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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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焦り



 異形のモノを相手にすると圧倒的強さを発揮するレイモンドだが、女性を相手にするとからっきしだ。


 他の人には、ファリスを連れて逃げたとしか思われていない。


 しかしファリスの目は、戦いに向かうレイモンドの後ろ姿がはっきりと見えていた。


 そして、戦いの音。


 異形のモノが動く音は気持ちが悪い。しかし、それを瞬速で倒すレイモンドの動きの音は好きだった。


 音で感じる情景は、まさに勇者。


 命をかけて、自分達を守ってくれる、勇者。


 レイモンドは旅の後にシュリアと結婚したと、ちゃんと伝えた。


 しかし、憧れが溢れて恋心に変わったファリスには、そんなことはどうでもいい。


 目の前に好きな人が居る。


 命の危機を、何度も救ってくれた勇者様が居る。


 それが目の前に有る現実だった。


 そして、仕事もせずにずっとレイモンドの腕にベッタリとしがみついている。


 レイモンドにしてみれば、なるべくなら急ぎたい理由があった。


 ムカデ型をしばらく野放しにしたから巣を作って産卵してないか探し、卵があれば全て壊す。そして、蟻型の巣を駆逐する。そして、蛾型を撃ち落として倒す。という目的がある。


 産卵された卵からムカデ型の子供が生まれれば、駆除するのは時間がかかるだろう。


 しかし、今一番しなければならないのは、ファリスを腕から引き離すことだった。


 自分の力が人外なのは知っている。だから、力任せは出来ない。


 なんとか離れてもらおうと説得しても、一生離さないとか言われる。


 食堂のおばさんも困ったような顔をしているが、まんざらでもない。逆に妙にニヤニヤしてる。


 娘のようなファリスに相手が出来て、しかも、村を救った勇者となれば顔も緩む。


 困っているのはレイモンドだけだった。


 この状況をシュリアに見られたら、何をされるか解らない。


 冷や汗が流れる。


「だから、まだ危ないのがいるから、それをね……」


 説得しようとしても「危ないなら、行っちゃ嫌です」と更に強くしがみつかれる。


 実力は知っている。だが、だからこそ、自ら危険に飛び込む想い人を離したくない。


 レイモンドを見つめるファリスの瞳は潤んでいる。


 流石にここにシュリアが現れるとは思わないが、この状況はなんとかしたい。


「あの、ごめん。ホント、離して……」


 ファリスの潤んでいた目が、涙目になる。


 無理やり引き離すと、怪我をさせそうで出来ない。


 流石に困ってるのを見かねたのが、おばさんがファリスに諭してくれた。


「離してやんな。勇者様もやることがあるんだから」


 言われても、なかなか離してくれない。しかし、しばらくすると必至に何かを我慢するようにゆっくりと手を離してくれた。


 変な期待をもたせたことを、心底後悔した。


 あそこで、シュリアにちゃかしてもらっておけば、ともまで思ってしまう。


「あの娘は、あんたらに会ってから、いつも、あんたの話ばっかりなんだよ」


 おばさんが仕方なさそうに言う。


 レイモンドは期待に応えられない。


 勇者でもなんでもない、異形のモノと渡り合える力を持ってるだけの自分。


 戦いが無ければ、ただの農夫だ。


 戦う姿に憧れたなら、平和になれば憧れた姿は見ることは無くなる。


「それじゃあ、そろそろ行きます。お世話になりました」


 レイモンドはそう言うと、バックパックから出しておいた妙薬の残りをおばさんに渡し、店を出た。


 ファリスは泣きだしていた。


 振り向けない。


 自分に向けられたそういう思いには、応えられない。


 店を出ると、まだ兵士達が勇者を探しまわっている。


「おう、もう出発か?」


 兵士の中でも気さくな感じの男がレイモンドに声をかけた。


