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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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王都




 レイモンドはマズラからの帰路に、王都経由の道を選んだ。


 通ったことのない道だが、危険度は少ない。


 ニアスの荷物を、王都に届けたいというのもあった。


 聖鎧は箱に入れられ、更に麻袋に入れられている。


 下手に触れることもないだろうが、検問であらためられて人が吸収されても困る。


 妙薬が大量にバックパックに有るときは良かったが、今は全てケイルアムの村に置いてきてしまった。


 カバンに有るのは、普通の傷薬や着替え程度。行商というより、放浪の旅をしてる少年だ。


 ケイルアムで妙薬をあげてはしまったが、そこまでで売った分のお金はある。


 行商の真似ではあるが、本当に売買はしていたため多少は余裕があった。


 行程としては北の城の近くを通ってから、街道沿いに王都に向かう。


 今までの検問からして、海岸線近くのほうが検問が多かった。また、騎士や兵士がうろつくのも、そちら側が多い。内陸のほうがすれ違う人は多いだろうが、荷物を見られる可能性は少ない。


 この道ならば検問も殆ど無いだろうという算段だ。


 人通りが多いということは、野党に出くわして下手に戦闘になる可能性も減る。


 野党が怖いというわけではないが、戦闘になればレイモンドに負けはないだろう。しかし、手加減が面倒だった。全力で殴って良い相手ではないし、避けるにしても速度を緩めねばならない。全てにおいて手を抜いて動き、相手にケガをさせずに追い返す。非常にめんどくさい。


 マズラ中心から王都へは、ラースから王都へと同じ位の距離が有る。普通に歩けば、10日くらいだろう。しかし、レイモンドが本気で移動すれば1日とかからない。だが、目立つ街道で、それも出来ない。


 北の城にはまだ避難してる人が多い。住んでいた村が壊滅して、行き場を失った人もいる。


 反乱軍が国政を握った際には難民は見放されていたものの、第三勢力に加わろうとした者達が密かに食べ物を支給し、また、もともと籠城出来るような食料は蓄えがあったため、飢えずに済んでいた。その後も崩落の復旧という名目で人は絶えず出入りし続け、ある程度の活気は有る。


 レイモンドは本来はここに聖鎧を置いていけば良いはずなのだが、そんなことはつゆとも知らない。ニアスが騎士の勅命で運んだくらいしか知らないのだから当然だが、勝手に王に届ければ済むと思っている。


 異形のモノと戦い、死線をくぐることに比べたら、荷物を届けて帰るだけ、というのは気楽なものだ。


 勇者探しに向かう行軍等にも途中に出会うが、レイモンドがそう見えるわけもなく、道を開けるだけ。


 レイモンドは傍から見れば、気の優しそうな普通の少年にしか見えない。


 勇者などという肩書が付いたとしても、誰も実力を見ないかぎりは信用もしないだろう。


 しかし、シュリアの様な感覚を持っていたり、レイモンドと同等の知覚があれば、レイモンドが常に周りを把握していることが解るだろう。


 街道から離れた場所でさえも、僅かな動きを見逃さない。


 周囲を把握しながら移動するのは、さすがのレイモンドでも疲れる。しかし、万が一の危険を払拭できないでいる。


 ケイルアムを出てから、妙に視線を感じるが、しかし襲ってくるような気配ではない。


 嫌な予感がするものの、しかし、命の危険を感じるような視線じゃない。


 今までにあまり感じたことのない視線だ。


 監視されている? と思うも、しばらく普通にしていれば、なにか疑われていても嫌疑は晴れるだろう。


 移動速度も普通で、行動も普通。ほとんどすべてが普通のはず。しかし、唯一普通でないのは、知覚の感応範囲。


 自分が察知してることに気づかれたら、相手も要注意とみなすだろう。


 それだけは避けたいことだった。


 王都への道は、マズラからだけだと人通りは少なく、しかし、途中で北の城のある領土や、ケイルへの道と繋がる道へと繋がると、一気に人が増える。視線は他の道と合流する前からずっと感じている。


 マズラではまともな戦闘はしていない。


 行った先ででかい焚き火をしたら勝手に蛾型が突っ込んできてとどめをさした。そして、蟻型の巣についてみれば水没していた。


 普通の行商人が出会う事ではないが、襲われずに生き残れたとしては注目に値するだろう。


 しかし、それだけでずっと監視されるのもおかしいと感じる。


 何度か偶然を装い物陰に潜んだり気配を消したりしてみたが、追跡者は姿を表す様子もない。


 レイモンドは諦めて、普通の速度で王都に行って荷物を届けたらさっさと帰ろうと決めた。


 荷物を届けるのも、命がけかもしれないと感じている。


 ニアスがあれだけ襲われていたのだ。


 騎士の腹心であるものであれば、それなりに腕が立つ。


 そういった者が、アレだけ負傷していたのだ。複数人による攻撃か、はたまた、単独な強者か。


 レイモンドは自分がシュリアに全力で殺されそうになったら、あのぐらいの傷で済むかを考えて、背筋が寒くなった。


 そんなことはありえないと思いつつも、なんとなく、想像してしまった自分が情けなくなる。


 そして、幾つかの丘を越えて、王都が見え始める。


 噂には聞いていたが、物凄い広さの町だ。


 レイモンドの概念だと、村と町しかない。だから、王都がだだっぴろい町に見える。


 そして同じように、丘の上で立ち止まって王都を見渡す人は多い。


 王都を初めて訪れるものはもちろん、王都を何度も訪れたものでも絶景だ。


 どこかの領土ならまるまる入るんじゃないかと思えるほどの町。それが王都。


 王が住み、その周りに人が集まり作られた町。


 人の集まりが多くなればなるほど、混乱は増す。しかし、王都には秩序が有り、そして、平和がある。


 反乱軍が支配した時も、第三勢力が取り戻した際にも、王都の中の混乱は些少だった。


 異形のモノの襲来の際には避難が優先されたが、もともと城塞の様な壁に四方を覆われ、守りは強固。簡単に侵略しようがない。王が一旦は王都から北の城に移動したのも、王都は簡単に陥落しないと思ったからである。


 人の手によってなら、いくらでも陥落の方法はある。しかし、力ずくということであれば王都は硬い。


 また、広い王都は逃げ場も多く、隠れる場所も多い。異形のモノが倒せる存在であるなら、北の城で武力を固めて、王都を取り巻く異形のモノを一気に殲滅する作戦もとれただろう。


