王都動乱
レイモンドとファリスは王都の中で、右往左往していた。
あまりに広い王都は、簡単に道に迷う。そして、はぐれる。
レイモンドとファリスの感覚は尋常ではない。しかし、お互いを繋ぐ直線に、道があるとは限らない。
いちどはぐれると、再度再会するまでに色々な場所を通らないといけなくなる。
そして、二人共通りの名前や場所の名前などは知らない。普通ははぐれたら集合場所でも決めておけばいいのだが、逆に二人とも相手の場所がわかることで、相手を追いかけてしまう。そうすると、相手が居た場所にたどり着いても、既に居ないという事になる。
しかも、ファリスが特殊なのは目と耳だけである。
レイモンドらしき足音や呼吸を感じ取って、そっちの方向に向かっても人違いというのもあり得る。そうすると、ファリスを追っていたレイモンドが追いつけない。
下手に戦闘時の速度で移動も出来ず、あちこちを駆けまわるハメになっていた。
監視の目がある以上、人外の能力をひけらかすことは出来ない。ただ探しまわっている様に見せながら、居場所を感知して、向かっていく。向かっていくが、路地が行き止まりだったり、全然違う方向へ伸びる道だったりと、行きたい方向へ行けない。
ファリスを足手まといと考えるなら、はぐれたら置いていけば良いという考えもある。しかし、レイモンドは、そういうことが出来ない性格だった。
そしてファリスを見つけると、大体が人だかりだ。
レイモンドは女性の美しさに関して疎いところがある。シュリアにしてもファリスにしても相当な美形なのだが、それを気にしたことがない。
ラースニアの村であれば「妹が可愛いすぎるから」と言われてしまうだろう。
はぐれては再会する度に、涙目で抱きつかれる。
何故はぐれるかというと、目新しいものがたくさんある王都で、ファリスがどっかに行ってしまうからだ。そして、レイモンドが気づくと居ない。レイモンドはある程度の範囲は感知が出来るからと安心しているが、王都の迷路の様な道のせいで、ヘトヘトである。
今はレイモンドからファリスの手を握ってる状況だ。
勝手にどこかに行かれてはぐれるよりは、よっぽどマシと思っている。
そして二人の目の前を大型の馬車が通る。
少し前から、異形のモノの気配を感じているが、瀕死だ。瀕死の状態。
だからレイモンドは、僅かに緊張状態。
瀕死故に人が襲われる様なことはないと判断したが、逆に、味方を呼ぶことを懸念していた。
そして、現れたのは大型の馬車と、巨大な箱を運ぶ馬車。
少し前から騒がしかったが、みんなが道を開けだしていたので、何かの行列かと思っていた。
異形のモノに関係した行列なのかとも思うが、それにしては歓声ばかり。
異形のモノの気配が、巨大な箱からしている。
しかし、それは長大な行列ではなく大型の馬車の前後に騎士の乗る馬。
パレードと言うには短く、しかし、盛大では有る。
「なんだろうねぇ」
ファリスを探しまわっていたおかげで、なにか来るとか、何が起きるとかの情報を集めていなかった。
「さあ……?」
ファリスも色々なお店が物珍しくて走り回っていて、聞き耳は立てていなかった。
目の前を通る馬車に屋根はなく、そして、少年が騎士に挟まれて乗っている。
少年と言っても、やはり騎士甲冑を纏っている。
町中の人の歓声におされながら、その馬車はゆっくりと王宮に向かう。
「なにかの式典かな?」
レイモンドが目で追ってる最中に、ファリスが「行ってみましょ」と動き出す。
手を繋いでなかったら、また迷子だ。
異形のモノを運ぶなんて事を想像していなかったので、あの巨大な箱が何なのかが気になる。
王宮前の広場は、人が輪のように取り囲み、そこに馬車と巨大な箱が止まる。
馬車から少年が降り、そして、馬車は別の場所へ。
巨大な箱を牽いていた馬達も移動させられていた。
王宮前の広場には少年騎士と、巨大な箱。
兵たちが箱の端々の留め金を外すと、そこには、足をもがれた蟻型が一匹。
「レイ様、あれ……」
