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継ぐ者  作者: 犬神弥太郎
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仮面と側面


 平和な村もあれば、荒んでいる村もある。


 異形のモノの襲来を感じ、村人が逃げた村に勝手に住み着く者たちだ。


 元は流れ者たちだろうそれらは、まるでもともとの住人の様に振るまい、しかし、悪行を行う。


 悪いうわさが流れ、人が来なくなれば、また村を捨てれば良いだけの事。


 そうして村を点々とし、誰もいない村を荒らしていく。


 その中では、誰かが残っている村もあるだろう。だが、少数であれば殺戮と強奪、陵辱が行われる。


 中には、流れ者達の仲間になるものも居る。


 人は誰もが純粋ではなく、世界に染まる。


 その世界は大きくも小さくも有り、そして、その人間を縛り付ける。


 世界に染まった人間は世界に縛られ、そして、自分が正しいと思う事で悪行であろうと成す。


 染まり縛られている事実に知らない者もいれば、染まり縛られている事に安心する者も居る。


 自分が何者なのかを誰かに決めて貰わねば、自分を失うからだ。


 そういう者たちは、陵辱されようが、踏みつけられようが、自分の居場所を求める。


 たとえそれが、流れ者達の中であろうと。


 そして、その村に訪れたのがレイモンドとシュリアだ。


 シュリアの第一声が「うわぁ……」であった。


 レイモンドはそれほどわからないが、シュリアは流石に気づいた。


 村人の全ての笑顔が作りものであることに。


 誰もが親切そうな顔をしている。


 誰もが優しそうな顔をしている。


 だが、レイモンドには僅かな違和感としてしかわからない。


 シュリアはげんなりした顔をしている。


 あからさまな作り笑顔の村人たちが、シュリアにとってはド素人に見えたのだろう。


 異形のモノの事を知り村を捨てた元の住人たちの中で、残ったものもいるだろう。だが、そういう者はこういう時は表に出ない。


 流れ者と気が合わないというのもあるが、流れ者達に囚われているという場合もある。


 レイモンドはというと、苦笑していた。


 シュリアはほんとに表情が豊かになったな、と。


 前であれば、こういう時は笑顔で村人と挨拶したりと外面に気を使っていただろう。


「レイ、解るよね? この村」


 ため息混じりに聞くそれは、流れ者の集まりだということだろう。


「まあね。さすがに雰囲気がおかしすぎる」


 周りを見回すと、誰もが二人のことを気にしている。


 どこの村に行っても、気にされる事自体は当たり前だ。大体の村が外からの人間がなんの用で来たのかを勘ぐるし、怖がりもする。商人風であれば違うだろうが、レイモンドとシュリアは明らかに違う。ましてや流れ者が村人の仮面を被った村。警戒して当たり前だろう。


 そして、警戒以上に殺気立ってる様なのまでいる。


「……こういうのも、守るんだよね?」


 げんなりしていた理由はそれかと思い、レイモンドはまた苦笑した。「ごめんな」と。


 そういう性格だと解っていても、流石のシュリアも聞かずにはいられなかったのだろう。


 流れ者でも、住む場所を奪われて流れてきただけの集団もあるだろう。


 それであれば、守っても良いと思った。しかし、村を点々とし、悪行を重ねている連中なら、そんな価値もないと思っている。価値がないどころか、ここで始末した方が後々他の村の為にもなるのではないかとまで思ってしまう。


 だが、それをしようとしてもレイモンドに止められるだろう。


「とりあえず、一通り見て回るか……」


 レイモンドはそう言うと歩き出す。


 何気ない歩き方だが、その歩き方を村人は注視している。


 歩き方で、身の運び方で技量を測っているのだろう。


 その時点でシュリアは、仮面を被った村人たちが野党の延長線上に居る連中と感じた。


 普通は表情や装備を見る。


 足運びなんて見て、本質を探ろうなんてのは早々居ない。


 野党にしても、それなりに腕の立つ連中だと看破している。


 レイモンドとシュリアは、普通の物音ではなく、別の音を気にしつつ村を歩く。


「なんか、軍とかの関係者とでも思われてるかな」


 村人たちは、普通の音もあまり出さず、静かに暮らしている様子を作っている。


 あまりに自然すぎて、逆に不自然だ。


「それっぽい感じ。普段通りですよーって感じを一生懸命に作ってるね」


 異形のモノの襲来の可能性が有る村で、自然な生活。


 レイモンドの様な旅の者が来たならば、周りの様子や、何故無事なのかを疑問視するはず。


 場合によっては、異形のモノの情報を聞きたがる者もいるはずだ。


 しかし、村人は「日常」を作っている。


 この村で行われていたであろう日常を作ることで、レイモンドやシュリアが通り過ぎるのを待つか、もしくは、襲う機会を狙っているか。はたまた、王軍や反乱軍の調査ではないかと疑っているか。


