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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
30/48

帰路と岐路


 憂鬱だった。もの凄く、憂鬱だった。


 あまりの憂鬱さに、シュリアに体調の心配をされたほどだ。


 体調がおかしいとかはない。しかし、憂鬱さが凄い。


 家族に会う。家族の元に帰る。


 凄く嬉しい事だ。


 家に帰って、ただいまを言う。それだけのことが嬉しい。


 しかし、家族は家に居るだろうか。村に居るだろうか。


 村に、人は戻っているだろうか。


 それ以前に、村は無事だろうか。


 一度、異形のモノに襲われた村。


 恐ろしくて居られない人も多いだろう。


 そこに暮らし続ける事を、しているだろうか。


 行軍が村を過ぎ、南に向かったことは伝えた。


 洞窟の中にジグルさんが居たはずだ。だから、みんなを連れて逃げたかもしれない。


 村に戻ったにしても、安全が確保されているかどうか。


 ガインさんは、あの村の中で死んだ。


 自分が見捨てた事になっているかもしれない。


 自分が助かるために、ガインさんを見捨てたと思われても仕方ないとは思う。


 襲われた瞬間を見た。あの時にこの化け物の様な力を出せていれば、助けられただろう。


 けど、何も出来ずに逃げた。


 あの村には、異界の武器は無い。


 異界の武器がなければ、レイモンドの様な化け物でも無い限りは、異形のモノの相手にはならない。


 自分のことを化け物というレイモンド。


 自分を、化け物な自分を、そして、一度は出て行った自分を、迎えてくれるだろうか。


 戦いに身をおいている時は、考えなくてよかった。


 戦いに身をおいている時は、考える暇なんて無かった。


 異形のモノとの戦いで、いつか自分も死ぬと思っていた。


 自分が死ぬとしても、それまでに倒せるだけ倒そうと思っていた。


 自分の亡骸で敵をせき止めてでも、敵を食い止めようと思っていた。


 しかし、一歩一歩自分の村に向かっていくと、色々と考えてしまう。


 化け物の姿を見せ、最後に挨拶をした。


 返事は、聞いていない。


 言ってくれたかもしれない。けど、聞こえなかった。


 母さんなら、言ってくれただろう。


 父さんなら、背中を押してくれただろう。


 妹は、すがりついて泣いたかもしれない。


 だが、どれも聞く前に、される前に、その場を去った。


 最後に見た村の人たちは、自分の姿に怯えていた。


 迎え入れてくれるだろうか。


 村に人が居たとして、自分を知っていたとして、攻撃してきたらどうすればいいのか。


 考えれば考えるほど、憂鬱になってくる。


「ねえ、レイ? ほんとに大丈夫?」


 大丈夫とこたえても、やはり心配させてしまっている。


 あの甲殻が付いた状態を、村の人に見せてしまったことは言った。


 剣さえ効かない異形のモノ達を、村人の前で素手で倒した事も言った。


 だが、シュリアは「驚いただろうねー」と、あまり心配していない風だ。


 楽天的なのか、それとも、なにか知っているのか。


「そういえば、村の長の……グレッグさんだっけ。父さんの知り合いなんだっけ?」


 少しは、シュリアの村の事も聞いておきたいと思った。


 グレッグさんは父さんによろしくと言っていた。多分知り合いなんだろう。


「さあ? あたしは普段は誰とも話したりしなかったから」 


 これだけわがまま言い放題のシュリアが、そうなのか? という視線を送ると、感づかれた。


「人見知りなの」


 理由が、それか。


「人見知りでも、村長とは話したんでしょ? 俺が運び込まれた時は一緒に居たし……」

「あれは、あたしが一番強いから」


 理由が、ひどい。


「もし、起きて暴れたりするようなら、すぐ殺せるようにって、あたしが任されたの」


 これまたひどい理由だ。もうちょっとオブラートに包むように言って欲しいとも思う。


「俺を殺すために看病してくれてたんだ? なんか、おかしいね」


 苦笑する他ない。


「それで敵意が無かったから、殺されずにすんだのか……」


 うん、というシュリアの顔は、普通に見える。


 殺す、殺されるという言葉を使う感覚が、麻痺しているのだろうか。


 自分もまた、異形のモノとの戦いに慣れてしまっている。


 戦って倒す事に慣れている自分に気づく。


 本来は慣れてはならないことなのだろう。


 生き物同士は、生きるために殺し喰らうことはあっても、自分の愉悦の為に快楽の為にすることはならない。だが、異形のモノは人間を見れば襲う。そして、自分も異形のモノを見つければ戦う。