 しかし、北の城に集まった騎士は少なく、また、異界の武器も少数。


 王は、そして聖鎧を選んだのだ。


 だが、それを知らない人たちは、王は一度は王都を捨てたと思っている。


 捨てられたが、守りきられた巨大な町。


 王が放った聖鎧という強大な槍の一突きが、異形のモノを蹴散らした等は知らない。


 そして今、王都は第三勢力が実権を握る。


 実権を握ってはいるものの、しかし、誰かに支配されている抑圧などはない。


 普通の町でしかない。


 レイモンドは丘に立ってる状態で、不穏な空気が無いかを探っている。


 人が人に危害を加えようと考える気配は無数にある。しかし、異形のモノの気配は無い。


 道の端に移動し、腰を下ろす。


 しばらくは、ここから様子見だ。


 王都に入る理由も、素直に話したらまずい気がする。


 バックパックにある薬も、王都ならば潤沢にあるだろう。行商で通用はしない。


 行商帰りで買い物に来たとかなら通じるかな、とかも考える。


 不意に後ろに視線を感じる。しかし、敵意は無い。


 今まで監視してたものが近寄ってきた感じだ。


 そのまま通りすぎてくれれば、何の問題もない。


「王都って初めて来ました。凄いですね」


 視線の主は、横に来て言葉を発した。


 レイモンドの額が脂汗でじっとりとなる。


「えっと……なんでファリスがここに……?」


 肩掛けカバンに荷物を詰めて旅支度なファリス。


 そのファリスが「追いかけてきちゃいました」とニッコリと笑った。


 唖然とするレイモンドの横に腰を下ろすと「どんな離れた場所から見ても、レイ様気づいちゃうんですよね」と言う。


 確かに気づいてはいた。しかし、相手が誰か等は解っていなかった。


「遠くから見てても聞いてても気づかれるなら、いっそもう近くに居たいなって」


 レイモンドはさすがに言葉がない。


「蛾を集めてた時も、蟻の巣のの時も見てましたよ。あと、これ預かって来ました」


 肩掛けのカバンから出したのは妙薬。


 ファリスには2本あげたが、その他はおばさんにあげたはずだ。


「こんな良いのを使うほどのけが人はめったに出ませんから。あと、数本は兵隊さんに売ったそうです」


 妙に饒舌なファリスが、シュリアと重なる。


 なにか企んでる……のか? と思ってしまう。


 シュリアも最初は、企みのためにレイモンドと旅を共にした。


「それは、じゃあ君が持ってて。それにしても、村は、大丈夫なのかい? 君が居なくて……」


 その質問には普通に「兵隊さん達が常駐するみたいですから」と。


 勇者が出現した場所で、しかも、目撃者が軍の騎士だ。常駐して探しまわるんだろう、と納得した。


 そして、少し間を開けて周りを伺い、誰も聞いてないのを確認すると、「居ると、眼と耳が良いのを知られて捕まっちゃうんです」と続けた。


 確かに、戦略的に敵の位置や配置を視認したり出来るファリスがいれば、軍の行動は変わる。


 異形のモノに対しては撤退を決められ、人同士の戦いなら、陣形や戦術を決めやすいだろう。


「それに決めたんです。レイ様にどこまでも付いて行くって」


 レイモンドはその言葉で固まったが、なんとか説得しようとした。


 憧れられるのは嬉しいが、戦いがなければただの農夫だぞと。


 王都から離れた田舎の村で、普通の農夫。戦いがなければ、平凡でしかない、と。


 しかし、ファリスは「大丈夫です!」とよくわからない答え。


 誰かと一緒に旅が出来るのは気が楽になるが、連れ帰る事は出来ない。連れ帰ったら殺される気がする。自分が。


 しかし、王都だからと言って危険がないわけでは無い。


 聖鎧だ。


 これを届けるということは、ニアスの秘密任務に関わることになる。


 これの存在を知っているだけで、逮捕される可能性もあるわけだ。


 その危険を、ファリスにまで及ばすわけには行かない。


「この中の荷物を届ける時に、危険が有るかもしれない。だから、せめて離れててくれるかな?」


 人を傷つけたくない、ファリスももちろん傷つけたくない。


 ファリスは笑顔で「はい」というものの、横に座ったきりだ。離れる様子はない。


「じゃあ、俺はもう行くね」


 レイモンドが立ち上がると、ファリスも立ち上がった。


「はい。行きましょう」


 そうじゃない。と言いたいが、レイモンドの上着をしっかり握ってるファリスに諦めを感じる。


 レイモンドはファリスを連れたまま、王都へと向かった。


 王都に入ると、やはり人が多い。


 露天等も多く出店され、人気の店は人だかりが出来ている。


 偽物の異界の武器を「神剣」と言い売ってる店も多く、それを買う人もいる。


 実際に使うかどうかは別としても、レイモンドにしてみれば呆れてしまう。


 見た目からして偽物なのは一目瞭然だが、本物を見たことが無ければ信じるかもと思う。


 はぐれないようにと手をつないでいるファリスも、驚いている。


「勇者様が持ってる武器って、こういうところでも売ってるんですね」


 苦笑するしか無い。「そうみたいだねぇ」と、冗談で返すように言うしか無い。


 売ってるわけがないし、売ってたとしても、天井知らずの値段だろう。


 第三勢力でさえ「神剣」として極一部の者しか手にしていない武器が、露天で売られているはずがない。


 だが、レイモンドは武器のことはファリスには言わない。


 この状況で、自分が勇者じゃなくて普通の人で、憧れが薄くなってくれればという思いもある。


 普通じゃないのは自分でわかっているが、勇者扱いは困る。


 王都内の警備は、巡回程度。騎士や兵士がうろついてはいるが、それは不正行為の摘発や、諍いの防止の様な活動らしい。


 レイモンドは感覚を広げず、逆に探ってる事を悟られないようにしている。


 ファリスに勘付かれたように、知覚され返すことがあれば、厄介だ。


 ただ、纏ってる空気を見れば、解るものがいるだろう。


 レイモンドの纏う空気は、歴戦の戦士のそれだ。


 剣を交え合う相手ならば、レイモンドが今のままで立っていても、それは感じられる。


 戦い続けているうちに勝手に自分に身についてしまった空気。それは、シュリアの様に上手にごまかすことは出来ない。


 剣の腕も武術を極めても居ないものが多少気づいても、歴戦というよりも、旅を続けているうちにいろいろあって身についた雰囲気に見えなくもないのが救いだろう。


 行商人の中には、売り物や売上を狙われる事を考えて、自衛の為に強さを身につけてる者も多い。


 そして、やはり喧嘩はどこでもある。


「止めないんですか?」


 ファリスの問いに「本人たちの問題だからね」と軽く流す。


「刃物を持ちだしてとかなら止めるけど、そうでもなければ……」


 言いかけてる間に、ほんとに刃物を持ちだしていた。


 既にファリスから手を離し、尋常じゃないと思われないように移動したあと、振り下ろされそうな刃物の柄の根本を横から殴る。


 折るまでは行かず、しかし、そんな攻撃を予想していなかった男の手から剣が弾き飛ぶ。


 レイモンドは、折ったら弁償だのなんだのでめんどくさいから、という理由もあって加減した。


「喧嘩ならほかでやってください。こんな所で血なまぐさくなるのは困ります」


 確かに剣先は速い。しかし、剣を振り下ろす際に支点となるのは肩、肘、手首。その手首の近くにある剣の柄の根本を正確に殴り、そして、弾き飛ばした。その事実が、レイモンドの実力を相手にわからせる。


 喧嘩を囃し立ててた連中には解らないが、本人たちにはしっかりと解っていた。


「すまん、すこし頭に血が登っちまったな」


 剣を手にしていた男は剣を拾いに行きながらレイモンドから距離を置く。


 斬られそうになっていた男は「ありがとう。助かった……」と手をさしのべたレイモンドの手を取る。


 ごく普通の少年の手だ。その手がつくったこぶしが剣を弾き飛ばしたとは思えないほど。


 いつの間にか、また服の裾をファリスが掴んでいる。


 傍目にはちょっと強い兄が、妹を連れて行商。


 ファリスがレイモンドを慕ってる姿が、兄を慕う姿に見えるのは好都合だった。


 そして弱々しく見えるファリスの姿は、勇者が女性という噂と言う部分でも否定される。


 見た目と実力は違うかもしれないが、ファリスを見て勇者と思う人はいないだろう。


 レイモンドもそうだ。弱々しく優しそうな少年。


 誰も勇者と思わない。しかし、剣を一撃でふっ飛ばした技量で、少し周りの目は違っている。


「凄いね。一発であんな……」


 レイモンドはちょうど考えていた言い訳を言うチャンスだと思った。


「武器を吹っ飛ばせると、逃げやすいんですよ」


 周りからは笑い声。


 確かに武器を拾いに行くよな、と言った声も聞こえる。


 勇者らしくない「逃げる」という言葉も大事だ。


 これなら勇者と思われない。よし、大丈夫。


 逃げるという言葉に、不満な顔をしていたのは、ファリスだけだった。


 その後、王都を観光しながらうろついていると、なぜかレイモンドはファリスとはぐれた。


 人混みのせいもあるが、それ以上に建物が乱立しすぎている。


 レイモンドとファリスは王都の中で、右往左往することになってしまっていた。


 あまりに広い王都は、簡単に道に迷う。そして、はぐれる。


 レイモンドとファリスの感覚は尋常ではない。しかし、お互いを繋ぐ直線に、道があるとは限らない。


 いちどはぐれると、再度再会するまでに色々な場所を通らないといけなくなる。


 そして、二人共通りの名前や場所の名前などは知らない。普通ははぐれたら集合場所でも決めておけばいいのだが、逆に二人とも相手の場所がわかることで、相手を追いかけてしまう。そうすると、相手が居た場所にたどり着いても、既に居ないという事になる。