 日常が行われる中で溢れる不自然さ。


「一生懸命すぎて、バレバレすぎ……」


 シュリアにとっては面白いほどド素人な集団に見え、しかし、レイモンドはさして気にもしてない風だ。


「ねえ。レイ……この村、ほんと嫌なんだけど……」


 シュリアが、ほんとにげんなりしている。


「わかってる。ごめん。けど、なんとなく……んー、なんて言えばいいのかなぁ……」


 考え込みながら村中を歩きまわる。


 傍から見れば、少年兵達が村の調査に来た程度にしか見えないだろう。


 なにしろ異形のモノが襲ってくる世界で、たった二人での旅などありえないのだから。


「囚われてる人、ね……」


 はぁ……と溜息を付き、仕方なさそうに言うシュリア。


 前の態度なら「助けますか?」とか「頑張りましょう」とか言ってたのが、今ではこれだ。


「助けるのは良いんだけど。その後どうするの? 逃がす先なんて無いわよ」


 そう言いながら見回し、「ここの流れ者達を全員……」と言いかげて、はっとしてレイモンドを見る。


 困った顔のレイモンドは、フォローもしづらい感じだ。


 全部あからさまに話した事で、シュリアが続けただろう言葉も予想できたのだろう。


「中途半端も、結構便利なことがあるんだよ」


 よくわからない事を言いながら、レイモンドは捜索を続ける。


 中途半端とはどういう意味か、さすがにシュリアもわからない。


 自分を化け物というレイモンドは、異界の者らしい血を使った甲殻でも見せるつもりだろうか。


 どういうことか問い詰めようとするも、レイモンドは苦笑している。


 そして、二人は村の中央の近く、あからさまに怪しい倉庫の前についた。


「人を捕らえて、捕まえておくなら……ここかな?」

「でしょうね」


 シュリアも同意する。


 二人が倉庫を眺めるのを見てか、ようやく誰かが話しかけてきた。


「あの……なにか御用でしょうか」


 少年と少女と言えど、軍人となれば下手に手を出してこない。


 連絡が途絶え、軍に攻めこまれてはまずいからだ。


 だから、何事も無く引き取ってもらうのが、一番安全と考えるだろう。


 下手に金品を渡して買収しようとしても、少年兵であれば逆効果にもなりうる。


 大人であればある程度の下心が見えたりもするだろうが、純粋な正義感等というものを持っていたら、それだけで報告されてしまう。


 買収するだけの金品があるとわかれば、軍であれなんであれ、奪いに来るかもしれない。逃がすことは出来ず殺すことになる。そして、報告は途絶える。


 上手くごまかして、なんとかしようというのが普通だろう。


 作り物すぎる笑顔。それがシュリアには癪に障る。作り笑顔にしろ下手すぎるのだ。


「――いやね。この中から悲鳴がするんだよ」


 レイモンドは直球だ。


「は? そんなものは聞こえませんが……」


 男はごまかそうとしているのが解りやすい程解る。


「中を、あらためさせてもらうよ」


 軍でもなんでもない、ただの旅人のレイモンド。ただ強さを得て異形のモノと戦っているだけの少年。


 あらためる権限など無いが、相手は自分が軍関係者だと思ってるのを利用した。


 男は止めようとした。しかし、レイモンド軽くドアを殴る。


 ドアは金属で出来ており、蝶番も頑丈だ。恐らくは何か村の貴重品でも仕舞う場所なのだろう。


 軽く、と見えるのは動きだけで、扉を歪ませ開かせる威力。


 男は腰を抜かしたようにへたり込む。


「十二人」


 倉庫の中は明かりも何もなく、表から差し込む日差しも奥までは届かない。


 しかし、ドアが開いた直後にシュリアが言った人数は、正確に捕らわれた人の数を当てた。


「な、なんだ、お前ら……」


 異形のモノを軽々と殴り倒すレイモンドと、隠れていても離れていても把握するシュリア。


 その二人としては、このくらいの芸当はなんでもない。


 男は何処にしまっていたのか、刃物の様な飛び道具を二人に投げつけるが、二人共軽々と受け取る。


 避けるでもなく、まるで投げ渡されたかのように受け取る。


 桁違いな動体視力と運動神経。そして、先ほど見せたドアを殴り開ける力と、察知力。


 それを初めて見た人間にとって、人外の異形のモノ並みの脅威であろう。