 当たり前になっている、当たり前ではいけないこと。 


 異形のモノも生きている。だが、戦うしか無い。


 シュリアは相手が人間だっただけだ。生きるために、生き残るために。


 そうしないと生きてこれなかったのだろう。


「ずっとさ、聞きたかったんだけど」


 なあに? と答えるシュリア。


「なんで最初、服の話をしたら聞いてくれなかったの?」


 全裸なら逃げられないでしょ? という、ある意味納得する答えが来た。


「まさか、シーツを体に巻いて出てくるとは思わなかったわ」


 何かを思い出してる顔だ。


 そして、その顔が赤らむ。


 ちらりとレイモンドの方を見るも、顔をそむける。


「えっと……?」


 レイモンドが疑問に思うも、すぐにシュリアはレイモンドに向き直って言い切った。


「しっかり、全部見ました! ええ、もうくまなく隅々まで!」


 そんなことは言わなくて良い。と思わず頭を抱えてしまった。


「言っておいた方がいいかなーって。あの甲羅みたいなのを調べるっていうのもあったけど、全部自然に剥がれちゃって、それで……えーっとね……体を拭いたり……」


 顔を赤らめて言われると、レイモンドまで恥ずかしくなる。


「いや、もういいから。勘弁してください……」


 やはり、誰かと会話していると、気が楽になる。


 会話の内容はともかく、誰かと一緒に要られるのが嬉しい。


 家族との再会は不安だが、シュリアが居てくれれば大丈夫だろうと思う。


 家族に怖がられても、忌み嫌われても、逃げられたとしても。


 もし、普通に迎えてくれたら、嬉しい。


 少しずつ、自分の育った村に近づいているのがわかる。


 遠くに見える見慣れた景色。


 誰かと話しながらだと、数時間でも、数日でも、短く感じる。


 一人で走り、戦っていた時は常に緊張。


 常に敵の気配を探り、常に命の危機を感じながらだった。


 だが、この穏やかな帰路。


 まるで、すべてが終わった後のようだ。


 すべてが終わり、平和が戻ったかのようにも感じる。


 だが、違う。


 心の何処かで、何かが叫んでいる。


 まだ、始まってもいない。


 まだ、戦いは続く。


 終わりは、まだ、始まっていない。


 自分の中の声に、自分が怯える。


 何が終わり、何が始まるのか。


 しかし、それは感覚でしか無い。


 自分がそう感じる。そう思っている。


 会話がなくなると、自分の中の何かが騒ぎ出す。


 レイモンドが黙ると、やはりシュリアが覗き込んでくる。


「助かるよ」


 頭を撫でられ、不思議そうにしている。


 一緒に居てくれるだけで、助かる。


 一人じゃないとわかるから。


「村が見えてきたけど、あそこがそうなのかな?」


 レイモンドも遠くに見える村が確認できた。


「うん、あそこがそう」


 そっかー、そっかーと妙にはしゃぎだすシュリアを見ていて、なんだかほっとする。


 ほっとする反面、少し焦りを感じだした。


 村人がいるかどうか。家族がいるかどうか。確かにそれは確認しないといけない。


 しかし、だ。しかし、どうするか。 


 一番の問題は、自分が化け物扱いされるとかもそうだが、これだろう。


 二番目は……いきなり妹似の嫁を連れて行ったら、なんて言われるだろう。


 こちらは、普通の少年らしい考えだった。


 そして目的地の無い旅路を終える。が……。


 うだうだと悩むレイモンドをシュリアはからかいながら、本当にどう挨拶するかを考えていた。


 シュリアとしては挨拶自体は簡単に口からいろいろ言える。



 だが今回は本心で無ければならない。


 本当の家族になるのだから、と。


 レイモンドもぐだぐだだが、シュリアも大概にぐだぐだであった。


 そして村に到着すると、レイモンドが唖然とした顔で立ちすくんだ。