 しかも、ファリスが特殊なのは目と耳だけである。


 レイモンドらしき足音や呼吸を感じ取って、そっちの方向に向かっても人違いというのもあり得る。そうすると、ファリスを追っていたレイモンドが追いつけない。


 下手に戦闘時の速度で移動も出来ず、あちこちを駆けまわるハメになっていた。


 監視の目がある以上、人外の能力をひけらかすことは出来ない。ただ探しまわっている様に見せながら、居場所を感知して、向かっていく。向かっていくが、路地が行き止まりだったり、全然違う方向へ伸びる道だったりと、行きたい方向へ行けない。


 ファリスを足手まといと考えるなら、はぐれたら置いていけば良いという考えもある。しかし、レイモンドは、そういうことが出来ない性格だった。


 そしてファリスを見つけると、大体が人だかりだ。


 レイモンドは女性の美しさに関して疎いところがある。シュリアにしてもファリスにしても相当な美形なのだが、それを気にしたことがない。


 ラースニアの村であれば「妹が可愛いすぎるから」と言われてしまうだろう。


 はぐれては再会する度に、涙目で抱きつかれる。


 何故はぐれるかというと、目新しいものがたくさんある王都で、ファリスがどっかに行ってしまうからだ。そして、レイモンドが気づくと居ない。レイモンドはある程度の範囲は感知が出来るからと安心しているが、王都の迷路の様な道のせいで、ヘトヘトである。


 今はレイモンドからファリスの手を握ってる状況だ。


 勝手にどこかに行かれてはぐれるよりは、よっぽどマシと思っている。


 そして二人の目の前を大型の馬車が通る。


 少し前から、異形のモノの気配を感じているが、瀕死だ。瀕死の状態。


 だからレイモンドは、僅かに緊張状態。


 瀕死ゆえに人が襲われる様なことはないと判断したが、逆に、仲間を呼ぶことを懸念していた。


 そして、現れたのは大型の馬車と、巨大な箱を運ぶ馬車。


 少し前から騒がしかったが、みんなが道を開けだしていたので、何かの行列かと思っていた。


 異形のモノに関係した行列なのかとも思うが、それにしては歓声ばかり。


 異形のモノの気配が、巨大な箱からしている。


 しかし、それは長大な行列ではなく大型の馬車の前後に騎士の乗る馬。


 パレードと言うには短く、しかし、盛大では有る。


「なんだろうねぇ」


 ファリスを探しまわっていたおかげで、なにか来るとか、何が起きるとかの情報を集めて居なかった。


「さあ……?」


 ファリスも色々なお店が物珍しくて走り回っていて、聞き耳は立てていなかった。


 目の前を通る馬車に屋根はなく、そして、少年が騎士に挟まれて乗っている。


 少年と言っても、やはり騎士甲冑を纏っている。


 町中の人の歓声におされながら、その馬車はゆっくりと王宮に向かう。


「なにかの式典かな?」


 レイモンドが目で追ってる最中に、ファリスが「行ってみましょ」と動き出す。


 手を繋いでなかったら、また迷子だ。


 異形のモノを運ぶなんて事を想像していなかったので、あの巨大な箱が何なのかが気になる。


 王宮前の広場は、人が輪のように取り囲み、そこに馬車と巨大な箱が止まる。


 馬車から少年が降り、そして、馬車は別の場所へ。


 巨大な箱を牽いていた馬達も移動させられていた。


 王宮前の広場には少年騎士と、巨大な箱。


 兵たちが箱の端々の留め金を外すと、そこには、全ての足をもがれた蟻型が一匹。


「レイ様、あれ……」


 ファリスがレイモンドにすがりつく。恐怖がよみがえるのだろう。


 頭を撫でながら「大丈夫」というと、更に強くしがみつく。


 少年騎士が剣を鞘から抜き、そして掲げる。


 レイモンドは、それが異界の武器であることに気づく。


 第三勢力にとっては「神剣」と呼ばれているものだ。


「レイ様、あの異形の……鳴いてます……」


 レイモンドには感知できないが、耳が良いファリスには解るのだろう。


 異形のモノが仲間を呼んでいる音が。


 人間の可聴域を超えた、仲間を呼ぶ鳴き声。


 早く片付けないと、王都の近くに潜伏している蟻型が来る。


 少年騎士は、なんだかんだと騎士の強さを宣言し続けている。


 レイモンドは焦りを感じているが、しかし、下手にこれだけの人の前で手出しは出来ない。


 そして、少年騎士が異界の武器で、蟻型の頭を斬る。


 見事とはいえない技量だが、少年ならば仕方ないだろう。


 一度は途中で刃が止まり、その後、無理やり斬り抜いた感じだ。


 シュリアが見たら、笑っていたかもしれない。


 しかし、そういうことかと納得もする。


 異形のモノを退治できる事を、民衆に見せる。


 異形のモノを倒せる者が居ることを、民衆に知らせる。


 王都でそれを公衆の面前で行えば、それは各地に広まる。


 各地で異形のモノの脅威に襲われている地域は、王都に救援を求めるだろう。


 異形のモノが何処にいるか探すよりも、襲われている人々が助けを求め、そして救済に向かう。


 そういうやり方なんだな、とレイモンドは納得した。


 しかし、仲間を呼んだ声が、近くに潜む何かに伝わっていなければ良いがとも思う。


 呼ぶ声に応じ、異形のモノ達が集まってきたら、それこそ大混乱だ。


「集まってくる音は、聞こえないかい?」


 ファリスに耳打ちすると、怯えたように固まっている。


 耳打ちする前から、固まっていたのだろう。


「来るか」


 ファリスが強くしがみつく。


「方向はわかる?」


 ファリスは「たぶん、北の方から……」としか言えない。


 音は、反響する。


 王都の中心部の王宮付近で、どこかから来る異形のモノを感知するのは難しいのだろう。


 倒せる事をしらしめる公演が、敵を呼ぶ事になってしまっている。


 今までもやっていたのだろうか。それにしては、やった後の警備は薄い。


 王宮の執務室のテラスから公演を見ていたルナは、嫌そうな顔をしている。


「あんなのに、意味があるのか……? 実際にやらなくても、倒せる事を教えるだけで良い物を……」


 政務官達も執務官補佐も呆れ顔だ。


 騎士達が、神剣を持ち、その力を自慢したいがための公演。


 そして、執務官であるルナの目の前で行うことで、自分達が異形のモノを恐れない事を演じている。


 恐らくは数人がかりで足を奪い、そして、捕獲したのだろう。


 そのために何人かが犠牲になったかもしれない。


 それを思うと、ルナは気分が悪くなる。


 騎士達の思惑とは別方向に向いてしまうルナの感情は、騎士達がルナの信じる騎士道を違えているからだろう。


 勇者は一人で蟻型だろうがなんだろうが、立ち向かう。


 足を斬り落とし、動けなくなった異形のモノを、見世物にするなどということはしない。


「下衆が……」


 思わず口から出る言葉は、騎士達には届かない。


 ルナの表情も見えないだろう。


 ただ、ルナが見ている。それだけで自分達の功績をあげられたように感じている。


「仕方ないな……」


 レイモンドは自分の力が民衆に知られる事を覚悟した。


 多くの人を助ける為には、自分が戦うしか無い。


 多くの人が犠牲になることを、見過ごせるレイモンドではない。


「レイ様、これを」


 通りすがった店で買ったショールだ。ファリスが身につけていたものだが、顔を隠すのに使える。


「良いのかい?」


 ファリスは「あとで、新しいの……もっと可愛いの、買ってくださいね」と笑顔だ。


 レイモンドは「約束だ。あと、安全なところに隠れててね」と頭を撫でる。


 バックパックから武器を取り出し、武器以外をファリスに託す。


「はい」


 ファリスは返事をすると、レイモンドに方向を伝えて、すぐに動き出した。


 来る方向が1方向なのは、レイモンドにとっては行幸。


 そして、レイモンドはショールを顔に巻き、顔を隠すと動き出す。


 既に悲鳴。


 王都は壁に囲まれている。そして、その壁の入口付近での悲鳴だ。


「門をしめろ」


 その声で門が閉まり始まるも、しかし、数匹の異形のモノが猛進してくる。


 仲間の声を聞いた蟻型。


 その報告は、ルナにも届く。


「急げ!神剣を持つものは、迎撃を!」


 命令は素早く、しかし、それよりも速くレイモンドは異形のモノと衝突。


 レイモンドは自らの手の甲を斬り、そこからの血が片側の剣を伝い、伸びる。その長さは走る速さで伸ばされ、身長にも達する。


 短い剣での僅かな一撃で頭を粉砕し、そして、跳躍。人外の距離を飛び、2匹目の背後に着地した瞬間、蟻型を後ろから長い剣で両断。人の近くまで接近した2匹を倒し、まだ入口付近の数匹。それに向かって躊躇なく飛ぶ。


