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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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居場所

 勇者の行動は、人々を動かす。


 お伽話では、勇者が、英雄が現れるだけで人は戦意を表し、そして活気を取り戻し、勝利を得る。


 実際には、活気は出るものの、勝利を得るかはわからない。


 単に勇者がいたとしても、一人の人間が巨大な戦場の戦局を、動かせるはずもない。


 活気づいたとしても、相手との戦力差は埋まらず、地力で決まってしまうのが普通だ。


 たとえ勇者がいくら強くても、普通の人間であれば、殺されれば死ぬ。


 しかし、この世界で語られる勇者は、お伽話で語られるような綺麗な勇者ではない。


 一人で、死地を歩く、ひとつ間違えれば死神のような存在。


 敵には死神でも、人間にとっては救いの神。


 誰にも何も見返りを求めず、しかし、誰であろうと救いを求める者がいれば、手を差し伸べる。


 だからこそ、憧れる。


 だからこそ、夢に見る。


 いつか、自分の前にも現れてくれることを。


 特にその夢は、少女たちに顕著だ。


 シュリアが見れば、寒気がするほど、少女たちの目は勇者に憧れている。


 その寒気とは、どちらかと言えば怯えに近いだろうが。


 レイモンドがそれとバレた時には、レイモンドを抱えて逃げようとさえ思っているだろう。


 しかし、おとぎ話の主人公は少年であっても、それは騎士に例えられる。


 そして、力強くたくましい。


 人は外見で強さを判断する。


 弱々しい少年を戦う者とも思わず、筋肉隆々な戦士を見れば、強く感じる。


 容姿もそうだ。普通の服で戦う者など、行商が襲われている時くらいだ。


 戦うものならば、鎧を身につけ、遊車とも為れば重装甲な防具を身に着けているだろう、と。


 噂は噂でしか無いと解っていながらも、想像は尽きない。


 そして尽きない想像は膨らみ続け、尾ひれがつきまくる。


 素敵な勇者様は、姫であるルナを娶り王政を完全復活させて、新たな王となる。


 勇者様はどこにでも現れ、異形のモノを退治してくださる。


 勇者様と姫は、既に婚約している。


 ルナのパレードは、実は勇者様と会いに行っている。


 他にも色々あるが、ルナの耳に入ってくる噂は、数限りない。


 シュリアの存在を知らない時は、恋い焦がれる少女の様な妄想にとらわれていたルナだが、妻帯者としって、思いっきり落ち込んでいた。


 そして、いつもの昼寝である。


「うー……勇者様に、奥さんがいるとは……」


 高齢な男性なら想像も出来ようが、目の前に現れたのは少年だった。


 自分と年齢も対して違わず、だが、強さはあまりにも違う。


 振り返って自分を見た目は優しく、目だけ見れば勇者とも思えないような少年。


 そして、父ガルバーニ・レヴィアスの命を受けたニアスの任務を完遂させる為だけに、遥々旅をして、聖鎧を届けてくれた誠実さ。


 既に旅だった後であったろう聖鎧の暴走時に、駆けつけてくれた勇気と、倒すほどの力。


 自分なら立ち向かえただろうか、あの聖鎧の暴走に。


 少年が持つ武器も聖鎧には通じず、しかし、戦いの中で学び、弱点を読み取る冷静さ。


 確かに作法は騎士のそれには遠く及ばないものの、礼儀を重んじようとする姿勢もあった。


 それらを考えれば、誰かと想い合ってても不思議ではない、と考えつつも、なんか悔しい。


 いつの間にか、勇者に「様」付けしてる自分にも気づいてない様子だ。


 ルナが恋煩いでうなっているという噂も流れている。これは恐らく、政務官達の誰かが口を滑らせたことだろう。しかし、それも噂を否定するでもなく、ルナは机に突っ伏している。


