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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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返還




 王都周辺の異形のモノは、レイモンドの手によって全滅していた。


 気配が感じ取れるモノは、全て倒しにまわった。


 ある意味、蟻型が助けを呼んだ事が、近くに居る蟻型をあぶり出す事に繋がった。しかし、それもレイモンドが居たからこそあぶり出したと言えるが、居なければ王都は全滅していたかもしれない。


 近くで潜んでいた数匹が助けに来るなら解るが、まさか巣があるとは、レイモンドも思わなかった。


 そして少し自責の念を抱いている。


 その時はファリスと知らなかったが、視線を気にしすぎて蟻型の巣に気づけなかった。


 自分のすべてを捨ててでも守ると思っていた以前なら、気にせずに周囲を探索しただろう。しかし、シュリアや家族のいる村に帰るという自己保身が、他の人達を危険に晒してしまったと感じている。


 王都に入る前に、あの巣を潰しておければ人々の心の傷は、もうすこしし少なく出来たはずと思ってしまう。


 レイモンドは考え事をしながら、釣りをしていた。


 こんな所で、ただ水浴びして洗濯をしていたら、何者か問われる。


 釣りでもしていれば、その最中に水に落ちたとも言い訳出来る。


 しかし、方法が普通ではない。


 異界の武器で木の枝を鋭く尖らせ、それを矢を手で投げるかの様に、水中の魚に向かって投げる。


 水面の反射も物と物せず、レイモンドの目は水中の魚を捕らえ、そして、刺さった魚は浮いてくる。


 拾っておいた長い棒で、その魚を拾い上げて、焚き火で焼いている。


 何度か王都の方を眺めたが、他に人が出てくる気配もなく、また、門は閉まったまま。


 レイモンドが全て倒したと言っても、それは誰にも伝えていないし、解るはずもない。


 ある程度の警戒が続き、安全確認をしてから門は開くだろう。


 門が開いてから戻ると、さすがに外に居たというのが解ってしまう。


 今は焚き火で服を乾かし、魚を食べて胃を満たしているが、服が乾けばこっそり中に戻るつもりで居る。


 ファリスを一人にしておくのも心配だ。


 そして、レイモンドの背筋に寒気が走る。


「あー、そうか。ファリスの時と同じ目だ……」


 思わず言葉に出たのは、ルナの眼差しだ。


 憧れる眼差し。


 1度目に憧れられ、2度目に訪れた時に「おかえりなさい」と言われ、そして告白された。


 自分が人から好意を抱かれるタイプだとかは思っていない。それどころか、自分が異性が苦手で話すのも得意じゃない。だが、勇者ともなれば、好感をもたれるんだろうと思う。


 なるべくなら、そうならないようにしたい。そうなると、帰ってからの生活も面倒だ。


 以前の、異形のモノが襲ってくる前のような、穏やかな生活が好きだった。


 異形のモノに感謝するとすれば、シュリアと巡り合わせてくれたくらいかな、と感じている。


 勇者だ何だのは憧れた事はある。だが、よくよく考えれば、勇者に必要なのは、戦い続ける日々。


 レイモンドにとって、本当の勇者のもつ勇気は、父の様に地位や権威を捨てでも家族を守ることを選べる勇気だと思っている。


 家族と、シュリアとずっと平和にのんびりと暮らせる世界が、レイモンドにとって一番望む世界。


 そんなレイモンドの気も知らず、世の中は勇者の話でもちきりだ。


 なにしろ、王都に勇者が現れたのだ。


 王都の危機に、さっそうと現れ、そして敵を倒して去った。


 泥臭い部分は誰も見向きしない。自分に都合が良いところしか見ない。


 だが、勇者が現れ、外に出るまでに、本当に泥臭い部分がなかったのも事実だ。


 あまりに戦い慣れた勇者の姿は、異形のモノをあっさりと倒しすぎた感さえもある。


 人々が戦々恐々する異形のモノを、いとも簡単に倒した勇者。


 本当に異形のモノは脅威なのかと疑う者も出るほどの、瞬殺。


 泥臭い部分があるとすれば、騎士の行動だ。


 門を閉めて攻撃をするまでが遅すぎる。いや、普通すぎる。


 普通の人から見れば十分に早い行動も、勇者の速度を見た後では、もはや何もかもが遅滞。


 勇者の動きが速すぎて、普通の騎士達の素早いはずの動きが、鈍く感じる。


 あまりに違いすぎる実力と、経験値。レイモンドがこれまで相手にした異形のモノの数は計り知れず、そして、他にそんな人間は居ない。異形のモノの行動を予測し、そして、的確に仕留める。そうして来たレイモンドと、異形のモノとまともに対峙した事もない騎士達。