 周りの誰もが、自分の目を疑う。


 あれほど恐れられてる異形のモノを圧倒する戦い方。


 異形のモノが攻撃をするも、全て避け、そして、受ける。そして、次の瞬間には、その異形のモノは残骸となる。まるで、神がかった様な存在が、そこに居る。


 人を守る存在が、そこに居る。


 数匹の異形のモノの攻撃を躱し、倒す。攻撃を受ける、止める時は、避ければ背後にいる人が傷つく時だ。そして、それは誰の目にも解る。


 人を守るために戦っていることが。


 誰もが感じた。


 勇者が、そこに居る。


 武器だけではなく、その体術でさえも、異形のモノの体を粉砕する。


 神剣を掲げていた者の姿は、そこにはなく、そして、神剣を持っているだろう援軍も来ない。


 勇者だけが、そこで異形のモノと戦っている。


 そして、異形のモノを圧倒している。


 時間にして僅かな間に、数匹が残骸と化し、そして、レイモンドは壁の外へと向かう。


 まだ外には、声に呼ばれた異形のモノが居る。


 レイモンドはすべて倒す。そして、守る。いつもの思考。


 誰が見ていようと、誰が襲われようと、全て倒す。


 閉じかけた門から人々は見た。


 まるで神話の様な、勇者の戦い。


 庇う相手が居ない、そして、倒す相手しか居ないその場で、勇者の動きはまるで雷の様。


 一瞬の閃光の様な攻撃が、異形のモノを撃ち倒していく。


 閃光としか見えない動きが、異形のモノの猛攻をくぐり抜け、倒していく。


 場所は街道。


 逃げ遅れた人、異形のモノの存在を知らない人、そして、無謀にも立ち向かおうとする人。


 それらの人々を全て守るかの様に、電光石火の如くレイモンドの攻撃が敵を倒す。


 逃げ遅れた人への攻撃をは全て自らが受け、まだそこが戦いの場所と知らない人のところへの被害が及ぶのを防ぐ。そのために、敢えて、自らが敵の攻撃を集中攻撃を受ける必要がある。敵が自分を見失えば、敵は新たな、いや、別の敵を探す。それはさせない。


 神剣を持つものは戦場にはおらず、普通の武器で異形のモノを突こうとする者もいる。しかし、刃が通るかもわからない。しかし、その直前に刃が当たるであろう場所をレイモンドが斬る。致命傷にならずとも、しかし、普通の武器が敵を刺し貫く。その隙に、致命傷を与える。致命傷を与えつつも、その人を抱えて離脱し、そして、また自分だけ、敵に向かう。


 常に自分を狙わせている。


 そして、自分だけが危険を背負う。


 王都の人たちは、本当に頼れる背中を、そこに見る。


 ファリスが村で見た、あの背中だ。


 そして、今までレイモンドに救われた者達が見た背中。


 誰しも、その背中に生命を救われたことを知る。


 勇者の噂は、真実だったと知る。


 笑い話でもない。空想の話でもない。理想の話でもない。夢想の話しでもない。


 目の前に、勇者は居る。


 神剣を持つ者も、やはり、一人二人では役に立たない。しかも、騎士でも恐怖心がある。


 門から出て構えをとっても、異形のモノが何匹も集まっている場所には、飛び込む事は出来ない。


 そして、門の中からルナ達も現れる。


「神剣を持つ騎士達よ、何をしている。異形のモノを討ち倒せ」


 自らも神剣を持ち、ルナが前に出ようとする。しかし、その光景に圧倒される。


 既に何十と倒された異形のモノ。


 王都付近にこれほど隠れていたとは、レイモンドさえも気付かなかった。


 恐らくは巣穴でもあるのか、その数は知れない。


 しかし、レイモンドは止まらない。まるで閃光。


 確かに手にしてる武器はルナ達と同じ異界の武器。しかし、体術でさえも異形のモノを撃ち倒す力。


 その圧倒的な力と、速度、そして、技量。


 異形のモノを相手にし続け、身についた、異形のモノを相手にするための技量。


 踏んだ場数が、レイモンドに技量を与え続ける。


 集団に突入し、相手が距離を取る前に数匹。そして、離れた一匹を倒しながら、その次へ。


 攻撃のには隙を見せず、しかし、必ず敵に姿を見せ、自分に攻撃を、狙いを集中させる。


 決して他の誰にも手出しはさせない。


 レイモンドはそう宣言するかのように異形のモノの前に立ちふさがる。


 王都の中は混乱だ。


 しかし、それは逃げ出す混乱ではない。


 勇者が現れたという混乱。


 興味本位で見ようとするもの、勇者がいようと居まいと恐怖で家に引きこもるもの。


 人々は思い思いの行動で、町の中は混乱していた。


 だが、逃げる場所はない。逃げる者は居ない。居たとしても僅かだ。


 王都から、どこへ逃げるというのか。


 北の城へ行くにも、街道を通らねばならない。その街道で今、勇者が異形のモノと戦っている。


 南へ行くか、それとも東か、西か。しかし、どこへ逃げようにも、異形のモノがどこから現れるかわからない。


 そして、異形のモノに立ち向かおうとした者達がみる、レイモンドの背中。


 少年にして、勇者。まさに、噂の通り、人々を救うために立っている。


「いったい、何者だ……」


 そして、異形のモノを圧倒する力を持ち、誰も彼の事を、レイモンドの事を知らない。


 レイモンドは戦いながら、巣の位置を探る。


 この数ならば、巣がある。そして、そこを潰さないとまた危険は訪れる。


 街道を来る時に、地面にゆるさは無く、そして、レイモンドもファリスも気付かなかった。


 街道からだいぶ離れたところ、そして、蟻型の仲間を呼ぶ声が届く範囲。


 街道には、馬車の轍が残っている。もし、遠距離から牽いてきたのならば、それをずっと異形のモノが追ってきたのならば、意外と距離があるかもしれない。そして、それは別の領地かもしれない。


 虫型である以上、巣を張れば縄張りが生まれる。それ以上は行動しないだろう。


 レイモンドはそう考えつつ、しかし、呼ぶ声に反応したのならば縄張りを越えてかもしれないとも思う。


 蟻型の攻撃を避け、そして、攻撃を一閃させつつも、場所を考える。


 敵を討ち漏らさず、前進し続けるレイモンドは、騎士達が神剣を使う前に殆どの敵を撃破している。


 聖鎧を知るものがいれば、まさにそれと思うかもしれない。しかし、レイモンドは人の姿のまま。


 そして、轍を目印に、走り始め途中にまばらに向かってくる異形のモノを攻撃する。


 人間は自分達より弱いと思い、人間の攻撃は自分達に通じないと思っている異形のモノ。そこへ飛び込むレイモンドは、まるで餌が飛び込んで来るかのようなもの。しかし、次の瞬間、吹き飛ぶのは、異形のモノの頭だ。