「……え? ……なんでっ!?」

「おう! 帰ったか。おかえりぃ!」


 異形のモノの蟻型数匹にたかられ、死んだはずのガインがそこにいる。


「はっはっはっ! 幽霊でも見たような顔だな」


 ガインは呑気に酒を飲んでいた。


 昼間っから酒臭いのはいつもの事だったが、まず、生きてることが驚きだ。


 いつもの場所で、いつもの様に飲んでいる。


 洞窟の所有者であるガインは、いつもここで酒を飲みながら、雇ってる人たちを待っていたのだ。


 洞窟に有る、妙薬の素材を受け取るために。


 村の端に作られた作業場で苔は妙薬に生成される。だが、まずここでガインが受け取り賃金を払う。


 そのあと、作業場に運ばれるのだ。


 だから、そこはガインの指定席。


 幽霊か、幻覚か、それとも、自己嫌悪が見せている何かか。


「え? いや……だって、あの時……」


 確かに、肉の裂ける音。


 悲鳴や苦悶の声は聞こえなかったが、確実に蟻型にやられたと思っていた。


「ああ、あれなぁ……逃げまわってる時に、肥料屋のところで白い粉かぶっちまったんだけど、それのおかげか俺を襲わずにどっかいっちまったんだよ。囮にと背負ってた豚はもってかれたがな。はっはっはっ」

「なんだよ、それ」


 理由がさっぱりわからない。


 あの肉の裂ける音は豚肉ってことか。


 せめて生きてると教えてくれれば気が楽だったのにと、ため息をつく。


「あー、えー、んーんっと……」


 なんと言って良いか解らないレイモンド。喜んで良いか、謝るべきか、怒るべきか。


「難しく考えんな。なんとかなったんだ、良かったじゃねぇか」


 困惑するレイモンド背中をバンバン叩き、上機嫌なガイン。


 蟻型からすれば、豚肉よりこっちだろうと思わせる体だ。


「けど、蟻型にも苦手なのがあるんですかね……」


 レイモンドの一言に「なんだ? 俺が不味そうってか? …………って、あれ、蟻なのか? ふぅん」とガインは妙に納得してる。


 なるほどなるほどと言いながら、また酒を煽る。


「蟻なら、あの白い粉で逃げたのは納得だな。ほら、教えただろ。家の蟻避けに石灰撒いとけって」


 蟻と蟻型で苦手なものが共通なら納得だが、ご都合主義過ぎないか?


 いつも酒臭いガインなら、石灰の効果よりも、体に染み付いた酒の匂いで襲われそうだ。


 それとも妙薬の匂いも混じってるだろう。それがガインが食べる相手じゃないと錯覚させたのかもしれない。


 妙薬は傷に効く。しかし、その妙薬の匂いは強烈。匂いは扱ってる人みんなにうつっている。


「そういえば、なんだ。リリちゃんが迎えに行ったのか? あいかわらず兄妹仲がいいなぁ」


 ガインが横にいるシュリアを見て言う。


「あたしは妹じゃありませんよ。妻のシュリアです」


 満面の笑顔で答えるシュリアに、ガインが笑う。


 冗談がうまくなったな、と笑い飛ばしながら、また酒をあおる。


「そうだ、聞いたぞ。凄い活躍だったんだってな」


 背筋に冷たいものが走る。


 化け物になった姿はガインには見られていない。しかし、聞いたということは知られている。


 恐れられ、嫌われる。やはり、無理なのか。


「なんでもステゴロで奴らを倒したとかって聞いたぜ。見たことのない格好をしてて、みんなびっくりしたらしいな」


 ああ、うん。なんか納得した。


 確かに人間がいきなり化け物になるなんて、そっちの方が信じられないか。


 化け物になって戦う。


 全身が完全に甲殻で覆われていたとしても、それは鎧や装備と思われる。


 人が変わった姿だなんて思われない。


 人が変わると思うほうが、突飛なのか。


「あれから、王軍も度々来たり、なんか違う軍隊も来たりでな、村は大繁盛だよ」


 大繁盛? ということは、みんな居るのか?


