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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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決心と募る思い




 いつものような朝。


 レイモンドが一番先に起きている。


 異形のモノの襲来の前はねぼすけで、妹のリリに起こされるのも日課だった。


 しかし、体の異変が始まってからは、朝はすぐ起きれる様になっている。


 そういう部分でも、変化はあるのだろうか。


 しかし、レイモンド本人としては、爽快な朝が迎えられることが嬉しい。


 レイモンドの後ではあるがシュリアも起き、すぐに台所に向かった。


「すぐ、朝ごはんにするね」


 その言葉に「急がなくてもいいよ」と答え、ベッドに腰を下ろす。


 シュリアを置いて、蟻型の巣と、ムカデ型、そして蛾型を倒しに行く。


 その考えは変わっては居ない。しかし、言わないで行くと怒るだろう。


 もしかしたら、泣かせてしまうかもしれない。


 シュリアはそんなことで泣くはずもない。そう思ってはいたが、今のシュリアは昔とは違う。


 シュリアは言ってくれた「二人なら、大丈夫」と。


 あんなに優しい顔をするシュリアに、寂しい思いはさせたくない。


 今感じている気持ちは、シュリアを失いたくないという気持ち。守りたいと思う。


 一番守りたい存在は、少し前までは親やリリだった。今ももちろん大切でかけがえのない存在だ。しかし、レイモンドの中での一番はシュリアになっている。


 いつそう変わったのか、わからない。けど、守りたい。


 自分の家族と一緒にいる時の、あの笑顔を守りたい。


 レイモンドは決めた。


 一人で行こう。そして、倒して帰ってくる。


 どんなことをしても倒して、そして、どんなことがあっても帰ってくる。


 あの笑顔を見るために。


 そう決める。朝食が終わったら、シュリアに話そうと決めた。


 シュリアにももちろん、頼むことがある。


 ラースアムの村で見た地蜘蛛型。


 あんなのが、この村に来られても困る。


 地面の中を移動して、しかも、ラースニアとラースアムの距離でシュリアに察知されない巧妙さ。


 そんなのが来たら、この村はすぐに壊滅だろう。いや、次々に人が消え、しかし、気づかない。


 いつの間にか、両親やリリもいなくなっているかもしれない。


 そんなのは嫌だ。


 だから、戦わせたくはないが、戦えるシュリアに頼む。


 この村を守ってほしい、と。


 二人なら大丈夫。その意味は二人で1匹の敵に立ち向かうことかもしれない。しかし、村を守りながら外の敵を倒すなんてことは一人じゃ出来ない。それこそ、二人じゃないと出来ない。


 だから、頼むんだ。


 シュリアにそれを頼み、そして、約束する。絶対に帰ってくる、と。


 踏ん切りをつけて、自室を出る。


 既に家族もみんな起きて来ていた。


 レイモンドが座る場所には、いつもより大盛りな食事。


 朝からすごい量だなと思いながらも、手をつける。


 食事の間中も、リリはペンダントを何度も見ては喜んでいる。


 相当に気に入ってるんだなと感心する。


 自分じゃ、リリがあれほど喜ぶものを選べない。


 兄が買ってくれたものだから大事にする、程度の喜びだろうなと思う。


 それだけ自分の家族を思ってくれてるシュリアにも、感謝の気持ちでいっぱいになる。


 食事も終わり、片付けも済んだ頃にシュリアを自室に呼ぶ。


 自室に呼ぶ時に、親が妙ににこにこしてるのは、なにか誤解してるんだろう。


 そして、倒しに行く話をする。残って欲しいというのも伝えた。


 シュリアの開口一番は、予想と外れ「倒せるの?」だった。


 行く、行かないではなく、倒せるかどうか。


 正直、蛾型はわからない。だが、蟻の巣も狭ければ一匹ずつ、囲まれても前後だろう。なんとかなると思う。ムカデ型はまだ1度しか戦っていないから、それも未知数だ。しかし、4匹は倒した。


 倒せないことはないが、倒した後に調べたいことも有ると伝える。


 それは、どこから来たか、だ。


「来た道があるなら、それを潰さないといけない。そうでなければ、また次のが来る」


 その言葉に、シュリアは頷く。


 異形のモノの脅威は、お互い知っている。


 お互い、異形のモノを倒す力はある。だが、倒す力がない人が蹂躙されているのも見ている。


「行くと言い出すと思ってたわ」


 ラースで買った袋の一つから取り出したのは、バックパック。


 デザインが少し女性向きなのは、やはり買った店が店なだけに、だろうか。


 ラースの町では、男性用の物が売ってる店にシュリアは足を伸ばしていなかった。


「戦いになるまえに、どっかに隠してよね?結構高かったんだから」


 苦笑しながら受け取る。


 なんでもお見通しだ。


 行くと言い出すことも、残って欲しいと言い出すことも、全部見通されてる気がする。


「それにしても……これ、結局……持ってるのね……」


 聖鎧の入った箱。


 一体中身にどんな秘密があるのか、レイモンドにはわからない。


 シュリアは少しは聞いていた。


「それって、何かわかる?」


 レイモンドが聞くも、シュリアは困ったような顔。


 聞いちゃ不味かったかな?と思いつつも、どうしても興味が尽きない。


 レイモンドの顔と聖鎧の箱を交互に見てから、しばらくして仕方なさそうに溜息をつく。


 触るなという言葉だけでもレイモンドは約束を守ってくれるだろう。けど、ちゃんと危険性を教えたほうが良いと判断したようだ。


「んーとね。聖鎧とか龍鎧とか言われてるやつ……だとおもう。人を吸収しちゃうらしいんだよね。たまに、吸収しないでその人に力を与えるけど、数日で力を与えた人も、吸収しちゃうみたい」


