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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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献身

 

 日差しが人の影を、くっきりと地面に姿を焼き移す様な時間。


 レイモンドを担いたシュリアは、歩き続けていた。


 しかし、それでもラースニアに帰ってきた。


 シュリアもまた走り回る間に怪我をし、また、体力の限界から足を引きずるような感じだ。


 ウェイトレスの服もボロボロで、見る影もない。


 しかし、レイモンドを決して落とさないようにしないがら、背に背負いゆっくりとでも帰ってこれた。


 村に入る前に、シュリアの足音と息遣いを聞いたファリスが迎えに出るも、その姿に驚いた。


 二人共ボロボロの状態。レイモンドに至っては、息を吹き返したものの鼓動は薄く、息も浅い。


 ファリスでさえも近くにいなければ、鼓動も呼吸も感じられないほどの状態。


「ただいま」


 シュリアを迎えに出たファリスに笑顔でかけた言葉。


 ファリスは、その場にへたり込むんでしまった。


 そのレイモンドを見つけ、自らの身も顧みずに助け出しただろうシュリアは、ファリスに笑顔。


 シュリアのその姿からは、どれほど探しまわったか、どれほど戦い続けたかが見て取れる。


 なんとか立ち上がってシュリアを支えようとするも「大丈夫よ」と言われてしまう。


 それでも、すこしでもレイモンドの体が落ちないように、ファリスは支えた。


 村は、その姿に騒然とすらしない。いや、出来ない。


 あまりに壮絶に見える姿に、誰も口を開けない。


 噂にしたいだろう人さえも、シュリアの傷だらけの姿と、まるで死んでいるかのようなレイモンドを目にして、言葉が出なくなる。


 レイモンドを背負い引きずるようなシュリアの前に、女主人が居た。


 シュリア華にも言わずに飛び出していってしまったのだらから、言いたいことはあったんだろう。しかし、女主人もまた、レイモンドの姿と、シュリアの姿をみて口にする言葉に困っている感じだ。


「なにも言わずに何日も休んでしまって、すいませんでした」


 先に言葉を発したのはシュリアのほうだった。笑顔を作っているが、疲れてるのが見て取れる。


 女主人にしても、疲れを顔に出してるシュリアを見るのは初めてだった。


「あんたがいきなり居なくなってびっくりしたけどね……そういうことなら仕方ないさ。給金はしっかり出してやる。あと、旦那が元気になるまでしっかり看病してやんな。それがあんたの仕事だ」


