両翼
早まったかなと、レイモンドは頭を抱えていた。
もうちょっと知り合ってから……いや、それでは機会を逃す。
この世界では、結婚は本人の意志同士で決めること。
だから、申し込み、了承されれば夫婦になる。
お互いに全てを知ったことでわだかまりを捨て、それでも一緒に居ることを求めてきたシュリアをレイモンドは受け入れ、そして、改めて自分から求婚した。
自分から言い出したことなのに、大泣きするシュリア。
泣き止むまで、落ち着くまで、レイモンドは苦笑しつつもずっと待った。
待ち続けるレイモンドを見てしばらくしてから再び「ほんとにほんとに、いいの?」と聞いてきた。
笑顔でソレに答えるレイモンド。
ちょっと困った様子だったが、受け入れてくれた。
正式な申し込み方をしたせいで、シュリアが恥ずかしがったのかもしれない。
だが、しかし、問題はその後だった。
夫婦という関係になり、甘えん坊の皮を脱ぎ捨てたシュリアは、めちゃくちゃ我儘だった。
しかも、結構毒舌で嫉妬深い。シュリアの村の人間でさえ知らないだろう側面だ。
普段の会話でもそうだが、料理の味付けの事をいうと、数日は責められる。
服もデザインは勝手に決められて、普通の服を作ってもらおうとしても、妙にデザインに拘る。
デザインに文句を言ったら致命的なのはわかっているので、流石に口に出せない。
なによりも、道すがら出会った人に情報を聞く際に、面倒が起きる。
相手が女性だとレイモンドが声をかけるだけで物凄く睨まれる。
もちろん情報を聞きたいだけで、変な気を起こすつもりはない。
そう、話を聞いて、情報を得ようとしてるだけなのに、睨まれる。
いつの間にか、情報を集めるという事も、シュリアの専業になっていた。
相手が男性でも、やはりシュリアが前に出る。
傷だらけで、戦いの中に身をおいてるのがまるわかりな少年よりも、猫を被った”外面は可愛らしい”少女の方が相手が気を許して色々なことを教えてくれる。ただ、この場合相手に伝える自分達の関係は「兄妹」だ。わかりやすい相手だと思うが、夫婦とわかり”誰かの女”とわかるとあからさまに態度が変わるのもいるからだ。
諜報活動もしていたとあって、シュリアの話術も凄い。
相手が多少懐疑心をもっていようと、いつの間にか知ってることの殆どを聞き出してしまう。
戦いも後ろで見てもらえるように言っても、いつの間にか前に出る。
戦い方は、まるで、木々の間を抜ける風。
レイモンドが引きとめようと思っても、捕まえられない。
風が掴めないのと同じ様に。
そうして、敵の中に舞い込んだ風は、敵に死を与えていく。
相手の攻撃も、牙も、たとえ、自分が招いた動きさえも、ふわりと躱して致命傷を与える。
相手の弱点じゃない部分を攻撃した時も、しかし、傷を気にする敵ならば隙を付き、気にしない敵ならば、次の敵に向かい、次の敵に前の敵の攻撃を搖動する。
今までレイモンドに見せていなかったような素早い、そして、軽い動きさえもあからさまにし、そして、圧倒。
一つも直線的な攻撃はなく、全てが流れるかのような攻撃。
レイモンドの攻撃を槍や砲撃の様と例えるとしたら、まさに風。しかも、その風は死を運ぶ。
レイモンドが考えたのは自分が先頭で戦い、シュリアが取りこぼした弱った敵を叩く方法。しかし、今はまるで違う構成だ。シュリアが先頭で敵を翻弄し、自分が翻弄された敵を全て貫いて行く。
自分一人で、自分だけで、自分が命をかけて戦いさえすれば、みんなを守れると思っていた。
だが、二人で戦うことで安心感がまるで違う。シュリアが強い事もある。だが、ケガを傷を負わせたくない。だから、シュリアが翻弄したからといって、それを取りこぼすことなく必ず倒す。
シュリアだけでも倒して行く敵。しかし、必ずどこかに穴はある。
どんな手練でも、必ず生まれる隙はある。
自分よりも戦い慣れているシュリアでも、ソレは必ずあるはず。だから、ソレを狙わせはしない。
レイモンドは自分が倒すべき敵と、シュリアの敵、そして、シュリアの動きを全て見て戦う。
それ自体が、自分の隙になる。
だが、その隙は、自分が知っている。
