ、そこから出血することで、甲殻が指先に棘上に生え、そして巨大な鉤爪になっている。鉤爪が木々をえぐり、削れ、薄くなり、それが、木々を切り倒す威力を発揮していた。


 足の爪も然り、鉤爪状の爪が木々に刺さり、レイモンドの跳躍を助けている。そして、それは普通の足で蹴るよりも遥かに速く、意図した方向への跳 躍を可能にしている。森を走るうちに足の裏が裂け、そこからの出血が足の裏に棘を形成したのだろう。そして、足の爪も剥がれ、甲殻が鉤爪化している。


 一瞬でも止まれば、その鉤爪がシュリアを捉える。シュリアの足も手も普通の人間のもの。そして、武器は手に持っているものだけ。


 全身が鎧となり、そして武器となっているレイモンドと、戦うには心もとない武器。そして、シュリアが優っていたと思っていた神風とまで言われた速度も、今はレイモンドが優位だ。シュリアは避けるだけしか出来ない状態になっている。


 あまりに強大な敵。そして、シュリアはレイモンドを殺さない。殺せない。あまりに不利な状況だがシュリアは諦めていない。移動する間も、一度捉えたレイモンドの姿を見失わずに捉え続ける。


 レイモンドは今まで何度も死にかけている。そして、体力の限界も有る。最小限の動きで避け続ければ、レイモンドが常に全力なら好機は来る。そう信じて避け続ける。


 森が削られ、拓かれて行く。しかし、切り株の位置は高く、また、まばら。すべてシュリアが跳躍した場所の近くであり、僅かでも遅れればシュリアもまた、両断されているだろう。しかし、シュリアの跳躍はそれを躱し続けている。


 たった二人の戦いと思えないほどの倒木と傷跡。ほとんどがレイモンドの攻撃。そして、切り株や傷跡はシュリアが跳躍した直後に出来たもの。僅かでも遅れ ればシュリアの命も無い。しかし、シュリアはレイモンドの動きを見続け、そして、避け続ける。いや、避け続けるしか出来ない。だが、避けるだけでもだめ だった。跳躍の際に樹の枝で僅かでも軌道を修正しないと、次の木の場所に既に攻撃が向かっている。先の先を読まねば、シュリアは跳躍の瞬間に切断されいて いるだろう。


 常に動き続ける攻撃。常に避け続ける回避。精神的には攻撃が有利、しかし、体力的には回避が有利だ。攻撃には必ず力が伴い、だが、回避には攻撃さえ解れば最小限の力で良い。


 神風と呼ばれるほどの速度のシュリアだからこそ避け続けられるものの、しかし、レイモンドの体力も並ではない。常に異形のモノと戦い続けているうちに、 少年の体に似つかわしくない体力が備わっている。鉤爪の速度は落ちず、逆にシュリアの動きを先読みし、小さい動きで攻撃を行うようになってくる。


 それがレイモンドが得た強さ。敵を知れば知るほど、対応して倒してきた強さ。


 シュリアも完全に回避にだけ力を注いでいるわけではない。さすがに大木を倒すほどの切れ味を出しことは出来ないが、枝を落とすくらいなら速度を落とさず に出来る。レイモンドが飛ぶであろう先の枝を切って落とし、せめてもの妨害をする。しかし、目さえも甲殻に覆われたレイモンドは、それを突っ切ってくる。


 毒が頭にまわって、一時的な混乱になっているのならば時間が経てば治る。しかし、シュリアが予想した存在理由の喪失や、レイモンドの中に元々眠っていた 悪意なら、待っていても回復はない。考える余裕さえも無くなるほどに、レイモンドの攻撃は、速く、精密に、そして、正確になってきている。しかも、連撃。 着地予想点をいくつも割り出したのか、シュリアが目指した場所の幾つもが跳躍寸前に削られている。今シュリアが無事で居るのは、運がいいとしか言いようが 無い。