「村は、みんなは、大丈夫なんですか?」


 レイモンドの質問に、ガインは難しい顔をした。


「大丈夫じゃねぇんだよ……。食いもんも酒もなんもかんも足りねぇ。金なんて貰っても腹の足しにならねぇ」


 聞きたいことは、そういうことじゃない。それに、酒なら飲んでるじゃないか。


「だから、みんなは……」


 ガインは「はぁ?」と言いながら、やはり笑う。


「洞窟行った連中はお前が助けただろうが。森や街道沿いに逃げた連中も戻ってきたぞ」


 ガインの即答。そして、安堵。


 よかった。本当によかった。あまりの安心に、涙がこぼれてきた。


「親父さん達は家に……って、もうリリちゃんと一緒だったな」


「ですから、妻ですって」


 ガインは完全にシュリアとリリを混同している。


 なにか、今から頭が痛い事が起きる気がする。


「とりあえず、帰ります」

「おう、じゃあな」


 そういといつもの調子のガイン。ほんとに無事だったのが凄い。


 蟻型に囲まれた時に言った「しかたねぇな」は、囮を使って逃げるってことだったんだろうか。


 それにしても、石灰で撃退出来るとは思わなかった。


 蟻型と戦う時に、次は石灰と、妙薬を投げつけてみよう。もしかしたら効果が有るかもしれない。


「この先がうちだ……よ? ……えっと、シュリアさん?」


 振り向くと、シュリアが凄く冷たい目をしている。


 えーと? と聞くと「なんでちゃんと紹介してくれないの?」と怒られた。


 そういうマナーには縁遠くて気づけなかった。ちゃんとしないといけないなと思う。


「ごめん、なんかそういうの慣れてなくて」


 今から親に合わせるんだから、ちゃんとしないと。


 家の前まで来ると、流石に緊張が高まる。


 本当に、家族は生きているのか。


 生きていたとして、自分を受け入れてくれるだろうか。


 父さんは自分を拾ったと言うことを言っていた。その拾った子供が化け物に変わったのだ。


 父さんならば、あれが鎧などではなく、自分の変化した姿だと気づいたかもしれない。


 緊張で、手が扉に届かない。


 手を動かそうとしても、体中が重くて動かない。


 敵を前にした時よりも、よっぽどキツい。


 なんとかこの緊張を解かなければ。


「こんにちはー」


 緊張を解こうとドアの前で頑張っていたのに、シュリアがすんなりとドアを開けて入った。


 緊張感がないのか……?


