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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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聖鎧


 少年が狼煙を上げる少し前。

 

 北の城では、ひとりひとりと人間が聖鎧に消えていくた。

 

 まるで絞首刑の台に昇るかのように、怯えた顔で聖鎧に昇る者たち。

 

 聖鎧の中央にある丸い部分に乗ると、今まで硬質的だったそれは途端にゼリー状になり、乗ったものは沈む。

 

 一瞬だ。

 

 音もなくゼリー状のソレに飲み込まれて、そして、消える。

 

 どんな装飾をつけていても、どんな宝飾をつけていても、それが残ることはない。

 

 まるで何も無かったかのように、聖鎧の上に乗ったものは尽く消えていく。

 

 王は立ち会うこと無く、北の城の執務室に篭ったままだ。

 

 執行は、この城を任されている領主が行っていた。

 

 事務的に次々と騎士、兵士を聖鎧に送り込む。

 

 沈痛な面持ちで行うそれは、死刑執行と何が違うのか。

 

 ひとりひとりと消えていく中、歯がゆさが隠せない。

 

 この城へ登城した騎士や兵士は、全て地下へ集められていた。

 

 志願した者も居れば、その場の空気に流され来てしまった者もいる。

 

 地上の城部分には王と側近だけ。

 

 地下からの通路は正門に続く部分以外は全て閉鎖されていた。

 

 ただの閉鎖ではない。板を打ち付け、土のうを積み、家財で押さえつけてだ。

 

 適合者が現れたとしても、正常な思考を保っているかは分からない。

 

 適合者が現れたとしても、どのくらい「保つ」のかも分からない。

 

 だから、聖鎧からの通路は、正門に通じる道だけが開放されていた。

 

 聖鎧の適合者が暴走したとしても、せめて異形のモノ達の方へと向かうように。

 

 祈りに似た気持ちで、次の騎士を呼ぶ。

 

 適合者であってほしい。しかし、適合者であっても喰われる事に違いない。だが、これ以上消えるとわかっていて、聖鎧に見を投じろと言い続ける苦痛は地獄だった。

 

 次、次、次、次、…。

 

 延々と消えていく騎士達、兵士達を見続ける。

 

 騎士はひとりずつ聖鎧のある場所へ来る。

 

 前の者が消えたあとに、その場に立とう等という者は少ない。

 

 断頭台で処刑があったあと、そこに自らの首を置けと言うようなものだ。

 

 次。その声に応じ入ってきたのは老兵であった。

 

 老兵は領主に一礼した。

 

 領主には、その顔に見覚えがあった。

 

 西の領主のもとで智将と謳われた男だ。

 自らの元で騎士に取り立てるとの進言に、自らの生まれ育った地を守ることこそ本望と断った男。

 

 この老兵ならばと一瞬期待し、しかし、眼下の聖鎧に視線を落とすと落胆する。

 

 恐らくは、この智将でさえ消えるのだろう。

 

 領主が言葉なく頷くと、老兵は聖鎧の上に立った。

 

 聖鎧の中央部がゼリー状になり、老兵を包む。

 

 沈むでなく、包んだ。

 

 領主が後ずさる。

 

 金属で出来た様な聖鎧が形を失くし、全てがゼリー状になる。そして、それは凝縮し老兵を包む。

 

 適合したのか。

 

 領主はそっと後ろ手に扉に手をかける。

 

 そのまま暴走しだしたら、まず自分が死ぬ。

 

 だが、扉を開けるまではしない。確かめねばならない。

 

 ゼリー状だった老兵を包んだ聖鎧が、まるで生物の外骨格の様に変形していく。

 

 老兵の姿は、既に別の生き物だ。

 

 人の形には近い。だが、違う。

 

 根本的に何かが違う。

 

 まるで爬虫類。硬いウロコに包まれた爬虫類の様だ。

 

 領主はそれを感じながらも、震えを抑えて声を出した。

 

「……汝は王の剣なりか!?」

 

 騎士ならば、兵士ならば、この言葉に応じるだろう。

 

 形は既に安定したのか、静かに立っていた聖鎧となった老兵。

 