 少年少女という姿も、また、恐怖を駆り立てる。


 巨躯を誇る戦士ならば可能かもしれない。しかし、少年。


 体を鍛えても、技量をもちいても、不可能な事を目の前で見て、男は作り笑顔を失っていた。


「ほどいてあげて」


 言うと、シュリアは行くでもなく何かを投げた。


 僅か一投。そうとしか見えない動きで、十二人全てを縛っていた縄が切れた。


 一体どんな技量か。また、どんな道具か。それを成し得た武器はシュリアの手に戻った様にも見えたが、視認することは出来ない。


「みなさん、そのままで居てくださいね。村に居る部外者は全て処分しますから」


 その言葉を聞いた男は、這いずる様に逃げ出した。


 それを見逃すレイモンドとシュリア。


「こんな感じ?」


 レイモンドは苦笑する。そして続ける。


「もうちょっと脅かそうか。あまり速すぎると、脅かす前に終わっちゃうよ」


 シュリアは「はーい」と言いながら歩き出した。


 何をするつもりか、さすがにレイモンドと二人で行けば人間相手ならば無敵に近い。


 中途半端とは、こういうことなのだろう。


 殺すでもなく、許すでもなく、脅かして逃げさせ、そして恐怖感を与え村から追い出す。


 圧倒的な力の差を見せつけることで、相手から反撃の意志を奪い、戦わずに勝つ。


 根本的な解決にはならないだろう。だが、この村は救われる。


 根本的な解決自体が不可能なのだ。


 もし今村人を装っている者たちを全て殺したとしても、同じことをする輩は出てくる。


 人が居ない村に入り込み、そこで暮らすならまだ許せる。捨てられた村ならば、迷惑もかけないだろう。しかし、住人たちを捕らえてまで村を奪うとなれば別だ。


 男を追うかのように、ゆっくりと歩いて行く二人。


 しかしソレは、存在を誇示しているだけ。


 男が逃げ、レイモンドとシュリアが追う。


 男が野党達の中でどんな地位に居るのかはわからない。しかし、注目はされているだろう。


 レイモンド達を調べる目的だろう声掛けをしてきたことでもわかる。


 下っ端で様子見をさせられたか、もしくは、野党達を総攻撃に転じさせる命令権を持つかだ。


 成すすべなく、背を見せ這いずって逃げる男。


 レイモンド達がゆっくり追っているのが、村人を装う野党たちにもしっかり見られている。


 何人かの野党は力任せに襲ってくるだろう。


 付き従ってるだけの者も、襲ってくるか、逃げるだろう。


 どちらにしろ、圧倒的な力の差を見せつける。そして、怖がらせる。


 狙いは村から自分達に代わるだろう。それも狙いだ。


 村自体から狙いがそれれば、それだけでも目的は達成されたようなもの。


 村は自由になるからだ。


 村の誰かが反抗し、野党を撃退すれば村が標的のまま。


 異形のモノが跋扈する世界でも、部外者が来て村に居る野党達を蹴散らす。その状況を野党達が解ればいい。


「作り笑顔は終わりか? みんな素に戻ってるぞ?」


 レイモンドの言葉に、顔を伏せる者、何かをかぶる者、何処かへ隠れる者。再び笑顔を作る者。


 一斉に逃げるとは思わなかったが、流石に隠れられて持久戦になると困る。


 持久戦共なれば、元から居る村の人達に迷惑がかかるからだ。


 だが、レイモンドと並んで歩いているシュリアは、気にした風もなさそう。


「見せしめも、ダメ?」


 あざといポーズで愛嬌を振るまくも、レイモンドは即座に「ダメ」と言った。


「なんか、こっちのほうが異形のモノを倒すよりめんどくさいわね」


 と、周りに聞こえるように。


 それだけで、震え上がる者も居る。


 この二人は、アレを倒せるのか。


 この二人は、アレを殺せるのか。


「そろそろ、呼ぶ?」


 これもまた、周りに聞こえる様に言う。


 二人しか居ない。他に部隊がいて、それが送り込んだ二人なのか。


 野党達の頭には、様々な考えが浮かんだだろう。


 レイモンドは「ああ、そうか」と納得した。


 部隊が居るように見せかけるのも手なんだな、と。


「逃げる時も、気配がまるわかり過ぎ……」


 シュリアは呆れている。


 あまりの相手の技量の低さに、呆れるしか無いんだろう。


「あれじゃあ、普通の兵士にさえ見つかっちゃうわよ……」