ファリスがレイモンドにすがりつく。恐怖がよみがえるのだろう。
頭を撫でながら「大丈夫」というと、更に強くしがみつく。
少年騎士が剣を鞘から抜き、そして掲げる。
レイモンドは、それが異界の武器であることに気づく。
第三勢力にとっては「神剣」と呼ばれているものだ。
「レイ様、あの異形の……鳴いてます……」
レイモンドには感知できないが、耳が良いファリスには解るのだろう。
異形のモノが仲間を呼んでいる音が。
人間の可聴域を超えた、仲間を呼ぶ鳴き声。
早く片付けないと、王都の近くに潜伏している蟻型が来る。
少年騎士は、なんだかんだと騎士の強さを宣言し続けている。
レイモンドは焦りを感じているが、しかし、下手にこれだけの人の前で手出しは出来ない。
そして、少年騎士が異界の武器で、蟻型の頭を斬る。
見事とはいえない技量だが、少年ならば仕方ないだろう。
一度は途中で刃が止まり、その後、無理やり斬り抜いた感じだ。
シュリアが見たら、笑っていたかもしれない。
しかし、そういうことかと納得もする。
異形のモノを退治できる事を、民衆に見せる。
異形のモノを倒せる者が居ることを、民衆に知らせる。
王都でそれを公衆の面前で行えば、それは各地に広まる。
各地で異形のモノの脅威に襲われている地域は、王都に救援を求めるだろう。
異形のモノが何処にいるか探すよりも、襲われている人々が助けを求め、そして救済に向かう。
そういうやり方なんだな、とレイモンドは納得した。
しかし、仲間を呼んだ声が、近くに潜む何かに伝わっていなければ良いがとも思う。
呼ぶ声に応じ、異形のモノ達が集まってきたら、それこそ大混乱だ。
「集まってくる音は、聞こえないかい?」
ファリスに耳打ちすると、怯えたように固まっている。
耳打ちする前から、固まっていたのだろう。
「来るか」
ファリスが強くしがみつく。
「方向はわかる?」
ファリスは「たぶん、北の方から……」としか言えない。
音は、反響する。
王都の中心部の王宮付近で、どこかから来る異形のモノを感知するのは難しいのだろう。
倒せる公演が、敵を呼ぶ事になってしまっている。
今までもやっていたのだろうか。それにしては、やった後の警備は薄い。
王宮の執務室のテラスから公演を見ていたルナは、嫌そうな顔をしている。
「あんなのに、意味があるのか……?実際にやらなくても、倒せる事を教えるだけで良い物を……」
政務官達も執務官補佐も呆れ顔だ。
騎士達が、神剣を持ち、その力を自慢したいがための公演。
そして、執務官であるルナの目の前で行うことで、自分達が異形のモノを恐れない事を演じている。
恐らくは数人がかりで足を奪い、そして、捕獲したのだろう。
そのために何人かが犠牲になったかもしれない。
それを思うと、ルナは気分が悪くなる。
騎士達の思惑とは別方向に向いてしまうルナの感情は、騎士達がルナの信じる騎士道を違えているからだろう。
勇者は一人で蟻型だろうがなんだろうが、立ち向かう。
足を斬り落とし、動けなくなった異形のモノを、見世物にするなどということはしない。
「下衆が……」
思わず口から出る言葉は、騎士達には届かない。
ルナの表情も見えないだろう。
ただ、ルナが見ている。それだけで自分達の功績をあげられたように感じている。
「仕方ないな……」
レイモンドは自分の力が民衆に知られる事を覚悟した。
多くの人を助ける為には、自分が戦うしか無い。
多くの人が犠牲になることを、見過ごせるレイモンドではない。
「レイ様、これを」
通りすがった店で買ったショールだ。ファリスが身につけていたものだが、顔を隠すのに使える。
「良いの?」
ファリスは「あとで、新しいの……もっと可愛いの、買ってくださいね」と笑顔だ。
レイモンドは「約束だ。あと、安全なところに隠れててね」と頭を撫でる。
バックパックから武器を取り出し、武器以外をファリスに託す。
「はい」
ファリスは返事をすると、レイモンドに方向を伝えて、すぐに動き出した。