 その首が首肯し、そして、跪く。誰もが、その瞬間、安堵した。

 

「汝、勇者となりて侵略者を滅せよ!」

 

 聖鎧を着た老兵、いや、勇者は領主を一瞥するとスッと消えた。

 

 どこだ?と探す領主の視界の隅に駆け抜ける勇者の姿。

 

 正門へと向かって疾走していく。

 

 領主はへたり込んだ。

 

 ひっそりと影に隠れ守護していた守衛兵が駆け寄る。

 

「……正門は開けておるな?」

 

 声はいまだ震えている。

 

 道は一つにございます。という守衛兵の言葉に頷く。

 

 聖鎧を纏った老兵は、人間の意志をもっていたのだろうか。

 

 領主の言葉に応じて走りだしたのだろうか。

 

 ただ、解ったのは一瞥された時に敵意を感じなかった。

 

 老兵が聖鎧をまとう前に一礼した時と同じ感覚。

 

 助かるかもしれない。救われるかもしれない。

 

 人間は、あの聖鎧に、勇者に、化物に救われるのかもしれない。

 

 以前に聖鎧に適合した者は、七日で消えたという。

 

 その時、残されたのは大地に捨て置かれた聖鎧のみ。

 

 まるで墓標のように、聖鎧は大地に残っていた。

 

 ものとの姿のまま、まるで何も起こらなかったかのように。

 

 老兵は、やはり消えるのだろう。

 

 だが、その前に異形のモノを滅してくれれば、もしかすれば。

 

 僅かな希望だ。

 

「王に……王に報告せねばな。私は報告へ行く。正門を閉じよ。同時に裏門を開放し、民衆を受け入れよ。せめてひとときの安らぎを与えてやれ……」

 北の城から放たれた勇者という矢は、少年の居る村へ向かって放たれた。

 

 

 

 

 

 焚き火の炎は衰えだし、火に集まった異形のモノ達も散らばり始めていた。

 

 まずいと感じる。

 

 逃げられるだけの時間は稼いだと思う。しかし、時間は多ければ多いほど良い。

 

 小柄ゆえ捉えられずに逃げ続ける事ができている少年。

 

 見つかる。しかし、異形のモノの手からは逃げ続ける。

 

 見つかり続けなければならない。

 

 少年が見つからずに他の餌を求めだした時、逃げたみんなが危険に晒される。

 

 恐らくは異形のモノと対峙し、これほど生き残ったのは少年が初めてだろう。

 

 戦いを本分とした騎士や兵士達は向かっていく。

 

 向かっていくから近づきすぎる。

 

 倒すことを目的としているから、隙を見つければ斬りこむ。

 

 少年は違った。

 

 逃げ惑うだけなら、恐らくはすぐに捕まり、捕食されただろう。

 

 町では路地を使い、窓から屋根裏からと距離を取りつつ逃げた。

 

 隙を見つければ距離を取ることを優先し、向かっても距離を一定以上は自分からは縮めない。

 

 だから生き残っている。

 

 少年は逃げることで戦っていた。

 

 しかし、それもギリギリだ。

 

 異形のモノを焼き払おうと町から出て焚き火と油で罠を作った。

 

 しかし、失敗。

 

 油をまとわせた異形のモノの手足に火がつくことはなかった。

 

 しかし、油は多少は効くように感じた。油が付いた手を振る動作をしているのを何度も見ている。

 

 油がついてるのを嫌がっている?

 

 致命的な弱点ではないが、苦手なものを発見できたのは嬉しい。

 

 誰かに伝えられればもっと良いんだが…。

 

 少年は自分がひとりきりであることを痛感した。

 

 一人であることを感じると、唯でさえ極限に近い恐怖が、さらに高まる。

 

 人は恐怖が高まると、幾つかの状態になる。

 

 放心する、心を閉ざす、開き直る。

 

 少年は、開き直るタイプだ。

 

 ある意味、たちが悪い。

 

 罠を新しく作る時間はない。今の状況で逃げまわり、今ある罠を使うしか無い。

 

 少年は手近にある油を自分の体に塗りたくる。

 

 なんとなく思いついただけの奇策。

 