 戦いの際の手際の違いは、当然といえば当然である。


 戦えるものでも、自ら異形のモノを探して倒す旅などしない。


 自分の命を永らえさせることに、その力を注ぐ。


 だからこそ、レイモンドの行動は勇者扱いされた。


 命の危機を救ってもらった者ほど、その背中は伝説を語らせる。


 門の隙間から見た人達も、そして、街道から逃げ込んだ人たちも、勇者の姿に、姿勢に憧れを見る。


 自ら盾となり、人々を守る勇者。


 自分を狙わせ盾となり、そして、人々を襲う異形のモノを屠る鉾となる勇者。


 王都に逃げ込んだ人達は、ほとんどレイモンドに救われた人達だ。そして、レイモンドに触れた人もいる。


「本当に、少年だった。か細い少年の腕が自分を抱きかかえ、そして、跳躍して安全な場所まで運んでくれた。そして、また戦いに戻っていった。」


 その話は、人々を驚かせ、そして、憧れさせる。


 皆が望んでいた勇者が、いま、王都の近くにいる。


 門は閉まり、そして、外の様子はわからない。


 外の様子が解るのは、監視塔に居る者だけ。しかし、そこから何も通達はない。


 勇者が近くにいるというのに、自分達には何もわからない。


 異形のモノが居るという恐怖よりも、勇者がいるという事に民衆の気持は向いていた。


 そして、もうひとつの勇者の話も生まれつつあった。


 ルナが、勇者とともに外で異形のモノと戦っている。


 第三勢力として、後から王を守ると出てきた騎士の娘。


 今は王政復活のために尽力しているが、本当に人々のために動いているのかわからないとされた、第三勢力を率いていた騎士の娘。


 そのルナが、人々を守るために、勇者とともに王都の外にまで出て戦っている。


 勇者の噂はレイモンドの人となりをしらずとも、その行動で噂を広げていった。


 ルナを主人公とする勇者の噂は、第三勢力にとっては願ってもないものだろう。


 勇者を得なくても、自分達の旗印が勇者となりかけている。


 例え、力尽きかけ、本当の勇者に助けられていたとしても、外に出て戦い、尽力していたのは本当だ。


 そして、その尽力ゆえ、王都にたどり着く異形のモノが居なかったのも、本当だ。


 ルナは、王都の中で勇者としえ認められようとしている。


 そしてルナの帰還。体力は尽き、馬にももたれかかるような姿だ。だが、それが逆に民衆の心を掴む。


 元気に威勢よく帰ってくる勇者の話はよくあるものだ。傷一つなく、綺麗な格好で帰ってくる話も多い。しかし、ルナのそれは、命を賭し、全力を尽くして戦い、帰還した姿。


 自らが守る者達のために全力を尽くしたと知る者は、その姿を卑下したりはしない。


 たとえボロボロになっていたとしても、死にかけていたとしても、自分達のために尽力した者を笑う者は居ない。


 もし卑下したり笑ったりする者が居れば、その者こそ非難されるべきだろうと、誰もが感じていた。


 しかし、その非難されるべき者は、第三勢力に居た。


 王城の中で苦虫を噛んだかのような顔で、怒りに震え、そして、自らの処遇に怯える者。


 王宮の前で、死にかけの蟻型を殺した少年騎士だ。兵士か騎士かわからぬ戦士に武器を渡し、逃げ帰ってしまった少年騎士だ。


 少年騎士は勇者を妬み、そして、実戦で神剣を使うことも出来なかった自分を嘲笑していた。


 少年騎士は勇者が居たから、異形のモノ達が襲ってきたんだとまで、考えだしている。


 自分は悪くない。自分は敬われるべき上位の騎士なんだと、勇者を妬み、勇者を嫌いになっていた。


 多くの者が、少年騎士の行動を見ていた。


 恥ずべき行動ばかりだが、少年ゆえ仕方ない部分もあると考える者も多い。


 ルナも少年騎士が逃げ帰ったことは知っていたが、それは仕方ない事だと思っている。


 極限状態で本当の性分が出てしまうことは、仕方ないことだろう、と。


 たとえ騎士の家の出でも、心まで強いものは少ない。


 少ないからこそ騎士道を学び、心と体を鍛え、目指すのだ。


 学びながら、成長するために。そして成長して、ようやく騎士としての立ち居振る舞いが得られる。


 しかし、罰しなければならない。虚勢を張りつつ、自らの地位を見せつけたいとして、異形のモノを、危険を呼び込んだ事を、罰しなければならない。


 今の第三勢力に、犯罪に対しての法整備はない。王政の時の法で裁き、そして、償わせる。


 階級を剥奪か、もしくは、断頭だ。


 階級が上ならば上なほど、罪に対する罰は大きくなる。


 階級が高いほど、責任は重くなるという当然の理屈だ。それだけの権力を持っているのだから。


 古くから王政に仕える者達ならば知っている事だが、しかし、王政が復活するとして喜び勇んで出てきた少年騎士に、重罰を科すのも心苦しく思う。


 執務室ではなく、自室に運ばれたルナは頭を抱えていた。


 あの少年騎士は、上位騎士の息子だ。


 上位騎士ならば、反乱軍との戦いの際に死んでいたかもしれない。だが、生きていた。


 生き残った理由は知らない。だが、あの様子では戦って生き残ったのはなく、隠れていたのだろう。


 そして、反乱軍が国を牛耳って居た時には隠れ暮らし、第三勢力が王政の復活のために反乱軍を倒した後に、馳せ参じた形だろう。ならば、自分の地位が戻ると思って意気揚々だったはずだ。


