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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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 激しい波が打ち寄せ、砂が削られ、次第に海に寄せられていく。


 風もまた、砂を巻き上げ、レイモンドの体に吹きかけていく。


 次第に海に惹き寄せられていく体。


 這いずっていても、這いずっていても、届かない手。


 いつしか、手が砂を掻くだけになり、その手も痺れていく。


 異形のモノと戦っても、毒を受けても、耐性が付き、そして生き残ってきた。


 しかし、今は力尽きようとしている。


 化け物なのに、あの毒には抵抗できないと言わんばかりに。


 既に毒は頭にまでまわり、思考はなく、体がただ動いていただけ。


 ただ、最期に思った帰りたいという思考を、体がしているだけ。


 それを阻む海の暴風と、打ち寄せる荒波。


 あまりに海が近いためか、シュリアもファリスも駆けつけはしない。


 暴風と荒波が、全ての気配を押しつぶしている。


 レイモンドが倒れていたとしても、それを知るすべはない。


 ただ一人、海辺で倒れている。


 異形のモノが見つけたら、ただの餌だろう。


 しかし、異形のモノも周りにはいない。


 レイモンドは、サソリ型を倒したのだ。


 そして、その毒で死にかけている。


 普通の人間であれば、最初に毒を受けた時点でショック死しているだろう。


 それに耐え、そして、戦い、勝った。


 だが、勝っても帰れなければ、レイモンドが思う本当の勝利ではないだろう。


 帰れなければ、守り続けることは出来ない。


 這いずるのに、少しずつ海に近づいたのだろうか、それとも、潮が満ちたのか。


 レイモンドに荒波が近づいていく。


 服は少しずつ濡れ、倒れている体の下の砂が削られていく。


 すこしずつ、体が海へと引き寄せられて行く。


 毒は既に全身を侵食し、レイモンドの意志で動く部分はない。


 いや、もう意志を形作る命も失いかけている。


 そして、少しずつ海へと。


 風が運ぶ砂がレイモンドを覆い、遠目には倒れている事さえわからない。


 誰が見ても、シュリアが感じようとしても、ファリスが見ても、レイモンドを見つけられない。


 二人共、レイモンドの死闘をしらず、今もまだ、食堂で働いている時間だ。


 人々から勇者と呼ばれ、自分では化け物と自虐し、最期には一人で逝く。


 既に決まったことなのか、レイモンドの体は次第に海へと導かれる。


 いつのまにか、レイモンドの体に波がかかるほどに海は近づいていた。


 砂をかぶっていても、波が洗い流す。だが、洗い流した後に、少しづつ海へと引きづられる。


 ファリスは仕事中に、王都で買い物した物の事をシュリアとリリに話していた。


 可愛いものを一杯買えたと喜んでいた。


 レイモンドが二人のお土産を選びのに悩んでいたことなども話していた。


 シュリアもリリも、大荷物を気にはしていたが、その中に自分達へのおみやげも有るとは思っていなかったので、大はしゃぎだ。


 それと、レイモンドが何を選んだんだろう、と。


 どんなものを選んでくれたんだろう、と。


 和気あいあいに仕事をするシュリア達とは対象的に、海辺で一人波に飲まれていくレイモンド。


 少しでも耐性が付けば、また立ち上がれるだろうのか。既に毒で死んでいるかもしれない。


 誰かがレイモンドを見つけるのが疾いか、それとも、波に飲まれるのが早いか。


 恐らくは、波に飲まれる方だ。


 既に体の向きを変えられるほど波に煽られ、そして、濡れている。


 ただ這いずる姿で倒れ、波に飲まれていく。


 食堂ではファリスがシュリアに色々教わっていた。


 仕事の事もそうだが、諜報活動してたこともあって、おしゃれなことに関しても詳しい。


 世情に詳しくないと、周りから浮いてしまう。だから、そういうことも事情通だ。


 自然体になったシュリアは良い姉になりそうだ。


 シュリアもお姉さん代わりが板についていて、妹が増えた様に可愛がっている。


 レイモンドが望んだ光景だろう。


 レイモンドの妻になったシュリアと、妹のリリ、そしてファリス。


 父親も地位を復権し、旧友の娘に認められたことで元気をとりもどしている。


 そんな父親を誇らしく見る母親。


 他に何を望むのかというくらいの幸せ。


 全てレイモンドが望んだ幸せが、そこにある。


 そこに帰りたいという這いずる姿のまま、波に飲まれていく。