 油を塗れば、自分に火が燃え移ることもあるかもしれない。

 

 しかし、もし燃え移っても異形のモノに飛び込めば奴らも燃やせる。

 

 武器は手元に伐採用の斧と、盾代わりに出来そうだと持ってきた鉄鍋の蓋だけ。

 

 少年をしばし見失い探しまわる異形のモノ達の中心へ、少年は走りこんだ。

 

 打撃を直撃で喰らえば一撃で終わり。

 

 低い姿勢で異形のモノ達の間を走り抜ける。

 

 さしもの異形のモノ達も困惑したかのように一瞬だけ止まるが、しかし、すぐに襲いかかる。

 

 動きはそれほど速くない。

 

 少年を捉えるまでは行かない。

 

 時に捉えられそうになる度に、塗りこんだ油で滑る。

 

 巨大な手が振り回されるも、小柄な少年に当たる前に、異形のモノ同士がぶつかる。

 

 お互いの爪同士がぶつかり、弾け合う。

 

 少年の姿は常に晒されている。

 

 騎士や兵士が見れば、自殺行為にしか見えないだろう。

 

 しかし、足の速さくらいしか自慢のタネのない少年にとって、これが一番の策。

 

 身を隠せば、生きながらえるかもしれない。しかし、みんなが逃げる時間を稼ぐ。

 

 約束した。

 

 妹に生きて帰ると。

 

 約束は守れないかもしれない。けど、妹が逃げる時間くらいは稼げる。

 

 隠れていては、ソレは出来ない。

 

 油でぐちゃぐちゃになった地面を走り続ける。

 

 体力が凄い速読で削られていく。

 

 異形のモノがそれぞれ距離をとって動いていた理由がわかった。

 

 喰うときは一気に群れる。しかし、大腕で爪を振るう時は同類に当たらないようにしているらしい。

 

 食欲だけで動いてるわけじゃないらしい。

 

 だが、この状況。

 

 少年に攻撃を加えるために、近くに同類が居ても爪を振るう。

 

 異形のモノに人間の武器は効かなかった。しかし、同類の爪は簡単に異形のモノの硬い部分さえも傷つける。

 

 巻き添えで傷ついた異形のモノは、興奮したのか怒ったのか、仲間割れを始めた。

 

 少年は、しかし、それに気づかない。

 

 ただ頭にあるのは、異形のモノの間をすり抜けて走り続けるだけ。

 

 体力が保つ限り、それを続ける。

 

 一気に襲いかかられたら終わりだろう。だが、異形のモノ達は個々に仕留めようと爪を向けてくる。

 

 歩くのもままならない沼地と化した場所で走り続ける少年。

 

 すでに体力よりも気力で走っている。

 

 終わりはすぐに訪れるだろう。

 

――ごめんな、兄ちゃん帰れない。

 

 なんとかしようという気概の中に割り込む諦め。

 

 時間は少しは稼げた。

 

 あともし、少しでも抵抗できるなら火だ。

 

 火達磨になってでも、異形のモノに少しでも火をつけてやる。

 

 くすぶりだしたとはいえ、まだ火の絶えていない焚き火はいくつかある。

 

 そこは今いる場所よりも異形のモノが密集している。

 

 少年の方に集まりはしているが、他の餌を探す異形のモノもいる。

 

 たかられる前なら、なんとか焚き火を手に取れる。

 

 少年の思考は、単純になってしまっていた。

 

 今までのように蛇行せずに、まっすぐに焚き火に向かう。

 

 異形のモノにとっては、格好の的。

 

 少年が焚き火にたどり着く寸前、異形のモノの爪が横薙ぎに少年の胴体を襲う。

 

 薄い鉄板を胴体の形に合うように折り曲げただけの軽鎧。

 

 異形のモノの爪は簡単に軽鎧を引き裂く。しかし、表面に塗った油のおかげか、致命傷には至らない。

 

 焚き火にたどり着かないとと手を伸ばすも、届かない。

 

 異形のモノ群れてくる。

 

 だめだ、無理だったかと諦めが少年の心を支配した。

 

 幸運だったのか、意識はそこで途絶えた。


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