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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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危機

「俺は上級騎士だぞ、その扉を開けろ!」


 保管庫の周りが騒がしい。


 上級騎士を名乗る少年が、兵と押し問答をしている。


「ここはルナ様しかお通しできません」


 兵はなんとか場を収めようとするが、少年騎士は応じない。


「あいつも上級騎士だろう。階級は同じなはずだ。俺の命令も聞け」


 ルナをあいつ呼ばわりするのは、戦士に異界の武器を渡して王都に逃げ帰った少年騎士だ。


 保管庫の中の何かを欲しがっているのは解るが、保管庫に何が有るかを知る者は少ない。


 そして、騒ぎは執務室にまでも届き、ルナがその場に現れる。


「何の騒ぎか。王宮内だぞ」


 ルナの声に一同が一瞬静まる。しかし、少年騎士は「くそっ」と悪態をついて去ってしまった。


「一体、どうしたというのだ。保管庫の前で騒ぎなどと」


 ルナが兵に問うが、要領を得ない。


「保管庫に入れろと言われまして。ご命令通り、ルナ様以外は入れないと申し上げると、激昂されてしまい……」


 ルナはため息をついた。


 神剣はまた、少年騎士の手に戻ったはずだ。戦士は自分の武器ではないとルナに返還し、そして再度、少年騎士に渡された。


 少年騎士が保管庫に拘る理由がわからない。


 神剣でなければ、他に何があるのか。


 ルナは思い当たるものがひとつ有る。しかし、知られているとは思わず、別の理由を考える。


「警備を厳重にしておけ。他の者の入室は今後も禁止だ」


 ルナの言葉に「了解いたしました」と兵士は答え、敬礼した。


「大変ですな」


 ルナの斜め後ろに控えていた男の言葉だ。


 異形のモノとの戦いで、少年騎士から神剣を借り受け、ルナとともに異形のモノを倒した戦士。


 戦士は傭兵だった。その武勲で下級騎士に取り立てると言っても、応じなかった。


 王政に与するものでなければ、王政からは神剣は与えられない。


 神剣を与えるために、階級を了承してもらえないだろうかと依願してみた。が、やはり結果は拒否だった。


 勇者以外にも、武勲に拘らない者も居るのだなと、ルナは再認識せざるを得なかった。


 人の前に立ち、その背で人を守る戦士。


 この者もまた、一人の勇者だと感じた。


 そして、それならばと、雇われてくれと頼んだ。


 報酬は下級騎士と同じ、そして、階級は無し。だが、ルナに雇われている限りは神剣を貸し与える。


 ルナの専属の部下と言う形だ。


 戦士は最初は拒んだが、王都に留まるならば、再度の異形のモノの襲来を懸念して頼みたいというと、了承を得られた。


 そして今は側近のひとりとして、ルナの側にいる。


 補佐や政務官は、戦士の素性をくまなく調べていた。


 反乱軍の残党や、後ろ盾の一味の送り込んだ刺客の可能性を考えた。だが、戦士は普通の傭兵だった。


 傭兵ゆえ、誰に雇われているのはか解らない。だが、仕事の上乗せはしないだろうと踏んだ。


 傭兵としてルナが雇うといった時に了承し、そして、しばらくは監視を続け人となりを確認したのだ。


 そして、信用できる人物と判断した。しかし、それは雇われている間は、という条件付きだ。


 執務室に戻り、仕事にもどるのだが、やはり、仕事はない。


 傭兵の戦士には、ただ暇なのに付きあわせてもと思ったのか、取り置き王都の外の確認を頼んである。


 執務室は静かだ。


 政務官や補佐も、別室で仕事をしている。


 執務室は時折、誰かとの会談の場になる。それ故、執務官の個室なのだ。


 そういうわけで、放っておくとルナは机につっぷして寝ている。


 暖かい日差しが窓から差し込み、優しく風が吹き抜ける執務室で一人。


 仕事が山積みの時は、同室に政務官を置いたりもした。しかし、基本は別室だ。


 誰も居ないという緊張感が解けた状態で、小鳥のさえずりだけを聞いてると眠くなる。


 しかし、王城内での騒乱には、即座に対応している。


 先ほどのような少年騎士の暴挙にも、早々に対応した。


 しかし、暴挙を見ると、早く罰を決めねばならない。


 それまでの間、牢に入れるかどうかも考えものだ。


 無名ならば、牢に入れるのも問題はないだろう。だが、異形のモノを倒す公演をしてしまった少年騎士を牢に入れれば、その時点で罪状や罰が決まっていなくても、民衆からみれば悪人となる。