 轍を辿るレイモンドは幾つもの異形のモノの残骸を生み出し、走り続ける。


 騎士達が馬で追っても、その速度には追いつけない。


 敵を倒しながらだというのに、全くその速度は落ちる気配さえ無い。


 騎士達の馬は、速く走るための馬ではない。足は太く、そして体は頑丈な、人間よりは速い戦場で乗るための馬。その馬は、ある程度の速度はあるものの、決して走るための馬のような速度は出ない。


 そして、ルナ達はあろうことかレイモンドに引き離され、その姿を見失う。


「王都の守護を最優先にする。神剣を持つ者は全ての門を守護せよ。一匹たりとも中に入れるな!私は勇者を追って轍を辿る。王宮前に連れてきた異形のモノの捕獲の場所まで進軍せよ」


 神剣を持っていても、圧倒されていた少年騎士はルナに先導を指示されるも、怖がっている。


 あれだけの数の異形のモノを見た後なら仕方ないかもしれないが、ルナはそんなことに構っていられない。かまってる暇は無いのだ。


 王都を救うのは、騎士で無ければならない。そういう思いと、勇者に会いたい。その二つの思い。


 王都の全ての門は閉ざされ、神剣を持つ騎士者達が監視する。


 何度も無血開城された王都は、その経験からか、異形のモノの襲来に対して頑強な防御を得ていた。


 異形のモノが居るかもしれない恐怖に、町から出れなくなった者もいる。


 しかし、その町から、勇者は自らを危険に晒し、全ての敵を討ち倒しに出た。


 町は騒然としている。


 閉鎖された中で、自らを救ってくれた勇者の話でもちきりだ。


 そして、一方で異形のモノが襲来した理由が勝手に推測される。


 悪い考えほど、広まるのは早い。


 王宮前で見世物にされた蟻型。あれが原因と考えた者は多い。


 正解だが、正解の理由を知る者はファリスとレイモンドだけ。


 レイモンドでさえも、ファリスが居なければ推測の範囲だったろう。


 鳴いて、味方を呼ぶ。それはレイモンドも考えていた。しかし、実際に呼ぶとは。


 轍を辿り、しかし、異形のモノと出会わなくなる。地面は硬い。


 レイモンドは感覚を研ぎ澄まし、そして、広げる。


 シュリアの様に探知できるかはわからない。しかし、探知しなければならない。


 王都の人たちを守るために、レイモンドが出来ることは、戦い、倒すこと。


 僅かに王都に向かう異形のモノの気配。


 街道からは、森の奥。そっちかと、レイモンドは方向を変える。


 数匹は討ち漏らしがいるかもしれない。神剣を持つ騎士達が心配だが、それ以上に巣が気になる。


 どれだけの規模か。自分に倒しきれるのか。


 悲鳴。そして、号令。街道に出た異形のモノを騎士達が相手にしている。


 誰かが傷ついたかもしれない。唇を噛み締める。助けに向かいたい。しかし、今捉えている巣の気配を逃がす事は出来ない。


 ルナ達は異形のモノに襲われ、しかし、その異形のモノもルナ達を甘く見ていた。


 正面から襲おうとした異形のモノの腕を、ルナの持つ神剣が斬り落とす。


 剣が打ち負けないと分かると、安堵とともに戦意があがる。そして、返す刃で首を落とす。


 レイモンドと出会わなかった数は僅かだ。それを、ルナが倒していく。


 少年騎士は、ただ剣を持って震えている。


 動いている異形のモノに対し、勇気は恐怖に負けていた。


 ルナも叱咤してる余裕は無い。ただ、目の前に現れる異形のモノを倒す事で精一杯だ。


 その間にも、レイモンドは巣を目指して走る。


 レイモンドは地面に柔らかさを感じ始めていた。


 巣は近い。こんな近い場所にか。そう感じるも、しかし、異形のモノの気配が薄い。


 前の巣は勝手に水没していた。だから、巣を攻撃することは初めてだ。


 地中の戦いは何度か経験したが、しかし、不安がつきまとう。


 だが、やるしか無い。


 巣穴を探して、更に地面が柔らかい方向を探す。地上に穴が近いほど、柔らかいはずだ、と。


 そして、穴を見つける。


 穴から顔を出したばかりの蟻型の顔面を思い切り武器で殴り、えぐる。そして一気に引っ張りだす。


 人よりも大きい体を持った蟻型を、足が巣の穴に引っかかっているはずの蟻型を、レイモンドは引っ張りだした。


 既に顔面に武器をめり込ませたことで致命傷。


 そのままレイモンドは巣に飛び込む。


 噛まれたり、殴られたりすることは考えた。しかし、飛び込まなければ始まらない。


 そして、縦穴から何層にも渡る蟻型の巣へと入り込んだレイモンドは驚愕する。


 まるで迷路のように入り組み、妙薬の洞窟どころではない。


 蟻型はそこら中の穴から顔を出し、そして、襲ってくる。


 全ての敵を倒すまで、どのくらいかかるのか。


 地上で倒した数など、僅かな数だと感じる。


 そして、極度の接近戦。すぐ近くまで敵の牙や腕が来る。


 その度にレイモンドは傷を負う。そして、纏っていく。甲殻を。


 傷を追う度に、甲殻が割られる度に、甲殻は厚くなり、固くなる。


 蟻型は、アリと同じように巣を作っていた。


 深く、そして、広い。


 最深部に行けば、有難の女王蟻がいるはず。それを叩く。


 道を間違えれば、上の方まで戻って潜り直さないと行けない。


 蟻の巣と同じなら、縦に何本もの深さの階層があるはず。


 レイモンドは子供の頃に地すべりの後に見た、巨大な蟻の巣を覚えていた。


 そこで見た蟻の巣は、あの小さな蟻が自分の身長よりも遥かに巨大な巣を作っていた。


 その驚きが、レイモンドの記憶に残っていた。


 浅い階層で感覚を研ぎ澄ませて、動かない巨大な存在を探る。


 地面の中で感覚を研ぎ澄ませても、解るはずもないという自分の心を否定する。


 自分は化け物だ。出来る。自分の人間性を否定して、化け物であることを最大限に利用する。


 人を守るための化け物な自分なら、出来ないはずはない。


 自分が人間で有ることを否定することは、ある意味自虐。しかし、そう信じるしかない。


 人を守るための存在であると。


 そして、感じ取った動かない存在と、多数の小さい存在。


 そこに向かうための通路に居るであろう、何匹もの異形のモノ。


 異形のモノが動く気配が、逆に道を示している。


 そして、レイモンドは女王蟻を倒すべく、更に地下へと向かった。


 深く、深く潜るほど、敵が近い。


 穴の幅も無く、倒した敵で進めないほどだ。しかし壁を削ってでも前に出る。


 穴の深さは、どれほど潜れば良いのかと呆れる程。


 その深さは、しかし、途中で岩盤という壁に突き当たり、広い空洞になって終わっていた。


 そして、そこに巨大な蟻型。


 そして、取り囲む蟻型。


 巣の中心部かとレイモンドは武器を構える。


 女王蟻は特殊な攻撃をしてくるのか、それとも卵を産む存在なだけか。


 だが、女王蟻の攻撃を懸念する前に、女王蟻を守る大量の蟻型を倒す必要があった。


 普通の肉体なら簡単に腕や頭を持っていかれるだろう打撃が、レイモンドを襲う。


 そして、避ける場所も無い。


 攻撃を敢えて受けてこらえて、そして、自分の化け物さに期待する。


 生きて帰る。


 打撃が脇腹を、肩を、頭を打つ。


 騎士が頭を飛ばされた、あの打撃だ。しかし、レイモンドの体は耐えた。


 流石に脇腹を打撃が襲った際には、血反吐が出る。内蔵をやられているかもしれないが、レイモンドは前に出る。


 化け物であることを自覚し、そして、利用する。もう、それに迷いはない。


「その程度の攻撃で、さがれるか」


 自分で自分に言い聞かせる様に叫ぶ。


 そして、その気迫は、自分の足を動かすだけでなく、敵をもさがらせる。


