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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
43/48

立場




 レイモンドは、正座させられていた。


 目の前にはシュリアやリリ、そして父親と母親。


「どーして、帰ってくる度に、女の子連れ帰ってくるのかな?」


 父親は苦笑しているが、シュリアの目は笑っておらず、リリはきょとんとしている。


 ファリスを連れてきたことで、説明を要求されていた。


「とりあえず、そこに座って説明しなさい」


 そうシュリアにいわれて、正座させられているわけである。


 別に正座と言われたわけでもないが、なんとなく、そうなってしまった。


 ケイルアムで出会って、村が廃村になるということで仕方なしに連れて来てしまったと説明するが、しかし、簡単に納得はしてもらえない。


「あの、レイ様をいじめないで……」


 ファリスの言葉に「いじめとかじゃないよ」と笑顔だが、レイモンドの方を見ると視線がキツい。


「ちゃんと聞いておかないとね!」


 シュリアの言葉でレイモンドはタジタジになっている。


 父親と母親は、怒るというよりもレイモンドとシュリアの位置関係を面白がっている。


 嫁に頭が上がらない息子。情けないものの、気のおけない関係を感じる。


 レイモンドもファリスを変な意味で連れてきたわけではなく、保護という事で連れてきた事を強調している。


 少し大きめといえど、流石に部屋数もないアスレイ家でファリスに部屋を与える事は出来ない。


 シュリアがレイモンドに「女に子に甘すぎ」と文句を言ってる姿も、睦まじくみえる。


 レイモンドを心配していたファリスだが、どうやら隣に居たリリと気が会うようで、いつのまにか会話している。


 シュリアに怒られながらも、その光景を見て安堵。だが「聞いてる? ん?」とシュリアに聞かれて、「はい。ごめんなさい」と言ってしまう。上下関係は完全にきまっている模様だ。






 レイモンドが村に帰ってきた時、既に女物の装いは解いていたが、その姿はボロボロだった。


 旅の途中はショールや何かで隠されては居たが、普通に見たら死んで居てもおかしくない服装。


 体中の傷は更に増え、治ってはいても、なおも残る傷跡が痛々しい。


 特に腹部に開く穴は、異形のモノの爪に貫通されたと思わせる。


 それほどの死闘をくぐり抜け帰ってきたレイモンドに抱きつき、シュリアはおもいっきり泣いた。


 心配が、帰ってきたことで安堵に変わり、そして、怖くなった。


 自分がついていれば、こんな大怪我をさせなかったのに、という思いが、怖さになった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 一緒に行けなかった事に対する謝罪だろう。だが、残って欲しいと言ったのはレイモンドの方。


 泣かせてしまったことに、逆に困ってしまう。


 おもいっきり泣いて、レイモンドに抱きつきながら、シュリアはファリスに気づく。


 この時点までファリスに気づいてないシュリアがおかしいのかもしれないが、それほどにレイモンドが帰ってきた事が嬉しかったというのもあった。


 それで、なぜファリスを連れてきたのか、という話になったわけだ。


 年齢の割りにはしっかりしているファリス。身軽さも含めて、リリ達一般人よりもシュリアやレイモンドに近いものが有る。


 シュリアはファリスがこの村に残る事には納得したが、ファリスがレイモンドに抱いている感情を危惧していた。それは、例の女の勘である。


 あれがもし、ファリスが元だったとしたらと思うと、ちょっと敵視してしまう。しかし、レイモンドがそういう気を起こすはずもないと思うと、自分の勝手な思い過ごしだと納得するしか無い。


 自分が何を考えているか、時々解らなくなるのが納得出来ないでいるシュリア。


 レイモンドは説明の後、正座から開放されて着替えさせられた。


 もちろんシュリアが縫い上げた服だ。


 着た瞬間に、レイモンドは驚くような顔をしていた。


 その驚きに満足そうなシュリア。


 体の弱点になりそうな至る所に、異界の防具や素材で強化が施されている。


 それは、下手な重装備の鎧よりも、よっぽど頼りになる服に仕上がっていた。


 ヴィータスもやっていた異界の布を挟み込んで縫う。それが関節部の内外に挟み込まれて縫い込まれ、二の腕や前腕の部分には薄い異界の防具。胸当ての部分等は、平らではなく、敵の攻撃をいなすための丸みが付けられた防具が服の中に仕込まれている。