 げんなりとしているシュリアに、レイモンドは苦笑するしか無かった。


 ちょっと前なら、自分とは縁遠い世界の話だ。


 シュリアが作ってくれた服と、もらった武器と防具。


 それらしくは見えていても、レイモンドも農民の息子だ。


 出生はともかく、農民として生活していた自分にしてみれば、今こうやって相手の気配が解る事自体がおかしいのだ。


「まだ隠れて、様子を見てるのが数人。気配を押し殺しているけど、やっぱり素人ねぇ」


 シュリアが見ている方向から、確かに何らかの気配はある。しかし、レイモンドにとっては探さなければ解らないほどの僅かな違いだ。


「ほんと良く分かるなぁ。凄いなぁ」


 思わず口から出た言葉に「もっと褒めて、褒めて」と歳相応な反応。


 野党達からみれば、自分達が侮られてると思うだろう。


 そして、そう感じた何人かは、実際の行動に出た。


 シュリアは異界の武器だが、レイモンドは素手。


 襲いかかる野党の武器を弾き飛ばし、斬り落とし、そして、死なない程度に殴り倒す。


 矢も飛んできたが、遅い。


 ゆるい放物線を描いて飛んでくる矢は、気づいてからでも余裕で避けられる程度。


 いや、気づけるから避けられる。


 小さい弓で射ったのだろうが、それにしても緩かった。


 野党に与した者たちの中には、生きるためとはいえ子供も居たのだ。


 ため息をつきながらも、どうしようか困る。


 この村の人として住み着き、更生してくれれば良いのだが、恐らく野党にも利用価値がありつれまわしているのだろう。置いておけば、何らかの支障になる。


 野党とともに追い払うしかない。


「シュリアの言うとおり……人間相手が一番大変だね……」


 レイモンドの言葉に「でしょ?」と答えるシュリア。


 二人は平然とのんびりしているが、相手が人間とはいえ、一応敵のど真ん中である。

 

 だがその後は、特に何もない。


 二人がいるだけで警戒し続けた流れ者達は、いつの間にか姿を消した。


 二人にはどこを道南忍が逃げたのかは解っているが、追うことはなかった。


 そのあとは単純に元いた村人の解放と、残っていた流れ者達に恭順していた者達との問題の整理だ。


 レイモンドには難しく、しかし、シュリアには簡単な言いくるめ。


 村は二人が出る頃には平穏を取り戻し、仮面は取り払われていた。


 そして幾つもの村をまわった後、レイモンドとシュリアはのんびりとしていた。


 ほとんどの村は破棄されており、人の気配がなく、そして、流れ者達も少なかった。


 流れ者達が居ても、野党のように人を脅かす者達ではなく、異形のモノ達から逃げて辿り着いた者達ばかり。


 その者達をどういうするということはない。


 レイモンドが気にしていたのは、人が人外の危険を利用して悪事を働くこと。


 今の自分なら、それも止められるかもしれないという、責任感だ。


 誰かに頼まれたわけでもなく、なんとなく、自分がしなければならない気がしただけだ。


 シュリアの耳には入っているが、レイモンドは王政が無くなり反乱軍が世界を征した等は知らない。


 レイモンドが聞けば、自分が何かできるかもとか言い出すだろうと、シュリアは言わない。


 余計な事に首を突っ込ませれば、面倒事になるのは明らかだ。


 ただでさえ人外な強さを持つ体を持った者が、どちらかの味方に付けば情勢は傾く。


 それ以前に、その者を手に入れるために、利用するために、亡き者にする為に、裏でも動きがあるだろう。


 まっすぐすぎる、お人好しな性格で、そんな中に首を突っ込んだらどうなるか。


 隠し事はしたくはないが、さすがに、言えないと思っていた。


 シュリアも村で少し聞いた程度でもあり、正確な情報を持っているわけではない。


 聞いた後、既に日数が経っていることも有る。


 反乱軍が一度は征したとしても、王軍が盛り返したり、また、反乱軍自体が瓦解して無くなる場合もある。それらを考えたら、少し前の情報等に価値はないに等しい。


 ただでさえ、村をまわって野党狩り等という面倒に付き合っている。しかも、殺せば簡単だが、それは無しという。シュリアがその気になれば、夜のうちに野党は一人残らず死体になるだろう。だが禁じられた。