 緊張で静寂に押しつぶされていた村が、いっきに歓声に湧いた。


 女主人はびっくりしたように周りを見回している。


「ありがとうございます」


 シュリアが礼を言う言葉は聞き慣れていたが、泣きながら言われたのは初めてだったのだろう。女主人は、妙に照れていた。


「あとでなんか体力がつく噛まなくて良い料理用意してあげるから。ファリス、あとで取りにおいで」


 ファリスも暗に「家まで付き添え」と言われたのが解り、嬉しそうだ。


 今にもまた事切れそうなレイモンドを背負いゆっくりと歩くシュリア。


 急げばすぐに家だろう。しかし、急いでレイモンドを揺らしたくなかった。


 もう視界には家が見えいてる。


「レイ、帰ってこれたよ」


 シュリアが言うも、レイモンドは眠っているのか反応しない。


 それでも応えを求めずに優しく背負うシュリアを見て、ファリスは涙が止まらない。


 この二人は、ずっとこうして命をかけて戦ってきたんだと思うと、一緒に居ることも不遜に思える。


 家に付くとファリスがドアを開けてくれた。


「ありがとう」


 いつも帰ってくるときは元気な感じを装うレイモンドが、シュリアに背負われている。


 しかも意識はない。


 父親と母親は駆け寄ろうとするも、シュリアの悲しそうな笑顔で止められてしまった。


 今はまだ、レイモンドは応えられない状態なのだと、納得してしまう。


「ただいま帰りました。家を空けていてすいませんでした」


 シュリアの言葉に二人共「頼むよ」としか言えない。シュリアも「はい」とだけ答えた。


 自室もドアも、ファリスが開けてくれた。


 シュリアはずっと背負っていて、手も震えている状態だ。


 ゆっくりとレイモンドをベッドに降ろすと優しく服を脱がす。


 体中、本当に傷だらけだ。


 誰が農夫の息子の体だと言って信じるだろう。


 傷の無い場所など、殆ど無い。


 リリとファリスがお湯を入れた桶と、手ぬぐいを持ってきてくれた。


 リリは涙をためたまま、泣くのを我慢している。


 振るえた手で頭をなでるも、リリは「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」とばかり。


 ファリスに支えられて部屋を出るときも、泣き止むことが出来ない。


 傷を刺激しないようにシュリアが体を拭くが、しかし、傷だらけすぎる。


 胃を貫いた毒針は、吐いた時に毒液を外に出せたのだろう。しかし、肩口の傷に入った毒は、体中に回っている。


 ただ、寝かせて体力の回復と、レイモンドの強さを信じるしか無い。


 あそこで生き返ってくれたレイモンドの強さを信じるしか無い。


 浅い呼吸、僅かな鼓動。少しでも揺り動かせば止まってしまいそうな不安。


 ここまで背負って来るまで、いつ止まるかという不安と戦ってきた。


 どんな戦いよりも、どんな窮地よりも、自分の命を失うよりも怖かった。


 ベットで息をしてくれている。それだけで、幸せに思える。


 誰よりも自分よりも大切な存在。けど、その人は他の人を助けるために身を投げ出す。


 あのサソリ型の残骸もそうだ。ラースニアの人や城塞の人が、あそこに行かないとは限らない。


 それで誰も味方がいなくても、どんな敵でも、一人で戦ったんだろう。


 常に一人で、誰か味方がいたとしても、その人を守る様に戦う。


 義父は守護者の地位をもらった。けど、本当はレイこそ相応しい。シュリアはそう思う。


 レイを育てたのが義父だとしても、教えられたからといって出来るものじゃない。


 そして、こんなになるまで、戦い続けている。


 回復して、元気になったとしても、また誰かを守るために戦うだろうと思うと、胸が苦しかった。


 自分の過去を受け入れてくれた人。レイだから受け入れてくれたんだろうと思う。


 その自分も、この人の優しさに甘えてここにいるだけの様な気がしてならない。


 自分に居場所を与えてくれた人をなんとか救いたい。


 シュリアはそっと添い寝し、レイモンドの体が冷えないように、ずっと抱きしめていた。


 何日も眠り続け、そして、村人も奔走していた。


 サソリなど言う虫は、この世界では珍獣だ。


 めったにいる存在ではなく、また、刺されるなどいうことも稀。


 いるにはいるが、誰も、その存在を知らないくらいに知られていない。


 そして、その毒の解毒などとなると、更に難しい。


 ただ、頭にまで回ってしまった毒は、今更解毒薬などがあったとしても意味が無い。


 回復を祈るしか無い。


 村人が奔走していたのは、体力を回復させるような薬の調達だ。


 少しでも回復させるように、体力がつく何かを手に入れようと行商に来るものに聞いたり、近くの村に行ったりで聞きまわったりと、人によっては王都にまで行った者まで居た。


 シュリアはずっと、レイモンドの側を離れない。


 常に体を拭いたり、体の様子をみたりと、甲斐甲斐しく世話を続けていた。


 蜘蛛型と戦った時には、毒に対してすぐに耐性を得ていたレイモンドがこれほど衰弱している。


 戦いすぎだ。シュリアはそう思っている。


 休むこと無く、自分をいじめるみたいに、常に敵を求め、敵を倒し続ける。


 戦っていない時は、誰かを世話している時だけ。


 常に他の人の事ばかりで、自分の身を顧みない。


 自分を化け物と蔑み、しかし、だからこそ人を守れるんだと、常に進み続けていた。


 留まること無く、そして、省みること無く。


 自分が死ぬために。居なくなっても良い世界にするために、敵を倒し続ける。


 シュリアだけが、レイモンドがそう思ってる事を知っていた。


 生きていてくれて嬉しく思う。そして、今この時だけでも、安らいで欲しいとシュリアは思っていた。


 死なないでいて欲しいと思っている。


 生きて、そばに居て欲しい。そう思いながら回復を祈る。


 何日も、何日も、シュリアも物も食べずにずっと、レイモンドの側にいた。


 村人がたまに持ってきてくれる薬草。シュリアも薬草の種類は解る。礼を言い、しかし、効かない事もわかる。しかし、少しでも希望があればと煎じて口移しで、少しづつ飲ませる。