 着るだけで体が一回り大きく感じるくらいだが、その強固さは普通の敵に対しては圧倒的な安心感を得られる。


「厚ぼったくなっちゃってごめんね」


 シュリアはもうちょっとスマートに仕上げたかったらしいが、レイモンドは気に入っていた。


「ありがとう。凄く嬉しい」


 その答えに嬉しそうなシュリア。


「シュリア様、随分雰囲気変わったんですねぇ…」


 ファリスの言葉にちょっと窮したシュリアだが「誰と居るかで、人は変わるのよ」と答えていた。


 感心しながらも「あたしもこの村で暮らしたら、いろいろ変われますか?」と聞く。


「うん、絶対にね」


 シュリアは自身満々だ。


 そして、ファリスの処遇の話になった。


 当分はアスレイ家に居候することになりそうだ。そして、部屋はリリと同室。


 リリと同室なのは、リリが言い出したこと。ファリスと一緒に遊びたい、が本音のようだ。


 同じくらいの年齢の女の子が、この村にはいない。


 遊び相手としては、ちょうどいいのだろう。


 日中の仕事も一緒に働けるか、食堂に頼んでみるらしい。


 食堂で働けば、村の人とも顔なじみになる。そうすれば、早く村に馴染めるだろうと感じた。


 ある程度の問題を解決し、レイモンドはやっと一息つけた。だが、懸念は残っている。


 レイモンドはシュリアと部屋に戻り、二人になると詳細な事情を話した。


 王都であったことも漏らさず話す。


 そして、自分は一人で生きて行かないと行けないかもしれない可能性も話す。


 名前はルナティアルグ・レヴィアスという女性騎士に顔を見られ、そして名前も、この村も知られている事も話した。


 気を落としながら、しかし、何処にいてもシュリア達を守るというレイモンド。


 離れて暮らすことになっても、絶対に守るとの誓いにも似ている。


 全て話し終わるまで、シュリアは黙って聞いてた。


「うん、大丈夫」


 それが、シュリアから出た言葉だった。


 意味がわからない様子のレイモンドに「大丈夫だよ」と再度言葉をかける。


 その笑顔は、レイモンドに村にいても大丈夫と確信させてくれる。


「お義父さま、守護者に任命されよ」


 レイモンドには状況が掴めない。


「ルナティアルグ様って人からの伝令があって、お義父さまが”守護者”って任務につくんだって」


 守護者ってなに? と聞くも、シュリアもそれはわからないらしい。


「その伝令に、俺の事は……?」


 不安そうなレイモンドに、シュリアは首を振る。


 ルナティアルグからの伝令ならば、自分のことが書かれていてもおかしくない。


「ただ、お義父さまが守護者に任命されたってだけ。特に他には無かったわ」


 シュリアも伝令を見たのか聞いたら、もちろんと言われた。


 父親が見せずとも、ちらりという動作で、全文をみてしまうだろう。


「そっか。父さんは認められたのか。良かった」


 そう言いながら、少し遠い目をする。


「化け物は化け物なりに……今後を考えないとな……」


 レイモンドは自分の手を見ながらいう。


 ルナティアルグが何を考えているかわからない。しかし、暗殺や陰謀の手が伸びてくるようなことがあれば、村を離れないと行けないと感じていた。


 それは、自分の力を受けいれたからこそ、考えるべき先。


 捨てることが出来れば捨ててしまいたい力。しかし、レイモンド自身の力。


 化け物であることを自覚し、それを使うことで守れる人達がいる事を知っている。


 しかし一度でも、その化け物の力を見たものは、力を捨てられたとしてもレイモンドを追うだろう。


 レイモンドは一度でも何かを手にする事が、自分の人生を変えてしまう事を実感していた。


「レイはちっとも化け物じゃないよ。あたしの大事な旦那様だもん」


 そう言って抱きついてくるシュリアを抱き返すと、妙に落ち着く。


 落ち着くのだが、シュリアの抱きつく力が妙に強い。


「えっと……? どうかした?」


 レイモンドが聞くと、シュリアが不安そうにしている。