 聞くだけでも、呆れる内容の聖鎧。


「それも異界からの流れ着いたものなの?異界って何してる世界なんだろうね……」


 シュリアも呆れ顔で「ほんとだよねー」と同意する。


「そりゃ触りたくないな。触らなくてよかったよ」


 レイモンドは苦笑しているが、シュリアは真面目な顔で「ほんとに絶対に触っちゃダメだからね」と念を押してきた。


「やだよ……レイが居なくなったら……あたし……」


 頭を撫でながら「大丈夫。触ったりしないよ」と慰める。


「人を吸収しちゃうって、それにしても、武器か何かとして使ってたのかな?危なっかしい……」


 箱を更に袋に入れて、下手に触らないようにしながらバックパックに入れる。


 必ず力を与えてくれるならまだしも、ただ吸収されるだけじゃ意味もない。


「それ、どうするの?」と聞かれ「王様に届けるんだってさ」と答える。


 ニアスが託された任務だ。ニアスは全うすることは出来なかった。しかし、放置は出来なかった。


 レイモンドが届けることで、ニアスの名誉が保たれるとは思えない。しかし、王が保管すれば、安全な場所にしまってもらえるだろうと言う考えがあった。


 まさか王が命じて、騎士達が命をかけて纏い、異形のモノの討伐に使ったなど思いもしない。


 ラースニアの村を救ったのも聖鎧を纏った老兵だ。しかし、レイモンドは行軍の功績と思っている。


 危険な武器と聞いて、与えた力というのには興味を惹かれたが、その後吸収されるなんてのはゴメンだと感じる。騎士や兵士ならば、命を賭してでもという場面で、使いたくもなるであろう。しかし、今のレイモンドは、必ず帰ってくると心に刻んでいる。


「そろそろ出かけてくる。海岸線を通って、あの巣のところまで行ってくるよ。今まで助けたところも、また被害に遭ってないか心配だしね」


 シュリアはレイモンドに抱きつくようにして「気をつけてね」と囁く。


 レイモンドは抱き返して「行ってきます」と言う。


 死地に赴くのではなく、勝って帰ってくる為に行く。


 レイモンドの「じゃあ、村は任せたよ」に「はーい」と答えるシュリア。


「けどなぁ~、あたしが戦って異形のモノを倒したら、みんなびっくりしちゃうかも」


 それはそうだろう。


 食堂の美人ウェイトレスが異形のモノを軽々と倒したら、前の襲来の時の騒ぎは何だったのかとなる。


 シュリアはリリよりも背が高く、スタイルが良い。


 それなりの年齢だろうけども、自分でも実年齢をしらない。


 グレッグ達に拾われてからは十三、四年くらいだろう。


 見た目と推測で言えば十七歳くらいの少女が、異形のモノを撃ち倒す。


 レイモンドが倒すよりも、その姿は人々の心に残る。


 それが、そのあとにどういう結果を生むかはわからない。


 怖がられるか、それとも、凄いと賞賛されるか。


「大丈夫。こことここでの生活は、あたしが守るよ」


 シュリアはニッコリと笑い、「だって、あたしの家で、村だもん」と言った。


 少なくとも、少女が倒したという事は近くの村や町でも噂になるだろう。そういう事態になることを予想しないシュリアとも思えず、何らかの対策をとって姿をごまかすだろう。


 レイモンドは何度も言っている、シュリアが一番好きな言葉を言った。


「ありがとう」


 シュリアは、笑顔でその言葉に答える。


「気をつけてね」


 寄り添われたレイモンドは、シュリアの肩を抱く。


 自分が一番愛おしいと感じる相手が、自分を気遣ってくれる。


 絶対に帰ってこなければと、再度、心に誓う。


 レイモンドは静かに立ち上がり、出発の準備を終える。


 両親に「出かけるのか?」と問われると頷き、その笑顔を刻みつける。


 そして、レイモンドは再び、一人で旅に出た。


 帰る場所を得て、死ぬ場所を求める旅ではなく、平和を持ち帰ると決めた旅に。






 王軍が噂に踊らされるようなことが有ってはならない。


 噂に躍らされるのではなく、異形のモノの対策が出来る人物が居るかどうかの調査というのが検問の名目だ。


 勇者という言葉は、検問でも探索でも、使ってはならないとされていた。


 そして、しかし、噂に有るような少年少女が、青年や女性が候補として捕獲されている。


 巻き込まれるのも面倒だし、また、理由もなく束縛もされたくはないと考えるのが普通。


 レイモンドはなるべく人目につかないように、検問にも探索にも見つからないように移動した。


 幾つもの検問を通り、いい加減、得られる情報は無いと判断した。もう検問を通る必要もない。


 探索でも、人間狩りでもしているのか、出会う前から殺気がほとばしっているような兵士ばかり。


 下手に顔を合わせようものなら、荷物を奪おうと襲って来かねない。


 検問が自分を探してるとは思っていないが、なにぶんにも他人との接触は避けたい。


 人付き合いが苦手なわけではないが、なるべくならば単独で目的地まで着きたいのだ。


 人違いで時間を取られても、面倒なだけだと思っている。


 そして、あの場所を他の人に知られたくはない。


 教えたからといって、誰かが近づくでもないだろう。だが、怖いもの見たさの者や、腕試しと異形のモノの強さを知らない腕自慢が居るかもしれない。人がもし、引き釣りこまれて死んでいるとして、ともすれば、その者が身につけていた金品を狙う輩も現れる。