 王都で手に入れたという薬も、飲ませては見たが症状は変わらない。王都まで行ってくれた人に礼を言うシュリアもやせ細って元気が無い。みんな心配していた。


 なにも、状況は変わらない。


 レイモンドは眠り続けたまま。


 ただ、帰ってこれたことを解っているのか、その表情は穏やかだった。


 何ヶ月経っただろうか、シュリアもやせ細るくらい何も食べてない。


 レイモンドに食べ物を口移しで食べさせる時に、少し口にいれてるくらいだ。


 胃の穴が塞がってるとは限らない。食べさせる時にも少しずつ、少しずつとゆっくりだ。


 そんな状態が続き、ベッドで添い寝している時も涙が止まらない日が多い。


 医者も既にレイモンドを見放し、ただ、息をしているだけと言われてしまっている。


 それでも、シュリアはレイモンドの側を離れない。


 常に自分を守ってくれた人を、今は自分が守っている。


 そう思うことで、なんとか気力を保っていた。


 保たないと、心が折れてしまう。


 誰かのためと思いながらも、それは自分のためだった。


 レイのためにしていると思っている、しかし、それは自分のため。


 自分が出来る全てをして、自分で納得したい。


 納得できなければ、自分の心が折れて、自分が壊れてしまう。


 毎日、毎日、自分に出来る全て。


 主リアのほうが衰弱しそうなくらい、懸命に介護していた。


 リリもファリスも、そして、両親も口を出せないくらいに。


 諦めろと言う言葉を使ってはならない。


 ダメという言葉も、聞かせられない。


 レイモンドの体が朽ちて行ったとしても、シュリアはレイモンドの側を離れないだろうと思った。


 誰もがレイモンドを諦め、そして、それを口にしないでいた。


 しかし、まだ息をしている。心臓は動いている。


 諦める気なんて、起きるはずもない。


 シュリアだけがレイモンドの回復を信じ続けると決めていた。


 海の道で言葉を発する事ができたレイモンドは、絶対に帰ってくる。


 何日もの、何ヶ月もの介護で、村の人たちもレイモンドが既に死んで居ると思っていた。


 人間が耐えられる限界を遥かに越えて、意識を失い続けている。


 飲まず食わずで生き続ける日数を遥かに超えてる。シュリアが口移しで食べさせているなんて誰も思わない。


 少しずつ体は回復している。しかし、脳にまわった毒はどうなったかわからない。


 生きてるだけの状態になるかもしれない。しかし、それでも側にいると誓っていた。


 お湯を沸かしては体を拭き、食べ物を食べさせては体の様子を調べ、常に付き添っていた。


 もう日課だ。いつもの様に、起きないレイモンドに声をかけ続ける。


 寝る時も一緒だ。常に、側にレイモンドを感じていないと、不安で涙がでる。


 その日も、レイモンドを抱きしめて眠った。いつ目覚めても、側にいられるようにと。


 そして、朝日に気づいて目が覚めると、体を起こしてシュリアを撫でているレイモンドが居た。


 シュリアは言葉が出せない。


 起きるはずもないと思っていたレイモンドが起きている。


 起きて欲しいと思う自分の幻覚かと疑う。


「ごめん、心配かけたね」


 レイモンドの言葉で、シュリアの目に涙が溢れた。


 おもいっきり声を出して泣いた。


 あまりの泣き声に、家族中が集まり、その光景を見た。


 レイモンドが起き上がっている。その胸に顔を埋めて泣いてるシュリア。


 4人共、信じられない物を見るように、へたり込んでしまった。


 すぐに駆けつけた医者やガイン、ジグルまでもが信じられないような顔をしている。


 誰が来ても、シュリアは抱きついたまま離れようとしない。


 服を着直す余裕もなく、みんなが起きたことを祝いに駆けつける。そして、シュリアが抱きついたままなことに微笑ましいと思いながら、レイモンドの体を見て驚く。


 どんな死線を何度くぐればそうなるのか、体中に無数にある傷跡。致命傷だろうと思われる傷も多数あり、少年と呼ぶような体ではない。


 誰もが、その傷跡をみると、たじろいでしまう。


 戦いの代償にしては多すぎる傷跡。それは、レイモンドが死線で戦って来たことを知らしめる。


 傷を見た誰も、その傷の事を聞くことは出来なかった。


 あまりに多く、そして、深い傷ばかり。なんどこの少年は死にかけたのだろう。傷を見た者たちは誰もがそう思い、しかし、優しい笑顔が誰かを守っていたと理解させる。


 それだけの傷を負うような戦いをくぐり抜けてきたのに、なぜ笑顔でいられるのか。


 自分のために戦う少年ではなく、誰かのために戦う少年だと、誰もが納得する。


 流石に立ち上がるまでには日数を要したが、レイモンドは自分で立てるほどにまで回復した。


 意識を取り戻してからは早く、しかし、それでもシュリアは側を離れることはない。


 少しは側を離れても、すぐにレイモンドの側に戻り、つきっきり過ぎてレイモンドは照れていた。


 家族からしてみれば、すでに照れるような状態じゃないのだが、レイモンドは照れくさそうだ。


「シュリアちゃんがいなかったら……ほんとにレイは幸せ者ね」


 母親の言葉に父親も頷いている。


 しかし、シュリアは心配だった。


 レイモンドは自分の体が戦えるかを確認している。また、戦いに行くつもりなのだ。


 死にかけたというのに、やっと目覚めたというのに、もう戦いに備えようとしている。


 それが、シュリアにとって、心配で、不満だった。


 もっと一緒に普通の家族をして欲しい。そう思ってしまっている。


 回復もそこそこに、シュリアに異形のモノを聞いた時、流石にシュリアも怒った。


 見つけた時、服はいつもの様にボロボロで、武器もシュリアが回収しなければ残骸のところや、海岸に置きっぱなしだった。そして、シュリアが縫った服が無ければ、今頃は蟻型によってバラバラにされていたはずである。