「あ、はい。妙薬も少しは売れたので」


 バックパックは軽い。しかし、背中は重い。


 気さくな兵士たちも、村人たちも、ファリスも守る。


「そうか、それじゃ……あれ?」


 兵士が一瞬目を離した瞬間、既にレイモンドは走り出していた。


 兵士はキョロキョロと見回し、不思議そうにしている。


 そのくらい、レイモンドの速度は速い。


 地面に足を刺さずとも出せる速度。


 だが、体が出す速度とは別に、頭のなかで地形を考えていた。


 ムカデが巣を作り、産卵していたとしたらどこだ。


 蟻型が増えていても、手を焼くだろう。だが、まだ卵かもしれないムカデ型を先に叩く。


 目の前から消えた少年を、兵士は少しいぶかしんだ。


「もしかして、あいつが……? いやいや……無いな……」


 兵士は、きょとんとしていた。


 いきなり目の前から消えた少年。


 勇者とも思えぬ、優しそうな少年。


 もしかして、勇者なのか? と。


 兵士は、顔を振り「そんなはずはないな」と否定した。


 誰もが憧れる勇者が、あんなありふれた少年のはずがない。


 異形のモノと死闘を繰り広げる勇者が、あんな優しい顔をしてるわけがない、と。


 そして、見つかるはずもない勇者の捜索は、朝まで続いた。


 すでに兵士は皆、くたくただ。道端で寝てる者まで居る。


 それを山林の高台から見下ろしてるレイモンド。


 予想したよりも早くムカデの巣は見つかり、そして、卵を潰すことが出来た。


 まだ生まれて来ていない命だが、心を鬼にして潰した。


 ムカデ型は五匹いた。つがい同士が湿地にあつまっていたとしたら、どこかにあと一匹。


 そして、巣は残り二箇所。既に三箇所の卵を潰していた。


 レイモンドは蟻型の巣から、一定距離離れた湿地を探していた。


 蟻型に狙われず、そして、じめじめしている場所。


 木々に覆われ、落ち葉で土が湿気ている場所だ。


 そういう場所を探して、巣を見つけ、潰す。


 ムカデ型はムカデと性質は同じらしい。あと三箇所と思っていたが、そのうち二箇所の卵は既に無い。


 孵化したのではなく、危険を察知した親が喰ったのだ。


 あと一箇所を潰し、そのあと蟻型の巣。そして、蛾型。


 レイモンドが気になるのは蛾型だ。姿を見せない。


 以前に蟻型の巣の近くでムカデ型と戦った時、上空を飛んでいた。


 あの大きさは鳥ではなく、異形のモノだ。そして、シュリアさえ昏倒しそうになった鱗粉。


「そういえば、ムカデは蛾を食べるんだったな……」


 天敵を排除してしまったのだろうかと、レイモンドは少し困った。


 困ったが、しかし、倒してしまったものは仕方ないと切り替える。


 蛾型も倒せば大丈夫、と勝手に考える。


 安直ではあるが、そのとおりだ。倒せれば、だが。


 蛾型を気にしながら、足元の気配をたどり続ける。そうやって巣を見つけていた。


 何箇所か怪しい場所もあったが、ハズレも多い。


 最後の一箇所がなかなか見つからない。


 ムカデは卵を自分の体で巻いて守るとかもあったなと、森で見た小さい昆虫のムカデを思い出す。


 森で暮らす人にとって、全ての虫は連鎖の中にある。


 どの虫が居なくなってもバランスが崩れ、天敵が居なくなった虫が大繁殖する。


 ムカデ型は居るとして、あと一匹。次は、蛾型か。


 山林といっても、丘程度だが山だ。そして、途中には街道がある。


 レイモンドが居る位置からは、下にある村が見える。そして、見上げれば街道に設置された検問。


 嫌な予感は当たるもの。


 レイモンドは、検問の様子を見に崖を登る。


 影を登る際に指をかけ、つま先をかけるといった動作も、妙に体に馴染む。


 嫌な感じだ。


 異形のモノの特性まで、体に出来てきているのかと思う。


 そして、僅かな時間で崖を登り切る。


 誰もいない。


 時間が時間でも、通る者は居る。だから、検問は常に行われているはずだ。


 だが、人が居ない。


 何度も検問を通り、幾つかの違いはあっても、大体の検問は同じ作りで、同じ人数。


 しかし、ここは同じ作りでも、人が居ないのだ。