 誰にも知られないうちに、誰も犠牲にならないうちに、駆除するに越したことはない。


 レイモンドは発見してから一度は見過ごし、放置してしまった事を悔やみ続けていた。


 そして空を舞う蛾型も、逃したムカデ型もだ。


 自分が安穏とした時間を過ごしている間に、被害者が出ていたとしたらと思うと心苦しい。


 ムカデ型を探知できずに、蟻型の巣に対処できずに、戻ってしまった自分が情けないとさえ思っている。


 しかし、今度は違う。


 全ての敵を倒す。その気持で来ている。


 そして、絶対に生きて帰る、と。


 ラースの領土から海岸線近くを通り、トラスやケイルと言った領土を通る。


 これは前に通った場所だ。


 一度異形のモノを退治した場所には、異形のモノの姿がない。


 虫は死んだ時に匂いを出すという。危険だという匂いだ。その匂いで、他の虫はその場から逃げ出す。


 逆もある。餌がある場所では匂いを出し、群れや同じ種類の虫を集める。


 危険な状態の時に仲間を呼ぶ種類もいるが、死んだ後の匂いのほうが強いのだろう。


 恐らくは死んだ異形のモノが出した匂いが、その周囲から他の異形のモノを逃げ出させたのだろう。


 だが、いつまで保つのか。


 レイモンドは王軍が、しっかり守ってくれるかどうかが不安だった。


 懐かしい村の近くまで来ると、流石に一休みと腰を下ろした。


 行商人が休憩している。そういった風体。


 しかし、あの少女はやはりレイモンドを見つけた様だ。


 走ってくる少女は、以前と同じくウェイトレス姿だ。元気に走ってくる。


「勇者様、おかえりなさい」


 苦笑いしながら「久しぶり…………勇者じゃないんだけどな……」と頭を撫でる。


 一休みのつもりが、やはり見つかってしまった。しかし、少女が妙に小声で言うのが気になった。


「あれから、物騒なのは来てない?」


 レイモンドの質問に首を振って答える。しかし、その顔は不安を含んでいる。


「勇者様、気をつけて……変なおじさんたちがね、勇者様を探してるの」


 少女は小声でレイモンドに伝えた。


 傍目には、行商に来た少年と久しぶりに会った少女が会話してる様に見えるだろう。


 しかし、レイモンドは少女の言葉に怯えが有ることに気づいた。


「勇者って……俺のことかな……?なら余計に勇者って呼ばないで欲しいんだけど……」


 少女はにこやかに頷く。だが、声には出さない。誰にも聞かれたく、勘付かれたくないようだ。


 まだ勇者呼ばわりされてるんだな、と苦笑いしか出来ない。


 自分では勇者なんかじゃないと思ってる。


「なんで、探してるのかな?」


 少女は首を振る。


 首を振って「怖い顔で探してるの」と言う。


 少女の言う「変なおじさんたち」が王軍だとは知らないレイモンドは、村が人に襲われているのかと勘違いした。野党の残党が仕返しに自分を探しているのかもしれない、と。


 守るために戦うべきか、それとも、何か他の手段があるか。


 レイモンドには戦うしか生きるすべを知らない。他の手段も講じられないことはないが、いつも戦っている。


「みつかっちゃだめ」


 意味がわからないレイモンドは、少女に制止され立ち上がろうとしたのを止め、その場に座り直す。


 少女が横に座ると、なんとなく雰囲気でバックパックを手にした。


 行商に来た振りが良いんだろうかと言う直感だ。


「どういう人達?」


 カバンを漁りながら、妙薬を2,3本取り出す。


「なんか、兵隊さん達。勇者様の噂をすごく熱心に聞いてくるの」


 少女が妙薬を買うお金など持っているはずもないが、瓶の蓋を開けて匂いを嗅がせる。


 少女はキツい匂いで嫌そうな顔になる。


 リリが初めて妙薬の匂いを嗅いだ時と同じみたいだと感じた。


「ほんとにそれ、お薬なの?」


 その言葉だけは大声だ。少女なりの演技なのだろう。


 レイモンドは苦笑しながら瓶に蓋をし直し「これ、あげるよ」と少女に2本渡した。


「噂を、か……なんだろう。検問でも妙にじろじろ見られたしな……」


 検問などは普通、危険人物を通さないために作られる。


 それがレイモンドの様な少年や少女を入念に調べ、大人はたいして調べず通す。


 もちろん野党等は取り締まるだろうが、そういう輩は検問自体を避けるだろう。


 自分を探すための検問だなどと思わないレイモンドは、何を軍が探しているか解らない。


 だいたい、反乱軍が一度国を没落させ、また王軍が盛り返した等も知らないのだ。


 噂で戦争が有った程度は聞いたが、勝ち負けや政権の所有の入れ替えなど知らない。


 知っていたとしても、興味はなかっただろう。


 レイモンドの興味は、家族の幸せと人々の平和、そして、異形のモノ。


 自分の行動が、勇者の噂として流れている事など、知る由もない。


「勇者様、なんて呼べば良いかな……勇者様って呼んだら、知られちゃう」


 小さいなりに気遣ってくれる少女に微笑みながら「レイでいいよ」と答える。


「じゃあ、レイ様ね。あたし、ファリスって言います。あの……えっと、前に名前を聞けなかったのが凄く……」


 妙に涙ぐむファリスをなだめようとするも、しかし、なだめる前に走っていく。


「おばちゃんに、レイ様が帰ってきてくれたって伝えてくる」


 レイモンドが止める前に、ファリスは走って行ってしまった。


 別にこの村にとどまるつもりはない。少しの休憩と、様子見が目的だった。


 蜘蛛型が巣を作った村。そして、その後、蟻型が大挙して押し寄せた村。


 虫が死んだ後に危険を知らせる匂いを出すとして異形のモノがそれに準じているのならば、それを感じて危険と判断したら逃げるだろう。しかし、蟻型は来た。縄張りを求めてか、もしくは、何か別の理由。