 紙一重、いや、それよりも薄い間隔でギリギリ避け続け、レイモンドの隙を狙う。しかし、すべての関節の外側に棘状の武器が形成されている状態では、武器 で受けきることも出来ず、自ら隙を作り出すことは出来ない。そして、接近戦での格闘術はシュリアの方が上のはずであったが、速度に圧倒されて技という技を 繰り出すことも出来ない。レイモンドは鉤爪が掛かる場所ならどこでも支点に出来、そして、攻撃をし続けてくる。


 レイモンドから優しさを削ると、これほどまでに強くなる。守るという意志を失わせ、自分をただ戦うための武器とした時、これほどまでに恐怖の存在となる。しかい、シュリアは恐怖を簡単に押しつぶし、立ち向かう。回避し続ける事が、体力を奪う事が、まず最優先だった。


 疲れて止まる時に、攻撃する。レイモンドに少しでも知能が残っていて本能だけでない場合、それが陽動の可能性もある。しかし、それに賭けるしか 無い。愚直で真面目で、真っ直ぐな性格だった。だから、敵として相対しても全力で来る。しかも、理性を失っている状態。それなら、体力も気にもせず攻撃を続 け、いつか消耗する。その時を狙って攻撃し、負けた事を解らせれば――。


 レイモンドの回復は、シュリアの希望でしか無い。絶対に治るという保証はどこにもない。ただ、一緒に居るために出来る事と、それをシュリアが選んだだけ だ。戦って勝てると思ってもいない。常に戦っていたのはレイモンド。いつも見ていた。だから、強さは知っている。しかし、同じだけ弱さも知っている。そし て、それ以上に優しさを知っている。


 いつものレイモンドが帰ってきてくれるなら、なんでもする。それが、シュリアの意志。


 まるで広場の様に倒木が敷き詰められた湿地帯。木々を飛び交うシュリアとレイモンドは、ついに地面に降りて対峙した。しかし、それは本当にレイモンドだ ろうか。湿地のためか倒木が動き、バランスを取るために4つ足の獣の様になっている。そして、倒木の一つにバランスをとって立つシュリア。


 シュリアは呼吸を鎮め、体を弛緩させていく。自然体。隙だらけに見えて、すべての攻撃をいなせる状態。手に持つ武器が月明かりに輝き、まるで光り化輝く 手で抱き招くように立っている。対してレイモンドは草原で獲物を狙う野獣のように、体のバネを最大限に蓄えていく。どちらも、動きがなくなる。先程までの 高速の追撃戦が嘘のように、森に静寂が訪れる。あまりの静寂さに、葉ずれの音さえも聞こえてくるほどに


 先に動くのは、しかし、シュリア。


 まるで消える様にレイモンドの寸前まで移動し、移動に使った足をそのままの勢いでレイモンドの手に下段蹴りの様にあて、バランスを崩そうとする。しか し、爪が倒木に食い込んだレイモンドの足は動かず、シュリアの足が逆に跳ね返される。だが、既に予想していたのかつま先を曲げて掛け、レイモンドの前腕を 軸にして横に回りこむ。


 シュリアの小柄な体は直線で力を出すことは難しい。しかし、回転により攻撃力を増すことは可能。だが、回転という距離を使った攻撃には奇襲が必要だっ た。そして、レイモンドの右足の膝に横からの一夏をなんとか蹴りこむ。だが、そのまま離脱。連撃はせずに様子を見る。効いているかいないか。それで、次か らの攻撃方法が変わる。


 レイモンドの右足は、内側にくの字に曲がっていた。甲殻に覆われていても、関節までは強化されていない。筋肉と皮膚の強化は有っても関節の強度はそれ程 ではない。そしてシュリアがまた動く。本来近接戦で有ってはならない上からの攻撃。人と人の戦いでは、降下中は無防備に近い。しかし、今レイモンドは四足 でうつ伏せの状態。首は上に向ききらず、シュリアを一瞬見失う。首の脛骨と腰骨の辺りへの武器での2連。甲殻だけを砕き散らす加減。常人であれば意識を飛 ばすのに十分なはずの攻撃だが、しかし、レイモンドは跳ね除けるような動き。