 松明などは点けたまま、人だけが消えている。


 僅かに感じる人の気配は、宿舎の方に二人。他の人は何処に行ったのか。


 はやり、当たったのかとレイモンドは周囲を探る。


 シュリアほどではないが、何度もやっているので多少は感度は上がっている。


 探ろうとすれば、多少さぐれる程度までには。


 誰も異形のモノの餌食にならずに、逃げていてくれれば良いがと考える。


 そして、感じる無数の異形のモノの気配。だが、薄い。


 一匹は大きい。しかし、動かない。だが、その近くの無数にある気配。


 卵が孵化したのか。


 人の気配は遠い。そして、離れていっている。逃げきれたのかと安堵する。


 安堵はするも、バックパックをおろしてる余裕も、おろす場所もない。


 武器を抜き取ると、低く戦闘の姿勢に。


 宿舎代わりの小屋だろうか、そこから顔を出す、まだ黒くもなっていない孵化したての様なムカデ型。


 こういう時のレイモンドに慈悲はない。


 近くまで一気に近づき一閃。そして、素早く戻る。


 顔を両断され、僅かにのたうち死に絶えるムカデ型。そして、その後から大量に湧き出るように。


 何匹居るのか。卵を奪われたりしない人間世界では、卵が全て孵化するのか。


 孵化したての柔らかい表皮を、レイモンドの剣が切り裂いていく。


 この柔らかさなら、普通の武器でも対抗できるだろう。しかし、相手は異形のモノ。恐れをなして勝てないと決めつけて逃げ出せば、ムカデ型の有利だ。


 逃げ出す相手には有利でも、レイモンドを相手にしたムカデ型は不幸だった。


 何匹いようと、レイモンドに手応えも感じさせずに死んでいく。


 数として、あと二十三。レイモンドにはなぜか解った。


 剣だけでなく、足技やこぶしでも余裕で倒せる。普通の異形のモノと比べものにならない。


 次第に数は減り、十匹を切った時にそれは現れた。


 親だ。成虫のムカデ型。


 しかも、他の五匹と比べても大きい。


「ヒィィィっ」


「いやぁっ、来ないでっ」


 宿舎の屋根の方から悲鳴。


 兵士らしき男と、鎧を着た女性。


 その声に反応したのか、ムカデ型が宿舎の方を向く。


 自分を視界から外した敵。その瞬間、レイモンドはムカデ型の頭と同じ高さまで飛んでいた。


 強烈な回し蹴りが、ムカデの牙の片方を折る。


 痛みがあるのか、それとも攻撃された怒りか、ムカデ型がレイモンドに突進する。


 真っ直ぐだ。残った牙を向けつつ、口も開けている。


 飲み込む気かと感じたレイモンドは、ソレに応じた。


 足腰のバネを限界まで曲げ、そして、跳躍。


 口は獲物を飲み込むために有る。そして、口の中は、外皮よりは柔らかい。


 虫型の外皮は外からの衝撃を全体で吸収するかのように弧を描いている。だが、中からならば力が集中する場所は拡散せずに一点。


 巨大なだけに外皮も硬いだろうと予想したレイモンドは、口の中に敢えて飛び込んだ。


 そして、口の中から頭へと貫通したのだ。


 湾曲し外からの攻撃を拡散する形になっている外皮は、外からの攻撃よりも中からの攻撃に弱い。


 親を失うも、その親の体をも食べようとする異形のムカデ型の子供。


 レイモンドは淡々と、それらを全て殺した。


 速度があったためか、バックパックは無事だ。そして、服も。


 貫通した際に多少消化液に触れたのか、腕の辺りだけが溶けている。


「勇者殿!!」


 気にすることもないと立ち去ろうとするレイモンドに、背後から声がかけられる。


 女性の声だった。鎧を着た女性の声だろうと思った。


 だがレイモンドは完全に無視して、その場を立ち去った。


 関わったら、絶対にめんどくさい。めんどくさいことになる。そう感じたからだ。


 この勘は当たる。絶対に当たる。今まで、散々な目にあってきた。


 そして、レイモンドは次の蛾型の探索へと向かった。


 そしてレイモンドは蛾型を見たあたりまで来ていた。


 ケイルアムよりも北に位置するマズラの端に位置する場所だ。


 ファリス達が住むケイルアムよりも遥か北に位置し、北の城ののある領地に近いマズラの海岸線近く。