 一度は地に落ちた自分の権威が復活し、そして、神剣までを貸し与えられた。


 少年ならばこそ、自分の力を見せつけたいと、あんな公演までしたのだろう。


 異形のモノを捉えたのも、他の者に神剣を貸し与え、足を奪わせ、牙を奪わせと人手を使って捕らえ、そして、連れてきたのかもしれない。そして、これだ。


 罰しなければ、後に王都に異形のモノが襲来した原因として、遺恨が残る。


 ルナは何かを考える度に、父ならどうしただろうと思う。


 しかし今は、父ならば、勇者様ならば、どうしただろう。と考えてしまっている。


 死ぬと思った瞬間、現れ、そして、異形のモノを倒して去っていった少年。


 自分と背もそんなにかわらず、普通に見えた少年。その少年はいとも簡単に異形のモノ倒した。


 ルナは勇者が自分に「大丈夫ですか?」と笑いかけたとまで思い込んでいる。


 レイモンドが言ってない言葉まで、行動まで、ルナの頭の中で尾ひれが付いている。


 自分の危機に急いで戻って来た勇者が、異形のモノ倒したとまで思い込んでいる。


 あまりの疲れと、そして、体中の痛みで、頭のなかが混乱している。


 そして、現実と願望が混ざり合っている。


 会ってみたいと願っていた勇者に、まさか命を助けられる形で出会うとは、思っても見なかったことだ。


 そして、出会った勇者は本物で、その姿は少年。


 泥で汚れ、小柄で、しかし、その背中は誰よりも頼れる。


 幼い頃から見ていた父の背中。その背中と同じように、守ってもらえるという安心感。


 その背が見えている限り、守ってくれるという安心感があった。


 そして、勇者が去った後には異形のモノは、全て居なくなっていた。


 あれだけざわめいていた森が、そして、異形のモノが出てきていた街道が、静寂を取り戻している。


 勇者は、騎士達が僅かな数を抑えている間に、どれだけの数を倒したのだろうか。


 ルナに解るのは、その後の調査の結果だけだ。


 無数の数えきれない異形のモノの死骸。


 王都の北の街道の安全は、確保されていた。


 勇者は、しかし、王都から警戒を解かせる程の戦績を残しながら、自分の名も名乗らずに消えてしまった。


 名のある名家の者か、それとも、違うのかもわからない。


 ただ、強い。そして、父と同じ騎士道を進んでいる気がする。


 ルナは女性の使用人のファティに湯浴みの準備をと頼んだ。


 さすがに、戦いの後の姿のままでは汚い。


 普段は水浴びだが、こんな時くらいは許されるだろうと頼んでみた。


 使用人と言っても、ファティは昔からルナの家に仕えてくれている家系の女性だ。ルナの作法やマナー等の教育係も担当していた為に、ルナは頭があがらない。


 ファティはルナの活躍に上機嫌で、しかし、心配でもあったと小言を言われる。