 レイモンドの動きは、当初よりも遥かに鈍くなっている。疲れか、それとも、シュリアの攻撃が効いているのか。だが、シュリアもまた、疲労を感じ始めてい る。レイモンドの木々の間を飛び交う際の攻撃が激しすぎて、最小限の回避でも体力の消耗が激しかった。だが、それ以上にレイモンドは消耗しているはず。


 本能と信念の戦い。普段なら、レイモンドが信念だったはずだが、今は、本能。まるで野獣のようにシュリアに突撃する。シュリアからの攻撃で業を煮やした のか、その攻撃は直線的。それはまさにシュリアが待ち望んで居た前からの直線攻撃。いなしながら関節に、急所に、打撃を与え、そして離脱する。見える相手 で前から直線攻撃であれば、相手のほうが速くともシュリアは対応できた。


 周囲を回り隙を伺うレイモンドは、しかし、攻撃の時は直線。それならば、シュリアの方が戦い慣れている。そして、レイモンドは各関節に棘はあるものの、 人の体の形をしている。それを壊すことに関してはシュリアの方が上だ。嫌だった人殺しの技術が、愛する人を治める為に使われるという不条理。しかし、その 不条理は、シュリアの自信に繋がる。


 レイモンドの攻撃は森のなかでは縦横無尽だったが、しかし、平地では単調。そして、シュリアは単調な攻撃ならば、いなせる技術がある。レイモンドの攻撃 をまともに喰らえばひとたまりもない。しかし、躱し、いなし続け、そして攻撃を加える。シュリアの武器がレイモンドの体を覆う甲殻を割る度に、レイモンド の素肌が見えはじめる。


 甲殻だけを壊すように武器を振るい、そして、すべての攻撃を避け、いなし、攻撃に繋げる。刹那の連鎖が行われるとき、まるでレイモンドがシュリアの横を 通っているだけにも見える。だが、確実に甲殻は減っていく。血の汗で出来ただろう甲殻は薄く、しかし、まるで聖鎧の鱗の様にレイモンドの体を包んでいた。 それがほとんど割られている。気の遠くなるような地道な反撃。それが、目の前の野獣をレイモンドの姿に戻していた。


 そして、シュリアは武器を捨てた。レイモンドを傷つける事はしない。ただ、おとなしくさせる。


 徒手空拳。もう壊すべき甲殻は無い。武器で人を殺す事は多い。だが、武器が持ち込めない場合も多い。シュリアは素手での戦いも仕込まれている。そして、 武器を捨てたことで、いなす事自体が攻撃へと変わる。飛びかかってくるレイモンドの力を使い、地面に叩きつける。ダメージは最小限に、しかし、意識が刈り 取れる様に。


 体力に限界は無いのか、何度も突き進んでくるレイモンド。しかし、シュリアもまた体力に限界が無いかのように動く。しかし、レイモンドの攻撃にすべて対 応するために神経が削れている。お互い、体力と精神力、どちらかが勝つか。そして、シュリアにとっては精神力で勝ることが出来ても、レイモンドの正気を取 り戻せるか。


 シュリアはレイモンドの動きを誘うように動き、そして、動いたレイモンドを何度も叩きつける。それがいくども繰り返される。ただ待つだけだと精神の消耗が多すぎるために、敢えて隙を作り、レイモンドに攻撃させているのだ。


 何度叩きつけただろうか、レイモンドは次第によろけるようになった。


「レイ、あたしの事わかる?」


 初めて口にした言葉は、しかし、レイモンドに攻撃を促しただけ。また、レイモンドを叩きつける。しかし、その目には僅かに涙が溜まっている。レイモンドにも、シュリアにも。