 そこに、蛾型がいたはず。


 そして、蟻型の素も。


 まずは空だと、蛾型を探すも、レイモンドが見上げても鱗粉さえ感じない。


 やはりムカデ型なのか? とレイモンドは考えた。


 ムカデ型が森に、木に居るせいで、蛾型は木にとまれずにいた。


 今は退治してしまったために、どこかで羽を休めている。


 見つけて倒さなければ、今後何が起きるか解らない。


 ふと、レイモンドは一つの可能性を確かめて見ようと考えた。


 今の場所につくまでに随分と時間を使った。そして、今は夜になりかけている。


 昔、山林で休憩する際に、虫避けに焚き火をした。


 虫を避けるというよりは、虫が勝手に火に飛び込んで行って自分達のところには来ない。


 いろんな虫が飛び込んで行って、子供心にひどいなと思ったことがある。


 しかし、あの蛾型にも同じことが通じるだろうか。


 物は試し、やってみようとレイモンドは枯れ木を集め始めた。


 場所自体は間違えていないはずだ。


 この上空で見た。もし、移動していないのなら、この場所で見つけられるはずだ。


 伐採斧に使うにはもったいないが、異界の武器で枯れ木を薪にする。


 スパスパと切れて気分がいい。


 農夫に戻っても、これを使いたいなと思ってる自分に苦笑する。


 しかし、この切れ味もシュリアがあの石で磨いてくれたからだろう。


 ――絶対に帰らなきゃ。


 そういう気持が湧き上がってくる。


 そして、大量の薪を作り、着火。木の粉の上で木と木を勢い良くこすりつける。


 しばらく黒い煙だけだったが、火がでてそれが薪に燃え移る。


 こんな所で焚き火する者など居ないだろう。


 こんな所で、こんな大きな焚き火をする事も、普通は無い。


 まるでキャンプファイアーのような薪を何層にも組み上げて作った焚き火だ。


 うまくすれば、これで奴らをおびき出せる。


 レイモンドは焚き火の前でのんびりと構えていた。


 昔はこうしてると、虫が火の周りを飛んでたなとか思いながら。


 飛んでる。


 トンデモなくでかいのが、飛んでる。


 ブンブン飛んでる。


 高い位置を跳んでる時は大きさはわからなかったが、ばかでかい。


 羽の端から端までが人が数人手を広げた以上に有る。


 これはひどい。


 どう対処すべきなのか、常に飛んでる相手。


 レイモンドは珍しく後ずさりする。


 いや、後退は全体を見るため。


 そして、そしてだ。蛾型は、四匹集まった。


 その四匹が焚き火の周りをブンブン飛んでる。


 飛んでる鱗粉がそこら中に舞う。


 さすがのレイモンドも目を開けていられない。


 遠くからでも集まるようにと巨大に組んだ焚き火は、そして、その蛾型の羽が生む風で崩れた。


 崩れた瞬間に大きく燃え上がる炎。


 消える。まずい。


 レイモンドは次の作戦を考えようとした。


 今のうちに一匹でも斬れるか。


 しかし、その思考の真っ最中に、四匹とも焚き火にツッコんだ。


 鱗粉が燃えているのか、それとも蛾が燃えているのか、大炎上している。


「えー…………なにそれ…………」


 空を飛べないレイモンドは、空の異形のモノとの戦いで死闘を覚悟していた。


 木の頂点から頂点へのジャンプの途中の攻撃をいれる。そのくらいは出来たはず。


 だが、空中で姿勢を変えられる敵に対して、ジャンプで加速があるうちはいいが、降下中は無抵抗。


 その間に襲われたらと思うと、相当な負傷を覚悟していたのだ。


 しかし、蛾型は大型焚き火を炊いたら勝手に突っ込んで全滅した。


 もっと数が居たら、状況は違ったかもしれない。


 しかし、四匹とも一斉に崩れて燃え上がった火に飛び込み、更には薪の下敷きにまでなっている。


 今も目の前で燃えながら、もんどり打ってるのを見ると、偲びない。。


「……トドメさしてあげるべき?…………だよな…………」


 自問自答。そして、解答は「そうだよね」だった。


 苦しまない様に、一瞬で、一撃で。


 鱗粉で目が痛くなる程度なら、対して脅威にもならない。