 レイモンドに動く余裕を与えた蟻型は、四散する。


 吐いた血反吐が胸を伝い、そして、胸当てのように甲殻を作る。


 頭を撃たれた時に出来ただろう傷から流れた血が、首と頭の下部を守る甲殻を作る。


 武器は既に手と一体化し、肘までと、二の腕も甲殻に覆われている。


 上半身の殆どが、甲殻で覆われ、敵の攻撃を通さなくなる。


 そして、まるで鬼神の如き姿になったレイモンドは、そこに居た蟻型を次々に葬る。


 頭が複数あるものは、全てを、単独のものはそれを斬り落とす。


 妙な部分に頭があるのもいた。しかし、縦に両断しなんなく倒していく。


 異形のモノはようやくレイモンドが天敵であると認識したのか、距離をとる。しかし、逆効果。


 レイモンドに動ける場所を与えることこそ、異形のモノの敗因だった。


 全ての蟻型を倒し終え、そして、女王蟻。


 卵を産もうともがくソレを、レイモンドは無情にも首を落とす。


 女王アリの体は、しかし、まだ産もうともがく。いや、産卵器官だけがまだ動いている。


 卵も処分しなければならない。


 生まれても居ない、まだ異形のモノとも言えない命を奪う。


 レイモンドは一番嫌なことだと思った。


 蟻型の女王蟻を叩いたとしても、他のが残っている。


 新しく生まれてくるのは居なくなっても、メスがどこかに飛べば新しい巣が生まれる。


 この巣にいる全ての敵を倒す。そうしなければならない。


 レイモンドは、そして巣の他の縦穴に向かうべく元来た穴に戻っていく。


 地上ではルナ達が、いや、ルナが善戦していた。


 異形のモノの攻撃は簡単に人間を斬り裂く。そして、防具はたいして役に立たない。


 だが、ルナはもともと防具に頼った戦い方をしない。


 女性ゆえか、それとももともとか、敵の打撃を耐えることがキツく、いなすして攻撃する動きだ。


 それが、ルナを生き残らせている。


 1匹を倒すために死闘を繰り広げつつ、しかし、巣の方向からはあまり数は来ない。


 気概のある戦士が少年騎士から神剣を借り受け、ルナの背を守る。


 1匹や2匹ならなんとかなる。しかし、それ以上であれば危険。


 1人が倒せる数は、死闘を繰り広げやっと1匹という感じだ。


 まるで勇者と違う自分達を、嘲笑してしまう。


 1人で数十と数百と倒している勇者と、自分達との違い。


 騎士として、自分達が情けなくなる。


 だがしかし、一匹たりともルナ達は自分達より後ろに通していない。


 王都に向かわせていない。


 それでも、人間の体力には限界がある。


 特に書類仕事ばかりしていたルナは、日頃の鍛錬を怠っていた。


 そして、一撃で死が待っているという緊張の中での戦い。


 武器で敵の攻撃を防ぐことは出来る。しかし、敵の力に圧されて倒れでもすれば終わりだ。


 巣からの敵をなんとか倒しながらも、体力の限界を感じ、危機感を募らせる。


 勇者は何処に行ってしまったのか。


 去ってしまったのだろうか。


 また会えずに終わったのか。


 そして、もう会えないのか。


 異形のモノが目の前に迫る。それも、3匹。


 終わりだ。死ぬ。


 王政も復活が完全でない状態で、勇者を勢いで追い、そして、自分は何も出来なかった。


 何も出来ない。何もなせていない。そして、これからも出来ない。


 後ろに居るはずの兵も、疲弊しきっていて、立てる状態じゃない。


 誰に助けを求めても、自分は生き残れない。


 悔しい。何も出来なかった。悲しい。勇者に会えなかった。


 自分はここで死ぬ。異形のモノに命を奪われる。


 けど、このまま終わるだけなんて嫌だ。せめて、せめて一太刀でも、異形のモノに浴びせてから。


 震える足腰で構える剣は、しかし、安定していない。


 異界の武器であろうと、それでは、異形のモノを斬れるとは思えない。


 そして、剣を上段に構えることさえ叶わず、引きずるように、ただ歩く。


 異形のモノに向かって、ただ歩く。


「お父様……ごめんなさい」


 瞬間、異形のモノの1匹の頭が吹き飛び、そして、1匹が縦に両断される。


 泥まみれになったレイモンドが、そこに居る。


 縦穴を登り降りする間に、体は泥まみれになっていた。


 そうして、全ての敵を狩り尽くし、最後に巣穴の入口自体を崩して、気配を辿ってきたのだ。


 残りの異形のモノを倒すために。


 異形のモノが振り向き、その腕を唸らせてレイモンドに振るう。しかし、レイモンドは一歩前に出て腕の根本を軽々と斬る。


 腕を切られて狼狽する異形のモノ。そして、寸前まで迫るレイモンド。


 ルナ達が苦戦していた異形のモノの首を、まるで線を引くかの様にあっさりと斬り落とす。


 顔はショールで隠したままだが、体中泥まみれで、勇者としての姿としてはどうかと思われるだろう。


 だが、ルナはへたり込んで、その姿をみて神々しく感じた。


「えっと……」


 ルナに大丈夫か問おうと思ったが、ルナの目を見て、やめた。


 妙な既視感が、逃げろと叫んでいる。


 どこかで見た目だ、と既視感が叫んでいる。


「それじゃ、これで」


 そして、レイモンドは残りの気配を探しに、森の中へと走り去った。












 ラースニアの食堂で働くシュリアは、妙にそわそわしていた。


 なんとなく、嫌な予感だ。


 ミスやトラブルとかはない。そして、外面には出さない。しかし、同僚には悟られてしまっている。


「夫がなかなか戻ってこないって、なんとなく不安だよね」


 とか言われたりしているわけだ。


 同僚でも結婚して、夫が出稼ぎにでかけてる者もいる。


「レイ君は大丈夫だよ。リリちゃんを大事にしすぎて、他の誰も目に入ってない感じだったしね」


 シュリアが「そうなの?」と聞くと「すっごい妹思いだから、奥さん連れて帰ってきたッて聞いた時はみんなびっくりだったよ」と同僚が答え、そして「リリちゃんに似てたから、妙に納得しちゃた」と言われた。


 ちょっと複雑な感じである。


 自分が好かれたのが、リリに似てるからなのかと。


 ただ、自分の過去を全部吐露し、その上で受け入れてくれたレイモンドを信じると決めていた。


 しかし、妙な嫌な予感がつきまとう。


 なんか忘れてる気がしていた。


 シュリアがレイモンドを利用する相手としてしか思っていない時に、レイモンドに憧れた少女等、記憶に僅かしか残っていない。そして、思い返しても出てこない。


 まさか、自分が居ない時に積極的にアプローチされてるなどと、思いもしていない。


 まさに、女の勘。


 妙にもやもやしてて、シュリアはどうにも居心地が悪い。


 ちょっとしたピリピリ感だが、リリにも勘付かれたらしく心配される。


 自分を卑下し、自己嫌悪に陥りやすい性格。それに、あの体で常に自分は人じゃないと思い続けているレイモンドは、恐らくは他人を安々と受け入れはしない。また、他人の心にも自分からは立ち入らない。


 大丈夫だろうと思いながらも、心配だった。


 そして周りからは、夫が帰ってこないから不安がってる。と思われている。


 レイモンドの誠実さは、村のみんなが知っている。


 そして、結構美人が多いと言われてるラースニアの村の、誰がアプローチしてもなびくことは無かった。積極的にアプローチした女性もいたらしいが、からかわれてると思ったレイモンドは逃げまわったらしい。


 だから、妻を連れて帰ってきたという噂は、すぐに広まった。そして、どんな娘を連れ帰ってきたんだと、注目を集めた。しかし、遠くから見ても、リリと見間違えられてシュリアの存在は薄かった。