 どうしても殺さなければならない理由がないなら、生かして守る。


 共生が出来ていれば、それは良し。誰かが犠牲になろうものなら助ける。そして、誰も死なせない。


 もの凄くめんどくさい、とシュリアは心の底から思っていた。


「いい天気だなぁ……」 


 この人、本気で呑気だ。シュリアは諦めにも似た溜息をつく。


 なんとなく、一緒になって空を見てしまう。


 レイモンドも、しかし、呑気に空だけ見ていたわけではなく、考えていた。


 異形のモノの気配は遠く、しかも、少ない。だから休めるうちに休む。


 レイモンドが取り逃がしたムカデ型は、あれっきり姿を見せる様子もない。


 小型の蟻型が作ってる巣はさすがにレイモンドには手を出すことは出来なかった。


 蟻型の巣の駆除。農夫としての生活では、蟻はミミズと同じく地面を柔らかくしてくれる存在。


 確かに家の中に羽アリ等として飛んでくれば、不快な害虫だ。しかし、毒性を持つものは少ない。


 だから今までは、あまり気にもしていなかったのだ。


 だが、南の海の道から来たというだけなら、巣を作るほどの数なのか。


 あの巣は、南から来た蟻型が作ったものか、それとも、違うのか。


 シュリアに言われて気づいたことだ。


 女王蟻になる蟻が来て作ったのであれば、新しく出来た巣かもしれない。けど、もし違う世界から掘り進んできたり、昔からあったものが気づかれていなかっただけだとしたら、と。


 確かに人通りの無いところに巣があり、あの時は大型の蟻型が攻撃していた。


 大型自体が初めて見るものだったが、何故に小型を攻撃していたのか。


 異形の、異界のモノ達は、お互いに敵視しあっているのだろうか。


 蛾型が居たのも気になる。


 空をとぶタイプが、海に出来た道を通って来れたはずもない。


 幼虫期にか? そして成虫に? しかし知る限り幼虫は葉に付き、そんな長距離の移動はしない。


 ならば、異界から流れでた流木にでも幼虫がついていた?


 ならば、他の虫に寄生していた?