 第三勢力に参加すると言った時も、同じように言われていた。


 ルナが利用されるだけ利用され、そして、捨てられる事を危惧していた。


 だが、今回のことで利用はされるだろうが、簡単に捨てられることはないと算段した。


 勇者として讃えられる存在は代えがたく、そして、貶めなければ捨てることは出来ない。


 旗印として、勇者として利用されてるうちは、ルナは大丈夫だろうと思っている。


 そしてファティは、危なくなった時は自分の身を挺してでも、ルナを守る気でいる。


 それが使用人として、騎士の家に仕える使命だと思っている。


 ただ、毎日の執務官としての仕事は、手伝うことが出来ない。


 マナーなどと言った部分では知識はあるものの、政治経済な部分での教養まではない。


 それ故、今まで歯痒い思いをしていたが、有能な政務官や執務官補佐が現れ、溜飲を下げたのだ。


 湯浴みは風呂を作ってある場所ならば簡単だが、しかし、王宮などでは難しい。


 専用の場所でもなければ、湯を運べないからだ。


 そして、無防備になる故に、厳重な警備も必要となる。


 これは、王室が王宮を使っていた時から変わらない。


 一般庶民の方が、湯を運ぶ手間や、火を焚く場所等の自由度で、湯浴みは簡単だった。


 そのため、水浴びや体を拭く等は自室でも出来るが、湯浴みとなると頼まないとならない。


 ルナは実家は上位騎士ではあるが、自宅が湯浴みが簡単に出来る環境だった。


 それ故、今の環境には少し不満だ。


 そして久々の湯浴みにのんびりとしていると、ファティが髪を洗ってくれる。


 ある程度の身支度もした上での、湯浴み中の警備も兼ねている。


 湯浴み中の会話は、まるで妹と姉。めんどうみの良い姉が、妹を湯浴みさせてるよう。


 その妹は、勇者の話ばかり。噂に尾ひれが付き、異形のモノまで倒せるとなっていたと思っていた勇者が、本当に現れた。その話ばかりだ。


「ルナ様が姫で、勇者が王子様という噂が本当になってしまいますよ」


 ファティの言葉に真っ赤になるルナは、まるで姉にいじられる妹だ。


「変なこと言わないで」


 ルナがまだ騎士としては未成熟で、そして、普通の女性の心を持っていることにファティは安堵と不安を持っていた。


 変な方向に利用されなければ良い、と。


 そして、翌日の王都はまだ扉は開放されず、安全は確認されたものの警戒態勢だ。


 レイモンドは、しかし、王都の中にいる。


 服も乾き泥も落とせたので、夜になる前に侵入したのだ。


 シュリア程ではないが、侵入の手口はなかなかに見事なものだ。


 王都の周りを壁は、やはり石と粘土で出来ている。だから継ぎ目さえ踏み外さなければレイモンドには駆け上がることが出来る。そして、見張りの目が無い時に、するりと中に入り込むのだ。