 食堂で仕事をするようになってから、シュリアは知名度をあげた。


 姉妹のようではあるが、確かに違う二人。レイモンドが選んだだけあるとかまで言われる。


 シュリアがイライラして戦々恐々なのは、女主人だ。


 得体の知れない強さを持っているかもしれない相手がイライラしている。


 同僚達は出稼ぎの夫を持った同士的に話しているが、女主人はそうもいかない。


 時たまいなくなり、そして、地中に隠れていただろう異形のモノの残りが滅殺される。


 そしていつの間にか仕事に戻っている。


 女主人はシュリアが関係していると思うも、決定的な証拠もなく、また、それを公にしても利がない。


 最強のウェイトレス等というのは、食堂の宣伝文句にならない。


 ただ、興味が尽きないだけなのだ。


 しかし関係しているのは事実だと思っている。それで、シュリアには少し多めの給金にしている。


 リリや他のウェイトレスよりも、少し多め。これは、村の実力者の一人である女主人の勝手な想像。


 村をもし守ってくれているのなら、少しでも報いたいという心付けだった。


 リリとシュリアに渡される給金は、同じ袋に一緒に入れて渡される。だから、どちらが多いというのはわからないだろう。しかし、少しでもという感じだ。


 さすがのシュリアもソレには気づいていない。ただ、女主人に勘付かれている気はしている。


 暗殺業の時は、懸念があれば消す。しかし、今はそれはしないと決めている。


 僅かでも暗殺の支障になることが懸念されることがあれば、全て消していた。


 この村でそんなことをすれば、レイモンドに嫌われる。だから、絶対にしないと決めていた。


 だから、移動は気づかれない場所から全力、倒すのも全力、そして、戻るのも全力である。


 異形のモノでさえ、シュリアを認識出来ていないだろう。


 人を襲おうとしたら、自分の首が吹っ飛んでいる。そして、敵は既に居ない。


 ラースニアの村の近くは、いまだにまだ異形のモノの残りが出る。しかし、被害者は居ない。


 すべて、シュリアが片付けている。


 ファリスが見たら、シュリアこそ勇者かもしれない。


 泥臭く敵と対峙し、そして倒す姿は勇者らしい。だが、シュリアの戦い方は異形のモノに認識さえさせない。一迅んの風が薙ぐかの様に異形のモノが死ぬ。被害者になりそうだった者たちは、自分達が生きてる事を不思議がり、その場から逃げる。


 勇者の伝説は、勇者の姿があってこそ起こる。しかし、ラースニアには勇者の噂はない。


 ただ、異形のモノはラースニアの風にあたると死ぬという、不思議な噂が湧く。


 人を守り、人のために吹く、神風。


 レイモンドは勇者、そして、シュリアは神風とされていた。


 そして誰も思わないだろう、その風が食堂でイライラしているとは。


 迷子になるからとレイモンドがファリスと手を繋いでいたり、服にしがみつかれている事をシュリアは知らない。もちろん、王都にまで感覚を伸ばせるわけはない。


 ニアスの時でさえ、レイモンドを心配して頑張って認識を伸ばしていたのだ。


 今はそれ以上に遠くに居る。だから、わからない。


 妙に不安になったり、イライラしたりと、自分が自分で制御出来なくて不機嫌になる。


 独身の同僚が「夫が居るのも大変なのね」と言ってくると苦笑している。


 独り身の時は誰かと一緒に居たかった。しかし、自分がこうもイライラするとは思っても居なかった。


 そして、たまに出る異形のモノを倒すことは、ある意味ストレスの発散である。


 異形のモノにしてみれば、たまったものではない。


 異形のモノに襲われる人にとっては助け舟ではあるが、それも一瞬。


 自分が死ぬと思ったら、相手が既に死んでいる。


 周りに数匹居たとしても、神風は全ての敵を倒し、止んでいる。


 異形のモノで、蟻型ならシュリアの敵にはならない。レイモンドが戦い、殆どの攻撃をシュリアに見せたからもある。だから、攻撃の仕方や、硬い部分、柔らかい部分等は熟知している。


 他のが来た時に、シュリアは自分の姿が目撃されるだろうと予想していた。


 それ故、いつも持っているカバンに、変装用の服を入れてある。


 ウェイトレスの姿に似せてはあるが、戦闘に支障がないように改良してある服だ。


 誰かに荷物を見られた際にウェイトレスの服とごまかせるようにと、戦闘を見られた時に、ウェイトレスと違うと思われるようにの2通りの考え。


 持っている布を染める色素で、すぐに色を変えられるようにしてある戦闘服は、今まで使ったことがない。だが、使うことがあれば、食堂の人たちには居ないことが解ってしまう。


 シュリアはなるべく今の生活を壊さないように、レイモンドが帰ってきた時に笑顔で迎えられるようにしたかった。


 しかし村の人達を守るという約束。それを絶対に破らない。


 シュリアは既に決意している。それは、シュリア自身も以前は持っていなかった気持だ。


 仕事で必ず相手を殺す。それとは違う、別の気持。


 温かい、優しい。けど、厳しく自分を制しないとならない気持。


 その気持が常にシュリアにある。が、イライラが収まらない。


 どんな拷問でも耐えぬく自信はある。しかし、このイライラはそれ以上だった。 


 村人の誰も知らない。神風が夫の帰りが遅いからとイライラしてる等とは。






 






 ルナは執務室で昼寝していた。


 政務官達はやる気を出しすぎて、ルナがやることが殆ど無い。


 政務官達の中で一番リーダーシップがある者を執務官補佐に任命した。


 自分が何かの理由で席を外していても、仕事に差し障りが無いようにだ。


 それが更に、ルナの仕事を奪った。


 ルナの確認が必要もない、しかし、執政官の承認が必要な書類は補佐が全て処理してしまう。


 執務官としてのルナが判断しなければならないような業務は、極僅かだ。


 領土間の諍い等で、戦争ではなく討論で決める場合に出向く等、執務官として出向く。


 そのくらいしか、やることが無くなってしまっている。


 今までは出向くことさえも出来ず、書類に埋もれていたのが嘘のようだ。


 そして、やることが無くなって、いつの間にか眠ってしまっていた。


「失礼します。ルナ様……」


 机につっぷして寝こけているルナを見て、どうしようかと困る補佐。


 流石に起こすしか無いと近寄るも、寝ている女性に近寄るのも、と遠慮してしまう。


 たいした用事でも無いのか、補佐は静かに部屋を退出した。


 そして、レイモンドは王宮から追い返された。


 ニアスからの荷物は、王様に届ければ良いと考えたレイモンドだったが、王も執政官も忙しいらしい。


 しばらくしてからもう一度、訪問するかと王宮を見上げる。


 ラースニアでは考えられないような、巨大な建物だ。


 硬い石を粘土で繋げた土台は、レイモンドであれば簡単に登れるだろう。そして、その上にそびえる建物もの、レイモンドの跳躍力ならば忍び込める。そして聖鎧を置いてさることは可能だ。しかし、それではニアスが命を賭けてまで運ぼうとした功績を伝えることが出来ない。


 ちゃんとした地位のある者に、ニアスの功績を伝えることが重要、と考えていた。


 それ故、一度追い返されたとしても、再度の訪問を考えているわけである。


 王宮から町の中心部に戻ると、人だかりが出来ている。


 気にはなるも、横を通り過ぎようとした時に、人だかりの中からファリスが飛び出してきた。


「レイ様ぁ」


 旅の時には動きやすさ優先の、見た限り貧しさが伺える服だったが今は違う。


 王都でレイモンドがファリスに買い与えた服を着ていて、それで注目を集めたらしい。


 ファリスもリリやシュリアに、負けず劣らずの美形だ。


 それで可愛い服を着ているものだから、人が集まってしまったんだろう。


「ど、どうしたの……?」


 状況が解ってないレイモンドは、人だかりを作っていた全員に睨まれる。


「えっと、妹がどうかしましたか……?」


 睨んでいた目が、一斉に媚を売る目に変わる。


 レイモンドには解った。リリと居た時に嫉妬心で見られていたあと、兄妹と解り、兄の懐柔を図ろうとしてきた連中の目だ、と。


 人間相手が一番めんどくさい。


 毎回思うことだった。


 妹と言われてファリスはふくれっ面をするも、しかし、状況が不利になるとレイモンドが困ると解ったか、言い方を「お兄ちゃん」に変えていた。


 シュリアに言われるとリリを思い出していたが、ファリスに言われると、そうでもない。それに、状況をなんとかしようとしてくれているのが解る。


「すいません。妹とはぐれてしまってまして……それで、妹は人見知りなので」


 そこまで言うと、早々に逃げ出した。


 行商人なら、妹の可愛さを手段と使い、物を売るというのもあるだろう。だが、単に親が居なくて兄妹で旅をしなければならない者ものいる。


 王都の人たちは、いろんな人をみているんだろ。それ以上は追っては来ない。


 レイモンドはそれほど可愛い服をファリスに買い与えたつもりはない。ただ、ファリスの趣味でその服にしただけだった。しかし、推してきた店員の趣味も有ったのだろう、人からの注目度は物凄かった。