 いくら考えてもわからない。


 もし、人間世界にもともと居た異形のモノ達が活動を始めたとしたら。


 もし、異形のモノが眠る世界に、人間が住んでいたのだとしたら。


 これから、人と異形のモノの戦いが続くことになる。どちらかが滅びるまで。


 生きてる限り、ずっと戦いが続く。


 死ぬことは出来ない。みんなを守り切るまでは。


 たとえ、自分がどうなろうと、みんなと、シュリアを守る。


 呑気に空を見るレイモンドの表情が度々曇る。


 一緒に寝転がってるシュリアには、少し不安だった。


 他人のことを考えて自分のことをおざなりにする。そんな戦い方ばかりする。


 たぶん今も、他の人の安全の事を、助ける事を考えているんだろう、と。


「あ、そーだ」


 何かを思いついたようにシュリアがレイモンドの顔を覗きこむ。


「お父様とお母様に紹介して?」

「へ?」


 さすがにレイモンドも困惑した。


 何を言い出すのかと。


「妹さんにも会ってみたいなー。あたしと似てるんでしょ?」


 妙にわくわくした顔でいうシュリアに何を感じたのか、頭をなでた。


「ほんと、優しいね」


 あれ? という顔をするシュリアに「気を遣わせちゃったね」と言いながら立ち上がる。


 あれから何日、何ヶ月経っただろう。


 村に帰っても、誰かいるだろうか。


 行軍が村を通り過ぎ、そして、南へと進んで行った。


 あの時は、行軍が敵を倒しているのだと思っていた。


 しかし、行軍はシュリア達の様に、異形のモノに対抗できる武器を持っていたのだろうか。


 もし、異形のモノが居ない時に通っただけなら、行軍のその後はどうなっただろうか。


 村人たちは、どうなっただろう。


 父さんや母さん、リリはどうなっただろうか。


 考えだすと、帰りたくて仕方なくなる。


 帰ってみんなの安否を確認したくなる。


 もう帰れない。そう思っていた。しかし、帰らなければ確認など出来ない。


 誰かに見てきてもらうにしても、頼めるのはシュリアくらいだろう。


 シュリアに、両親やリリが解るかどうか。


 それなら、自分が行くしか無い。それは解っている。


 どんな顔をして帰ればいいのか。


 ムカデ型や蟻型の巣も気になる。なんとかしないと人が襲われる可能性もあるだろう。


 蛾型はなぜ居るのか、それもわからない。


 何か理由を見つけられなければ、対処は難しい。


 しかし、帰りたいという考えが頭の中にうずまき出す。


 シュリアは自分を大事にさせたい為に、家族の事を言ったんだろうと思う。


 それはレイモンドにとっては嬉しい言葉だった。しかし、家族の安否の確認と、敵の存在。それを天秤にかける事になってしまっている。


「んーと、とりあえず一旦帰ってから考えたら? ここで色々考えても、答え出ないでしょ?」


 シュリアの言葉に「まあ、そうなんだけどね。」と言いながらも「ここからなら、何かあれば間に合うから」とも付け加える。


「……めんどくさい」


 シュリアの目がすわっている。


「めんどくさい。めんどくさい。めんどくさい」


 一気に言うとレイモンドをじっと見つめる。


「なんか、いろいろめんどくさくなった」


 シュリアの視線にレイモンドが怖気づく。


「めんどくさいから、一人で挨拶してくる」


 さすがに「え?」と動揺。


「レイモンドさんにー、押し倒されてー、無理やりお嫁さんにされちゃいましたー、って挨拶してくる」

「お願い、やめて」

「じゃあ、一緒に行ってくれるよね?」


 一応、聞いてる風だが、ほとんど命令だ。


 レイモンドは「あ……はい」と言うしか無かった。


 レイモンドの心配事は、急展開した。


 シュリアを両親に、妹に、どう紹介しようか、と。




 


 