 異形のモノにやられたら、王都はすぐに壊滅だろう。


 そして、ファリスと合流し、宿をとった。


 ファリスとの合流は、特に問題もなく簡単だった。


 王都の中央広場は二人共何度も通っていた。


「中央広場にいるよ」

「無事だったんですね。良かった」


 レイモンドがそう口にして階段状の段差に腰掛けると、少しして安堵した表情のファリスが現れた。


 バックパックを受け取り、苦笑するレイモンド。


「心配してもらえるのは嬉しいな」


 ファリスはちょこんと横に座る。


「いくらなんでも、あんなにいたらしますよぉ……」


 どうやら、敵の数の把握もある程度出来るらしい。


 騒乱していた王都でも、ある程度は外が聞こえるのかと感嘆した。


「すごい数だっていうのは解りましたけど……怖くて、それ以上は……」


 思い出して青ざめる。


「もう、大丈夫だから」


 頭を撫でるレイモンドの手を取ると、その手を抱きしめる。


 変な雰囲気になる前にと、レイモンドは宿屋に向かった。


 そして、別の部屋でを強調したが、兄妹なんだからと同じ部屋にされた。


 レイモンドの「妹は今多感な時期なんです」にファリスは苦笑してしまっていた。


 結局、レイモンドはソファで寝て、ファリスはベッドだ。


 ファリスが寝付くまでベッドに座っていたが、眠っても少しすると恐怖を感じて起きていた。その度にレイモンドがそばに居て、手を握ってる事で安心していた。


 そして、数日間、その宿に世話になり、王都見物だ。


 異形のモノと戦う時に、騎士と間近で遭遇した。


 なるべくなら、あの騎士が居なくなった後に、ニアスの荷物を届けたい。


 自分だとバレるのが困ると思ったからだが、まさか執政官として常駐してる騎士だとは思っていない。


 そして、再度の王宮への依願。


 この王宮にいる騎士達が、民衆の味方であることはわかっていた。


 それは、先日の異形のモノとの戦いの際に、民衆を守るように動いた騎士達を見たから。それに、王都内で色々話を聞いて、今は王政下と同じような状態というのも聞いていた。


 異形のモノを呼び出した公演は評価するわけにはいかないが、しかし、多くの騎士がまともだろう、と。


「レヴィアス様の指揮下であらせられたニアス様からお預かりした物を所持しております。直接高位の方にお渡しするようにと言付かっております」


 レイモンドの言葉は半分は嘘だ。


 レヴィアスの名も、王様に届けるというのも、ニアスがうなされていた時に口にしていたこと。


 そして、その日もやはり、ルナは暇だった。そこに父親の名前である。


「一体誰が、何を持ってきたのか」


 ルナは報告に来た者を問いただす。


「参上した者は詳細を話しません。また、その物というのもあらためさせません。危険ゆえ、外に控えさせています」


 ルナは立ち上がった。妙な感じがすると思った。


「王宮の玄関ホールで会います。そこまで通しなさい」


 警備の者が「よろしいのですか?」と聞くが再度「通しなさい」と言われて命令に従う。


 レイモンドが手にしているのは聖鎧の入った袋だけ。


 そして、玄関ホールに通され、ルナが入ってくる。


 騎士に礼を示し、片膝をついて挨拶を行う。


 父親に習ったとおりだ。こんな所で役に立つとは思わなかった。


「私の名はルナティアルグ・レヴィアス。カルヴァーニ・レヴィアスは私の父だ。そしてニアスも旧知の父の部下。貴殿はなんという名か」


 さすがに答えるしか無い質問だ。


「ラースニアの村の者で妙薬の行商を行っております、レイモンド・アスレイと申します」


 その名前を聞いて、ルナは驚いた。


「アスレイ? あのアスレイ殿の……?」


 レイモンドは顔を伏したまま。


「父をご存知でしょうか。以前は騎士として国に尽くしておりましたが、理由あって騎士の地位を返上させて頂いたと聞いております」


 ルナは少し苦い顔をした。


「騎士道を外れた男の息子か。用事は何だ?」


 レイモンドは父を騎士道から外れたとは思ってはいない。しかし、地位を返上すれば、そう思う者もいるのだろうと我慢した。


「ニアス様はレヴィアス様よりの命を受けてこの聖鎧を王の元へ運ぶ途中、何者かに襲われ命を落とされました。そして、亡くなる前に手当てをした自分が、代わりにお持ちさせていただきました」


「聖鎧……だと……?」


 父であるレヴィアスから聞いたことはあった。北の城に封印されていた最強の鎧。


 しかし、適合しなければ人を喰らい、そして、適合しても数日後には喰らわれる。だが、その数日間は無敵の力を得られるという、伝説の鎧。


 それが目の前の、騎士を返上した男の息子が持ってきている。


 ルナは不審そうにレイモンドを見下ろしている。


 レイモンドには、その空気が解る。


「ニアス様は任務を口外してはおられません。ただ、今際の際にうなされるように言われていた言葉です。レヴィアス様からの最後の命令と、そして、聖鎧を王に届けなければ、と。僭越ながら、ニアス様が志半ばに遺された任務であろう届ける事が、手向けと思い運ばせて頂きました」