攻撃を受け、いつもだいたい似たような場所に怪我をする。
だから、そこがそうなんだろう、そう感じながら動く。敵をの攻撃を防ぐ体術なんてもっていない。
本能が体を動かし、避け、理性が敵の弱点を見抜き、そして本能が攻撃する。
意志が介在しなくなるとき、鬼神のごとき動きが始まる。
自分の肉体の限界さえも越えて動く。しかし、それは自殺行為とわかっている。
限界を超えることは、余力さえ無くなるということ。
力を使いきれば、その場に崩れ落ちるだろう。
崩れ落ちる事は許されない。
シュリアを受け入れた時に、自分も倒れてはならないと決めた。
自分を求めてくれた人を、自分の命を掛けて、いや、命を捨てないように守る。
しかし守るという表現は不適切かもしれない。
共に、戦う。
蟻型の攻撃は、レイモンド達には既に通じない。もちろん、当たれば致命傷だろう。しかし、当たるような動きはしない。
初めて出会った時から変化のないそれは、レイモンドにとっても慣れたもの。
シュリアからしてみれば、単調な攻撃を避ける動作さえも攻撃の一つになっている。
攻撃を避けるだけでいてはならない。
相手の攻撃を使い、自分の攻撃に使う。
相手の動き自体が、自分の攻撃を加速させるために使える事。それをシュリアは証明している。
騎士や兵士の戦い方とはまるで違う。その動きは、視界の隅にあっても魅了する。
動きの起点はシュリア。しかし、その起点は攻撃にも陽動にもなり、相手が反応することで、その反応を使って攻撃を加速させる。加速させた攻撃は、相手が思うよりも重症となり、動きが止まればレイモンドの的に、止まらず動き続けるならば、シュリアがまた利用する。
最小の動きながら、最大の効果を発揮させる攻撃とは、こういうことかと思わせる。
蟻型の動きは単調。それもあって、シュリアの攻撃はいとも簡単に相手を倒していく。
陽動も翻弄も、ほとんど力を込めた動きはなく、斬り裂く際であってもまた、動きの一つとしての動作の尖端に剣があり、それが相手を斬る。
一体どうやって距離を見切っているのか、一体どうやって周りの敵を把握しているのか。
レイモンドも敵を倒していく。
レイモンドの攻撃は直線的。
一撃一撃が重く、そして、避ける動作は相手のバランスを崩す程度。シュリアの速度には到底及ばない。
戦いにおいて、シュリアはレイモンドの何歩も先を進んでいる。
守るどころか、守られている。
レイモンドにとっては悔しい部分もあるが、それが現実だ。力量差がありすぎる。
レイモンドがシュリアに戦い方を習いたいと言った時、それはダメと拒絶された。
二人の戦い方は、決定的に違う。
お互いの長所を取り入れれば、似通った戦い方なら強さを増す。しかし、真逆。
長所を伸ばすことも出来ず、逆に戦いづらくなるはずと言われた。
長所が伸ばせず攻撃に隙が出来、また、動きに遅滞が起きれば悲劇は必至。
だから隙を作らないよう体術を鍛え、自分の長所を伸ばす事に専念する。
そして一番キツく言われたが、血を使わずに剣技で戦うこと。
確かに血を使って戦っていれば、常に体力の限界と向き合う。
持久力だけではなく、常に失血状態になりかねないのだ。
自らの体を限界まで使うことは、つまり、限界を超えた時に起きることは予想外。
いい結果が出ることもあれば、だいたいが、悪い結果に繋がる。
だから、必ず余力は残すこと。
戦いに於いては基本だそうだが、今までのレイモンドは常に全力だった。常に限界だった。
限界を超え続け、死を超え続けて来た結果が、この強さと体。しかし、自分でさえも化け物と感じる強さと体。
甲殻が出来なかったらどうだったろう。耐性が出来なかったらどうなっていただろう。
今更ながらに背筋が寒くなる。
しかし、どんなことになろうと、守ると決めて戦ってきた。
その結果だと思っていた。
その結果は半分は認められ、しかし、半分は否定された。
必ずしも、いい結果ばかりになるとは限らないと。
あと、戦いとは違うが、きつく言われた事はもう一つ「お人好しすぎる」だった。
これは言い訳できない。流石に苦笑するしか無かった。