 人通りの無い路地。


 大通りからは見通しは効かず、まるで迷路の様になっている。


 迷い込めば確実に迷うだろうが、出口が無いわけではない。


 普通に歩き回れば、そこかしこにお踊りに面した道はある。


 しかし、誰かが路地に入ったからといって、それを追うのは難しい。


 路地はそれほど入れ組んでおり、町並みは整備されてはいない。


 それはしかし、王軍にも反乱軍にも属さない者達にとって、格好の通路だった。


 表向きは商店や民家でも、路地からの裏口がある場所は多い。


 そういった場所を転々とし、王軍にも反乱軍にも反旗を翻し、立とうとする者たちがいる。


 表面上、それは死を意味する。


 王が支配していた頃に取り締まられれば牢獄行き、今であれば処刑だ。


 しかし、王が支配していた頃であれば、暴力に訴えるならば、という条件が付く。


 言論自体は民衆の意見を受け入れる事をしていた王は、そう言った集まりも歓迎していたのだ。


 言論は一人の意見では偏ってしまう。だから、集まり、語り合う。


 語り合った結果は、誰かの突出した意見ではなく、妥協点を見つけて誰もが納得するものになるはずであるとしていた。


 語り合いの会合は歓迎されるが、しかし、会合の結果が暴力に訴える事になってはならない。


 暴力に訴えれば、力あるものが支配し、弱者が支配される事になる。


 言論もまた力の一つとされていた。


 だから、一つの言論ではなく、会合が、語り合うことが必要なのだ。


 王への不満もその一つだ。


 あまりに過激なものは不敬罪にもあたるが、民衆の素直な印象として受け取る場合が多かった。


 それにより、王は民衆の声を聞くというイメージがあり、反感を持つものは地位や金銭的な部分での不満ばかりだった。また、それ以外では過激な思想の持ち主たち。


 自分達の思うままにならなければ、王が悪い。国が悪い。そして、周りが悪い。


 自分のせいではなく、誰かに責任を押し付け、自分達の正当性を語り出す者達。


 そういった者達は常に王政に不満を持ち、自分達が虐げられることが許せない。


 そういう意見もまた、多数の人間が議論することで妥協点を見つけだせると信じられていた。


 反乱軍が発起するまでは。


 反乱軍の発起は突然だった。しかし、根回し自体は昔からされていた。


 いつか発起するときのためにという名目で、各地に反乱軍の支部が密かに置かれ、それが密かに活動していたのだ。


 しかし今、発起する相手は王政ではなく、反乱軍。


 発起するのは反乱軍でも無く、ましてや、王軍でもない。


 反乱軍に反旗を翻す者たちだ。


 しかし、王政と違い、見つかれば確実に処刑される。


 そのために、会合は完全に秘密裏に行われていた。


 王政であれば、普通の会合を装い出来たが、反乱軍の支配下ではそれも出来ない。


 王政よりも厳しい言論統制が行われ、王軍残党を探すという名目で、反乱軍に対して反抗的な者を一掃しようとしている。


 もっともらしい言葉を並べ、反乱軍は正しいと思い込ませる。


 反論すれば、王に与した者として捕らえられる。


 そして、噂として流れ、実際の証言などにより、王に与したとして処刑された者が、実は無実で反乱軍に抵抗しただけの者だったなど、事実が溢れ出している。


 反乱軍は、王に反乱したのではなく、国に反乱を起こした。


 反乱軍が敵視した国とは、王政を司る王と、その国の国民全て。


 王政で暮らしていた反乱軍以外の全てが、反乱軍の敵なのだと。


 だからこその、秘密裏の会合。


 誰にもさとられないように集まった有志達が、反乱軍に対して反乱を起こす。


 だが、反乱軍も手をこまねいているだけではない。


 有志の中にも金に目がくらみ、会合を密告する者もいる。


 密告者は多大な報酬を得て、安全な場所へと去ったとされる。しかし、そんなはずもなく処刑。


 一度裏切ったものを信用する様な、反乱軍ではない。


 ヴィータス率いる反乱軍が統制を取れていたのは、恐怖政治だ。


 しかし、その恐怖政治は、後の甘い生活を夢見る者達にとっては、規律が厳しい程度にしか感じなかった。


 ヴィータスの機嫌を損ねず、反乱軍に対して忠誠を近い、王政を転覆させる目標に向かって突き進む。


 ただ、それだけでよかったのだ。


 成し得れば、待っているのは甘美な生活。


 忠義を示し信頼され、取り立ててもらえれば幹部にもなれる。そうすれば、さらに成し得たあとに吸える蜜は多くなる。


 誰も責任など重くなるとは思わず、吸える蜜の量だけを考えて動く。


 責任など、議会が背負えばいいのだ。


 議会と称して集められた者たちが、責任をとる。


 ヴィータスの言葉を伝えるだけの議会。


 ヴィータスが謳いあげる理想ではなく、民衆が従うべき責務を伝えるだけの議会。


 今もまた、秘密裏に会合が行われる。


 どこかの会合は密偵により見つかり、どこかの会合は密告により見つかる。しかし、見つからない会合もある。


 見つからない会合は、他の見つからない会合と合流し、次第に大きくなる。


 小さい集まりでは反乱軍に対抗など出来ない。しかし、次第に集まる人数に、人々は希望を覚える。


 誰もが既視感を覚えるだろう。


 反乱軍が発起した時に感じた、期待や希望と同じと。


 だが、反乱軍もまた、覆されなければならない存在となっている。


 民衆の総意だと思い込む集団が、また一つ生まれる。


 そして、人間の世界は、混乱の度合いを更に増していく。