 ルナは近づきもせずに、そのレイモンドが前に差し出した袋を見ている。


「貴様は聖鎧とは何か知っているのか?」


 ルナの質問に「存じません。袋の中にある箱も開けておりません。ただ任務であると」と答えた。


「そうか。ならば置いていけ。後ほど、中をあらためる。ニアスの任務、確かにルナティアルグ・レヴィアスが完了を確認した。」


 袋を置いたまま、レイモンドはさがった。


「ありがとうございます。私の行った多分の失礼、申し訳ございませんでした。失礼します」


 レイモンドはそして、立ち上がって背を向け王宮から去っていく。


 それを見下ろし続けるルナ。


 なんとなく見覚えのある背中。


 まさかなと思いつつ、レイモンドが出て行くまで、その背中から目が離せなかった。


 そして、置いて行かれた聖鎧の入った袋。


 警備兵が動こうとするが、ルナが「まて、触るな」と命じた。


「それは、私が運ぶ。」


 レヴィアスがニアスに託し、そして数多の時間を経て、聖鎧はルナに渡った。


 王政の管理下に戻ったことになる。


 ルナはそれを袋のまま、一番厳重な保管庫へ運ぶ。


 アスレイの名前を聞いた時に苦い顔をしたのは、レヴィアスとアスレイは知り合いだったからだ。


 そして、アスレイは理由を明かさずに騎士の地位を返上した。


 レヴィアスは理由があると考えたが、しかし、騎士道を重んじるルナは父が裏切られたと感じていた。


 あろうことか、その男の息子が、父の命じた最後の任務であろうニアスの荷物を届けに来たのだ。


「因果な事だ……」


 そして、聖鎧は保管庫へ入れられた。


 鍵も何もない、ただ分厚い扉で仕切られただけの部屋に。


 王宮であること自体が、警備が厳重であることを意味する。


 そして、一番、高価な物が保管されている場所が、ここである。


 鍵などは無く、警備兵が常に居るだけ。


 その警備兵も、本来は騎士が務めるものだが、今は普通の兵士だ。


 重要な責任であることは誰しも解っているが、しかし、如何せん人員が足りない。


 そして、その保管庫への出入りを見ていた者がいた。


 少年騎士だ。


 騎士としての行動としてどうかと思うが、玄関ホールでのやり取りも聞き耳を立てていた。


 聖鎧。


 人を喰らう鎧。


 噂には聞いたことがあるが、しかし、本当に有るとは思っていなかった。


 それが目の前の保管庫に有る。


 適合すれば、無限の力が手に入り、最強の騎士になれると聞いている。


 適合しなければ死ぬ。


 その死も一瞬。まるで消えるように死ぬという。


 少年騎士は、自分への罰が断頭だと思っていた。


 騎士として父から教わった事に、騎士であることは他の人よりも上の位に居ること。よって、成すべきことは多く尊い、しかし、同時に罪による罰も大きい、と。


「どうせ死ぬんだ。だが、適合すれば全てを支配できる」


 まるでヴィータスだ。ヴィータスの様な思考に陥った少年騎士は、身なりを整え、まるで当たり前のように保管庫に向かって歩いて行った。


 王宮から出たレイモンドは、大きなため息をついていた。


「あれでよかったのかな……」


 ニアスの荷物を届けるというのをやっと完了したというのもあるが、格式張った場所での作法がわからない。