来る方向が1方向なのは、レイモンドにとっては行幸。
そして、レイモンドはショールを顔に巻き、顔を隠すと動き出す。
既に悲鳴。
王都は壁に囲まれている。そして、その壁の入口付近での悲鳴だ。
「門をしめろ」
その声で門が閉まり始まるも、しかし、数匹の異形のモノが猛進してくる。
仲間の声を聞いた蟻型。
その報告は、ルナにも届く。
「急げ!神剣を持つものは、迎撃を!」
命令は素早く、しかし、それよりも速くレイモンドは異形のモノと衝突。
レイモンドは自らの手の甲を斬り、そこからの血が片側の剣を伝い、伸びる。その長さは走る速さで伸ばされ、身長にも達する。
短い剣での僅かな一撃で頭を粉砕し、そして、跳躍。人外の距離を飛び、2匹目の背後に着地した瞬間、蟻型を後ろから長い剣で両断。人の近くまで接近した2匹を倒し、まだ入口付近の数匹。それに向かって躊躇なく飛ぶ。
周りの誰もが、目を疑う。
あれほど恐れられてる異形のモノを圧倒する戦い方。
異形のモノが攻撃をするも、全て避け、そして、受ける。そして、次の瞬間には、その異形のモノは残骸となる。まるで、神がかった様な存在が、そこに居る。
人を守る存在が、そこに居る。
数匹の異形のモノの攻撃を躱し、倒す。攻撃を受ける、止める時は、避ければ背後にいる人が傷つく時だ。そして、それは誰の目にも解る。
人を守るために戦っていることが。
誰もが感じた。
勇者が、そこに居る。
武器だけではなく、その体術でさえも、異形のモノの体を粉砕する。
神剣を掲げていた者の姿は、そこにはなく、そして、神剣を持っているだろう援軍も来ない。
勇者だけが、そこで異形のモノと戦っている。
そして、異形のモノを圧倒している。
時間にして僅かな間に、数匹が残骸と化し、そして、レイモンドは壁の外へと向かう。
まだ外には、声に呼ばれた異形のモノが居る。
レイモンドはすべて倒す。そして、守る。いつもの思考。
誰が見ていようと、誰が襲われようと、全て倒す。
閉じかけた門から人々は見た。
まるで神話の様な、勇者の戦い。
庇う相手が居ない、そして、倒す相手しか居ないその場で、勇者の動きはまるで雷の様。
一瞬の閃光の様な攻撃が、異形のモノを撃ち倒していく。
閃光としか見えない動きが、異形のモノの猛攻をくぐり抜け、倒していく。
場所は街道。
逃げ遅れた人、異形のモノの存在を知らない人、そして、無謀にも立ち向かおうとする人。
それらの人々を全て守るかの様に、電光石火の如くレイモンドの攻撃が敵を倒す。
逃げ遅れた人への攻撃をは全て自らが受け、まだそこが戦いの場所と知らない人のところへの被害が及ぶのを防ぐ。そのために、敢えて、自らが敵の攻撃を集中攻撃を受ける必要がある。敵が自分を見失えば、敵は新たな、いや、別の敵を探す。それはさせない。
神剣を持つものは戦場にはおらず、普通の武器で異形のモノを突こうとする者もいる。しかし、刃が通るかもわからない。しかし、その直前に刃が当たるであ ろう場所をレイモンドが斬る。致命傷にならずとも、しかし、普通の武器が敵を刺し貫く。その隙に、致命傷を与える。致命傷を与えつつも、その人を抱えて離 脱し、そして、また自分だけ、敵に向かう。
常に自分を狙わせている。
そして、自分だけが危険を背負う。
王都の人たちは、本当に頼れる背中を、そこに見る。
ファリスが村で見た、あの背中だ。
そして、今までレイモンドに救われた者達が見た背中。
誰しも、その背中に生命を救われたことを知る。
勇者の噂は、真実だったと知る。
笑い話でもない。空想の話でもない。理想の話でもない。
目の前に、居る。
神剣を持つ者も、やはり、一人二人では役に立たない。しかも、騎士でも恐怖心がある。
門から出て構えをとっても、異形のモノが何匹も集まっている場所には、飛び込む事は出来ない。
そして、門の中からルナ達も現れる。
「神剣を持つ騎士達よ、何をしている。異形のモノを討ち倒せ」