 帰ろうとした姿のまま、誰の手も届かないところへ流されようとしている。


 波は荒く、そして、砂浜から幸せを臨む者を奪っていく。


 ルナの行軍もまだ食堂で騒いでる最中だ。


 誰もこの村が、危険だなんて思わない。


 誰もこの村が、今もなお守られた事など知らない。


 ルナもやけ食いの最中だ。


 誰も村の外を、気にしてなんていない。


 いつしか、レイモンドが倒れていた場所には、何もなくなっていた。


 倒れていた後も、波に打ち消されている。


 這いずった形跡さえも、波と風に打ち消されている。


 残っているのは、レイモンドが倒したサソリ型の残骸と、それに刺さる武器だけ。


 そして、戦いで貫かれ、敗れた服の切れ端。


 お祭り騒ぎなラースニアの村。


 活気が溢れ、笑い声が耐えない村。


 レイモンドが望んだ姿。


 レイモンドがいなくても、その姿はある。


 手に入れたかった幸せ。しかし、手の届かない幸せ。


 だが、守れた幸せ。守り続けることが出来ない幸せ。


「レイ、今日は帰ってこないかな。行軍の人たちいるし」


 ルナのやけ食いの様子を見ながら、シュリアはちょっとだけ気にしだしていた。


 帰ってこない相手を思い、帰って来る日を待っていた。




 そして、数日をラースニアで過ごしたルナ達は、ラースを通って王都に帰る事になった。


 滞在中の数日間、食堂は大入りだった。


 シュリアもリリも、ファリスも大忙しだった。


 レイモンドが留守がちなのはいつものこと。だが、ルナ達が去れば帰ってくるだろうと思っている。


 それか、ルナ達が王都に帰るまで、送りながら見張るか。


 レイモンドならやりそうだとシュリアは思っている。


 帰ってくるまでは、あと何日かかかるだろう、と。


 いつも心配はしている、けど、信用もしている。ちゃんと帰ってくると。


 いつにもまして、最近はすこしレイモンドの事を思いすぎかなと思うも、ルナのことがあったからと納得する。


 もし王都まで行く途中に、姿を見られたらどうするんだろうかと思うと、少し苦笑してしまう。


 レイモンドがそんな失敗をすると思えないが、たまにありえないドジをする。


 戦っているときは大丈夫だが、普段が女性に弱い。


「お姉ちゃん、今日はなんか上の空だね」


 リリが言うと「そんなことないよ」と笑う。しかし、その笑いは何となく硬い。


 自分でもなんで硬いのかわからない。


 ルナにレイモンドをとられると、思ってなんかはいない。それ以前に、とらせない。


 ただ一人、自分と一生をともにする相手。


 自分の全てを話しても受け入れてくれた事を。


 レイモンドが優しく差し伸べて来れた手を取ったことを、今も鮮明に思い出せる。


 初めて会った時の事も、お嫁さんになると言って茶化した時のことも。


 なんで、こんなことを思い出すんだろう。と、シュリアは、すこし不安を覚える。


 まるで、無くした物を思い出すかのように、記憶が蘇ってくる。


 どんどん、記憶が溢れてくる。


 記憶が溢れると同時に、シュリアの中で何かが鳴り響いてる。


 失ってはならないなにかを、失いかけている。


 行かなくちゃダメ、と。


「リリちゃん、ごめん。ちょっとレイ探しにいってくる……」


 いつのまにか、汗まみれになっている。


 いつのまにか、泣いている。


「お姉ちゃん、大丈夫……?」


 リリは心配そう。


「今すぐ行かなくちゃ。ごめんね」


 リリは頷いて「うん、行って。…………行ってらっしゃい」と言った。何かを感じ取ったらしい。


 そして、シュリアはそのままの姿で飛び出していった。


 レイモンドが行っただろう方向はどっちだろう。


 感覚を研ぎ澄ましても、レイモンドを感じない。それほど遠いのか。


 異形のモノも感じない。


 近くで戦っていれば解る。


 すぐにトラスではなく、逆方向と決めた。


 レイモンドなら、城塞を見てから、そちらに行く。


 ルナ達が行こうとした場所の安全を確保しないわけがない。そして、ルナ達は無事に帰ってきた。


 シュリアが探すのは、レイモンドだけ。


 通りがかりに野党や賊も居た。レイモンドなら見張るだろう。シュリアに取ってはただの障害物。


「邪魔」


 通る時に姿を見られることもなく、両腕の二の腕の腱を斬ルだけ斬って通り抜ける。


 シュリアに通りすがられた野党は、二度と腕は上がらない。


 神風に自分達の腕の腱が斬られる等と思ってもいない賊達は、その場でへたり込む。


 二の腕から鮮血を吹き出させ、痛さで転がり回る野党。


 そこにもうシュリアは居ない。


 森から内陸の方に僅かな異形のモノの気配。移動している。