 処遇を決めた後で、それなりの処置をしたい。


 出来れば、階級を落とさずに、左遷程度で済ませたいと言う思いがある。


 少年騎士はまだ未熟。他の騎士の下で修練し、そして騎士としての心を磨いて出なおしてくれれば、心強い戦力になるだろう。そういう考えで、未だに処遇もなく、王城内を自由にさせている。


 ただ、何らかの処罰が有ることだけは伝えてある。


 その処罰が何かというのは、まだ決まっていない。だが、少年騎士にとっては、教えてもらえていないだけと感じるかもしれない。


 不満と不安が高まり、またいつ暴挙に出るか解らない。


 なるべく早く処罰を決めるべきと周りからは言われているが、ルナは迷い続けていた。


 そんな時に、さっきの騒動だ。


 処罰するにしても、しないにしても早急な判断が必要だと感じさせられる。


「仕方ないな。降格して左遷か……フォルスの下に就かせよう」


 自分を納得させるように言うと、補佐を呼んだ。


 フォルスは上級騎士の一人で、騎士の中では高齢だ。


 騎士道を学ぶにしても、相手が高齢なら年齢が近いよりは、言うことを聞くだろう。


 そして、フォルスが認めた暁には、上級騎士としての地位を復権させようと考えた。


「騎士アレスを下位に降格し、フォルスの配下とする。発令は今すぐだ。すぐに命令書を用意し……」


 ルナが言い切る前に、王宮を大きな音と揺れが襲った。


「何事か」


 部屋の外に出ようとするルナを、補佐が止め。そして、外の様子を伺う。


 執務室の外は安全。そして、ルナと執務官補佐は音がどこからしたかを考える。


 頑強な城ゆえ、音や振動が軽々と伝わるとは思えない。しかし、執務室まで伝わるとなれば大事だ。


 騒がしい王城内を行き交う者達も、状況を把握していない。


「一体何が……」


 ルナを見つけた兵がかけより、報告する。


「保管庫が爆破されました。警備の者のは全員死亡。巡回のものが状況を確認したとの事。なお、原因は今だ不明です」


 少年騎士アレスの顔がルナの脳裏を過る。


 何かを得ようと、保管庫を開けろと騒いでいた。


 まさか爆破までして何かを手に入れるつもりなのか。


 そしてまた、脳裏を過るのは聖鎧だ。


 触れて適応者でなければ吸収されてしまう。しかし、適応すれば数日間は力を得る。


 まさかアレの存在を知って、狙ったのかと考えてしまう。


 玄関ホールでの会話を聞いていた者は多い。しかし騎士アレスはいなかったはずだ。


 誰かが彼に情報を流したのかとも疑ってしまう。


 そして、ルナ達は保管庫についた。そして、そこには扉が粉砕され、開け放たれた保管庫。


 この世界に純粋な爆薬といったものは無い。しかし、調合を知っていれば、ある程度の化学反応は起こせる。


 調合した瞬間に爆発し、何人も学者が命を落としている。