「なんかもー、どーでもいい……」


 ルナがこうでは、政務官達も後ろ盾の連中も困るのだろう。


 なんとか元気づけようとパレードしようだの、見合い話だのが舞い込んでくる。


 実際に、顔だけで言えばレイモンドよりもルナの好みにあう男性はいるのだろうが、しかし、あの背中に守られた時の安心感は代え難く、また、父親の背中と重なったのも印象的過ぎた。


 また、実際にルナは結婚等に興味はない。結婚し妻という立場にも興味はない。


 ルナは父親に憧れ、女性にして騎士になったのである。


 それは強さや権威ではなく、父と一緒に居たいというひとつの愛情の現れでもあったが、愛情表現としてではなく、自分では父の横に立てる存在になりたいという願望だと思っている。


 父亡き後、それは叶うことは無くなったが、重なる背中を見てしまった。


 ただ背中が似ている、重なるということだけでなく、その背中に守られ命を救われた。


 ルナの中で、ずっとあの背中を追い続けたいというのが芽生えている。


「恋煩いですかな?」


 側近の補佐が言うが「違う違う……そんなのではない」と本人は否定する。


 誰が見ても恋わずらいなのだが、本人は頑なに否定してる。


 騎士は王に対してのみ忠義を立てるものと、勝手に思い込んでいる。


 そして、自分は恋などしないと思いこでいるからである。


「放っておけ……なんとなく、その……気が晴れぬだけだ……」


 誰が見ても腑抜け状態になっていて、放って置けないから周りが困っているのだが、ルナにはその自覚がない。


 王政復活だの、王の権威を取り戻す等と叫びながら戦っても、ルナは一人の背中しか追っていなかった。それは、父親である。


 その父がするであろうこと、したであろうことを、出来なくなったから自らが引き継いだのだと思っている。しかし、実際には、国政をしても政務官達の手腕に及ばず、戦いも勇者に及ばずと言った具合だ。


 自分はすべてにおいて未熟と思っていて、それが、憂鬱の原因と考えている。


「それでは、勇者殿は素性も解っております。正式に召喚状を出し、お呼び致すというのはどうでしょう?勇者殿は今までなにも見返りを得ておりません。我らから正式に謝辞として、何らかの爵位や階位を叙勲するというのもひとつの道かと思います」


 勇者を正式に呼び出すというのは、ある意味、国の一員であれば当たり前に出来ることである。


 国として呼び出しをかけ、応じさせることは可能なはずだ。


 そして、階位を与えるということは、国の要人として迎え入れることになり、抱き込むことになる。


 国の増強としても、また、功労を称えることで、国も、勇者も名声をあげる。


 勇者もまた、国のために働いていると思わせることが出来るからだ。


「なるほど。叙勲か……与えるに相応しい爵位や階位はあるか?」


 ルナは思案したが、勇者に与えるような位が有るとも思えない。


 守護者として新しい位を作ってギアス・アスレイに与えては見たものの、しかし、その位の高さは上位や下位と言った騎士のなかで不安定なものだ。勇者にはそれなりの位を与えたいと考えてしまう。


「なかなか、そう簡単に勇者殿に相応しい位を創設も出来ませんでしょう。現在ある位で、名誉があるとすれは、領主や上位騎士になるかと思われますが」


 領主や上位騎士の中にも、一応格差はあり、それは不文律として表に出ない。しかし、上位騎士や領主としてしまえば、勇者の行動に束縛を与えてしまう事に もなりうる。ルナの父がそうだったように、上位騎士としての立場に阻まれ、臨機応変に行動を起こせず歯がゆいこともあったと知っている。


 位というのは、時として枷にもなる。


 また、領主ともなれば、領土問題が出てきてしまう。ラースの地域を分割して勇者に与えるにしても、ラースの領主との間で問題が起これば、それは勇者に対しての謝辞とはかけ離れたものとなる。