自らも神剣を持ち、ルナが前に出ようとする。しかし、その光景に圧倒される。
既に何十と倒された異形のモノ。
王都付近にこれほど隠れていたとは、レイモンドさえも気付かなかった。
恐らくは巣穴でもあるのか、その数は知れない。
しかし、レイモンドは止まらない。まるで閃光。
確かに手にしてる武器はルナ達と同じ異界の武器。しかし、体術でさえも異形のモノを撃ち倒す力。
その圧倒的な力と、速度、そして、技量。
異形のモノを相手にし続け、身についた、異形のモノを相手にするための技量。
踏んだ場数が、レイモンドに技量を与え続ける。
集団に突入し、相手が距離を取る前に数匹。そして、離れた一匹を倒しながら、その次へ。
攻撃のには隙を見せず、しかし、必ず敵に姿を見せ、自分に攻撃を、狙いを集中させる。
決して他の誰にも手出しはさせない。
レイモンドはそう宣言するかのように異形のモノの前に立ちふさがる。
王都の中は混乱だ。
しかし、それは逃げ出す混乱ではない。
勇者が現れたという混乱。
興味本位で見ようとするもの、勇者がいようと居まいと恐怖で家に引きこもるもの。
人々は思い思いの行動で、町の中は混乱していた。
だが、逃げる場所はない。逃げる者は居ない。居たとしても僅かだ。
王都から、どこへ逃げるというのか。
北の城へ行くにも、街道を通らねばならない。その街道で今、勇者が異形のモノと戦っている。
南へ行くか、それとも東か、西か。しかし、どこへ逃げようにも、異形のモノがどこから現れるかわからない。
そして、異形のモノに立ち向かおうとした者達がみる、レイモンドの背中。
少年にして、勇者。まさに、噂の通り、人々を救うために立っている。
「いったい、何者だ……」
そして、異形のモノを圧倒する力を持ち、誰も彼の事を、レイモンドの事を知らない。
レイモンドは戦いながら、巣の位置を探る。
この数ならば、巣がある。そして、そこを潰さないとまた危険は訪れる。
街道を来る時に、地面にゆるさは無く、そして、レイモンドもファリスも気付かなかった。
街道からだいぶ離れたところ、そして、蟻型の仲間を呼ぶ声が届く範囲。
街道には、馬車の轍が残っている。もし、遠距離から牽いてきたのならば、それをずっと異形のモノが追ってきたのならば、意外と距離があるかもしれない。そして、それは別の領地かもしれない。
虫型である以上、巣を張れば縄張りが生まれる。それ以上は行動しないだろう。
レイモンドはそう考えつつ、しかし、呼ぶ声に反応したのならば縄張りを越えてかもしれないとも思う。
蟻型の攻撃を避け、そして、攻撃を一閃させつつも、場所を考える。
敵を討ち漏らさず、前進し続けるレイモンドは、騎士達が神剣を使う前に殆どの敵を撃破している。
聖鎧を知るものがいれば、まさにそれと思うかもしれない。しかし、レイモンドは人の姿のまま。
そして、轍を目印に、走り始め途中にまばらに向かってくる異形のモノを攻撃する。
人間は自分達より弱いと思い、人間の攻撃は自分達に通じないと思っている異形のモノ。そこへ飛び込むレイモンドは、まるで餌が飛び込んで来るかのようなもの。しかし、次の瞬間、吹き飛ぶのは、異形のモノの頭だ。
轍を辿るレイモンドは幾つもの異形のモノの残骸を生み出し、走り続ける。
騎士達が馬で追っても、その速度には追いつけない。
敵を倒しながらだというのに、全くその速度は落ちる気配さえ無い。
騎士達の馬は、速く走るための馬ではない。足は太く、そして体は頑丈な、人間よりは速い戦場で乗るための馬。その馬は、ある程度の速度はあるものの、決して走るための馬のような速度は出ない。
そして、ルナ達はあろうことかレイモンドに引き離され、その姿を見失う。
「王都の守護を最優先にする。神剣を持つ者は全ての門を守護せよ。一匹たりとも中に入れるな!私は勇者を追って轍を辿る。王宮前に連れてきた異形のモノの捕獲の場所まで進軍せよ」
神剣を持っていても、圧倒されていた少年騎士はルナに先導を指示されるも、怖がっている。