「なんか妙な感じがずっとするの。異形のモノとかって感じじゃないけど、レイが居なくなりそうな……」


 レイモンドは「一緒に居られるように、がんばるよ」とシュリアを抱きしめかえした。


「そういう意味じゃなくてね……えっと……なんか、誰かに取られそうな……」


 レイモンドには意味がわからない。


「ねえ、レイ。他の女性に告白されても、絶対に断ってよね?」


 やっと意味の解ったレイモンドは「あたりまえだろ」と言うが、シュリアの不安は消えそうにない。


 シュリアは抱きついて離れず、レイモンドは抱きしめ返している。


 しかし、二人は赤面していた。


 ごにょごにょと聞こえる、声が二人の羞恥心を思い切り刺激している。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんはいっつも、あんなにアツアツなんだよ」


「うわぁ……うわぁ……あの後って……」


 二人の耳には、リリとファリスの小声がしっかり入ってくる。


 ファリスの耳には、こちらの会話は全て聞こえているだろう。


 レイモンドが話した話の重さもわかっているはずだ。


 しかし、今は目の前に展開してる状態に興奮状態らしい。


 二人の視線がきになって、二人共、動けなくなっていた。


 お互いに顔を見合わせて、苦笑してしまう。


 感覚が鋭い二人は、こういう時に周りを気にすると、こういうハメに陥る。


「ど、どうしよっか……」


 レイモンドが小声でいうが、やはり行動的なのはシュリアの方だった。


「見てられない状況にしちゃえばいいのよ」


 そしてまた、レイモンドはシュリアに押し倒された。


 流石に、それ以上は恥ずかしくて見てられない状態になった二人は、自室に戻っていく。


「えっと、もう良いんじゃないかな?」


 二人が部屋に戻っていくのを感じて、溜息をつく。


 レイモンドがそう言うも、シュリアはレイモンドの上からどかず、凄くにっこりと笑って言った。


「お義父さま達、早く孫に会いたいんですって」




 ルナを筆頭とした行軍が、王都から出発した。


 行軍の名目は、ラースニアを超えた先にある、海岸線の要塞の視察である。


 レヴィアスが殺された場所であるそこは、ルナにとっては嫌な場所では有る。


 しかし、現状の確認をし、異形のモノの侵入が防げているかを確認しなけれならない。


 反乱軍が鎮圧され、その場所も王政下になっているものの、命令系統が混乱しているのは変わらない。


 ラース南部に時たま現れる異形のモノは、神風によって撃退されている。


 それは王軍でも、反乱軍の功績でもない。


 ルナは恐らく、アスレイの功績であると思っている。


 体を壊し、既に農作業にも余裕をもって臨めないとはしらず、そして、シュリアの存在も知らない。


 ただ、自分の父が戦場で命を預けあった男が、そこにいる。


 実際には、異形のモノの襲来の際には、手も足もでなかったレイモンドの父親だが、頼りにならないジグルに変わって洞窟内で先導や指示をしていた。


 だが、人望が厚いわけでもなく、また、権威もない一人の農民の指示に従う者は少ない。


 誰かの言葉を待つような者にしか、その言葉は伝わらず、多くの被害者を出した。


 しかしそれは、仕方ないことであった。


 アスレイの家名も、また、ギアス自身の名も、有名ではなかった。


 身を隠すために、この村に来たという経緯も有る。


 ただの流れ者が、村に居着いただけなのだ。


 そのあと、村の中で暮らしていたとしても、やはり、元よそ者というのがある。


 ガイン等は平然としたものだが、一部の者は、よそ者をいつまでもよそ者扱いする。


 特に顕著なのはジグルだ。


 遠慮がちだが、立ち居振る舞いは騎士をしていただけあるアスレイには、何かと劣等感を感じていた。そして、異形のモノの襲来に対して、自分より発言力を持たせたくない。というのあった。だから、アスレイが何を提案しても、全て否定し、物事を決める。