「独身であらせられれば、ルナ様の夫に向かえるというのが一番だったのですがな」


 ルナがおもいっきりむせこんだ。


「変なことを言うな」


 ルナは自分が真っ赤になっていることに気づいてない。


「変なことではありませんぞ? 王に政治を返還したとしても、執政官としてのルナ様の立ち位置は王を補佐するものになるでしょう。そして、その伴侶が勇者と なれば、王政としては盤石です。王政は力で民衆を支配するものではありませんが、やはり民衆としては盾と鉾が揃ってこそ安心いたします。政治経済という面 でのルナ様という盾と、あらゆる外的から民衆を守る勇者様という鉾。これ以上に頼れるものがありましょうか」


 妙に力説してくる補佐の言葉に納得しそうになるも、ルナは「いやいやいや」と首を振った。


「既に勇者殿は伴侶を得ておる。しかも、私がその……好かれているとは思えぬ」


 ルナは不安そうにしながら、最期の言葉を言い切った。


「伴侶の女性がいなくなれば、問題は無くなりますな。また、政略結婚というのはよくあることです。」


 補佐はとんでもないことを言い出している。


「……どういう意味だ」


 補佐はしれっとしている。


「言葉通りの意味です。伴侶の女性がお亡くなりになれば、勇者様もお一人では寂しかろうと」


 補佐は、その伴侶のシュリアが最強に近い暗殺者であることを知らないで言っている。また、レイモンドをがシュリアを代えがたく思っている事も解っていな い。知っていれば、大部隊を派遣しなければならず、また、大部隊が壊滅する可能性も視野に入れなければならないだろう。そして勇者が国に敵対する可能性さ え有る。


 勇者が自分と同じように妻を軽く考え、そして、シュリアを場末の食堂のウェイトレスとだけ考えているからの発言である。しかし、ルナはそれを否定した。


「ならん。勇者殿の意向でもなく、手を出した場合は私が裁く」


 暗殺を言ったことを、補佐は後悔した。


 真面目すぎるルナに、そんな手段を勧めること自体が間違いだ。


 それに、食堂での一件でも、シュリアに一目置いている。


「も、申し訳ございません……」


 今にも剣を抜きそうなルナの表情に、後退りするしかない補佐。


 恋をして腑抜けになっていると思い、口が滑ったというところだろう。


「貴様、今までにもそういう方法をとっていたのか?」


 ルナの手は、剣の柄を握っている。答えによっては、その剣が抜かれるのだろう。


 今までに暗殺を依頼し、ルナの政敵になる可能性がある者を始末させてきた事実はある。だが、今それを明かせば、自分が死ぬと思ってしまっている。だが、ルナ自身も暗殺等があったことは既に承知だ。ただ、明白になる事実が、呵責となって表面に出てしまっている。


 補佐は答えかねたまま、そして、ルナは「さがれ」と命じた。


 許されたのか、それとも見放されたのか、補佐はそのまま退出していった。


 表面上は綺麗な行動ばかりな第三勢力。しかし、その裏では様々な暗躍の上に成り立っている。


 ヴィータスや反乱軍の上層部の重鎮の暗殺や、内部密通者の行動による混乱。それにより、第三勢力は王都に乗り込むことが出来た。無血開城と表面上は繕われているが、流れた血は多い。