 幼虫の時に森林が大量に食い荒らされるだろうが、幼虫の皮膚は成虫に比べて柔らかい。それはさっきのムカデ型でわかっていることだ。だから、普通の人でも駆除出来るだろう。でかいだけで。成虫になって飛び回って迷惑をかけたら、でかい焚き火を焚いておけば勝手に特攻する。


 でかくて怖いわりに、あっけない敵だ。


 空の敵というだけで、すさまじい脅威を感じていた自分が、ちょっと恥ずかしい。


 恥ずかしいというのを通り越して、レイモンドは自己嫌悪になっていた。


 飛べる飛べないってだけで、勝手に強敵と思って恥ずかしい。それがレイモンドの今だ。


「さてと、次は蟻型の巣か……」


 なんとなく、気が削がれた。


 それはそうだろう。強敵と思ってた敵が、勝手に焚き火に特攻して終わったのだ。


 重くなった腰を上げ、蟻型の巣に向かう。


 地面が柔らかくなってる場所から、既に要注意のはずだ。


 そして、少し進む。


 僅かに地面に緩みを感じるが、また別の緩みも感じる。


「えー……?」


 マズラの位置関係は、どちらかと言うと北の城に近い。


 ラースが人間世界の南側に位置しているとすると、マズラは北東にある。


 そして、マズラの北西には、北の城のある領地だ。


 氷に閉ざされた鉄壁の城とも言えるが、少しでも南下すれば氷は溶ける。


 溶けた氷は川となって大地を潤し、海に流れ込んでいく。


 そして、人間世界には、季節が有る。


 北の城がある場所は常に冬。これの理由は不明だが、常に雪が振り、風は全ての者を凍らせる。


 しかし、マズラを含めて他の場所は季節が有る。


 北の城から吹き出した雪や凍りが、マズラの北側や西側に溢れだし、そして川となって流れだす。


 そして、目の前に有ったはずの蟻型の巣は、思いっきり水没している。


 蟻型自体は水に浮くだろう。しかし、地中に居る蟻型が、水中呼吸できるとは思えない。


 ここに来るまでに蟻型にも出会わず、また、死骸もない。


 水中型の異形のモノの可能性も考えたが、川に沈んだ穴だ。しかも、近くまで行くと流れてきたであろう泥でふさがっている。


 見た感じでは、中まで泥で埋まっているだろう。足元がふわふわしてるのは、空洞を作って巣作りをしていたところに、この増水が起きたためか。


「俺、何しに来たの……?」


 レイモンドは、しゃがみこんで落ち込んでいた。




 レイモンドが落ち込んでいる頃、シュリアが残っているラースニアの村は、今日も平和だった。


 検問だの、探索だのの兵が来るも、みんな客だ。


 それ以前にも人通りが増えていたために、ますます活気のある村になっている。


 そして、やはり評判を呼ぶのは食堂だ。


 美人揃いという美人の主人が営業している食堂。


 もちろん、店員に手を出そうものなら追い出される。


 しかし、戦地ばかりで血みどろな所や、男所帯で行軍していた者達にとっては目の保養である。


 シュリアとリリは髪型を変え、少し控えめな印象にすることで先輩を一番人気に返り咲かせている。


 もちろん、気づかれるようなヘマはしない。


 色々な所で培った口車は健在。その口車で先輩に髪型のアドバイスをもらって、その上で地味にイメージチェンジしている。


 先輩からしてみれば、自分のアドバイスで後輩が「仕事がしやすくなりました」と喜び、更にはいつのまにか、自分が一番人気に返り咲いているという状態である。


 もちろんそこには、シュリアのアドバイスもある。アドバイスをもらう時に、気づかれない様に仕返しているのである。


 お互いに可愛くしあってるつもりなのだが、シュリア達は少し地味めな感じで。先輩は可愛さを前面にというわけだ。


 リリにおいては先輩も可愛さを認めていたが、幼く見られすぎるという事でシュリアが大人びた印象に変えた。もちろん、大人びたというのは建前で、地味におとなし目にだ。


 リリは可愛いと言われたり、素敵と言われるのは好きだった。しかし、それで嫌な目にあったこともある。男にもてはやされると、他の女性から嫉妬されるのだ。いじめになりそうなときは、常にレイモンドが守っていた。しかし、今は違う。