 大挙して来た蟻型は、全てレイモンドの手によって倒された。その後、シュリアは周りに気配無しと判断したから、この村を後にしたのだ。


 何らかの要因が異形のモノを惹きつけるなら、もしかしたらまた襲われてるかもしれない。


 そういう心配が、レイモンドの足をこの村に向けた。


 しかしファリスを見る限りは心配は杞憂に過ぎたようだが、異形のモノは居なくても、人間の脅威。


 妙な噂を嗅ぎまわる集団。兵士の姿をした集団が居る。


 本当に兵士や騎士ならば良いが、見た目で人を騙す連中かもしれない。


 素直に兵だからと、安心はできなかった。


 村の様子を見回していると、食堂のおばさんが手を振ってる。ファリスも一緒だ。


 苦笑しつつ、いちおう、数日は様子を見ようかとレイモンドは諦めた。


 わずか数日、しかし数日である。


 勇者とは呼ばれずにレイ様と呼ばれ、毎回、山盛りの食事を出される。


 そんなに大食漢ではないレイモンドには、なかなかのプレッシャーだった。


 出されたものは食べないと失礼になる。という教育のせいだろう。


 大量に食べて倒れた後の姿は、しかし、見回りに来た「変なおじさんたち」には勇者には見えない。


 食べ過ぎと胃もたれな状態で横になって唸っている。


 すぐに消化はしてしまうが、最初は本当に食べ過ぎで横になっていた。その姿を笑う兵士達を見て、やり過ごす方法の一つと思っていた。


「行商のあんちゃんは、勇者の噂しらねぇか?」


 唐突に声をかけられ「ふぇ?」と妙な声で答えてしまった。


「いや、苦しいならそのままでいいよ。ここのメシはうまいからなぁ。思わず食い過ぎちまう」


 兵士達は結構良い人柄な様だ。


「お世辞言っても、びた一文もまけないからね」


 厨房からおばさんの声が響くと、兵士達の笑い声はさらに大きくなった。


「んでさ、行商なら町から町だろ?特に薬とかの行商だ。戦いとかの噂とか詳しいだろ?なんか知らねぇか?」


 レイモンドの武器はバックパックの中。普通なら武器が入るような大きさには思えない。


 短剣くらいは入ってるだろうが、それも、野生動物から自衛するために使うくらいだ。


 服装も軽装だ。服の下には薄い胸当てなどをつけているが、外見からはわからない。


 わかったとしても、護身用程度にしか思われないだろう。


 異界の防具など、滅多に目にできないのだ。


「いやあ、行商と言っても薬を売ってるだけなので……」


 シュリアのように口が達者なら色々言えるんだろうが、レイモンドには無理だ。


 しかし、その口下手なところが兵士達を納得させた。


「そっか。すまんな。……しっかし、その歳で大変だなぁ。行商頑張れよ?」


 レイモンドは「ありがとうございます」と言いながら、壁に寄りかかった。


 ファリスやおばさんはレイモンドが勇者とバレなかったことに安心しているようだ。


 実際、自分が勇者とは思っていないが、勇者として扱われたらどうなるのだろうかと思う。


 この兵士達に連れて行かれ、何かされるのか。それとも、ここで戦う事になるのか。


 ここの人たちを戦いに巻き込みたくはない。


 そう思いながらも、戦うための準備は怠らない。しかし、戦うとすれば素手だ。


 人間相手に武器は使えない。そして、恐らく相手の武器は自分には通じない。


 武器で攻撃を受ければケガはするだろう。しかし、戦闘時の自分の反応速度は、兵士よりも速い。


 レイモンドは、直感的にそれを理解していた。


 しかし、妙に兵士が自分を見る目が、どこかで見たような目だなと感じる。


 なんだろうか、この既視感は、と。


 意識は兵士に気取られないように、しかし、兵士の視線と手元に。そして、耳は兵士達の会話に。


 それぞれ集中していた。満腹すぎて眠さが襲ってきているが、ここでしか聞けない情報があれば聞いておきたい。


 なんだか、王子様だのなんだのと言った言葉や、嫉妬のような言葉が聞こえてくる。


 一体何なんだと聞き耳を立てても、やはり下卑びた話題ばかり。


 さすがに王都からも町からも離れた村。人も少なければ話題も少ない。


 勇者探しと言うのは分かったが、探してどうするとか、探す目的を兵士達は話したりしない。それよりも金や女の話しばかりだ。


 レイモンドが通った町や村には、女遊びの様な事ができる場所もあった。しかし、ここにはない。男たちの視線は自然に村の女達や、ウェイトレスのファリスに向く。


 さすがにまだ幼さの残るファリスに手を出す手合は居ないが、ファリスが誰を好きかとか、そういう話題にもなったりする。


 そこで「あそこで食い過ぎで倒れてるにいちゃんらしいぞ」と聞こえてくる。


 実際、この村でファリスの年齢で恋愛対象になりそうなのは、レイモンドくらいだ。しかし、それを聞いたレイモンドは冷や汗をかいていた。


 前にシュリアと結婚してるかと聞かれ「それはない」と断言していた。そこに、その話である。


 来た時に「おかえりなさい」と言われたのも、ちょっと気になっていた。


 この村に居残ると思われていたらどうしよう、と。


 レイモンドは、うぬぼれだとは思うが、下手に勘違いされる前に村を出ようと思った。


 しかし、数時間後にその思いは断たれた。


 異形のモノが、襲来したのだ。


 あの巣からか、それとも、ムカデ型か。


 岩場で囲まれ、山林方向にしか出入りし易い道がない村。その山林方向での兵士の悲鳴。


 かすかな悲鳴。食堂の他の誰が、それを聞き取れただろう。


 しかし、レイモンドとファリスは聞いた。


 ファリスが入口を見た時、既にレイモンドは入口にいた。


 その動きはまるで風の様に、いつの間にか外へ。


 誰もレイモンドが動いたことに気づかない。


 誰もレイモンドが外に行ったことに気づかない。


 気づいたのは一人だけ。


 ファリスだけが、気づいていた。


 カバンを食堂の脇に置き、その際に武器を抜き取る。


 勇者探しがあるなら、顔くらいは隠さないとと布で顔を巻く。


 それだけだ。


 既に夜。


 夜の闇に紛れ襲ってくる、異形のモノ。


 レイモンドの一歩は、まるで飛ぶように疾い。そして、正確。


 音のした方へと飛んだレイモンドは、感じる気配に向かって一気に武器を振り下ろす。


 人間でも動物でもない、異形のモノの気配。


 襲われていた兵士は、直前に剣を折られていた。いや、噛み切られていた。そして、その体を噛み切られる寸前だった。


 ムカデ型は体が大きく、長い。そして、頭の位置を特定させない。


 レイモンドの一撃は腹にはあたったが、だが、致命傷にはなっていない。


 数人の兵士とムカデ型の間に着地したレイモンドは、次の瞬間にはムカデ型のアゴの下に潜り込んでいた。


 そして、そのこぶしが、思い切り殴りあげる。


 武器はしっかりとムカデのアゴを捕らえ、えぐっている。そして、殴りあげた時に、同時に飛び上がっていたレイモンドは体を回転させて敵を蹴り飛ばす。そのつま先は、敵の頭を貫いたはず。