 レイモンド等からみれば有言実行してるように見えるが、実のところは独りよがりだ。


 そのよそ者に、領主代行まで任された自分が、命令されるなどとは許せないとまで考える男だ。


 器の小ささはみんな知っているものの、領主に取り入ることだけは上手だったジグルは、その方向では重宝されていた。


 ガインの妙薬の洞窟が領土の共有物になっていないことなどは、ジグルの取り入りのおかげだ。


 それもまた、ガインからの賄賂で自分が富を得たいという目的からだったが、実際には村のためになっている。村を支配していると勘違いしているジグルは、実は村に利用されいてる存在だった。


 そして今回の守護者の任命である。


 ジグルは自分が守護者となり、他の者を動かす存在となることを望んだが、叶うはずもない。


 いままで、守護者等という役職は存在しておらず、また、階位も不明だ。しかし、王都からの直接の伝令により任命されたということは、兵士などよりは階位は上のはずである。そして、命令系統としては、領主よりも王都からの命令を重視する役職であることもわかる。


 王都からの守護者の任命の伝令が来た後、領主ラースが直接ラースニアを訪れ、アスレイに騎士を叙勲した。それは、上位でも下位でもなく、ただ騎士としての任命。場合によっては上位騎士としてさえも動けるという特殊な役職だ。そして何よりも、通常の叙勲では、受ける側が領主の元に参じるが、領主が来ての叙勲という、珍しい形。


 誰もが驚きを隠せなかった。


 そして、一番状況が解らないのが、ギアス・アスレイ本人だった。


 レイモンドとシュリアの活躍は表沙汰にならず、しかし、ラースニアには平和が訪れている。


 レイモンドはその姿を、意図せずルナに見せてしまっていた。それが、その叙勲に繋がっている。


 しかし、アスレイはそれを知る由もない。ただ、シュリアとレイモンド、そしてファリスは、大体のことを解っている。


 ファリスは行動をともにしてからの王都のことだけだが、レイモンドに憧れるひとりとして、そして、その行動を聞ける者として、何が起きたかを少しだけ解っている。


 領主ラースは、領主代行さえもジグルからアスレイに替えようとした。だが、アスレイは断った。


 ジグルは今までも領主代行として働いてきた。いきなり叙勲されたからといって、村を仕切る事は出来ない。そして、今までのジグルの功績を無にすることは出来ないと領主に申し出た。


 領主は了承し、ジグルはその立場を守れたが、アスレイに対する態度はますますきつく、しかし、ある部分では媚を売るようになった。相手は騎士であり守護者である。村の中で一番階位が高い相手となってしまった相手を無下には出来ない。


 村の中で上下関係がめんどくさいことになっている最中に、王都の執政者がラースニアを通り、南の城塞へ向かうという話である。


 シュリアはこういった状態の時に、暗殺の依頼が多く来ることを知っている。しかし、村で暗殺の依頼などする者もいないし、自分にして来る者も居ないと解っているので、呑気なものだ。それに義理とはいえ父親が騎士となったことで、いつの間にか騎士の息子の嫁という立場を得たことで、妙に嬉しそうだ。




 そして、ルナの率いる行軍はラースニアに到着した。ラースで1日滞在し、その後、領主とともにラースニアに訪れた形だ。


 呼びだされたアスレイは、体は弱らせたものの、騎士としての作法は万全で、叙勲を受けたこと、そして、守護者を任されたことをルナに感謝した。


 出迎えの筆頭はジグル。それに続きアスレイ。村人たちも行軍の前に集まっていた。


 ジグルはアスレイが筆頭をするかと危惧したが、階位に関わらず村の指導者はジグルだと言われ、逆にアスレイの人となりに驚いた。偉ぶるかと思われた相手が、ちゃんと自分を立ててくれている。