 そして、学者たちは安全な範囲の爆発しかしない調合だけを公開している。


 こんな大爆発を起こせるなら、異形のモノでも倒せるだろう。


 しかし犯人は敵を倒すことではなく、扉を破壊する使いみちを選んだ。


 扉が有った場所から保管庫に入ると、やはり、聖鎧の入った袋が無い。


 騎士アレスが吸収され、そのまま聖鎧が地におちていたりすれば、興味本位で触ったすべての人に危険が及ぶ。また、騎士アレスが適合すれば、あの性格ならば、また脅威。


 ルナは捜索を命じるが、聖鎧の形をしっかり見ていなかったことを後悔した。


「騎士アレスを探して拘束せよ。そして、もし見慣れぬ物を持っていた場合は決して振れるな。騎士アレスが見つからない場合でも、見慣れぬ物が落ちてたら触れずに報告を」


 そのくらいしか、命令が出来ない。


 聖鎧を纏ったとして、心が曲がった者が纏った聖鎧は、人にあだなす存在となるだろう。


 そしてそれは、異形のモノよりも強い。


 異界の武器を、神剣を持ってしても、戦い挑める相手ではないかもしれない。


 ルナは、自らが戦うと決めていた。しかし、心の何処かで勇者の再来を求めていた。






「っつ……痛い……痛いょぅ…………」


 耳を抑えてしゃがみこんでしまったファリスを、レイモンドが心配そうにしていた。


 既に数日歩いたが、王都の方での異変は感じた。


 それほどまでに、爆発の衝撃と音は大きかった。


 逆に強固に作られた王宮だったからこそ、地面の振動がレイモンドが気づくほどだったかもしれない。


「なにかすごく嫌な感じがする。」


 予感にすぎないかも知れない。だが、それを払拭出来ない。


「ファリス、ごめん。先にラースニアに向かってくれる?」


 嫌だというファリスにレイモンドが諭す。


「なんとなくだけどね。守り切れるかわからないんだ……だから、先に行ってて欲しい。安全なところまで」


 レイモンドが、勇者が、守り切れるか解らないという。


 それだけで、驚愕に値する存在が王都の方にいる。


「もしだけど、俺が後から行かなくてもラースニアにシュリアがいるからね」


 レイモンドがそこまで言う相手。


 ファリスに言葉はなく、頷くしかない。


 背中のバックパックの武器を確認するも、心もとない。


 武器を持った状態で、これほど不安なのは初めてだ。


「それじゃあ、行ってくる」


 ファリスが頷くのを確認すると、レイモンドは走りだした。


 王都に向かって。


 街道ではなく、森を一直線に抜ける。


 街道は曲がりくねり、直線ではない。しかし、見通しは悪くない。


 レイモンドは敢えて街道を使わず、森を突っ切った。


 速度は全速。数時間で王都に戻れるだろう。だが、その速度で王都に向かう者を見たものは、勇者の姿に安堵を覚える。しかし、レイモンドは安堵を覚えさせては行けないと感じていた。