 しかし、その周囲にレイモンドの気配はない。


 異形のモノは移動だけしていた。だが、そのまま頭が落ちる。


 王都周辺に居たモノが、単独でさまよったのだろう。


 シュリアは振り向きもしない。横を通り過ぎる時に首を斬り落としただけ。


 神風と呼ばれる技量。


 斬った瞬間からもう、レイモンドの気配だけを探している。


 残骸など気にも留めない。


 異形のモノがいれば、その近くの可能性もある。だから、異形のモノも倒している。


「どこ、どこなの。答えてよ…………」


 口にしても答えてくれるはずもない。


 レイモンドが答えてくれないはずはない。


 居れば応えてくれるのに、応えはない。


 何故か涙が出る。何故か悲しくなる。何故か辛くなる。


 シュリアは止まらず、何日も走り続け、そして、しかし、レイモンドを見つけられないでいる。


 王都周辺も行った、人間世界の南半分をほとんど走り回っている。


 疲れも、苦しさも、空腹も、胸の痛みに比べたら、どうでも良かった。


 レイモンドが何処にも居ない。


 シュリアはグレッグの村にまでも行き、レイモンドが訪ねて来ていないかも聞いた。


 来ていないと聞いた途端に、グレッグが手伝いを申し出る前に駆け出していた。


 そして、海辺の岩場。そこはまさに、レイモンドとサソリ型が戦った場所。


 何処を探しても居ないレイモンド。人間世界全てを走り回っても、絶対に探しだすと決めていた。


 誰も来ないような岩場。


 しかし、そこからなら走ってラースニアに戻り、北に向かえる。


 岩場から防風林側の砂浜に降り立った時、何かが目に入った。


 漂流物。異界から流れてきたもの。


 普段なら気にもしないそれを、シュリアは何故か手にとった。


 なんとなく見覚えがある。けど、少し違う。


 そして、シュリアの顔から血の気が引いた。


 それはレイモンドの服の腹部に縫い入れた、異界の防具。そして、その中心には巨大な穴と、甲殻。


 レイモンドの血が固まって、欠片になったもの。


 違うと思ったのは、貫通した穴が異界の防具を変形させていたから。


 すぐに近くの岩場を探しだす。


 どこかで休んでいるかもしれない、倒れているかもしれない。


 だが、見つかったのは、特殊な異形のモノの残骸と、レイモンドの武器。


 尻尾に毒針を持つ、サソリ型の残骸。


 膝を落とし、そのまま座り込んでしまった。


 自分の作った服を信用してくれて戦ってくれたレイモンドが傷ついて、姿を消した。


 武器を手放す様な状態で、姿を消した。


 服の一部だけ、こんな所に残して行くような人じゃない。


 いつ、どうして、なんで。


 自分達が笑っている時に、いつも戦っていてくれた。


 自分達が笑う場所を守る為に、いつも戦ってくれていた。


 シュリアは、更に岩場を細かく探す。どこかにレイモンドの痕跡が無いかを探す。


 どこかに、なんでもいい。少しでも解るものが欲しい。


 岩場を探し尽くし、何も見つからない。


 肩を落とす暇もなく、まだ探してないラースニアまでの砂浜を走りだす。


 その顔は、どんなことをしてもレイモンドを探しだす決意。


 既に這いずった後もなく、流された後もあるはずはない。


 海は荒れ、空は嵐。それが砂浜をに残る痕跡を全て洗い流してしまう。


 シュリアはラースニアまでの途中で、止まってしまった。


「絶対、見つける、見つかる……見つからなくても、見つける!」


 心の中の、このまま見つからなかったら、という言葉を、口から出る言葉で否定する。


 絶対に見つける。絶対に、一緒に帰る。


「レイは絶対死なない! あたしが死なせない!」


 海に向かって叫ぶシュリアは、まるで奪われたレイモンドを返せと言わんばかり。


 そして振り向き、森のなかを探しに入る。


 見つかるはずのない人を、見つけるために。


 そして森から再び現れるも、やはり、レイモンドは見つからない。


 顔はもう泣き顔だ。


「あたし、まだ全然だよ……優しくされっぱなしで、全然レイに優しくしてあげられてないよ……」


 座り込んで一人、泣き出してしまった。


「何もしてあげられてないよ……」


 涙が溢れだして止まらない。


「あたしを……置いて行かないで……行くなら、連れてって……どこでも行くから……」


 大声で泣き出すが、全ては波の音と風の音にかき消されてしまう。


 シュリアの声は、何処にも届かない。


 シュリアの声は、誰にも届かない。


 大声で泣き続けるシュリア。


 たとえ、すべてが波の音にかき消されても。


 たとえ、すべてが風の音にかきけされても。