 歩いているだけで注目される。


 レイモンドにとって、これ以上無い迷惑なのだが、それを言う訳にはいかない。


 溜息をつくレイモンドを見て、ファリスは不思議そうにしていた。






 ハッと目を覚ましたルナは、自分の机によだれが垂れていることで、だいぶ寝ていた事を自覚した。


 なんとか証拠を隠そうとするも、額に寝ていた後がしっかり残っている。


 暇になったら昼寝をしてしまう自分に落胆し、しかし、執政官として仕事をしなければとと気を持ち直し、執政官補佐を呼んだ。


「すまない。少し気が緩んで眠ってしまったようです。その間に何か有りましたか?」


 補佐は行商人らしき来訪が有ったことを伝えたが、ルナは追い返した事を聞いただけだった。


 レイモンドはニアスの名前を出していない。


 今、国の中心に居る者が、ニアスの立ち位置とどう関係しているかわからないからだ。 


 敵対していたのならば、ニアスの荷物はニアスを攻撃した者たちに渡ることになる。それは避けたい事態だ。そして、敵対していた者達と対峙するということは、ファリスを巻き込む事になる。


 レイモンドは、兵より託された王への荷物がある。とだけ言った。


 ルナにはそれが何か想像することは出来ず、また、執政官を担う自分をおびき出す手段であるかもしれないと危惧した。


 追い返した事自体は良しとし、その者を監視せよと命じた。


 補佐は命令を受諾し、そして、配下の者に命令を下す。


 しかし、普通の兵にレイモンドを監視することは、ほぼ不可能である。


 監視することは、レイモンドとファリスの両方に、簡単に気づかれる。


 例え王宮の一番高い窓からの監視でも、二人は気づくだろう。


 監視はバレバレとも知らず身を隠してレイモンド達を見張り始める。


 レイモンドは妹のリリと接するように、ファリスは敬愛する勇者に兄のように甘える。


 兄と妹にしか見えない二人だが、レイモンドはファリスが知られている事に焦っていた。


 巻き込みたくはないが、何か事が起こった際には、確実に巻き込まれる。


 しかし、現状として一緒にいるしかない。


 ほっとくとまた、人だかりが出来る。


 一人旅とかと思われれば、攫われるかも知れない。


 横で自分に寄り添ってくるファリスを見ながら、やはりいつも考える事を思っていた。


 人間相手が、一番めんどくさい。












 シュリアの感覚は、いや、女の勘はまた寒気を感じていた。


 レイのことだから、女性からアプローチされたら逃げまわるだろうなぁと思いながらも、やっかいな女に追い回されてたらどうしようと心配になる。


 一緒に行きたかったが、レイモンドは村の事を心配してシュリアに頼んだ。そんなレイモンドの頼みを断れるわけがない。


 シュリアが村に残ったおかげで、村の近くでの被害は全く無くなった。


 潜んでいた異形のモノもほとんど倒し、また、さまよい入ってくる異形のモノも倒している。


 ラースニアには神風が吹き、その神風は人を守って異形のモノを滅する、とまで噂になっている。


 その神風の主は、夫が女難に会ってないかを心配するウェイトレスだ。


 リリに心配させまいと元気にしてみせているが「やっぱり、お兄ちゃん居ないと寂しい?」と聞かせてしまっている。


 素直に「やっぱり一緒にいたいよね」と言うと、「だよね。お兄ちゃんなにしてるのかな」と言ってくれる。下手に言葉を選んだり、相手の顔色を伺ったりしなくて良いと感じると、シュリアも気が楽になる。


 レイモンドの家族と一緒にいると、本当に心が休まるのが感じる。


 自分を家族として迎え入れてくれた人たち。夫は自分の過去を全て知った上で、受け入れてくれた人。


 シュリアにとって、これ以上はないという幸福なのだが、レイモンドの強さは誰にとっても魅力だ。


 シュリアはレイモンドの強さも、そして優しさも知っている。しかし、その強さの話だけでも、うわさ話としては魅力的なのだ。


 勇者の噂は、ラースニアにまでも流れてくる。そして、他のウェイトレス達は、まるで恋をしてるかの様に勇者の話をする。下手にレイモンドがその話の人だなんて言えない。


 勇者の話には女性である場合もある。多分それはシュリアだろうが、それも言えない。


 食堂の女主人は、シュリアがそうかもと思ってる部分もあるが、勇者はあくまで少年。


 そういう噂が濃厚で、そして、ラースの近くで噂は無い。


 レイモンドが妙薬の洞窟で見せた姿を、口外する者もいないため、勇者かもしれないと思っても言わない人ばかりだ。


 隠し事というよりも、下手に話せないというのが本当のところだ。


 村を守った少年を、命がけで救った少年を、誰もが大事に思う。


 洞窟でレイモンドの姿を見た者は、シュリアもまた事情が有るのだろうと察している。


 だが、それを言うものは居ない。


 村の一員になったからには、守るべき家族の一人なのだと、誰もが思っている。


 そういう風に考える人が多い村だから、レイモンドの父は、ここに落ち着いたのだ。


 そして父もまた、レイモンドから託された異界の武器を、神剣を持っている。


 だが、使う機会は来ない。


 普通の人間である父親は、異形のモノの気配を感じる事はない。


 被害があれば、そこに出向いて討伐なりするだろう。だが、気配を感じただけで吹く神風が、異形のモノを滅してしまう。


 それこそ、大量に現れでもすれば使う機会はあるだろう。だが、今のところは無い。


 剣を渡されはしたが、その剣の使いどころのなさに父親はもてあましていた。


 そして、なかなか帰ってこない息子。


 下手に孫の話をしたせいで、息子の嫁はその気になったが、肝心の息子が放浪するようになった。


 さすがにちょっと、自責の念を感じずにはいられない。


 拾い、育てた息子は、立派に人を守る騎士の心を持った男に成長した。


 そして、異形のモノの襲来にも自ら囮役を買って出て、そして、なんらかの力を得た。


 その力で洞窟に入り込んできた異形のモノから、自分達を救ってくれた。


 自慢できる息子だが、その事を口外してはならない。


 息子の嫁のシュリアにもなんらかの事情があるだろう。そこに立ち入る気はない。


 恐らくは、息子は異形のモノを倒す旅をし、シュリアは密かに村を守っている。そんな気がする。


 しかし、それも聞くことはないし、聞いたとろこで、礼をいうくらいしか出来ない。


 シュリアが家に来たことで、家は賑やかになった。


 リリも明るくなり、妻も家で幸せそうにしている。


 全てが、レイモンドのおかげだと思っている。


 騎士という地位を捨ててでも守った赤子のおかげで、今もこれほど幸せな暮らしが送れている。


 誇らしい気持と、しかし、騎士として戦いで逝った仲間達を思うと胸が痛い。


 騎士の地位を捨てるということは、戦いから逃げると言う事でもあると思っていた。


 しかし、この戦いからは逃げはしないと思っている。


 レイモンドが作ってくれた、この幸せを父として絶対に守る、と。






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