 それほどの相手。


 感じるのは、妙な疼き。


 疼いていて、そして、狂気。


 人間なのだろうか。それにしては、異形のモノよりも遥かに凶悪。


 本能や野生で人を襲うという感じではない。


 何かが違う。


 根本的に、何かが違う。


 数時間でも、人的被害が出てるかもしれない。


 そう感じると、王都を離れたことを後悔する。しかし、王都にも騎士達がいるはず。


 異界の武器を持った騎士達なら、異形のモノで多少強くとも、多勢でかかれば倒せるはずだ。


 だが、レイモンドの感覚は、それを否定する。


 人間が勝てる相手ではない。


 そういう感覚が、体中に走る。


「そうか、そうなのか。だから俺なのか。俺が倒す相手なのか」


 走ってる間に、体中から汗がにじみ出てくるのが解る。


 その汗には、血が滲んでいる。


 体は既に、最大の戦闘態勢になりつつある。


 距離にして半分を過ぎた頃、レイモンドの感覚に人々の悲鳴が飛び込んでくる。


 泣く声。


 叫ぶ声。


 そして、断末魔。


 人を遥かに超越した速度で走っているのに、それでもその速度を不満に思う。


 もっと早く走れたら、一人でも多く救えるのに。


 その思いが、体に更なる変化を生む。


 まるで獣の詰めのように、つま先が尖り、地面に刺さる。


 獣の様に四足で走ることはないが、しかし、確実にレイモンドの速度は上がった。


 そして、王都。


 手足の服の下は既に血の汗により甲殻が包み、臨戦態勢だ。


 何が居るのか、何処に居るのか。


 気配は、王宮。


 王宮の中から、異常な気配。


 悲鳴と苦悶。そして、やはり聞こえる無数の断末魔。


 王宮に何かが入り込み、そして、騎士が応戦しているのか。


 だがこの断末魔の多さ。人の悲鳴の多さはおかしい。


 異形のモノでも、これほどの速さはない。


 王都に突入し、そのままの速度で王宮へ。


 気配だけを頼りに、レイモンドは迷路のような王宮を進む。


 なかなか気配の主に辿りつけない。


 初めての場所というのもあるが、足元が固くおぼつかない。


 そして、幾つかの通路を通りぬけ、その場所は執務室。


 王宮の中でも一番厳重と思われる場所に、それはある。


 そして、目の前にいるのは、まるで人型の蜥蜴。いや、違う。レイモンド直感した。


 その蜥蜴にはウロコがあり、そして、それはまるで刃物のように尖っている。


 少年騎士アレスは、適合していた。


 そして、レイモンドを見とめた瞬間、その距離は詰められた。


 レイモンドが驚くほどの速さで詰められた距離。そして、それ以上の速度で繰り出される相手の爪。


 血の甲殻は簡単に引き裂かれ、そして腕の肉がそがれる。


 異形のモノの攻撃にも耐えた甲殻が、いとも簡単に削がれた。


 だが、敵は攻撃に不服だったようだ。


 レイモンドが死んでいない事を不思議がっているかのよう。


 王宮の広い通路。


 だが、狭く感じる。


 レイモンドが感じる相手の動く範囲が、通路の全てを考えても全て刹那の瞬間。


 それにくらべて、レイモンドは遅い。人から見れば十分に速い速度だ。だが、遅い。


 そして僅かにする部屋からの人の気配。


 決して退けない。


 自分がここで退けば、あそこにいる人達が殺される。


 ウロコを持った蜥蜴は、しかし、動かない。


 待っているのか、それとも、測っているのか、それとも、余裕か。


 後の先。


 しかし、相手の動きがこちらを遥かに凌駕し、後から動いても終わっていたら。


 緊張状態。


 レイモンドだけが緊張しているのかもしれない。


 だが、どちらも動かない事に変わりない。


 これほどの異形のモノは初めてだ。


 体中から血の混じった汗が流れ、薄い甲殻を構成していく。


 構成された甲殻は、しかし、何枚もの薄い膜となり、熱い一枚よりも強度を増す。


 だが、レイモンド自身はそんなことは自覚していない。


 体が勝手につくり上げる、相手に対する防御態勢。


 幾ばくかの時間が流れてお互いの読み合いも限界か、動いたのはトカゲから。


 一瞬でレイモンドの頭の位置を爪で突き刺す。だが、レイモンドは一歩だけさがり、そして姿勢を下げそれを避ける、一歩下がった反動をつけ、そのまま、相手の胴体に向かってこぶしをくりだす。だが、そのこぶしは命中はするものの、敵にダメージを与えたように見えない。