昔からよく言われていたことだが、自分ではそうでも無いと思っていた。
さすがにシュリアに言われると反乱出来ない。
レイモンドがシュリアに反論しづらかったりする理由は、時々見せるシュリアの表情にも理由がある。
妙に寂しそうにするのは、シュリアも孤独に苛まれてきたからだろう。
常に一人。
聞いた話のなかでは、村でも仕事をする者は一人で居ると言っていた。
村人との共生のなかでも、孤独でなければならない。
そう言った暮らしが、シュリアにそんな表情をさせていたのだろう。
だからもう、一人にさせないと誓う。
誰かが離れていく。それを感じさせたくないというのがある。
やっぱりお人好しなのかな、と自分でも思うが、それでも良かった。
しかし、我儘が過ぎると、ちょっと後悔する。
妹のリリも我儘だったが、これほどではない。
そういえば、リリは結婚したと言ったらなんというだろうか。
あの洞窟で、最後に撫でてあげられなかった、妹のリリ。
もうあの村に戻ることはないと思っている。しかし、戻ったとしたら迎えてくれるだろうか。
戦いが全て終わったら、誰も自分やシュリアの事を知らない場所で暮らすんだろう。
敵を倒せる力を持った自分達。他の人達から見れば、言葉を交わせるだけで恐怖の対象にかわりない。
レイモンドには、戦いが終わったら自ら死を選ぶという考えが無くなっていた。
自分の人生を賭して、守るべき人が出来たからだろうか。
もし、村に戻れるとしたら、リリの頭をなでてあげたいと思った。
リリの事を思い出すと、なぜかシュリアが怒る顔が浮かぶ。
ちゃんと妹だって言わないとな……と。
レイモンドは感じ、そして、確信になった。完全に尻に敷かれている、と。
ヴィータスの支配していたはずの反乱軍は、いつしか、反乱軍としての体をなしていない。
国政の悪い部分に不満を持った人たちは一つの組織に団結し、そして、国を転覆させた。
しかし、それは誰のためかといえば、民衆全てのためだ。
ヴィータスもその一人であったことは間違いはない。しかし、その一人の独裁を許容はしない。
噂は噂を呼び、そして、噂の根源を探ろうとするものは必ず現れる。
根源を見つければ、それは噂という枠を超え、事実となる。
事実となり、人々に広まれば、その事実にかんする良し悪しが話題となる。
良きことならば賞賛されるだろう。だが、悪しき事ならば。
ヴィータスの行ってきた事。表面上は良きことだ。しかし、影で行われいた悪しきことは人々に懐疑の心を植え付け、反乱軍自体にもソレは向けられる。
反乱軍が本当に民衆のために立ち上がったのかさえも、疑いの一つとなる。
たとえ民衆の為にたちあがったとしても、国を転覆させる必要はあったのか。国と話し合うだけの力をつけ、そして、国に対して意見出来る団体程度でも良かったのではないかと。
力で国を転覆させた反乱軍に対して、国政を行う能力があるのかという疑念さえも生まれる。
いままで国はしっかりとした構造をしていた。
国王を頂点に領主、騎士、兵士、民衆という階級はあった。しかし、その階級の中で人々は幸せを得ていた。確かに階級を超えることは難しい。だが、方法が無いわけではなく、しっかりとした功績を上げたものなどはしっかりと褒章をもらい、場合によっては階級を得ることさえもあった。
その構造は今は無く、反乱軍が支配するだけの国となっている。
反乱軍の中にどんな階級があるかは民衆は知らない。だから、反乱軍の下に民衆があるという2階級にしか見えない。階級の無い社会と言えば聞こえは良いが、結局は誰もが自分で決め、自分で責任を持つ社会だということ。当たり前ではあるが、今までにないプレッシャーを民衆は感じている。
誰のせいにも出来ず、自分から行動を起こせば、その責務は自分に向けられる。
当たり前な事が、当たり前ではなかった事。
誰かの言うことを、命令を聞いて居ればよかった世界。
自分の役割をこなしていれば良かった世界。
ソレが崩壊したのだ。しかし、みな前のまま自分の役割だと思っていたことを続けていた。
しかし、自分の役割を捨てる者も、不満を訴える者も現れる。