「あら? いらっしゃ……あら? リリ……じゃないわよね? いきなり成長だなんて…………」


 扉の向こう、家の中には懐かしい顔。


 母さんだ。生きて、無事でいる。


「レイ!? レイなの!? お父さん! おっきくなったリリがレイを連れて帰ってきたよ」


 不機嫌な顔で振り向いたシュリアが、「また間違われてるんですけど?」と言ってくる。


 家の奥から出てきたのは、父さんとリリ。


「あたし、ここにいるよ?」


 みんな無事だったんだ。


 嬉しい。こんな嬉しいことはない。本当によかった。


 シュリアは振り向く時には不機嫌な顔だったが、今はにこにこと笑顔だ。


 父さんも母さんもシュリアを見て驚いている。


 父さんと母さんの間には、本物のリリがいる。


「お兄ちゃん……お兄ちゃんだ!!」


 泣きながらリリが抱きついてくる。


 ただいまと言いながら、頭をなでる。


 今は危ない棘なんて手についてない。撫でてあげられる。


 そして、笑顔だが目が笑ってないシュリアがこっちを見ている。


 たぶん「さっさと紹介しろ」だろうなぁと察する。


 シュリアの事の説明が、とても難しい。


 結婚したというのはともかく、なぜ共に旅をし、結婚に至ったかを話すのは、どうしたものか。


 小声で、しかも、レイモンドくらいしか聞き取れないくらいの、ほんの小さい声で「結婚したくらいの紹介でも良いから言って。あとは、あたしが話をつくるから」と聞こえる。


 ほんとに人間離れしてるなと、感じる瞬間だ。


 シュリアの巧みな話術に頼りっきりだが、なんとか家族にシュリアを紹介すると、シュリアが勢い良く色々話し始めた。父さんと母さんは完全に圧倒されてる。


 リリはといえば、レイモンドに抱きついたままだ。


 リリとシュリアは歳と背丈こそ違うが、まるで姉妹の様に似ている。


 顔が似てるということで、声まで似ている。


 二人で外を歩いていたら、姉妹にしか見えないだろう。


 しかし、凄い。


 いつものシュリアからは想像も出来ない丁寧なしゃべり方で、しかも、話の組み立てが上手い。誰もがシュリアの前であれば聞き上手にされてしまうだろう。諜報活動等で培ったのか、驚くほど巧みに話を組み立てていく。そして、相手を飽きさせない。