 何枚ものウロコがレイモンドのこぶしの威力を緩衝し、そして、トカゲ自体も硬い。


 こぶしの一撃が効かなかったことに驚いたレイモンドは、一瞬隙を作ってしまった。そこにトカゲの横薙ぎの一撃。


 武器を盾に、腕を曲げて体をまもる。しかし、勢い良く吹き飛ばされ、そして壁さえも崩れる。


 崩れた壁の先は執務室。誰かの気配がある場所。


 レイモンドまずいと感じながら、しかし、守ると決めた。


 武器越しに前腕と二の腕を強打され、しかも胸にまでダメージが届いている。


 武器がまだ無事なのがマシだった。


 そして武器を薙いだ敵の腕が僅かに傷がある。


 倒せない敵じゃない。


 レイモンドは今までよりもさらに自らの化け物さを認めようと務める。


 人から遠ざかる事。それが、勝つために、守るために必要ならば、受け入れる。


 後ろにいる二人は、逃げてはくれないだろう。そして、もし逃げたとしても敵が追ったらレイモンドは庇いきれない。


 そのままにしていてくれることこそ、守れる。


 そして、レイモンドは僅かな勝機しかない相手に立ち向かう。


 スピードも、力も、そして、防御力も相手のほうが上。


 今度はレイモンドからの攻撃。全てが避けられ、受けられ、そして、いなされる。


 相手の腕から伸びる棘が、何度もレイモンドの体を掠る度に、死を感じる。だが、退けない。


 後ろに守るべき人が居る限り、退くことは出来ない。


 体中を切り傷と打撲でボロボロになりながらも、まだ速度を維持し続ける。


 体力も化け物並になってくれているのが助かる。


 相手の牙が、爪が、レイモンドを薙ぎ、突き、そしてえぐる。


 その度に血が舞い、だが、レイモンドは構わずに敵に攻撃を続けた。


 人間であれば弱点であろう場所の殆どは攻撃しつくし、しかし、敵は怯みさえしない。


 まるで立っている要塞。


 少しでも移動してくれれば、誘導できれば、後ろの二人から距離を離せる。


 そうすれば二人は逃げることが出来るだろう。


 だが、敵が位置を変える気配はなく、レイモンドに攻撃し続け、そしてレイモンドの攻撃を受け続ける。


 そして、トカゲの一撃がレイモンドの腹を貫く。


 油断していたわけではない。


 トカゲの喉元を狙った攻撃を仕掛けた時、今までしてこなかった攻撃が来たのだ。


 それを、予測できなかった。


 貫かれ、そして、そのまま吹っ飛ばされる。


 執務室の机にぶつかり、机は四散して隠れていた二人が顕になる。


 ルナとファティ。


 神剣をもってしても傷ひとつつかない敵を前に、ファティが無理やりルナを連れて、執務室に逃げ込んでいたのだ。


 そして、神剣が効かず、数々の戦士が、騎士が倒れ、全ての自信を打ち砕かれたルナは、そこで震えている。


 旗印とされても、勇者といわれても、姫といわれても、まだ少女だ。


 そんなに心が強いわけがない。


 だが、少年でありながら、レイモンドは強い心をもたざるを得なかった。


 腹を貫通されてなお、立ち上がり、敵に向かって剣を向ける。


 斬られた傷が、刺された傷が、殴られた傷が、体の中で、自分の体を変えていく。


 化け物が、更に化け物になっていく。


 それを自分で感じながら、昔なら嫌っていた感覚を、しかし、迎え入れる。


 化け物で良い。誰かを守れるならば。


 殴りあうたび、斬り合うたび、トカゲの攻撃はレイモンドに効かなくなっていく。


 甲殻ではない。レイモンドの肉体が変わっていく。


 そして、トカゲのこぶしにある棘が、再びレイモンドを貫こうとした時、その棘をレイモンドは手のひらを刺される事で受け、そしえて、トカゲのこぶしをそのまま握った。


 棘はレイモンドに届くことはなく、そして、レイモンドはそのまま、トカゲのこぶしを握り潰す。


 自分の手の甲からトカゲの棘を抜き、そして投げ捨てる。


 そして、一歩前に出ると、トカゲは意識してかせずか、一歩下がった。


 ルナとファティは、怯えながらも全てを見ていた。


 人の姿をした勇者が、聖鎧を圧倒し始めた姿を。


 レイモンドの手の形は、こぶしではなく手刀。刹那の瞬間に近づいたのは、トカゲではなくレイモンド。懐にはいり、そして、下段からの攻撃。


 うろこ状になっている部分の隙間に手刀で斬りこむ。


 吹っ飛ばされた時に手放してしまった剣を拾う余裕はない。