 泣いて、泣いて、泣きまくった。


 涙も枯れ、そして、シュリアは立ち上がる。


「レイ、あたしは諦めが悪いの」


 宣言するように声に出す。


 また、走りだす。最初からもう一度、全部走る。


 最初は城塞から。最初に行ったはず。


 ラースニアよりも海側にある城塞。そこに有る壁をレイモンドはまず確認したはず。


 レイモンドが行ったかもしれない場所は、全部。もう一度。何十回でも、何百回でも探す。


 心のなかでそう決めて、城塞に向かう。


 走っても走っても、足場が悪い。


 いつもレイモンドは、こういう所で戦っていた。


 いつもシュリアは高みから見ていた。


 見放そうと思っても、見放せなかった。


 真っ直ぐだったから。本当に真っ直ぐだったから。


 城塞に着くと、城塞なんて関係ないとばかりに、すぐに壁に。


 壁に登り、自分に出来る限りの全力で探す。


 もの凄く遠く。なにか、道にある。


 道のところに、何かある。


 異形のモノかもしれない。けど、レイモンドかもしれない。


 レイモンドかもしれないと思った瞬間に、もうシュリアは飛び出していた。


 我慢できない。


 壁には見張りは居た。しかし、何かが飛び出したくらいにしか見えない。


 何が飛び出したかも、わからない。


 シュリアは道を走るが、波が、風がシュリアの軽い体をもてあそぶ。


 何度もよろけながらも、走り続ける。


 そしていくつかの影。


 数がいるから、異形のモノ。退治してそれから……。


 シュリアの視界に入ったのは、異形のモノが囲む倒れた人。


 それはうつ伏せで顔はわからない。けど、見覚えがある服。自分が縫った服。


 シュリアは声にならない叫びをあげて、一瞬で異形のモノをすべて斬り裂いた。


 シュリア自身も、自分が何をしたのか解らないほど、異形のモノはバラバラになっていた。


 そして、うつ伏せのまま動かない人。服装は確かにレイモンド。


 怖くて触れない。


 もし死んでいたら、そう思うと、怖くてさわれない。


 手が震えて、足が振るえて、その人にさわれない。


 人なんていくらでも殺してる。


 死体なんていくらでもさわってる。


 誰がどんな死に方をしても、何かを感じたこともなかった昔。


 けど、今目の前にある人に、なぜかさわれない。


 そしてシュリアは、ハッとした。


 全く体が動いてない。


 息をしていない。


 レイだったら嫌だ。そう思った事で、その手が人に触れた。


 抱き起こすと、それはレイモンドだった。


 息をしていない。


 心臓も動いてない。


「やだやだやだやだ! 一緒に帰るの!」


 シュリアはレイモンドを抱きしめながら叫びまくった。


 人工呼吸も、心臓マッサージも何度も試し、いつ異形のモノが来るかわからない場所で、ずっとレイモンドの蘇生を繰り返す。


 すでに息絶えて何日も経ってるかもしれないレイモンドの蘇生を、ずっと繰り返す。


 一日中、何日も、何度も、何度も、シュリアは繰り返していた。


「帰ろう……? うちに帰ろう? ね? 一緒にかえろう?」


 シュリアはずっと、レイモンドの横に座り続けていた。


 返事をすることもないレイモンドの体を抱える。


 ただ泣く、シュリア。


「化け物なんでしょ! 死なないでよ! 生き返って! 生き返ってよ! 帰ってきてよ!」


 レイモンドを思い切り抱きしめる。


「あたしを一人にしないで! 守ってよ!」


 レイモンドの体を抱えたシュリアは、姿勢を崩してたおれてしまった。


 そのせいで、レイモンドも投げ出される。


「あ……あ……ごめんね、ごめんね」


 シュリアが謝りながら近寄る。


 だが、それが変化を起こした。


 投げ出されたことで、口の中からサソリの毒がまた吐き出される。


 まるで生きて、吐き出したかのように。


 構うこと無く口の中から毒を全部吸い出し、海に吐く。


 また心臓マッサージと人工呼吸の繰り返し。


 ただ、動かしたから吐いただけかもしれない。けど、シュリアは諦めない。


 なんども、なんども、なんども。


 そして、奇跡は起こった。


「シュ……リア……」


 それは、奇跡か、それとも元々持っていた力なのか、レイモンドが息を吹き返した。


 シュリアは本当は生き返るなんて思ってもいなかった。


 ただ、何かしたかった。


 レイモンドのために、なにかしたかった。


 ただ諦めるなんて出来なかった。


 そして、シュリアの胸に抱かれ、レイモンドは意識を取り戻した。




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