 レイモンドは、表に出ない。


 家の中でもなく、丘の上から状況を監視している。


 別にルナ達が何かするというわけでもないだろうが、自分がいれば状況を悪くしかねないと思っている。


「アスレイ殿、頭をあげられよ」


 ルナの言葉は、口調は硬いが、優しい感じだった。


「子息殿にお会いした。良き騎士としての素質を持たれている」


 礼を言うも、アスレイはレイモンドが何をしたのかを知らない。


「ご子息のレイモンド・アスレイにお会いしたいのだが、不在か?」


 丘の上で監視していたレイモンドは、緊張の度合いを増している。


 化け物であることを知られている自分に会いたい等と、何を企んでいるのかと。


「息子は、様々な所に旅をしております。今は所在はわかりませんが、機会がございましたら」


 アスレイの言葉に、ルナは少し落胆した。


 そして納得した。今もどこかで、誰かを守っているんだろう、と。


 そして、ルナのほうがアスレイに膝をついた。


「御子息殿に非礼を詫びたいと伝えて欲しい。また、貴殿を騎士道から外れたと思い込んでいた事も謝罪したい。御子息殿も、また御子息殿を育てた貴殿も、人として騎士道に劣らぬ道を歩んでいると感じた」


 言わなければわからないだろうことを、ルナは口にした。


「貴殿が父と道を違えた時、私は貴殿が騎士道を捨てたと思っていた。だが、貴殿の御子息殿に本当の騎士道を見た。出来れば御子息本人に謝罪したかったのだが、旅をされているならば仕方ない」


 アスレイは心のなかで「変わってないな」と思っていた。


 幼い頃からルナは礼儀正しく、そして、真っ直ぐだったと思い出していたのだ


「私が騎士の地位を返上致しましたのは事実。ですが、騎士道が持つ矜持は人として大事な事とと、息子に教えてありました。評価頂いたこと、深く感謝いたします」


 ざわついているのは、アスレイの過去が顕になったためか。それとも、レイモンドがそれほどに外で活躍しているという話しからか。


 元上位騎士。そして、何らかの理由で流れて村に住み農民として暮らし、何らかの理由でまた騎士の地位へ。


 村にいるだけでは、何が起きているのかさっぱりわからないだろう。


 男性陣はアスレイの地位や、また、行軍に目が行ってるが、女性陣はレイモンドの話に興味津々である。話に聞こえた限りは、レイモンドがルナと会った事はわかる。そして、もしかしたら会いにきたのではとか、また、レイモンドに惚れて追って来たのではとか、話が流れ始めている。


 難しい言葉はわからないにしても、ルナがレイモンドを褒めちぎっていると感じる者は多い。そうなれば当然、噂は加速度的に広まるだろう。


 元々人並みの後ろの方に居て、話を聞いただけの女性陣だ。その話の広がりは止められない。


 困った顔をしてるのは、シュリアだ。


 レイモンドとあの女性騎士は幼なじみなの?


 なにか繋がりがあるの?


 レイを好きになって追いかけてきたの?