あれだけの数の異形のモノを見た後なら仕方ないかもしれないが、ルナはそんなことに構っていられない。かまってる暇は無いのだ。
王都を救うのは、騎士で無ければならない。そういう思いと、勇者に会いたい。その二つの思い。
王都の全ての門は閉ざされ、神剣を持つ騎士者達が監視する。
何度も無血開城された王都は、その経験からか、異形のモノの襲来に対して頑強な防御を得ていた。
異形のモノが居るかもしれない恐怖に、町から出れなくなった者もいる。
しかし、その町から、勇者は自らを危険に晒し、全ての敵を討ち倒しに出た。
町は騒然としている。
閉鎖された中で、自らを救ってくれた勇者の話でもちきりだ。
そして、一方で異形のモノが襲来した理由が勝手に推測される。
悪い考えほど、広まるのは早い。
王宮前で見世物にされた蟻型。あれが原因と考えた者は多い。
正解だが、正解の理由を知る者はファリスとレイモンドだけ。
レイモンドでさえも、ファリスが居なければ推測の範囲だったろう。
鳴いて、味方を呼ぶ。それはレイモンドも考えていた。しかし、実際に呼ぶとは。
轍を辿り、しかし、異形のモノと出会わなくなる。地面は硬い。
レイモンドは感覚を研ぎ澄まし、そして、広げる。
シュリアの様に探知できるかはわからない。しかし、探知しなければならない。
王都の人たちを守るために、レイモンドが出来ることは、戦い、倒すこと。
僅かに王都に向かう異形のモノの気配。
街道からは、森の奥。そっちかと、レイモンドは方向を変える。
数匹は討ち漏らしがいるかもしれない。神剣を持つ騎士達が心配だが、それ以上に巣が気になる。
どれだけの規模か。自分に倒しきれるのか。
悲鳴。そして、号令。街道に出た異形のモノを騎士達が相手にしている。
誰かが傷ついたかもしれない。唇を噛み締める。助けに向かいたい。しかし、今捉えている巣の気配を逃がす事は出来ない。
ルナ達は異形のモノに襲われ、しかし、その異形のモノもルナ達を甘く見ていた。
正面から襲おうとした異形のモノの腕を、ルナの持つ神剣が斬り落とす。
剣が打ち負けないと分かると、安堵とともに戦意があがる。そして、返す刃で首を落とす。
レイモンドと出会わなかった数は僅かだ。それを、ルナが倒していく。
少年騎士は、ただ剣を持って震えている。
動いている異形のモノに対し、勇気は恐怖に負けていた。
ルナも叱咤してる余裕は無い。ただ、目の前に現れる異形のモノを倒す事で精一杯だ。
その間にも、レイモンドは巣を目指して走る。
レイモンドは地面に柔らかさを感じ始めていた。
巣は近い。こんな近い場所にか。そう感じるも、しかし、異形のモノの気配が薄い。
前の巣は勝手に水没していた。だから、巣を攻撃することは始めてた。
地中の戦いは何度か経験したが、しかし、不安がつきまとう。
だが、やるしか無い。
巣穴を探して、更に地面が柔らかい方向を探す。地上に穴が近いほど、柔らかいはずだ、と。
そして、穴を見つける。
穴から顔を出したばかりの蟻型の顔面を思い切り武器で殴り、えぐる。そして一気に引っ張りだす。
人よりも大きい体を持った蟻型を、足が巣の穴に引っかかっているはずの蟻型を、レイモンドは引っ張りだした。
既に顔面に武器をめり込ませたことで致命傷。
そのままレイモンドは巣に飛び込む。
噛まれたり、殴られたりすることは考えた。しかし、飛び込まなければ始まらない。
そして、縦穴から何層にも渡る蟻型の巣へと入り込んだレイモンドは驚愕する。
まるで迷路のように入り組み、妙薬の洞窟どころではない。
蟻型はそこら中の穴から顔を出し、そして、襲ってくる。
全ての敵を倒すまで、どのくらいかかるのか。
地上で倒した数など、僅かな数だと感じる。
そして、極度の接近戦。すぐ近くまで敵の牙や腕が来る。
その度にレイモンドは傷を負う。そして、纏っていく。甲殻を。
傷を追う度に、甲殻が割られる度に、甲殻は厚くなり、固くなる。