 聖鎧に関わった事自体、シュリアに嫌がられたのを思い出すと、苦笑してしまう。


「ほんとにめんどうだったな……」


 振り返り王宮を見上げると、今そこに聖鎧があるのだろう。もう手を離れたそれを厳重に、そして、厳密に管理して欲しいと願うしか、レイモンドには出来ない。


「終わりました?」


 ファリスが待っていた。


「ああ、うん。それで、俺はラースニアに帰るんだけど……」


 ニッコリと「お伴します」と言われて、レイモンドはげんなりした。


「いや、だからシュリアと結婚してて……」


 レイモンドが言い終わる前に、ファリスは言い切る。


「大丈夫です!」


「何がだ」


 レイモンドは頭を抱えていた。


 こんな時どうすれば良いのか、全くわからない。


 そして顔を上げると、ニッコリと笑いかけてくるファリス。


「そういえば、勇者が王都にいるとかで、村は大丈夫なのかい? 騎士や兵が撤退しちゃうんじゃないか?」


 なんとか、ケイルアムに帰そうと話題をそっちにむける。


「兵が居なくなる時は、兵と一緒に村からみんな出るって言ってましたよ。だから、もう帰るところ無いです」


 墓穴を掘った。


「うーん、えっと……わかった。ラースニアに連れて行く。けど、守ってほしい事があるんだけど」


 すごく嬉しそうにしているのが、すごく心苦しい。


 そして、場所を変える目的で宿屋にもどり、ファリスに言い聞かせる。


「村では、俺が強いのを知ってる人はわずかで、シュリアの強さも内緒。あと、勇者って呼び方はダメだからね」


「はい。解りました!」


 嬉しそうに返事をしてるが、ほんとに大丈夫なんだろうかと心配になる。


 レイモンドは一人で苦悩していた。


 またあの満面の笑顔だけど、目だけ笑ってないシュリアを直視しないといけないのか、と。










 ラースニアの村では、最近来た行商が広めた占いが流行っていた。


 娯楽が少ない田舎の村では、何でも流行る。


 目新しさが、あればあるほど、流行る。


 そして、行商がいい男だと、独身女性が集まる。


 ラースニア村からは妙薬等の行商が出かけたりするが、他の村からも行商のものが行き来する。


 食堂の仕入れなどもそうだ。


 主人同士が行ったり来たりでは、経営が留守になる。だから、行商を兼ねて条件を持った行商同士が途中で算段を付けて持ち帰る。


 物量や金銭的なやり取りで問題が起きずに、適切な量と金額が行き来するのは、そう言った仕組みもある。


 そして、その男が行商ついでに持ち込んだのが、占いである。


 なんでも結婚出来る年齢や、夫の浮気が解るとか、よくわからない占いだ。


 大抵そういう場合、眉唾もので、相手の情報を聞き出そうとか、そういうのが多い。


 占うために必要だと、相手の年齢や好みを聞き出したり、また、夫が留守がちかどうかなどを聞き出す。


 夫が留守だと、その間に女性に夜這いをしかけたりし、出入り禁止になった行商もいる。


 しかし、今回の占いは妙に現実的だった。


 特に相手の情報を聞かずに、何枚かの占い師が差し出したカードを選ぶと、色々解るというもの。


 大体女性目当ての場合、1番人気のウェイトレスや、シュリアやリリに持ちかけてくる。しかし、その行商は、誰でも占うと言い、そして、店員達は喜々として楽しんでいた。