 蹴った反動で自分もまた、逆方向へ飛ぶ。しかし、そこに有る木を蹴り、ムカデ型を追うように飛ぶ。


 気配は、まだある。致命傷には至っていない。


 しぶといと思いながら、全力で後を追う。


 ムカデ型はその数多くの足を使うことでレイモンドに反撃する。


 巻き付くかのようにレイモンドに襲いかかるも、しかし、巻き付こうとした先には既に居ない。


 圧倒的なレイモンドの速さ。そして、捕まえようとする行動は、止まるということ。つまり、攻撃のチャンスだ。そしてそのチャンスを逃がす事ははない。


 巻き付こうとする行動は、体を丸める。頭の位置はわかりやすく、そして、そこにとどめの一撃を入れる。


 人からは瞬間的な攻防に見えただろう。だが、幾つもの攻撃のやり取りが行われ、そして、レイモンドは勝利した。そして、息をつく暇もなく、レイモンドはその場を去る。


 兵たちがムカデ型の死体にたどり着いた時、既にレイモンドは居なかった。


 一旦は戻らないと疑われると思ったレイモンドは、素早く食堂の裏へ。


 バックパックは店の横だ。しかし、レイモンドが店の裏にまわった時に、ファリスがそれを持って待っていた。


「また、助けてくれたんですね……」


 バックパックを抱えたまま、レイモンドに抱きつくファリス。


 レイモンドはあたふたするだけで、どうすればいいかわからない。


 村の外から「勇者だ、勇者が出たぞ」と騒ぎ立てる声。そして、店の中に居ないレイモンド。


 まずいと感じながらも、抱きつかれて身動きが取れない。


 このままだと勇者にされると思いながら、なんとかファリスを引き離そうとする。


 店の中が騒がしくなり、そして、兵士が店の裏にまで見に来た。


「なんでぇ……ちゃっかり王子様してんじゃねぇか……」


 抱きつかれていたのがファリスを守っている様に見えたのか、兵士はそのまま他を見に行く。


「レイ様、大好きです……」


 レイモンドはあたふたと「え?いや、あの、ちょっと……」と手のやり場がない。


 こういう状況が一番苦手だった。


 「ごめん!俺はもう結婚したんだ」


 そういうとファリスは、一瞬きょとんとしながらも「それでも、好きです」と更にしがみついた。


 素直に言えば、諦めてもらえると思ったレイモンドは、さらにどうしたら良いか解らなくなった。














 第三勢力は、何人かの勇者候補を捕獲していた。


 捕獲である。


 一人旅をする少年は希にではあるが何人かは居る。


 事情持ちだ。


 それぞれの理由はあるが、大体が放浪か行商だ。


 家を追われた者もいれば、家や村が無くなり、一人旅をするはめになった者も居る。


 一人で旅をする上で、多少、戦いの腕があったとしても、多勢に無勢で勝てるほどではない。


 ましてや、異形のモノを相手にするなど、無理な少年ばかり。


 第三勢力が勇者を見つけるために作ったのは、検問だ。


 検問を抜けるためには、通行する理由をあらため、また、剣技や武術を持つ者ならば力量をはかる。


 勇者探しという名目は隠し、一人旅では危険かどうかを確かめるという理由。


 力不足という少年には、他の旅の集団に紹介し、目的地近くまで同行への便宜をはかったりもしている。勇者探しではあるが、一人旅をする者にとっては、願ってもない紹介所にもなっている。


 願ってもない紹介所ではあるにはあるのだが、ある程度の力量、技量を持ち、一人旅をする少年で異形のモノを倒せそうというのは、滅多に居ない。居ない者を探せと言われた部隊は持て余す。


 異形のモノを倒せる者自体が滅多に居ないのだから、当たり前といえば当たり前だ。


 しかし、いま世界は勇者を求めている。


 第三勢力も、力の象徴としての勇者を求めている。


 そんな中で、ある程度の技量を超えている少年たちは、捕獲対象であった。


 異形のモノの動きは重く、強い。だが、反応速度が高い者であれば、避けられないことはない。


 避けられないことはないが、それはあくまでも軽装の時だ。重装備では避ける事もままならない。


 小柄な少年。そして、機敏な動き。


 異形のモノを翻弄し、逃げることに専念した場合、生き残ることは可能かもしれない。


 そう考えるのが普通で、本当にこぶしで異形のモノを倒してる少年等、眉唾な存在。


 村人が逃げるだけの時間を稼ぎ、なおかつ、自らも逃げられる。それだけでも勇者として噂される。


 そういう少年たちは、勇者の候補として捕獲された。


 幾つかの場所で行われる検問には、それぞれルナの腹心達が指揮をとる。


 人間世界に教育機関は無いものの、上位騎士の子達は学者達のところに通い、学ぶ習慣があった。


 学ぶのは学問が一般的だが、戦いに必要なこと、騎士としての常識、その他もろもろだ。


 戦術なども学ぶことから、騎士としての地位をを拝命すると、部隊を任されることにもなる。


 ルナの腹心達は、同じ学者に学んだ者達が多かった。


 戦術の面でも、同じ学者から習った戦術を繰り広げれば、次の一手が解る。相手も同じ学者から学んでいた場合は、そこは、個人の力量差にもなるが、部隊の指揮官の理解度が深いほど、戦いは有利に運ぶ。


 戦術家や芸術家、果ては、音楽家。騎士としてもそうだが、名家の子として博学でなければというのもあった。それ故、ルナも腹心たちも様々なことに長けている。


 ルナの指示した配置は、森林や海岸線の探索は体力に長けたもの、そして、検問の指揮は見る目に長けたものというもので、配置的に行動は男性、検問等では女性が多く指揮をとっていた。