みな、階級というカセを外され、自由という名の混乱に飲み込まれている。
誰もが、自分が何者なのかが解らなくなっている。
頼るべき相手もなく、近くを見回しても誰もが混乱している。
普段通りの生活、商売、遊び、享楽。それらでさえ、違和感を感じる者たちで溢れる。
違和感は不安となり、不安は不満へと変わる。
今まではヴィータスが謳い、それらを、夢や理想と思い込ませていた。
しかし、そのヴィータスが信用出来ない。
謳っていた事さえ、よくよく考えれば自分達の幸福ではない。
ヴィータスは自分の欲を満たしている。
反乱軍は、自分達の欲を満たすために戦い、自分達を利用した。
反乱軍は、前か悪か。
誰もが思い、誰もが考えた。
しかし、誰もそれを反乱軍にぶつけはしない。
反乱軍への敵意は、王に与したととらえられ、処刑されるからだ。
王に与しているわけではないと、反乱軍の真実を教えてくれと懇願しても、全てが無駄。
優しいと思っていた反乱軍の兵士達も、今は暴君ばかりだ。
自分達のおかげで国は開放されたと、我が物顔で好き放題している。
誰も逆らえず、誰も律しない。
下手な無法者よりも、よっぽどたちが悪い。
だから、影で噂される。
反乱軍は悪であると。
ヴィータスは悪であると。
噂は王都だけにとどまらず、近隣の町へ、村へ。
異形のモノの襲来から、人は力ある人達を頼った。
少しでも命を永らえたいと、武器を持つ人達を頼った。
しかし、武器を持ち、防具で身を固めた人たちでさえ、異形のモノには叶わなかった。
そして、王たちは、騎士達は、兵士達は、北の城へ逃げた。
王都は、近隣の町は、村は、見捨てられたのだ。
地位有る者たちは北の城へ立てこもり、自分達だけの命を守った。
民衆は見捨てられ、ただ、異形のモノの襲来を待つだけだった。
誰も王が北の城で苦渋の決断をし、聖鎧を起動したことなど知らない。
聖鎧の為に、何百という騎士が命を賭して、纏おうとしたことなど知らない。
だから、北の城を逃げたことだけしか理解していない。
そこに反乱軍がやってきた。
一部のヴィータスの側近たちは、異形のモノを倒せる武器を持っていた。
異形のモノの動きは、実際は緩慢。
蟻型の通常の異形のモノであれば、攻撃を避ける程度ならレイモンドも出来たのだ。
多少の訓練を積んだ騎士や兵士ならば、自分の攻撃が通じると知っていれば斬りかかれる。
数がそれほどでもなければ、普通の武器や防具の兵士が殺されてる最中に後ろからも攻撃出来る。
倒し終われば、立っているものが勝者だ。
たとえ、それが暴君であったとしても、その勇姿に希望を見る。
そして、その武勲を夢や理想とすり替えて謳いあげる者がいれば、民衆は酔いしれる。
しかしそれは、いつか醒めるもの。
誰もが酔い続けてはいられない。
次第に理想と現実を認識し、真実を感じていく。
そして、感じた真実に不満を抱き始める。
人は、生物の中で一番我儘な生き物だ。
より理想を目指し、より幸福を求め、より希望を抱く。
だが反乱軍がもたらしたそれらは、民衆が抱いた、生き延びたいという希望をもたらしただけ。
それ以上のものはなく、それだけでしか無かった。
そして、反乱軍の意に沿わぬ者達が処刑されていくなかで、生き延びたいという心も変わる。
生き延びたのは良いが、しかし、幸福ではなく、理想にも遠い。
ヴィータスが謳う言葉は甘く、民衆を酔わせた。しかし、一時的だ。
戦いに興じる者達には、それでも良かったかもしれない。
興奮に打ち震えた者たちは戦場に赴き、そして、戦場で更なる興奮に満たされる。
命のやり取りだ。
しかし、民衆を常に酔わせ続ける事は出来なかった。
一時的に酔はしても、待っているのはいつもの日常。
いつもの日常の中に異質なのは、横柄な反乱軍の兵士達。
反乱軍に反抗することは死を意味する。しかし、反抗せざるを得ない。
反抗するには、反乱軍から隠れ、行動するしか無い。
王軍の残党と反乱軍の戦いと思われた人間同士の戦いは、いつしか、他の勢力の影が落ち始めていた。
王軍という王や騎士達の翼と、反乱軍という民衆の翼。
他の勢力は、一体なにを羽ばたかせる翼になるか。