 いじめになりそうな可能性は、全てシュリアが潰している。そして、嫉妬されるような材料は全てベクトルを変えて他の方向へもっていっている。


 シュリアの話術の巧みさをなんとか見抜いてるのは、女主人くらいだろう。だが、その巧みさが店を円滑に営業させていることで、満足感を得ていた。


 最初はリリだけを雇うつもりだったのだ。


 単純に仕事ができなくとも、マスコット的な存在として。


 居るだけで客が見に来る。見に来た客は食事を頼む。


 そういう簡単な構図しか頭に無く、また、この小さい村で、それ以上の構図は必要無かった。


 しかし、客の増加とシュリアの就業で、状況は一変した。


 どんなに忙しくとも店の営業は滞ること無く、また、シュリアがリリや他の人のフォローをしっかりするので円滑なのである。


 そして他のウェイトレスも出来るが、シュリアの料理の腕は一流だった。


 何をやらせてもそつがない。


 リリをお飾りにしようと勧誘したら、いざとなれば厨房も出来るという、凄まじい人材をてにいれてしまったわけだ。


 そして、女主人はシュリアの別の一面も見ていた。


 客同士の喧嘩だ。


 普通の女性なら尻込みするところだが、普通に入り込んでいって収めている。


 場合によっては、軽く抑えこむ。


 相手が刃物を出しても、軽くいなして刃物自体を奪い取り、相手から鞘も奪うと収めて返す。


 にこやかに「喧嘩はだめですよぉ~」と言う感じだ。


 明らかに達人すぎる手際で、喧嘩していた者達もあっけにとられる。


 旅をしている時に刃物沙汰はたまにあったから、とか理由を話してはいるが、明らかにプロ。


 食堂ではプロが喧嘩をしかけられ、それを買ってるシーンもあったことから女主人の目は長けていた。


 シュリアは食堂で働くような女性ではなく、王都の騎士であってもおかしくない、と。


 実際には、王都の騎士も軽々と始末する様な暗殺者だったのだが、見方を変えれば騎士に見える。


 そんなシュリアがリリをフォローし、楽しそうに仕事をしている。


 仕事に来るときも、帰る時も一緒だ。


 誰が見ても、息子に来た嫁ではなく、もともとの姉妹に見える。それほど仲が良い。


 しかし、ラースニアの村にも、稀に危険が舞い落ちる。


 シュリアの様子が少しおかしいと感じた女主人は、休憩を取って外に出たシュリアの後を尾行した。


 それに気づかないシュリアではないが、それどころではない状況があったのだ。


 異形のモノ。それも、蟻型の生き残り。


 僅かには居るとレイモンドも思っていたが、それの気配だ。


 その気配の近くに、食堂で働く同僚が居る。


 店を出て人気がない場所まで行くと、シュリアは全力で走りだす。


 女主人は追いつこうにも必至で走っても、追いつくはずもない。


 シュリアの速度は、場合に因ってはレイモンドさえも凌駕する。


 そして、女主人は追いつくこと無く、その現場に出くわす。


 腰を抜かしてへたり込む配達のウェイトレスの目の前に倒れる、首が切り落とされた異形の蟻型。


 女主人が腰を抜かしたウェイトレスを抱えて店に戻ると、シュリアは何事も無かったかの様に働いている。


 状況として、そうとしか考えられない。しかし、信じられない。


 目の前で笑顔で接客してる小娘が、同僚の危機を遥か遠くで感じ取り、神速で向かって助けた等。


 騎士であっても不可能だろう。


 それからだ。女主人はシュリアに必要以上の興味を示し、しかし、行動できなくなった。


 全て見通されている。


 その感覚が、女主人の行動を抑制している。


 シュリアは危機だったのが同僚でなくても動いただろう。レイモンドとの約束だ。


 だが、ある意味では暗躍である。


 表立っては、可愛い妹とウェイトレスの仕事をしてるだけにしか見えない。しかし、その実、村の全てを守護している。


 異形のモノの残りはまだいるだろう。全てを駆逐したとおもっても、安心は出来ない。しかし、その全てをシュリアは把握し、そして、守っている。倒すべき相手がいれば倒し、守るべき人たちを守る。