 安穏とした今の状況を作るために、多くの者が命を奪い、奪われている。


 そしてそれを、誰もが隠し、自分の綺麗な部分しか見せようとしない。


 だからこそ、勇者に憧れる。


 自らのすべてを賭して、人を守るために戦う勇者に憧れる。


 勇者だからというより、本来は騎士がそうあるべきなのだ。


 だから憧れの存在と、父親と重なると、ルナは思っている。


「勇者に相応しい役職や階位、爵位か……」


 暗殺の話をされたことを忘れたわけではないが、それよりも、勇者を呼び出せばいいという提案の方が、ルナの心には濃く残っていた。





 レイモンドは、食堂の片隅に座らされていた。


 そうしないと、シュリアが出勤しないのだ。


 そして、シュリアが言うには「目を離すと戦いに行く」と、それでリリもファリスも苦笑した。


 一応目の前に食べ物や飲み物が用意されているが、シュリアのおごりということらしい。


 最初は口をつけたのだが、無くなるとまた次が来る。


 さすがに三度目に目の前に料理が置かれると、次に何が来るのかと手が付けられなくなっていた。


「あのさ、何処にも行かないから……帰ってて良いかな……?」


 シュリアの機嫌を伺いながら聞くと、凄く良い笑顔で「ダメ」と一言だけ。


 おとなしく隅っこに座ってるレイモンドを見て、他のウェイトレス達は面白そうだ。


 営業スマイル全開で仕事してるシュリアだが、レイモンドがトイレに立っただけで反応する。そしてレイモンドがビクッとしてトイレの方を指差すと、また仕事に戻る。そんなやり取りが他の人に取っては面白い。


 そうやって仕事が終わるまで店の隅に座らされ、そして、シュリアが帰る時に連れて帰る。


 あまり事情を知らない人から見たら久しぶりに夫が帰ってきて、アツアツな状態としてで面白いんだろう。


 事情を知ってるウェイトレスは、必至な看病で治ってくれた相手にそばに居て欲しいという気持と思っているかもしれない。だが、レイモンドが意識を取り戻した時に駆けつけた人たちは、シュリアがレイモンドの心配をしてるのがひしひしと解る。


 あの怪我のあとをを見て、そして、シュリアの看病の必死さを見ていれば、納得せざる得ない。


 毎回あんな怪我をして帰ってくるのを笑顔で待つなんて、相当な覚悟が無ければ出来ない。


 女主人もまた同じだろう。レイモンドが座ってるだけでも、その場所にお客は座れない。


 それなのに、それを許してる。それどころか、帰りたいと目で訴えるレイモンドを抑え込んでいた。


 ここ数日、こんな調子でレイモンドは一人で外に出られない。


 夜は夜で、シュリアが縫い物をしたりしてる間も横にいる。


 また新しい防具らしいが、前よりも更に頑丈に作ってるようだった。


 あんまり無理しなくてもとレイモンドが言うも、それは無視される。


 腹に大穴開けて帰ってきたのだ。あまり強くは言えない。


 レイモンドは敵を倒す時に、避けることはあまり考えていない。避けてばかりいると、どうしても後手にまわってしまい、相手の間合いになってしまう場合が多いからだ。だから、敢えて相手の攻撃に合わせて自分の攻撃をあてに行く方法をとる。


 相手の攻撃にあわせるには、相手の攻撃を知らなければならない。知らない敵ならば様子見や多少の間は後手に回ることも有る。そして、相手の攻撃を理解した上で相手の攻撃に合わせ攻撃を仕掛ける。


 サソリ型の場合、相手の攻撃を理解し終わったと思ったが、しかし、レイモンドが懐に入ったと思った時の相手の速度は予想を上回り、更に、尻尾の毒という予期しない攻撃があった。


 うぬぼれが有ったのも確かだが、化け物と自虐する自分の力でさえ叶わない相手が居ることは、誰かを守るという上で、この上ない恐怖だ。だからもっと、戦いたい。相手を知り、守れるようになりたいと思う。


 レイモンドは、誰からもシュリアの熱心な看病を聞いていなかった。


 まずシュリア自身が、それを言わない。言えないのか、言わないのか。


 レイモンドが起きてからは、大泣きされて、そのあと、こっぴどく叱られたという覚えしか無い。


 他の人が横から献身的すぎるほどだったというのを伝えるのも無粋というのもあるだろう。だが、普通にしていて幸せそうなシュリアを見ていれば、下手にレイモンドに伝えて、気を遣う状態にさせたくないというのもあるかもしれない。