 そういうわけで、レイモンドは正座させられていた。


「え?あ……えっと……」


 満面の笑顔で、けど、目が座ってるというのはある意味特技だ。


 それで怒られ、なんとなく正座しているわけである。


「勝手に死なないで!」


 凄く妙な言い方だなと思うが、たしかにそのとおりだ。


 レイモンドはいつもどおり「はい」と「ごめんなさい」の連続だ。


「この歳で未亡人にされたらたまんないわ。それに、ずっと一緒にいてくれるんでしょ」


「未亡人って、なに?」


 レイモンドの素直な質問に、シュリアはため息を付いた。


 シュリアは仕事の上で、人の立ち位置を学ぶ時に知ったたが、普通の少年はあまり知らないかもしれない。


「未亡人っていうのはね、旦那さんを亡くした奥さんのこと」


 シュリアが説明すると、レイモンドは納得してた。


「ああ、なるほど。食堂の女将さんみたいな人のことかぁ」


 シュリアも初めて聞いたことだ。


「そ……そなの……?」


 レイモンドが言うには、女将さんが追い出して、どっかで野垂れ死んでるだろうってことらしい。


「それは、んー……未亡人っていうのかな……」


 論点がずれてることに気付かない二人。


「女将さん、旦那さんがウェイトレスにちょっかい出す度に、ナイフを投げて追いかけてたらしいよ」


 シュリアも唖然とする殺し方だ。


「それは……当たっても、当たらなくても死ぬわね……いろんな意味で……」


 当たれば死ぬけど、当たらなくて逃げ回れば、それだけ周りに知られて社会的に死ぬ。


「女将さん、ナイフを投げるのが上手くてね。旦那さんの急所を上手く外して当てまくってたらしいよ」


 さすがのシュリアも言葉がなかなか出てこない。


「えっとー……レイ的に、それは守らないで、良かったの?」


 なんとか絞り出してはみたが、やはり論点がずれている。


「旦那さん、なんか嬉しそうだったから邪魔できなくて」


 シュリアは目が点になって「いろんな趣味の人が居るのねー……」と乾いた口調になっていた。


 そして少しの沈黙が有った後、シュリアが強引に話を戻した。


「……っと、だからね。レイが強いのはわかるけど、死んじゃったら私はひとり残されちゃうの。未亡人になっちゃうの」


 それに関しては、レイモンドは謝るしか出来なかった。


「あの種類のは初めてで、鋏だけだと思って攻撃したんだよね。そしたら毒針もってて……」


 そしてまた、論点がずれた誤り方をする。


「防具と服、ボロボロにしてごめん」


 シュリアはきょとんとなったあと、すぐに切り返した。


「そっちじゃないの」


 え?という感じのレイモンド。


「服とか防具とかはすぐに治せるの。レイが怪我しちゃったらダメなの」


 レイモンドは「ごめん」しか言えなくなっていた。


 もの凄く心配をかけた事はわかっている。だからしっかりと謝りたいと思うのだが、どうやって謝れば良いのかがわからない。


「ガインさんに言われたんだけど……こういう場合は俺の方から押し倒せばいいのかな?」


 さすがのシュリアも、更に斜め上な、しかもレイモンドからの言葉に真っ赤になった。


 謝り方としては方向が明後日すぎるし、レイモンドの方から迫ったこと等ないのでシュリアも困惑していた。


「えとね、いまは服も体も汚れてるし、汗もかいてるし……えと、えと……」


 レイモンドはなんか許してもらえる雰囲気なのかなと安堵したが、次の瞬間に悪化したと解った。


「じゃあ、一緒にお風呂はいろ」