 レイモンドは解っている。解っているのに体が戦いを求めている。だから、暴走している。シュリアも泣いている。大切な人をたたきつけないと正気に戻せない自分が悲しくて。


「がんばって。お願い」


 シュリアの言葉は攻撃を促す。だが、その攻撃は鈍い。シュリアがいなそうにも、僅か寸前で止まりそうになる。相手の攻撃の威力がないと、受け流す攻撃は出来ない。バランスを崩し、ただ倒すだけになる。


「一緒にいようよ。ずっと一緒に」


 レイモンドの目は、まだ本能で動いてることを示している。だが、体の動きは鈍い。既に避けるだけならシュリアなら移動すればいいだけ。だが、攻撃をいなしては叩きつける。戦い続ける。それが、レイモンドの望み。ならば、叶えて、そして、呼び続ける。


 いつでも攻撃を受けられるようにと突き出した左手。その手を見るレイモンドの表情が動く。姿勢も目もそのままに、涙がボロボロとこぼれ落ち、膝をついた。


「……指……輪……」


 そして、レイモンドは倒れた。体力の限界か、それとも、擬態か。まだシュリアは近づかない。そして、神経を集中してレイモンドを探る。異常に汗をかいて走りだした時と比べれば全然穏やか。そして、いつも寝てる時と同じように、呼吸も鼓動も正常だ。


 シュリアは自分の手の指輪に気づいた。レイモンドが買ってきてくれた、薬指にはめてくれた指輪。その指輪を見て、レイモンドは崩れ落ちた。そして、倒れ ているレイモンドはの左手にも、指輪はしっかりはめてあった。甲殻にも覆われたはずなのに、甲殻を割った時に衝撃も伝わったはずなのに。そして、それを見 てシュリアは泣き出してしまった。


 もう大丈夫。そんな気がしていた。


 そして、夜が明ける前に、レイモンドを背負ったシュリアが村に帰ってきた。


 レイモンドもシュリアも寝間着がボロボロだ。そんな状態でも、シュリアはしっかり背負っている。


 静かに家に入ろうとすると、ファリスがドアを開けてくれた。


 少し怯えているようだが、シュリアが「大丈夫よ」というと、頷く。そして、自室のドアを開けて、レイモンドをおろすまで手伝ってくれた。


「他に何か……出来ること、ありますか?」


 シュリアは笑顔で首を振る。そして、ファリスの頭を撫でた。


 ボロボロの服だけども、また二人で寝るベッドが心地いいと感じるシュリア。


 そして、レイモンドの寝顔を見て決めた。


 明日起きたら、とことんとっちめようと。


 レイモンドの苦難の日々が始まろうとしていた……。







 ルナは執務官補佐を呼び、勇者に適切な爵位を考えるように求めた。


 暗に暗殺を言い出した事を許すという意味だ。


 そして、しかし「人の命を軽んじるな」と付け加えた。


 暗殺を今までしていたかもしれないことは不問にするが、今後は許さないという意味だろう。


「今日の文の書類や、行動予定は?」


 補佐は恐る恐る「こちらでございます」と、予定表や書類を机に置いた。


「それほど怯えるな。世界に表と裏が有るのは私でも知っている。だが、私が旗印である間は、私が許さぬ。それだけだ。誰かの命を秤に賭けるときは必ず法と照らしあわせよ。それが私の補佐である貴様の責任と思え」


 それだけ大見得を切ったあと、書類仕事に精を出す。


 やはり少ない。ほとんど政務官が済ませ、また、来る書類も整理されきっている。


 逆に不安になる。本来自分が決めるべき物を政務官達が済ませてしまっているではないだろうかと。


 確かに100枚の書類を10人の政務官が処理を行えば1人辺りは10枚だ。そして、その中で執務官が対処すべき問題や書類は1枚あるかどうかだろう。そして、ルナの所に届く書類は5,6枚になる。