 雰囲気もまるで違う。お嬢様とまでは行かないが「元騎士の息子の嫁」として申し分無い気品を漂わせつつ、元気な女性を演じている。


 演じてるとは思うのだが、実際いつも自分に見せてる姿も、本来の姿かわからない。


 誰にだって見せたくない面はあるし、詮索しても良いことはない。


 見せたいと思う姿を見せてくれれば、それで良い。


 みんなが助かっていて、ほんとに良かった。今はそれだけでじゅうぶんだ。


 凄く張っていた気が緩んでいくのが解る。


「レイの全部見ちゃいましたから」


 おもいっきり吹き出した。


「いきなり何の話をしているんだ」


 きょとんとしながら「え? 全裸のことだけど?」と平然と答えるシュリア。


 父さんは苦笑し、母さんとリリは赤面してる。


「少しは羞恥心を……」

「下着から服まで、全部あたしが縫ってるんですよ」


 シュリアはなぜか自慢げだ。


 確かにシュリアが居なければ、常にボロ布を体に巻いて旅をしていたかもしれない。


 しかし、普通の会話にそんなことを織り交ぜなくても。


 丁寧な話し方をしていたからと、油断していた。


 歓談は果てしなく続き、その間も精神は戦いよりもすり減ってる気がする。


 なにか変なことを言い出さないかと、不安で仕方がなかった。


 窓から外を見ると、村の家々に灯りがある。


 平和だ。この村を守れた。


 一時は離れてしまったが、戻ってくることが出来た。


 懐かしい村の姿に、思わずしんみりしてしまう。


「お兄ちゃん、一緒にお風呂はいろ?」


 リリの声だと思ったけど、なぜ両方の耳から聞こえるのか。


 右の腕にリリが、左の腕にシュリアが抱きついている。


「二人で入って来なさい……」


 いつの間に意気投合したのか、妙に仲が良い。


 たぶん、一緒にからかいに行こうとかで来たんだろう。


 見分けがつくだけマシ、と思ってしまったのが情けない。


 二人でまたハモって「はーい」と言いながら去っていく。


「男の顔つきになったな」


 父さんは苦笑しながら見ていたらしい。


「見てたなら助けてよ」


 父さんと二人で家の奥から聞こえるはしゃぎ声を聞くと、本当に昔に戻ったようだ。


 なんか一人多いけど。


「いい娘じゃないか。……リリに似すぎてるが」


 シュリアが話した中には、シュリアがリリに似ているから助けてくれたという内容も入っていた。しかし、結婚に至る部分では、シュリアが押しに押したという形になっている。


「お前は一人で戦っていると思っていたよ。一人はつらいからな……あの娘には感謝してもしきれん」


 元騎士だけあって、相手の動きをみればある程度の技量がわかるのだろう。


「父さんは俺の体の事、知ってたんだ?」


 しかし、父さんは首を振った。


「普通の子供だと思ってたよ。けど、お前が何者であろうと、俺の息子なのは変わらない」


 ありがとうと言うと、いつもの父さんの笑顔が返ってきた。


「俺の自慢の息子さ。大事な家族だ」


 カッコつけてそう言った後、小声で聞いてきた。


「孫の予定は?」


 赤面して絶句してしまっている肩に、父親の手が乗る。


「親になれ」


 冗談やからかいではなく、家族を持って命を全うする責任を持て。


 そう言われた気がする。






 第三勢力は、ルナを先頭に力をつけていく。


 反乱軍の一部ならば、既に瓦解させられるだろう戦力を持つ。


 これは、元王を支持する富裕層達のおかげもある。


 反乱軍の支配下の元、財産を没収され、家屋を荒された富裕層。


 しかし、反乱軍の知らない場所にも財産を貯めこんでいた者も多い。


 王政が復活すれば、また富裕層という位置に戻れるかもしれないという気持ちが第三勢力を支援させている。


 富裕層は恐らくは没落するであろう。


 世代が代われば、価値観も変わる。世界は変わっていく。


 王政のままでも、世界は変わり続けるだろう。


 変わらないのは王政という社会構造と、地位の形くらいだ。


 地位自体も変わり、変動していくだろう。


 富裕層は、自分達がなぜ富裕層なのかを知らない。


 家を継ぎ、家業を継いで来た世襲の者達がほどんだからだ。


 家業がそのまま、新しい世界で通用する場合もあるが、大体は変化していく。


 富と財産は流通するからこそ増える。だから、第三勢力に出資した分も帰ってくるはず。しかし、それはあくまでも商売での事。政治や支配権がかかった戦での支援は賭け事だ。


 稼ぐことを知らず、使うことだけを知っている今の富裕層には、恐らく未来は無い。例え第三勢力が勝とうと、王軍が勝とうと、富裕層に感謝はあれど、報酬は無いからだ。


 富裕層は第三勢力に金銭的な援助を行い、また自分達が元の場所に戻れると思い込んでいた。それには戦時中にしっかりとした位置取りを行い、自分達をアピールしなければならい。それは、勝利すれば良いが、負けた時には自らの首を締める事になる。


 富裕層は地位ではなく位置。一度失ったものを取り戻すために、どれだけの労力が必要なのかを知らない。


 だが、そんな世襲の富裕層達に、誰も助言はしない。


 自らの力で富裕層にまでのし上がった者たちは、危険な掛けには乗らない。安全を確保した上で、最小限の賭けをする。もちろん、勝利したとしても配当は少なく、賞賛もない。しかし、最小限でも助力したという結果さえ残せれば良いと考える。