 シュリアは興味を持てないが、リリは興味津々だ。不思議な物が珍しくてたまらない。


 占うかと言われて、どうしようかと悩むリリに声をかける。


 リリが変なふうに絡まれても困るので、とシュリアが代わりに占ってもらう。


 そして、行商が出した数枚のカードの1枚をシュリアが引き抜こうとした時、妙な違和感。


「ふ~ん……」


 カードをそのまま引き抜かずに、相手を見ている。


 行商は固まっていた。


「そういう仕組ね」


 行商の男は、苦笑いしながら「何のことでしょう」とごまかす。


「悪さに使わないなら、まあいいわ……」


 そしてカードを引き抜く。


 カードを机に置く。


 なぜかシュリアと行商の間に、妙な緊張感。


「読んだでしょ?」


 小声のシュリアの言葉が、行商に脂汗をかかせる。


 置いたカードには、ありえるのだろうか、凶悪な絵柄が描かれていた。


 そしてシュリアは店の仕事に戻り、なんとなく、みんな行商から離れていく。


 行商の心に刻まれたシュリアの言葉が、行商を固まらせている。


「私も占ってみて」


 他の人が、行商に声をかけても、動く気配がない。


 相手が何を占って欲しいか、心情を読み取るのが達者な者。


 相手の心情を読み取り、そして、占ったかの様に欲しい言葉を与える。


 そうして人気を集めて、行商の物を売るという手口だ。


 だが、シュリアから感じた物は、暗殺者の放つ必殺の殺気。自分だけに向けられた殺気。


 この世界に本当の暗殺者に出会う者が、いや、暗殺者に出会い生き残った者が何人いるだろうか。


 その殺気にあてられ、行商は自分のあらゆる死に様を想像させられ、気が変になる寸前だった。


 妙な違和感を感じた瞬間、シュリアが向けたそれは、殺気だけで相手をある意味、殺していた。


 数時間固まった後、シュリアは行商に声をかけた。


「お客様? そろそろ閉店の時間なんですけどぉ……?」


 誰に声をかけられても微動だにしなかった行商は、逃げるように出て行ってしまった。


「またのご来店をお待ちしています~」


 机の上にしっかりと代金が置かれてるのを確認すると、シュリアはしっかりと営業スマイルを作っていた。


 鋭く、相手にだけ解る殺意を込めながら。


 もちろん、八つ当たりである。


 なんとなくレイモンドが気になり、そして、追っていけない事に対するもの。


 最近は異形のモノも出ずに、戦闘も無い。


 あとは、女の勘。


 すごく嫌な予感がして、イライラしていた。


 そこに、あの占いである。


 相手の期待してる答えを、気配で読んで言うだけ等という自分でも出来るような事を占いという行商に、妙に腹が立った。


 そして八つ当たり。


 シュリアの本気の殺意を感じて、行商は固まった。


 再度また殺意を向けられ、そして、逃げた。


 机の上に置かれた代金も、行商の後ろを通った時に抜き取って、机の上に置いておいたものだ。


 そのへんは突然逃げられても大丈夫なように、抜かりはない。


 閉店のために外に出て、行商が走って逃げた方を見ると、シュリアはひとりごちた。


「――二度と来んな」






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