 政務官が目を通して執務官の認可や判断が必要と感じた場合、どういう理由で必要なのかと添付をしてくる。そして、その添付を信じて、執務官としての仕事を完遂する。


 だが、本当にそれでいいのだろうか。


「定例会を作るぞ。政務官や私の後ろ盾をしてくれている方々を一同に集め、定例会をする」


 いきなり素っ頓狂な提案をし始めた。


「いま、この世界を実際に動かしているのは、私が雇った政務官達だ。そして、その政務官達の最良で様々なものが決まり、その決まるのの中に私が判断を下す べきかどうかと言うのもまで入っている。これは、立場としては問題が有る。よって、各政務官からの担当した案件の概要や実施の前後や作業中であればそれ を、後ろ盾をしてくださっている方々にも顔を出してもらい、意見をもらう。」


 補佐は「つまり、大舞台で大げんかさせろってことですね?」という言葉を必死に飲み込んだ。


「すべてを私が掌握して、王閣下に王政を返上する際に、一部も隙がない常谷するために、だ」


 補佐は「ものすごい状態で返すことになりますよ?」という言葉を飲み込み、了承した。


 上位騎士の娘といえど、政治経済ではこの程度。剣と人の道とやらに没頭した結果だろう。


 人と人の欲求のぶつかりあいと落とし所の算段など、多少の含みでも無ければ出来ない。


 その含みとは、自分の欲求。


 欲求が強ければ強いほど、落とし所を自らの利に繋げようとし、自らを貶めていく。しかし、時として落とし所を誰もが納得してうことも有る。しいて言え ば、勇者である。勇者が行ったことならば、誰もが納得し、誰もが深い考えがあると錯覚する。例えそれが安直な落とし所だとしても。


 しかし、補佐はルナをみて、落とし所考えてる感じではないと判断した。


 単純に父の背を追い、すべての席を追うとかで、何が起きてるかをすべて知りたいだけだろう、と。


「では、政務官はともかくとして、各位のご予定などを確認した上で日取りを決めさせて頂きます」


 ルナは「たのむ」とけ言うと、それ以上は言葉を発せず、また、補佐も部屋を退出した。


 そしてまた、一人になるとため息。


 そういえば何故だろうかとルナは気になっていた。シュリアという妻がいるのに、勇者の噂には妻の話は出ない。もし、二人で旅をしていたのなら、勇者は二人組とでも噂があるはずだ。しかし、勇者の噂は常に一人だ。それだから、ルナと恋仲とか言う変な噂までが流れた。


 勇者が妻帯者で有っても、全くおかしくない。なのに何故、噂にはないのかと。


 ある意味、噂に対しての逆ギレなのだが、そういうことを気にせずに、噂が何故ひとりずつなのかを考え続けている。 


「お伽話では、勇者は一行ではないか。それも複数人だぞ。なんで、実際は一人なんだ」


 文句の付け所というか、論点というか、いろいろずれている。


「そうか。私も一行に入れば良いのか」


 なにか斜め上の方向に行きそうになっているが、しかし、ルナである。


「違う。私は執政官だ。それが勇者や姫だのと……執政官が勇者でも良いよな……」


 どうやら、疲れ気味の様子だが、今のルナにはファティ以外に気のおける相手はいない。そして、ファティはというと、先日の聖鎧の暴走から、聖鎧のある王宮を怖がり、暇を貰って実家に帰っている。


「いや、執政官が勇者はまずいな。けど、姫なら……いや、それも違う……」


 傍目には凄く難しい事を考えているように見える。王宮の執務室で第三勢力の旗印たるルナが熟考する事だ。それなりの事と誰しもが思うだろう。


「そうか! 勇者は一夫多妻制にすればいいんだ」


 ラースニアとラースアムの間で起こった騒動など知らない王都は、今日も平和である。


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