蟻型は、アリと同じように巣を作っていた。
深く、そして、広い。
最深部に行けば、有難の女王蟻がいるはず。それを叩く。
道を間違えれば、上の方まで戻って潜り直さないと行けない。
蟻の巣と同じなら、縦に何本もの深さの階層があるはず。
レイモンドは子供の頃に地すべりの後に見た、巨大な蟻の巣を覚えていた。
そこで見た蟻の巣は、あの小さな蟻が自分の身長よりも遥かに巨大な巣を作っていた。
その驚きが、レイモンドの記憶に残っていた。
浅い階層で感覚を研ぎ澄ませて、動かない巨大な存在を探る。
地面の中で感覚を研ぎ澄ませても、解るはずもないという自分の心を否定する。
自分は化け物だ。出来る。自分の人間性を否定して、化け物であることを最大限に利用する。
人を守るための化け物な自分なら、出来ないはずはない。
自分が人間で有ることを否定することは、ある意味自虐。しかし、そう信じるしかない。
人を守るための存在であると。
そして、感じ取った動かない存在と、多数の小さい存在。
そこに向かうための通路に居るであろう、何匹もの異形のモノ。
異形のモノが動く気配が、逆に道を示している。
そして、レイモンドは女王蟻を倒すべく、更に地下へと向かった。
深く、深く潜るほど、敵が近い。
穴の幅も無く、倒した敵で進めないほどだ。しかし壁を削ってでも前に出る。
穴の深さは、どれほど潜れば良いのかと呆れる程。
その深さは、しかし、途中で岩盤という壁に突き当たり、広い空洞になって終わっていた。
そして、そこに巨大な蟻型。
そして、取り囲む蟻型。
巣の中心部かとレイモンドは武器を構える。
女王蟻は特殊な攻撃をしてくるのか、それとも卵を産む存在なだけか。
だが、女王蟻の攻撃を懸念する前に、女王蟻を守る大量の蟻型を倒す必要があった。
普通の肉体なら簡単に腕や頭を持っていかれるだろう打撃が、レイモンドを襲う。
そして、避ける場所も無い。
攻撃を敢えて受けてこらえて、そして、自分の化け物さに期待する。
生きて帰る。
打撃が脇腹を、肩を、頭を打つ。
騎士が頭を飛ばされた、あの打撃だ。しかし、レイモンドの体は耐えた。
流石に脇腹を打撃が襲った際には、血反吐が出る。内蔵をやられているかもしれないが、レイモンドは前に出る。
化け物であることを自覚し、そして、利用する。もう、それに迷いはない。
「その程度で、さがれるか」
自分で自分に言い聞かせる様に叫ぶ。
そして、その気迫は、自分の足を動かすだけでなく、敵をもさがらせる。
レイモンドに動く余裕を与えた蟻型は、四散する。
吐いた血反吐が胸を伝い、そして、胸当てのように甲殻を作る。
頭を撃たれた時に出来ただろう傷から流れた血が、首と頭の下部を守る甲殻を作る。
武器は既に手と一体化し、肘までと、二の腕も甲殻に覆われている。
上半身の殆どが、甲殻で覆われ、敵の攻撃を通さなくなる。
そして、まるで鬼神の如き姿になったレイモンドは、そこに居た蟻型を次々に葬る。
頭が複数あるものは、全てを、単独のものはそれを斬り落とす。
妙な部分に頭があるのもいた。しかし、縦に両断しなんなく倒していく。
異形のモノはようやくレイモンドが天敵と認識したのか、距離をとる。しかし、逆効果。
レイモンドに動ける場所を与えることこそ、異形のモノの敗因だった。
全ての蟻型を倒し終え、そして、女王蟻。
卵を産もうともがくソレを、レイモンドは無情にも首を落とす。
女王アリの体は、しかし、まだ産もうともがく。いや、産卵器官だけがまだ動いている。
卵も処分しなければならない。
生まれても居ない、まだ異形のモノとも言えない命を奪う。
レイモンドは一番嫌なことだと思った。
蟻型の女王蟻を叩いたとしても、他のが残っている。
新しく生まれてくるのは居なくなっても、メスがどこかに飛べば新しい巣が生まれる。
この巣にいる全ての敵を倒す。そうしなければならない。
レイモンドは、そして巣の他の縦穴に向かうべく元来た穴に戻っていく。