 今は離れているレイモンドと同じ考えを共有することで、シュリアは満足していた。


 ただ、ファリスがレイモンドにくっついてる時に、僅かに悪寒を感じて、妙にイライラしていたくらいだ。


 超感覚でもなく、女の勘は距離をも超える……。







 王都への勇者発見の報告が入った。


 何度目の報告だろうと、ルナはいい加減「あ、そう」と返事をする程度になっている。


 勇者の報告例の書類は、軽く目を通すだけで、すぐにゴミ箱だ。


 士官からの勇者報告だけは、聞いて対応しないといけないのが面倒だった。


 賊を数人倒しただの、大岩を持ち上げたのだの、すばしっこくて女性士官の貴金属が盗まれただのと、枚挙に暇がない。


 どうせまた、ガセネタか噂か、トンデモ話だろう。


 書類の山をなんとか減らしつつ、やっと仕事を続けてくれる政務官を雇えたルナは、しかし、今までの苦労で疲弊していた。


「それで、今度は?」


 もう素で、やる気がなさそうなルナが、つまらなそうに聞いた。


「はい。現状入りました報告ではケイル領検問近くの探索で大型の異形のモノの大型一匹が出現。しかし、出現後に突如現れたた少年に瞬殺されたとのこと。また、検問でも大型一匹と小型無数のが現れるも、同じと思しき少年が討伐。そして、すぐに姿を消したとのことです」


 まさかの噂通りの勇者の行動に、ルナの手からペンが落ちる。


「え? 嘘……ほんとに居たんだ……」


 立ち上がってすぐに出かけようとするルナを、他の執務官補佐や政務官が止める。


「な、何よ。早くケイルに行かないと……」


 止めてる一人が「今から行っても、もう居ないかと」と言うと、ルナはようやく気づいたかのようにため息を付き「それもそうね……」とひとりごちた。


「勇者と思われる少年は捜索隊が追跡中です。なお、探索隊、検問の兵、共に異形のモノに襲われた中で死傷者無しとのことです」


 ルナは椅子に戻ると、執政官たる指令を出した。


「ケイル近くに居る神剣を持つ者を、ケイルの検問に移動させなさい。ケイルの検問を強化します。異形のモノの対策は、神剣所持者に一任。勇者追跡は継続し、絶対に王城へお連れしなさい。死傷者は居なくとも異形のモノとの戦いで心理的な傷を負った者がいれば、近くの領主の内勤への移動を依頼しなさい」


 一気に言うと、またため息。


 あの異形のモノを瞬殺。


 そして、騎士にも兵にも死傷者は無し。


 名も名乗らず、見返りも求めず、去っていくのも噂と同じ。


「いったい、どんな人なんだろう……」


 ルナの理想の男性像は父親だった。


 レヴィアスは騎士道を重んじ、自らの信じる道を進む、騎士として生きるために生まれたような男だった。歩むべき道を間違えた時、自らを鑑み確かな道を見出し、己の責任で進む。例え誰かと道を違えたとしても、お互いの道を尊重する。