 それ故、なぜか捕獲された少年は、ある意味、指揮官の好みのも左右されている。


 強さ、敏捷さはそれなりだが、好みに合っても捕獲されている。


 検問をする他の騎士や兵も呆れ顔だが、しかし、力量を見切る能力は確か。


 捕獲と言っても逮捕や勾留ではなく、寵愛といった感じなので、度が過ぎなければ良いと感じてる者も多い。


 噂に過ぎず、実在するかどうかもわからない相手を探すための検問。


 そのくらいの自由度がなければ、やってられないだろうと思う者が多かった。


 レイモンドはいくつかの検問を素通りした。


 中性的なデザインのバックパックや、長物の武器も持たず、また、異界の武器はバックパックと背中の間のポケットに隠してある。


 女性向けのバックパックな事が幸いして、隠しポケットが多い。そこに異界の武器をしまい込めた。


 そしてバックパックを開けると、入っているのは大量の妙薬と食料と衣服。


 少年兵というよりも、ラースニアの村の妙薬の行商人だ。


 少しの間、村を留守にして旅をする。困っている人を助ける。


 レイモンドはガインにも旅立つことを伝えた。その時に、妙薬を大量に渡されたのだ。


「自分で使っても良い。誰かがケガをしていたら使っても良い。売っても良い。とにかく持っていけ」


 それだけの量になると金額も凄いことになる。そんなお金は持ってない。


 しかし、ガインは「毎日、目の保養させてもらってるからな」と笑い飛ばした。


 シュリアとリリのウェイトレス姿の事だろうが、妙薬がガインの厚意なのは間違いない。


 レイモンドの体の事を知らなければ、一人戦いに出かける少年にせめて傷を癒やす薬を渡したいというのがあったのだろう。


 レイモンドの強さを知らずに、自らの正義を信じて死地に向かう少年への手助け。


 それは傷を癒やすためではなく、正体を隠すために有効な物になっていた。


「行商か。大変だなぁ……」


 王軍の兵がレイモンドの荷物を見て言う。


 バックパックを見て同情してる顔をしてるのは、家族から稼いで来い、と持たされた様に見えるのだろうか。


 実際には妻に持たされた大事な自分のものだが、人から見れば家族から出稼ぎ用に押し付けられたようにも見えるだろう。


 苦笑しながら「生活かかってますから」とごまかす。そして、その中から1瓶とると「もし良かったら使ってください」と渡す。


 ラースニアの妙薬は、なかなか手に入りにくい。


 産地限定なのもあるが、産出量が少ないことも理由だし、みんなが欲しがる。


 値段がそれほど高価でもないことから、需要は高い。


 そんな薬を渡されたら、兵士としても相手を優遇してしまう。ある意味、賄賂だ。


 そして、そのまま検問を素通りしてしまうのだ。


 もちろん、捕獲して全ての妙薬を手に入れようとする兵士もいるだろう。


 検問自体が小さい規模だし、レイモンドなら組み敷く事も可能だ。実際にそれをすれば武術を嗜むものとして勇者候補にされ、追われる立場になる。しかし、逃げることは容易だった。


 また、検問自体を回避するのも容易い。


 街道に沿って作られる検問の近くの山林は、穴だらけだ。


 レイモンドであれば、普通に街道を行くよりも速いかもしれない。


 しかし、敢えて検問を通る必要がある場合もある。それは、情報収集だ。


「なにかあったんですか?」


 そう聞くだけで、兵士の顔色が変わったりする。時には話をしてくれる兵士もいたりするが、規律を守る兵士なら聞くことは出来ない。規律を守らない兵もいるが、役に立つような情報を得られることは少ない。また、検問で順番待ちをする人からも情報を得られる。