 そしてレイモンドは風呂場に引きづられていく。


「シュリアちゃん、レイ。おなかすいてるでしょ?食べてからのほうがいいよ」


 珍しく母親の助け舟だったが、しかし、それは違っていた。


「なんかねほら、これ。凄いらしいよ。夜が物凄くなるのが入ってるんだって」


 シュリアに見せてる食材が、妙に怖い。


 何を食わされるにしろ、完食しないと気がすまない質のレイモンドである。


 シュリアは真っ赤になりながらちらちらとこちらを見ている。


「えっと……俺はどうしたら……」


 とりあえず服を着ろ言われ、また自室に。


 自室で普通の、防具や何かがついてない服をひっぱりだす。


 そういう服を着るのが、妙に久しぶり無きがする。


 そして、服を引っ張りだす時にファリスと一緒に買ったお土産を思い出した。


 ファリスを連れてきた時も、荷物をどうのこうのじゃなく、まず正座だった。


 いや、正座を強制されたわけじゃないのだが、なんとなく、そうなっていた。


「シュリア。これ」


 カップとペンダント。3つずつ。


「ファリスも買い物の時に一緒にいたから、3つになっちゃったんだけどね」


 説明すると、ちょっと不服そうだ。


「それと、これ」


 シュリアの左手を取ると、薬指に指輪をはめた。


「な、なな。なななななな、ななん、なあなななんあんんあ……」


 言葉にならない動揺らしい。タイミングを間違えたのかとレイモンドは困った。


「ごめん、こういうのもタイミングわかんなくて」


「サイズあわせられるのだから、後で鍛冶の人の所で調節してもらおう。こっちは俺のね」


 そういって、レイモンドがつける指輪を渡されたシュリアは、しかし、手が震えてる。


「あんまり、こういうの好きじゃないかな……ごめん」


 照れくさそうにしながら、けど、多少は喜んで欲しいと顔が訴えている。


「こっちはお店でサイズ合わせてきたんだ」


 そう言うと、レイモンドは左手を差し出す。


 はるか先の針の穴にナイフの尖端を差し込める技量のシュリアが、手が震えてなかなか指輪をつけられない。


 なんとかつけると、ようやく落ち着いた様だ。


「その指輪のデザインね、王都で有名な人のらしいよ。俺がつけるのはちょっと恥ずかしいんだけど、可愛げがあるのにしたんだ」


 話半分で聞きながら、シュリアの目はカップやペンダントに行かずに指輪ばかり見ている。


 レイモンドは気に入ってくれたのか、気が気じゃない。


「……サイズね。ちょうどいいよ。大事にするね」


 目も笑ってる。満面の笑みだ。レイモンドまでも嬉しくなる。


「けどね、こういうのってもっと雰囲気があるところのほうが嬉しいのよ?」


 いつものレイモンドの「ごめん」が帰ってくると苦笑する。


 そしてようやくペンダントとカップの話になった。


「姉妹みたいに暮らしてほしいから、同じのって感じ……かな」


 ペンダントは、猫のモチーフだ。


「3人でお揃いのっていうと、仲が良い感じがするでしょ?」


 そう行って振り向くと、シュリアは妙な表情をしていた。


「ふ~ん?猫でいいんだ?猫ってすごくわがままなんだよ~?」


 そんな二人の微笑ましい話を聞きながら、母親は特製スープを作っていた。


 既にだいぶ出来ていたらしく、すぐに食卓に。


「出来たよ。精力絶倫スープ!」


 二人して固まった。


「お、お義母さま。名前がストレートすぎ……」


 食卓に盛られると、食べずにいられないレイモンド。