 と、混乱で殺意まで湧きそうである。以前のシュリアなら背後関係や利用目的を疑いそうだが、自分が最初に恋愛関係を疑っている事にも気づいていない。


 遠くで見ているレイモンドは、溜飲を下げていた。


 王宮で顔を見られ、名前を呼ばれたが、それでどうこうする相手では無かったようだ、と。


 人としてまだ生きていられる、という安心感。


 しかし、何故か感じるシュリアからの殺気。


 レイモンドは、シュリアとルナの過去に何かあったのだろうかと思っていた。


 しかし、シュリアがルナを暗殺する様な依頼を受けるはずもなく、また、殺意も微妙な感じなので、本気じゃないだろうと感じていた。


「とりあえず、大丈夫そうだけど……姿は見せられないな」


 レイモンドは南の城塞に先回りすることにした。




 異形のモノ達の進軍を止めるために作られた壁と城。しかし、完全に止めてるとは言いがたく、たまにラースニアにまで異形のモノが出てくる。


 それが最初に来た異形のモノの残りなのか、それとも城塞を回りこんで侵入して来たものなのかがわからない。


 城塞自体が陥落し、異形のモノの巣に成り果てていたら、視察どころじゃなくなる。


 そうなる前に、レイモンドは確認しておきたかった。


 そして移動。横目にはまだ、父親とルナが話しているのが見える。


 シュリアが作ってくれた服は動きやすく、そして、防具を内包しているのに軽い。


 両手に持つ武器は、シュリアが研ぎあげていてくれた。


 本当に感謝してもしきれない。


 ラースの南にある海岸に、巨大な城塞。


 吹きすさぶ海風と、荒ぶる波に削られつつも、その姿は健在。


 しかし、その向こうは見えず、城塞に入るしか無い。


 あまりの海と空の荒さに、気配を感じる事も出来ない。


 今まで気配や感覚に頼っていた分、まるで、暗闇だ。


 レイモンドは敵が居ても気づかれないように、慎重に動く。


 反乱軍がいたとしても、王軍が居たとしても、気づかれてはいけない。


 そして、異形のモノが居れば、倒さねばならない。


 僅かな物音も立てずに、城塞に入り込み、そして、壁の近くへと進む。


 人がいる様子はなく、まるで無人。


 無人なことがおかしい。誰か見張りがいなければ、壁だけ立ててもダメだろう。


 壁で止められた異形のモノ達が波で攫われ、風で飛ばされ、そして海で朽ちて行くならば良い。


 しかし、それらの異形のモノが、どこかの地に生きながら流れ着いたら。


 恐らくは、それが各地の海岸線に居た、異形のモノ達なのか。


 レイモンドは城塞の中を進むも、しかし、その城塞の中でさえも足をとられる。


 壁が作った巻き込み風に煽られ、また、横から吹き込む風も容赦はない。


 レイモンドでさえもこれだ。この城塞を建築した者たちは、命をかけて壁を作ったのだろう。


 指揮をとったのがレヴィアスだとは知らず、レイモンドは建てた者達に敬意を感じだ。


 そして、城塞から壁に移り、壁の外を見る。


 数匹の蟻型が居るが、しかし、大きい。


 羽はないが、下腹部の辺りが大きく、蟻であれば女王蟻かもしれない。


 羽が無いということは、すでに産卵前か。だが、ここで生むのか?


 レイモンドは海の方に向かって飛び降りる。


 風を考え、自分が落ちる時に流される位置をも考慮した。


 そして、着地は蟻型の直前。


 いきなり目の前に現れたレイモンドに、しかし、蟻型は本能か腕を振るい、噛み付こうとする。


 相手の逆の腕で殴るように関節を武器で狙う。そして断ち切る。体を回転させ、裏拳の様に相手のアゴ下から逆手の武器を貫通させる。まず1匹。そして、武器を引き抜いた敵が倒れるのを利用し蹴り飛ばすことで相手の視界を奪い、次の攻撃へ。


 仲間を殺されたことで凶暴になったのか、蟻型は突進してくる。そこに死骸がぶつかり、止まる。止まったところに飛んできた死骸の影からのレイモンドの一撃が胴体を死骸ごと両断する。左右に出ることもなく、そのまま、死骸ごとだ。そして、両断された死骸の間から飛び出す。


 敵の殆どは二足歩行。体を立てている。だが、三匹目は伏せていた。


 海風のせいだろうが、しかし、レイモンドは叩きつけるように相手の頭に武器を突き立て、そのまま体の慣性を使いねじり斬る。刺された異形のモノが、そのままレイモンドに担がれるように、しかし、慣性を使った動きは止まらず、異形のモノを次の敵に投げつける。