 あくまでも噂話なレベルの話でも、可能性があれば異形のモノを探す気だった。


 検問を抜けた先に異形のモノがいるのであれば、検問自体が封鎖されるだろう。


 だから、検問があり、そして、相互から人の往来があるのであれば、周囲は安全。


 その確認を得るために、わざわざ自分で検問を通ったりする。


 海岸線を通る事が普通だが、街道も行く。


 これは、先の旅でも同じ行程だった。


 一度通った道ならばこそ、異形のモノが居た場所も覚えている。


 レイモンドにとっては、検問だけが目新しい存在。


 軍が出てきてることで、町民や村民が守られていると感じて、嬉しさを感じる。


 異形のモノに対処できるかどうかは別としても、民間人を守る為に軍人がいる事に安心する。


 レイモンドは海岸沿いを防風林の中を通って進み、そして、村から村へ。


 覚えてる人も居れば、覚えていない人、知らない人ももちろん居る。


 そんな中を、旅人の様な風情で歩くと、自然に穏やかな気分になる。


 戦う敵を探してるというのに、目の前の人々の平穏が自分に穏やかさを与えてくれる。


 だが、海岸線自体にも探索部隊は居る。


 そうした者たちは、勇者探しにかこつけて悪事を働くものも居た。


 レイモンドは許せないと思いつつも、なるべく目立つ行動を控えて、そういった者たちを排除する。


 排除すると言っても殺しはしない。ただ、締めあげるだけだ。


 恨まれて上等。もちろん、追いかけてくるだろう。だが、レイモンドには追いつけず、見失う。


 戻ったとしても、いつまた、レイモンドが現れるか解らない。


 疑心暗鬼に怯えるようになれば、悪事も小さくなる。


 完全に厚生させることは無理でも、表立って悪事をしなくなれば、それでよかった。


 表立って悪事をさせてのさばらせることは、他の者にも影響を与える。


 悪さをしても誰も咎めないと勘違いしてく。それを自制させた。


 人とやりあう時のレイモンドは、力を抑えるのが難しい。


 異形のモノを相手にするならば、全力で力を出せる。しかし、人に力を使えば殺してしまう。


 殺さずに、相手の心を折る。一番レイモンドが苦手とするところだ。


 こんな時にシュリアが居てくれればとも思うが、それは考えないようにしていた。


 海岸線も、街道も、王軍が固めている。


 異形のモノを対しての警戒も、これならば安心だろうとレイモンドは勘違いしていた。


 異形のモノと戦うためでなく、レイモンドを捕まえるための部隊とも知らずに。


 そんなことはと知らず王都の執務室では、執政官としてルナが書類整理に奔走している。


 同期の者たちの多くを司令官として勇者捜索に出したが、しかし、それはごく一部だ。


 国の中枢を担う位置に一時的にも付くということは、極端に敵の数が増える事を意味していた。


 毎日、賄賂を持ち込むもの、策謀を抱いて近寄ろうとするもの、暗殺をしに来る者、果ては縁談まで、国政以外の様々な厄介事が舞い込んでくる。


 それを一人で処理をしろというのが間違いだ。


 王政が安定していた際は、上位騎士で学に優れた者達が担当していた。


 今の現状は、反乱軍でも、王政でもなく、また、第三勢力が国政を握っているわけでもない。


 誰も握っていない状態。


 ありえない話ではなく、第三勢力でさえ、王都と周辺しか完全な支配下にはおいていないのだ。


 国は領土ごとに独立を唱えるもの、また、反乱軍に与したことを隠しながら、王政に跪かないもの、様々だ。


 そういった状況で、人間世界をひとつの国としての管理など出来ようがない。


 反乱軍が支配していた状態では、領土ごとに勝手にやらせていただろう。しかし、戻さねばならない。


 王政で安定していた状態に。


 ルナは書類に埋もれる状態になっている。


 自分は旗印は引き受けたが、こんな状態になるとは、と思っている。


 旗印であるから、王が政権を取り戻し、王政が戻るまでは執政官として立ってくれ。