 手刀でいけるなら、ある程度ダメージを与えてから拾う。


 敵の攻撃を左右に避けながら、脇や背にあるウロコ状の守りを逆に隙間と捕らえて攻撃する。


 トカゲの胸の部分は分厚い鎧のように、殴っても斬りつけてもダメージはない。


 ダメージを与えられる場所はわずか。


 確実にダメージを入れていき、相手が倒れるまで続ける。


 そして、何度目かの突きが、敵の内蔵まで届いた。肘辺りまで入り。そして、レイモンドは横薙ぎに手刀で斬る。


 斬れるかどうかわからなかった。そのまま敵が吹っ飛ぶだけかも知れなかった。


 だが、試してみる価値は有ると思った。


 そして、それは当たった。


 動かない場所は硬い装甲で、そして柔軟性を必要とする場所は多重装甲。


 幾重にも重ねた薄いウロコで、柔軟性がある場所を保護していた。


 トカゲは体重が重いわけでもなく、レイモンドの横薙ぎである程度の距離を飛ばされた。


 そして、レイモンドは武器を手にとっている。


 斬りこむ場所は解っている。


 うろこ状の部分は、斜め下からが全て弱点。


 人が太刀打ち出来る相手ではない。しかし、レイモンドならば狙える。


 口元や指などの小さい隙間は、もちろん狙えない。だが、体の大きい関節部の隙間なら十分に狙える。


 すでにレイモンドは傷だらけで、打撲もすごい。満身創痍といえるだろう。


 弱点を見つけるまでに、いや、弱点ではなく倒し方を見つけるために、長く戦った。


 そして傷つけ方を見つけた。


 しかし、何処を潰せば、何処を切り落せば、倒せるのか。


 首か、それとも胸の心臓か、それとも、別の場所に何かがあるか。


 考える間も、攻防は続く。


 相手が入念に庇う場所。それを見つけるために、うろこ状の部分を全て攻撃する。


 そして、やはり首の後。そこもやはりウロコで覆われている。


 すでにレイモンドの速度はトカゲに追いついており、トカゲの一撃をいなした瞬間に異界の武器を思い切り首の後に斬りこんだ。


 それで死ぬか、それとも、急所はもっと深いのか。


 剣を引き抜いた瞬間に蹴り飛ばし、様子を見る。


 動かない。


 全身が虚脱感で、まともに動かないレイモンドは、今敵が動いたら危ないと感じている。


 しかし、まだ二人が後ろにいる。膝を折ることさえ、出来ない。


 たとえ立ったまま息絶えようとも、この二人は守る。


 その気力だけで、レイモンドは立っていた。


 そして、しかし、目の前のトカゲは妙な煙を上げつつ、まるで沸騰するかのように消えていく。


 トカゲの姿が沸騰したあと、そこに残ったのは、八角形の聖鎧。


 原因は、やはりこれかと、レイモンドは苦笑してしまった。


 王宮にあずけても、触る馬鹿はいるんだな、と。


 呆れながらも、レイモンドはその場を後にしようとし、歩き出す。


 足は骨折し、左右の手も前腕、二の腕が折れている。


 内臓も随分やられているだろう。


 首がなんとか無事なのが助かるといった程度だ。


 足を引き釣り、そのまま廊下へ。そして、元来た道を戻る。


 戦いが終われば、自分は用済みだ。


「待ちなさい。いえ、待って」


 レイモンドは嫌な予感しかしないと感じながら、無視して進む。


「せめて、怪我の治療を……」


 走り寄って来て腕を掴まれた時に、激痛。


「痛ってえぇぇっ」


 思わず声に出るほど、折れた所をピンポイントで握られた。


 そして、レイモンドの顔を見て、ルナがぽかんとする。


「貴方……レイモンド・アスレイ……?」


 呆然とするルナに、「人違いです」と爽やかに返してとっとと帰ろうとするも、再度折れた所を掴まれる。


「痛い痛い痛い痛い……」


 振り向くと、満面の笑み。


「嘘つくんじゃねぇよ」


 嫌な汗をかきつつも「お嬢さん、言葉遣い悪くなってますよ」といった瞬間、腹まで拗じられた。


「痛いってばああああっ」


 そうこうしてるうちに、ファティが気が付き、ルナが駆け寄る。


「大丈夫? 怪我はない?」


 ファティの状況を聞きながらすぐにレイモンドの方を向きながらいう言葉は、途中で途切れた。


「レイモンド・アスレイ。状況をを説明――」


 しかしそこに、既にレイモンドの姿はなくなっていた。





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