 いつでも正しかった父親。


 いつでも目標だった父親。


 勇者はまるで、自分の父親と同じように騎士道を歩いてる。


 歳を重ね、経験を重ね、積み上げた大人ならいざしらず、勇者と呼ばれるのは少年。


 一体、何処の誰なのか。


 ルナはまるで恋する乙女のように、茫洋としてしまう。


「あの、申し訳ありません……ルナ様……ルナ様? ……ルナティアルグ様……?」


 覗きこまれてるのに気づいて、はっとする。


「どうかしたか?」


 気づくと書類の山が増えている。


「今から片付けるわ。ごめんなさいね」


 溜息をつく暇もなく、書類仕事を再開する。


 ルナは「いつか会えると良いな……」と思っていた。


 どういう意味で思ったのかは、誰もわからない。


 恐らくは、本人さえもわかっていない。


 そして、ルナ達は知らない。レイモンドは更なる戦いに向かったということを。


 空の敵と、地下の敵。


 空の敵は未知、地下の敵は強敵だろう。それにレイモンドが勝てるかは、レイモンドでさえもわからない。だからこその、絶対に帰るという気持をもって臨む。


 しかし、レイモンドを追う王軍の追跡隊は、それを知らない。


 追跡するレイモンドの先に、敵の大群が居ることを。


 その頃、ルナは暇になっいた。


 王政が完全復活したわけでもなければ、執政官の仕事を辞めたわけでもない。


 ただ、数人雇った政務官が、やたらに仕事が出来るのだ。


 無差別に山にされた書類を分別し、誰がすべき仕事かをちゃっちゃと分けてこなしていく。


 何人か同時に雇用したが、どうやら顔見知りだったらしく、得意分野もお互いに知っていた。


 それでルナの机の上から書類がどんどん減っていき、最後には数十枚の執政官にしか出来ない書類だけになった。


 そして、その書類も、政務官達がしっかりと資料をつけてくれる。


 どう判断すべきかも、数人が意見をくれ、ちゃんとルナが意志を通せるようにしてくれる。


 何故これほどの人材が、今まで埋もれていたのか。


 理由は簡単だ。政務官達がルナを信用した後に話してくれていた。


 王政下ではいくら学んでも、政務官になるどころか、その助役にも雇ってもらえない階級。


 反乱軍では下手に意見を言えば死刑。ヴィータスの好むことを発言するものだけが地位を得た。


 そんな政権交代を見てきて、いきなり第三勢力が王政復活だと言って、それを信用できるだろうか。


 ルナがヴィータスと同じような人物であれば、下手に政務官に志願することは自殺だ。


 それゆえ、知恵ある者たちは傍観に徹した。第三勢力が一体何を求めているのか、何を成したいのか、どういう存在なのかを。また、自分達が志願したとしても、王政復活を言う第三勢力であれば、階級が物を言い、雇用されないだろうとも思っていた。


 それを聞いたルナの反応で、さらに政務官達のルナへの好感度はあがったらしい。


 言った言葉が「それはそうよね」だったからだ。


 自分達の立ち位置を考えて動いたこと、第三勢力が信頼に値するか見定めたこと、前の王政での扱いが酷かったこと。これらの事を素直に言えば、普通は怒る。


 騎士の娘ならば、言うかもしれない。


 立ち位置を気にし国に尽くさないとは!


 王政を復活させる我ら上位騎士の血筋の言葉を疑うとは!


 王政での階級社会を否定するとは!


 しかし、ルナの答えは、どれでもなく同意だった。


 自分達が仕事が出来る人間というのを見せてから、真実を露呈したことも納得された。


 そしてルナに言われた言葉は「第三勢力を作った時点で、あなた達に居て欲しかったわ」だ。


 政務官達は苦笑いするしかない。臆病風に吹かれ、自身の保身を考えた結果だ。


 しかしその臆病風さえも、危機管理には必要。とルナに言われる。


「まず、何よりも自分を守りなさい。国はいつでも再建できます。あなた達が居れば今みたいに」


 そして、政務官達はルナに忠誠を誓い、さらに仕事に精を出し、そしてルナの仕事が減っていく。


 一日に数枚の書類に目を通し、数枚にハンコを押すだけの仕事になっている。


 もの凄く暇である。


「あー、勇者様に会いに行きたい……」


 誰にも聞かれないような小さな愚痴だ。


 あれ以来、勇者の情報は無い。


 ケイルでの目撃証言以降、全く話が無い。


 目撃者と実際に話をしたいが、勇者の顔や風体は目撃者しかわからない。


 似顔絵や、風体を伝えても本人かどうかわからないからだ。


 それゆえ、追跡は目撃者にやらせている。


 結果待ちでしか無いルナは、暇である。


「あー、もう、自分で行きたい……」


 誰にも聞かれてはならない言葉であった。







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