 まるで流れ作業だ。


 そして、全ての敵が動かなくなる。


 数匹居た蟻型は、レイモンドが現れたことで死んだ。そして、海の荒い波が、残骸を海に流す。


 異界の戦い。


 自らが敵の攻撃を受けても即死しないと解っていないと、これほどの接近戦は出来ないだろう。


 そして、海沿いでの戦いなど、人間はふらついて出来るものではない。


 レイモンドの前に続く道。


 海が割れ、その先には異界がある。


 そして、その先から来る異形のモノ。


 掘り返され、途中で何箇所かは道は途切れている。


 異形のモノが通れないようにしているのだろうが、だが、そこから流されることで周囲に散らばる結果になっている。


 まだ終らない。


 異形のモノが居る限りは、この道があるかぎりは、異形のモノが来続ける。


 この道を全て削り尽くせれば、異界との道はなくなるだろう。だが、異界の武器の様に流れ着く卵もあるかもしれない。


 そうすれば、やはり、そこから敵は生まれる。


 誰にも知られず、誰も気づかず、人が喰われ続け、敵が増えた時に混乱が起きる。


 そうすれば、人は泣き叫ぶだけで、助けを求めるだけで、自ら立つ者を待つだけ。


 この道があっても無くても、異形のモノは来る。ただ、道があれば数が多いだけ。


 レイモンドは異界に背を向け、城塞にに戻っていく。


 そして、城塞の近くはまた、荒波と荒れた空の風の音だけが残る場所となった。




 ルナ達が視察として到着した時、やはり城塞は無人だった。


 壁にも、城塞にも、周囲にさえも誰も居らず、ただ、城塞があるだけ。


「どういう事だ……」


 誰もがルナが発した言葉と同じことを思っただろう。


 ルナは周囲を探らせ、人か、もしくは異形のモノを潜んで居ないかを探させた。


 ルナが連れている部隊は皆、神剣を持っている。


 二級品ではあるが、持っている騎士達の腕は一流。蟻型が単体であれば、部隊状態であれば負けることはないとの判断だ。


 そして、ルナは海の潮と空の嵐に晒されながらも、報告を待った。


 見張りは、一応居るには居た。


 海岸から森へ入り、ある程度の距離に村のように作られた宿舎所。


 そこに何人もの兵士達が居り、しかし、誰も壁に近寄ろうとしないという。


 壁に近寄り、もし、異形のモノに襲われたらどうするんだといわれたらしい。


「ふざけるな! それが最前線を守る者がいう言葉か!」


 ルナは、激昂した。


 その村もどきが、ラースニアの賑わいの原因だ。


 村もどきが出来ることは良い。しかし、そこから常時監視役や、伝令役が壁に張り付かねばならない。


 そうしなければ、危険が迫ったことを誰が知らせるというのか。


「異形のモノなんて、誰が倒せるというんだ」


 そういう言葉も、偵察の者は聞いてきた。


 ここから流れでたかも知れない異形のモノを、ラースニアでは神風といわれる存在が倒している。


 レイモンドに至っては、何十、何百という数を倒し、そして、暴走した聖鎧までも倒した。


 そんな者達がいる場所で、こんな言葉を聞こうとは思わなかったろう。


 まるで違う。


 王政から反乱軍になり、そして王政に戻った。しかし、一番下の者達の心は動かない。


 安穏と自分の保身を願うだけの者達の心は、いくら上がすげ替わろうと変わらない。


 諦めに似たため息。


「守護者殿とは別に、ここに一人司令官を置く。誰を任命するかは私が決める」


 城塞を見上げ、父が作った功績が役に立っているのかが不安になる。


「命を投げ出す必要はない。必要なのは報告と連絡だ。倒せずとも立ち向かわず、必ず知らせる体制を作れる様に伝えてこい」


 偵察の者は、村もどきに向かっていく。


 一気に疲れが出たような顔で、「ラースニアに寄ってから、戻ることにしよう」と言った。


 その様子を、レイモンドは安全を確保するかのように、ずっと見ていた。


 いつ異形のモノが出てきても、ルナを、そして騎士や兵たちを守れるように。




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