 そう言われた時に、指示する立場なだけだろうと思った。


 しかし、その結果がこれである。


 外に出ることもままならず、手伝いも同期の者たちに頼むしか無い。


 同期の者達も、政治経済に詳しい物は極わずか。


 雇った者達も、量の多さと、責任の所在の不安定さに辞めていく。


 国政を行い、統治を行う。これを学んだものの多くは、既に全ての領土が統合している前提だ。


 混乱し、統合していない領地同士のやりとりの交渉はできても、責任となれば話は別。


 経済を学んだ者も、反乱軍が通貨を変えた状況などは把握している。しかし、国政と統治がしっかりしていない状態で操作しろと言われても、出来るわけがない。それこそ、国ごとの交渉の様なレベルになっていく。


 一人の識者がやれと言われて出来るものではなかった。


 そして、全てがルナのところに流れこむ。


 ルナは強引にではあるが、なるべく統合と経済の安定を早めていく。


 強引で良い。自分は悪者になっても良いと考えている。


 父亡き後、家名を汚す行いはしまいと考えていたが、家名よりも国を第一に考えていた父を思う。


 そして、その父ならば、自分が悪と言われようとも同じ道を進んだだろうと信じている。


 だから、自分が責任を持つ。そう言っても、小心者達は自分が関わったと言われたくない。


 そして、雇っては逃げられ、雇っては逃げられと、イタチごっこだった。


 その間にも溜まっていく書類の山。


 簡単な問題もあれば、出向いて行って交渉しないと行けないレベルの高度な物もある。


 分別作業だけでも大変な状態で、ぐったりしながら仕事をしているような状態だ。


 たまに届く「勇者出現」の情報に一喜一憂するも、大体が偽物か、もしくは、勘違い。


 腕のたつ者が、兵士を数人倒した等でも、勇者出現と報告が入る始末だ。


「あー……勇者様ぁ……会ってみたいなぁ……」


 書類の山の机に突っ伏したルナは、騎士の娘に有るまじき愚痴を口走っていた。


 そして壁に耳あり、である。


 王城内はともかく、王都内にまで、噂が流れていた。


「第三勢力の旗印であるルナ殿は、勇者に恋をしている」


 誰が言い出したのか、ルナは自分でも執務室でつぶやいた言葉を覚えていない。


 誰かが勝手に捏造したと思い込んでいる。


 第三勢力という新しい王の勢力を率いる女性、そして、力の象徴の勇者。


 噂に飢えてる者達ならば、簡単に食いつく恋物語だ。


 噂は噂を呼び、王が放った最強の密偵である勇者は、いずれ上位騎士の娘であるルナと結ばれる。


 そういうシナリオまでが生まれている。


 一度噂になると、更に魅力的な噂でも無ければ、簡単には上書きは出来ない。


 王の血縁は既に殆どおらず、また、居ても遠い血縁で王とも疎遠。そうなれば、王に一番近しい「姫」はルナとなる。そして「王子」は勇者だ。


 王子と姫の恋物語。


 まだ出会ってない二人が出会うことが、国を再興させる一番の華。


 勝手な妄想は暴走し、誰も上書きができないレベルにまで発展している。


「どーすんのよ、これ……」


 ルナは素が出ていた。横から同期に脇をこづかれて、はっとする。


「不埒な噂をなんとかせよ」


 素を見た人に威厳は通らない。含み笑いされても、顔を真赤にするしか無い。


「なんとかしてきなさい!ただし、暴力は禁止します」


 その言葉で、ようやく兵は動くも、噂を止める力はない。


 噂の出処など知れたもの、同僚に決まっている。しかし、同僚をつつけば仕事を放棄され、またルナの仕事が増える。


 しばらくすれば、ケイルの北東にあるケイルアムで勇者が、レイモンドが戦ったことが報告されるだろう。だが、まだそれはルナの耳には入らない。


 もちろん、その勇者な王子様が、年下の女の子に抱きつかれてあたふたしてる等とは思いもしない。 








 




 








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