 そして現れる第三勢力。


 いつの間にか、そう呼ばれるまでに巨大化した組織。


 地下組織ではあるが、影響力は拡大している。


 反乱軍が表とすれば、第三勢力は裏だ。


 いつの間にか取り締まりからも逃れるすべを得て、王都の近くの町をまるごと組織の拠点ともしている。


 どんな組織と言えども、個々の人間で形成される。よって、意見は割れる。


 だが、やはりここにもヴィータスの様に中心になる者が居た。


 レヴィアスの娘、ルナだ。本名は長いため、皆にルナと呼ばれている。


 父から騎士道を学び、父であるレヴィアスと共に騎士道を進もうと志していた少女。 


 女性で有ることで騎士としての道は難しいとされたが、それでも騎士道を進みたいと望んだ。


 王のために、人々の為に、国のために、騎士の娘ならば勤めが有るはずだと信じている。


 王に与する立場でありながら、第三勢力に属しているのは王に対する信頼が揺らいだためだ。


 騎士たるもの、王に絶対の信頼を置く。


 王は騎士を剣として、盾として命令を下す。よって、道を間違えてはならない。


 道を踏み外した時、騎士は命を賭して王に直訴しなくてはならない。


 王が王であるために。王が正しき道を進むために。


 自らの命で王の道を正せるならば、騎士として殉じる事は名誉。


 全ては、王のために。


 そう教えられたからこそ、第三勢力にいる。


 王は民衆を捨てて逃げた。


 王は反乱軍に屈服し、そして、国政を渡した。


 情報は入っている。


 噂のレベルではなく、事実としての情報をルナは掴んでいた。


 だからこその第三勢力。王が違えた道を正し、反乱軍を倒す。


 第三勢力によって脱出した王。しかし、心が壊れ、体も衰弱している。既に余命もないだろう。


 しかし、王は帰らなくてはならない。


 命あるうちに王は王として皆の前に立ち、反乱軍を倒さなければならない。


 第三勢力が勝利し、王軍と反乱軍が負けるという結果は目的には沿わないのだ。


 第三勢力の目的は、王軍の復活と王政の復活。


 人間世界に正しき秩序を取り戻し、平和と安息を。


 それが、第三勢力の目的。


 しかし、人数が多くなるほどに組織の隠蔽化は難しくなる。


 組織が大きくなるほど、意志の統一化は難しくなる。


 王の様にカリスマ的な存在があれば、みな、それに付いて行く。


 しかし、その存在は道を間違えてはならない。


 その存在は天啓を受けたかのように奇跡を行い、人々を導かねばならない。


 そして、誰もが認める存在でなければならない。


 ルナは、そして、選ばれた。


 レヴィアスの娘であり、騎士であり、そして、王に忠義を誓う者として。


 反乱軍は父の敵でも有り、だが、敵討ちは騎士としての道からははずれる。


 だが、騎士道を全うしようとした父を、畏敬の念もなく殺した罪は償わせなければならない。


 反乱軍の中で父を殺した者を憎む気持ちもある。しかし、その者が父を殺したのは反乱軍だから。


 恐らくは南の城塞に指揮をしに行かずとも、父は戦っただろう。


 北の城で王命を受けずとも、反乱軍を倒すために戦っただろう。


 ルナの周りの者たちは、口々に言う。


 レヴィアスが生きていれば、民衆を脅かす反乱軍を認めないだろう。


 レヴィアスが生きていれば、国を、王を守るために戦っただろう、と。


 今も生きていれば、必ずや陣頭に立ち、みなを導いただろう、と。


 そして、それにはルナも同意する。だからこそ、受け入れたのだ。自分が象徴となることで、第三勢力がまとまり、王政復活の礎となるならば、と。


 そして、王都。


 反乱軍は、第三勢力の存在を認めない。


 自分達こそが、王政に対して反旗を翻し、民衆の味方として立ち上がったのだ。


 自分達こそが、この国を、世界を、正しい道に進ませることが出来るのだ。


 王が道を見失い、王政が国を貶め、上流階級が富を貪り、国民を貶めたのだ。


 だからこそ、自分達が立ち上がった。


 そして、勝ち取った。


 正しいからこその無血開城。


 正しいからこその新しい政治。


 正しいからこその新しい社会。


 全て、反乱軍が発起したからこそのもの。


 ヴィータスは、誰も見向きしないテラスで謳う。


 自分は支配者だ。


 自分こそ、この国を手にするのに相応しい。


 自分こそ、世界を手にするのに相応しい。


 そういう心を隠し、美徳だけを謳いあげる。


 テラスを羨望の眼差しで見るものは少ない。


 ヴィータスの噂が出回ってからというもの、テラスでの演説さえも人は集まらない。


 それ以上、民衆に近づかないヴィータス。


 一部では、民衆の暴動を恐れてると言われている。


 しかし、ヴィータスは恐れているのではない。


 支配者たる自分が、何故民衆の側まで降りなければならないのか、と思っている。


 自分が見下ろすべき民衆のところまで、降りる必要は無いと思っている。


 自分の謳に酔いしれぬ者はいない。お前たちの理想だ。希望だ。欲望だ。


 距離で見えないのを良いことに、厭らしい表情を隠そうともしない。


 荒廃していく王宮。


 ヴィータスの周りには、誰もいない。


 ヴィータスを慕う者は、誰もいない。


 民衆はただ、時折テラスから聞こえる声を聞き、疎ましく思っていた。




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