地上ではルナ達が、いや、ルナが善戦していた。
異形のモノの攻撃は簡単に人間を斬り裂く。そして、防具はたいして役に立たない。
だが、ルナはもともと防具に頼った戦い方をしない。
女性ゆえか、それとももともとか、敵の打撃を耐えることがキツく、いなすして攻撃する動きだ。
それが、ルナを生き残らせている。
1匹を倒すために死闘を繰り広げつつ、しかし、巣の方向からはあまり数は来ない。
気概のある戦士が少年騎士から神剣を借り受け、ルナの背を守る。
1匹や2匹ならなんとかなる。しかし、それ以上であれば危険。
1人が倒せる数は、死闘を繰り広げやっと1匹という感じだ。
まるで勇者と違う自分達を、嘲笑してしまう。
1人で数十と数百と倒している勇者と、自分達との違い。
騎士として、自分達が情けなくなる。
だがしかし、一匹たりともルナ達は自分達より後ろに通していない。
王都に向かわせていない。
だがしかし、人間の体力には限界がある。
特に書類仕事ばかりしていたルナは、日頃の鍛錬を怠っていた。
そして、一撃で死が待っているという緊張の中での戦い。
武器で敵の攻撃を防ぐことは出来る。しかし、敵の力に圧されて倒れでもすれば終わりだ。
巣からの敵をなんとか倒しながらも、体力の限界を感じ、危機感を募らせる。
勇者は何処に行ってしまったのか。
去ってしまったのだろうか。
また会えずに終わったのか。
そして、もう会えないのか。
異形のモノが目の前に迫る。それも、3匹。
終わりだ。死ぬ。
王政も復活が完全でない状態で、勇者を勢いで追い、そして、自分は何も出来なかった。
何も出来ない。何もなせていない。そして、これからも出来ない。
後ろに居るはずの兵も、疲弊しきっていて、立てる状態じゃない。
誰に助けを求めても、自分は生き残れない。
悔しい。何も出来なかった。悲しい。勇者に会えなかった。
自分はここで死ぬ。異形のモノに命を奪われる。
けど、このまま終わるだけなんて嫌だ。せめて、せめて一太刀でも、異形のモノに浴びせてから。
震える足腰で構える剣は、しかし、安定していない。
異界の武器であろうと、それは、異形のモノを斬れるとは思えない。
そして、剣を上段に構えることさえ叶わず、引きずるように、ただ歩く。
異形のモノに向かって、ただ歩く。
「お父様……ごめんなさい」
瞬間、異形のモノの1匹の頭が吹き飛び、そして、1匹が縦に両断される。
泥まみれになったレイモンドが、そこに居る。
縦穴を登り降りする間に、体は泥まみれになっていた。
そうして、全ての敵を狩り尽くし、最後に巣穴の入口自体を崩して、気配を辿ってきたのだ。
残りの異形のモノを倒すために。
異形のモノが振り向き、その腕を唸らせてレイモンドに振るう。しかし、レイモンドは一歩前に出て腕の根本を軽々と斬る。
腕を切られて狼狽する異形のモノ。そして、寸前まで迫るレイモンド。
ルナ達が苦戦していた異形のモノの首を、まるで線を引くかの様にあっさりと斬り落とす。
顔はショールで隠したままだが、体中泥まみれで、勇者としての姿はどうかと思われるだろう。
だが、ルナはへたり込んで、その姿をみて神々しく感じた。
「えっと……」
ルナに大丈夫か問おうと思ったが、ルナの目を見て、やめた。
妙な既視感が、逃げろと叫んでいる。
どこかで見た目だ、と既視感が叫んでいる。
「それじゃ、これで」
「あ、まって――」
そして、レイモンドは残りの気配を探しに、森の中へと走り去った。
シュリアの感覚は、いや、女の勘はまた寒気を感じていた。
レイのことだから、女性からアプローチされたら逃げまわるだろうなぁと思いながらも、やっかいな女に追い回されてたらどうしようと心配になる。
一緒に行きたかったが、レイモンドは村の事を心配してシュリアに頼んだ。そんなレイモンドの頼みを断れるわけがない。
シュリアが村に残ったおかげで、村の近くでの被害は全く無くなった。
潜んでいた異形のモノもほとんど倒し、また、さまよい入ってくる異形のモノも倒している。