 レイモンドが元気になってからというもの、シュリアはいつも笑顔が絶えない。


 レイモンドが最初に会った頃の作り笑顔が、今では嘘のよう。


 今のシュリアを知っていれば、あの頃の笑顔が無理に作っていた笑顔だと解る。


 レイモンドは今、一番欲しい生活を手にしていた。


 幸せな家族に囲まれ、安穏と暮らす。


 命の心配をせずに、安心して眠れる生活。


 それを手にしている。手にしているはずなのに、しかし、深い所で不安がうずく。


 この幸せが、今だけの刹那なものな気がしてくる。


 自分が甘受している今が、他の人を守れていない事に感じてくる。


 今、この瞬間も、誰かが異形のモノの手にかかっているとしたら。そう考えると震えが止まらない。


 自分はこんな事をしていて、こんな所にいていいんだろうか、という不安。


 常に死線に立ち向かい、それを乗り越えて来たことで、レイモンド自身が戦いを求めている。


 しかし、それは自分が戦いを求めていると感じるのではなく、戦っていない自分に対する不安となって襲い掛かってくる。


 平和で何もない事を願っていたのに、戦いが無いことを不安と感じてしまっている。


 それは、自分が人と違うと感じた最初の不安に似ている。


 化け物な自分が、他の人と一緒に暮らせるのかという不安。


 化け物であるがゆえに、戦いを義務付けられているのでは無いかという不安。


 そしていつしか、その不安は異形のモノが居なくなれば、自分が人を襲うのではないかという不安にまで膨らんでいく。


 幸せが、自分を蝕んでいく。


 平和が、自分を蝕んでいく。


 誰にも責められず、誰にも嫌われず、ただ過ごせる日常が、自分を蝕んでいく。


「レイ、大丈夫?」


 シュリアの声も、また、自分を蝕む一つと感じてしまう。


 心配されることが、心配させることが、シュリアを不幸に向かわせてしまう気がする。


「なんか、すごい汗……ほんとに大丈夫?」


 レイモンドは口にすべきかどうか、それさえも解らなくなっていた。


 今感じている事を口にすれば、シュリアを不幸にする。そう思い込んでいる。


 守りたい相手を不幸にしてしまう。そう思ってしまう。


 頭にまでまわった毒の影響か、それとも、心の底に有った何かが動き出したのか。


 心の中で声がする”不幸になる前に幸せの中で殺してしまえばいい。”と。


 レイモンドが考えるはずもない考えが、頭に浮かぶ。


 体中の毛穴が開き、汗だくになっていく。


「どうしたの?いったいどうしたの?」


 レイモンドに触ろうとした瞬間、シュリアは触れてはいけないと感じた。


 今触れば、死ぬと感じたのだ。


「ダメだ……俺は……ダメだ……ダメなんだ……」


 次の瞬間、レイモンドは何かから逃げるように窓から飛び出していた。


 何も持たず、着の身着のままで。


 呆然とするシュリア。それは、レイモンドに触れられなかったことと、もう一つ。


 レイモンドが怖かった。


 今まで感じたことのない様な強烈な殺意を、レイモンドから感じたからだった。


 しかし、シュリアはすぐに追いかけた。


 シュリアも窓を通り、レイモンドが向かっただろう方向に。


 レイモンドを追うことは簡単だった。そして、追いつくことも。


 だが、触れない。


 触れればまるで、鋭く研がれた刃物を触るように、傷を負う。


 シュリアが傷を負えば、レイモンドの心も壊れる。


 シュリアは感じていた。昔の自分の心が壊れていった頃の感覚を。


 生きるために動物を殺した。


 生きるために人を殺した。


 しかし、村に入れられ、仕事として人を殺し始めた。


 殺すことは簡単だった。


 武器を相手の弱点に斬りつければいい。


 相手の胸に武器を突き立てれば良い。


 どんな相手も、殺せと言われれば殺してきた。


 邪魔な相手は、殺せと言われなくとも殺してきた。


 しかし、人を知るほどに、世界を知るほどに、簡単に殺して来た相手を気にするようになった。


 殺すことは、いつまでたっても簡単だった。だが、それで泣く人がいる。


 誰が泣いても、仕事として終われば無関係だと思っていた。


 だが、心に残る。


 人として育ちながら、人として壊れていく。