 レイモンドが食べるのを見て、顔を赤くしてるシュリア。


 レイモンドがその気だと、どうやら受けにまわるらしい。


「あ、なにそれー?なんか美味しそう」


 精力とか全く関係ない年齢の2人が来ると、さすがに母親は違うのを出した。


「お姉ちゃんたちと同じがいいー」


 苦笑しながらスープを口に運ぶ二人。


「これはね、孫作りの秘薬なんだよ」


 違う方向の説明がストレートに来た。


「物凄くからいの?」


 食べてる二人が真っ赤になってるのを見た、意味の分からないリリは、素直に質問する。


 母親は苦笑してるが、レイモンドはむせこんでいた。


 シュリアも真っ赤になりながら、黙々と口に運んでいた。





 数ヶ月の間、神風も勇者の噂も沈静化していた。


 平和であるということは、水面下で色々と動いている事を示唆する。


 だが、ルナは相変わらず、執務室で暇そうである。


 しかも、憧れた相手が妻帯者ということで、妙な落ち込み方をしている様だ。


 会って礼をいうことも叶わず、その妻に至っては、立ち居振る舞いや容姿で勝てる気がしない。


 とりあえず仕事と思っても、手元に来る書類は1日に数枚。熟考する様な物が来たとしても、案件内容に関する資料として政務官達の意見書がついていて、大体は方向性が決まっている。


 ルナが決めなければならないような、国の命運をかけるようなものはない。


 実際にはまだ人間世界すべてがひとつの国としてまとまりきってはいない。まとめている最中だ。


 執政官としての権限は必要だが、どの領のどんな意見を尊重するかなど、重要度はすべて明確化されている。また、その明確化は各領土にも伝達され、重要度の意味合いも含めて納得を得ている。


 反乱軍に対して与した与しなかったとかではなく、人間世界としての役割で決められた重要度。


 ラースの重要度が高く設定されたのも、南の道の警備の重要性や異形のモノが侵入した際に妙薬などの有効性も加味されている。


 重要度を決める際に、政務官達と後ろ盾の連中でいざこざがあったらしいが、あくまでも水面下でのいざこざで、金銭的にかたがつくものや、また譲歩でなんとかなるレベルのものだった。


 結局、本当に旗印なだけになってるのだが、執務室で一人だとやることもない。


 数日に何度か、パレードまがいの巡回をしないといけないくらいで、あとは部屋で座ったままだ。


 パレードにしても、お金を使う必要はないというルナの信条で、多少人数が多い程度。


 後ろ盾の連中にしてみれば、権威が示せずに歯がゆいだろう。しかし、政務官達からの資産が減らないなどの口車で上手くはぐらかされてる。


 水面下は水面下で、しっかりと拮抗しているようだ。


 人間世界の平和は、いや、統治は着実に進みつつある。


 しかし、レイモンドが倒れていた間に、異形のモノの噂が無かったわけではない。


 異形のモノが一度侵攻したという事実が作る混乱が、人間世界には有る。


 また、異形のモノを倒せると宣伝しては、護衛を買って出る野党もいる。そういうのに引っかかると、安全だと思って安心していると、敵は異形のモノではなく人間で、金品を奪われたり、または、顔を見られたからと命を奪われる場合もある。


 異形のモノが居たという噂を流し、また異形のモノが人を殺したように見せる者もいる。


 巨大な斧や剣で人の首や胴を切り裂き、目や喉等軟辛い部分を切り裂き、異形のモノに襲われたように見せかける野党達。異形のモノを真似ることで、護衛役として行商を襲う事を繰り返す。