ラースニアには神風が吹き、その神風は人を守って異形のモノを滅する、とまで噂になっている。
その神風の主は、夫が女難に会ってないかを心配するウェイトレスだ。
リリに心配させまいと元気にしてみせているが「やっぱり、お兄ちゃん居ないと寂しい?」と聞かせてしまっている。
素直に「やっぱり一緒にいたいよね」と言うと、「だよね。お兄ちゃんなにしてるのかな」と言ってくれる。下手に言葉を選んだり、相手の顔色を伺ったりしなくて良いと感じると、シュリアも気が楽になる。
レイモンドの家族と一緒にいると、本当に心が休まるのが感じる。
自分を家族として迎え入れてくれた人たち。夫は自分の過去を全て知った上で、受け入れてくれた人。
シュリアにとって、これ以上はないという幸福なのだが、レイモンドの強さは誰にとっても魅力だ。
シュリアはレイモンドの強さも、そして優しさも知っている。しかし、その強さの話だけでも、うわさ話としては魅力的なのだ。
勇者の噂は、ラースニアにまでも流れてくる。そして、他のウェイトレス達は、まるで恋をしてるかの様に勇者の話をする。下手にレイモンドがその話の人だなんて言えない。
勇者の話には女性である場合もある。多分それはシュリアだろうが、それも言えない。
食堂の女主人は、シュリアがそうかもと思ってる部分もあるが、勇者はあくまで少年。
そういう噂が濃厚で、そして、ラースの近くで噂は無い。
レイモンドが妙薬の洞窟で見せた姿を、口外する者もいないため、勇者かもしれないと思っても言わない人ばかりだ。
隠し事というよりも、下手に話せないというのが本当のところだ。
村を守った少年を、命がけで救った少年を、誰もが大事に思う。
洞窟でレイモンドの姿を見た者は、シュリアもまた事情が有るのだろうと察している。
だが、それを言うものは居ない。
村の一員になったからには、守るべき家族の一人なのだと、誰もが思っている。
そういう風に考える人が多い村だから、レイモンドの父は、ここに落ち着いたのだ。
そして父もまた、レイモンドから託された異界の武器を、神剣を持っている。
だが、使う機会は来ない。
普通の人間である父親は、異形のモノの気配を感じる事はない。
被害があれば、そこに出向いて討伐なりするだろう。だが、気配を感じただけで吹く神風が、異形のモノを滅してしまう。
それこそ、大量に現れでもすれば使う機会はあるだろう。だが、今のところは無い。
剣を渡されはしたが、その剣の使いどころのなさに父親はもてあましていた。
そして、なかなか帰ってこない息子。
下手に孫の話をしたせいで、娘の嫁はその気になったが、肝心の息子が放浪するようになった。
さすがにちょっと、自責の念を感じずにはいられない。
拾い、育てた息子は、立派に人を守る騎士の心を持った男に成長した。
そして、異形のモノの襲来にも自ら囮役を買って出て、そして、なんらかの力を得た。
その力で洞窟に入り込んできた異形のモノから、自分達を救ってくれた。
自慢できる息子だが、その事を口外してはならない。
息子の嫁のシュリアにもなんらかの事情があるだろう。そこに立ち入る気はない。
恐らくは、息子は異形のモノを倒す旅をし、シュリアは密かに村を守っている。そんな気がする。
しかし、それも聞くことはないし、聞いたとろこで、礼をいうくらいしか出来ない。
シュリアが家に来たことで、家は賑やかになった。
リリも明るくなり、妻も家で幸せそうにしている。
全てが、レイモンドのおかげだと思っている。
騎士という地位を捨ててでも守った赤子のおかげで、今もこれほど幸せな暮らしが送れている。
誇らしい気持と、しかし、騎士として戦いで逝った仲間達を思うと胸が痛い。
騎士の地位を捨てるということは、戦いから逃げると言う事でもあると思っていた。
しかし、この戦いからは逃げはしないと思っている。
レイモンドが作ってくれた、この幸せを父として絶対に守る、と。