 それゆえ、第三勢力の後ろ盾は名家と言われる世襲の富裕層達が多い。


 民衆には嫌われるだろう。だが、そう言った名家を立派な家柄と称する者たちもいる。


 全ての人たちが、同じものの見方をしているわけではないのだ。


 色々な人がいて、色々な考え方がある。そして、色々な生き方がある。


 第三勢力に属した者たちは、王政の復活を望んだ。


 しかし、王政と言っても今までの王政ではない。


 新しい王政。


 恐らくは反乱軍が行った改革の中でも、有益なものはあるだろう。


 王は理知的な人物だ。だから、反乱軍が行った行為だから全て悪いとはしないと思っている。


 反乱軍が行ったものでも、いいものは取り入れ、そして施行する。


 今までのほうが良かったと思えば、それを戻すだろう。


 そうして、より良い新しい王政が復活するはずだ、と。


 全ての第三勢力が反乱軍を目の敵にしているわけではない。


 もちろん、すべてが敵と思ってる者もいるが、それが全てではない。、


 王政に悪い部分があり、そこにつけこまれた。だから、それを改善していけば反乱軍に身をおいてる者も、味方になるだろうと考える者もいる。


 全てを、善悪だけの両極端に分けている者と、そうでない者。それらの思惑は絡みあう。


 第三勢力は王政で行われていた会合で全てを決めている。


 会合は必ずルナが仕切り、そして、進める。


 決定もルナが行う。


 問題があると感じれば、会合に参加している者ならば発言権はあり、そして、語り合う。


 王が民衆に期待した姿が、そこにある。


 だが、第三勢力は大きくなりすぎる可能性があった。


 ルナは思う。第三勢力がもし、王政を脅かす存在になった時、どうなるのだろうか、と。


 大きくなりすぎる前に、行動を起こさねばならない。


 小さすぎて反乱軍に捻り潰されないくらいには大きく、しかし、王政の脅かすほどの大きさにならないうちに。


 第三勢力は、王政を復活させるためのもの。


 決して、中央に立つべきものではないのだ。ルナはそう思っていた。


 そして、その頃も王都でのヴィータスの謳は、誰も注視しないテラスで謳われていた。


 誰も聞いていない。


 煩わしいとさえ思われている。


 雑音の様に扱われさえもいる。


 だが、ヴィータス自身は、それを知らない。


 皆が自分の謳う理想に、希望に、未来に聞き惚れていると思い込んでいる。


 誰ももう、ヴィータスの言葉に真実を見ることはない。


 反乱軍が鎮圧する暴動の数は増え、処刑される人々も増えている。


 すでに反乱軍も軍としての体を成していない。


 烏合の衆と言っても良いくらいに、内部的にバラバラだ。


 理想を掲げ未来を拓く為に起こされた反乱は、しかし、理想とはかけ離れた未来を呼ぶ。


 暴力が支配する世界だ。


 反乱軍が暴力で抑えこむのであれば、反乱軍に抵抗する者も暴力で対抗する。


 対抗しなければ、処刑が待っているのだ。


 命がけの抵抗。それが、暴力での対抗。


 第三勢力の噂も王都に流れ、その噂を消そうとする反乱軍をあざ笑う様に、話は大きくなる。 


 誰の口にも戸は建てられない。


 どんなに厳重にしても、噂は広まり続けていく。


 噂は噂を呼び、そして、事実が漏洩すると人々の懐疑心はますます深くなる。


 反乱軍が信用出来ない存在となり、ただ、王都を占領する暴徒ととさえ言われる。


 王都の人々はテラスを見るたびに、嫌な気分になる。


 暴徒の首領が、何をを謳うか、と。


 俺達の理想を奪っておいて。希望を奪っておいて。未来を奪っておいて。


 なにが、反乱軍だ。


 だれもが、口には出しはしないが、そう思う。


 既に軍としての体を成していない反乱軍だが、しかし、武力自体はある。


 武器も防具も豊富にあり、ましてや、一部の者は異界の武器を持つ。


 下手に逆らえば処刑。いや、処刑だけならまだいい。公の場で陵辱され、惨殺される。


 一思いに殺してくれと懇願しても、なぶり殺しになった者は多く、誰もが恐れている。


 組織だった野党と変わりない。


 反乱軍という仮面をかぶり、王を失脚させ、そして、王都を乗っ取った野党。


 誰もが力に従うしか無く、誰もが力への嫌悪を示す。


 しかし、まだ第三勢力は動かない。


 ルナ達の準備がまだなのか、それとも、機が熟していないと考えているからか。


 何処に居るともわからず、近くの町に拠点があるという噂も、もしかしたら反乱軍が流した嘘かもしれない。


 第三勢力を頼って逃げ出す者たちを、一掃するための罠。


 真実かもしれない。しかし、嘘で罠かもしれない。


 何もかもが信じられなくなった人々は、自らの殻に篭もる。


 殻に篭った人々には、何を言っても聞く耳を持たない。


 何かを聞いてしまえば、希望をもってしまうかもしれない。


 希望をもってしまったら、それを再び失う時の喪失感は、計り知れない。


 第三勢力があるという話も、反乱軍が作り上げた嘘かもしれない。


 不穏分子をあぶり出すための、嘘。


 その嘘に踊らされれば、待つのは死。


 ただの死ではない。最悪の死だ。


 誰もが望んでいた。


 誰でも良い。助けてくれ、と。





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