 笑顔を作り、相手も笑顔で返してくる。そして、殺す。


 戦うのではなく、ただ、殺す。


 そんな日々に人であることを自覚しても、やはり、人を殺すことを続ける。


 自分は死ぬまで、人を殺し続けるしかないと思い込んでしまう。


 いつか誰かに殺されるまで、自分は人を殺し続けると思ってしまう。


 そして、殺した相手に泣きつく誰かがいれば、悲しむ前に殺せば良いと思ってしまう。


 人が思ってはいけない事。


 レイモンドは自分が化け物だと思い込んでいる。そして、戦う存在だと思い込んでいる。


 戦う相手がいないなら、周りにいる者すべてが敵にしていく。


 シュリアが昔感じたように、殺す相手がいなければ、周りの誰かを殺し続ければ良いと。


 そして、シュリアは村でも、一人で暮らすようになった。


 誰も近づけず、そして、誰にも近づかず。


 ただ、人を殺す任務を受ける時だけ、グレッグが来る。しかし、必要以上に近づかない。


 そして一人で生きる事を選んだかの様になった。


 選んでいない。ただ、それしか無かっただけだった。


 そんな日々が続いていた時、レイモンドが現れた。


 自分を知らない、来訪者。


 可愛らしい女の子を演じ、気を許させ、異界の人間ならば利用する。


 それがグレッグから受けた命令。


 人を守るためだけに、何も見返りを求めずに、自分の意志で戦い続ける少年。


 その少年を殺そうと思えば、いつでも殺せた。


 見ず知らずの自分を、あまりに簡単に信用した。


 武器を使わせ、利用できるなら利用しろと言われた。


 しかし、少年は自分の意志で人を助け続け、誰かの命令に従ってるでもない。


 誰かの命令に従っているならば、その命令をすり替えればいい。


 だが、誰の命令でもなく、自分の意志で、命を賭けて人を助けていた。


 自分と全く逆。


 自分の意志など無く、誰とも知らない誰かからの依頼で、見ず知らずの相手の命を奪っていた自分と、すべてが逆。


 同じな部分は、相手を殺すことだけ。ただ、少年は決して人を殺さない。守る。


 人を殺すことで自分の居場所を守っていた自分。そして、自分自身を見失う。


 自分自身を見失った時、周りはすべて敵に見えた。


 殺し続けなければ、居場所がなくなっていくと感じるようになった。


 村人すべてを殺せば、自分は開放されると思った。何人かを殺し、しかし、開放されない。


 開放されるまで、居場所が出来るまで、殺し続けるのかと思った。


 しかし、レイモンドと居るうちに、違うと解った。


 レイモンドと話しているうちに、普通に人と接している自分に気づいた。


 誰かと居ることで、人は変わっていける。


 戦いから遠ざかったことで、自分の居場所を見失いかけているレイモンド。


 シュリアにはなんとなく解る。


 守りたくて、無理に戦いから遠ざけようとしたことで、レイモンドが不安になったことが。


 戦う化け物と自分を納得させたのに、普通の日常にいきなり戻せば、不安になる。


 居ても良い場所なのに、居ても良いかが不安になる。


 守りたい場所を自分で壊すのが怖くて、飛び出していったことが。


 レイモンドを昔の自分のようにはさせない。絶対に。


 シュリアはレイモンドを追い続けた。


 物凄く速い。


 異形のモノを追う時と比べ物にならないくらい、速い。


 シュリアでさえも、付いて行くのが精一杯。


 多分暴走状態だと予想したシュリアは、武器を握り直す。


 攻撃は、来る。


 殺さないように、レイモンドが人にそうしていたように、レイモンドを倒す。


 自分が化け物だと思っているなら、それよりも化け物が居ると思わせる。


 自分が化け物だと思っているなら、同じ化け物が居ると思わせる。


 そして、一緒にいて良いと思わせる。


 レイモンドが背負ってるものを、一緒に背負える自分が居ると知らせる。


 一人じゃないと知らせる。


 だから、今はレイモンドを倒す。


 シュリアは決めていた。


 まるで、レイモンドの様に。


 自分のすべてをかけて、守るために戦う、と。



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