 護衛を雇わないから、異形のモノに好きにされるんだ。


 そんな話をされたら、雇わないわけには行かず、特定の場所などでは人通り自体が急激に変化している。


 一番危険とされる王都からラース領、そして南の壁までの直線が、人に襲われる事がない一番安全な道になっている。


 シュリアがレイモンドにつきっきりになっていても、神風の噂は息づいていた。


 また、守護者の存在が有る。


 守護者ギアス・アスレイがラースニアにいる。そして、その村の周りには、神風が吹く。


 それはまるで、南が鉄壁の状態になっているかのように、人々に思わせる。


「またラースニアに視察に行きたいんだが……」


 執務官補佐に言うと、即座に却下される。


 ルナの意見が通らないのではなく、国としての体をなしていくうちに、ルナの立ち位置が重要になっているのだ。


 旗印なだけではあるが、しかし、一番重要な存在であることも確かだ。


 一番重要な存在が、安全を確認に行くということは、不安要素がある場合と、確認だ。


 問題があるのであれば、守護者が壁からの定期伝令に用件を伝えればいい。


 南の壁の近くの村もどきには、壁の村としてラースアグラと名が付けられ、ひとつの村として認められた。


 領主の名をもらった村ということは、領主から認められたということになる。また、壁を守護する村としての位置づけから、兵士達の常駐の村として税等も免 除され、逆に給金が発生するという軍属の村になっていた。それゆえ隠れた場所というよりも、公の場所としての意味合いが強くなる。


 人が集まる場所、になったわけだ。


 そして、神風に守られたラースニアが更に繁盛する。


 ラースアグラが最前線だとすれば、一歩退いた場所にあるラースニアは、行商をするには一番効率が言い。


 ラースアグラに住むものも、ラースにニアに買い物に来、売る側もラースニアで売るとなって、まるで町だ。


 人の往来が多くなれば、当然店も増える。しかし、ラースニアでは食堂の数はそれほど増えなかった。


 出店などで、食べ物を売る者は増えたが、元々ある女主人の食堂以外の食堂は増えず、開店しても客入りは微妙だ。


「お姉ちゃんがお兄ちゃんを看病してる間は、あたし達ががんばらないと!」


 シュリアが休んでいる間、妙な頑張りを見せたファリスとリリ。そして、シュリアにどれだけ助けられていたかを、居なくなって実感した他のウェイトレスが気合を入れまくっているのだ。


 ウェイトレス達の気合の理由は、居なくなってフォローに気づいただけではない。自分達のフォローなんかよりもよっぽど大変な看病を、寝ずにずっとしていると聞いたのもある。


 自分達のだらしなさで居場所がなくなっていたら、合わせる顔がない。


 そんな大変な事をしていて、戻ってきた時にまたフォローさせてばかりじゃ、自分達が情けない。


 そんな気概を植え付けさせるほど、シュリアに対しての同僚達の好感度は高かった。また、妹達のがんばりも、その気概を後押しさせていた。


 そんな全力な食堂の周りに、新しく食堂を作っても目新しさくらいしか目玉がない。


 あまりに客が増え、あまりに従業員が増えた為に店は拡張されたりしてる。それもあってか、いつの間にかラースで一番の食堂とまで言われている。


 実のところ、ルナもその食堂のファンであった。


 高い酒でなく、飲みやすいものを勧めて来れたりするとろこは他に無く、また料理も美味い。居心地もいいという、他では物足りない感じになっている。ただ、憧れの相手の妻が働いているというのが、ちょっと心苦しい感じのようだ。


 しかし、また行きたいというのは本音で、それもあって、ラースニアに行きたいというのも有る。


 ルナはレイモンドが死にかけ、それを命がけで看病していたシュリアの事などは知らない。そのことは、村の誰も、口外せず、噂にもしていない。誰もがシュリアの献身的な看病や介護を軽々と口にはしないからだ。


 息子がどのくらい頑張っていたかはわからない。しかし、ギアスは息子の傷を見て理解しないほど、鈍っては居ない。賜った武器ではなく、息子から渡された異界の武器。それを持って、常に守護者として巡回していた。


 剣技がどのくらい落ちているか、自分の胆力がどのくらい下がっているか、それを体感しないギアスではないが、ただ座ってなんていられない。息子は自ら死地に飛び込み、人を救っていたのだろう。それを教えた自分が、同じように人を救えなくてどうするのかと感じていた。


 息子の体の傷を見て、どれだけギリギリだったかはわかる。戦場であれだけの負傷をすれば、死んでいて当然だ。だが、息子は帰ってきた。常に笑っていた。家族のために。それは、自分の教え。


 自分の教えを信じ、そして守ってくれた息子に、自分も応えねばならない。


 息子の活躍は、自分に復権の機会も与えてくれた。


 自分が教えたことが、自分が救った赤子が、これほど、自分に力をくれるとは。


 ギアス・アスレイは、守護者として自らのすべてを持って任を全うする気でいた。



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